※大体俺設定
※百合あるよ!
…………ゃーん、おねーちゃーん!
あら、どうしたの?
あのね、あのね、これ!
まぁ、花の髪飾りね
うん! おねーちゃんががんばっておみはりしてるからごほーび!
ふふっ、ありがとう
なでなでー
あらら、欲張りさんね。よしよし
えへへー、おねーちゃんのなでなですきー! それでね! でね!
うん?
さくや、おっきくなったらおねーちゃんのおよめさんになる!
…………
……いや?
……ううん、とても嬉しいわ。咲夜ちゃんが大きくなるまで待ってるからね
うん!
・
紅魔館の主、レミリア・スカーレットは自分の書斎で頭を悩ませていた。
紅魔館維持の為の経費計算、妖精メイド達の教育プログラムの経過確認、対黒白魔法使いのインターセプトプラン考案、紅魔館内にある大図書館の司書募集広告の作成、エトセトラ、エトセトラ。その書類云々が彼女の机に整然とも無残とも置かれ、そしてその量は椅子に座ったレミリアの背丈の倍は軽く越していた。
だが今目を通している彼女の仕事は、大半が自分で行わなくても良かったのだ。図書館の広告作りなぞそっちですればいい、が、長であるパチュリー・ノーレッジは新しい魔術の構築研究で忙しいからと放り投げてきたのだ。
『それでも親友? 可愛い親友のためになにもできないのねレミィは。はぁ、親友とは名ばかりの恩知らずなのねクソビッチが』
どっちがビッチだバカ野郎、とペンを指で回しながら愚痴を漏らした。だが面白い仕事だとも思った。自分の色を出せるのは面白い、そして人に見せる快感、これは堪らない。評価なぞどうでもいいのだ、ただ魅せたい。そしてもし依頼主がやれ直せやれここの塗りが汚いやれ免税ディクショナリーってアイキャッチはなんやねんと言ってきても、こっちはむきゅーと言わせればいいのだ。文句なんて言わせない、言わせるかっつーの。そうレミリアは一人にやついていた。
そしてそれだけがパチュリーに頼まれたもので、後はすべて紅魔館のメイド長である十六夜咲夜の仕事だった。部下、そう従者の仕事をなぜ主がしなくてはいけないのだろうと、何度も何度も疑問に思ったがその疑問を作ったのも自分だった。
咲夜はこの最近、機嫌が悪くなっていた。妖精メイド達のちょっとの失敗でも自分の子どもが殺されたかのように叱咤し、レミリアが咲夜の失敗で説教をするとその日のティータイムの紅茶はウコン茶に変えられる、フランドールが館内で暴れると問答無用で殺しにかかる。
そう、レミリアは今目の前に山ほど積まれている仕事にではなく、咲夜の素行に頭を悩ませていたのだ。
「……私が連れてきてからずっと仕事づくめで休暇を与えていなかったものね、自業自得かしら」
レミリアは呟くと時計台の鐘が午前十二時を知らせた。そして机のわきに置いておいた紅茶が冷めていることに気付く。レミリアは机の棚から咲夜用と柄に書かれたベルを取り出し、そして見つめ、閉まう。
今、咲夜には多少の暇を与えていた。有事の際にはもちろん彼女の力が必要になるため紅魔館からの外出を許可しなかった。言わば一週間の休憩という所か。もちろん咲夜は反対した。鬼の形相で。
『私がいないと何も出来ないでしょう!? 駄目です! お嬢様は酷いネーミングセンスのスペルカードをお作りになってうーうー言ってモケーレ・ムベンベごっこに興じていませんと! そう! それでこそお嬢様たる所以なのですよ!?』
そしてレミリアは泣いた、ただひたすら泣いた。そして博霊神社に行ってそこの巫女に慰めてもらおうと思った。しかしスキマ妖怪がそこですでに巫女に泣きついていた。
『ババアじゃないもん! ゆかりんまだピチピチの17才だもん! MK5ぐらい意味わかるもん!』
殴りたかった、目の前でワンワン泣く幻想郷の長老をひたすらボコボコにしてやりたかった。だがその役目は博霊の巫女に取られた。そして今度はこっちが泣きついた。
『れみりゃ500しゃいだもん! ぎゃおーとか言わない年頃だもん! しょれにゃのにしゃくやったらわたひのことばかにするんだもん! これはもう異変だもん! やっつけてよ霊夢!』
殴られた。泣いた。隣でスキマ妖怪が女狐の式のくせにとメソメソしていた。二人で泣きあった。そこから始まる一つの恋。それはまた別のお話。
そして強引にでも、と咲夜に休みを取らせた。彼女は紅魔館の住人とは違う、唯一人の人間なのだ。体力はもちろん、気力の限界がまったく違うのだから。能力の使用も禁止した。時を止める、それは彼女の消耗を加速させると判断したためである。それでも咲夜は不満そうな顔をしていたが、やがて渋々と了承してくれた。これで少しは疲れも、そして機嫌も直ってくれればいいと思うが、どうなるかは復帰した後の事だ、今悩んでも仕方がない。レミリアはそう自分に言い聞かせ、冷めた紅茶を飲み干した。
レミリアは席を立ち、書斎を出た。カップを持って。自分で紅茶を淹れに行くことにしたのだ。咲夜ではない他のメイドを呼び紅茶を淹れさせれば良かったのだが、咲夜の紅茶の味を覚えてしまってからは、自分はなんて不味い紅茶を飲んでいたのだろうと思い、どうせ不味いのであれば自分で淹れようと休憩がてら台所へと足を運ばせた。そして不意に自らを嘲った。人、いえ私は鬼ね、どちらにせよ味の贅沢を覚えてしまうとこうも傲慢になってしまうのかしら?
そして紅魔館はとても狭いものだったのかと蝋燭が灯る廊下を歩いていて改めて思い知った。咲夜の能力で空間が広がっていた紅魔館、しかし今はその能力が働いておらず、普段長いこの廊下も今では先が見え、そこに誰もいなければ遠くから響いてくる足音もコツコツとすぐに聞こえてくる。それを何故か寂しく思い、そして紅魔館は今からなのだと自分を勇気付けた。いずれはこの幻想郷を統べられれば、と一時期思っていたが長年の幻想郷の生活でその思いが薄れていった。だがこの廊下の先にある明かりの中でまた野望が燃え上がるのを感じた。今からでも遅くはない、支配してやろう。
だがそれも無駄な話だ、とレミリアはまた微笑んだ。たちまち異変を起こせば当然妨害者が現れる。真っ先に思いつくのが博霊の巫女、それにその巫女の模倣者である人間の魔法使い。彼女達には一度痛い目に会わされた。今でも敵うかどうかわからない。そして八雲紫。先日鼻水を啜りあって噛みあった仲だが彼女は今の幻想郷を愛している、それを変えようとすれば彼女が現れ立ちはだかるであろう。咲夜は一度戦い、勝ったことがあると言っていたが、彼女は手を抜いていたとしか思えなかった。でなければ咲夜は今ここで無事に休みを満喫しているはずがない。そして泣き顔が可愛いく、目尻に細かい皺があったあの少女を見て、この妖怪には絶対に敵わないと感じた。上には上がいる、と。だがそれを知ることによって自分を成長させることができる。支配までとはいかないが、彼女達を越えてみよう。それが紅魔館の成長に繋がると確信した。何よりも異変を起こすつもりもなかった。彼女達の事が、幻想郷が好きなのだから。
そうレミリアは思いを張り巡らせていると、いつの間にか廊下の先の明かりに着いていた。台所の入り口。そこからいつもならそこは咲夜がいてレミリアの夜食のために包丁を振るう光景が見えているのだが、今は清潔に、しかしガランと広い印象しかなかった。そしてこの綺麗に食器が置かれている光景もすぐに見納めだともレミリアは溜息を吐いた。他の妖精メイド達が触ったら皿が割れるわ鍋を焦がすわの慌てふためく光景が容易に想像できた。所詮妖精、なんで私は妖精をメイドにしたのかしら、まぁでも、それぐらいの騒ぎがないと面白みもないものよ。素直にレミリアは思った。
「失礼ですが何が面白くないのですか、お嬢様?」
後ろから声が聞こえてきた。まさか背後を取られるだなんて、まだまだ鍛え方が足りないとレミリアは真っ先に感想を出す。
「口に出していたかしら、私?」
「えぇ、思いっきり」
キリっとした声で素直にそう言われると、なんだか可笑しくてクスクスと、レミリアは笑ってしまう。
「門番はどうしたの?」
