博麗神社の夕暮れ時は、いつも赤白の巫女が最後のお掃除をしています。
今日も来たのは知った顔の無銭者ばかり、いつもの様に溜息一つ。
「こらこら、溜息吐くと幸せが逃げてくぞ」
ぶっきらぼうに呟いたのは小さな小さな鬼さん。
瓢箪持ってほろ酔い顔で巫女の傍に近寄ります。
「はいはい。どうせ年中暇人ですよ」
「いやいや、そこまで言ってないから」
お互い苦笑を浮かべ、夕陽を眺めながらいつものやりとり。
「お~い。そろそろ冷えるわよ」
ぶつくさ愚痴や文句を止めるのはいつも祟り神様のお役目、それを合図に二人は会話を止めて並んで神社に戻って行きます。
ここは博麗神社、夕暮れ時は幻想郷でもっとも静かな場所。
湖の畔では夕暮れ時でも楽しげな声が響きます。
「今日はどこで屋台を広げようかな」
歌の上手い小鳥さん、遊んだ後はいつもお仕事の準備に取り掛かります。
「私も手伝うよ」
そう言って笑うのは虫のお嬢さん。
「もうすぐ夏も終わりだね」
いつも優しい妖精さんが、夕陽の浮かぶ湖を見詰めます。
そこにはいつも元気な氷の妖精さんと、明るい闇の妖怪さんが笑いながら追い駆けっこをしています。
(今日も元気ね)
(ふふ、そうですね)
そんな子供達を茜と藍の境界の向こうから見詰める冬と春。
ここはなんの変哲も無い湖、けれど夕暮れ時は幻想郷でもっとも楽しい場所。
紅魔館の夕暮れ時は始まりの時間。
「こら、また居眠りしていたわね」
「あはは……ごめんなさい」
昼行燈な門番がいつもの笑顔で謝罪して、困った顔で溜息吐くのは紅魔館のメイド長さん。
そんな二人を窓から眺めているのは吸血鬼のお嬢様。
「あらあら、今日もお茶の時間が遅れそうね」
「あ! お姉様」
苦笑を浮かべるお嬢様に飛び付いたのは、お嬢様の妹様。
妹が大好きなお嬢様は、文句を言いながらも妹様に腕を掴まれたまま、今日は二人で何処に散歩に行こうか相談します。
そんな彼女達の暮らす館の地下の大図書館。
そこでは本が好きな賢者様が二人のお客を相手に雑談しています。
「今日も本を盗りに来たのかしら?」
「違うって。ちょっと借りているだけだぜ」
「ふ~ん。三ヶ月も物を返さない事が貴女にとっては『ちょっと』なのね」
嫌な笑みを浮かべるのは人形遣いのお嬢さん。
そんなお嬢さんと賢者に囲まれているのはまだまだ未熟な魔法使い。
魔法使いはバツが悪そうな表情で言い訳を並べます。
そんな三人の傍で仕事をするのは小悪魔さん。
小悪魔さんは三人の会話を聞きながら、今日も笑顔で本の整理をしています。
これから夜が来ます。
いつものんびりな門番さんは猛獣も平伏す程の気迫に満ちています。
いつも優雅なメイド長さんは、主の散歩が優雅で有意義な時間である為に、近くに潜伏して目を光らせます。
賢者さんも、お客さんが帰った後は、本が暴れないように小悪魔さんと一緒に図書館の見回りです。
紅魔館、そこは夕暮れ時、幻想郷でもっとも忙しい場所。
守矢神社の夕暮れ時は、いつも神様同士の喧嘩から始まります。
「だから! 今日は焼き魚だって!」
「昨日焼き鳥だったんだから、今日は煮魚がいい!」
夕暮れの神社の境内で、今日も晩御飯の献立でケンカです。
「またやってるの? 毎日飽きないわね」
「ホントね」
「あらあら、これはこれで楽しいわよ?」
石階段を登ってやって来たのは秋の神様である姉妹と厄神さま。
「あ、みなさん。どうもこんばんは」
手に箒を持って掃除をしていた蛇と蛙の髪飾りをつけた巫女さんが、柔らかな笑顔で今日のお客さんを迎えます。
「ほらほら、お二人とも。今日のメインはお鍋なんですから、お魚はすり身にした魚肉団子ですよ」
「え? 普通肉団子じゃない?」
「こ、小骨が刺さるよ?」
「多分大丈夫ですよ。常識に囚われてはいけません」
自信満々に胸を張る巫女さんに、神様たちはげんなりしてしまいます。
「うわぁ出たわ。守矢神社名物、常識に囚われてはいけない」
「あははは。まぁ、物は試しって言うし」
「ふふ、そうそう。何事も挑戦しないと」
今夜の夕食を共にするお客は思い思いの感想を述べ、微笑ましく三人を眺めます。
守矢神社、そこは夕暮れ時、幻想郷で一番神様の笑い声が響く場所。
