ここは守矢神社。
東風谷早苗が帰ってきたので、洩矢諏訪子はてこてこ歩いていって早苗を出迎えた。
「やあ、お帰り早苗。あれは手に入ったかい?」
諏訪子は早苗にお使いを頼んでいたのだ。
季節は春。山の上から見下ろす幻想郷は、至る所を桜に埋め尽くされ、うきうきとした気分を誘う。
それで、桜餅でも食べたいなと諏訪子が言ったので、早苗が人里に買いに行ってきたのだ。
でも早苗の返答は、
「売り切れてました。すみません、諏訪子様」
駄目だった。
「そっか。ま、いいよいいよ。ありがとね、早苗」
諏訪子は笑って言った。
「代わりと言っては何ですが、美味しいお茶を買って来ました」
「お、いいねえ。淹れよう淹れよう」
どっかに羊羹でもなかったっけー、などと2人で話している時だった。
「待ちなさい」
廊下の曲がり角から、八坂神奈子が現れた。
「?」
諏訪子と早苗は首をかしげた。
神奈子が言う。
「諏訪子、神ともあろう者がそう易々と諦めてはいけません」
「え、そうかなぁ。別にいいんだけど」
ぽりぽりと頬を掻く諏訪子。神奈子は続ける。
「いいじゃないの、桜餅。四季を味わうことは日本に生きる大きな楽しみ。簡単に諦めるのは良くないわ」
「はぁ」
「そこでよ、諏訪子、早苗」
神奈子は微笑んだ。
「無いなら作ればいいのです。桜餅を」
早苗が手を上げた。
「神奈子様」
「何?」
「好きなんですか、桜餅?」
神奈子は背を向けて、歩き出した。それから言った。
「さあ、作るわよ。付いてきなさい」
「桜餅を作るって言ってもさ、神奈子」
早苗から手渡されたエプロンをいそいそと身に着けながら、諏訪子は言った。
「知ってるの?作り方」
「知らないわ」
エプロンの腰紐をきゅるると結び、神奈子は答えた。
「私も知りませんよ?」
三角巾を頭に巻きつけ、早苗も言う。懐かしや家庭科の授業、とか一人呟いている。
「ま、何とかなるか」
諏訪子はむん、と気合を入れた。何だかんだで彼女も乗り気だ。
「じゃあまず、話し合いましょうか」
早苗がぱん、と手をたたく。
「桜餅とは、まずどんな物だったか。どんな味か。形は?材料は?」
そうねえ、と神奈子が言う。
「中身は餡子だね、勿論。これは作れる。都合よく小豆も砂糖も沢山ある」
「外の生地は何だろう」
諏訪子が口元に手を遣りながら喋る。
「うどん粉…だっけ」
「ああ、そうだったかしら?…ありゃ、でもあんまり量が無いわね、今。それに、確かうどん粉だけじゃ駄目だったような」
「あ、ちょっといいですか?」
早苗がそう言うので、神奈子と諏訪子は彼女の方を見た。
「あの、テレビで昔見たんですけど…関西の方の桜餅なんですけど、作り方が違ってて…何か、こう…お餅みたいな感じでした」
お餅は完全には搗かず、米粒の形も残る感じで…舌触りが良さそうで、すごく美味しそうだったんです、と早苗は言った。
ほう、と神奈子は呟く。
「それはいいかもしれないわ。ちょうどうどん粉は足りないし…もち米、無かったっけ?」
「あったと思うよ。正月に沢山買って、そのまま搗くのが面倒になって置いておいたのが」
「よし、それだ。私と諏訪子は餅を作るわ。早苗、餡子は頼んだわよ」
「了解です」
神奈子は早足で倉に向かって歩き出した。
「行くわよ、諏訪子」
「合点承知」
春とは、実に楽しきものである。
「半搗きって言ってたわよね、早苗は」
「そうだねえ。まあ任せるよ、神奈子」
守矢神社の境内。臼と杵を持ち出して、神様二柱が餅搗きである。
あたりには満開の桜から花びらがほろほろと散りゆき、陽はゆるやかに照る。
炊き上がったもち米を諏訪子が臼に放り込み、神奈子が杵を構える。
「ほい、ほい、ほい」
ぐにぐにと捏ねる。しばらくしたら、手を濡らした諏訪子がもち米をひっくり返し、また神奈子が捏ねる。
「こんなもんかね」
出来た。
「早苗ー、餅はオッケーだよー」
てこてこと諏訪子が炊事場に戻ってきた。餅をくるんだ布を持って、神奈子も後に続く。
「お疲れさまです。餡子も出来ましたよ」
にこりと笑って早苗も答えた。
「さあ、作るわよー」
神奈子も楽しげだ。