「いえ、今日はもう上がりなのでお嬢様にご報告して寝ようと思っていたらお部屋にいなかったので。探していたのですよ?」
「それは悪いことをしたわ、美鈴」
レミリアは振り返り、信頼できる従者の一人の顔を見るために少し背伸びして自分の口元を緩ませた。
紅美鈴、紅魔館の門と庭を任されている妖怪である。その髪は炎のように赤く、チャイナドレスから見える脚線美はレミリアでも褒めてしまうものだ。だがレミリアは別の意味でも褒めていた。彼女の単純な身体能力は紅魔館でも一二を争い、実際レミリアは何度が美鈴と手合わせをした事があり、肉弾戦の勝敗は五分というものだった。だからこそ彼女に門番を任せられる、安心できるのだ。あの人間二人は例外だった、という事にしよう。
「それで?」
「はい、門番は他の子に引き継いだので今日は職務を終了します」
「そう、明日もよろしくね」
「はい、かしこまりました」
「で、今オフなのよね?」
「はい?……あ、うんそうだよ」
と、美鈴は急にくだけた口調になり自分の主ではなく、まるで小さな子を喜ばせる様な笑顔でレミリアの顔と手に持つカップを見た。
「レミリア様、紅茶を飲むの?」
「様、も止めて欲しい所ね」
「えへへ、これだけはちょっと勘弁を」
「まぁ貴女が言うなら……そうだ、美鈴が淹れてくれない?」
「オフなのに?」
「オフだから」
幼い少女には似つかわしくない妖艶な笑みを浮かべるレミリアに溜息を吐き、そして嬉しそうに美鈴はレミリアの手を繋ぎ台所に入っていった。
美鈴がレミリアに仕えるようになった経緯はわからないが、彼女はレミリアを慕っていた。吸血鬼だからというわけではない。彼女の中にある性格、その芯にある『何か』に惹かれて彼女の元にいる、それが吸血鬼ではなく彼女自身のカリスマだったのかもしれない。そして美鈴が従者になる時レミリアは条件を出していた。
『公私はちゃんと分けなさい』
となれば彼女の性格は単純だった、いや極端だったのかもしれない。仕事中は完全に従者としてレミリアを見ていたが、いざプライベートになると友人のように、姉のように接してきた。しかしそれを快く受け止められるレミリアがいた。こうも極端だとかえって清清しい。
そして美鈴は妹のために紅茶の葉の種類を聞き、棚から新しいカップを出し暖めていた。
「ちゃんとゴールデンルールね、ありがたいわ」
「だってそうじゃないとレミリア様、怒るじゃない」
「えぇ、プンプンしちゃうわ」
「プンプンだもんね」
「でも血が入ってないのは我慢するわ」
「こんな時間に血を吸ったら太っちゃうぞ?」
レミリアも台所の机に足を放り出していた。いつもなら行儀が悪いと言われる所なのだが、今の美鈴のようにいつも紅魔館の主をしているわけではない。たまには羽目を外したいのだ。それを紅魔館で許してくれる従者は美鈴だけだった。そして美鈴の淹れてくれる紅茶は咲夜のそれの次に好きなのだ。
「でも久しぶりー、めーりんの淹れる紅茶―」
「そうだっけ?」
「そうよー? いっつも門の前で立ってたり寝てたりしてるんだもーん」
「ありゃ、バレてた?」
「モロバレー」
レミリアも気を抜いたのか、口調を崩した。レミリアもまだ甘えたい年頃なのだろう、それほど吸血鬼の寿命は長い。美鈴の前では完全に子どもなのだ。そして美鈴が紅茶を持って一つはレミリアの席に、もう一つは自分にと席に座り一口飲んだ。流石に怒られると思ったのだろう。レミリアは紅茶を置かれる前に足を元に戻していた。
「……ん、めーりんの紅茶はやっぱりおいしー」
「でっしょ?」
「あ、そうそう、ゆかちゃんがね」
「誰?」
「スキマ」
「あぁ、八雲の……ゆかちゃん!?」
「お友達になったのー、でねでねゆかちゃんがね……」
台所の照明が二人の少女を照らし、会話に華が咲く。普段は互いの役割もありめったに話すこともできないフラストレーションのせいか、紅茶を三杯もおかわりするほど二人はその時間を楽しんでいた。
「そしたらパチュリー様がむきゅみゅきゅ言ってね」
「めーりん噛んじってるー」
「あはは、疲れちゃってるからかなぁ?」
「もー、咲夜がお休みだか……」
何かを言いかけた時、しまったと言わんばかりにレミリアは咄嗟に口を塞いだ。机の真向かいに座る美鈴の顔を恐る恐る見ると、やってしまったとレミリアは冷や汗を掻く。
それほど美鈴は無表情に、無感情になっていた。
「……ごめん、レミリア様。もう寝るね」
「あ、その……」
「ううん、レミリア様は悪くないよ……ごめんね」
「あ、美……」
フラッ、と幽霊のように美鈴は立ちあがりその場を音もなく離れていった。ごめんと言われ、レミリアの胸は痛みだす。
今、美鈴に咲夜の名を出すのは厳禁だと紅魔館に暗黙のルールが追加されていたのだ。先の咲夜の素行で一番酷かったのが美鈴との言い合いだった。そしてそれがレミリアの一番頭を抱える問題だった。咲夜がまだ紅魔館に来たばかりの頃は美鈴を『おねーちゃん』と自分より慕っていたのに。何故今になって、と眉間に皺を寄せ机に突っ伏した。
「……バカね、私。謝られて」
レミリアは頭を動かし、その体勢のままカップに口をつける。途端に紅茶が不味くなった。
・
こんな事があった。
その日も博霊神社に遊びに行こうと寝室で出かける準備をするレミリアに、着替えの手伝いをする咲夜。
「ねぇ、咲夜。いつものフリフリの方が霊夢は喜ぶかしら? それともたまにはビシッとダブルのスーツでメロメロにしてやろうかしら?」
「どちらでもいいのではないですか? お嬢様は何をお召しになられても美しいのですから」
「そんなのじゃ好きな人は振り向いてくれないわよ」
「いえ、それはお嬢様の勝手です」
「貴女の事を言っているのよ、咲夜?」
レミリアは少し心配していた。咲夜は自分の従者なのだから自分のものであり、自分の側から離れてはいけないと思っていた。それでも少しは咲夜の自由を考えていた。彼女の人生は自分のより遥かに短い。そしてレミリアは咲夜を従者ではなく、家族と見ていた。幼い頃に自分がこの紅魔館に連れてきてその成長を見守ってきたのだ、愛情が湧かないはずがない。その家族を想う事に何が悪い事があろうか。
「好きな人……ですか?」
「そうよ、一人や二人、いるんじゃないの? あの黒白だって最初は気になってた様子だったと見受けられますが? どうなんですか?」
ずずいと顔を咲夜に近づけるレミリアだが、主の服の選択にクローゼットから次々に取っては仕舞うその従者の顔は動揺の一文字も感じさせない。
「魔理沙とはなにもありませんでしたよ、大体女同士でだなんて……」
「それは主人の恋も否定する事になるわ、応援なさい。大体ここは幻想郷、なんでもありなのだから。もったいないわよ? 自分の人生をこんな所で棒に振ると」
「そのこんな所の主人がそんな事を言ってもよろしいのですか?」
「駄目よね」
二人は笑い合った。そしてレミリアは咲夜を気にかけていた。この笑顔が可愛い従者がどうにか幸せになれるようにと。
結局いつものドレスでレミリアは博霊神社に赴く事にした。途中の廊下で氷の妖精が目によぎったのは幻覚だったのだろう。
「申し訳ありませんがお嬢様」
三歩下がってレミリアの後をついてきた咲夜が声を掛けてきた。
「今、チル」
「私は何も見なかった」
「ですがバ」
「見なかったって言ったわよ?」
「かしこまりました」
この返答こそ完全で瀟洒な証だとレミリアは感じた。自分の教育の賜物だと自慢したくて仕方がない。しかししても意味がない、咲夜が自らの行いでちゃんと自慢してくれている。やはりこの子は素晴らしい、やっぱり手放したくない、でもこの子自身の……。
そう悶々と悩むうちに入り口にまでやってきていた。妖精メイドは廊下のわきで頭を下げ主人を見送る準備をし、咲夜は日傘を出し、レミリアを日差しから隠すように傾けてドアを開いた。あいにくの快晴、夜ならば最高なのだが昼はやはり鬱陶しい。それでも霊夢に会いに行きたいのは恋のせいなのか。その情熱はこの涼しい顔をしている咲夜にもあるのだろうか?
