フランと喧嘩した。
元は私が悪いのだが、フランもやりすぎたと思う。
私はフランのドロワーズを破ったりはしないからだ。
とはいえ、やはり私が一番悪いのだろう。
フランのドロワーズは紅魔館の平和の象徴である。
私はいつものようにフランのドロワーズを被って、平和の使者ごっこをしていたのだが、やはりいつものようにそれを見たフランが怒って私を追いかけてきた。そして、いつものように吸血鬼と吸血鬼の鬼ごっこが始まった。
咲夜の支援もあったせいか、私は私室に追い詰められ、フランと取っ組み合いになった。
およそ30分のドロワの奪い合いの後、ついに痺れを切らしたフランがレーヴァテインを抜いた。
それからのことは本当に反省している。
私はふざけていたため、フランを挑発したのだった。フランは普段、穏やかで大人しいが、怒ったときはとんでもない行動をとることがある。フランはあろうことにレーヴァテインを私の部屋で振り回したのだ。
もちろん、フランも手加減したのだろうが、レーヴァテインの弾幕が私のベッドを直撃した。
ガッデェェェエエエエム! なんて叫び声を上げたのは500年の人生でそのときが初めてだったね。
ベッドが壊れたのはいい。倉庫にいくらでも予備のベッドがあるからだ。
だが、ベッドの下に隠していた本が問題だった。
フランのレーヴァテインは私の秘蔵の本まで破壊してしまった。
何の本かは言うまい。ただ、フラン似の女の子の絵がたくさん描かれていた本であることだけは白状しよう。やけに肌色の部分が多かったことも付け加えておく。ちなみに自筆だ。
とにかく、私は泣いた。ガチ泣きした。フランのドロワーズの中で滝のような涙を流した。
フランは軽く引いていた。流石に悪いと思ったのか、フランは大人しくなったが、こう呟いた。
『……そんな本くらいどうでもいいでしょ』
その一言が私を怒らせた。
それからはお約束のパターンだ。
フランはあまり口喧嘩が得意なほうではない。人見知りをし、生来心の優しいフランは人に悪口を言ったり、丸め込んだりするのが上手くなかった。それは彼女が495年間幽閉されていたためでもあるのだろう。だが、私はというと、スカーレット家の第一公女として弁術の技を磨いてきたのである。本気になった私にフランが敵うはずもなかった。
激昂していた私は理屈を倒し、こじ付けをし、フランを完全にやっつけてしまった。私に完膚なきまでに言葉で負けたフランは涙をいっぱい眦に溜めて、私の部屋を走って出て行った。
酷いことをたくさん言った気がする。
きっとフランはとても傷ついただろう。
よく考えれば、絵などまた描き直せばいいのだ。数週間かかるかもしれないが、それはそれで、描く楽しみもある。
ああ、私の馬鹿。だが、いくら後悔しても仕方がない。私はちゃんとフランに謝らなければならなかった。
気分を落ち着けるために咲夜に淹れてもらった緑茶を飲みながら、そう思った。
そして、ばりぼりと煎餅を齧る。
また、一口、煎茶を啜る。
……ああ、やっぱり、日本人には緑茶と煎餅だなぁ。
私はふぅ、と長い息を吐いた。
最近のマイブームが緑茶だ。普段、私は紅茶を飲んでいるが、博麗神社に行くと毎回霊夢に緑茶を出してもらっていた。そのこともあり、最初は飲み慣れなかったが、だんだんと私もこの極東の島国のお茶を飲めるようになっていった。今は、咲夜がどこからか良い緑茶の葉をたくさん仕入れてきたそうで、紅魔館でも毎日緑茶を飲んでいるのだ。
また、ばりぼりと煎餅をかじる。
ばり、ぼり、ばり、ぼり、ばり、ぼり、ばり、ぼり……
口の中に響く音がなんとも楽しい。舌の上に香ばしい醤油の味が広がる。
……お茶を飲み終わったら、フランのところに謝りに行こう。
私はそう思いながら、煎餅の最後の二口に口をつけた。
ばり、ぼり、ぼり、ぼり、ばり、ぼり、ばり、バギィ! ……
……ん?
