――泣いているのは誰? 笑っているのは誰?
明け方の紅魔館は日の光を浴びてその威厳溢れる景観を示していた。
この館主『レミリア・スカーレット』はのっそりと身体を起こした。
いつもならば従者であるメイド長『十六夜 咲夜』が起こしに来るはずなのだが、今日は起こしに来ない。
何時もの冷静で優しさを含んだ『お嬢様。お早う御座います』という声は聞えない。
完璧で瀟洒なメイドの名において毎朝の主への挨拶を忘れる訳が無い。
その声の替わりに聞えるのは泣き声と歓声。
どうやら声はレミリアの自室の前の廊下から聞えるようで彼女はゆっくりと歩き出した。
朝のリズムが崩れればそれは一日の生活リズムの『ズレ』を生む。
それはレミリアにとって耐え難い事ではあるのだが、何分この様な事は稀に見る事態である。
『あの咲夜が』と心中で少々落胆に溜息を付きながら、レミリアはドアを開ける。
ボフッ
ドアを開けたレミリアの腹に何かが抱きついて来た。
あっけからんとするレミリアの前にシーツを巻いた小さい子供が走ってきた。
その子供は今だレミリアに抱きついて震えている子供――紅い髪をした女の子。同じくシーツを巻いているようだ――にタックルをかました。
鈍い音を立てて背中に走ってきた子供の肩が当たったが、レミリアは動じなかった。
見た目は少女と言えどその力は吸血鬼の名に恥じぬ屈強さである。
タックルされた子供は短く『ひぎっ』と声を上げて、レミリアの背後に廻った。
そこでレミリアは目の前でまだ興奮している子供と自らの後ろで泣いている子供とを交互に見た。
――ショートの銀の髪はそうまるで自らの側近
――紅い髪の毛に端整な、だが気弱そうな顔
距離を取った銀の髪の子供はもう一度タックルしようと走ってくる。
レミリアにとってひ弱な子供の体当たりなどどうとでもなる。
彼女の頭にはただ一縷の不安だけが残っていた。
――まさか
銀の髪の子供は裸足であるためドテドテと音を立てて走ってきた。
後ろで震えている紅い髪の子供はレミリアの脚から顔を出して恐怖している。
ドテッ ベチッ!
派手な音を立てて銀の髪の子供がすっ転んだ。
しばらくそのまま倒れていたが、痛みのためかわなわなと震え、大声で泣き出した。
レミリアの齢は五百であるが、この様な子供など扱った事がない。
ただ泣き喚く子供を唖然として見ていたレミリアの背後から紅い髪の子供が、銀の髪の子供に駆け寄った。
頭を撫でているのか、泣かされている者と泣かせた者の立場が逆転していた。
転んで赤くなった顔を必死で撫でる紅い髪の子供。
あやされている当の本人は、ヒックヒックとしゃっくりを混ぜながらもその泣き声を止ませていた。
その二人の掛け合いを見ている所で、レミリアの額に汗が滲んだ。
そして言うべきか言わないべきか迷ったが、遂にレミリアは口にした。
「………咲夜、美鈴………?」
その声に呼応するように目の前の子供二人は顔をレミリアに向けた。
いまだ二人の顔は涙で少々腫れぼったいが、確かに笑い、肯定を示した。
「さくや」
「めえりん」
舌足らずな声でそういう子供たち。
レミリアは軽く眩暈を覚えたが、素数を数えた後に深呼吸をして平静を保った。
この五百年で驚嘆する事は沢山有った。
しかし、このような『幼児退行』――そう呼んでいいものか――は初めてだった。
とりあえずレミリアは彼女達が自らを忘れているかを確認した。
「私は、誰」
「「れみりあ」」
まさか呼び捨てにされるとは、とレミリアは苦笑した。
一体彼女たちは何処まで判っていて何処から判らないのか。
いや、寧ろ最優先に考える事は『どうしてこうなったか』である。
顎に手を沿わせて、少しレミリアは考える。
子供達――咲夜と美鈴であるようだ――はキョロキョロと辺りを見渡している。
レミリアは出来るだけ怖がらせないよう、二人に尋ねた。
