Coolier - 新生・東方創想話

秋と何処かの原風景

2009/04/18 14:24:37
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 あたいは彼岸花が好きだ。

 なぜかって聞かれるとそれは答えにくいけど……。
 うーん……丁度今日みたいな秋晴れによく映える綺麗な花だから?
 それに、ある意味死神ってやつを象徴する花にも思えるしな。
 そうだ、きっかけがあった――――。



「……静かね」
「はい。静かです。でも……こうして沢山の彼岸花が咲いているのはちょっと不気味で怖い気もします」
「……もう。小野塚さん、それは違うわ。少なくとも、私はこの花、好きですよ」

 そう言いながら、口を尖らせる。見た目通りの幼い仕草はこう言っては失礼だけど、可愛らしい。 

「彼岸花と言えば、例えば色々な悲しい言葉に繋げられたり、後はお墓の近くにあったり。確かにそう思われてしまう。でも、それは違うの。彼岸花がお墓の近くにいるのはお墓を守っているからだし、彼岸花が死に繋げられたりするのは輪廻の象徴であり、再会の象徴だからよ。そう、彼岸とはもう一度、誰かの元へ行くための最初の場所」

「……はい」

 でも、そんな可愛らしい仕草から一変して真摯に語りかける様子は、これが閻魔様なんだ、って思わせるのに十分だった。

「死神というのも、閻魔というのも、確かにおっかない様に思われてしまう。けれど、私達は彼岸花と一緒。そう、誰かが誰かの元へ、再び向かう為のお手伝いをする。そういうものよ」
「……はい!」



 ――そうそう、懐かしい。
 あぁ、悲しい千の名前と言葉を背負った華奢な体躯は紅く紅く、河縁を染め上げる。
 夢の中に見る、回想の世界の彼岸花は、ついさっき見かけたそれよりもかえって鮮やかに見える。
 そんな花達は、まどろみみたいにあやふやで、少しでも強い風が吹けば折れちまうんじゃないかってくらいに繊細だ。
 けれども、そんな体を寄り添って、染め上げる。

 あたいはそれが、好きなんだ。

 そして、それを教えてくれた映姫さまがあたいは大好きだ。
 






 ―春夏冬二升五合の秋―







「…………ふぁぁあ」

 夢を見ていたみたいで、起き抜けがどうもパッとしない。もうとっくに夏の盛りは過ぎて少しずつ寒くなってきている。
 それでも日中の日差しは気持ちがいい。こうやって道端で寝転がって彼岸花を見やっているのは別にサボってる訳じゃない。
 日差しが誘ってるんだからな。据え膳食わぬはあたいの恥だ。
 ちなみに彼岸花ってのは曼珠沙華ともいう。あたいは宗教とかには疎いからよくわかんないけど天上の花って意味らしい。
 あたいがまだまだ見習いだった頃に、映姫さまにそう教わった。彼岸っていうくせに天上っていうのもおかしなもんだ。

「ふふふ……にゅふふ」

 夏の盛りは過ぎたってのにあたいの頭の中は向日葵が咲き誇ってバラ色だった。
 今年の夏は映姫さまのお御足の輝きがより一層だったと思う。艶やかに煌めく陶磁器の様な色白いお御足の輝きが!
 思い出すだけで鼻から鮮血の噴水が……ってちょっとタンマ! ホントに出るな!
 彼岸花によく似た真っ赤な色の煩悩を鼻をつまむことでなんとかせき止める。

「危ない危ない……あたいまで彼岸花の仲間入りしちまうところだった」

 耳に入ってくる自分の声は鼻声で情けない。でも鼻から垂れ流すよりは遥かにマシなので我慢する。
 あたいの仕事はといえば今日は朝に一人、陽気なばあちゃんの霊を彼岸へ送ったっきり。どうせこんな情けない声も誰も聞いていないだろうし。

「でも、この頃よく説教されるしなぁ……でも、説教の時の映姫さまの真剣な表情もまた……っと、あぁーあ、つまんでるってのに」

 情けない声でごちたところでつまんだ鼻から再び煩悩が溢れ出てくる。
 あたいの涅槃への道は限りなく遠い。
 
「……でも、なんだからしくない」

 この頃の映姫様はどこかあたいの知る映姫様らしくなかった。
 少しあたいに冷たいというか……何か悩み事でもあるのだろうか、いつも悩んだ表情で微笑む時も疲れた様な表情で笑みを作っていた。
 この事を船頭仲間に話してみたら、『部下があれだからなぁ。四季様もさぞ大変なんだろう』だってよ。
 ………………何とか言えよ、小野塚小町……。
 ま、まぁあたいがマイペースなのは昔っからだからそのことは関係ないだろう、って思ってる。
 違うに違いない。きっとそう! たぶん……。
 
「……まさか嫌われてなきゃいいけど」
 
 相変わらず鼻声なのが惜しいけど、これはあたいの心からの声だ。
 
(いつかは映姫さまに認めてもらわないと……)
 
 思えばあたいは船頭死神としてずっと映姫様のもとにいた。あたいにとっての船頭死神っていうのが映姫様ありきなのは本当だ。
 沢山の恩もある。いつまでも面倒を見てもらってはいられない。
 あわよくばあたいが映姫さまを面倒見る方向に………………お着替えとか……お風呂とか背中流したりとか……。

 ――よし、紅魔館のメイド長や白玉楼の庭師を呼んで今からでも使用人の勉強を始めよう。

 んんー、なんだか頭がふらつくのは貧血の症状かもしれない。なにせ溢れてるからな。
 装束が少し血で汚れたが気にしない。いつまでも油を売っているわけにはいかないな。買ってくれるやつもいないし。

「よいしょっ」
 
 掛け声と共に起き上がってみるとやっぱり少しだけフラりときた。
 これが過労の影響だったらどんなに優秀な船頭だったか。……悲しくなってくる。

「うーん……よし。休憩終了」

 大きく伸びをしてあたいは再び三途の河のほとりへ向かうために歩き出す。午後の営業開始!
 ここ、再思の道に咲く彼岸花は死にたがりの人間を追い返す様な役目も持っている。
 もちろん、体から抜け出ちまった様なやつらの方が多いけどな。
 なんでかはよくわからないけどここの彼岸花の毒が体に回ると生きる希望がもう一度出てくるという。
 まぁそれでも改心しないやつはこの先、すでに視界に入ってきた無縁塚へ行ってそこから中有の道へたどりついて、それでようやくお望みの三途の河だ。

 あたい、船頭死神の仕事は要するに死者を彼岸まで送る事。
 つっても、ずっと三途の河のほとりにいたんじゃ商売あがったりだし、何より存在が希薄になっている死者が迷わずに三途の河までいける様にしてやるのもあたいらの仕事。
 三途の河にくるまでにまた一苦労しちまったやつってのは彼岸への船旅に耐えられないことが間々ある。
 あたいらはそんな幽霊達を彼岸まで送り届ける義務がある。だから時々こうやって三途の河を離れて周囲の様子を見てるんだ。
 決してサボりじゃない。
 
「ふんふふん、ふんふ~ん」

 鎌を担いで鼻歌を歌いながら歩く秋の再思の道は真っ赤っかだった。
 そうしていると無縁塚へたどり着く。時期になると紫の桜が咲き誇り、この世のものとは思えない様な景色を見せてくれる。
 それを通り過ぎると、中有の道だ。死者の通る道っていうのにえらく賑やかなんだよな。まるで毎日縁日でもやってるみたいだ。
 もちろん、死んじゃいない妖怪とかも沢山訪れる。中有の道へは無縁塚から至る以外にも道程があるから、大抵の妖怪は他の道からやってきている。
 あたいらの買い物や食事やらなんやらは大抵ここで済む。特に船頭死神は一日のうち彼岸より此岸にいる時間の方が長いからみんなここに出入りしてる。

 店によっては外の世界の物とかも売ってたりして面白いんだが、なにせ無駄に高い上に鑑定してもらわなきゃ使い方もろくろく分からない様なものばかりで、大抵の客は見物に来てるだけなもんだ。
 まだ真昼間だってのにこの通りは大層にぎわっていた。店主は皆商売に熱を上げていた。
 入り組んだ人の流れを抜けていき、少し歩くと三途の河のほとりだ。さっきまでとは打って変わって静寂が耳を打つ。
 時折聞こえてくる川のさざ波の音が、これまた時折耳を撫でる秋風の吹き抜ける音と相まって三途の河を存在付けている。
 ほとりの彼岸花からだいぶ離れて真白な秋桜が身を寄せ合っていた。その何にも染まらなかった白い相貌が遠くからそっと彼岸花たちを見守っていた。
 真っ赤な彼岸花と真っ白な秋桜と、ここでこいつらを見てるとあたいはほんとはもっと近くにいたいんじゃないかって思う。
 遠くないけれど、地面に足の埋まった植物にとっては絶対的な距離。
 その白い花が太陽を跳ね返す様子に親が子供に投げかける微笑みの様な温かさがあって、見ているこっちまで健気な気持ちを分けてもらえる気がする。

 三途の河っていうとあんまりにも暗いところなんじゃないか、って思ってる幽霊が多くて困ってしまう。
 こんなにきれいな景色をおどおどしながら見たって仕様がないじゃないか。もったいないねえ……。
 
「……お、待たせちまってる」

 あたいは河のほとりの一際多くの彼岸花が咲いているところに一人のおっちゃん、というには若いかな、の幽霊が座って川のあちら側をじっと見つめているのに気が付いた。
 ここからではおっちゃんの表情までは分からないけれど、その背中に悲壮感はない。っと、こうしちゃいられない。おっちゃんはいつから待ってたのだろうか。
 何故だか分からないけれど、とても楽しみだった。落ち着きのある様子がきっとそう思わせるんだろう。
 ちょっと駆け足でおっちゃんの元まで近寄って行く。 

「おっちゃん、待たせたね。三途の河の一級案内人こと、あたい船頭死神の小野塚小町が彼岸まで船を渡すよ」
(ん? あぁ、やっぱりそういう事だったんだね。どうやったらあっちに行けるかと考えていたんだよ。ははは)

 振り返ったおっちゃんはメガネと帽子がよく似合っていた。体格はいい方だろう。
 その上、死神と名乗ってこんなでっかい鎌を持ち、装束が血で汚れているあたいを見て一切動じない。相当肝の据わったおっちゃんだな。
 まぁ……血っていうのは鼻血だけど。

「ほう。怖くはないのかい?」

 関心を覚えてあたいはそう聞き返す。
 死神ってのは幽霊との意思疎通が出来る。だからあたいらには幽霊の言いたいことってのがちゃんと聞こえてくる。
 まぁ普通の人間や妖怪から見ればあたいらが幽霊に一方的に話しかけている、って思うのも無理がない。
 でも、実際はそういうわけじゃない。死人に口無しってのも眉唾物だ。

(うーん……どうだろうね。後悔が無いって言うと嘘になるけど、まぁ今は満足してるよ。怖くは……どうだろうね。何せまだよく分かっていないから)

 そう言うとおっちゃんはまた清々しい様な笑顔を見せた。こういう幽霊は本当に久しぶりだな。こういう幽霊には多少サービスして楽な船旅をさせてやりたい。
 でも、忠告事はしっかりやってやらにゃあな。
 
「そうかい、それじゃぼちぼち行こうか。おっちゃんも分かってると思うが船を出すには運賃ってやつが必要だ。どのぐらいかは知らないがおっちゃんだっていくらか持ってるだろう? そのお金は彼岸に行ったら使い道はない。もったいないとか言うなら未練と一緒に中有の道に引き返して一遊びしてからまたここに来てもいいけどな。ただ忠告しておくと三途の河を渡るってのはそんなに簡単じゃあない。当然、あんたら幽霊だけで渡るってのは不可能だ」

(そうだろうね。となると、持っているお金は全て君に運賃として渡してしまった方が良さそうだ)

 あたいはおっちゃんがバッグから出して手渡してくれた巾着を受け取る。そしてその重さを確かめる。ふむ、これだけあれば十分だ。
 
「おう、おっちゃん景気がいいね! これだけあれば不自由はさせないよ。さ、船に乗りな」
(それじゃ、よろしく頼むよ)

 そういうとおっちゃんはほとりに停めてあったあたいの渡し舟に乗りこむ。
 あたいもひょいっと乗り込んでさっそく舟の中に置いてある櫂を手にとり出発進行。 

「見た目によらず倹約家なんだねえ。ここに来る前は何をやってたんだい?」
(見た目によらず、っていうのは酷いなぁ。僕はフリーのカメラマンさ。だった、かな? 少し無茶しちゃって今、君のお世話になっているけどね)
「へぇ……写真家ってそんなにおっかないのかい?」
(ははは! そんな事はないよ)

 写真家かぁ。いまいちピンとしない。こっちで写真家、って言うと鴉天狗の文の事くらいしか思いつかない。
 あいつだって正確には写真家ではないしな。

「そうか。まぁ何か事情があったみたいだ。深くは探らないさ。でも、自分の仕事には誇りを持っていたみたいだね」
(――あぁ。僕は自分の仕事がとても好きだった。周りからはなんて命知らずな、だとか危なっかしい仕事だ、とか言われていたけどね)
「ほう、辛くなかったのかい?」
(辛くはないさ。それ以上に、多くの人に伝えたい事があったんだ。知らない人は一生知らないでもなんて事はない。でも、それは知られなくちゃいけない事でもあるんだ。僕はそんな事を伝えたかった)
「……難しい話だな」
(そうかな。……無視するのは簡単な、それでも目を背けちゃいけない事実、っていうのを僕は写真に収めたかったんだ)

 おっちゃんはそう言うとしみじみした様子で遠くを眺める。

「……そういやおっちゃん、今もカメラ持ってるのかい?」
(あぁ。僕の仕事の相棒だからね。どんな時も手放せないさ)

 そう言うとおっちゃんはバッグから何やら取り出した。
 カメラなんだろうけど、あたいは文が手にしているもの以外のカメラを見たことがなかったから、それが最初はカメラに見えなかった。
 
「見た目によらず勇敢だったてわけだ」
(……?)