バギィ?
口の中から聞こえた今までの音とは異なるものに、思わず首を傾げる。音だけではない、何やら歯――特に左の犬歯、いわゆる吸血鬼の牙の辺りに違和感を覚えた。
私は最後の一口になった煎餅を皿の上に戻した。
そして、おそるおそる自分の口の中に指をもっていき、左の牙を探った。
つるつるとした、硬いものの感触。私はそれを目の前にまで引っ張り出した。
私の左の牙が、部屋の照明の下でキラキラと輝いていた。
「――ホワイ?」
私は呆然として呟いた。どうして英語なんだろう。あれ、私って日本人じゃなったけ? ワタシ、エーゴワカリマセーン? でも『スカーレット』って、もろ英語だよね、と思わないでもない。
さすがの私も錯乱していた。
私の親指と人差し指に挟まれて、折れた牙が白く輝いていた。それを私は自分がどこの生まれだったか思案しながら、見つめていた。
「――何で?」
どうやら、私の心の中にも冷静な理性というものが存在していたらしい。それは、自分がバ○タン星人だったかどうか議論していたのを押しのけ、私を正常な思考の元まで助け出してくれた。
私は無意識の助けを借りながら、呟いた。
「――何で、私の牙が折れてるの?」
そこで、私の理性は100パーセントの駆動状態に戻った。
「何で何で何で!? 何で、私の牙が折れたの!? ホワイ!? 私、イギリス人!? だから、そうじゃないって! どうして――」
私は叫んでいた。
「どうして、吸血鬼の牙が煎餅ごときで折れなきゃなんないのよ!?」
吸血鬼の牙は本来、頑丈なものだ。人間の首筋をがぶりといくものだから、それなりに丈夫でなければならない。人間の頚動脈は確かに首の皮膚から数センチも離れていないところにあるが、噛みどころを間違えて、骨に当たることもある。だから、吸血鬼の牙は骨を噛んでも壊れないような硬度をもっているのだ。
それがまさか煎餅で折れるとは――
私は、震える手で折れた左の牙を机の上に置いた。そして、残ったお茶で口の中を洗い流す。
「…………」
私はこわごわと手鏡――吸血鬼は写真や鏡に映らないという話もあるが、この世界の私やフランはそのタイプの吸血鬼ではなかった――を取り出して、左の犬歯を映した。
……なんか黒いわね。
折れた牙の断面を見てみる。そこには、黒く硬そうな塊がこびりついていた。
いわゆる、虫歯だろうか?
というか、再生しないしなぁ。
吸血鬼は高い再生能力をもつ。蝙蝠が一匹分の身体が残れば再生可能だ。だから、牙が折れてもすぐに元通りになってもいいのだが、この歯にくっついている虫歯のせいか、私の牙は復活する様子を見せなかった。
私は椅子から下りて、本棚に向かった。情けないが、自分でも重いと思えるような足取りだった。私は本棚から一冊の本を取り出す。
『家庭の医学 ――吸血鬼版―― (ノーレッジ出版)』
「235ページ、235ページっと……」
本をとって机に戻った私は、目次で『歯の病気』のページを調べ、そこに目を通した。
「……やっぱり、虫歯ねぇ」
項目を読み終えた私が下した結論はそれだった。やはり、私の牙の断面についているのは、虫歯菌のコロニーらしい。吸血鬼特有の病原体だという。
納得がいかなかった。毎日のティータイムで間食はしてるけど、歯磨きだって三食ごとに咲夜にうるさく言われてやっている。夜食もしたことがない。なのに、どうして虫歯になるのか。
思わず、不夜城レッドしたくなるくらいにむかむかしたが、怒りを抑えて本を閉じた。今更、悔いても遅い。おそらく運が悪かったのだ。くそ、私の運命を操る能力は何のためにあるんだよ、と思ったが、もう仕方がない。
「とにかく、この虫歯の黒いのをとれば、私の牙もすぐに元通りになるのよね……」
この虫歯は吸血鬼の再生能力を妨げる物質を出しているらしい。物質というか、魔法だろうか。何やら『吸血鬼を虫歯にする程度の能力』らしい。ふざけんな、どこの馬鹿がそんな能力考えるんだよ、と思う。まあ、ともかくコロニーを除去することができれば私の牙は再生するはずだ。
「治療しなきゃいけないんだけど……」
脳裏をよぎる単語の影に私は鳥肌が立つのを覚えた。子供なら、誰もが恐れをなして泣き喚くあの三文字だ。
――『歯医者』。
私はあまりの寒気に肩を抱いた。ギュィィィィィィィィィイン! という、ドリルが心を削る音を思い出す。駄目だ。耳を塞いでもあの音が聞こえる。
聞こえる聞こえる聞こえる聞こえる聞こえる聞こえる聞こえる聞こえる聞こえる聞こえる聞こえる聞こえる――!