ふと、レミリアは違和感を持った。
「貴女、三つ編みは?」
「はい?」
レミリアは咲夜の髪を見ていた。雪のように白く、光が当たると輝く綺麗な銀髪を咲夜は両のわきに編みこみ、リボンをしている。が、今日はそれがない。レミリアの眼にはそれがだらしなく見え、不快に思った。いつものメイド服にボサッとした髪はレミリアの趣味ではなかった。
「ほら、もみ上げよ」
「もみ……いえ、たまには気分を変えようと思いまして」
「今日は許すわ、いつもの髪型に直しなさい」
「嫌です」
そのやりとりを聞いていた妖精メイド達がざわついた。だがすぐに収まる。咲夜が瞬間にメイド達に向けて殺気を放ったからだ。しかしその咲夜の発言は明らかに主人に対する反抗であり、とは言って自分たちの長である咲夜に進言する勇気もない。ここは主人であるレミリアの発言に期待するしかなかった。
最近のメイド長はおかしい。まさか埃を取り忘れていただけであんなにガミガミと言われるとは思わなかった。自分たちのロッカールーム謙休憩室にてその事を言って泣いていたメイドが一人いれば、今流行のモンスターメイドかと別のメイドが言うと、いや時を止めるからタイムメイドよと一人は泣いているメイドを慰め、そんな事よりあたいったらさいきょうね! と何故かいる妖精が空気を読めなければ、それじゃあ弾幕ごっこ! 弾幕ごっこ! と妹様が所構わずレーヴァテインを発現させる。こっちは迷惑だが妹様を見守るのもその妹様の散らかしを片付けるのも仕事だ、文句は言えないしなにより妹様の元気な姿を見るのも楽しかった。そこに通りかかるメイド長は確実に自称最強の妖精と妹様の眉間にナイフを突き立て、
『殺すわよ?』
と目を据わらせていた。当人達はめちゃくちゃに泣いてしまい、粗相をして掃除をした事を妖精メイド達は思い出した。こっちが泣き出したい。
だからこそ、我々が主、レミリア・スカーレットに願った。お願いだからメイド長を叱ってください、と
「……そう、わかったわ。咲夜が気に入っているならそれで構わないわ」
ずっこけたかった。某新喜劇よろしく妖精メイド達はずっこけたくて仕方がなかった。だが、メイド長が放つ僅かな殺気がそれを許さない。いつもならずこーっとなっても笑ってくれるあの優しいメイド長はどこに行ってしまったのだろうか。もう泣き出したくて堪らなかった。そしてその気持ちを密かに主人に向けた。
そんな従者達の気持ちはレミリアにも伝わってきて心の中で謝罪した。だが今叱れば絶対に外に出してくれないし、ティータイムになにを出されるかわからない。前は健康にいいからとセンブリ茶というとても苦い茶を出されたが、次は何を出されるかわからない。もう嫌なのだ、普通にダージリン、出来れば少し血が入っていればもう何も言わない。変なものは飲みたくないのだ。
給料アップするからとレミリアが言うとメイド長をなんとかしてくれれば今のままでいいと妖精メイド達は叫び心の中で契約を交渉し合う。が、それも終わりを告げた。
「では、参りましょうかお嬢様」
「えぇ、わかったわ」
『いってらっしゃいませ、お嬢様』
全員顔を澄ませていた。しかし誰かが気付いた、咲夜に気づかれないように廊下の隅で咲夜に中指を突きたてていたフランドールがいたのを。
「今年もいい薔薇が咲きそうね」
「えぇ、そうですね」
レミリアは剪定がきっちりとされた薔薇の苗を褒めて、だがしかし咲夜は興味がなさそうに返事をする。本館から門までの道の横は花壇が並んでいた。花ひとつひとつに愛情が込められているのがわかる。だが、咲夜の眼はその場所にごみ溜めが写っているかの様に冷たい。何故だろうとレミリアが疑問を持つとすぐに解けた。
そうだ、ここは美鈴が受け持っている所だわ。
レミリアは心でそう思い、そして一つわかった事もあった。最近の咲夜の様子がおかしいのは美鈴が関連しているのだと。これは美鈴に問いたださなくてはいけない、今の咲夜に聞いてみればたちまち戻されて縛られてあれやこれやを直飲みさせられるかもしれない。そんな事をされないと思うが、今の彼女ならカンカンに照りつけるこの太陽の下から日傘を畳むのだって躊躇わないだろう。
「どうなさいましたか、お嬢様?」
「いえ、なんでもないわ。さぁ急ぎましょう」
考えていた事を見透かされたのか、レミリアは咲夜の冷たい視線を浴びる。だが、それは八つ当たりだとレミリアは気付いた、すでに門の前にまで着いていたのだ。美鈴が頭を垂れて、主の出立を見送っている姿がそこにあった。
「いってらっしゃいませ、お嬢様」
「え、えぇ美鈴、行ってくるわ」
いつもなら和やかに送ってくれるはずの美鈴だが、今は違う。とても冷たい印象がレミリアに残った。普段はとても優しい美鈴が、先の咲夜のように微かに殺気立っている。もしも自分に向けているのであればその場で処刑するのだが、違うという事は始めからレミリアは知っていた。
そう、美鈴は咲夜に殺気を放っていた。
何故? とレミリアは疑問が浮かぶ。確かに居眠りをして咲夜がそれに見かねて説教に向かうことはしばしばあったが、それとは別である。その場で反省する美鈴も、次からは気をつけてと釘を刺す咲夜もそこにはいない。まるで互いが互いに親の仇のように二人は牽制し合っていた。気付けば咲夜も美鈴にあからさまに殺気を放っていたのだ。
「一ついいかしら美鈴」
呟く咲夜。
「……んですか」
頭を下げたまま答える美鈴。
「なんであのバカを館に通してるの」
日傘をレミリアに渡す咲夜。
「……妹様直々の命令でしたので」
そうだったかと一つの疑問が解消されたレミリア。あいつの命令は私のと同じなのだか別にいいかと思い、そして一つ疑問が生じるレミリア。
「じゃあなんで私にその事を報告しないのかしら?」
汚物を見るかのように美鈴を見下す咲夜。
「チッ」
舌打ちをする美鈴。
「あ、あの、もう行くから……ね? だから喧嘩は……ほら……」
間に入って仲介を試みるレミリア。
「……っに舌打ちしてんだよクソ門番!」
キレる咲夜。
「っせぇな! テメェは私の上司じゃねぇだろ、あ!? 門番とメイドは別枠ってんだよコラ!」
頭を上げ、キレた美鈴。
「あんだコラ! 大体テメェがしゃんとしてねぇからいつもあの黒白アマが館ぶっ壊してんだろうが!」
八つ当たりを受ける魔理沙。
「テメェが『やーん、お乳おっきくならないよー』とか吹かして見逃してんのが悪いんだろ!」
触れてはいけない事に触れてしまった美鈴。
「んだぁ!? テメェがその乳ぶら下げてんのが悪いんだろうが!」
加速する咲夜。
「大体テメェは『シエスタシエスタ、お昼寝だーい』とかほざくのおかしいんだよ!テメェ門番だろうが! はっ倒すぞ!」
二人の間に“!?”の二つの記号が見え、このやり取りが漫画になり掲載されるならばあそこしかないと思うレミリア。
「っせぇな人間風情がっ! 二日目か!? 転がすぞ、あぁ!?」
スペルカードを取り出す二人。
「い、いやだからね、私博霊神社にね……」
泣き出しそうになるレミリア。
そしてその日、レミリアは霊夢の顔を見ることはなかった。
・
「という夢ならどんなに良かったか」
「いつからそんなんなのメイド長さん?」
「一ヶ月ぐらい前かしらね、本当に何かに取り付かれたかの様に豹変しちゃって……」
「ふーん」
翌日、夕暮れ時の紅魔館の会議室。書類仕事から解放されていたレミリアが少しだけ涙目になり、うんうんと頷くルーミアがいた。会議室と言っても、数ある客室の一人部屋であり、そこはレミリアが知人達と内緒話をするために設けられた場所であった。紅魔館の主たる彼女には必要な場所であり、言わば愚痴を聞いてもらうための場所である。その部屋の備え付けの椅子にレミリアは跨り一部始終全てを話し、話している間に疲れてきたのか首をがっくりと落とす。
「でもさお嬢」
「何よ十進法」
枕を抱きかかえてベッドのスプリングでポンポンと跳ねるルーミア、レミリアにとって幻想郷の住人の中では彼女は昔からの馴染みであり、友人と呼べる一人であった。そのルーミアが跳ねながら枕を投げ、レミリアはそれを背もたれに垂らしていた腕で受け止めた。
「解雇すればいいんじゃないの? もしくは私が美味しく頂くから殺っちまうとか」
「駄目よ、十進法。咲夜も美鈴も私の家族ですもの。貴女にはやれないわ」
「下僕じゃないんだ」
少しにやついたルーミアにそう指摘され、確かに従者だ、それ以上に家族なのだと改めて自分の気持ちに気付いた。できれば向こうもそう思ってもらいたい。
「……そうね、もう下僕以上なのよ。なんとかならないかしら?」
「てか私の前に他にそういう相談に乗ってくれる人はいなかったの? お嬢にならいっぱい味方いそうなのに」
「そうでもないのよ」
その発言に首を傾げるルーミアに枕を投げ返すレミリア、枕はそのままばふっとルーミアの顔面に当たった。
「霊夢にまず相談したわけ」
「あの紅白巫女ね、あいつは美味そうだった」
「その日、実はその事について相談しに行こうと思ってたのよ、でも行けなかったから後日一人で行ってきてね。そしたら『テメェん家よりまず我が家の家計を助けろよ金持ち!』って。どうしてあんなのに惚れたのかしら」
「惚気かよ」
横目を逸らすレミリアを見て今だと確信して枕を投げるルーミアだったが、レミリアはそれを見ず片手で掴んでみせた。
「次はゆかちゃんに」
「誰なのかー?」
「スキマ」
「八雲紫なの……ゆかちゃん!?」
あの大妖をそんな風に呼べるのは人妖問わずルーミアは知らない、その驚きで投げつけられた枕を掴むこともかわす事も出来なかった。
