紅い悪魔が束ねる館、その地下にある遊技場で、今日は楽しい弾幕ごっこ。
「禁忌‘レーヴァテイン‘っ」
「表象‘夢枕にご先祖総立ち‘!!」
放つは紅い悪魔の麗しき妹君、フランドール・スカーレット。
舞うは怨霊も恐れる少女の可憐な妹、古明地こいし。
「きゃーきゃへぶぅ!?」
「せ、戦略的撤退ーっ!」
避けて転ぶのは紅い悪魔、レミリア・スカーレット。
這って逃げるは怨霊も恐れる少女、古明地さとり。
――訂正。今日は激しい弾幕ごっこ。
彼女達は、無論、此処にやってきてすぐさま弾幕ごっこを始めたのではない。
レミリアとさとりは、神社で行われる宴会等で面識はあった。
フランドールとこいしは、どちらの姉も気付かぬうちに仲良くなっていた。
――地霊殿騒動以前に、こいしがふらふらと地上に出てきて紅魔館に赴いた際に知り合ったのだが、それはまた別のお話。
こいしに連れられやってきたさとり、ペットの火焔猫燐、霊烏路空は、まずフランドールへと自己紹介をした。
興味深そうに頷いていたフランドールは、レミリアの咳払いを聞き、自らも返す。レミリア自身も同じく。
暫くは、姉妹二組とペット二匹で紅茶――地霊殿組に配慮して普通のものだった――を飲みつつ語らいあっていた。
暫くは。
「ふぅん……じゃあ、さとりはこいし以外の心が読めるんだ。私のも?」
「『本当かなぁ。本当だったら凄いなぁ』……ですか」
「わ、凄い凄いわ! ね、お姉様!」
「そ、そぉね、フラン」
ぴきぴき。レミリアが笑顔で頷く。
「運命を操る……うーん、わかんない。具体的にどんな『力』なの?」
「……咲夜、彼女のカップに新しい紅茶を淹れてあげて頂戴」
「ん……――あ、今のがそう? 私が飲み干すようにって!」
「ふふ、こいし、はしゃぎ過ぎよ」
びきびき。さとりが笑顔で嗜める。
「雲いきが怪しいなぁ……」
「お燐、外が見えるの?」
「じゃなくて」
――段々と、辺りの空気が重くなっていくのを感じたのは、蚊帳の外、空と向き合って茶を飲んでいた燐だけだった。
時間の経過とともに、空気は更に重くなる。
「何処かの誰かと違って、さとりは気遣い上手ね。こいしが羨ましい」
「あら、お上手。お世辞……ではないようで。ありがとう」
「ふ、フラン! 何処かの誰かって何方!?」
「なに、何処かの誰か」
フランドールはもっぱら反抗期。
半眼でちらりとレミリアを見たさとりは、笑った。
幸いな事に、視線を送られているレミリアは眉間を指で摘んでいる為、気付かなかった。泣きそう。
そんな様子の赤い悪魔に感嘆の眼差しが贈られる。
「レミリア、格好いい……。カリスマって言うのかな? いいなぁ、フラン」
「ん。そういうつもりはなかったんだけど……悪い気はしないわね」
「こう!? こういうポーズがいいのね、こいし!?」
「お姉ちゃん、紅茶にワサビでも入っていたの?」
こいしは天然の気があった。
にまりとした笑みを浮かべ、さとりに対し勝ち誇るレミリア。
今度もまた幸いな事に、さとりは額を押さえ呻いていた為、見逃した。泣きそう。
誰にとっての幸運か。既にさじを投げている燐にとっての、である。空は二杯目の紅茶を楽しんでいた。
けれど、燐は失念している。
彼女の主が古明地さとりである事を。
怨霊も恐れ怯み、忌み嫌う少女である事を。
ゆらりと面を上げ、さとりはぽつりと呟く。
「失態を笑い、優越感に浸る……は、貴女はその程度の器ですか」
立ちあがりながらテーブルに手を叩きつけ、レミリアはさとりを睨んだ。
「なんだとこら。もう一回言ってみろ、この園児服」
同じく、さとりも立ち上がる。顔色が変わっていた。具体的に言うと怒りへと。
「い、言ってはならない事を……! そも、私は『誰か』を指定していませんよ。ご自覚がお有りなようですね」
レミリアは口を噤んだ。体は怒りに震えている。
視線だけを交わしあう。冷たい瞳と猛る瞳。一触即発。
「でも、お姉ちゃんもさっき笑っていたような」
「あー、やっぱり、あれ、そういう意味だったのかな」
「あの、おフタリとも。落ち着いてないで宥めて欲しいんですが」
「紅茶美味しいね、お燐。持ってきたサクランボとよく合うよ。よかったよかった」
先に口を開いたのは、レミリアだった。
「初めて会った時から思っていたんだが、私はお前が不愉快だ。……潰すか」
受けるさとりは、悠然と返す。
「甚だ心外ですが奇遇ですね。私もですよ。……連れて帰ってあげましょう」
テーブルを挟んで対峙するフタリ。
一瞬後、フタリの間に障害物はなくなった。
レミリアとさとりの『力』で、テーブルが砕けてしまったのだ。
紅魔館の主は拳を握る。
地霊殿の主は両手を広げる。
踏みつけるタイルは弾け、周囲の空気が破裂した。
両名動く。
直前に、各々の後ろに影が一つずつ。
それぞれの忠臣が、肩を押さえ、脇に腕を通した。
「お嬢様、今は紅茶のお時間ですわ」
「さとり様、他所様のおうちで暴れないでください!」
けれど、二名は止まらなかった。
屈んで咲夜から逃れ、レミリアは手を伸ばす。
燐の腕を払い、さとりも同じく手を伸ばす。
組み合う。
寸前、何かが割り込む。
「私の客人に何をする気、お姉様?」
「もう! 喧嘩は駄目よ、お姉ちゃん」
暴走する二名を言葉のみで止められる唯一の存在。妹二名。
レミリアとさとりは、瞬時に笑みを浮かべ、言い繕う。
「弾幕ごっこをしようとしていたのよ。ねぇ、さとりん?」
「そうそう。弾幕ごっこ。喧嘩だなんて、そんな。ねぇ、レミィ?」
うふふ。あはは。
後方に控える従者とペットは顔を見合わせ、苦笑とともに肩を竦める。
彼女達はほどほどに背が高い。故に見えなかった。
主人たちが互いに互いの足を踏みつけているのを。
ぐりぐり。
不自然な態勢の姉に半眼を叩きこみつつ、妹は頷いた。
「そう、弾幕ごっこ。面白そうね、こいし」
何故か口笛を吹く姉に笑みを送り、妹は手を打った。
「うん、面白そう。私達も混ぜてもらおう、フラン」
妹二名ははにかみ、手を繋ぐ。
姉二名は首を傾げ目を白黒させる。
従者二名は静かに、より後ろへと下がった。
「私達とお姉様たち。楽しみね」
「タッグ戦なんて初めて。楽しみだね」
びき。
言葉なく石となった姉の代わりに、妹は従者たちに出ていくよう伝える。
咲夜は一礼して瞬時に姿を消した。フラン相手ならば自らが出る幕はないと知っていたから。
燐は空の手を引き、そそくさとその場を後にした。その表情は、『うん、無理』と朗らかに謳っている。
この後、ペット二匹は博麗神社へと向かい不在に喚き、魔法使いの家に行き居留守を使われるのだが、それはまた別のお話。
兎にも角にも。笑顔の妹たちと対照的に、姉たちは未だ動かない。二名とも。
そして、冒頭へと至る。
遊技場に点在する遮蔽物に身を隠すレミリアとさとり。
掴んでいた手を離し、さとりは荒くなった息を整える。
同時に、意識を集中させて上方へと視線を向けた。
彼女には、こいしはともかく、フランドールの心は読める。
「……暫くは大丈夫そうね」
此方の位置を相手は確認できていない。
迂闊には動けないと、心で考えていた。
故に、さとりは胸に手を当て、安堵の息を零す。