私は額に垂れた汗を拭いながら、自分を激励した。
落ち着け、私。レミリア・スカーレットよ、落ち着け。たかが、歯医者だ。この程度のことで錯乱してても仕方ない。もっと私は酷い目にあってきたこともあるだろう。それこそ、口では言えないような目に。
でも、歯医者はねぇ……
私は額に手をついた。いや、そんなに痛くないことはわかってるんだが――実は、以前も通ったことがある――、どうしてもその響きが嫌なのだ。子供に共通したトラウマというかPTSDというか、そんな特別な存在を感じずにはいられない。500年生きてきてはいるが、それでも怖いものは怖い。なんとか誤魔化せないものか、と必死に思案する。
痛みはない。折れるくらいに進行するまで、私が気づかなかったくらいだ。食事に支障があるということもない。そもそも、咲夜のご飯で吸血鬼としての栄養が摂れるのだから、牙なんてもういらないのだ。
でも、咲夜は私を歯医者に連れて行くだろうなぁ……
それは間違いないと思う。あのメイド長は天然でおかしいところがあるように見えて、根は真面目なのだ。きっと、主君としての威厳だとか何とか理由をつけて、私を竹林の診療所まで連行するに違いない。気づけば、きっと私は私室の椅子の上から、永遠亭の診療台の上に縛られて横になっているだろう。
と、そこで、私は明日の予定について思い出した。
壁に貼ってあるカレンダーの下に慌てて駆け寄る。
『○月○日 健康診断』
何てこった――!
そうだ、明日は紅魔館の集団健康診断だった。永遠亭の薬師にそれを頼んでいたのだった。
――無理だ。
私はへたりと、絨毯の上に座り込んだ。
たとえ、今日、咲夜の目を誤魔化しても、明日必ず、あの青と赤の某人造人間のような服をした医師の前で、口を開いて見せなければならない。間抜けな顔で口を開けた私に、あの医師は間違いなく、虫歯の診断を下すだろう。
正直、絶望に目の前が暗くなった。
これは天罰なのかそうなのか? フランを苛めた天罰なのか? それにしたってあんまりじゃないか? どこまで神は陰湿なんだ?