「どうして子供になったか、わかるかな」
「………」
もじもじとして答えない二人。
「答えられないのかな」
一向にもじもじしている彼女らを見て、ひょっとして言葉が判らないのではと考えた。
ちゃんと走れるという事は標準的に考えて三歳から四歳。
一般的な子供――個人差は有ろうが――であれば言葉は話せるであろう。
「ここが何処だか判る?」
「「こおまかん」」
「えーと。昨日は、何をしてたのかな」
「「………」」
これは厄介だとレミリアは唸った。
展開が強引過ぎる。昨日まではなんともなかったはずだと彼女はもう一度唸る。
「私はレミリアでここは紅魔館。あとは、何か判る?」
首を横に振って否定を示す二人。
――困ったな
レミリアは少し考えて、知識人の顔を思い出した。
彼女なら何か知っているはずだと、レミリアは内心安堵した。
「じゃ、じゃあ、図書館に行こうね」
そういって歩きだすと、咲夜と美鈴はレミリアの手を握った。
左手に咲夜。右手に美鈴。
「じゃ、じゃあ一緒に行こうね」
まさかこの二人にこんな気持ちの悪い言い方で誘わなければ為らないとは想像もしなかった。
咲夜と美鈴はいざ知らず、遠足に行く様にきゃっきゃとはしゃいでいた。
聞えないように溜息を吐いて人生で一番長くなる一日だとレミリアは思った。
「お、お嬢様ぁ~」
図書館に入るなり泣きついてきたのは小悪魔であった。
眼に涙を浮かべて小悪魔はパチュリーがいたであろう書斎を指差した。
「………いいわ。言わなくて」
「お、お嬢様も………その、お二人は………」
「「こあくま」」
声を揃えてニカッと笑う咲夜と美鈴。
「ここは何とかするわ。それより、この二人――ああ。多分三人ね、いや……」
そこまで言ってレミリアは固まった。
そしてしばしして溜息と共に小悪魔に言った。
「なんでもいいわ。小さめの服を『四人分』用意しなさい」
「え、は、はい、畏まりましたっ」
小悪魔はそう言って一礼すると図書館から出て行った。
「さて」
書斎に向かう三人。
耳を澄ますと、安らかな寝息が聞えてきた。
「………」
今度こそ眩暈がした。
自らの服を毛布として『パチュリー・ノーレッジ』は眠っていた。
その身体はこの咲夜と美鈴と変わりなく小さい。
「みゅ………」
小さく可愛らしい声を上げてパチュリーは起き上がった。
ごしごしと眼を擦ってパチュリーは三人を見た。
そしてレミリアは先と同じ事を尋ねた。
「私は、誰だか判る?」
「れみい」
「どうして、小さいのかな」
やはり同じ。
レミリアの事は判るが、子供になった経緯や以前の事は思い出せない。
いや、口にしないというか言葉に出来ないのかもしれないが。
眠そうにパチュリーは起き上がるとレミリアの服にしがみ付いて顔を埋めた。
「れみりあ」
後ろから美鈴が声を掛けた。
「な、なあに?」
「おなかすいた」
「おねえちゃん!」
ガバッとレミリアに抱きつくのは彼女の妹『フランドール・スカーレット』
とりあえず咲夜達には少々ぶかぶかではあるが来客用の簡易な服を着せた。
嫌がる様子も無く、聞き分けの良いのは今も昔も変わらないといった所か。
空腹を訴えた美鈴を一旦宥めて彼女たちは地下室へと向かった。
小悪魔には彼女達の朝食を作らせた。
他の妖精メイドには子供といえレミリアの側近達であるため任せる訳にはいかない。
レミリアは予想通りであったので驚く事は無かったのだが、反則的なのは可愛さ。
油断をしよう者なら愛情と言う名の血液がその端整な鼻から流れ出ていただろう。
フランドールは嬉しいのかぐりぐりと顔をレミリアの服に押し当てていた。
それを見ていた他の子供達はつまらなさうに頬を膨らませていた。
――フランにも、こんな時期があったわね
おおよそ四百年ほど前であろうか、フランドールが誤って両親の大事にしていた壷を割った事が有った。幻想郷以前だが。