「そう、ゆかちゃんに言おうとしたら向こうが泣きついてきて。『聞いてよレミりん! また藍が私の事加齢臭うつるから橙を抱っこしないでって! いいじゃないの! 私だって橙大好きなのに!』って言われちゃってね……いやもうカリスマないやんって、笑ってまうって」
「無理して関西弁使いなさんな。で、レミりんはどう答えたの?」
「そう呼んでいいのはゆかちゃんだけ」
「えー、その呼び方にしてもいいじゃんかー。お嬢より可愛いのにー」
「だーめ」
ルーミアはぶーっと頬を膨らまして枕をレミリアに投げる。しかし余裕でレミリアは受け止めた。
「つーかさ、お嬢」
「言いたいことはわかるわ、パチェはなんて言ったと思う?」
「なんて?」
「めんどい」
「そんだけ?」
「そんだけ」
親友と向こうが言ってくるのに、なんでこっちの相談は乗ってくれないのだろうか。こうなったら頼まれていた広告は是が非でも完成させて、文句を言ったらパチェの瞳を不夜城レッドせざる得なくしてやろう。
「はー、で、私になんだー」
「そうなのよ、なんとか十進法の力を貸してくれないかしら」
「十進法って呼び方止めてくれたら考える」
「じゃあもう無理ね」
このお嬢は、とルーミアが額に青筋を立てた時であった。
「いまのはなしはきかせてもらった! このあたいがなんとかしてやろう!」
突如、ルーミアがいるベッドの下から声が聞こえてきた。ルーミアは驚いたが、レミリアはその気配をこの部屋に入ってからすでに察知していた。だが。
「いいわよバカの話は」
「ばかとはなんだ! ばーかばーか!」
「チルノいたの!?」
「おうともさ! ルーミアきづかないだなんてばかじゃねーの!? つーかぽんぽんはねるからほこりがくちにはいったろ!」
そして服から埃を掃いながらベッドの下から現れるは我らがチルノであった。
「ていうかさ、なんであたいバカキャラにされてるわけ? なに? いじめ?」
「花映塚の画面説明でそう書かれてるのだから仕方ないじゃない、なんで今更疑問に思うのよ」
「もうこれ読んでる人もチルノが出てきたらバカが引っ掻き回しにきたってのわかってると思うって。ていうかさ、なんで私もアンタと同類のバカ扱いされなきゃいけないわけ?」
「世知辛い世の中になっちまったからさ。マスター、スコッチ」
「はいはい」
レミリアはチルノのために備え付けの冷蔵庫を開き、中から取り出した缶ジュースを渡した。ルーミアも物欲しそうな目で見ていたのでもう一つ缶を取り出す。
「冷蔵庫があるの、すごいねお嬢」
「ゆかちゃんから貰ったのよ、スキマから外のを世界の持ってきたんですって」
「すげぇ! すげぇ温い!」
「それでチルノ、なんでアンタがここにいるの?」
「そうよ、フランからの命令って聞いたけどあいつの客人?」
「ん? え、マブダチだよ?」
プルタブを開けるのに手こずっているチルノに対して、口に含もうとしたジュースを思わず噴出しそうになったレミリアとルーミア。あの悪魔の妹と最強のバカが? 何故と思う間もなく部屋の扉がバンッと勢い良く開かれてフランドール・スカーレットが飛び込んできた。
「ここまで台詞ないのってあんまりだと思うんだ! 絶対上の文章の中で喋れるところあったって!」
「落ち着きなさいフラン! 弾幕ごっこって叫んでたじゃない! それにパチェだって名前出てるのに喋ってないわ! 」
「回想で喋ってたけどね」
「うっわルーミア空気読めてない」
「チルチル見ーっけ!」
「え……あー! 見っかったー!」
そう言うなりフランドールはチルノに向かって飛びつきルーミアの隣に倒れこむ。どうやらかくれんぼの最中だったらしくチルノは悔しそうな顔をしているが、フランドールは嬉しそうにチルノの胸に頬を摺り寄せていた。その光景に二人は唖然としていた。
「ヘイ、お嬢」
「なんだいミスそーなのかー」
「こいつはどういう訳だい?」
「俺にはさっぱり検討がつかないぜ? ユーはアンダスタン?」
「ノーセンキューだわさ」
思わず自分達も何を口走っているのかわからないまま、レミリアとルーミアはその光景を見守っていた、見守るしかなかったのだ。そんな二人を無視するかのようにじゃれ合いを見せ付けるチルノとフランドール。
「もーチルチルったらー、かくれんぼしてたの忘れてたー」
「忘れてないって、フラン痛いよー」
「やー、絶対忘れてたー。だからお仕置きー、ぐりぐりー」
「やぁ! ごめん! ごめんってば!」
二人のやり取りは親友というより、まるで恋人同士、バカップルそのものであった。ルーミアは開いた口が塞がらず、手に持っていたジュースもダバダバと床に零し、メイド達の仕事を増やしていた。が、それでもレミリアは姉として聞かなくてはいけない事を聞く決意を固めた。
「あ、あのフラン……」
「お姉様いたの?」
「い、いや妹ちゃん……」
「ルーミアさんこんにちはー」
「胸ん中でしゃべんなフラン!」
「次は顎でぐりぐりー」
どうやらフランドールの眼にはチルノしか映っていなかったようで、頭だけ上げたフランドールと眼を合わせることも難しい事だった。本当に無視されていた事にはショックを受けなかった、いやショックは受けたのだが今の光景の方がレミリアとルーミアにとっては更に衝撃だった。
「そ、そうよフラン! な、なんでこんなバカ」
「あ? 誰がバカだって? チルノはバカじゃないよ? 私のチルノをバカとか言うヤツマジ表出てよ、ごっこじゃ済まさないよ?」
フランドールは頭を上げるとレミリアにそう言い放ち睨みつけた。フランドールを紅魔館に閉じ込めていたレミリアには非がある。が、それは妹のためと思い、妹へ対する愛情は誰よりも強かった。だが、フランドールにとってそれは気にしてなかった風でも苦痛には変わりなく、紅魔館を自由に動き回る事が出来るようになっても姉に対する不満は変わらなかった。レミリアもそれを覚悟していたが、まさかこんな形でくるとは思いもよらなかった。
「……チルノさんとどうしてそんなに仲良しなのかしら? お、お姉ちゃんに教えてくれないかしら?」
「ひみつー、ねー」
「つか……フラン重い……やばい……」
「幸せ太りだよー?」
そのチルノの表情は本当に苦しそうで、今にも泡を吹きそうだった。その表情もフランドールにとっては素敵なのか、ニコニコと笑顔になるフランドールに自分にはそれを見せてくれずにまたショックを受けるレミリアがいる。
「お嬢……」
「やめて聞きたくない」
「……大丈夫、私はお嬢の味方? だからね?」
「疑問文にしないで!」
いやいやと首を振るレミリアにいつの間にかベッドから立ち上がって肩にポンと手を置き苦笑いをするルーミアをよそに、フランドールもこれはまずいと思いしかし名残惜しそうな顔をしてチルノから離れた。けほけほと咳込み、体を起こすなりじっとチルノはフランドールを睨みつけた。が、隣に座るフランドールは顔を赤らめて俯いてしまう。そして何故かチルノも顔を赤らめてしまい俯いてしまった。モジモジしてしまう二人に耐えかねて、レミリアは怒鳴った。
「あーもう! なんなのよこっちはそれどころじゃないってのに!」
「本題から脱線しすきなのかー」
「え? 本題ってなに? なんなのチルチル?」
「んー? あー実はかくかくじかじか……」
「ってわけ」
「なるへそー」
「まさか本当にかくかくじかじかしか言わないだなんて……チルノすごいわ」
「それで伝わったフランもフランだわ……ツーカーってこういう事を言うのね」
まさかチルノではなくフランドールに引っ掻き回されるとはレミリアは思ってもいなかった。チルノがイントネーションを変え身振り手振りを使い『かくかくじかじか』と言っていたのを、頷き、時には反論し、時折見せるチルノへの熱い視線で両者とも数分無言になり、最後には納得した自分の妹を見て、やはり社会勉強として外に出せばよかったと反省した。とりあえず今はフランドールが本当にわかっていると信じて話を進める事にする。
「とりあえず、フランも嫌でしょ? 咲夜がずーっとあんな感じじゃ」
「話を聞いてたら門番と仲直りさせればいいと思うんだけどね、どうよ妹ちゃん?」
「別にいいよあんな奴ら、特にバカ咲夜なんか。私ぶっ殺されそうになったし。勝手に殺り合って勝手に死んでくれればいいよ、血も手に入るし」
そうフランドールが言い放つのも無理はない、今の咲夜には散々いやな目に合ってきたのだから。しかしフランドールの肩に手を置き、悲しそうな顔でチルノは口を開いた。
「フラン駄目だよ。フランのお家の人達が仲悪かったらあたいは嫌だよ。だからあたい達で何とかしなきゃいけないと思うんだ、皆仲良しじゃないとあたいは悲しいよ。それに二人を仲直りさせたらこんなこそこそとかくれんぼとかしなくても大好きなフランと堂々と遊べるんだから、ね?」
「さて、対策を練らなければいけませんな姉上」
「ごめんね、お姉ちゃんカリスマだからフランの事がまったくわからなくてごめんね」
「私はチルノを見る目が変わったよ、お嬢」
ルーミアが床に零したジュースを拭いて、チルノは再びプルタブと格闘し始め、フランドールはそれを応援している。その異様な光景がレミリアを狂わせそうにしていた。が、フランドールの一言で事態は変わる。
「そういえば、めーりんが明日バカ咲夜の所に行くってさ」
ガタッと座っていた椅子を揺らしながらレミリアの瞳孔が開かれた。
「え、それは本当なのフラン!?」
「ほんとほんと、チルチルが聞いたって。ねーチルチルー?」