 あたいら死神は幽霊を見れば『なんとなく』だけどその人物の死に際ってのが垣間見れる。
 まぁそいつも雰囲気が分かる程度だけどな。

「死神の感、だよ。気にするなって。それよりおっちゃん、もう向こう岸が見えてくるよ」
(お、本当だね。でもまだ結構かかるんじゃないかい?)
「まぁね。それでも、普段あたいが送るような幽霊よりは早く着きそうだ」
(そりゃよかった)

 おっちゃんはカメラを手にして遠くを、彼岸の方をじっと見やっていた。
 確かに恐れなんかはない。むしろ何か希望すらもっているんじゃないか、っていう表情だ。
 
「おっちゃんは写真が好きかい?」
(あぁ。大好きさ。……ただ、心残りがあるとすれば好きじゃない情景を撮り続けなければならなかったことかな。うーん、こう言うと違うんだけど)

 おっちゃんは少し表情を翳らせてそんなことを言う。

「む、謎かけかみたいだな」
(嫌いな情景、ではなかったかもしれない。けれど間違いなく言えるのはそれは僕らが望まない情景だったから)
「見た目によらず詩人だね」
(ははは、ありがとう。でもね、最後の一枚。あれは賭けてもいい。こんな僕が本当に撮りたかった"人間"の風景さ)
「人間の、風景……ねぇ」
 
 あたいが感心したように言うのを聞いておっちゃんは気持ちよさそうに笑っていた。ほんとうに面白いおっちゃんだ。

(……ところで、君はどうしてこの仕事をしているんだい?)

 唐突だった。
 あたいは思い出してみる。どうして? うーん……分からない? そんなはずはない。
 最初はこう思っていた。新米だった頃は幽霊を彼岸に送る、懸け橋みたいな仕事がしたかったから、って思っていたんだ。
 ――いや、思い出してみたって仕様がない。昔のあたいがどう思っていたかなんてどうだっていいんだ。
 今のあたい、どうしてだろうな。
 サボって叱られてばっかだよ。
 それでも、どうしてだろう。
 あたいは船頭以外の仕事には興味はない。
 いや、ひょっとしたら、興味はあるのかもしれない。でもやりたくない。
 
「そうだな……好きなんだろうね。あたいは」
(好き?)

 ようやく口を開く。悩んでいたのとは少し違う。少し戸惑っていた。

「そう。おっちゃんみたいなごく普通の人間と話す事がね」

 おっちゃんはちょっと驚いた様な素振りを見せてからにこりと微笑みかける。
 こんなあたいが、一丁前に船頭なんて名乗っていいのだろうか。
 でも、あたいは好きなんだ。幽霊と交わすやり取りが、幽霊との他愛のない会話が。
 見失っていた気のする船頭死神としての小野塚小町をたった今、思い出せた気がする。
 その後は櫂で舟を漕ぐ音とあたいと、おっちゃんの幽霊だけが三途の河の上に漂っていた。

「はいよ、到着だ! おっちゃんと話せて楽しかったよ」
(僕も退屈しなくってよかったよ。最後にこんなにいい船旅をプレゼントしてくれた君に、ほんの気持ちのお礼としてこのカメラを受け取って欲しいんだ)
「いいのかい? だってあんたの相棒なんだろ。それにあたいには使いこなせないよ」
(大丈夫。ここに着いちゃったらもう信じるのは自分だけさ。そいつは見た目以上に使いやすいから、きっと平気さ)

 何か、最後にあたいに託すかの様におっちゃんは言う。 

「うーん……悪いね。せっかくだから大切にさせてもらう」
(どんどん使ってやってくれ。君の好きなものを沢山撮っておくれ。……僕の分までね)
「あたいが悪用したって知らないよ」
(あはは、それも大丈夫だろう。じゃ、僕はそろそろいくよ)
「あぁ。また会えるといいな」 

 そう挨拶を交わしてあたいにカメラの入ったバッグを手渡すとおっちゃんは振り向きもせずにただ前だけを見て行っちまった。
 おっちゃん。あんたはごく普通の変わった人間だ。
 死神を相手に、臆せず、そしてあたいの心を見透かす様な言葉を掛けてくる。
 ありがとう。達者でな。



 ◇



 
「それでは皆さん。今日もお疲れ様でした」

 そういって私は執務室を後にする。ぼんやりとした光の入り込む廊下をゆっくりと歩み始める。
 窓から見える景色はいつも通りの温かい情景で何の変りもない。それでも、時計の指し示す時間はもう夜遅かった。
 
 彼岸には季節も昼夜もない。そんな中で幽霊たちは裁きを待ち、ゆっくりでも死を受け入れなくてはならない。 
 この頃は特に問題視しなくてはいけない案件もなく、至って平凡な日常であった。強いて言えば、外の世界の幽霊が幾人か混ざっていた事か。
 時々こういったことはあるので深く考えることもない。それに、どの道普段通りに仕事をしなくてはならない事に変わりはないのだし。
 誰かの様な不真面目な態度では閻魔は務まらないのだ。そう、最近の小町は少し怠け過ぎている。

「でも……」

 でも、私があまりにしつこく言ってしまっているせいか、小町が以前より私を避けているのだ。
 時折、慌てた様に逃げられる事もある。うーん……何にせよ小町が私に対して何か思う所があるのかもしれない。
 気のせいかしら……? でも小町、もっと真面目な子だと思っていたのだけれど、どこで間違ったかあんまり真面目に仕事をしていないのよね。
 ああやって説教をするのもそう、小町のことを思ってだというのは理解してほしいのだけれど。
 しかし、不思議なのはそれでも小野塚小町が渡した幽霊というのは無罪になることがとても多い、ということ。
 皆正直なのだ。それがなぜかは分からないけれど小町には何かしらの才能があると思うし、それ故に真面目に仕事をしてくれないことが悔やまれるわ……。

 玄関を抜けると気持ちの良いそよ風が私を包み込む。深呼吸をして気持ちを切り替えよう。
 そうして屋敷の方へとのんびりと歩くことにする。
 裁判所の裏手、周りからは見えない様なところに私たち裁判所に勤務する者と無縁塚方面に勤務する船頭死神の宿舎の役割を果たす屋敷がある。
 宿舎といっても和洋折衷の屋敷はその外装からとても豪華。とはいえ建物自体が非常に古いことは否めない。しかし、それはある意味、歴史積み重ねでもある。
 
 彼岸では見ることはできないが、きっと幻想郷では紅葉の綺麗な様子が見られるはず。
 そんな情景を思い浮かべながら屋敷に入る。
 今日はもう少しやらなくてはならないことがあるし、早くお風呂に入ってしまおう。
 三階まで階段を上り、突き当たりが私の部屋だ。大浴場は一階なので少し面倒ではあるけれど一旦部屋に戻らなくちゃ。

 部屋の扉をカチャリと開いて荷物を置いて、着替えやらタオルやらシャンプーやらを準備する。
 一人が暮らす部屋としてはとても大きくて、シャワールームが部屋に備えつけられているのだけれど、夜は基本的に浴場へいく事にしている。
 ふと窓の外を見ると遠くにうすぼんやりとした景色の中にくっきりとした赤毛が見つかった。
 小町にしては遅い帰りだ。今日はしっかりと仕事をしていた様ね。少しホッとしてからもう一度廊下を行き、階段を下る。
 
 時間が時間なので廊下には人影がなかった。
 奥の食堂からは何やら喧騒が聞こえるが、それ以外の場所は水を打った様に静か。
 暖簾をくぐって脱衣所に入る。他には誰もいない。お湯の流れ出る音以外が聞こえない静謐さが少しさびしい。
 どうせなら小町を誘って一緒に入ればよかったかしら?
 でも、それでは小町がリラックスできなくなってしまうわよね……。お風呂の時まで何か言われるかと気遣うのは嫌だろう。

「こほっ、こほっ……」

 ……咳をしても一人。ちゃんと体調管理しなくては……。
 ささっと服を脱ぐ。この制服は可愛らしくていいのだけれどもう少しスカートは長くならないのかしら?
 これからの季節、幻想郷では一層寒くなるでしょうし、これでは風邪をひいてしまう。
 あんまり考えても仕方ないので早いところ浴室へ入ってしまおう。
 引き戸を開けると真っ白な湯気が私を包み込む様にして脱衣所に入ってきた。
 浴室の薄桃色の敷石は温かみがあって、その隙間からは少しの苔が見える。
 ほの暗い浴室からの眺めは素晴らしく、窓からはちょっとした庭園を眺める事が出来る。
 その庭園は此岸における四季の変化に合わせて庭師が手入れをしてくれていると聞く。
 今は背のちっちゃないろは紅葉が黄色に赤に染まっていて、私に秋らしい空気を伝えている。
 これの手入れは誰がやっているのかしら。なんでも冥界の庭師が時折訪れて手入れをしてくれるとの事だけれど。
 情景が一年、一日を通して変化に乏しい彼岸においてこの浴場は数少ない四季を感じられる場所なのだ。

 こう、仕事以外のことをしていると最近はどうしても小町のことが気になってしまう。
 なぜだろう? でもそれでは結局仕事のことを考えてしまっている様な気がする。
 そういうつもりではないのだけれど……仕事には関係ない部分で、小町のこと?
 うーん……こういうことは白黒付けられないのね。自分でもがっかり。体を洗いながらそんな事を考える。
 小町の事、小町の事か……………………っ! 
 鏡に映った自分の胸を見て、鏡に映った私の眉間に皺が寄る。あぁ……私は何を考えているんだろうか……。
 体を流すと、少し熱いくらいのお湯が私の考えを振り払ってくれた。

 髪の毛にもくもくとシャンプーを泡立たせる。心地よい香りが鼻腔をくすぐる。
 これは小町が半年ほど前にプレゼントしてくれてから愛用している品だ。
 言われてみれば小町の匂いがする、気がする。こうやって考えてみると少し恥ずかしい……小町とおんなじ匂いか……。
 自然と頬が緩む。鏡に映った顔があまりにも締まりがなくて悲しくなる……。
 そ、それよりも、こんなことを考えている自分自身が恥ずかしくなってきた!
 髪の毛を素早く流して浴槽につかる。
 
 いきなり入ったものだからその熱さにびっくりしたが、そんなのもすぐに慣れてしまった。
 耳に入ってくるお湯が浴槽に注がれる音の一定のリズムが私をうとうとさせる。
 こんなところで寝てしまったら大変。首を振って眠気を彼方に追いやる。
 でも、本当に忙しい日はこんなにのんびりとお風呂に入る事もできない。
 だからこうやってのんびり出来る日はしっかりとのんびりしなくてはもったいない。
 ――寝てしまわない程度に……。
 

 ・
 

 お風呂を出ると、丁度そこで小町と鉢合わせた。装束は所々汚れていて、しっかり仕事をしていたという事が窺える。
 何か言いたげな小町だったけれど、声をかけるとまたはぐらかされてしまった。
 悶々としたまま、部屋へと向かう。

 部屋に帰ると一気に疲れが押し寄せてきたみたいに感じる。
 むぅ。まだ少しだけ、仕事が残っているというのに……。体はそんなことはお構いなしに休養を欲していた。
 少しだけ重い体をデスクまで持って行き、カバンから書類を取り出して目を通す。
 ここ数日、全体で見るとほんの少しずつ彼岸へ送り込まれている幽霊の数が増えているようだ。
 それ自体は取るに足らないことなのだけれど、やはり外の世界からの幽霊の割合が多いわよね。
 最近のことなのでまだ詳細は分からない。それでも、外の世界で何かがあったのではないかと、そう思案することも無駄では無いように思える。
 
「ん、このうち小町が渡した幽霊は……」

 幽霊はまず、裁判を受けるまでに長い時間を待つことが基本である。
 しかし、生前の行いや船頭死神の判断、あと三途の河の長さやらで時折すぐに裁判所まで連れてこられる者がいる。

「小町……」
 
 そう言えば、今日の小町。装束をあそこまで汚してまで仕事をしている小町を見たのは久し振り。
 そうなのだ。小町は小町なりにちゃんと仕事をしている。なのに、私があまりにもきつく言い付けるからかえってやる気を削いでしまっているのかもしれない。
 あぁ……小町もやっぱりこんなに小うるさい上司は嫌かしら。でも、それでも、私があなたの事を思って言っているということは分かって欲しい。

「あんまり考えすぎてしまっても駄目ね……」

 部屋に充満する静謐な空気に耳をそばだたせて、ゆっくりとベッドへ向かって行く。ちょっとの仮眠のつもりで、体を寝かせる。
 ゆっくり目を閉じる。目を閉じるとかえって意識がはっきりとしてしまう。

 そうして思い出されるのはやっぱり外の風景だった。
 ぼんやりとした日差しの下。私の目の前には赤毛の娘がいた。
 その娘はこう言った。「これから四季映姫様の下で船頭死神をすることになる小野塚小町です」って。
 その表情がはっきりと見て取れないのは、私の記憶があまりはっきりしていないからという訳ではなくて、その姿があまりにも小野塚小町に似合わなかったからかもしれない。
 そんなに緊張しなくたってかまわないわ、私はそんな風に返事をしたんだと思う。それでも、しばらくは緊張が解れなかったみたい。
 ある日、私が小町の部屋まで行って、それで二人でお茶を飲みながら話をしていたら、それで二人の距離が一気に縮んだのだった。
 あの頃は今以上に二人で何かをすることが多かった、かな? 一緒にお茶に行ったりだとか。今ほど仕事が多くなかった、っていうのもあるけれど。
 彼女は本当に熱心だった。マイペースなのはその頃からだったかもしれないけれど、今ほどではなかった。
 懐かしい。でも、懐かしいからって記憶の中でしか会えない小町よりも、実際に言葉を交わすことができて触れ合うことだって出来る、今の少しサボりっぽい小町の方が良い、かな。
 美化された回想の中身よりも、ありのままの今を大切にしたい。小町とのありのままの関係を。
 でも、上司と部下。いっつもそんな事を考えてしまう。夢の中でならちょっとぐらい、素直になれればいいのに……。
 もしも、ここが彼岸でなかったならば、月夜は私を明るく照らしてくれるだろうか。
 カーテン越しに、見えはせずとも感じられる朗らかな空気は決して夜らしくなくて、ただただ私の意識と思考を鈍らせ、あやふやにするだけだった。



 ◇



 ――さて、カメラかぁ……文に使い方を教わろうか。
 そして、好きなもの…………ね。
 これを機会に、映姫様と親密になれないかなぁ……。
 などと考えたのが数日前。 

 その数日ってのが短かった様でとても長かった。というのも、幽霊がとても多いのだ。
 果たして、花が咲き乱れたあの騒動の時を除いて、こんなにも真面目に仕事をした事があっただろうか。
 でも、こうやって一生懸命仕事をするのも悪くないって思う。こっ恥ずかしいけど、何か船頭を始めたばかりの事を思い出す。
 そんな中、合間を縫ってあたいは改めて文にカメラの仕組みだとか、扱い方を説明してもらっていた。