そこでレミリアは喚くフランドールの替わりに両親に怒られたものだ。
それは姉妹愛というか、妹の可愛さに負けたというか、姉の優しさと言うか、シスコンと言うのか。
そんな昔の事を思い出しながらレミリアは無駄だと思いつつも尋ねた。
「どうして、小さくなったの。フラン?」
「わかんない」
まともな返答をしてくれただけレミリアは少し安心した。
ここでただモジモジされるよりは幾分マシではあった。
「おねえちゃん。おなかすいた」
それに呼応するように後ろの三人が空腹を訴えた。
レミリアは軽く頭を振って咲夜と美鈴の手を取り、歩き出す。
パチュリーとフランドールはレミリアの服をくいっと掴んで歩き出した。
簡易なシチューを小悪魔は作ったようでそれを子供達は喜んで食べていた。
レミリアが考えるに、以前の事が思い出せないならばフランドールもモノを壊すことなどないだろうと思った。
そう考えると、いっそこのままでもいいかなと思ったが、頭を振って否定した。
レミリアはお茶会の開かれる広い部屋で美味しそうにシチューを頬張る子供達を見ていた。
――そういえば、昨日は確か薬師が来ていたな
医薬品の類を売りに来るのは『八意 永琳』であるのだが、よくよく思い返してみると咲夜が四本瓶を持っていたような気がした。
茶色い小瓶で確かレミリアも進められたような気もしたが、栄養剤の類は好まないので拒否した。
大方美鈴には門番の役が終った時に、パチュリーには滋養に、フランドールにはレミリアに渡せなかった代わりにと渡したのであろう。
だがその小瓶が本当にこの様な効果をもたらしたのかは判らない。
ただの栄養剤だったのかもしれないし、薬だったのかもしれない。
あの薬師が咲夜になんと言って渡したのかは判らないが、いざ実験の成功失敗も判らぬ薬を差し出すだろうか。
――渡すだろうな
やっと紅茶に口をつけ、咲夜の淹れた紅茶の味の違いに落胆した。
そして小悪魔に持ってこさせた永琳の医薬品販売日程に眼を通した。
――今日は霊夢の所ね
都合が良いとレミリアは安堵した。
博麗の巫女『博麗 霊夢』ならば異変といえば永琳を問いただすだろう。
外は生憎の晴れ模様だが、日傘にフランドールと共に入れば大丈夫だろうとレミリアは踏んでいた。
紅茶を飲み干すと子供達はきゃっきゃとはしゃいでいた。
パチュリーだけはマイペースにまだ食べていたが、他の三人は食べ終わって元気が有り余っているのか、じゃれあっていた。
無邪気なその姿にレミリアの頬は思わず緩んでだらしのない顔になった。
きっと両親もこんな気分であったのだろうと今は亡き伯爵と皇女を思い出した。
パチュリーが食べ終わった所でレミリアは立ち上がり、子供達に向き合った。
「出かけるわよ」
「おでかけ?! わーい!」
咲夜がそう言うと他の子供達もそれに続いて歓声を上げた。
レミリアは日傘を準備しながら、自然と笑みが浮かんでいる事に気が付いた。
紅魔館内部の事は小悪魔に任せて、五人は飛び立った。
子供の体重五人分など重さは吸血鬼である彼女にとって運ぶのは苦労はしない。
腕が疲れないように揺り篭状の籠に三人を入れてレミリアは飛んでいた。
フランドールのみ日光に当たらぬよう、レミリアにしがみ付いていた。
随分無理がある体制だなとレミリアは苦笑し、眼下の景色にはしゃぐ三人を見てまたもだらしの無い顔つきになった。
「あや、あややややややややや。これはこれは」
疾風の様に五人の目の前に現れたのは『射命丸 文』であった。
「吸血鬼に隠し子、しかも四人。いつもより『や』が多くなってしまいました」
「失礼ね。ネタ探しは他でやりなさい」
「ふむ。これは可愛らしい………しかしどこかで見たような………」
かくかくしかじかというこの世で一番便利な言葉を使いレミリアは早口に説明した。
文は一つ一つ頷いて自らの胸ポケットから出したメモ帳に記していた。