疑問は尽きない。
地獄はあの世だけにあるわけではない。
この世にも地獄は存在するのだ。
歯医者の診療室にこそ、私の地獄は存在するのだ。
せめて、蜘蛛の糸でもあれば――
私は藁にも縋る想いで、ふと机のほうに目をやった。
――そのとき、光明が差した気がした。
私は机に駆け寄る。そして、引き出しを開けた。
――そこにそれはあった。
私の蜘蛛の糸がそこにあった。
私はその手の平に収まる程度の筒を掴んだ。
「うーん、上手くいかないなぁ」
私は自分の口に右手を入れて四苦八苦していた。
左手には私の望んでいたものが握られていた。
『ア○ンアルファ』という名前が書かれている。
私は折れた牙を折れた元の部分へ戻そうと悪戦苦闘していた。
私の蜘蛛の糸がこれだった。
蜘蛛の糸、というか、瞬間接着剤の糸だけど。
私はア○ンアルファを折れた歯の断面に塗り、くっつけ直そうと頑張っていた。
ちなみに、ア○ンアルファは外の世界から流れ着いてきたものではない。河童が見様見真似で開発したものだ。
商品名が『ア○ンアルファ』なのだが、これは読み方は『あまるんあるふぁ』でいいのだろうか?
ア○ンアルファは便利は便利だが、使い切るのが難しいのだ。
私はア○ンアルファをつけた牙を、折れた場所に何度も押し付けてみたが上手くいかなかった。
うーむ、どうやら流石の瞬間接着剤でも吸血鬼の牙は直せないか……
私は計十五回の挑戦に失敗したところで、ア○ンアルファを塗った牙を机の上に置いた。
上手くいくと思ったんだけど……
私は口を閉じ、諦めきれない思いで、ア○ンアルファの筒を睨んだ。
しかし、これ以外に方法がないんだけどなぁ。
パチュリーに相談するという手もあったが、あの親友のことだ。たぶん、面白半分で咲夜にばらすに違いない。ぴくぴくと声を殺し机を叩いて笑っている七曜の魔女が脳裏に浮かんだ。美鈴はもっと駄目だ。あの馬鹿のことだから、腹を抱えて大笑いすることだろう。あいつの笑い顔を想像するだけで腹が立ってきた。
フランは――
私は首を振った。
今のフランには相談できない。今、私とフランは喧嘩をしているのだ。今の私の状態でどう謝ればいいのか、方法が思いつかなかった。仲直りしたとしても、フランの破壊の能力ならきゅっとしてドカーンできるかもしれないが、あの能力は未知の部分が多い能力だ。あの能力は、私の牙の断面のような細かいものでもきっと捕捉できるのだろうが、その制御は大きなものを壊すときよりも難しいだろう。それに純粋に、私はフランにフランの能力を使わせたくなかった。
……正直に言うしかないかなぁ。
私はしかたなく諦めることにした。
まったくため息しかでないよ。
そう思って、まさにため息をつかんと口を開こうとしたが……
ん――?
私は違和感を覚えた。
同時に焦りを感じる。
あれ……?
つっと、背中を嫌な汗を流れるのがわかった。
――口が開かない?
私は心の中で叫んだ。
――え、何で!? ちょっと、ちょっと、嘘でしょ!? どうしてまた口が開かないのよ!? ぴったりと上唇と下唇がくっついてるんだけど!?
はっとして、私は机の上の筒に目をやった。
――ア○ンアルファか――!!