「うんメイドさん達から聞いた、カチコミとか何とかだってさ。だからあたいがなんとかするって言ったんじゃないか。ちゃんと聞いとけよレミリアさんよぉ」
「マジなのかー?チルノの聞き間違いじゃ……」
と、ルーミアは言いかけた口を閉じる事にした。何故なら隣にいたフランドールがものすごく睨みつけていたからだ。
「なに? ルーミアさんはチルチルの事疑うの? つーかチルチルを呼び捨て? 埋めるよ?」
「そ、そんな事ないよ妹ちゃん! ち、チルノ様の言う事は絶対! ね、ねーお嬢!」
「え、えぇ! チルノさんはすごい!」
「えっへんぷい」
肩をいきらせて鼻を高々に上げるチルノにフランドールは拍手を送る。その光景にレミリアとルーミアは疲れたように肩を落とすしかなかった。しかし疲れるのはまだ早い、今の紅魔館の状態を正常にしてから疲れることにしよう。
「でもそれだと運命を変えるしかいけないかも……」
「そんな事で能力使ったら巫女にボコボコにされるのが目に見えてるって、人ん家云々って言っていたんでしょ?」
「逆転ホームラン! 今かられーむをボコボコにしにいっか!」
「チルチルあったまいー! やーやーやー!」
「よし、そのプランはなしね、どっちみち霊夢にボコボコにされるわ」
しかし、とレミリアは思う。妹はなぜ狂信的なまでにチルノに惚れ込んでいるのか。咲夜と美鈴の件が解決したら一度姉妹二人きりで話し合わなくてはいけない。ルーミアもルーミアでなぜここまで仲が良くなったのかチルノに問い詰めなくてはいけないと思っていた。
「で、さっくんは部屋から出てないの?」
「さっくんはお休み取ってから全然お部屋から出てないよー、あ、今日は泊まってってー」
「さっくんて」
「もう何も言うまいよ、十進法」
二人は頭を抱えた。
・
夜、紅魔館のレミリアの書斎ではひたすらにカリカリと音が聞こえてきた。その音を出す吸血鬼は机の上に山ほど溜まっていた書類を見る見るうちに減らしていく。何故か今日ははかどった。経費削減のアイデアも出てきた、教育プログラムの反省点を見つけることも出来たし、白黒魔法使いへのカウンタートラップ案はもう少し熟考せねばならない。なによりもレミリアは親友の依頼を達成することが出来たのだ。感無量とはこの事か、満足そうに背筋を伸ばした。
そこにコンコンとドアを叩く音が聞こえてきた。
「どうぞ」
「失礼いたします」
入ってきたのは美鈴だった。先日の台所以来、彼女とは顔を会わせていなかった。報告も少し熱が出たと代わりの者がやってきて済ませていた。それだけ彼女を傷つけたのかと思うと、レミリアの胸がきつく締まる。美鈴は部屋の真ん中までやってきて、そして直立すると口を開いた。
「昨日は代わりの者を使わせて申し訳ありませんでした」
「いいのよ、たまには体調を崩すこともあるのだから。養生なさい」
「ありがとうございます。本日はいつもより早めですが職務を他の門番員に引き継ぎ、今日は休みを取ろうと思います」
レミリアは壁に張り付いた時計を見た。まだ九時を回っていない。自分の仕事の速さに驚きつつも、美鈴を心配した。彼女達門番のシフトは事前に把握していた。本来なら怒る所なのだがレミリアは美鈴に優しい顔を見せた。
「今日、本当なら休んでいても良かったのよ?」
「いえ、門番が自分の役目ですから」
レミリアは美鈴に違和感を受けた。別に三つ編みが解けていたからではない。なぜか緊張している。公私は別、とは言ってもここまで固かったのは初めてだった。何かおかしい。そこでレミリアは言葉を選んだ。
「紅茶……冷めてしまったから淹れてくれるかしら?」
「……申し訳ありません、まだ体調が優れていなくて」
「……そう、残念だわ。それなら明日に備えてゆっくりと休みなさい」
「ありがとうございます。それでは失礼します」
と、美鈴は規則正しく退室していった。足音が聞こえなくなるのを確認するとレミリアはパチッと指を鳴らした。
「めーりんって、あんなんだったっけ?」
「ううん、門番さんはいつもあんなんじゃないよ」
「てかお姉様、カスって言ってたわよ指」
部屋から、どこに潜んでいたのか、わらわらとチルノ、ルーミア、そしてフランドールが現れた。
「やっぱりおかしかったわね、じゃあ後を付けないと」
「でもお嬢、私達の気配って門番さんに気付かれてないの?」
「えぇ。フラン?」
「うん、気配だけ破壊したよ? ね、チルチル、私偉い?」
「うん偉い!」
「えへへー」
チルノが頭を優しく撫でて本当に嬉しく感じているフランドールをよそに、ルーミアはドアを開け、廊下を歩く妖精メイドはいないか確認した。
「しかしいつもお嬢はこんなに仕事してるの? やっぱお嬢はすごいね」
「そうでもないわよ、今日だってこれのためにチョッパヤでやらないとケツカッチンだったんだから」
「無理して業界用語使わなくてもいいよお嬢……うん、いないね」
ルーミアは廊下を確認すると、自分達以外の気配は無い事を椅子から降り首をコキコキと鳴らすレミリアにそう伝えた。
「そうね。さて、十進法、貴女の能力を使わせてもらうわ」
「報酬は?」
「ブラッドちゅーちゅー免除」
「ファック」
レミリアは一度だけ、ルーミアの首筋に牙を剥いた事がある。その味は人間のそれより濃厚で、そして舌へと後を引かせ喉を甘美で焼きつかせた。人を食料にする両者ではあるが肉を食らうルーミアの血は独特の臭みがあり、それが通の味だと確信してもう一度と土下座をしてまでルーミアに懇願した。その時のルーミアの表情は青ざめ、冷たい視線がレミリアに向けられた。それ以降何度もレミリアはルーミアへ頼み込んだが、『気持ち悪い』の一言で終わらせ、今に至った。
「今日だけよ、頼まないから」
「なら人間連れてきてよ! 最近そこら辺の虫とかネズミなんだよ! 思わず甲高い声になりそうだわ! ハハッ!」
「それだけはいけないわ十進法」
「あー、じゃあその呼び方変えて。それなら闇に紛れてメイド長さんの部屋に行こう」
「チッ」
「おい舌打ち」
そしてフランドールの頭への摩擦による熱で、チルノの手が溶け出しそうになっていた。それでもチルノは撫でるのを止めない。それほどフランドールの笑顔が愛らしかった。
ルーミアの闇を操る程度の能力は思いのほか役に立った。フランドールが気配を壊すと言っても姿が見えていては意味をなさない。ただでさえここは妖怪の住む館なのだ。そしてそれを討てる人間もいる。その人間の部屋に行こうとしているのだ。気配を断った程度ではその“違和感”ですぐに気付かれてしまう。だが姿も見えなくてはそう簡単にばれる事はないだろう。そうして四人は闇を纏った。
「だからって一個の闇の球体の中でぎゅうぎゅう詰めって事はないんじゃないの十進法!」
「んな事言われても私の力じゃこれが限界だよ! このお札取ってくれたらアンタぐらい軽く超えてやるよ!」
「なんだか暗いと……変なふいんきになっちゃうね……ね、チルチル……」
「顔近いよフラン……あと雰囲気だよ……」
美鈴がレミリアの書斎から出て行って少し時間が経ち、行動を開始した彼女達が廊下でぎゃあぎゃあと騒いでも歩く妖精メイドには気付かれていない。そもそもこの時間には当主姉妹と夜勤のメイド数人ぐらいしか館内を出歩く事はない。だが気配がなくともこれだけ叫べば振り向かせることぐらい出来そうなものだ。それもない。その黄色い叫び声も闇の中に吸い込まれてゆく。廊下の蝋燭でさえこの闇を照らす事は、他の存在に気付かせる事は出来なかった。
「そういえばもう四日ね」
「何がさお嬢?」
「咲夜が部屋に篭ってから」
「そうなの? 死んでないの?」
まずそれはないとレミリアは確信している。咲夜の部屋には愛情もあってか、特別にキッチンと浴室を備えつけていた。それに食料も休みの前日に買い込んでいたのも見た。外に出せないと言ったのが不味かったか、ある種の抗議だったのだろう。レミリアは少し反省する、次に休ませる時は彼女の自由にさせよう。
「死んでたら食べていい?」
「前から言っているでしょう? 咲夜は食べたら駄目な人間だと」
「なんだよー、ケチケチヴァンパイアー、お嬢をたーべちゃうぞー?」
「なら相互補完よ」
二人が言い合いをする中、チルノとフランドールが互いを意識し合う。レミリアは妹に注意するのは面倒だった。小うるさい妹と妖精が黙っていてくれればこちらも集中できる。咲夜と美鈴が争っている中に入り、仲裁に入ることが容易に出来るのだ。この二人にそれを任せる事は出来ない、余計に混乱させるのが目に見えていた。ならばこのまま見つめ合っていてくれた方が楽だった。
やがて咲夜の部屋に着く、中から何か聞こえてきた。声、咲夜と美鈴の声だった。
「あれ? もうおっぱじまってる?」
「それはまずいわ十進法! 早く入らないと!」
「まぁまぁお嬢、いきなり入ってもあの二人に怪我させられるのはごめんだよ。様子見て、頃合を計らないと」
「……そう?」
「そうそう、ちょっとドアを開いて、ね」
「……じゃあ少し開けて、殴り合いしてたらすぐに入るわよ」
「ほいさっさ」
レミリアは扉を軽く開ける、中では惨劇が始まっていると頭に過ぎらせながら。その時、ちょうど鐘が紅魔館に鳴り響く。
惨劇だった。
「わんわん! めーりんもっともふもふするんだわん!」
「もぉ~、さくやわんはあまえんぼなんだから~」
「めーりんにおなかなでなでされるのはとってもきもちいんだからしかたないわん! でもいまはもふもふするんだわん!」
「もーしかたないなー、うりうり~」
「わんわん!」
「え、どういう事?」
あれ? もう着いてた?