すると、嘲笑が向けられた。
「『あの程度で息を乱すとは情けない』……ですか」
傍らのレミリアに視線を移す。呆れながら。
「言葉すら喋れない貴女に言われたくはないですね」
「しょ、うが、ないだろう。わ、たしは、おま、えと――」
「話さなくて結構ですよ。読めますから。……確かに、貴女は動き回っていましたものね」
フランドールの‘レーヴァテイン‘をかわすには、左右に体を動かし続けるしかない。
初見殺しの尋常ならざる追撃の速さも理解していたので、端から高速で動いた。
故に、避け切った今、息が少しばかり乱れるのは仕方なし。
そう、レミリアは思っていた。
「アレ、途中で後方に回れば大分楽によけれますよ」
首が向けられる。
目は見開かれていた。
どうやら、知らなかったようだ。
肩を竦め、さとりは続ける。
「フランさんのイメージに、そうやって避けてる方がいたんですよ。
有り体に言うと、白黒魔法使い、魔理沙さんですが。
伝えた方がよか……!?」
首を向ける。
口は大きく開かれていた。
レミリアが気付いた事をさとりも知らなかったのだ。
‘夢枕にご先祖総立ち‘の、穴の様な一画を。ちょこまかとした動きは必要なかったのだ。
呆然とする二名。
どうにか頭を振り、気持ちを落ち着かせる。
呆けたままで勝てるほど、甘い相手でないのは確実だ。
大きく息を吸い込み、吐きだす。そして、立ちあがる。
「ふん。そうとわかれば後れはとらん」
「強かな戦いぶりを見せてあげるわ」
言葉は対戦者に向けてであり、パートナーに対するものではない。
彼女達は、妙に重なる行動に顰め面を浮かべていた。
数秒後。
「禁弾‘スターボウブレイク‘!」
「表象‘弾幕パラノイア‘っ!」
同じスペルを使う訳がない。フランドールに至ってはいつもの順番でもなかった。
「ですよねーうおぉぉぉぉ、かするかする!?」
「ぺたんこだから助かりましへぶぅ!?」
「いいから避けろ馬鹿!」
文字通り足を引っ張られ、さとりは辛くも弾幕の檻から抜け出せた。
態勢を崩したままでの撃ち合いは相手の思うつぼ。
故に、さとりは目暗ましにと大きな丸弾を数個放つ。
同時、相手へと向けられる同種の弾幕。数は遥かに多かった。
レミリアもまた、牽制を行っていた。
「り、量より質! わかりますか!?」
「同程度に見えるが。いいから退くぞ!」
「言われなくてもスタコラサッサですよ!」
SATORI-DAN道-。
どうでもいい事を考えつつ、遮蔽物へと転がり込む。
隠れる事が出来るほどの建物・器物は、後二つ。
悠長にはしていられないと、思った。
さとりは意識を集中させ、心の動きを読んだ。
妖力が高まっていた為、普段よりも正確に早く伝わってくる。
傍らの吸血鬼の声はノイズとして、端から気にしない。
(何処に……? 何処に隠れたの?)
(めぇ、りん。もう、限界なの……)
(全方向射出……は駄目ね)
ノイズが走った。
「む?」
更に意識を集中させる。
より正確に、より早く聞くために。
そして、より遠くの声に対応するために。
『駄目ですよ、咲夜さん。我慢した方が、ね』
『めいりんのぉ、いじ、わるぅ……』
『可愛らしいお声。ふふ』
さとり、心からのガッツポーズ。
「焦らしプレイ、っしゃぁぁぁ!」
声まで出た。
因みに、咲夜と美鈴は食事中であり、前者はお預けを命じられているだけである。注釈。
「――そこぉ!」
「馬鹿ぁぁぁ!?」
奇声を聞き逃す妹二名ではない。
すぐさま放たれる弾幕は遮蔽物を破壊し、姉二名の姿は丸見えとなる。
腕を掴まれ引きずられるさとりは、それでも悔いはないと瞳で語っていた。
残されている遮蔽物の一方に潜り込み、一息を吐く。
――前に、さとりはレミリアに視線を向ける。
「流石ですよ、桃魔館!」
サムズアップ。
「ウチは紅魔館だ馬鹿者!」
「えー……でもですね、耳を澄ませば、聞こえてきますよ?」
「それはお前だけだ。……確かに、私も集中させればある程度の声は拾えるが」
言いつつ、拾ってみた。レミリアも年頃であり、なんとなく『プレイ』の単語に興味を引かれたのだ。
『うふふ、パチュリー様、こんなに赤く……汁も滴っておりますわ』
『そうね。いいから、早く口に入れなさい。はしたない』
『言われるまでもなく……うふ、うふふ』
レミリアはさとりに視線を向けた。
「ただの三時のおやつじゃないか」
「ですねぇ。お好みのようで何よりです」
二名は互いに頷いた。
『ち、ちょっと、パチェリー様! 注釈、注釈がありませんよっ!』
『頂いたさくらんぼ、美味しいわね。……誰がパチェリーよ?』
『くっそぅ、こうなったらほんとに美味しうっきゃー!?』
二名の耳に爆音が響く。
ほどほどに遠くから。
極近くから。
「みーつけたっ」
「ふふ、こいし、やるじゃないっきゃー!?」
「鼻を伸ばしてないで避けてくださいな、このヘタリア!」
肩を思いきり掴み、かわしながら低空飛行。
「痛い痛い痛い!?」
「我慢する! 男の子!」
「ついてないわよっ!?」
避ける、かわす、弾く、散らす。
「ちぃ、防戦一方は性に合わん!」
「うって出る!」
言葉と共に、レミリアはこいしへと、さとりはフランドールへと向かう。
妹二名に向き合う姉二名は、げんなりとした顔をしていた。
「真似するなっ!」
重なる声に、更に顔を顰める。
構わず、妹二名は新たなスペルカードを宣言した。
「禁忌‘フォーオブアカインド‘!」
「本能‘イドの解放‘っ!!」
現れる、悪魔の妹が新たに三つ。
現れる、閉じた恋の瞳の心の形。
「ヨニンのフランさん! 誰から頂きましょう!!」
「こいしのハート! たーべちゃーうぞー!!」
直後、姉二名は激突する。
「っざけないで! こいしのハートは全て私のもの!」
「お前が先にフランに色目使ったんだろうがコラ!」
「あぁ!? 思ったのは同時だったわよ!」
レミリアから繰り出される右拳。
さとりは左手で弾き右足を蹴り出す。
紅い悪魔は左手で掴みそのままフルスイング。
体を折り曲げ怨霊も恐れる少女は抜け出しざま脳天に手とうを放つ。
当たる直前でかわし肩と首で抑え込み紅魔館の主は掌をがら空きの腹へと叩きこむ。
インパクトの寸前にアクセサリーを移動させ鈍い音を耳にし、にたりと笑う地霊殿の主。
限界バトル。
凄惨な笑みを浮かべあう二名。
彼女達の次の動きは、弾幕の発射だった。
両手を横に広げ、出鱈目に威力の弱い弾幕をはじき出す。
同時に、肩を掴み急降下。
――刹那の後。二名がいた地点に、黄と緑の丸弾、赤と紫の心弾が空を切った。
もうもうと立ち込める埃の中、さとりとレミリアは最後の遮蔽物へと回る。
この時点で、もう気付いていた。
いがみ合っていてはどうにもならない事を。
そして、互いにとって認めがたい、もう一つの事実を。
先に口を開いたのは、紅魔館の主。
「妹は、強いな」
受ける地霊殿の主は、澄まして返した。
「当たり前でしょう。あの子は、貴女の妹ですよ」
紅い悪魔は首を横に振る。
「否。フランだけじゃない。こいしもだ」
怨霊も恐れ怯む少女は、一瞬、言葉に詰まった。
「……あの子は、強くなったんですよ。なんとなく、以前よりも開きかけている気がする」
あ、と言葉を追加する。