「ほう。じゃあそのフィルムが無くなったら撮れなくなっちまうんだな」
「えぇ。でもまだ大丈夫。無駄遣いしなければ、ですけど」
「そうかい。なら何も今気にすることはないね。ありがとう文」
「いえ。そんなことよりそれは幻想郷では随分と貴重なものですよ。私の持っているのは謂わば模倣品みたいなものですから」

 文が自分の手にしているカメラを掲げてそう言う。文が言うにはあたいがおっちゃんからもらったカメラは幻想郷じゃとても高価なものになるらしい。
 中有の道で外の世界のものが高値で売られているのをあたいだって知っているから、そんなに驚きはしないけれど。

 ここは中有の道の安っぽい大衆食堂の片隅。丁度ここら辺をフラフラしていた文にこのカメラの事を話したら二つ返事で予定を空けてくれたのだ。
 昼食時という訳ではないので店の中はえらく空いている。あたいらもほとんど何も注文せずに話耽っていた。
 こいつの使い方はなんとなくわかっていたけれど、詳しいことはさっぱりだったからな。文のおかげで色々なことが分かった。
 ここに来る前に文と一緒に風景を撮りに行っていたけれど、そのお陰もあってある程度は使いこなせそうだ。

「それで、現像するには当然、専門の人の所へ持っていかなくてはなりません」
「だろうな。でも、文が贔屓にしている様な所があるんだろ?」
「えぇ。ですから、今度一緒に行きましょう。店主は少し変な人ですが……まぁ、信頼できる人です」
「そうか。それじゃ、そのうち行く事にしよう。その時は頼むよ」
「えぇ。後は、ちゃんと面白い記事になりそうなことをしなくちゃ駄目ですよ。それを今日の講習料にしますから」
「んな、上手い様に面白い事なんて起こらないって!」
「ふふふ、冗談ですよ」

 文は笑いながら言う。冗談とは言いながらも、その目は少しは期待しているみたいだ。
 
「それにしても羨ましい。こんなに貴重なカメラをひょいっと入手できてしまうんですから。本来なら小町さんに嘘でも吐いてそれを奪い取って、私のコレクションに加えたいところです」
「ははは。やろうと思えば出来ただろう?」
「あまりにも可哀想なのでやめてあげました。おっと……そろそろ時間は大丈夫ですか? あんまりこんなところで油を売っていちゃ、上司さんに叱られてしまうのでは」
「ん、もうこんな時間か。そうだな、そろそろお開きとしよう。今日は助かった。ありがとよ文」
「お礼には期待しています。えぇ、そのカメラが小町さんに何をさせるか、楽しみに待っていますから」

 そう言って文は小銭をあたいに渡すと、こっちに手を振りながら外へ飛んで行った。
 別にやましいことには使わないぞ! ちょっと映姫様の寝込みとか、撮ってみたい気がしなくもないけど……。
 とりあえず、その小銭を手に会計を済ませる。暖簾をくぐって外に出ると秋の木枯らしがあたいを吹いた。

「さぁて、仕事に戻るか」

 食堂の中はあんなにも空いていたけど中有の道自体は相も変わらずの様相だった。人混みというほどではないけれど、賑やかな人通り。その間を縫って河辺を目指す。
 普段のあたいならこんな日和は陽の当たるところでのんびりとしていたいもんだけど、不思議とこの頃はそういう気がしなかった。
 幽霊に出会いたい、話をしたい。彼岸に早く送ってやりたい。そう思った。

 肩にかけたバッグの隙間から覗くカメラは所々塗装が剥げている。それがあのおっちゃんが生きていた一つの証であると思うと、なんだか重みが増す様だ。
 いくらかの風景を写真に撮ったけれど、あたいの視界を通り過ぎる景色は何も変わりない。いつもの町並みだった。少し違うのはあたいの心、かな?
 きっと此岸は秋らしい秋なんだろうなぁ。そういう景色も、写真に収めたい。無性にそんな事を思った。
 ……そうだ。これを口実に、映姫様と紅葉観光なんてどうだろう? あー、でも「そんな暇があったら、真面目に仕事をしなさい!」なんて言われちゃうかな。
 やがて両端を商店や露天で狭められていた視界が開けて三途の河の流れが目に入ってくる。

「…………いいタイミングだ」
 
 普段のあたいだったらこんな状況を見てこんなことを言ったりはしない。
 船を待って列を成す沢山の幽霊達を見て! それにしても多い。午前中はこんな気配は全くなかったのに……。
 まぁ、いいか。丁度いい。商売繁盛なんだから喜ぶべきだ。他の船頭たちのところはどうなってるだろう? この様子だときっと変わらないよな。……早速渡しますか。
 駆け足で桟橋のあたいの船を停めてある所まで行く。列を作っていた幽霊たちの視線が一斉にあたいに向いた。
 その表情は様々だ。疲れたような顔をしたやつ、眠そうな顔をしたやつ、何故だかカッカしているやつ。
 
「よっ、と」

 渡し船に飛び乗ると揺れた船が水しぶきを勢いよく立てた。
 そうしたら居眠りこいてたやつも顔を上げてこっちを向いてくれた。

「待たせたね。あたいがここにいる皆を彼岸まで運ぶ事になる船頭死神の小野塚小町だ」

 死神、って言葉を聞いたらちょっとだけ列がざわめいた。まぁ、そんなのは慣れっこだから大して思う所はないんだけど……。あたいなんてまだマシな方だろうし。
 力仕事ってだけあってもっとイカつい船頭死神ってのは沢山いる。ただ、怯えたような顔をされていい気はしない。だからあたい自身は明るく振舞わにゃならない。

「心配しなさんな。あたいは別にあんたらを取って食ったりはしないよ。さっきも言ったように、あたいの仕事はあんたらを無事に彼岸の閻魔様の元へ送り届ける事だ」

 案の定、閻魔って言葉を聞いたらざわざわと囁き声が飛び交った。それでもさっきと比べて大分静かなのは、もう腹を括ったやつがちゃんといるって証拠だろうか。
 ……それに、閻魔様って言っても映姫様みたいなのもいるからねぇ。
 とまぁ、こんな大人数をまとめて相手をするなんて普段は絶対にないから、あたいも頭の中でやらなきゃいけない事を整理しつつ口を動かす。

「大丈夫。やましいことさえしてなきゃあ閻魔様だって悪い様にはしないもんさ。それに何より、あんたらはここを渡らなくちゃいけない。そうしなきゃ明るい来世もへったくれも無しにさようならだからな」

 いい加減に観念したと見えた幽霊たちは黙ってあたいに話を促す。

「なぁに、大したことじゃないさ。あんた達が生きていた時と一緒。あたいが船頭だ。船に乗るにはどうする? おっとそこのお兄さん。持ち主から船をふんだくる、なんて、間違ってもやっちゃ駄目だぜ」
 
 その見たところ生前はやんちゃしてました、という風貌の幽霊がビクついた様子を見せる。ま、実際やろうとするやつは結構いるけどね。その顛末はあえて語らない。
 こうやって長いこと幽霊ばっかり見ていると何となく、心が分かるんだ。つっても白玉楼の主や半分人間のその従者とかあそこらへんが相手となるとそんな事、出来ないんだけど。
 
「そう。身銭の最後の切り所、って訳だ。……さて、ということで折角列になってくれてんだ。前から順番に渡していくよ。後の方、ちょっと遅くなるけどちゃんと渡してやるから気長に待っていておくれ」


 ・


「さ、乗ってくれ」

 幾度かもあっちとこっちを往復する。次のお客は母親と子の二人の幽霊だった。子供は幼く、無邪気にはしゃいでいた。
 母親の方も、それをにこやかに見つめている。

「元気な子だね」
(えぇ。ふふっ、それだけが取り柄で)

 そう言いながら子供を見守る視線はとても優しい。その二人の様子はとても自然で、どうして今、ここにいるのかが分からない程。
 二人して河を景色を眺めて話をしている。それに耳を傾けていると、あたいも遊覧船の船長になったかの様な気がして少し不思議だ。
 
(ねぇ、お母さん。私たちは、どこにいくの?)

 子供が急にそんな事を口にする。見るとその子はあちらで摘んできたのか彼岸花を一輪、手にしていた。

(そうねぇ……)

 母親はそう答えたきりで、沈黙が訪れる。しばらく、そんな様子の二人を見ているとどうにも胸の中がざわついて、あたいの口が勝手に開く。

「……静かな場所だよ。暖かくて、静かな場所だ」
(静かな場所? どっか~ん、ってそう言うのは、ない?)
「ん?」
(ふふ……いえ、気にしないでください。……でも、そうですか。静かな場所……。こう、死後の世界というものも、いざ訪れてみると生前、自由に行き来していた何処かと大差ない様に思えてしまいます)

 母親は何事もなかった様にそう言った。

「そうかい? あたいらにはよく分からないけれどね。でも、そうだな。あたいらは、お前さん達みたいな幽霊が好きだよ」
(すきー?)

 子供さんが目をくりくりとさせて首を傾げる。
 
「あぁ。変な話だけど、元気をもらえる。……なに、きっとお前さん達と一緒なんだろうね」

 母親の言葉の通り、彼女らは死んでいるけれど、それを除けば生前とは変わりないのだろう。
 ならば、そんな彼女達に元気を分けてもらえるのは道理だ。そう思う。
 
(ふふふ、死んでる人から元気をもらえるだなんて……やっぱり死神さんは死神さんね)

 母親は可笑しそうに言う。あたいもちょっと可笑しくなって口元が緩む。

「そうだな。でも、人間達の言う死神とは違っただろ?」
(えぇ、本当に)

 あたいと母親が話始めてしまって退屈になったのか、子供さんの方は手にした彼岸花を眺めたり、弄ったりしていた。
 そこには数多の魚達が悠々と泳いでいる。それも皆、幽霊であって捕まえる事は出来ない。けれど、それでも伸び伸びと泳ぐ姿を眺めるには水族館か何かよりもよっぽど良い。

「この鎌だって、死神だから持ってる、ってだけで無闇に振りかざしたりはしないよ」
(大きな鎌ですよね。でも、確かにそれがなくっちゃ死神だって分からないですもの。……それは?)

 視線をずらした彼女が差したのはあたいが丁度、肩にかけていたカメラのバッグだった。

「こいつかい? そんなに変わった物じゃないよ。普通のカメラさ」
(やはり、そうでしたか)

 彼女は満足そうな表情を浮かべる。目を瞑って何か思い出す様にしてから、再びあたいに向き直る。

(よければ、私達を撮ってくれませんか? 何か、この船旅の思い出にでも)
「ん? 構わないよ。でも、」
(いえ。いいんです。貴方に撮ってもらう事に、意味があるんですから)

 あたいの言葉を遮ってそう言う。もちろん、断る理由なんてない。喜んで引き受けるよ。
 こうやってあたいの元に残っていったカメラが、また誰かの姿を残していけるんだから。
 

 ・


 夕焼け時になってようやく、列は最後の女性の幽霊を残すだけとなった。
 彼女に船に乗る様に促す。大分若いけれど、その相貌には落ち着きがあって同じ年頃の人間よりかは大人びて見えた。詮索しても仕様がないけれど、興味はある。
 河の上の秋風は思ったよりも冷たかった。とは言っても晴れ渡った空は清々しい心地良さを、さざ波立つ水面はゆったりとした気持ちを伝えてくれるみたいに感じる。

(夕空晴れて秋風吹き、月影落ちて鈴虫鳴く――)

 幽かに聞こえるのは彼女の歌声だった。あたいが櫂で舟を漕ぐ音が伴奏になるかの様に、歌は続いていく。
 音色は物悲しく、あたいの耳に入ってきた。耳を澄まさなくちゃ聞こえないくらいの大きさの歌声は、それでも説得力がある。 
 歌が途切れたのを見計らって後を振り向く。薄らと涙を浮かべた女性がいた。

「うまいもんだな。……普段から歌っていたのかい?」

 どうしたものかと思ったけれど、あたいは思った事をそのまま口にする。
 女性は顔を上げて、ゆっくりだけれど、しっかり返事をしてくれた。

(……えぇ。妹と、一緒に、よく歌っていました)
「そうか。……辛いかい?」
(それは。でも、死んでから少しでも、あの子と同じ空の下にいられたから、もう悲しくはありません)
「あぁ。きっと妹さんも、この晴れた夕空を眺めてるよ」
(…………あの子、あんなに小さいのに、一生懸命私の看病をしてくれて……。遊びにも行きたかったでしょうに。私の分まで働いて……)

 彼女達の家庭には、親御さんは何かの事情でそばにいなかったんだろう。道理で大人びて見える。

「……それでも、未練はないんだな。しっかりしている」
(……?)