解説するまでもないと思うが、私の唇はア○ンアルファで、きっちりと閉じられてしまっていた。どうやら、牙を口の中で出し入れしている最中に、ア○ンアルファが唇に付着してしまったらしい。さっき口を閉めて、それがそのまま固まったようだ。
瞬間接着剤――
その接着力の強さを侮ってはならない。
――どうしよう……
私は本当に困っていた。本当に、どうしよう以外の何でもない。
いや、簡単なことなのだ。強引に口を開けばいいだけなのだから。はっきり言って、それほど難しいことではない。
――だけどね……
それをするってことは――
私は顔から血が引いていくのを感じた。
――上唇か下唇のどちらかの粘膜が犠牲になるということだ。
私は頭を抱えて、首を振った。
痛い。絶対痛い。絶対にものすごく痛い。そりゃ、500年生きていれば、槍で胸に穴を開けられたり、胴で上半身と下半身がさようならしたり、十字架に磔にされたり、いろいろ痛い目にあってきたが、それは戦場の話だ。こちらとしても戦いの刺激で興奮しているから、そういう激しい痛みでも耐えられるのだ。
だが、これは違う。日常の場において、こんな地味でリアルな痛みは嫌だ。しかも自発的にそれをしろなんて、無茶にも程があるだろう。
――嫌だよぉ……
私は本気で泣きそうだった。マジで嫌すぎる。再生の能力が働くから、すぐに元通りになるだろうが、こんな生活感溢れる痛みは嫌すぎた。
――と、とにかく、他の方法を……
私はナイフを使うことにした。ナイフを上唇と下唇の隙間に当てて、少しずつ切り開いていくのだ。それもそれで、手が滑ったときなど考えるだけで痛かったが、たぶんこれが最善の方法だろう。慎重にやればきっと成功するに違いない。
そして、私が机の引き出しからナイフをとりだそうとしたとき、
こんこん、とドアがノックされた。
私は毛を逆立てる猫のように、びくりと身体を振るわせた。慌てて引き出しの中に折れた歯をしまう。ドアの向こうから、小さな声がかかる。
『……お姉さま、いる?』
鈴を転がしたような愛らしい声。だが、その声には普段の明るさや元気が感じられなかった。
フランだった。
返事をしようと思ったが、口が開かなかった。
居留守ということにするしかないか、と私は甘い考えを起こしたが、フランは「……お邪魔します」とドアを開けて、私の部屋を覗き込んだ。
私はフランにあっさりと見つかった。
私をみつけたフランは、気不味そうに頭をぺこりと下げ、「……お姉さま、お邪魔するね」と言って、私の私室に入ってきた。
……ものすごく嫌な予感がする。
フランの目には、今の私はどんな顔をして映っているのだろう? フランはどこか怯えるような顔で私を見ていた。
フランはやがて、私の三歩ほど前にやってきた。
すると、フランはぎこちなく笑顔を作り、また頭を下げた。
「……あの、お姉さま、さっきはごめんなさい」
フランは私のベッドがあった場所――壊れたベッドは咲夜に片付けてもらったので、そこには何もなかった――に目をやり、また私に視線を向けた。そして、聞いてるこっちが謝りたくなるような申し訳なさそうな声で続けた。
「……いくら、怒ってたからって、モノを壊しちゃいけないよね……それに壊したのに、お姉さまにちゃんと謝らなかったし……お姉さまの大切にしていたものも壊しちゃったみたいだし、本当にごめんなさい……」
フランはまたそう言って、頭を下げた。頭を上げたフランの顔には十分すぎるほどの反省の色が浮かんでいた。
――どうして、フランが謝る必要があるのだろうか。
フランは悪くない。悪いのは私だ。フランが口喧嘩が弱いのをいいことに、滅茶苦茶な論理で言いくるめてしまった私が悪いのだ。そもそもの原因も私だ。本当に謝らなければならないのは私だった。
だが、私は何も言えず、フランの悲しそうな笑顔を見ていることしかできなかった。
フランに謝ることができず、フランの言葉の続きを聞くことしかできなかった。
なぜか――
――ア○ンアルファで口が接着されているからだ。
だが、フランは続けた。私の口がア○ンアルファで留められてるのも知らずに言葉を続けた。
「……もう、お姉さまの部屋でレーヴァテイン振ったりしないから、許してください。もう、ものを壊したりしないから……本当にごめんなさい」
フランは深々と再度、頭を下げた。
――どうしろ、と?
私に本当にどうしろと言うのだ?
「……あの、お姉さま……」
フランが不安げな顔で私を見上げる。その悲しげな目に胸が締め付けられる感じがした。
「……その、何か、言ってくれないかな……」
フランの声はとても弱々しかった。びくびくと怯えている様子がこちらにまで伝わってきた。
――どうすればいい?