その前に、継ぎ足された。
「『第三の目』が、か?」
「……貴女も嫌われ者の能力が身に着いたみたいですね」
「『覚ったレミリア』ねぇ。笑われそうだな。それもまた一興か」
くく、と自ら小さく笑う。
「……私は、お前が不愉快だ、と言った」
「構いませんよ。この能力のお陰で、慣れていますから」
「ふん。凡百と一緒にするな。私はお前のその『力』を知る前から、不愉快だった」
より悪いんじゃなかろうか。
苦笑しつつ、顔を向ける。
視線と視線が交わった。
赤い瞳が美しい。
「……褒めても何も出ませんよ?」
「確かに不愉快だな、それ」
「弾幕を出しましょうか」
拳を振り上げる。向き合う相手もまた、同時。そして、顔を顰める。
「同属嫌悪」
「行動の一致は偶々だと思いますがね」
「そう願いたいね。全くもって不愉快だ」
「そもそも、私達は容姿も性格も違うと思う――」
「煩いな。解っているだろう? 解っていないなら、有難い」
「嫌でも聞こえてくるんですよ。ですが、よくまぁ貴女が認めましたね」
ふん、とレミリアは鼻を鳴らした。
はん、とさとりは肩を竦めた。
互いに口を開き、罵る。
「さとり――」
「レミリアさん――」
「――この、シスコン!」
その一点。
その一点だけで、彼女達の言動は重なる。
その一点ゆえに、彼女達は互いに認め合う。
「レミリアで構わん」
「嬉しくもないわ、レミィ」
「ぶちのめすぞ、さとりん」
振りあげていた拳を、ぶつけあう。
軽い音が響く。
直後、重い音が響く。
最後の遮蔽物が、壊された。
見下ろしてくる妹二名に、姉二名は口を揃えて、言った。
「姉より優れた妹は、いない」
同時、放たれる弾幕を避けつつ、再び、レミリアはこいしへと、さとりはフランドールへと、向かった――。
「こいし。お前の行動は誰にも予測できないそうだな」
「そうよ、レミリア。それが私の『力』」
「その程度、私にもできるぞ」
言葉に、こいしは首を傾げた。
彼女の能力は、心を閉ざした事により生じたものだ。
前提条件として、『さとり』の能力がいる。
レミリアにそんな『力』はない。
こいしが考えをまとめるより先に、レミリアが動く。
「神罰‘幼きデーモンロード‘っ!」
無数の赤い弾丸が生じる――直前。
「キャンセル!」
スペルカードは破り捨てられた。
「……ふぇ?」
「獄符‘千本の針の山‘! キャンセル!」
「え、え、レミリア、なに、何をしているの!?」
「ふはは、わかるまい! 私が何をしているか! どうだ、予測できまい!?」
「で、できないわ! どうして!? 何故、そんな無駄な事をしているの!?」
‘虹色の幻想郷‘までをキャンセルした所で、レミリアは胸を張り、応える。
「意味なんて、ない!」
「……で、残るスペカは?」
彼方のさとりから突っ込みが飛んできた。満面の笑みを向け返すレミリア。
「後一枚! 槍だけ、しまった、やり過ぎたぁぁぁ!?」
「技名言う必要ないでしょう、このバカリア!」
「ば、馬鹿とはなんだ、馬鹿とは!」
「やーい、ばーか、ばーか!」
「うー!? ――っと」
横合いから飛来する弾幕を、造作なくかわす。
向きを戻すと、むっとした表情の妹たちが視界に入った。
だから、レミリアは、笑った。
「ふん。まぁ、一枚あれば十分だ」
更に表情が険しくなる。
心を読めないレミリアにも、相手の感情は読めた。
再三の逃避、その上での挑発。呼び起したのは、怒り。
もうひと押しか――レミリアは、跳躍する。
後方へ。
「な、また逃げる! いい加減に――!」
妖力が集まる。
赤い力と青い力。
こいしを中心に、空間が悲鳴を上げる。
「読めるぞ! お前は次にラストスぺルを放つ! こいし! お前の姉より私はお前が解るぞ!」
「な……! お、お姉ちゃんだってそれ位……うぅ、やーめた! やっぱり撃たない!」
「ほう。なら、素直に後退させてもらおう」
「あぁぁぁ、ずるい!」
「何とでも言え!」
頬をふくらませ、こいしはスペルカードを切り替える。
逃げるならば、その分、追えばいい。
既に身を隠す物もない。
宣言したスペルカードは、己が身さえも弾丸とするもの。
「深層‘無意識の遺伝子‘!!」
弾幕を放ちつつ近づいてくるこいしに、レミリアはやはり、笑いながら、言った。
「ソレをどうにかするのは、私じゃないな」
丸弾を避け、舞い上がる埃に姿を眩ませる。妖力さえも抑えられていた。
炙りだすのも時間の問題だとこいしは思い、フランドールの妖力にだけ気をつけ、レミリアを追った――。
パートナーへの暴言を吐き終えたさとりは、自身の前方の相手に向き合う。
額を抑えるフランドールは、けれど、さとりに対しては余裕の表情を返した。
「……撃ってこないんですか?」
「だって、こいしはお姉様のスペルを、まぁあんな形だけど、破ったんだもの」
「私にも撃て、と。随分と自信がお有りなようで。……なるほど、こいしに私のスペルを聞いているんですね」
あれだけ自分達がばたばたしていたのだから、さもありなん。
さとりは頷きながら、真っ白なスペルカードを取り出した。
「けれど、私のスペルは変幻自在。対処のしようなんてありませんよ」
フランドールの表情は変わらない。
白いスペルカードに、絵が浮かび上がる。
相手の眠る恐怖の記憶が刻まれる。
赤と白の球が、カードに描かれた。
さとりは宣言し、放つ。
「想起‘夢想封印‘!」
輝く幾つもの巨大な球が、フランドールへと向かう。
弾けるその瞬間で跳躍。
インパクトのタイミングを見計らい、悪魔の妹は空を縦横無尽に駆けた。
「さとり! あんたは勘違いしている! あんたのスペルは変幻自在なんかじゃない!」
当たらないと見切りをつけ、さとりは二枚目のカードを取り出す。
白いカードに浮かぶのは、極彩色の太い線。
フランドールが思い描いた弾幕の記憶。
宣言し、カードが弾ける。
「想起‘マスタースパーク‘っ!」
宣言者を中心に、暴力的な光は広がる。
直撃の寸前、フランドールは斜め前方に加速した。
光の渦は虚しく、ひたすら空だけを押しつぶす。
成果は埃を舞い上げただけ。当たらない。
故に、フランドールは、高らかに言い放った。
「相手の知るスペルしか放てない! 相手の想うスペルしか使えない!
凡百ならともかく、私に一度見たスペルは通じない!
それに、実際によけて解ったわ!」
だから、フランドールは己がスペルカードを取り出しつつ、想った。
自身が知る、最も避けやすいスペルを。
一条の赤い線を描く、姉のカードを。
さとりの持つ、最後の白いカードが姿を変えた。
「――あんたの放つスペルはまがいもの! オリジナルよりも弱い!」
フランドールのスペルカードが、弾けた。
「迷い込め! 禁忌‘恋の迷路‘っ!!」
絶対的な勝利の笑みを浮かべるフランドール。
そんな彼女の宣言を聞き、さとりは少し後方に下がりつつ苦笑した。
素晴らしい能力だ。妖力も知恵も、今は無意識の内に散らされている『力』も。
けれど、フランドールは実戦不足。駆け引きを知らない。
「其処に迷い込むのは、そして、解くのは、私ではないわ」
想いつつ、自身もカードを、弾けさせた。
――必殺‘ハートブレイク‘っ!!