 彼女は少し不思議そうにこちらを見上げる。けれど、あたいには分かる。
 こういう幽霊は無意識のうちに、未練と共に浮遊霊となって三途の河までやってこられない事がある。
 未練を捨てる潔さには、遺族への信頼があるんだろう。

(確かに、未練という風な物は、感じないです。ただ、ちょっと名残惜しい。少しずつ、色々な事を忘れてしまうのが……)

 目を伏せて言う彼女に、どうにか力になりたかった。自然と口が開く。

「……それなら、よかったら、それをあたいに聞かせてくれないか。この秋空の下にいられるうちに。お前さんが忘れても、あたいが覚えていられる」

 おこがましいかもしれない。けれど、彼女が少しでも現し世に縛られない自由を得られるのなら、良いんじゃないだろうか。

(勿論、良いですよ。……自慢の妹の事ですから)
 
 彼女は沢山の事を話してくれた。もう持病が悪化して、医者にはもう助からないと言われた事。それでも、懸命に看病してくれた妹の事。
 自暴自棄になっていて、その妹を邪険にしてしまった事。結局は仲直り出来た事。だから、今では妹にとても感謝しているという事。
 話に耳を傾けて、ゆっくりと進む。そうして船旅は続く。彼岸まではまだあった。
 しばらくして、あたいはふと思いついて彼女に声を掛ける。

「……そうだ、あっちに着くまで、また歌っていてくれないかい?」
(えぇ。そうですね……あの子に聞こえる様に) 

 彼女は再び歌い始める。さっきよりもはっきりとした歌声で、明るく。それからというもの、揺れる船の上、彼女の歌声しか耳に入らなかった。
 程無くして無事に彼岸に着き言葉や礼を交わしてから、幽霊達の集まる方へと歩んでゆく彼女の背中を見送る。
 そうしてあたいは河辺に一人残されぼんやり水面を眺めていた。残された妹さんは、どうしてるだろうかね。
 きっと、妹さんは、もちろん姉であるあの女性の幽霊の為に看病をしていたのだろうけれど、それだけじゃなくて他ならぬ自分の為でもあったのかも知れない。
 
「――さ、もう帰ろうか」

 舟を桟橋に括りつけて河縁を離れる。彼岸には夜も昼間もない。ただ浮ついた空気が充満しているだけ。
 けれど、それはそれなりに時間の感覚はある。もう、結構な時間だ。
 幽霊たちはこんな中でただボー、っと裁きの時を待ち続ける。そんで待っている間に自分の死を自覚する。
 そんな幽霊たちとは離れた場所にあたいら彼岸の死神達が暮らす屋敷がある。
 屋敷ってのは三途の河からは、まぁそれなりの距離があってそれが時々面倒なんだよね。
 こんな風に、いつもより沢山の仕事をしたな、って日は特に。あんまりこんな事を言っていちゃ怒られちゃうけど。
 うーん……この前と似たような感じもする。結局のところ決定的に違うのは幽霊の量だけど。花は今だっていつも通りだ。
 でも、うん。今日も色んな幽霊達に出会えた。
 
 気が付くともう屋敷のすぐ近くまで来ていた。パッと見は豪華だが実際は住んでも都ってもんではなかった。早い話、結構ボロいんだ。
 ボロいついでにあたいだけが覗けるような覗き穴を映姫さまの部屋に付けちまおうか、って思ったりね。それは冗談。叩かれちゃう。

「あら、小町? 今日も遅いのね」
「きゃん! し、四季様……お疲れ様です……」

 噂をすればなんとやら、びっくりしたなぁ……。そうだ。折角、映姫様と鉢合わせたんだから、旅行の事、打診してみようか。

「どうしたの? 何かあったのかしら?」
「いえいえいえ、いつも通り熱心に仕事をしていただけですって。えぇ。大丈夫です」
「そ、そう……?」
「そうですよ。――それはそうと映姫さま。この前こんなものを手に入れたんです」

 そう言ったところで映姫様の背後にサッと人影が現れた。

「あ、四季様! こんな所にいらっしゃいましたか。探しました。ちょっと今後のことで打ち合わせがあるんですが……。大丈夫ですか?」

 ……。声をかけてきたのは確か映姫様の秘書の女性の死神だった。
 見るからにインテリって感じがイケすかないな、でも眼鏡は似合ってる。
 っていうの置いておいて、あー。うん。タイミング悪いな。

「え、えぇ。ごめんなさい小町。お仕事のことだから……」
「いえいえ。いんですよ。それじゃお先に失礼しますね」
 
 こういう時は潔く次の好機を待つに限る。そそくさと立ち去るあたいの背中は、ちょっと惨めかもしれない……。


 ・


「よっ! 文。待ったか?」
「えぇ、待ちくたびれちゃいました。でも仕方ないんでしょう? 聞いたところによると幽霊がまた凄い事になっているとか」
「やっぱり知っていたか。なに、手に負えないほどじゃない。今回は文がわざわざ記事を書くまでもないさ」
「分からないですよ? これから小町が何か面白い事をやらかしてくれるかも」

 文が目を輝かせながら言う。取材時とそれ以外との切り替えってのがあるみたいで、こんなに露骨にわくわくした表情をするのは多分後者だ。
 何度かこいつと会ってきてそういうのが分かってきた様な気がする。
 要するに文は新聞記者だから、とかじゃなくて幻想郷の不思議なこと、面白いことを追いかけたい性分があるみたいだな。
 天狗は幻想郷について深く知っている種族だ。だからこそ、これからの幻想郷も追いかけて行くんだろう。

「どうしました? まじまじと見つめて。なにもでませんよ」
「いや……まぁなんだ。文は幻想郷のことが好きなんだな、って思ったんだよ。大したことじゃない」
「なんですか? いきなり。そりゃ好きですよ。小町は違うんですか?」

 あたいと文とだったらあたいの方が背が大きいんだけど、文が底の高い靴を履いている分で、その視線はまっすぐあたいの目を捉える。
 顔を近づける様にして首をかしげるその様子で、好きだと言われるのは……ドキリとする。輪郭を沿う様に揺れる黒い髪は艶っぽく陽の光を跳ね返していた。
 ……いかんいかん! 映姫様というお方があるだろうに、なにを考えているんだ!

「そ、そりゃ好きだ。好きだけど、もうこの話は置いておいてだな、行こうじゃないか」
「そうですか。まぁ、いいですけど」

 文は少し不満そうな顔で先に歩み始める。あたいもそれに着いていく。

「それにしても案外と早いですね。もうフィルムを使い切ってしまうなんて」
「ん……あぁ。練習がてらに色々と撮っていたからな。でも、これには他にもおっちゃんが撮っていたものも入ってるんだろ?」
「えぇ、確かそうです。にしても、外の世界のカメラマンですか。どんなものを撮っていたのやら」
「そうだねぇ」

 そう言って、あたいはおっちゃんの言っていたことを思い出した。
 おっちゃんは写真が好きかい?
 ――あぁ。大好きさ。……ただ、心残りがあるとすれば好きじゃない情景を撮り続けなければならなかったことかな。うーん、こう言うと違うんだけど――

「興味深いですね。勝手に見るのも悪い気はしますけど、まぁ今は小町の持ち物だし」
「おいおい……そりゃ、そうだけどなぁ」
「でも折角だし、いいじゃないですか」
「……まぁな」

 あたいだって興味はある。やっぱり気になる。おっちゃんの言っていたこと、それがどういうことだったのか、気になる。
 きっと何かヒントがこの中にあるはずなんだ。あの清々しいおっちゃんの見せた翳りの理由ってのが、ちょっと気になる。


 ・


 中有の道、本当にたくさんの店がある。そんな沢山の中にあたいらの目的の店があった。
 文に促されて入った店内は装いよりもだいぶ広い。何かしらの術で店内を広くしているようだった。
 
「広いなぁ……」
「えぇ。土地は限られていますが品物は限られてませんからね」

 びっしりと棚があって、あたいには分からないようなものがこれまたびっしり並んでいる。

「そ、ここの土地は高いからね。こうでもしなきゃ場所は取れないよ」

 スッと、そばにあった棚の裏から見知らぬ女性がぬぅっと顔を出してきた。

「店長、お久しぶりです。相変わらずどこからか沸いて出てきますね」
「酷いのね。文ちゃん、唯一の女性客なんだからもうちょっと優しくしてくれないかしらん」
「はぁ……なんで魔法使いって変なのが多いんでしょうね。小町も気をつけた方がいいですよ。この人、ちょっと変人ですから」
「変人……?」
「えぇ。見た目に騙されてはいけません」

 見た目はいたって普通だった。魔法使いというがただの人間にしか見えない。
 服装だって白黒の魔法使いみたいな西洋風の恰好はしていない。というより今身につけているのは和服だったし、それがよくが似合っていた。
 若い女性、に見える、がこんなへんてこな店の店長ってだけで変人といえば変人だが。その糸目は何を考えているのか分からなかったけれど。

「そちらは文ちゃんのお友達?」
「そうです。船頭死神をやってる小野塚小町さん。今日は彼女が用事があるんです」
「あら。死神? そう……お世話になるときはよろしくね。最近、全く食欲がないのよ。よぼよぼのおばあさんになって三途を渡るのもきっと、そんなに遠くないから……」
「捨虫、捨食の魔法を使っておいて何を言っているんですか……」

 要するに元から食う必要も、老いる理由もないって事か。まぁ、律儀に突っ込みを入れているあたり、文も慣れたもんなんだろう。

「小野塚小町です。よろしく頼みます」
「ぐすん。小町ちゃんは優しくしてくれるわよね?」
「はぁ…………どうでしょう……?」
「それより店長。写真の現像、お願いします」
「えー、面倒ねぇ。それに今日はあんまり調子良くないのよ」

 困ったような表情でそう言う店長を見てあたいは文にだけ聞こえる様に、文の耳元にこっそりと囁きかける。

「無理にお願いしなくてもいいんじゃないか?」
「いやいやいやこうやって店を開いている以上、面倒って理由でお仕事サボられちゃ困るでしょう? 小町は乗っけた幽霊を、面倒だから三途の川に落としちゃえー、なんてしますか?」

 あー……さすがにそこまではしないけど、今の言葉は少し胸に響く。真面目に仕事続けよう……。

「さすがに、それは……」
「それに、これがいつもの店長ですから」

 依然困ったような表情でこちらを見ていつ店長に文は続けて言う。

「やってくださいよ、店長。他いきますよ」
「えー、ひどーい! ちょっと面倒だって言っただけじゃないの」
「ちょっと小町からも何か言ってやって!」
「んー……お願いします店長」
「任せなさい! ッいたっ。もう、殴らなくたっていいじゃない」

 もう売れない漫才かなんかみたいだ。店長が頭を押さえながら顔を上げる。

「痛たた……それでカメラは?」
「こいつです」
 
 バッグごと手渡すと店長は慣れた様子で中身をチェックする。

「ほうほう、わかったわ。ここで立ち話していても何だから奥に行きましょ」

 あたいと文は歩いていく店長に着いて徐々に奥まった所へ入って行った。辺りを見回してもここが何の店なのかはよく分からない。
 
「何の店なんだい? ここは」
「んー何、っていうものではないんだけど売っているのは外の世界の電化製品とか、あとは魔法を使った日用品とか? 私でもよく分からないわぁ」
「そうか……」

 誰の店なんだと突っ込みたい気持ちだったが、まぁいいか。細い通路が網の目の様に張り巡らされていて、もし置いていかれたら迷う自信がある。まるで迷路だ。
 どこで曲がったかだとか、そんなことがとうに分からなくなった頃にあたい達は広まったフロアの様な所に到達した。

「ささ、二人とも座って」

 店長はあたいと文をフロアの片隅にあるテーブルに案内してくれた。フロアはドーム状に開けていたが、うーん……この建物どうなってるんだ?
 そんなことを考えていたら店長が二人分のコーヒーを持ってきてくれた。
 
「お、すまないね。それにしても、和服着てコーヒー出すやつなんて、多分幻想郷であんただけだよ」
「そうかしら? そんなことはないと思うわよ。ところで現像は急ぐの? 文ちゃんはいつも急かすのよねぇ。椛の寝顔ゲットしたー! 椛の下着姿ゲットした―! 脱ぎたて下着ゲットしたー! てんちょ早くー! って」
「ぶっ……何言ってるんですか!? ある事ない事……今日は小町の用事で来たんですからそんなこと関係ないじゃないですか! って小町その目は何!? ニヤぁ、って口元は何ですか!?」

 何か凄いことを聞いた気がするぞ。いやはや、この文がねぇ……って派手にコーヒー吹き出してるし。 

「いやぁ……脱ぎたて下着、ねぇ」
「それは出任せですって!」
「ふふふ、文ちゃん、椛ちゃんの下着くらい顔が真っ赤よ」
「いい加減にしてください!!」

 店長に差し出されたナプキンで口元を拭いてから文が仕切りなおす。

「で、小町。急ぐの? 急ぎならすぐにでもやらせましょう」
「そうだな。まずは脱ぎたて下着をお願いしようか」
「だからそんなの持ってないですって!」

 面白いんだけどあんまりからかうと後が怖いからこの辺にしとこう。

「……仕事の状況が状況だから早いに越したことはない。店長、急げばどれくらいでできる?」
「そんなには掛からないわ。特に変わったカメラではないから、ここで暇つぶししている間に用意出来るわよ」

 店長はカメラをいじりながらそんなことを言う。手つきを見ていると本当にこなれている。
 しっかし、さっきまでと違いここには何もないな。必要最低限の本や機材しか置かれていないみたいだ。
 『夕食はカレー』なるメモを見た感じではプライベートの場所なのかもしれない。自分の夕食の内容を書き置く理由はよく分からないけど。

「そうか。先に聞いておきたいんだがいくらくらいかかるんだい?」
「多少は負けてくださいね」

 文は未だに不機嫌そうだ。あたいは結構びくびくしてるんだけど、店長はまったく意に介していない。
 いつもこんな調子なのだろうか。 

「うーん……」

 右手を顎に持って行き悩んだ仕草をしているが今までの言動を見ていると大して悩んでいないと見える。
 なんて言うかはもう決まっていてどういう風に言うか、ってことを悩んでるみたいだ。

「今日のところは文ちゃんの知り合いって事でオマケしてあげるとして……」

 店長は机の上に置いてあった算盤をパチパチと弾いてそれをあたいに指し示す。

「いつもならこれぐらいかしら。船頭死神のお仕事ってどれぐらいの実入りがあるのか分からないけど、安くはないわね」
「あぁ、やっぱり結構するんだな……。ま、とりあえず今日の分の現像を頼むよ」
「分かったわ。それじゃ、二人でのんびりしていて」

 そう言うと店長は更に奥の方へと行ってしまった。少ししてから、凄い物音が幾度かして、何か奥から煙が立ち込めていた。

「……なんかよく分からないが、大丈夫なのか? あれ」
「いつもの事ですから」

 文は落ち着いた様子でコーヒーを口に運んでいる。

「あれで本当に魔法使いなのか……って、もうこんな時間か!? マズイな。今日は丁度、四季様が見回りに来る日なんだよ」
「ホントですか? それなら明日朝一で小町の所へ届けますよ。急ぎなら今日はこのまま戻ってしまって大丈夫ですよ。店長には私から言っておきます」
「あぁ。そうさせて……もらいたいんだが、出口はどっちだ?」
「ははは! そうでしたね。では案内しますよ」
「店長はほっておいていいのか?」
「いいでしょう」

 文に連れられて再び細い通路を通って行く。来るときと同じ順路を辿っているはずなのに、向きが変わっただけでさっぱり違う様相だ。
 こりゃ勘に頼ってじゃ間違いなく迷ったな。しばらく歩いていると後ろの方から何やら呼び声が聞こえる気がした。
 ごめんよ、店長。



 ◇



「んんぅー……なんだかすっきりしない目覚めね」
 
 自然と目が覚めたかと思って壁掛け時計に目をやる。昨日は色々な事を考えているうちに、眠りに落ちてしまった様だった。
 最近立て込みすぎよね。どうやら外の世界で大きな紛争があったらしい。その影響でこちらにもしわ寄せがきているのだ。
 しわ寄せ、というには少し規模が大き過ぎる気もする。三途の河は今頃幽霊たちで賑わっていることでしょう。頑張れ小町。

「って!? ……寝坊じゃない!」

 寝ぼけた頭で悠長に考え耽っている場合じゃない!とは言っても致命的な寝坊ではないわね。急げば十分間に合う。 
 顔の下敷きになってしわしわになってしまった資料に目を落とす。

「あ……」

 涎でインクが滲んでしまっている……。顔に血が登るのが感じられ思わず周りを見回してしまう、が、そうよね。私以外の人がここにいるわけないじゃない。
 まだ意識がはっきりしていないわ。この資料の山、昨日はどこまで目を通したっけ?