地底深くの街にも夕暮れは訪れます。
「よう! 今日も来たぜ」
「はぁ~アンタといい、こいつらといい、毎回同じ時間に来ないでくれる」
「はいはい。何時もの事でしょ」
「そうそう。ここが一番見栄えがいいからな」
橋姫様の両隣に座るのは大きくて頼りになる鬼さんと、母性本能の高い土蜘蛛さん、そしてその土蜘蛛さんに抱えられた桶に入った小さなお嬢さん。
「だいたいね。最初にこの場所を見つけたのは私――」
「分かってるって。だからこうして騒ぎたいの我慢して黙ってるんだろ。ほれ、時間だぞ」
「あ」
鬼さんが盃を上げると同時に、小さくてか細い光が幾つも地面に降り注ぎます。
「いつ見ても綺麗だねぇ」
感嘆のため息を漏らすは土蜘蛛さん。小さなお嬢さんも嬉しそうに笑います。
いつの頃からか、自然に出来た小さな空洞、そして光を透き通らすほど自然に磨かれて出来た鉱物のステンドグラス。
空間に色を与える僅かな時間、その空間を、全員愛おしそうに黙って見つめます。
そんな四人とは別の場所で、小さな二人の女の子と赤毛の黒猫さん、そして白いマントが似合う地獄鳥さんが、僅かに漏れる光を浴びながら、仲良く寝っ転がっています。
地霊殿、そこは夕暮れ時、幻想郷でもっとも祝福に満ちた場所。
春には桜が綺麗な西行寺の夕暮れは、いつも縁側で迎えられます。
「今日ももうすぐお仕舞いね~」
「そうですね」
温和な主の言葉に頷くのは生真面目な庭師さん。
温和な主がからの茶碗を庭師さんに向け、今日の仕事を終えた庭師さんが淹れ立てのお茶を注ぎます。
「今日も誰もいなくなったわね~」
「そうですね」
何時もは漂う幽霊さん達も、空間が交わって境界が不安定になるこの時間だけは、飲み込まれないよう姿を消しています。
聞こえて来るのは遠くからの寂しくも愉快な楽器の音色。
「今日も平和だったわね~」
「そうですね」
自分の茶碗にもお茶を注ぎながら、庭師さんも夕陽を見つめます。
「今日の晩御飯は何かしら」
「今日は大根の煮っ転がしです」
「そう。待ち遠しいわね~」
「そうですか」
温和な主はやんわりと、庭師さんは小さく笑いながら、尚も沈む夕日を見つめます。
西行寺、そこは夕暮れ時、幻想郷でもっとも穏やかで、でもどこか物悲しい場所。
八雲家の夕暮れ時はいたって普通。
「あらあら、もう夕方じゃない」
ねぼすけさんなお母さん妖怪がゆっくりと寝床からお腹を空かせて出て来ます。
「ただいまです!」
元気いっぱいな猫又の子猫ちゃんのお帰りです。
「ほら、手を洗って、あと汚れた服も脱いで泥を落とすんだよ」
夕食の支度を忙しなくこなすのは九尾のお姉ちゃん。
今日も朝から家事に仕事に大忙しです。
「ごは~ん」
「ごっはん、ごっはん」
「はいはい。もうすぐ出来ますから」
卓袱台囲んでお母さん妖怪と子猫ちゃんが狐のお姉さんを急かします。
しかし既に卓袱台に置かれた料理には手を付けません。
みんなで『いただきます』それがこの家のルールなのです。
八雲家の夕暮れ時、それは幻想郷でもっとも家族から離れた関係でありながら、もっとも家族らしい団欒が見られる場所。
そして日が沈んだらお休み…………しないのが幻想郷です。
夜には夜の、朝には朝の時間があります。
いつかまた、機会がありましたらご紹介致しましょう。
『幻想郷名所案内本・夕暮れ編 著者 稗田阿求』
あとがきの
>最初ある部分をお婆ちゃんと書こうとしたのは内緒でお願いします。
どの部分か想像できた自分はきっと・・・
あとがきの作者の判断は正解と言わざるえない。でないといまごろ…
野暮かもしれないけど、リグルの一人称は私なんだぜ…
あ、でもあくまで虫の妖怪のお嬢さんなのか。
しまった。そうでしたね。直しておきます。
この一言に尽きるって感じでした。
後編を楽しみにしてます!!!!
非常にほんわかしたストーリーで、想像するだけで酒も進むというものです。
ありがとうございました。
幻想郷で最も……の後に続くボキャブラリーがそれぞれの場所の個性を表現していて素敵。
イワシのツミレを忘れてるきがする
ご飯3杯はいける。
鶏肉のツミレもいけるが魚さんもいける
鍋の味は醤油か味噌だな