フランドールは、迫る赤い槍を睨みつけ、叫ぶ。
「レプリカじゃ私は倒せない! お姉様の槍は、大きく速く強く、そう、こんな――!?」
「その通りだ、フランドール。私の槍は、大きく速く強く、そう、今、お前を貫く、そんな槍だ」
ずん。
「お前の言う通り、お前を倒すのはレプリカではない。フランドール・スカーレットの姉、レミリア・スカーレットだ」
貫かれた痛みよりも、驚きの表情で、フランドールは地に墜ちていく。
フランドールの妖力にだけ気を付けていたこいしが、叫びと共に後を追う。
「――!? フラン! フラーンっ!!」
「そう。今の貴女なら、きっと、駆けだすと思ったわ」
「え……? お姉ちゃん……え、あれ、この、線は……!?」
薄く淡い赤い線が、こいしを貫いている。
「レミリアの声で聞こえなかったのね。でも、そう、ふふ、きっと貴女の思っている通り、それは――」
線は、濃く、ただ濃くなり、力を現す。
――想起‘テリブルスーヴニール‘。
ず……。
「貴女が言い淀んだ通り、私は貴女の心だけは読めない。
でも、表情で、感情で、解る。だって、私は古明地こいしの姉、古明地さとりなんですもの」
優しく柔らかい声を耳に入れつつ、こいしはフランドールと同じく、墜ちた――。
「フラーン!」
「こいしー!」
一拍後、墜ちた妹二名に駆け寄る姉二名。
「今は来るな!」
「ちょっと待ってて!」
弾き返される。
弾幕も放たれているが、それよりも言葉の方が効果覿面。
しくしくめそめそと、レミリアとさとりは膝を抱えて埃が落ちた床にのの字を描いた。
互いの背にもたれながら、妹二名は交互に口を開く。
「ずるい、ずるいわ! 埃に紛れて入れ替わっていたのね!」
「そっか。途中何度も埃を舞わせていたのは、疑われないようにだったんだ」
「それだけじゃない! ねぇ、こいし! さとり、本当はオリジナルと同じ弾幕を撃てるんじゃないの!?」
「フランー、私、それはちゃんと事前に言ってたよぅ?」
「そうよ! でも、あぁ騙された! 私を油断させる為に敢えて弱くしていたのね!」
「……そう思うと、レミリアのあの無駄なカードキャンセルも、貴女に槍を意識させやすいように、だったのかしら」
「それは買い被り過ぎだと思う!」
きっぱりと言い放つフランドールに、こいしはくすくすと笑う。
そして、互いに思い出し、体を向かい合わせる。
言葉なく、手を伸ばし、腹に触れる。
「貫かれた傷跡がないわ」
「こいしもね。もーあったまくる!」
「妖力を同調させて、傷がつかないようにしていたのね」
「しかも! あいつってば、下位スペルを私に撃ったのよ!?」
「お姉ちゃんも同じ。そんなに余裕を持たれてたんだから、勝てない訳よね」
こいしの言葉に、むっとした顔をしてフランドールは返す。
「……そう言う割には、なんで嬉しそうなのよ」
「嬉しいよ? 格好いいお姉ちゃんが見れたもん」
「さ、さとりだけじゃないわ! お姉様だって――!」
にまりとするこいし。
慌てて両手で口を塞ぐフランドール。
時、既に遅し。
「お姉様だって、何かなー?」
「な、なんでもないわよ! 笑うな!」
「ふーん? ま、いいわ。お姉ちゃん、素敵だったなー」
「お姉様だって、素敵で綺麗で凛々しくて――何言わせるのよ!」
「言ってない、私、其処まで言ってない! あぁ、でも、それも追加しよっと」
にまにま。ひくひく。
「こ、こいしー!」
「やん、こわーい」
わーわーきゃーきゃーもみもみくちゃくちゃ。
絡みつき合いながら、閉じた恋の瞳は語りかける。
「フラン。フランドール。……何故かしら。私は、貴女を初めて見た時から、何処か惹かれていたわ」
悪魔の妹は、未だ半眼で、応えた。
「簡単よ、こいし。今なら解るわ。貴女と私は、二つ一緒で、一つが大きく違う」
古明地さとりの妹は小首を傾げる。
「そうなのかしら? もっと共通点はあると思うわ」
「煩い。――私は、閉じ込められている。だけど、心は自由よ」
「おーべいべー! 貴女の心はオープン24時間! あ、ごめん、ほんと、ごめん!」
レミリア・スカーレットの妹は、相手の両肩を掴み、割と力を込めた。限界バトル。
「私は、自由に外を駆けまわれる。だけど、心は閉ざしてしまった」
「そう。互いに正反対。それゆえ、惹かれあうのよ」
「自発的にか強制的にか痛い痛い痛い!」
「へ・ら・ず・ぐ・ち・を、叩くなぁーっ!」
「痛いってば! もう、こんなに痛いんだから、もう一つ、叩かせてもらうわ!」
肩に手を回す。
呼応するように続く。
「お姉ちゃん達、強いね」
「ええ、お姉様達、強いわ」
少女二名は、互いの細い肩を抱き合い、囁き合った。
「ねぇ。私達は、何がどう一緒なのかしら?」
「決まっているわ。互いに姉がいる事よ」
「私達を、何よりも想ってくれる姉が、だよね」
「解ってるなら言わせるな。度が過ぎるけど」
「ふふ、私に心は読めないわよ? あぁ、だけど」
「表情でわかる――かしら。きっと、貴女と同じ表情をしているのね」
「ええ、そうよ。ずっと、そう。嬉しそうな顔をしているわ」
額を合わせる。
「ねぇ、フラン。私達の同じ所、あと一つはなぁに?」
「決まっているわ、こいし。解っているでしょう?」
妹二名は、笑顔で罵り合った。
「――この、シスコン!」
笑いを収めた後、フランドールとこいしは立ち上がり――首を傾げる。
姉二名が固まっている為だ。
更に不可解な事に、さとりのみならず、レミリアまでもが悟った様な表情をしていた。
喜怒哀楽の全てを含んでいるような、或いは全てを放棄したような顔に、訝しげな視線を送る。
妹には解らなかったが、要は姉はピチュってた。
フランドールが二名に声をかける。
直前、こいしに腕を引かれ、口を噤む。
顔を寄せ囁かれる提案に、了承の意を返した。
妹二名は、姉二名の前へと進む。
そして、呼びかけた。
「レミリアお姉ちゃん」
「さとりお姉様」
「こいし愛してるー!」
「フラン大好きよー!」
妹の名を叫びながら、抱きつく。
さとりはフランドールに。
レミリアはこいしに。
「……あれ?」
埃が舞い上げられた。
「――っと、レミリア! こいしから離れなさいよ!」
「んだと、さとり! さっさとフランから手を離せっ!」
「嫌よ嫌! だって、フランさんもこんっなに可愛いんですもの!?」
「あぁぁ、頬ずりなんて! ちっくしょう、私だってちゅーしてやるちゅー!」
「貴女、ちょ、本気ね、やめ、あー!? こいしのほっぺによくも! おでこにベーゼでちゅー!」
罵り合う姉二名。
反して、妹二名は笑顔で頷き合った。
その両手には、莫大な妖力が溢れている。
「ごめんね、こいし。お姉様を撃つには、貴女のお姉ちゃんを巻き込むしかないの」
「うぅん、気にしないで、フラン。私も、お姉ちゃんを撃つために貴女のお姉様を貫いてしまうもの」
――姉より優れた妹はいない。
「え、フラン、それはどういう意味カシラ!? 大好きよー!」
「こ、こいし、落ち着いて! 貴女への愛は微塵も揺るいでいな、愛してるー!」
――けれど、妹に勝てる姉も、いなかった。
「だったら、離れなさーい!」
――少なくとも、この場には。
「QED‘495年の波紋‘!」
「‘サブタレイニアンローズ‘っ!」