一通り話し終えた後、文はレミリアが下げている籠を手に取った。
「ならば私も手伝いましょう。面白そうですしね」
「あら、助かるわ。貴女もこの子達くらい可愛げがあればいいのに」
「てんぐだー!」
「わーい!」
「すごいー」
「えへへ………可愛いですねぇ」
だらしなく顔の筋肉を緩める文にレミリアは皮肉を言って神社を目指した。
籠に揺られてパチュリーはうとうととしていた。
咲夜と美鈴は先よりもスピードを増した事に歓喜し、手をパチパチしていた。
「ずるい」
「いいのよフラン。私と一緒は嫌なの?」
「ううん。おねえちゃんといっしょのほうがいい!」
ダイアモンド級の輝きでフランドールは笑顔を向けた。
愛情と言う名の血液が押さえを聞かずに噴水を象る所であったが、なんとか耐えた。
文は尚もでれでれと籠の中の子供達を見てにやけている。
「食べちゃいたいですねぇ。色々な意味で」
「グングニルと不夜城レッド。どちらがお好みかしら」
「いえ。なんでもありません」
魔法の言葉『かくかくしかじか』を使ってレミリアは霊夢に事情を説明した。
薬師の到着にはまだ早かったようで、霊夢は賽銭箱とにらめっこをしていた。
こちらが話しかけてもびくともしないので、お札を賽銭箱に捻じ込んでやると喜々として話を聞いてくれた。
「へえ、それでこれは異変だと」
「随分個人的ですね………」
ちょこんと座る子供達の前に霊夢は正座した。
しばらく霊夢は咲夜、美鈴、パチュリー、フランドールと一人ずつ見ていた。
「えへへ」
そして唐突に霊夢は顔を緩ませた。
「しかし可愛いわねぇ。れ、い、む。私は霊夢よ」
「れい、む」
「そうそう。すてきなみこれいむさまって」
『すてきなみこれいむさまー!』
歓声を上げる子供達に霊夢はガッツポーヅをした。
「楽しそうですね」
「本当にね」
霊夢は子供達の頭を撫でて饅頭を小さくちぎって渡した。
美味しそうに頬張る子供達を見て、もう一度霊夢は子供達の頭を撫でた。
「それで、薬師はいつ来るのかしら?」
「その内来るんじゃない?」
「それでは、私はこの事を幻想郷に広めてきますね。特別号外で」
「ちょっと待ちなさい………って、おい!」
言うが早いか、文は居間から飛び出していた。
子供達はきゃっきゃと喜んで霊夢に饅頭を強請っていた。
「でも、パチュリーは大丈夫なの? 身体は」
「それも私は気になったけど、辛そうな様子は無いし、以前の事が判らないって事は自分の身体が悪いって事も判らないんじゃないかしら」
「それはそれで怖いわね。病は気からって事なのかしら」
「それならいいのだけれど、ね」
霊夢は饅頭を千切りながら喜々とする子供達を眺めた。
縁側を歩く音がして、霊夢は障子に目をやった。
そこから現れたのは永遠亭に住む永琳であり、手には薬の入っているであろう箱を持っていた。
「あら」
居間に入るなり永琳は子供達に気が付いた。
「御機嫌よう。とりあえず聞くけど、あの茶色の小瓶は薬かしら」
「そうね。新薬『チャイルドパニック』。なかなかいいものでしょう」
レミリアは本日何回目かの溜息を付いて永琳に歩み寄った。
「今すぐ戻せとは言わないけれども、どうやったら戻るの」
「簡単よ。本人が戻りたいと思えば戻るわ」
その言葉にレミリアは眉を顰めた。
永琳は続ける。
「これは強制力の弱い薬でね。確かに以前の事、つまり薬を服用した時の事は忘れるわ。でも本人は子供である事を自覚している。その本人が子供である事を拒絶した時にこの薬は効力を失うの」
「つまり、この子達は子供でいたいって事なの?」
霊夢が問いただした。
「薬の性質上そうなるわね。子供でいたい。だから薬の効果は切れない」
「貴女。これが子供になる薬だと言ったの? 咲夜に」
「私も伊達に医者やってないわ。彼女達を見てれば精神状況ぐらい把握出来る。薬の効果は教えた。でもそれを強要はしていない」