「……犬耳つけてるよ?」
うん、着いちゃったね。私達も見よー
「いやそれより、ベッドの上で何してるのかしらあの人たち?」
おう!……うわだきあってる!
「あの人たちって、自分の従者……気持ちはわかるけどさお嬢……」
なんだよバカ咲夜、嬉しそうに……私にはあんな顔したことないのに……
「えぇ、あんなに弾幕バトルしてたのにですよ?」
大丈夫だよフラン! きっとしてくれるって!
「イチャついてるね……お嬢の話とは全く違うじゃないさ」
そっかな……チルチルが言うならそうだね…………ね……チルノ……
「しかも半裸ですよ? 見えそうで見えませんよ? あの二日に渡った彼女達の殺し合いは私の目の錯覚だったのですか?」
ん? どしたのフラうわっ!
「お嬢落ち着いて! 大丈夫、私はそれでも食料として見てるから!」
ね……お願い……
「…………えへへ、ぎゃおー」
え……や……まだ心の準備が…………
「気をしっかり持ってお嬢! 傷は浅いぞ!」
ダメ……あんなの見てたら……我慢できなくなっちゃって…………
色んな感情が込みあがってきたレミリアの背中を擦るルーミア。それほど中の光景は衝撃なものであった。何故? レミリアの頭にはそんな疑問が過ぎる。今までの咲夜の様子からはあんなに美鈴の胸元に顔を埋め、その心地を楽しむような嬉しそうな顔は想像できなかった。それに咲夜の感情を加速させる発言をしていた美鈴も、その様子から咲夜を嫌っていたのではなかったのか? 咲夜の名を出すと明るさが消えてしまったのではなかったのか? その門番は今、咲夜の頭を撫でて幸せそうに微笑んでいる。まるで我が子をあやす様は、数日前の彼女からは予想もつかなかった。そして今の咲夜と美鈴を見てレミリアの目頭は熱くなっていた。
「ふふっ、嬉し涙かしら……自分の涙で肌が焼けそう」
「大丈夫だよ、流水じゃなくて塩水だからさ……杞憂で良かったじゃんか」
「いいえ、これは悔しさ?……運命って残酷なものよね、私はもう運命を信じないわ」
「あーあ、お嬢が拗ねちゃった……奢るからさ、今からうなぎ食べに行こ?」
ふとルーミアは気付く、チルノとフランドールの姿が見えない。闇の中から外は見えるし、中に入っても一緒に入ればその存在はわかる。気配を壊したとはいえ数時間もすれば元に戻るとのフランドールの発言もあったし、彼女達自身は互いの存在をわかり合えていた。現にむせび泣くレミリアを介抱しているのだ。それなのに彼女達の姿も気配も近くになかった。
「ね、お嬢? チルノと妹ちゃんがいないよ?」
「なによルーミア……私は今自分の運命を操ってるのよ、そう、悲劇のヒロインになりたいの……」
「だからチルノと妹ちゃんが闇の中から出ちゃってるんだって!」
レミリアは瞬時にあみだくじを作って指で線をなぞっていた。が、ルーミアの怒鳴り声で涙で腫れた眼をルーミアに向ける。鼻水も出ている、ルーミアは即座にティッシュを取り出しレミリアの鼻を噛ませた。それでもすんすんと声を立てるレミリアに同情をした。
「…………いにゃい?」
「そういないの! どこ行ったか……お嬢はわかんないよね、探さないと」
「別にいいわよ、飽きてどっか行っちゃったんでしょ……幻想郷壊しちゃってもいい?」
「いいから探しに行くよもう!」
ルーミアはレミリアの手を引っ張り咲夜の部屋の前から離れた。ずるずると引き摺られるという情けない姿を見せても、一向にレミリアは立つ事は出来ない。よほどショックだったのだろう、それはわかるがルーミアは立たせようと試みる。引っ張るのは力がいるし、なによりも重かった。
「だーかーらー! 立てってんだよバカ吸血鬼! 五百年生きてりゃこんな事もあるっての!」
「いいのよもう……紅魔館の主なんてね……ふふっ、外の世界が懐かしいわ」
「諦めんなって! あの人たちにはあの人たちになんか考えてたんだって! お嬢にもわかる時がくるから!」
「……そうかしら?」
「そうだよ!」
急にレミリアは立ち上がり、その衝動でルーミアの足を強引に止める。なんと単純なお嬢様なのだろう、振り返って顔を見てルーミアは思った。レミリアの顔はなぜか晴れ晴れとしていた。いや、気が違ったのかもしれない。
「そうよね! 咲夜と美鈴にも何か事情があってあんなキャッキャウフフな事をしていたのよね! じゃあ戻って喧嘩させてくるわ!」
「いやいやいや!? 多分逆だし! 今戻ってもお邪魔虫なだけだし! 喧嘩させないのがお嬢の役目じゃなかったの!? それに今はチルノと妹ちゃんを探さないと!」
「そう?」
「そう!」
レミリアほどではないがルーミアも咲夜と美鈴の行為を見てショックを受けていた、しかしそれ以上に取り乱したレミリアに対応して疲れていた。なんで私がお嬢の世話をしなくちゃなんないんだろう、と。
「わかったわ、ルーミアの言うとおりにする」
「……お嬢、大丈夫?」
「えぇ、もう大丈夫よ。さぁ、フランとバカを探しに行きましょう」
本当に元気を取り戻したかのように腕をブンブン振り、歩き出したレミリア。はぁ、と溜息を漏らし今からならまだ屋台に間に合うかと思いながらその後ろから付いていくルーミア。と、レミリアの鼻が何かを掴んだ。
「……甘い……何の匂いかしら?」
「え……なんにも匂わないけど?」
「伊達に五百年も吸血鬼をしてないわ、嗅覚には自信があるのよ。血の香りすら差があるのよ? 貴女のは故郷の森を思い出したわ」
「ブラッドソムリエって商売は流行るかな? で、何の匂い?」
「似た匂いを知ってたはずだけど……思い出せないわ……あっちから」
と、レミリアは廊下の端を指差した。確かに何かいるとルーミアは思った。チルノとフランドールだろうか、すぐに気配は元に戻るとは言っていたが見るまではわからなかった。だがレミリアは気付いた。
「フランとバカね」
「そうなんだ、やっぱお嬢はすごいね」
「ルーミアだってすぐにわかるわ」
「じゃあなんだろうね、その匂いって?」
「それこそ見るまでわからないわ。ルーミア、もう闇を解いてちょうだい」
「ほいさっさ」
今まで二人を包んでいた闇は霧を散らすかの如く消え去った。姿も見え、チルノとフランドールが証明した気配も歩くメイドもわかるであろう。しかしこの廊下には自分達しかいない。その廊下の端からレミリアとルーミアはそっと覗いてみた。
ん、はぁ……美味しいよ、チルノ……
やだぁ! 止めないで! もっと、もっとぉ!
ん……
んぁあ! いいよぉ! いっぱい! フランでいっぱいになっちゃうよぉ!