悲鳴の代わりに、ピチューンピチューン、ピチューンピチューン、と音がする。
是で、レミリアとさとりは三つのライフを失った。
だから、つまり――。
――レミさと、こいフラでタッグを組んだ限界バトルは、後者、妹二名の勝利で終わりを告げた。
<了>
「禁忌‘レーヴァテイン‘っ」
「表象‘夢枕にご先祖総立ち‘!!」
放つは紅い悪魔の麗しき妹君、フランドール・スカーレット。
舞うは怨霊も恐れる少女の可憐な妹、古明地こいし。
「きゃーきゃへぶぅ!?」
「せ、戦略的撤退ーっ!」
避けて転ぶのは紅い悪魔、レミリア・スカーレット。
這って逃げるは怨霊も恐れる少女、古明地さとり。
――訂正。今日は激しい弾幕ごっこ。
彼女達は、無論、此処にやってきてすぐさま弾幕ごっこを始めたのではない。
レミリアとさとりは、神社で行われる宴会等で面識はあった。
フランドールとこいしは、どちらの姉も気付かぬうちに仲良くなっていた。
――地霊殿騒動以前に、こいしがふらふらと地上に出てきて紅魔館に赴いた際に知り合ったのだが、それはまた別のお話。
こいしに連れられやってきたさとり、ペットの火焔猫燐、霊烏路空は、まずフランドールへと自己紹介をした。
興味深そうに頷いていたフランドールは、レミリアの咳払いを聞き、自らも返す。レミリア自身も同じく。
暫くは、姉妹二組とペット二匹で紅茶――地霊殿組に配慮して普通のものだった――を飲みつつ語らいあっていた。
暫くは。
「ふぅん……じゃあ、さとりはこいし以外の心が読めるんだ。私のも?」
「『本当かなぁ。本当だったら凄いなぁ』……ですか」
「わ、凄い凄いわ! ね、お姉様!」
「そ、そぉね、フラン」
ぴきぴき。レミリアが笑顔で頷く。
「運命を操る……うーん、わかんない。具体的にどんな『力』なの?」
「……咲夜、彼女のカップに新しい紅茶を淹れてあげて頂戴」
「ん……――あ、今のがそう? 私が飲み干すようにって!」
「ふふ、こいし、はしゃぎ過ぎよ」
びきびき。さとりが笑顔で嗜める。
「雲いきが怪しいなぁ……」
「お燐、外が見えるの?」
「じゃなくて」
――段々と、辺りの空気が重くなっていくのを感じたのは、蚊帳の外、空と向き合って茶を飲んでいた燐だけだった。
時間の経過とともに、空気は更に重くなる。
「何処かの誰かと違って、さとりは気遣い上手ね。こいしが羨ましい」
「あら、お上手。お世辞……ではないようで。ありがとう」
「ふ、フラン! 何処かの誰かって何方!?」
「なに、何処かの誰か」
フランドールはもっぱら反抗期。
半眼でちらりとレミリアを見たさとりは、笑った。
幸いな事に、視線を送られているレミリアは眉間を指で摘んでいる為、気付かなかった。泣きそう。
そんな様子の赤い悪魔に感嘆の眼差しが贈られる。
「レミリア、格好いい……。カリスマって言うのかな? いいなぁ、フラン」
「ん。そういうつもりはなかったんだけど……悪い気はしないわね」
「こう!? こういうポーズがいいのね、こいし!?」
「お姉ちゃん、紅茶にワサビでも入っていたの?」
こいしは天然の気があった。
にまりとした笑みを浮かべ、さとりに対し勝ち誇るレミリア。
今度もまた幸いな事に、さとりは額を押さえ呻いていた為、見逃した。泣きそう。
誰にとっての幸運か。既にさじを投げている燐にとっての、である。空は二杯目の紅茶を楽しんでいた。
けれど、燐は失念している。
彼女の主が古明地さとりである事を。
怨霊も恐れ怯み、忌み嫌う少女である事を。
ゆらりと面を上げ、さとりはぽつりと呟く。
「失態を笑い、優越感に浸る……は、貴女はその程度の器ですか」
立ちあがりながらテーブルに手を叩きつけ、レミリアはさとりを睨んだ。
「なんだとこら。もう一回言ってみろ、この園児服」
同じく、さとりも立ち上がる。顔色が変わっていた。具体的に言うと怒りへと。
「い、言ってはならない事を……! そも、私は『誰か』を指定していませんよ。ご自覚がお有りなようですね」
レミリアは口を噤んだ。体は怒りに震えている。
視線だけを交わしあう。冷たい瞳と猛る瞳。一触即発。
「でも、お姉ちゃんもさっき笑っていたような」
「あー、やっぱり、あれ、そういう意味だったのかな」
「あの、おフタリとも。落ち着いてないで宥めて欲しいんですが」
「紅茶美味しいね、お燐。持ってきたサクランボとよく合うよ。よかったよかった」
先に口を開いたのは、レミリアだった。
「初めて会った時から思っていたんだが、私はお前が不愉快だ。……潰すか」
受けるさとりは、悠然と返す。
「甚だ心外ですが奇遇ですね。私もですよ。……連れて帰ってあげましょう」
テーブルを挟んで対峙するフタリ。
一瞬後、フタリの間に障害物はなくなった。
レミリアとさとりの『力』で、テーブルが砕けてしまったのだ。
紅魔館の主は拳を握る。
地霊殿の主は両手を広げる。
踏みつけるタイルは弾け、周囲の空気が破裂した。
両名動く。
直前に、各々の後ろに影が一つずつ。
それぞれの忠臣が、肩を押さえ、脇に腕を通した。
「お嬢様、今は紅茶のお時間ですわ」
「さとり様、他所様のおうちで暴れないでください!」
けれど、二名は止まらなかった。
屈んで咲夜から逃れ、レミリアは手を伸ばす。
燐の腕を払い、さとりも同じく手を伸ばす。
組み合う。
寸前、何かが割り込む。
「私の客人に何をする気、お姉様?」
「もう! 喧嘩は駄目よ、お姉ちゃん」
暴走する二名を言葉のみで止められる唯一の存在。妹二名。
レミリアとさとりは、瞬時に笑みを浮かべ、言い繕う。
「弾幕ごっこをしようとしていたのよ。ねぇ、さとりん?」
「そうそう。弾幕ごっこ。喧嘩だなんて、そんな。ねぇ、レミィ?」
うふふ。あはは。
後方に控える従者とペットは顔を見合わせ、苦笑とともに肩を竦める。
彼女達はほどほどに背が高い。故に見えなかった。
主人たちが互いに互いの足を踏みつけているのを。
ぐりぐり。
不自然な態勢の姉に半眼を叩きこみつつ、妹は頷いた。
「そう、弾幕ごっこ。面白そうね、こいし」
何故か口笛を吹く姉に笑みを送り、妹は手を打った。
「うん、面白そう。私達も混ぜてもらおう、フラン」
妹二名ははにかみ、手を繋ぐ。
姉二名は首を傾げ目を白黒させる。
従者二名は静かに、より後ろへと下がった。
「私達とお姉様たち。楽しみね」
「タッグ戦なんて初めて。楽しみだね」
びき。
言葉なく石となった姉の代わりに、妹は従者たちに出ていくよう伝える。
咲夜は一礼して瞬時に姿を消した。フラン相手ならば自らが出る幕はないと知っていたから。
燐は空の手を引き、そそくさとその場を後にした。その表情は、『うん、無理』と朗らかに謳っている。
この後、ペット二匹は博麗神社へと向かい不在に喚き、魔法使いの家に行き居留守を使われるのだが、それはまた別のお話。
兎にも角にも。笑顔の妹たちと対照的に、姉たちは未だ動かない。二名とも。
そして、冒頭へと至る。
遊技場に点在する遮蔽物に身を隠すレミリアとさとり。
掴んでいた手を離し、さとりは荒くなった息を整える。
同時に、意識を集中させて上方へと視線を向けた。
彼女には、こいしはともかく、フランドールの心は読める。
「……暫くは大丈夫そうね」
此方の位置を相手は確認できていない。