私はそれしか考えられなかった。でも、本当に、どうしろというのよ、この状況。いや、謝らなくちゃいけないのはよくわかってるんだが、けど、そのためには口を開かなきゃいけないわけで。それでもって、唇が物凄いことになるわけで――
ほんと、どうしよっかなぁ……
だが、フランは待ってくれなかった。私の可愛い妹の目はだんだん潤んできた。
「……あの、お姉さま、どうして黙ってるの?……」
声のほうもだんだん湿ってきた。
「……お姉さま、どうして何も言ってくれないの?……」
ア○ンアルファで固定されてるからだ、なんて言えない。いや、そもそも口が開かないから、物理的に言えないんだった、あはははは。…………あはははは、じゃねえよ、私、ちくしょう。
「……あの、お姉さまはそんなに私のこと、怒ってるの?……」
フランの声はほとんど涙声だった。眦に溜まった涙も零れ落ちそうだった。
「……お姉さまは口もきいてくれないほど、私のこと、嫌いになっちゃったの?……」
――違う! 違うから! 私はちゃんとフランのことが大好きだから! 世界で一番愛してるから!
心の中で必死に叫ぶが、フランには届かなかった。
「……そうなんだね……」
フランがそう言って、うつむいた。ぽたり、と絨毯の上に何滴かの雫が落ちるのが見えた。そして、また四度目のお辞儀をした。
「……ごめんなさい、お姉さま……これから、私、邪魔にならないようにするから……」
フランは最後まで顔を上げなかった。だが、明らかにフランは泣いていた。誇り高く優しい妹は私に泣き顔を見せず、私に七色の羽が生えている背を向けた。
フランはそのままドアに向かって歩き出した。
……………………。
死ねぇ、ア○ンアルファァァァァァァァア!!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
――痛ったあああああああああああああああああああああ!!
私は怒号を上げて、唇を開いた。びりびりと肉の裂ける音がする。口の中に鉄の味が広がる。電流のような痛みに気が狂いそうだった。
突然の咆哮に、フランは吃驚して、私のほうを振り向いた。りんごのように赤く可愛らしい頬に幾筋もの涙の跡が残っていた。私は痛みを振り切り、血の味にかまうことなく、フランに抱きついた。
「ごめんなさい!!」
私はフランの小さな身体を強く抱き締めながら、謝った。
「フラン、こんな馬鹿な姉を許して――!」
フランは驚いた顔で言った。
「……あの、お姉さま、口から、ものすごい量の血が出てるけど……」
「そんなこと、どうでもいいわ!」
「いや、たぶん、よくないと思うよ……」
私はフランの言葉を振り切って言った。
「フラン、愛してるわ!」
「え、でも……」
「でもも何もないわ! とにかく、フラン、愛してるわ!」
その言葉にまたフランの眦から、新しい涙が零れた。フランはしっかりと私の顔を見てくれた。
「……本当に?」
フランはしゃくりあげながら姉に訊く。
「本当に、お姉さまは私のことが好き?」
「ええ、大好きよ、本当に好き」
「本当に、本当?」
「ええ、本当に、本当」
フランが私の肩に顔を当てた。視界がいつのまにかぼろぼろになっているのに気づいた。どうやら、自分も涙を流しているようだった。
私達はしばらくそのまま抱き合っていた。
言葉は――もう不要だった。
……できれば、もうちょっと早く不要になってもらいたかった。
しばらくして、こんこんとノックがあった。
私はフランの身体を離した。もうフランは泣いていなかった。フランは安心したような笑顔を浮かべていた。私はその笑顔に救われる思いがした。
「入っていいよ」とドアに声をかける。
「失礼します」
入ってきたのは咲夜だった。
咲夜は一礼をすると、頭を上げて私の顔を見た。
「お嬢様、お茶は済みましたでしょうか?」
「うん、終わった」
「では、片付けさせていただきます……」
そこで、咲夜が首をかしげた。
「お嬢様、左の牙はどうなされたんですか……?」
フランが私の諦め顔を見て、不思議そうな顔をした。
以下、蛇足、というか結末。
私はすぐに永遠亭の歯科治療室へと連れて行かれた。
抵抗しようとも思ったが、無駄そうだったのでやめた。
八意永琳が白いマスクをして、ギュインギュインとドリルを回す姿は恐怖以外の何物でもなかった。
予想通り、治療が終わった後にすぐに私の左の牙は元通りになった。
フランにはあの後、またちゃんと謝った。フランは笑って私を許してくれた。本当に良い妹をもったものだと思う。
追記としてはこれくらいか。
他には何もないしな。
……いや、一つだけあったか。
――昔からのお約束だな。
――良い子は絶対真似しないように。
.