 紛争、か。現在、私達の裁判所まで送り込まれてくる外の幽霊の大半は紛争で亡くなった者だ。
 それまで平穏な生活をしていた者たちが自らの意思とは相反して武器を手に取らなくてはならない。
 そうして人を殺めることもあり得る。けれど、私たちはそれを裁かなくてはならない。法廷に立てば一切の迷いと無縁になるが、こうやって一人でいる時は迷いが絶えない。

「顔、洗わなきゃ」

 朝食は抜きね。洗面台へ向かう。鏡に映った顔、右頬は真赤だった。水は思っていたよりも冷たくて思わずビクリとしてしまう。
 いきなりだったので驚いてしまったが、意識がハッキリと冴えていくのが分かる。顔をタオルで覆って一息つく。着替えたらもう出かけないと。

「準備完了。あとは戸締りね。……ん、あれは山の鴉天狗」

 着替えを済まして後は戸締りを確かめる。泥棒なんて間違っても入ってこないでしょうけど、念のため。
 すると、一つの窓の向こう側に天狗の姿が見えた。わざわざ朝早くに、何か用事でもあるのかしら?
 彼女の事だから、また懲りずに事件でも探しているのでしょう。本当に好奇心の塊ね。全く……この前話した事、忘れていないといいけれど。

「あっ、小町……」

 小町とこんな時間に遭遇した事は、一度も無かったわ。何か特別な用事があって、早起きでもしたのかしら。
 見ていると天狗が小町に何か封筒の様な物を手渡していた。その後は、二人で何やら楽しそうに会話をしながら、河の方へと飛んで行ってしまった。
 何ともつかない感情が胸に満たされていく。小町のその表情が最近見る事の無かった明るい表情だったのに対して、私の気持ちは沈んで行った。

 ……でも、ゴシップ好きの天狗の事だから、何か取材とでも言って小町に付きまとっているんだろう。
 そうに違いない。もしそうでなくても、朝早くから仕事をしに行っているんだから、それが悪い事の訳がないじゃない。
 何を考えていたのかしら。それに最近は小町もちゃんと仕事をしているし、これは喜ばしい事。
 そう、上司としては熱心に仕事をしていると感心しなくてはいけないところ。
 なんだけど……。

「いけない、もう出ないと……」

 こうしているうちにも時計の針はどんどん進んでいた。荷物を手に取り、部屋を後にする。
 仕事場である裁判所までの道のりはいつもと何ら変わりない。少し早足で通り抜けて行くと、目的地まではすぐだった。
 
「おはよう御座います」
「四季様、おはよう御座います。今日は少し遅いのですね」

 執務室まで行くと既に秘書を務めている須藤さんが待ち構えていた。彼女は長い事秘書を勤めてくれている。仕事上、最も信頼の置ける人物だ。

「えぇ……少し寝坊してしまって」
「顔色もあまり良くない様に見受けられますが……あまり無理はしないでくださいね」
「ありがとう」
 
 言われて壁に掛けてある鏡に目をやった。んー、そんなに顔色が悪いだろうか?確かに体調があまり優れない気もするけれど、それは寝不足だからだろうし……。

「では早速、今日の予定を――」

 
 ・

 
 正午。ここは食堂。午前中は午前中で幾つか裁判を行った。裁判、といっても然程時間のかかる物ではない。
 浄玻璃の鏡を通してその者の行いを見透かして、判決を下す。この鏡があれば隠し事などは意味を成さないし、言い訳などは言語道断だ。
 よっぽどの事がない限りすぐに白黒が付く。地獄に行くか、冥界にいくか、それは単純な二択である様で、人間にとっては実際はそうではない。罪の無い人間などは存在しないからだ。
 「あの時、とんでもない罪を犯してしまった」と悔い改め生きてきた者が冥界へ行き、「皆がやる程度には万引きはしたさ。でもそれだけ。人を手に掛けたりはしてない」
 などという者が地獄へ行く。それはよくある事だ。永遠に裁かれない、これもまたあり得る。冥界にも地獄へも行けない幽霊は彼岸に沢山いる。本人達も、もう忘れてしまっているだろう。
 私は昼食を口に運びながら、そんな根本的な事を思い出す。いったい何人の人間を裁いてきたかはもう分からないが、それでも時々不安になる。
 今もそうだった。浄頗梨の鏡が映し出す世界が少し濁って見える。その濁りは私が白黒付ける妨げになり、そこから生まれる不安がまた鏡を濁らせる。
 
「――様? 四季様? どうなさいましたか?」
「ん? あぁ……ごめんなさい。少し考え事です」
「もう、最近は少し様子が変です。休憩時間くらいは肩の力を抜いてもいいでしょうに」

 向かいに座っている須藤さんが困った様な笑顔を湛えてそう声を掛けてくれる。眼鏡の奥の透き通った瞳はとても優しげだった。
 
「いえ、でも仕事中に考え事はできません」
「それもそうでした。でも、何か悩み事があるのなら、相談してください。ひょっとしたら、お力になれるかもしれませんし」

 彼女、仕事中はとても厳格な女性だけれど、この様なオフの時間では人が変わった様に接してくれる。本人曰く、秘書とは切り替えが大切なのだとか。

「なんだったら、私が悩み事を当ててみましょう。そして解決の手助けをして差し上げます」
「はぁ……」

 もう食べ終えてしまって暇になったのか、須藤さんはその様な事を申し出てくる。

「私、これでも死神ですからね。四季様の悩みが手に取る様に分かります」
「えっ!? ちょ、ちょっと……何を言ってるんですか」
「言葉の通りです。んー、そうですね。知られちゃ困る様な悩みでしょうから……」

 彼女はテーブルに両肘を突いて組んだ両手に顎を乗せる。
 執務中は絶対に見ないような企みのある表情。目の奥には私が写っているのか。そうして暫し考えている。

「まぁ……すごく簡単に言えば恋、の悩みでしょう。ふふふ」
「……」
「あれ? どうしました四季様? ちょっと? 冗談ですよー?」

 恋? いやいや……そんな事は一切、考えていないわ。閻魔の仕事について、そんな事ばかり。
 あれ? でも……いやいやいや! 小町は女性じゃない何考えてるのよ、私は……。

「なななな……何を言ってるんですか!!」
「声大きいです」
「ごめんなさい……」

 思わず立ち上がってしまった私に周囲の視線が集まる。恥ずかしい気持のまま、再び席に着いた。

「恋、それもちょっと言いにくい様なシチュエーションですね」
「……何のことだかさっぱりだわ」
「私にもさっぱりです」
「?」

 須藤さんは変わらず微笑んでいる。でも、企みを含んだ笑みではなくて心の許せる、そんな温かい笑み。
 鎌をかけられただけだったのか、それとも何か他意があったのか。

「でも四季様、返事を返すまでの間、少し表情が柔らかくなってました。今も、さっきよりはリラックスしているでしょう?」
「ま、まぁ……そうかもしれないわね」

 彼女はただ、私の事を思って言ってくれていたのだ。からかわれた様な気もするが、それでも彼女の気遣いが嬉しかった。

「それに大丈夫です。何より船頭の彼女なら――」
「ちょっと須藤さん!」

 再び席を立ってしまう。思わず乗り出してしまった私をのけぞる様にして避ける須藤さん。
 でも、表情はとても楽しそうだった。

「では、私は一足先に戻ります。まだ時間もありますし、四季様はゆっくりしてくださいね」

 彼女は一礼するとそのまま食器を片して食堂を後にしてしまった。
 その姿を見送って溜息を吐く。溜息と共に、今までの陰鬱な気分も少しだけ出て行った気がする。

「そういえば、この季節は山の紅葉がすごいらしいわよ」
「あー、聞いた聞いた。行きたいわ~」

 さっきまでは自分の事で一杯一杯だったけれど、今は自然と周りの声が耳に入ってくる。

「じゃあさ、他にも誘って今度の休暇にいきましょう。里に新しい温泉宿もあるらしいのよ」
「いいわね! それじゃ私は――」

 旅行、か。そう言えば、最後に行ったのは小町と一緒だったかしら。それも大分前。すると、今朝の事が思い出される。ぐぬぬ……。
 聞いたところによると小町は最近、あの新聞記者の天狗と一緒にいるところをよく見かけられているらしい。今朝、何かあったのだろうか? どうしてだろうか、気になってしまう。
 それに、最近は会える事が少ない。見回りに行っても小町は船で出てしまっていたり、といってもこれはしっかり仕事をしている証拠だけれど。
 小町が何で、前よりも熱心に仕事をしているのか、ちょっと気になる。天狗の彼女が関係しているのだろうか? 
 何にせよ、一度じっくりと、小町と話したい。久しぶりに、ゆっくりと。
 
 そう、たまには息抜きもいいかもしれない。
 ……それならば、善は急げ、ね。



 ◇



 昨日受け取る事の出来なかった写真を文に渡してもらうために、あたいは朝も早くからこうして待ちぼうけしていた。 

「ふぁぁあ……眠い。天狗の朝は早いんだな」

 文との約束の時間まであと十分。あたいは屋敷の脇にある大きな岩に腰掛けてボーっと空を見上げている。
 朝、っていってもここは彼岸だから昼も夜もない。当然朝も何もない。ぼんやりとした空気は仰いだ視界一杯に広がっている。
 どうやら文も取材やらなんやらの前にあたいに写真を渡しておきたいらしく、こんな朝早い時間を指定したみたいだ。
 近頃は前よりは早くから仕事を始めていたから、早起きも然程苦痛ではない。 
 渡さなくてはならない幽霊が増えたからという理由ではなくて単に、多くの幽霊に出会ってみたい、って思うんだ。
 最近はカメラもすっかり体の一部になっていた。毎日ではないけど、時々は仕事にも持って行く様になった。
 だから、今みたいに手元にないと少し落ち着かなかったりもする。思えば、あのカメラが事の発端だよなぁ。
 それがなくっちゃ、今これ程仕事をしていたかは分からない。
 単純に多くの実入りが必要になったから、とかじゃなくてあのやり取り自体が今でもあたいに訴えかけるものがあるから、なんだと思う。
 視界の端に真っ黒な羽根がひらりと舞い落ちるのが見えた。
 
「お待たせしました」
「おう。おはよう文」

 文はいつもと同じ様な出で立ちで現れた。いつでも取材OKという様子が伝わってくる。

「朝早いのに悪いですね。これがフィルム交換済みのカメラ、それとこれが約束の物です。もしよければ見せてくださいね」
「ありがとよ。それにしてもなんだ、見ていなかったんだな」
「小町が先ですよ。それに、昨日はあの後色々と大変だったんです。この後もすぐに里までいかなくちゃならなくて」

 文から膨れた封筒を受け取って帯に挟む。どんな景色がこの封筒の中にあるのかはまだ分からない。
 文はすぐにでも出発したいのだろうか、何かと喋りつつも忙しなく背中の羽を動かしていていた。

「そうか。なら途中まで一緒にいこう。今日はいい仕事日和になるよ」
「そうですか? それなら、何か記事のネタでも探してみてくださいね」

 文はにこやかにそう告げる。本当に、騒動探しには余念がない。文が一歩先に飛んで行きあたいはそれを追いかける様にして川岸へ、此岸へと向かっていく。文も慣れた様子だ。
 そういえば、文は以前映姫様の取材でここに来ていた事があったな。流石は天狗。取材のためならあの世まで着いてくるって訳か。

「ネタ、ねぇ……そんな余裕はないよ。精一杯生きてきた幽霊を渡すのに、そんな事考えてちゃ失礼さ」
「ほうほう」
「どうした、文?」

 文がこちらを物珍しそうに振り返る。そんなに変な事を言っただろうか……?
 
「……いえ。気まぐれかはわかりませんが、少なくとも初めて会った時とは大分違うな、って」
「そ、そうか? こういう日もある。それに、初めて会った時のタイミングが悪かったんだ」
「ははは! そうでした」
 
 文はおかしそうに笑っていた。あたいもそれに釣られてなんだかおかしくなってくる。
 些細なやり取りがこんなに楽しいのは久しぶりだ。あの花の異変から、まぁぼちぼち経ったけれど、あれを境に色々な事が変わったな。
 今、あの時に戻れるなら、あの時のあたいの頭をぶん殴って仕事をやらせるだろう。それは出来ないから、せめて今は真面目になりたい。
 そして程無くして河辺まで到着する。
 
「今船の準備をするからちょっと待ってくれ」
「でも、その間に飛んで行ってしまった方が……」
「いいからいいから」

 桟橋に括りつけられた渡し船達。その内の一つがあたいの船だ。今日はあたいが一番乗りだという事が窺える。
 見た目に特に変わった事はない。普通の渡し船。乗り込んで括りをほどく。櫂を手にして文を迎え入れる。

「それにしても、生きているうちにこの船に乗る事になるとは……」

 文は感心したように辺りを見回している。

「つっても、あたいは距離を操れる。だから、な?」
「わっ、もう此岸じゃないですか」

 一漕ぎですぐに此岸まで到着出来るくらいに距離を縮める事も出来る。

「楽しい船旅にはならなかっただろうけど、早い方が良いいだろ?」
「そうでした。それじゃ、急ぐので失礼しますね……機会があれば、写真を是非」
「あぁ、構わないよ」
「ありがとうございます。それでは!」

 文はそう言うとすぐに里の方へ飛んで行ってしまった。それにしても、まだ早いか。幽霊はまだ見当たらない。
 時刻はようやく朝日が昇ってきた頃。こちらの空気は肌寒く、季節がじきに冬になる事を伝えている。
 あたいはさっき受け取った封筒を手に取って見る。
 思ったよりもずっしりとしていて、その重みがおっちゃんの残した最後の記録なんだと思うと、少ししんみりしちまう。
 手近な岩に腰を下ろして封筒を覗いて見る。そこには数十枚の写真があった。