迂闊には動けないと、心で考えていた。
故に、さとりは胸に手を当て、安堵の息を零す。
すると、嘲笑が向けられた。
「『あの程度で息を乱すとは情けない』……ですか」
傍らのレミリアに視線を移す。呆れながら。
「言葉すら喋れない貴女に言われたくはないですね」
「しょ、うが、ないだろう。わ、たしは、おま、えと――」
「話さなくて結構ですよ。読めますから。……確かに、貴女は動き回っていましたものね」
フランドールの‘レーヴァテイン‘をかわすには、左右に体を動かし続けるしかない。
初見殺しの尋常ならざる追撃の速さも理解していたので、端から高速で動いた。
故に、避け切った今、息が少しばかり乱れるのは仕方なし。
そう、レミリアは思っていた。
「アレ、途中で後方に回れば大分楽によけれますよ」
首が向けられる。
目は見開かれていた。
どうやら、知らなかったようだ。
肩を竦め、さとりは続ける。
「フランさんのイメージに、そうやって避けてる方がいたんですよ。
有り体に言うと、白黒魔法使い、魔理沙さんですが。
伝えた方がよか……!?」
首を向ける。
口は大きく開かれていた。
レミリアが気付いた事をさとりも知らなかったのだ。
‘夢枕にご先祖総立ち‘の、穴の様な一画を。ちょこまかとした動きは必要なかったのだ。
呆然とする二名。
どうにか頭を振り、気持ちを落ち着かせる。
呆けたままで勝てるほど、甘い相手でないのは確実だ。
大きく息を吸い込み、吐きだす。そして、立ちあがる。
「ふん。そうとわかれば後れはとらん」
「強かな戦いぶりを見せてあげるわ」
言葉は対戦者に向けてであり、パートナーに対するものではない。
彼女達は、妙に重なる行動に顰め面を浮かべていた。
数秒後。
「禁弾‘スターボウブレイク‘!」
「表象‘弾幕パラノイア‘っ!」
同じスペルを使う訳がない。フランドールに至ってはいつもの順番でもなかった。
「ですよねーうおぉぉぉぉ、かするかする!?」
「ぺたんこだから助かりましへぶぅ!?」
「いいから避けろ馬鹿!」
文字通り足を引っ張られ、さとりは辛くも弾幕の檻から抜け出せた。
態勢を崩したままでの撃ち合いは相手の思うつぼ。
故に、さとりは目暗ましにと大きな丸弾を数個放つ。
同時、相手へと向けられる同種の弾幕。数は遥かに多かった。
レミリアもまた、牽制を行っていた。
「り、量より質! わかりますか!?」
「同程度に見えるが。いいから退くぞ!」
「言われなくてもスタコラサッサですよ!」
SATORI-DAN道-。
どうでもいい事を考えつつ、遮蔽物へと転がり込む。
隠れる事が出来るほどの建物・器物は、後二つ。
悠長にはしていられないと、思った。
さとりは意識を集中させ、心の動きを読んだ。
妖力が高まっていた為、普段よりも正確に早く伝わってくる。
傍らの吸血鬼の声はノイズとして、端から気にしない。
(何処に……? 何処に隠れたの?)
(めぇ、りん。もう、限界なの……)
(全方向射出……は駄目ね)
ノイズが走った。
「む?」
更に意識を集中させる。
より正確に、より早く聞くために。
そして、より遠くの声に対応するために。
『駄目ですよ、咲夜さん。我慢した方が、ね』
『めいりんのぉ、いじ、わるぅ……』
『可愛らしいお声。ふふ』
さとり、心からのガッツポーズ。
「焦らしプレイ、っしゃぁぁぁ!」
声まで出た。
因みに、咲夜と美鈴は食事中であり、前者はお預けを命じられているだけである。注釈。
「――そこぉ!」
「馬鹿ぁぁぁ!?」
奇声を聞き逃す妹二名ではない。
すぐさま放たれる弾幕は遮蔽物を破壊し、姉二名の姿は丸見えとなる。
腕を掴まれ引きずられるさとりは、それでも悔いはないと瞳で語っていた。
残されている遮蔽物の一方に潜り込み、一息を吐く。
――前に、さとりはレミリアに視線を向ける。
「流石ですよ、桃魔館!」
サムズアップ。
「ウチは紅魔館だ馬鹿者!」
「えー……でもですね、耳を澄ませば、聞こえてきますよ?」
「それはお前だけだ。……確かに、私も集中させればある程度の声は拾えるが」
言いつつ、拾ってみた。レミリアも年頃であり、なんとなく『プレイ』の単語に興味を引かれたのだ。
『うふふ、パチュリー様、こんなに赤く……汁も滴っておりますわ』
『そうね。いいから、早く口に入れなさい。はしたない』
『言われるまでもなく……うふ、うふふ』
レミリアはさとりに視線を向けた。
「ただの三時のおやつじゃないか」
「ですねぇ。お好みのようで何よりです」
二名は互いに頷いた。
『ち、ちょっと、パチェリー様! 注釈、注釈がありませんよっ!』
『頂いたさくらんぼ、美味しいわね。……誰がパチェリーよ?』
『くっそぅ、こうなったらほんとに美味しうっきゃー!?』
二名の耳に爆音が響く。
ほどほどに遠くから。
極近くから。
「みーつけたっ」
「ふふ、こいし、やるじゃないっきゃー!?」
「鼻を伸ばしてないで避けてくださいな、このヘタリア!」
肩を思いきり掴み、かわしながら低空飛行。
「痛い痛い痛い!?」
「我慢する! 男の子!」
「ついてないわよっ!?」
避ける、かわす、弾く、散らす。
「ちぃ、防戦一方は性に合わん!」
「うって出る!」
言葉と共に、レミリアはこいしへと、さとりはフランドールへと向かう。
妹二名に向き合う姉二名は、げんなりとした顔をしていた。
「真似するなっ!」
重なる声に、更に顔を顰める。
構わず、妹二名は新たなスペルカードを宣言した。
「禁忌‘フォーオブアカインド‘!」
「本能‘イドの解放‘っ!!」
現れる、悪魔の妹が新たに三つ。
現れる、閉じた恋の瞳の心の形。
「ヨニンのフランさん! 誰から頂きましょう!!」
「こいしのハート! たーべちゃーうぞー!!」
直後、姉二名は激突する。
「っざけないで! こいしのハートは全て私のもの!」
「お前が先にフランに色目使ったんだろうがコラ!」
「あぁ!? 思ったのは同時だったわよ!」
レミリアから繰り出される右拳。
さとりは左手で弾き右足を蹴り出す。
紅い悪魔は左手で掴みそのままフルスイング。
体を折り曲げ怨霊も恐れる少女は抜け出しざま脳天に手とうを放つ。
当たる直前でかわし肩と首で抑え込み紅魔館の主は掌をがら空きの腹へと叩きこむ。
インパクトの寸前にアクセサリーを移動させ鈍い音を耳にし、にたりと笑う地霊殿の主。
限界バトル。
凄惨な笑みを浮かべあう二名。
彼女達の次の動きは、弾幕の発射だった。
両手を横に広げ、出鱈目に威力の弱い弾幕をはじき出す。
同時に、肩を掴み急降下。
――刹那の後。二名がいた地点に、黄と緑の丸弾、赤と紫の心弾が空を切った。
もうもうと立ち込める埃の中、さとりとレミリアは最後の遮蔽物へと回る。
この時点で、もう気付いていた。
いがみ合っていてはどうにもならない事を。
そして、互いにとって認めがたい、もう一つの事実を。
先に口を開いたのは、紅魔館の主。
「妹は、強いな」
受ける地霊殿の主は、澄まして返した。
「当たり前でしょう。あの子は、貴女の妹ですよ」
紅い悪魔は首を横に振る。
「否。フランだけじゃない。こいしもだ」
怨霊も恐れ怯む少女は、一瞬、言葉に詰まった。
「……あの子は、強くなったんですよ。なんとなく、以前よりも開きかけている気がする」