レミリアとルーミアは固まった。先の咲夜と美鈴と同じように、だが確かに違う衝撃が二人を襲った。
壁にもたれかかったチルノの首筋にフランドールが牙を見せ、齧り付いていた。目を細めチルノの味に酔いしれて笑みを零すフランドール、フランドールに噛まれ恍惚そうに口を半開きにさせ、喘ぐチルノがレミリアとルーミアの視線を凍らせた。
「……妹ちゃん……チルノとあんな事……エロ……」
「……いえ、別にもういいわ。あんな事もあったし。で、思い出したわ」
「あぁ、チルノの血の匂いだったんだね」
「妖精メイド達が似た匂いさせていたしね。もういいわ、あいつらほっといてうなぎ食べに行きましょう?」
声を出してもチルノとフランドールは気付かなかった。それほど吸血という行為に二人は夢中になっていた。必死に血を吸うフランドールの体をチルノはきつく抱きしめていた。チルノの服に零れるほど、血は止まらなかった。それに構わずフランドールは息をする間もないほどに吸い続ける。それに応える様にフランドールの頭に手を置き、優しく撫でながら嬉しそうにチルノは涙を流していた。
だがレミリアとルーミアはその光景を見るのは別に初めてではなかった。自身達ですでに体験していたからだ。レミリアに血を吸われた時、ルーミアは快感を覚えた。吸血鬼が魅せるカリスマが噛み付かれた牙から体中に流れ込む感覚は今でも忘れない。だがルーミアにはそれが未知の恐怖でもあった。その恐れから逃げたくてその後一切レミリアからの吸血の願いを頑なに拒否していた。もう一度吸われたら、この人から逃れられない。レミリアとはただの友人でいたかった。レミリアもそうだった。だから強制的にルーミアの血を吸った事はない。
だがチルノとフランドールは違った。互いに離れたくないように抱きしめ、血を吸い、吸われ、その幸せそうな顔を見せ合っている。自分達がまるで一つになったかのような感覚がおそらく二人の体へと染み渡っていることだろう。そんな彼女達をよそにレミリアとルーミアは紅魔館の入り口へと足を運んだ。
「つーか、うなぎ、話半分だったんだけど」
「そう? これが紅魔館の主たる所以よ、全部耳に入っているのだから。本当にルーミアの奢りよね?」
「また」
「何が?」
「ルーミア」
「それが報酬だったでしょう?」
この人には敵わないな。ルーミアはほくそ笑み、紅魔館の主のために外への扉を開けた。月明かりが照らす、雲ひとつない快晴だった。
・
「お嬢様は外にお出かけになられたようね」
「すごいですね咲夜さん、レミリア様の事はなんでもわかるんだ」
「えぇ、貴女の次にね」
先ほどの光景からは想像ができないほど、咲夜と美鈴は落ち着いていた。ベッドの上に膝で立つ咲夜が美鈴の髪を後ろから櫛で梳かすと、その優しい感触にベッドに座る美鈴は目を瞑る。近くにあったテーブルにはディナーの後があり、その後から見るにそうとう豪勢なものだというのがわかる。そして二人はどうやら湯浴みをした後らしい。二人からほのかに石鹸の香りが漂っていた。
「だから、レミリア様達がいたのがわかったんですね」
「そうね……もう嫌よ、わんわん言うの」
「えー、可愛かったのになぁ」
気配を断とうが姿を失くそうが、咲夜には育ててもらったレミリアのしている事は把握していた。もちろん覗かれていた事はわかっていた。だからあんなに美鈴にこれでもかと甘えていたのだ。演技とはいえそれを思い出し咲夜は頬を赤く染めた。美鈴は頭を咲夜の胸に当て、動悸が高まるのを感じた。
「はぁ……それにメイド長失格ね」
「へ?」
「間抜けな声を出さないでちょうだい。主人を二の次にして貴女の事よ? 本当なら主人の考えている事を第一に考えないといけないのにね」
「でも私の好きな人としては合格ですよ?」
「わかってるわよ。そんなの」
美鈴は微笑み、咲夜も笑う。今までの確執とは裏腹に彼女達は二人でいることが当たり前のように落ち着いて、触れ合った。
「でも、ですよ。咲夜さんはやりすぎだったんですよ、さっきもじゃないけどあんなにきつくならなくても良かったんじゃないですか?」
「よねぇ。お嬢様にも心配されたし、次から気をつけるわ」
「そうですよ、次……あるんですか?」
「明日、ちゃんとお嬢様に言わないとね」
そう言うと咲夜は櫛を置き、自分が綺麗に整えた美鈴の髪に顔を埋めた。髪から自分が普段使っている石鹸の香りがして、それに対して何故か嬉しくなっていた。好きな人が自分と同じなのだと。咲夜は美鈴の事を愛していた。
咲夜は芝居をしていた。
美鈴に想いを伝えた咲夜は自分が浮かれるのが怖かった。完全で瀟洒に、そうレミリアに言われた事に背くのは嫌だったのだ。自分がわからなかった小さな頃に紅魔館に連れてこられ、そして育ててもらった恩がある。彼女にとってレミリアは主人の前に母親であった。その母親の期待に応えるためにもレミリアの言う事に一つ一つとこなしていった。お嬢様の教育をこなしていくのが自分だと咲夜は確信していた。だからここで急に人が変わるかもしれない自分が今までの自分に反するのは耐え難かった。紅魔館にいる理由がなくなる。咲夜は紅魔館が好きだった。だから離れたくはない、お嬢様に捨てられたくない、お嬢様が好きなのだから。だからいつも以上に完全に、瀟洒にと見せるために自分を引き締めた。そのつもりだったのだがいつの間にか過剰になっていくのに気付けなかったのだ。
だからだろう、周囲に気遣わせてしまった。謝らなくてはいけない、皆にも、大好きなお嬢様にも。
だが同時に、レミリアとは違う感情で美鈴を見ていた。まだ紅魔館に来たての自分の面倒を一番に見ていてくれたのが美鈴だった。その時に感じたレミリアとは違う優しさに咲夜は魅せられていた。いつしか憧れる姉と慕うようになっていた、そんな時分、咲夜は美鈴に結婚するとプロポーズをした。美鈴にとってそれは嬉しくて、でも寂しいとも思った。子どもが口にした事だし、大人になれば忘れるのだろうと。だが咲夜はその想いを募らせていった。子どもだったからこそ本気で言っていたし、絶対に忘れはしなかった。美鈴は姉以上の存在になっていた。
そして一ヶ月前の事だろうか、咲夜は美鈴を自室に呼び出し、積年の想いを伝えた。
『はい?』
『だから好きって言ったのよ……何度も言わせる気なの?』
咲夜は真っ赤になっている顔を真正面にいる美鈴に見せたくなくて顔を俯かせていた。が、美鈴はその言葉に唖然としていた。
『いえ、私も咲夜さんの事大好きですよ?』
『だからそうじゃなくって!』
顔を俯かせたまま咲夜は怒鳴る。美鈴の好きは家族としての好き、私のとは違う、私の好きとは全く違う。咲夜から見える床は少し歪んできていた。
『いやだから私も咲夜さんの事が……』
『何でさん付けなのよ! いつからちゃん付けで呼ばなくなったのよ! 私は美鈴の事をずっとおねーちゃんだと思ってるのよ! おねーちゃんは私の事嫌いなの!? ねぇ! 何で気付いてくれないの! 私のわがまま!? 馬鹿みたいじゃない! 馬鹿……バカぁ……』
咲夜は顔を上げ、叫ばずに入られずにはいられなかった。涙も止める事も出来なかった。膝を突きたかったが、それ以上に泣いている自分の顔を見せたくなくて、手で顔を隠し、それでも涙は止められなかった。
その光景を見るに耐えなかった美鈴はそっと抱きしめる。
『……ごめんね、咲夜ちゃん』
『バカぁ……そんな事しても……今更そんな呼び方しても……もう戻れないの……でもおねーちゃんの事……大好きなの……わかってよ……』
自分の胸で泣いている少女に完全も瀟洒もなかった。あの頃のまま、あの時の花飾りをくれた少女だけがいた。
『おねーちゃんね……不安だったの』
『え?』
『咲夜ちゃんがおっきくなって、いつの間にか私を越えて、そして私の目の前からいなくなっちゃうって思ったら』
『いなくならないもん……』
『うん、でも私が先かも知れないね、死んじゃったら』
『ダメ! しなないで!』
『うん、それでも思っちゃうんだ。私の事は忘れて、いつか好きな人連れてくるのかなって。連れて来なくても、そのまま私の知らない所に行っちゃうのかなぁって』
『どこにもいかないもん……ずっといっしょだもん……』
『だから……知ってた? 咲夜ちゃんがおねーちゃんの事が好きになる前におねーちゃんがずっと咲夜ちゃんの事好きだったって』
『……しってた』
『だからそのままでいいって、思ってたの。あはは……おねーちゃん、臆病だから』
『……そんな事ないもん』
『……うん……咲夜ちゃんとの約束忘れてないからね』
『……ほんと?』
『ほんとだよ……愛してる』
『……私も』