 早速取り出してみる。これは文と一緒に撮影したやつだな。現像してもらう前、一番最後に撮った写真だ。
 山の紅葉が綺麗だ、っていうのに誘われて撮りにいったやつ。後はそんなに変わったものは撮れていない。普段、見過ごしてしまう様なちょっとした風景ばっかり。
 再思の道、彼岸花はあれだけ咲き誇っているけれど、一輪だけ離れた場所にいた。そんな一輪の写真。
 三途の河のほとり、彼岸花のたくさんの赤に相反する様に、ちょこんと咲いている白い秋桜。
 皆なんて事はないけれど、こうやって切り出されると、何だか尊いものに見えてくる。切り出された風景はもう動かないけれど、目に見えないものが分かる気がする。
 ……風景。
 こう考えてみると凄く的確な単語だよな。
 景の字は客観的に目に見えるものをいう。でも、風って字は目に見えないものを表す。目に見えるけど、見えないもの、か。
 そんで、次には先日渡した幽霊の親子の写真。二人の朗らかな笑みは、幽霊らしくない。今頃、彼女達はどうしているだろうか。
 そうしてあたいが一番最初にこのカメラで撮った無縁塚の桜の木。今は無くとも、季節になると紫色の桜が咲き誇る。
 次の写真からがおっちゃんの撮った写真だ。少しだけ手に汗が滲む。新しい写真から順に並んでいたからつまり、この紫色の桜の裏に、おっちゃんが最後に撮った写真がある。
 少し戸惑う。
 ――でもね、最後の一枚。あれは賭けてもいい。好きじゃない情景を撮り続けなければならなかった僕が本当に撮りたかった"人間"の風景さ。
 おっちゃんの言葉が、表情がフラッシュバックする。

 あたいは今までめくる様にして眺めてきた写真を今度は逆に眺めて行った。紫の桜……白い秋桜……彼岸花……他にもたくさんある。そして最後に山の紅葉が目に映る。
 写真の並び順が始めに戻る。だから、あたいのてのひらに一番近い写真、要するに一番下の写真がこのフィルムでおっちゃんが一番始めに撮った写真だ。
 おっちゃんとの会話を思い出しながら、思いきって一番下の写真を一番上に持ってくる。

「ん……」

 なんていうのか、とにかくその写真には、目にした事のない光景が広がっていた。
 でっかい大砲みたいなのを乗っけた牛車みたいなの。いや、牛はいないんだけれど、とにかく見るからに物騒そうなもの。
 兜の様な被り物をした人間達の手には筒みたいな――これは大砲を小さくしたやつか何かか? 
 が握られている。火を噴くそいつは間違いなく、人を殺すための道具だ。
 埃塗れの被写体から、ここまで怒号が飛び込んでくる様で少し眩暈を覚える。考えるより先に手が動く。
 次の写真には、何か救いがあるんじゃないかって思って次の写真に目を落とす。しかし、次の写真も違いはない。
 映る景色は灰色だ。人が人の手で人を薙ぐ。デカイ車両が、民家を踏みつぶす。そんな光景が人間にとって鮮やかな画であるはずがない。
 
 ――知らない人は一生知らないでもなんて事はない。でも、それは知らなくちゃいけない事でもあるんだ。僕はそんな事を伝えたかった。

 知らなくちゃいけない事。それは、あたいらにとっては外の世界の事なのだろうか?
 遠い所の事なのか。しかし、この悲痛さはあたいにだって伝わっている。
 あたいには関係のない事なのか? 知りもしない世界の事なのか。だけど、おっちゃんの生きた世界だ。知っている訳ではないが知らない訳でもない。
 次の写真、次の写真と見詰めていく。泣き叫ぶ少女、裸足で逃げ惑う少年、地面に突っ伏す老人。

 ――無視するのは簡単な、それでも目を背けちゃいけない事実があるんだ。

 これは戦だ。争いだ。でも、傷つくのは発端に直接的な関係のないやつらばかりだ。
 だってそうだろう。こんなに小さい子供が、こんな惨状を引き起こせるか? こんなに老いぼれた老人が、何十人と人を殺したのか?
 それはあまりに悲惨。無視するのは簡単、知らなければ心も痛まない、のかも知れない。事実あたいがそうだった。
 おっちゃんが伝えたかったもの、オブラートに包まれない真実。それはあまりに痛々しい、人間の生き様だった。
 
 ――好きじゃない情景を撮り続けなければならなかったこと。
 
 その一端がようやく垣間見える。この紙切れが、写真達が写すのは悲痛で悲惨な世界。
 本当にそうか? その風景は目で見れば確かに無残で残酷な世界。違う違う。おっちゃんはそんなのを伝えたかったのか?
 そんなのはもっとチンケなスプラッター物でも見ればいい。おっちゃんがそんな悪趣味なものを伝えたかった訳がない。
 あたいの視線がここに加わった時点で、この写真達はそういう表面的な意味合い以上のものを内面に持つ。
 目に見えないものがあたいに訴えかける。それは雄々しく人に狙いを定める兵士の勇姿じゃない。   
 それは苦境の中、必死に生きる人間皆の勇姿。おっちゃんの勇姿。それを見て、あたいは平和な幻想郷に心から感謝すると共に、被写体の彼らに手を差し伸べたいと思う。
 次々とあたいが目にして行った写真達は、おっちゃんの意思を継いでいた。
  
 そうして、次にあたいの目に飛び込んできたのは……今までとは全く違う。見た目は確かに今までと大差ないかもしれない。
 でもそれは、その写真は……凄く綺麗な写真だった。
 今までの写真で垣間見たささくれ立った殺意とか、どうしようもない悲哀、完全な絶望、そういうものはない。綺麗だと思った。
 もちろん、それは技術的な意味でも綺麗に撮れている写真なのかもしれない。ただ、その写真から伝わる心の強かさが、とても綺麗だった。
 そんな強かさなんて目には見えやしない。けれど、はっきりと分かる。この風景は生きられる風景。
 被写体は普通の親子だ。母親と娘。小さな娘。普通の、っていうのは少し間違ってるかもしれない。
 でも……たぶん、そこでは普通なんだろう。えらくみすぼらしい身なりで、髪も伸び放題で肌だってきれいじゃない。
 けど、その笑顔の源はどこからやってくるのだろう。絞り出す様な笑顔じゃない。溢れ出る様な笑顔。どうして?
 あたいには分からない。少なくとも今すぐには分からない。

「――あ、この親子……」

 この写真の下は、紫の桜。
 これがおっちゃんの最後に撮った写真……。
 おっちゃんが本当に撮りたかった人間の風景……。
 どこか見た事のある様な親子を眺めながら、活力に満ち満ちた朝日を浴びている。
 あたいは確かにこの手に取れるカメラを、写真を片手に、さっきっからずっと頭から離れない、いつかの彼女の歌声に耳を傾ける。


 ・


 今日も幽霊が沢山やってきた。あたいは幽霊達に話しかける。そして、お喋りをする。それが今まで以上に好きになった。
 幽霊達がこちらに沢山送り込まれてくるのは、外の世界で大きな紛争があったからの様だった。おっちゃんは戦争写真家をしていたのだろう。
 昼間文があたいの所にきたり、今日も賑やかな一日だったけれど、あたいの心中は何か凄く落ち着きがなかった。
 
 日が傾き、少しずつ寒さが際立ってくる。
 昼間には結構な長さの列を成していた幽霊達を送り切ると、朝の事がずっと前の事に感じられてしまう。
 あたいは今日の朝腰かけていたのと同じ岩に腰を下ろしていた。

「ふぅ……今日も、商売繁盛だったな」

 商売繁盛っていったって別にお金が欲しい訳じゃない。でも、こうやって多くの幽霊達に出会えたのが嬉しい。それが今だとハッキリ言える。
 そして、そんな幽霊達の最後の最後、彼らにとって何かしらの思い出になる様な船旅をさせてやりたい。
 知らなくても何ともないけど、知らなくちゃいけない事。そっか……それは遠い世界で起こった事なんかじゃないんだ。
 あれを例にするなら、おっちゃんっていうあたいにとっての知人の生きた世界の、そこで起こった悲しい真実。
 だけじゃなくて、おっちゃんが残した写真に残した意志、心がそうなのかもしれない。
 知らなくても何ともないけど、知らなくちゃいけない事。それって、もっと近くにあるけど手の届かない所にある、そんな事なんだ。
 こうやっておっちゃんを身近に感じてそう思う。知らなくても何ともないけど、知らなくちゃいけない事。
 これは人の、幽霊の"心"なのかもしれない。

 ……今日は少し早いけれど切り上げようか。
 そう思って腰を上げ様とした時、ふらりと見知った人影があたいを覗き込む様にしてきた。

「ちゃんと仕事はしましたか? 小町」
「わわっ! 四季様……驚かさないでください……」

 こんな時間にこちらに来ているのは珍しい。
 となると、何か重要な用事でもあるのだろうか?

「仕事は、まぁぼちぼちやってます」
「それは嘘でしょう?」
「え?」

 映姫様がいきなりそんな事を言うのでびっくりしてしまう。
 でも、そう言う映姫様の表情は優しく、決して咎める様な口調では無い。

「ぼちぼち、じゃなくて一所懸命にやってるじゃない」

 映姫様は微笑を湛えてそう付け加えた。面と向かってそう言われると、少し照れてしまう。
 
「ははは……ありがとうございます」
「小町は今回、幽霊達が沢山やってくる理由、知ってる?」
「えぇ。それは」
「あら、意外」 

 本当に意外といった面持ちでそう告げる。夕暮れが鮮やかになると共に、風が少し強くなってきた。
 秋風が冷たく通り過ぎて行って、映姫様は帽子に手をやる。映姫様はそれ以降黙ってしまって無縁塚の方を眺めていた。時折吹く風があたいと映姫様の髪を、装束を揺らす。
 気まぐれに通り過ぎて行く秋の風はリズムも何も無しにふわりふわりとあたい達や河辺の彼岸花を揺らしている。
 
「――でも、小町がしっかり仕事をしているなら良かったわ。……ねぇ小町。明日のお昼、空いているかしら?」

 しばらく経ってようやく映姫様が口を開く。明日……予定は何もないけれど、何だろうか?
 何か仕事に関わる事かもしれない。直々にこう声をかけられる事も少ないので、断る理由はない。

「え、えぇ。空いてます」
「それではお昼御飯をご一緒しましょう。私が里の方まで連れて行ってあげます」
「里まで、ですか? 何かあったんでしょうか?」
「い、いやいや。特には何もないわよ。たまには、いいじゃない。ね?」

 何もないと言われても、こうも珍しい事に直面するとどうしても疑いを持ってしまう。
 というより、この頃は実際に映姫様を目の前にするとぎこちなく他人行儀になってしまう。別にそういうつもりはないのだが……。 
 
 …………意識し過ぎてしまっているのだろうか。そんな訳は、……あるかもな。もしかしたら……。
 こうして顔を合わせているだけで、映姫様の横顔が間近で見れるだけで、嬉しい気がする。
 そして心も温かくなる。秋の寒空なんか気にならないくらいに。

「そうですね。滅多にこんな機会はありませんから。喜んでお付き合いします」
「ありがとう、小町。……それじゃ、先に戻っているわ。まだ仕事もあるし」
「はい。また後ほど」

 映姫様はそれだけ言い残すとそそくさと彼岸へ帰って行った。終始どこかを見つめていて、ろくろくあたいの顔を見てはくれなった。何かあったのだろうか。
 それに映姫様も最近少し疲れている様に見える。そりゃそうだ。これだけの幽霊が送られているんだから。
 そんな最中に、さしあたって何かあたいに用事があるのだろうか……?
 でも、あたいも丁度、映姫様と話したかったし、用事もあるから……いいかな。



 ◇


 
 なぜだか焦ってしまって、言いたい事だけ言って逃げる様に小町の元を後にした。
 ……そう、まずはお食事に誘ってその時にでも旅行を提案する。だから、目下明日の予定さえ組めればいいのだ。
 今は暇もあまりないのだし、小町の仕事の邪魔をしてもよくないし。
 でも、こういう事は中々なかったからいい機会。必要のある事よ。それに、最近の小町の事も、……知りたい。
 そんな事を考えながら、仕事に戻る。もう今日中にこなさなくてはならない裁判自体はないが、まだデスクワークが残っていた。
 執務室では先程と同様に皆がただ黙々と各々の仕事をしている。それらを眺めながら、私は再び書類達と格闘を始める。

「四季様。お茶はいかがです?」

 須藤さんが私のデスクのすぐそばに盆を手にして立っていた。彼女は急須を片手に呼びかける。

「そうね、もらおうかしら」

 須藤さんはにこやかに頷いて湯呑に透き通った緑のお茶を注ぐ。
 その煎茶の新鮮な香りは、根を詰めている皆の鼻腔をくすぐって少しの安堵をもたらしてくれる様に思えた。
 紙のすれる音とペンを走らせる音、注がれる茶の奏でる水音以外は何も聞こえない。その水音が活力をくれる、気がする。オアシスか何かか。
 だから、かえって幽かなその水音ばかりが耳に届く。

「……どうぞ」
「ありがとう」

 私に湯呑を差し出すために須藤さんがそっと屈む。
 そして、ちょうど私にだけ聞こえる様にして
「上手く誘えましたか?」
 と。……え? というか、なんで知ってるの?
 さっきだって、ちょっと休憩してくると言っただけで、それ以外の事は、一切……。

「な、なな何の事かしら? そ、それより須藤さん。今日は一層お茶が美味しいわ! ね? 折角だし皆さんに振舞ってきたらどうかしら?」
「ふふふ、えぇ。そのつもりです」

 そう言って、須藤さんは周りのデスクへと向かっていった。そうして、執務室に充満していた緊張の糸がほんの少しだけ緩む。
 私達の会話に合わせる様に、伸びをする者、欠伸を漏らす者、様々だった。時計を眺めれば、もうじき執務終了時間だ。


 ・


 朝。新しい朝は希望の朝。
 寝坊する事無く目覚めて、いつもよりちょっと早く執務室に赴く。カレンダーに目をやると、昨日から丁度一日進んでいた。
 今日の昼間は小町と約束がある。昨日はあれからずっとその事ばかりだった。
 今日が早く来ればいいとも思ったけど、今日が来る事にすこしの不安もあった。
 仕事中にそんなことばっかり考えていただなんて、口が裂けても言えないわね……。

「おはようございます、四季様。お早いですね」
「おはようございます。えぇ、ちょっと早く目覚めてしまって」

 程無くして皆がやってきて何気なく挨拶を交わす。

「そうですか……あの、僭越ですが、あまり無理はなさらないでくださいね」
「ふふ、ありがとう。ちゃんと気をつけているわ」 
 
 近頃、この様に気遣われる事が多くなった気がする。そんなに様子が悪く見えるのかしら? 自分ではいつもと変わらないつもりなのだけど。
 気が着くと既に須藤さんも自らのデスクに着いていた。朝礼を済ませると、執務室はいつもの様に張りのある空気になる。私はと言えば、早速法廷へ向かわなくてはならない。
 