あ、と言葉を追加する。
その前に、継ぎ足された。
「『第三の目』が、か?」
「……貴女も嫌われ者の能力が身に着いたみたいですね」
「『覚ったレミリア』ねぇ。笑われそうだな。それもまた一興か」
くく、と自ら小さく笑う。
「……私は、お前が不愉快だ、と言った」
「構いませんよ。この能力のお陰で、慣れていますから」
「ふん。凡百と一緒にするな。私はお前のその『力』を知る前から、不愉快だった」
より悪いんじゃなかろうか。
苦笑しつつ、顔を向ける。
視線と視線が交わった。
赤い瞳が美しい。
「……褒めても何も出ませんよ?」
「確かに不愉快だな、それ」
「弾幕を出しましょうか」
拳を振り上げる。向き合う相手もまた、同時。そして、顔を顰める。
「同属嫌悪」
「行動の一致は偶々だと思いますがね」
「そう願いたいね。全くもって不愉快だ」
「そもそも、私達は容姿も性格も違うと思う――」
「煩いな。解っているだろう? 解っていないなら、有難い」
「嫌でも聞こえてくるんですよ。ですが、よくまぁ貴女が認めましたね」
ふん、とレミリアは鼻を鳴らした。
はん、とさとりは肩を竦めた。
互いに口を開き、罵る。
「さとり――」
「レミリアさん――」
「――この、シスコン!」
その一点。
その一点だけで、彼女達の言動は重なる。
その一点ゆえに、彼女達は互いに認め合う。
「レミリアで構わん」
「嬉しくもないわ、レミィ」
「ぶちのめすぞ、さとりん」
振りあげていた拳を、ぶつけあう。
軽い音が響く。
直後、重い音が響く。
最後の遮蔽物が、壊された。
見下ろしてくる妹二名に、姉二名は口を揃えて、言った。
「姉より優れた妹は、いない」
同時、放たれる弾幕を避けつつ、再び、レミリアはこいしへと、さとりはフランドールへと、向かった――。
「こいし。お前の行動は誰にも予測できないそうだな」
「そうよ、レミリア。それが私の『力』」
「その程度、私にもできるぞ」
言葉に、こいしは首を傾げた。
彼女の能力は、心を閉ざした事により生じたものだ。
前提条件として、『さとり』の能力がいる。
レミリアにそんな『力』はない。
こいしが考えをまとめるより先に、レミリアが動く。
「神罰‘幼きデーモンロード‘っ!」
無数の赤い弾丸が生じる――直前。
「キャンセル!」
スペルカードは破り捨てられた。
「……ふぇ?」
「獄符‘千本の針の山‘! キャンセル!」
「え、え、レミリア、なに、何をしているの!?」
「ふはは、わかるまい! 私が何をしているか! どうだ、予測できまい!?」
「で、できないわ! どうして!? 何故、そんな無駄な事をしているの!?」
‘虹色の幻想郷‘までをキャンセルした所で、レミリアは胸を張り、応える。
「意味なんて、ない!」
「……で、残るスペカは?」
彼方のさとりから突っ込みが飛んできた。満面の笑みを向け返すレミリア。
「後一枚! 槍だけ、しまった、やり過ぎたぁぁぁ!?」
「技名言う必要ないでしょう、このバカリア!」
「ば、馬鹿とはなんだ、馬鹿とは!」
「やーい、ばーか、ばーか!」
「うー!? ――っと」
横合いから飛来する弾幕を、造作なくかわす。
向きを戻すと、むっとした表情の妹たちが視界に入った。
だから、レミリアは、笑った。
「ふん。まぁ、一枚あれば十分だ」
更に表情が険しくなる。
心を読めないレミリアにも、相手の感情は読めた。
再三の逃避、その上での挑発。呼び起したのは、怒り。
もうひと押しか――レミリアは、跳躍する。
後方へ。
「な、また逃げる! いい加減に――!」
妖力が集まる。
赤い力と青い力。
こいしを中心に、空間が悲鳴を上げる。
「読めるぞ! お前は次にラストスぺルを放つ! こいし! お前の姉より私はお前が解るぞ!」
「な……! お、お姉ちゃんだってそれ位……うぅ、やーめた! やっぱり撃たない!」
「ほう。なら、素直に後退させてもらおう」
「あぁぁぁ、ずるい!」
「何とでも言え!」
頬をふくらませ、こいしはスペルカードを切り替える。
逃げるならば、その分、追えばいい。
既に身を隠す物もない。
宣言したスペルカードは、己が身さえも弾丸とするもの。
「深層‘無意識の遺伝子‘!!」
弾幕を放ちつつ近づいてくるこいしに、レミリアはやはり、笑いながら、言った。
「ソレをどうにかするのは、私じゃないな」
丸弾を避け、舞い上がる埃に姿を眩ませる。妖力さえも抑えられていた。
炙りだすのも時間の問題だとこいしは思い、フランドールの妖力にだけ気をつけ、レミリアを追った――。
パートナーへの暴言を吐き終えたさとりは、自身の前方の相手に向き合う。
額を抑えるフランドールは、けれど、さとりに対しては余裕の表情を返した。
「……撃ってこないんですか?」
「だって、こいしはお姉様のスペルを、まぁあんな形だけど、破ったんだもの」
「私にも撃て、と。随分と自信がお有りなようで。……なるほど、こいしに私のスペルを聞いているんですね」
あれだけ自分達がばたばたしていたのだから、さもありなん。
さとりは頷きながら、真っ白なスペルカードを取り出した。
「けれど、私のスペルは変幻自在。対処のしようなんてありませんよ」
フランドールの表情は変わらない。
白いスペルカードに、絵が浮かび上がる。
相手の眠る恐怖の記憶が刻まれる。
赤と白の球が、カードに描かれた。
さとりは宣言し、放つ。
「想起‘夢想封印‘!」
輝く幾つもの巨大な球が、フランドールへと向かう。
弾けるその瞬間で跳躍。
インパクトのタイミングを見計らい、悪魔の妹は空を縦横無尽に駆けた。
「さとり! あんたは勘違いしている! あんたのスペルは変幻自在なんかじゃない!」
当たらないと見切りをつけ、さとりは二枚目のカードを取り出す。
白いカードに浮かぶのは、極彩色の太い線。
フランドールが思い描いた弾幕の記憶。
宣言し、カードが弾ける。
「想起‘マスタースパーク‘っ!」
宣言者を中心に、暴力的な光は広がる。
直撃の寸前、フランドールは斜め前方に加速した。
光の渦は虚しく、ひたすら空だけを押しつぶす。
成果は埃を舞い上げただけ。当たらない。
故に、フランドールは、高らかに言い放った。
「相手の知るスペルしか放てない! 相手の想うスペルしか使えない!
凡百ならともかく、私に一度見たスペルは通じない!
それに、実際によけて解ったわ!」
だから、フランドールは己がスペルカードを取り出しつつ、想った。
自身が知る、最も避けやすいスペルを。
一条の赤い線を描く、姉のカードを。
さとりの持つ、最後の白いカードが姿を変えた。
「――あんたの放つスペルはまがいもの! オリジナルよりも弱い!」
フランドールのスペルカードが、弾けた。
「迷い込め! 禁忌‘恋の迷路‘っ!!」
絶対的な勝利の笑みを浮かべるフランドール。
そんな彼女の宣言を聞き、さとりは少し後方に下がりつつ苦笑した。
素晴らしい能力だ。妖力も知恵も、今は無意識の内に散らされている『力』も。
けれど、フランドールは実戦不足。駆け引きを知らない。
「其処に迷い込むのは、そして、解くのは、私ではないわ」
想いつつ、自身もカードを、弾けさせた。
――必殺‘ハートブレイク‘っ!!