しかしそれに負けない姉妹愛がもう悶えるほどにLOVE!
姉の揺るぎない愛を感じてうるうるしたかったのですが「お嬢様の非凡な才能で傑作が誕生しないかなぁ無論性t(ry」と不遜な事を考えてしまいこんな私を叱って罵ってお嬢様ッ!
楽しませて頂きました。
それはともかく美しい姉妹愛でした
いったいどんな絵だったのか、とても気になりますね。
そして永琳の『ギュインギュインとドリルを回す姿』って明らかに恐怖を煽っていますよねぇ……。
ア○ンアルファの強固さに負けず口を開きフランと仲直りして抱き合う
レミリアと姉妹の溢れる愛情がとても素晴らしいです。
面白かったですよ。
一字余計なものがあったので報告です。
>今は、咲夜がどこからか良い緑茶をの葉を仕入れてきたそうで
『良い緑茶の葉を』ですよね。
誤字指摘ありがとうございました。
良い緑茶をの葉を → 良い緑茶の葉をたくさん
に変更させていただきました。
しかしホンマもんの助けてえーりん!だな、これはww
とりあえず本気でお嬢様の恐怖はワカリマスエエワカリマストモ(;´Д`)
けどドロワァァァァズは被っちゃ駄目ですよw
あぁまったく可愛いなこの姉妹。チクショウ
美しい姉妹愛のお話でした
と言うかやたら熱いんだよなア○ンアルファ
とっても面白かったです!!!
お嬢様の切れた唇は妹様が舐めて治してあげたのだと信じて疑いません。
幻想郷じゃスカーレット姉妹とくるみぐらいにしか効かないwwwww
でもそんなお嬢様が大好きです。
下手に触ると後が恐ろしいです。
歯医者の永琳がものすごく怖いのは多分気のせいじゃないと思う・・・;;
どうでもいいけどフランが謝ってるときに抱きしめればよかったと思う。
所々ツッコミ場所があったのが、より面白かったですw無意識に画面の前で全てツッコミ入れてましたw
わかります
え、ツッコむとこ違う?もっと他にあるって?
あまるんあるふぁww
ここで思わず笑ってしまったw
それにしても美しい姉妹愛だ……。
フランちゃんの素直さに感涙。
お嬢様ならすぐに再生するだろうけど。
でも姉妹愛を感じることのできる作品でしたよ。
しかしレミリアや、妹のドロワの中で泣くんじゃないww
もう、スカーレット姉妹と言えば無在さんとこのしか考えられないw
というか、口の中に塗って、舌とかにくっつかなかったんだろうか。
とりあえず、強烈な味がしそうな気が。
そして、いつもどおりな姉妹愛。
ごちそうさまです。
しかし歯をア○ンアルファでくっつけようとする考えがいいですね~
ホント死ねア○ンアルファですね 姉妹愛が痛みに勝るところがすばらしい
追記
私も今日歯医者に行き虫歯治療されましたがホント痛かったです。
最後の永琳「ギュインギュインとドリルを回す姿」これ絶対心の中で爆笑しながらやってるでしょ。明らかに狙ってますわ。
そしてお嬢様、ベッド下の本読ましていただいてもよろしいでしょうか。いえ別に他意はないですよ、ただあなた様ほどカリスマあふれるお人が
直筆なさったと言うのに興味があるだけd