「四季様。準備はよろしいですか?」
「大丈夫です。行きましょう」

 須藤さんと連れ立って執務室を後にする。並ぶようにして廊下を歩む。お互い特に会話を交わす事なく歩いていた。しばらくしてから須藤さんが口を開く。

「――それにしても、何ででしょう。こんなに幽霊が送られてきますけど、以前の様に此岸に幽霊が溢れ返ったり、という事はない様ですね」
「そうね。数はあの時とそう変わらない。けれど、円滑に事が運んでいるわ。きっと船頭も閻魔も、皆があの時、そう、六十年の回帰の時を経て学ぶ事があったのよ。それは私も同じ」
「私もでしょうか」
「それは私には分からないわよ」

 一度口を開くと、後はなんて事はなく会話が続く。
 
「でも、何より一番の要因は船頭達が頑張っている事でしょう。数字にもそう出ています」
 
 須藤さんが付け加える様にしてそんな事を言う。視線は窓の向こうを眺めていた。

「そうかもしれないわね」
「そうですよ。特に、小野塚さん」

 にこやかに言う。私を見つめる眼鏡の奥の視線は確かににこやかだったけれど、何か含みがある様にも見えた。

「小町は、今までがやらなさ過ぎたのよ……。もっと昔は素直でいい子だったのだし」
「ふふ、その事はよく聞きます。でも、」

 彼女はそこで一旦、言葉を切る。おや、と思って振り向こうかとも思ったけれど、法廷はすぐそこだった。ドアを押す。
 
「今の彼女の事、もっと見てあげて下さいね」
「……もちろん、そのつもりです」

 バタン、とドアが閉まる。私の後ろ、チラリと見ても須藤さんの姿はなかった。数分経ってから、彼女は何事もなく笑顔を湛えて、ドアをくぐってきた。

 
 ・


「うぅ……寒い……」

 裁判所を出るととたんに寒気が襲ってきた。彼岸は此岸と違って秋だからといって急に冷え込んだりはしない。
 となると、これは私の体調の所為なんだろう。油断は禁物ね。
 向こう岸はもっと冷える。やっぱりこの制服がいけないんじゃないかしら……スカート短いし。
 下を通り過ぎていく三図の水面は移り気な秋の空をそのままに跳ね返していた。

「小町は……」

 三途の河、此岸の河川敷。桟橋の近くに小町の姿を探す。けれど、丁度舟を渡しているのか、その姿は見えなかった。
 仕方がないので小町が来るまでここで待っていよう。
 空を見上げてみると、少しずつ雲が出始めている。翳った天気が彼岸花の赤をより一層鮮やかに演出していた。
 しばらくすると、その赤と同じくらい鮮やかな赤毛を見つける。彼岸からこちらへと船を進める小町が視界に入る。
 小町は船を停めるとすぐにこちらに気が付いて駆け寄ってきた。

「すいません。さっきのが結構頑固な幽霊でして……待ちました?」
「そんなには待っていないわ。私もさっきこちらに来たばかり」
「なら良かった。寒くないですか? こっちは彼岸と比べて冷えますから」
「そうね、とりあえずは大丈夫。早速行きましょう。時間はあまりないですから」

 二人して人間の里の方へと向かう。道中、取り留めもない様な話に花を咲かせ、久し振りに小町と一緒にいるという事を実感する。
 人間の住まう方角へと進んで行くと、徐々に景色が秋色に染まって行く。
 恐らく、人間の立ち入らない様な妖怪の山などではもっと鮮やかな秋を感じられるのだろう。皆が収穫の喜びを気色ばむ季節、それが秋。

「さて、ここです」
「随分と分かりに行くい場所にあるんですね」

 それもそうだ。人間の里、細い脇道をいくつか巡ってようやく小さな看板を目にする事ができる。
 しかし、そこにすぐ目的の料亭があるという訳ではなくて、小道を両脇のいろは紅葉に迎えられる様にして通り抜けて、やっとその古風な建造物を目にする事が出来る。
 商店の建ち並ぶ大通りが人間的な秋の雰囲気を醸し出しているのに対し、ここはもっと霊的な、自然的な秋の雰囲気に囲まれていた。
 
「老舗とはそういうものです」

 暖簾をくぐり、玄関に入る。すぐ正面には中庭が見える。言わずもがな、その日本庭園は艶やかな赤に黄、褐色の葉というベールに覆われていた。
 そうして、甲斐甲斐しい女将に迎えられ奥へと通される。小町は終始きょろきょろと辺りを見回していた。その様子がちょっと可愛くってクスリとしてしまう。

「ん、あたいの顔に何かついてます?」
「ふふ……そんなんじゃないわ」

 照れくさそうに、ほんの少し朱に染まった頬をかく小町は懐かしい小町にどこか似ている。
 案内された部屋は小さな和室で、障子が僅かに通す日中の明かりはおぼろげに部屋を照らしていた。
 それでも、漆の艶やかな重箱の表面に描かれた蒔絵の紅葉と扇は仄暗い一室の中でもはっきりと見える。
 
「ここは懐石料理も美味しいのだけれど、……今日は時間に余裕がある訳でもないし御重を用意してもらったの」
「そうでしたか……」
「小町、そんなに改まらなくたっていいのに。気にいれば、また一緒に来ましょう」

 広げられた御重には色取り取りの食材がきれいに、こじんまりと身を潜めている。
 とても美味しそう、なのだけれど、どうしてか食欲を欠く……。けれど、そんな事を思っていても仕様がない。
 
「では、いただきましょう」
「はい。それじゃいただきます」
 
 箸を動かしつつ、小町の様子を窺う。よかった。美味しそうに煮物を頬張る様子を見て安心する。
 時々、他愛のない会話を交わす。小町がカメラを持ち歩いているという事、それで天狗と一緒にいる事が多かったという事。
 この事を聞いて、どこか安堵する私がいる。ふと外を眺めると紅葉がひらりと舞い落ちた。
 
「小町、最近の仕事は、どう?」
「どう、ですか……。そりゃ大変ですよ。でも、楽しいですから」
「楽しい?」

 意外。でも、最近の小町の仕事ぶりを見る限り、そうだという事は伝わってくる。
 その顔は今まで見てきた小町のどの表情よりも誇らしげで、恰好がいい。
 
「はは……あたいがそういう事を言うのってちょっと変ですよね」
「そんな事、ないわよ。小町がそう思っているんだから、それを他の人はとやかく言わないわ」

 そうして小町は少しうつむいて、何かを考える様な仕草をする。

「……あたいらには誰しも知らなくってもなんて事はないけど知らなくちゃいけない事、ってのがあるんだと思うんです」
「知らなくってもなんて事はないけど知らなくちゃいけない事……?」

 随分と詩的な事を言う。小町らしくなくって、少しきょとんとしてしまった。

「えぇ。そして、それって誰かの心だって思うんです。知らなくてもなんて事はないけれど、知ったらきっと何かが変わる。それを、この前学んだんです」
「そう……」

 私はと言えば、真面目さに押されて相槌を返す事しか出来ない。

「幽霊達の心を理解しようと努力する。それが、あたいにとっての船頭稼業なんですよ。きっと。一期一会の出会い、そして最後の出会い。あたいはその出会いを仕事で乗り合わせただけ、にしたくないんです。なんか照れくさいですが」

 そう言う小町は秋晴れの様に清々しい笑みを浮かべる。それを聞いて今まで長い間小町の仕事ぶりに対して感じていた悶々とした感情がすっきりとする。
 それはきっと、小町自身も一緒なのでしょう。だから、こんなにも清々しい笑顔が見られる。
 こうして単なる渡された幽霊の数、という数字だけでなく、もっと大切な部分の成長を確かめられた。
 小町が照れくさがった告白は、なるほど、知らなくってもなんて事はないけど知らなくちゃいけない事、なのかもしれない。私もこんなに嬉しい気持ちになるのだから。

「……そうでした! 四季様、彼岸に渡した幽霊に会う事って出来ますか?」
「え、えぇ。裁判の前ならば、ね。けれど、探すのは容易ではないわよ」

 なんせ、広い土地に沢山の幽霊達が裁判を待ち続けている。誰か特定の幽霊を探すなんて、簡単にはいかないだろう。

「それは、大丈夫です。どうにかしてみます」
「探し人かしら?」
「えぇ。そんなところです」

 私は取り残されてしまった様な気がして腑に落ちないけれど……まぁ、いいかしら。

「それはそうと、小町。今、幽霊達の数は少しずつ減少しているでしょう?」
「そうですね。このままなら一週間程度でいつも通りになります」
「えぇ。私、そうしたら少し休暇ができるのだけれど……」

 いざ、口を開くと上手く言葉が出てこない。
 けれど、このチャンスに小町に伝えなくては良い機会もない。
 一緒に旅行に行こう、なんて、こんな時でもなくっちゃ、言えない。

「四季様、だいぶ無理しているって聞いてます。そしたら、しっかり休んでください」
「え、えぇ。そう、休むのだけれど、ね」

 こう、言葉を紡ごうとするとなんだかふらふらとする気がした。
 少し朦朧とする。
 
「え? ちょ、ちょっと四季様、大丈夫ですか!?」

 すこし冷静になって考えてみる。冷静になれているかは分からないけれど……。
 これは単にのぼせている訳じゃなくて……。
 小町がサッと体を支えてくれているのが分かる。
 そこでようやく、意識だけじゃなくて身体がふらついていたと理解する。
 口を開こうとするけれど、思う様にならない。

「ん……こりゃ大分熱があるな……」

 小町の掌が額に触れた。
 そっと寝かしつけれられる。イ草の匂いが鼻をくすぐる。

「そ、、じゃ。あた、、よんで……」

 途切れ途切れの小町の声を耳にしたところで、意識が落ちていくのを感じた。




 ◇




「女将さーん! どこですか?!」

 映姫様を部屋に残していくのは少し気が進まなかったがそうも言ってられない。
 なんたって急に倒れちまったんだ。すぐにでも安静にできる場所へ、ちゃんと診てくれる場所へ連れて行かなくちゃ。
 廊下を駆けてたら女将と遭遇する事が出来た。事情を話して様子を見てもらう。
 女将は少し悩む様な素振りをしてから口を開いた。

「疲労が溜まってたのかしら。今は酷い熱だけれど、一日でも寝ていれば治ると思うわ。……でも、念のためちゃんとお医者さんに診てもらったほうがいいかしら」
「そうですか……」
「とりあえず、部屋を移しましょう。お布団を用意しますから、そこで寝ていてもらいましょう。それまでここで、四季様と一緒にいてあげてください」
「は、はい」

 そういって女将は部屋を後にする。それにしても、こんな事は考えもしなかった。
 確かに、映姫様も最近は仕事が過酷だという風に言っていたし、多少顔色が悪いとは思わなくもなかったけれど……。
 何か言いかけていたよな。なんだったんだろう?でも、まずは映姫様の体調が良くなる事を祈らないと。
 ――それに、四季様の不調を見抜けなかったあたいも悪いのだし……。

 女将さんが町医者をを呼びに出掛けてしまい、少し不安になりながらあたいは映姫様の枕元にいる。 
 映姫様の額、少し乾き始めていた手ぬぐいに手をやる。
 そいつを桶の氷水に浸してもう一度濡らす。氷水が思ったよりも冷たく感じなかったのは、きっとあたいの手も冷えていたからだろう。
 手、だけだろうか? こうやって看病をしていても落ち着かない。手ぬぐいを絞って映姫様の額にそっと乗せる。

「ん……」

 寝返りを打つ様に少しだけ頭が動く。起こしてしまったかとすこしだけビクリとするが、目を覚ます様子はない。
 
「こうして見ると……やっぱり小さいんだな」

 こんな事、絶対に聞かせられない。でも、こうやって布団を被っている様子がとても小さく見えて、思わずそんな事を口にしてしまう。
 小さな寝息が部屋に響く、様な気がする。それくらいこの部屋は静かだった。
 ふと中庭の方に目をやる。さっきと変わらない、鮮やかな紅葉が煌めいている。
 
「……小町?」
「四季様、大丈夫ですか? 今女将さんが、医者を呼びに行ってくれました」
「そう……なら、小町、あなたはお仕事……じゃなくて、そうだ。誰か探し人がいるのでしょう? 行ってらっしゃい」

 映姫様はそう言うが、表情は依然苦しそうだ。なのに、ここに一人残して行くのは……。

「そんな、それより今は四季様の容態の方が心配です」
「――でも、小町」

 映姫様が何か口にしようとした時、この前の歌唄いの幽霊の女性を思い出した。
 彼女を懸命に看病していた妹さん、その想像が脳裏をよぎる。彼女が姉の元で看病し続けたのも、姉の事が大好きで、姉が大切な人だったからだろう。
 あたいが映姫様のそばにいたいのは、なにより、あたいが傍にいたいからだ。
 だから、今は、映姫様の傍にいなくちゃならない。
 
「いえ。あたいは、映姫様の傍にいます。映姫様は大切な人ですから」
「た、大切な人って……もう……」

 映姫様はそう言ってそっぽを向いてしまった。何か違和感があったのは、口に出して映姫様、と呼び掛けていたからだった。

「もう……どうして小町って、そんなに真っ直ぐなんでしょうね。分かったわ。もう少し、ここにいて頂戴。……でも、その代わり、……私の言う事も聞く様に」
「えぇ。もちろんです」

 映姫様の顔が赤らんで見えるのは熱のせいだろうか。それとも……。
 でも、どちらにせよ、その本心は分からない。もう一度映姫様を眺めてから、口を開く。
 
「喜んで」

 
 ・

 
 翌日、何事もなかったかの様に映姫様の容態も回復して、あたいは映姫様と一緒にあの親子の幽霊を探していた。
 映姫様の言う事、っていうのは映姫様が幽霊探しに同伴する、という事だった。あたいは予想外の事でびっくりしてしまったが、映姫様は意に介した様子もない。
 
 さ、時間は限られている。まだ幽霊達の数が減った訳でもないから、午前中出来るだけ沢山の仕事をこなし、それから残る今日一日で探す事となった。
 そういう条件で映姫様は勤務時間内に探し回る事を許可してくれたのだ。そうとなれば、ただひたすらに尋ね、歩き回るのみだ。
 そう言えば、映姫様も何か言いたい事があった様だが、聞こうとしてもこの件が一段落したら、となかなか話してくれなかった。
 丘陵を抜けて、草原を行き、もう色々な場所を見て回った。けれども、彼女達の姿は見当たらない。
 彼岸の端から端まで見て回る様なつもりでやるしかないのか……。