美鈴は咲夜の髪を梳き、そして手を止める。それに何か言いたそうに不満な顔を見せる咲夜。
「ていうかですよ、今度からにんにくぶら下げておけばいいんじゃないですか?」
「……盲点だったわね、でもいいんじゃないの? どうせバラすんだし」
「そうですね、やっぱり咲夜さんはそうでないと」
「どうでないと?」
「あの……あはは、どうだろ?」
そのまま笑い出す美鈴だが、未だに咲夜の顔は不満に満ちていた。それを見た美鈴は不可解な感じがしたが、数瞬で気付く。
「もー、そんなんで不機嫌になるなんて咲夜ちゃんはかわいいなー」
「だって……二人きりなのに……おねーちゃんのバカ……」
「そうだ、咲夜ちゃん」
「ふぇ?」
間の抜けた咲夜の声は美鈴に笑みをもたらす。本当に二人きりだと子どもだなぁ、そう思うと途端にその唇を塞ぎたくなる。だが、その唇から一つだけ聞きたいことがあった。塞ぐのはそれからでも構わない。
「いつから『おねーちゃん』って呼ばなくなったのかなぁ、さ・く・や・ちゃ・ん?」
「え……えぇ!?」
「驚いても誤魔化してもおねーちゃんには通じないからね?」
お顔がまっかっかになって、咲夜ちゃんは可愛いなぁ。本当にちゅうしちゃおっかなぁ。
「…………貴女の事を、憧れじゃなくって本当に好きになったら、あぁ『おねーちゃん』じゃないなって。そう思ったから…………ダメ?」
「……ふふっ、ずるいですよ咲夜さん」
「何がかしら?」
「そうやって、いつもの十六夜咲夜に戻って。私を振り回しちゃう」
「そうね……ずるいわ、だから貴女も私の事を振り回しているのでしょう?…………愛しているわ、美鈴」
「えぇ、私もですよ。咲夜さん」
目を瞑り、咲夜は完全に美鈴にその身を任せる。この姿は自分にしか見せてくれないと思うと、美鈴は嬉しくなった。しかし今は咲夜の髪を整えるのが先だった。愛しい人の髪を綺麗にするのはとても幸せな作業であった。
・
紅魔館の主、レミリア・スカーレットは自分の書斎で頭を悩ませていた。机にはティーカップと一枚の紙以外は何もなく、仕事という仕事は何もない。だがそれでも頭が痛かった。
まずはうなぎ屋での支払い。ルーミアが奢ると言ってくれたにもかかわらず、相談に乗ってもらい付き合ってくれた礼もあるのでやはり自分が払うと豪気に言ってしまったのを、財布を取り出し中身が空なのを確認しながら後悔していた。レミリア個人の収入元は咲夜からの小遣いだ。もう咲夜に小遣いを請求しても首を縦には振ってくれないだろう。それほど霊夢に貢いでいた。そしてそれほどうなぎをやけ食いしたのだった。
次にフランの交友関係についてだ。別に誰と付き合っても構わないと思っていた。それがチルノでもだ。だがよくよく考えればあんな付き合い方は不純異種交遊なのではないかと妹に注意しようと思った。だがそれも叶うかどうかという話である。それほどフランはチルノに焦がれているのが自分でもあの一件でよくわかった。絶対に喧嘩になり、そして勝てるかどうか、と。
そして咲夜と美鈴である。
つい先刻、二人揃って書斎に入ってきていきなり謝られた。自分たちの主にもかかわらず無礼をしたと頭を下げてきたのだ。
「いえ、いいのよ。二人が仲直りしたのだったら。それに私よりもフランに謝った方がいいわ。すっごい怒っていたから絶対弾幕勝負を挑まれるわね」
「あはは……妹様ならやりかねないなぁ」
「美鈴、主人の前よ」
「いいのよ咲夜、今オフなのでしょう?」
「はいオフですよレミリア様」
「……まったく。あとお嬢様」
「何かしら、さくやわん?」
レミリアが机に頬杖をついて悪戯そうな笑みを浮かべながら咲夜に向けてその言葉を口にすると、何か言いたそうな顔が一気に真っ赤になるや否や、その顔を手で隠ししゃがみこむ咲夜を見て、プッと噴出しつつも美鈴は笑いを堪えている。
「えぇ、『仲直り』したのでしょう? ねぇ、さくやわん?」
「失礼ながら、お嬢様」
「何かしら美鈴? 急にかしこまって」
「それを咲夜さんに言えるのは、私だけです。お嬢様でも、そう呼ぶ事は許されません」
「ちょ、美鈴! 私はもう嫌よ! あんな事するの!」
「いいえします。絶対します、絶対にします」
「三回言ったから、主人に対する命令は聞いてあげるわ。でも次に命令したら……わかっているわね?」
「ありがとうございます、レミリア様」
レミリアと美鈴は互いに笑い合うも、咲夜はまだ立ち上がれずにいた。これほどに羞恥心をみせる完全で瀟洒な従者もまた一興、とレミリアはまた自慢の種が増えているのに気付いた。
「で、では失礼します!」
「あ、咲夜さん待って下さいよー」
「他のメイド達にも謝ってくるのよ、二人でどれだけ苦労させられたのか」
「わかりました、それともう一つ」
と、咲夜はレミリアの書斎を出る前にレミリアへ振り返り、その姿はもういつもの自慢の娘に戻っていた、その顔で何か言われるのをレミリアは少し楽しみにしていた。
「何かしら、咲夜」
「少し休暇を延長させてもらい、しばらく紅魔館を離れます。あと、紅美鈴の休暇申請も受理いたしました。というわけでよろしくお願い致します」
これが一番頭を悩ませていた。紅魔館の警備の主力が一気にいなくなってしまうとは思いも寄らなかった。大体メイドと門番は仕事分担では別、トップは自分だというのに勝手にメイド長が門番の休みを決めていいものじゃない。それを決めるのは自分の仕事だ、本来ならそのよろしくされた願いはすぐに却下するが、あの殺気を出されていては何も言えずにいた。
さてどうしたものだろうか、と思いつつも部屋に一つだけある窓から見えた、庭で腕を組み紅魔館から出て行く咲夜と美鈴の幸せそうな姿を見るとそんな悩みも吹っ飛んでいった。
「……あの子もちゃんと恋を知っていたのね。それなら、これぐらいは我慢しましょうか」
そう独り言を呟くと次に頭を抱えさせた、図書館からのクレームの対処である。レミリアは机に置いてある紙を取り、読み上げる。
「やり直しむきゅー、デザインもキャッチコピーも全然ダメだむきゅー、こんなのなら私がやれば良かったむきゅー、クソビッチむきゅー」
多少加筆を伴う読み方をしたレミリアは、その紙を破り捨て、如何にしてこの思いやりのある親友を可愛がろうか思いふけった。
話の作りが全体を意識して無い感じです。
全体としてみるとまとまりに欠けていて、
ちょっとダラダラ感があったのが残念でした
チルノのルーミアへの言葉などちょっと笑えませんでした。
レミリアの紫様の台詞とかは面白かったんですけどねぇ。
「レミりん・ゆかちゃん」の愛称で呼んでたりして。
最終的に咲夜さんと美鈴が仲直りというか進展したのは良かったと思います。
それと文章がかなり読み辛いです。
もう少し改行などを行ったほうが良いですよ。
誤字の報告
>勝手に殺り合って勝手に死んでくれるばいいよ
『くれれば』ですよ。
ていうか口喧嘩の部分にちょっと萌えてしまったんですがどうしたら良いでしょうか
素直に紅魔館の住人だけで帰結した方が綺麗にまとまってたんじゃないかと思います。
惜しい(´・ω・`)
ただちょいと読みにくい?
で、ルミリアとかレーミアとかまだっすか?wktkwktk
しかし私はレミ咲なのでこの点。
誤字報告
そもそもこの時間には頭首姉妹と夜勤のメイド数人
当主では?
>こんにちわ
こんにちは
誤字らしきモノ。
>>「~かくかくじかじか~」→「かくかくしかじか」ではないかと思うのですが発言者がチルノ様ですからね、確定出来ません。
途中美レミぽい雰囲気にゴロゴロニヤニヤしながらしかしめーさくにがっくりし、またその後フラチルに歓喜した私は最早紅魔館を愛する資格が無い様です。
あとはるみゃレミorパチュレミorこあレミを頼みましたぞ勇者(さくしゃ)様…………!(取り敢えず、三番目は無いだろ)
これの続きというかシリーズというか、そういったもの読みたくなりましたww
個々のカップルの話を読んでみたいです。
キャラを崩してる人でもそれぞれ独自に他者が真似のできないセンスのある
崩し方をしてるのですよ。
この作品は…
残念ながらインパクト狙いでの悪い意味でのキャラ崩壊にしか見えなかったのですよ…
特に従者同士の口喧嘩の辺りはただ下品なだけとしか感じなかったのですよ…
幼女カルテットが素敵すぎる
フランとチルノのCPには歓喜しました
フラチルに関してはもっとやれ
だけど流れがあっちいったりこっちいったりで読みにくい
あと言葉遣いが汚いのが気になった、ギャグ調の世界観にはあってないような
スペース空いてなかったです。
自分の好きなcp詰合わせでした!