3人で、半搗きの餅で餡子を包む。
「ところでさ、」
諏訪子が言った。
「桜餅って紅色だったと思うんだけど」
「うん」
手を動かしながら神奈子も頷いた。
「餅、白いわよね」
「白いですねえ」
早苗も苦笑した。
「でも、食紅なんてうちには無いですからねえ」
「ま、いいんじゃない?」
「いっか」
「そうですね」
ころころと桜餅が出来上がっていく中、「あ」と早苗が言った。
「どしたの、早苗?」
諏訪子が顔を上げて早苗に問う。
「いや、今気付いたんですが、特に加工もしてないもんですから」
早苗は桜餅を指差した。
「時間が経ったら、乾いちゃいますよね、これ」
そう、餅は乾く。半日も放置すれば、いずれもかちかちのかぴかぴになってしまうだろう。
「ああ、そうねえ」
神奈子も難しい顔をした。
「そんなら、こうすれば良くないかな?」
ちょっと考え、それから諏訪子は微笑んで言った。
「こうして、こうして。ほい」
諏訪子はまず餅を丸め、それから、餅の周りに餡子をまぶした。
「どうだ」
「ああ、そりゃいいね」
神奈子も早苗も「いい思い付きだ」と諏訪子に賛成。結局、作りかけの餅にも全部餡子をまぶした。
それからしばらく後。
桜餅は完成した。
「美味しそうですね」
「美味しそうだねえ」
「うん、美味しいわ」
早苗は笑ってしまった。神奈子様、お手が早い。
「私もいただきます。…あ、お茶を淹れますね」
「よし、頼んだ早苗」
陽ももうすぐ傾き始めるという頃、たくさんの桜餅と、上質のお茶が守矢神社の縁側に並んだ。
いただきます、と一人と二柱で唱和した時だった。
「お邪魔しまーす。あやや、皆さんお揃いで」
射命丸文が、空から降りてきた。
「あら、いらっしゃい。よかったら食べてく?」
もしゃもしゃと桜餅を齧りながら、諏訪子は上機嫌だった。
早苗もにこにこしていた。
神奈子は満足げに頷いている。美味しいらしい。
「いいのですか?では遠慮なく」
文も縁側に座り、両手を合わせてから桜餅を食べる。
「…うん、美味しいですねえ。あ、写真撮らせて貰っていいですか?」
「構わないよ」
神奈子の返答に「ありがとうございます」と微笑んでから、文はちょっとその場から遠ざかり、カメラを構えた。
「ううむ。春爛漫の神社に、神様二柱と風祝。いい画ですねえ」
はいちーず、と文はシャッターを切った。
それから数日後。
『…ともかく、私も少し分けて頂いたが、とても美味しかった。山の神社は、中々に楽しい場所であるかもしれない(射命丸 文)』
新しく発行された文々。新聞の記事の一つは、そういう文で締められていた。
その記事の、書き出しはこうであった。
『4月某日、山の上にある守矢神社を訪れると、神社の縁側で東風谷早苗さん、八坂神奈子さん、洩矢諏訪子さんの3名が寛いでいた』
記事は続く。
『彼女達はのんびりと昼下がりのティータイムを過ごしていた。自分達で作ったというお菓子が、そこに置かれていた』
『それは米の形が残る程度に搗かれた餅米をおにぎりのように丸め、その上に餡子をまぶした物であった』
『そう、それはまさしく牡丹餅であった。季節によっては、御萩とも呼ばれるものである』
『ところで、守矢神社の満開の桜を見ていると、もしこれが牡丹餅でなく、桜餅だったとすれば、更に風情があって良いのではないかと思えてきた』
『もちろん、牡丹餅も良いが。何にせよ、春は甘味が美味しい季節のようだ』
記事から目を上げ、諏訪子は叫んだ。
「あれぇ?」
神奈子は目を点にしていた。
早苗はなんとなく恥ずかしくなってしまって、挙句、からからと笑い出してしまっていた。
春。
守矢の神社は、今日も平和である。
この緩さがとても和みました。
そしてこういう話を読んでいると甘味を熱いお茶と一緒に
食べたくなりますよねぇ……。
いつの間にか牡丹餅ですか、たしかに餡子で包んじゃってましたしね。
三人で作って食べて、のんびりとしてて良いお話でした。
桜餅の桜の要素が完全に忘れられてたし
だがそんなほのぼの守矢神社がいい
無駄知識が増えたw
とても癒されました
桜餅食いて―