フランドールは、迫る赤い槍を睨みつけ、叫ぶ。
「レプリカじゃ私は倒せない! お姉様の槍は、大きく速く強く、そう、こんな――!?」
「その通りだ、フランドール。私の槍は、大きく速く強く、そう、今、お前を貫く、そんな槍だ」
ずん。
「お前の言う通り、お前を倒すのはレプリカではない。フランドール・スカーレットの姉、レミリア・スカーレットだ」
貫かれた痛みよりも、驚きの表情で、フランドールは地に墜ちていく。
フランドールの妖力にだけ気を付けていたこいしが、叫びと共に後を追う。
「――!? フラン! フラーンっ!!」
「そう。今の貴女なら、きっと、駆けだすと思ったわ」
「え……? お姉ちゃん……え、あれ、この、線は……!?」
薄く淡い赤い線が、こいしを貫いている。
「レミリアの声で聞こえなかったのね。でも、そう、ふふ、きっと貴女の思っている通り、それは――」
線は、濃く、ただ濃くなり、力を現す。
――想起‘テリブルスーヴニール‘。
ず……。
「貴女が言い淀んだ通り、私は貴女の心だけは読めない。
でも、表情で、感情で、解る。だって、私は古明地こいしの姉、古明地さとりなんですもの」
優しく柔らかい声を耳に入れつつ、こいしはフランドールと同じく、墜ちた――。
「フラーン!」
「こいしー!」
一拍後、墜ちた妹二名に駆け寄る姉二名。
「今は来るな!」
「ちょっと待ってて!」
弾き返される。
弾幕も放たれているが、それよりも言葉の方が効果覿面。
しくしくめそめそと、レミリアとさとりは膝を抱えて埃が落ちた床にのの字を描いた。
互いの背にもたれながら、妹二名は交互に口を開く。
「ずるい、ずるいわ! 埃に紛れて入れ替わっていたのね!」
「そっか。途中何度も埃を舞わせていたのは、疑われないようにだったんだ」
「それだけじゃない! ねぇ、こいし! さとり、本当はオリジナルと同じ弾幕を撃てるんじゃないの!?」
「フランー、私、それはちゃんと事前に言ってたよぅ?」
「そうよ! でも、あぁ騙された! 私を油断させる為に敢えて弱くしていたのね!」
「……そう思うと、レミリアのあの無駄なカードキャンセルも、貴女に槍を意識させやすいように、だったのかしら」
「それは買い被り過ぎだと思う!」
きっぱりと言い放つフランドールに、こいしはくすくすと笑う。
そして、互いに思い出し、体を向かい合わせる。
言葉なく、手を伸ばし、腹に触れる。
「貫かれた傷跡がないわ」
「こいしもね。もーあったまくる!」
「妖力を同調させて、傷がつかないようにしていたのね」
「しかも! あいつってば、下位スペルを私に撃ったのよ!?」
「お姉ちゃんも同じ。そんなに余裕を持たれてたんだから、勝てない訳よね」
こいしの言葉に、むっとした顔をしてフランドールは返す。
「……そう言う割には、なんで嬉しそうなのよ」
「嬉しいよ? 格好いいお姉ちゃんが見れたもん」
「さ、さとりだけじゃないわ! お姉様だって――!」
にまりとするこいし。
慌てて両手で口を塞ぐフランドール。
時、既に遅し。
「お姉様だって、何かなー?」
「な、なんでもないわよ! 笑うな!」
「ふーん? ま、いいわ。お姉ちゃん、素敵だったなー」
「お姉様だって、素敵で綺麗で凛々しくて――何言わせるのよ!」
「言ってない、私、其処まで言ってない! あぁ、でも、それも追加しよっと」
にまにま。ひくひく。
「こ、こいしー!」
「やん、こわーい」
わーわーきゃーきゃーもみもみくちゃくちゃ。
絡みつき合いながら、閉じた恋の瞳は語りかける。
「フラン。フランドール。……何故かしら。私は、貴女を初めて見た時から、何処か惹かれていたわ」
悪魔の妹は、未だ半眼で、応えた。
「簡単よ、こいし。今なら解るわ。貴女と私は、二つ一緒で、一つが大きく違う」
古明地さとりの妹は小首を傾げる。
「そうなのかしら? もっと共通点はあると思うわ」
「煩い。――私は、閉じ込められている。だけど、心は自由よ」
「おーべいべー! 貴女の心はオープン24時間! あ、ごめん、ほんと、ごめん!」
レミリア・スカーレットの妹は、相手の両肩を掴み、割と力を込めた。限界バトル。
「私は、自由に外を駆けまわれる。だけど、心は閉ざしてしまった」
「そう。互いに正反対。それゆえ、惹かれあうのよ」
「自発的にか強制的にか痛い痛い痛い!」
「へ・ら・ず・ぐ・ち・を、叩くなぁーっ!」
「痛いってば! もう、こんなに痛いんだから、もう一つ、叩かせてもらうわ!」
肩に手を回す。
呼応するように続く。
「お姉ちゃん達、強いね」
「ええ、お姉様達、強いわ」
少女二名は、互いの細い肩を抱き合い、囁き合った。
「ねぇ。私達は、何がどう一緒なのかしら?」
「決まっているわ。互いに姉がいる事よ」
「私達を、何よりも想ってくれる姉が、だよね」
「解ってるなら言わせるな。度が過ぎるけど」
「ふふ、私に心は読めないわよ? あぁ、だけど」
「表情でわかる――かしら。きっと、貴女と同じ表情をしているのね」
「ええ、そうよ。ずっと、そう。嬉しそうな顔をしているわ」
額を合わせる。
「ねぇ、フラン。私達の同じ所、あと一つはなぁに?」
「決まっているわ、こいし。解っているでしょう?」
妹二名は、笑顔で罵り合った。
「――この、シスコン!」
笑いを収めた後、フランドールとこいしは立ち上がり――首を傾げる。
姉二名が固まっている為だ。
更に不可解な事に、さとりのみならず、レミリアまでもが悟った様な表情をしていた。
喜怒哀楽の全てを含んでいるような、或いは全てを放棄したような顔に、訝しげな視線を送る。
妹には解らなかったが、要は姉はピチュってた。
フランドールが二名に声をかける。
直前、こいしに腕を引かれ、口を噤む。
顔を寄せ囁かれる提案に、了承の意を返した。
妹二名は、姉二名の前へと進む。
そして、呼びかけた。
「レミリアお姉ちゃん」
「さとりお姉様」
「こいし愛してるー!」
「フラン大好きよー!」
妹の名を叫びながら、抱きつく。
さとりはフランドールに。
レミリアはこいしに。
「……あれ?」
埃が舞い上げられた。
「――っと、レミリア! こいしから離れなさいよ!」
「んだと、さとり! さっさとフランから手を離せっ!」
「嫌よ嫌! だって、フランさんもこんっなに可愛いんですもの!?」
「あぁぁ、頬ずりなんて! ちっくしょう、私だってちゅーしてやるちゅー!」
「貴女、ちょ、本気ね、やめ、あー!? こいしのほっぺによくも! おでこにベーゼでちゅー!」
罵り合う姉二名。
反して、妹二名は笑顔で頷き合った。
その両手には、莫大な妖力が溢れている。
「ごめんね、こいし。お姉様を撃つには、貴女のお姉ちゃんを巻き込むしかないの」
「うぅん、気にしないで、フラン。私も、お姉ちゃんを撃つために貴女のお姉様を貫いてしまうもの」
――姉より優れた妹はいない。
「え、フラン、それはどういう意味カシラ!? 大好きよー!」
「こ、こいし、落ち着いて! 貴女への愛は微塵も揺るいでいな、愛してるー!」
――けれど、妹に勝てる姉も、いなかった。
「だったら、離れなさーい!」
――少なくとも、この場には。
「QED‘495年の波紋‘!」
「‘サブタレイニアンローズ‘っ!」
悲鳴の代わりに、ピチューンピチューン、ピチューンピチューン、と音がする。
是で、レミリアとさとりは三つのライフを失った。
だから、つまり――。
――レミさと、こいフラでタッグを組んだ限界バトルは、後者、妹二名の勝利で終わりを告げた。
<了>
やっぱりフランとこいしはいいコンビだと思いました。
綿月姉妹の姉は勝てそうだが秋姉妹の姉は勝てないかもしれない(えー
これで、秋姉妹とプリズムリバーがいれば完璧!
さとりんもいい感じにシスコンキャラになってきましたね
まあExだしねww
「流石ですよ、桃魔館!」
この別のお話、読んでみたいです。