「四季様、大丈夫ですか?」

 共に歩き回ってくれる映姫様の事が気にかかって声を掛ける。病み上がりといえばそうだし、なにより、仕事に対して厳格な映姫様がこうして付き合ってくれる事が意外だった。
 
「大丈夫よ。体調も、昨日休んだお陰でかえって良いくらい。それより、今度はあっちの方を見てみましょう」
「えぇ。行ってみましょう」

 今まで、映姫様に感じていた違和感みたいなのも気が付いたら無くなっていて、そうだな……勤務し始めた頃の様な気分がする。
 あの頃は、今よりもずっと一緒にいた時間が多くて、ひょっとしたら昔こんな事をした時もあったかも知れない。
 もう、覚えちゃいないけれど、どこか懐かしい気がしてしまった。 
 河辺に一度戻ってくる。
 彼岸花達は今日も鮮やかに、真っ赤に咲いている。この周辺には幽霊達も集まっておらず、ポツリポツリと見受けられるくらいだ。

「……静か、ですね」
「えぇ。本当に」

 全く揺れもしない三図の水面はまるで鏡の様に空を、景色を映し出す。あたい達が眺める先には、上にも下にも空がある様にすら見える。
 そんな不思議な景色を縁取る様にして彼岸花が咲く。ん? その彼岸花の赤があの時の記憶を蘇らせる。

「そういえば、あの子、彼岸花を摘んでいたな……」
「そうなの? そう……それなら、また出会えるかも知れないわ。ここに、もう少しだけいましょう」

 映姫様は、何かちょっと考えた仕草をしてからにこやかにそう告げた。何か、確信があるみたいな、そんな素振りだ。
 含みのある様な、そんな笑顔は、ちょっと神秘的にすら見える。
 皆目、見当もつかないけれど……うん。映姫様の言う通りに、ここで待ってみよう。

「それにしても、懐かしいわね」

 映姫様が急にそんな事を口にする。

「……? 何がでしょう?」
「あら、覚えていないのね……。全く」

 少し口をとがらせる様に、普段は見せない子供っぽい仕草にキュンとしてしまう。
 あ、でも、こんな風に話しをしてもらった事があった気がする。幾度と説教されたけれど、その最初の最初。
 そっか……今でなら、あの話の意味も、分かる気がする。
  
「……あ、あぁ!」
「思いだした?」
「えぇ。今の仕草で」
「ど、どういう事かしら?」
「そうでした。確か、四季様と出会ってすぐの時に、こうしてお話ししました」

 映姫様は意外、という様な顔を見せる。

「まぁ、話といっても小町は"はい"しか言っていなかったけれどね」

 口元に手をやり、クスクス、と笑みを零す。

「そ、それはそうですよ。あの時は、緊張もしてましたし……」
「ふふふ。今はどうかしら?」
「別に緊張なんてしてませんよ」
「そう。ちょっと残念」

 映姫様は冗談っぽくそう言って再び河の中程の方に視線をやる。

「……今度、休暇があったらの話、覚えてるかしら? 昨日、言いかけの」
「えぇ。倒れてしまう直前に何か言おうとしていた、あれですよね?」

 視線はそのままに、映姫様がそう切り出す。ようやくあの続きが聞ける。正直なところ、ずっと気になっていたのだ。

「そう。こんど休暇があったら、一緒に山の紅葉でも見に行かない?」
「……え?」

 丁度あたいも同じ事を考えていたんだ。びっくりしてしまう。映姫様の話が気になってしまって、逆に自分がその提案をしようとしていた事を忘れていた!
 
「嫌……かしら?」
「と、とんでもない! 驚いていたんですよ。あたいも同じ事を考えていたから」
「あら、本当に……!?」

 お互い、キツネにつままれた様な顔になる。

「えぇ。ほら、折角カメラも手に入れた事ですし、紅葉も撮りたいですし。何より四季様も撮りたいですし……」
「そ、そう? なら、決まりね。うん。……なんだ小町も、そう……」
 
 思わず余計な事を口走ってしまった、が、映姫様もそんな事を気にした様子はない。よかった……。
 依然何やら呟いている映姫様を視界の隅にしたままあたいは三途の河を縁取る彼岸花に目をやる。
 ……そろそろ、帰ろうか。なんて思った矢先に聞き覚えのある声が、歌声が聞こえてきた。

「あれ……?」
(ゆーぞら、はーれてあきかぜーふきー……あれ? お姉ちゃん。こんな所で何してるの?)

 声の先にはあの時の親子と、それと歌唄いの彼女がいた。

(奇遇ですね。本当に)
(このおねーちゃんにね、お歌教えてもらったの)

 子供さんが駆け寄ってくるのをゆっくりと追いかける様にして母親と、歌唄いの幽霊がこちらへと向かってくる。

「本当に奇遇だよ。今日は、お前さんを探していたんだ」

 近寄って来た子の視線に合う様にしゃがみ込んで話掛ける。いつの間にか、映姫様はどこかへ行ってしまった様だ。
 閻魔である以上、あまりこういう場面には立ち会えないのだろう。けれど、映姫様も、これでほっと出来るだろう。
 話を聞くには、たまたま歌唄いの彼女が歌を唄っているのに子供さんが興味を示して、それで歌を教えてあげたそうな。
 それで、また花を摘みたいと聞かない子供さんに着いて一同はここまでやってきたそうだ。
 あたいは今までしっかりと懐に忍ばせておいた二枚の写真を取り出す。
 一枚目は、おっちゃんの撮った二人の姿。もう一枚は、あたいの撮った二人の姿。

「これを、渡してあげたいと思ってな。分かるかい?」
(……これは)
(あのおじちゃんの? どうして!? すごーい!)

 親子はどういう事か、一瞬分からなかった様だけれど、すぐに合点がいった様で口々に驚きの言葉を連発していた。 

(でも、本当に奇跡みたいですね。それにしても……美しい写真)

 そうして一連の話を聞いた歌唄いの彼女がそう言う。大人びた笑顔は船に乗っていた時よりも清々しかった。
 あたいの写真は大したものじゃないけれど、おっちゃんの撮った写真は今見ても本当に素晴らしかった。

(あぁ……何と言っていいのか。感無量とは、こういう事なのかもしれないですね)
(専門的な事は分からないけれど、何か力強いものを感じるわ)
(偶然にしては、出来過ぎですね)

 母親の言葉を聞いてあたいは思う。偶然じゃないんだって。

「きっと、このカメラが、それと彼岸花があたいらを引き寄せたんだろう。この写真、おっちゃんのお墨付きなんだ。だから、どうしても二人に見せたくって」
(そうでしたか……。と、いう事はあのカメラマンさんも……)
「……そうだな。でも、これは悲しい事じゃない」

 あたいは、いつか映姫様が話してくれた事を思い出しながら、口を開く。

「――彼岸花は、彼岸は輪廻と再会の象徴。ここに来たのは、誰かとまた何処かで出会う為、だからね」




 ◇



 
「こうやって実際に来てみると本当に凄いわね」
「そうですね。ここだけずっと夕焼けみたいに染まってます」

 ここは妖怪の山の麓。あたい達みたいな山の部外者はこれ以上立ち入る事は出来ないけれど、ここでさえ息を飲む様な光景が広がっている。
 どこからか聞こえる滝の水が落ちる音は、風に吹かれて落ちる紅葉を滝の流れの様に見せる。
 秋は収穫の季節であり、静かな冬へ向かう為の賑やかな季節。それを象徴するかの様に、ここには沢山の実りがあった。
 それは物質的なものでも精神的なものでもあって、確かに見える「景」が、目に見えない「風」をここに呼び寄せる。
 人が物が、風を呼び、そうして風景が出来上がる。
 幻想郷の中でも特に人の手の及ばないここがまさしく、幻想郷の原風景なんだろう。
 丁度、そんな事を思った時。それに答えるかの様に一際強く風が吹いた。賑やかな木立を抜けて、山を駆け昇って行くかの様に。

「うわっ……」
「――わっ! 四季様!?」

 風が凪ぐ。

「……み、見ましたね? 小町」
「い、いや……。不可抗力ですよ、わわっ! そんな殺生な!」
 
 確かに見えたけれど、黒だったけれど! 悔悟の棒を振りかざして迫ってくる映姫様を及び腰で制止する。
 じりじりと滲み寄ってくる映姫様と距離を保とうと僅かに後退して行く。
 
「……って! っと、っと、うわっ!!」
 
 そのまま後ろ向きに後退していくと、木の根か何かに躓いて尻もちをついてしまった。
 映姫様に見下ろされる様にして見つめ合う。
 正確には、険しい顔で睨みつける映姫様と痛いのと焦るのとが混ざって変な冷や汗を出しているあたいが向き合っているだけだ。

「……」
「……」

 しばらくその体勢のまま固まる。

「……っぷ、ふふふ。小町、何やってるのよ」

 その妙な沈黙を破ったのは映姫様の吹き出した音だった。それを合図に、お互いの表情も、二人の間の空気も柔らかくなった。 

「ははは……いや、すいません。ホント」
「そうだ。カメラ、持っているんでしょう? 折角ですから、この景色、撮って行きましょう」
「あ、そうでした」

 いけないいけない。つい、風景に見とれてしまっていて、カメラを持って来ていた事を失念していた。 
 肩から掛けているバッグからカメラを取り出す。もう慣れたもんだ。しみじみとカメラを見つめる。
 あの、おっちゃん、今頃どうしてるのかな。
 ――ここ数日の事が克明にフラッシュバックする。今のあたいは、この前までのあたいと何処か変わっただろうか。
 少しでも、成長しただろうか。映姫様に相応しい死神になれているだろうか。
 そうだ。幻想郷の原風景の中で、ふとこんな事が頭をよぎった。

「どうしたの小町? ジーっとカメラを見つめたまま固まって」
「――映姫様は、幻想郷が好きですか?」
「これまた急ね……って映姫様、って?」

 いけない。、また映姫様って言っちゃった。……けれど、頭の中ではいつもこう読んでたし、こっちの方が自然な気もする。

「あ、すいません。ついつい……どうですか、四季様」
「……いいわよ。呼び方なんて、自由で」

 少し俯いて、間が空く。そんな間も、映姫様から目を逸らさずにいる。吸い込まれる様に視線がいく。

「――そうね。当たり前じゃない。大好きよ。この紅葉も、里の人間達も、妖怪達も、妖精達も。彼らのいる、幻想郷が好き。だから、私はヤマザナドゥでいられる」

 紅葉を見上げながらそう言う姿は、とても大きくて、心強く、優しい。
 あたいはこんな映姫様の傍にいられる事が、とても嬉しい。

「小町は、船頭死神の小野塚小町はどうなのかしら?」
「もうちろん、好きですよ。幻想郷が、この風景が、人間達が、幽霊達が、そして映姫様が、大好きです」
「え……」

 山は今も賑やかだ。どこからか歌声が聞こえて、虫の音も騒がしい。加えて心地よく吹き抜ける秋風が舞い上げる落ち葉がガサガサと音を立てる。
 勢いで言ってしまったのに、今では自分でもびっくりしていた。

「――そんな……、好きなんて、言わないで」
「……?」 
「……どんな風にしたら良いか、分からないもの」

 映姫様は照れくさそうに、俯いてしまう。

「どうしたら良いか、なんて簡単です。ささ、顔を上げて」

 あたいはゆっくりと顔を上げ様とする映姫様をファインダー越しに見つめる。
 この瞬間が、想い出の風景に、あたいと映姫様の原風景にする様に、ゆっくりとシャッターを……。

 -fin-
ここまで読んでくださってありがとうございます。色々と至らないところばっかりですので、何かありましたら指摘してもらえると嬉しいです。
読み返してみると自分でも、クサイこと書いてるなぁ、なんて思ってしまいます。
彼岸ってどんなところだろう。


☆4/19追記!
 感想や誤字の報告、ありがとうございます。
 えーきさまの台詞なんてしょっぱなのところですねorz。読み返しが足りませんでした。

 >「フリーのカメラマンさ!」であれ、ギャグか?と思っていたら

w……おっしゃる通り、イメージはトミーです。けれど、お遊的な挿入の仕方にならないように、というのは気をつけました。
でも彼、柔和そうでいて本当はカッコいい人、という風な印象を表すには丁度いいかな、なんて思います。

☆10/05/09追記!
 若干の加筆修正を行いました。
k_minorikawa
http://vivaemptiness.ushimairi.com/
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コメント



0.1200簡易評価
3.40煉獄削除
凄く良い……小町の映姫様への『溢れ出る想い』も笑いましたけど、
彼女がカメラマンや親子などの霊との会話など、
想いがギッシリと詰まっている感じを受けました。
映姫様と紅葉を見に行ったりと、束の間の休息を満喫する二人の
姿がのんびり穏やかで良いですね。
小町はこれからも二人の思い出を写真におさめていくのでしょうね。
きっと最後に撮った映姫様の表情はとても素敵な笑顔だったと思います。
想いが溢れている良いお話でした。

誤字の報告
>確かにそう思われて死しまう。
映姫様の台詞の一部分ですが『死』が余計ではないでしょうか?
5.100名前が無い程度の能力削除
「フリーのカメラマンさ!」であれ、ギャグか?と思っていたら
いやはや…いい話でした。

誤字報告
人間皆の勇士→勇姿
7.100名前が無い程度の能力削除
特に言いたい事が有る訳では無いけど
100点付けたかったで。
良い話だ。
8.100774削除
後半の展開が少し急かな?とも思いましたが、全体としてほのぼのとしていて良かったです。
読み専なので具体的な意見が書けなくて申し訳ない…
11.100名前が無い程度の能力削除
もっと評価されるべきだね
12.100名前が無い程度の能力削除
余りにも評価されてないみたいなので
13.100名前が無い程度の能力削除
面白かったでぃす!
19.100名前が無い程度の能力削除
これは もっと評価されるべきだ
24.100taku削除
話に引き込まれていて
気がついたら読み終わってました

とてもいい作品だと
思います
29.100名前が無い程度の能力削除
今更の評価ですが心にしみる素敵なお話でした。
もっと評価されるべき。
あと「柔和そうでいて本当はカッコいい人」という
トミーのイメージも自分的にしっくりきました
31.100名前が無い程度の能力削除
もっと評価されるべき。
引き込まれました。
34.100名前が無い程度の能力削除
いい感じに引き込まれました
いい作品です