「子供でいる事を拒絶って………どういう事?」
「簡単じゃない。それは私たちだって一度は経験するはずよ」
そう言うと永琳は子供達に笑顔を向けて、薬箱を開けた。
様々な薬を取り出して霊夢が要求した薬を渡していく。
レミリアはどうしても腑に落ちず、今一度永琳に尋ねた。
「この子達が子供でいたいと思う限り、ずっとこのままって事なのね?」
「思うのは一瞬だって良い。子供だって馬鹿じゃないでしょう」
「じゃあ私が『子供なんて嫌い』だと言えば?」
「簡単ね。でも………」
永琳はスッとレミリアを見据えて言う。
「貴女にその言葉、言えるかしら」
「何………?」
「言葉通りの意味よ。自分の好きな事をして、それだけで生きている貴女に。失礼だけど貴女も十分子供よ。振る舞いはね」
「………」
「ちょっと………」
「貴女は求めすぎじゃないのかしら。私が言えた科白かどうかは判らないけど。
少なくとも、代償を支払わなかった貴女に与えてきたこの子達が可哀想だわ」
「………私は与えたつもりだけど? 居場所と仕事を」
「貴女、不安にならないの?」
突然の言葉。
その永琳の顔は無表情で、冷たい氷の眼をしていた。
レミリアはグッと唇を噛締めて永琳を睨んだ。
――裏切り、裏切られ。恨み、恨まれ
例えば咲夜が居なくなったら咲夜が居ない時の生活がまた始る。
美鈴が居なくなれば美鈴が居ない時の生活が始る。
パチュリーが居なくなればパチュリーが居なかった時の生活が始る。
フランドールが居なければフランドールが生まれていない時の生活が始る。
言う通り、不安にならない時が無いと言えば嘘になる。
彼女達が居なくなれば――死ねば――恐らく悲しむだろうし、泣くかもしれない。
それ以前、彼女たちが自分を裏切らないとは言い切れない。
彼女たちが自分を恨まないと言い切れない。
突き詰めてしつこく突き詰めれば『絶対』など無い。
『限らない』『かもしれない』それの繰り返しが待っている。
どれだけ堅い信頼であっても、それは変らない。
それは避けられない現実である。
咲夜は自分を一番殺せる位置に居る。
美鈴は咲夜と組めば自分を殺せる位置に居る。
パチュリーは流水を使って自分を殺すことが出来る。
フランドールは狂気に身を任せれば自分を殺すことが出来る。
その逆も、有り得る。
レミリアは考えるだけで吐き気がした。考えたくも無い。
「貴女だって気が付いているはずでしょう。自分が求めすぎた事。平和ボケだかなんだか知らないけれど、傲慢になっているのではなくて?」
「だから、喧嘩ならよそでやりなさいよ。子供が見てるでしょうが」
「いいのよ霊夢。いざと言う時独りになるのは彼女だもの。気が付かないなら気付かせないと。取り返しが付かなくなるわ」
「でもあんたねぇ」
永琳はレミリアに続ける。
「貴女と咲夜達がどうやって出逢ったかは判らない。でも、貴女は彼女達をアテにしすぎているんじゃないかしら。傍から見ればそうよ。確かに貴女は強い吸血鬼かも知れない。でもね、彼女達と結ばれた信頼と言うのは、案外脆いのよ」
信頼は脆い。
積み上げるのに信頼は大きな時間を要する。
だがその信頼を崩すのはたったの一瞬か、微動する衝撃。
一度信頼を失えばそれは積み上げるのに初めて築く時の倍以上の時間がかかる。
それは一生かかっても積み上げられないかも知れないし、案外すぐ積みあがるかも知れない。
レミリアが咲夜達にしてきた、してあげられた事。
居場所を与えた。名前を与えた。
その代わり、尽くさせた。いうなけば『時間』を貰った。
「私は、愛した。咲夜達を」
「本当に? それは独りよがりじゃなくて?」
「うる、さい」
「耳を塞げば私の声は聞えない。でも、貴女はずっと塞いできたんじゃないかしら」
「うるさい!」
完璧で瀟洒な従者はこの身に忠誠を誓った―――はず
気を操る門番はこの身を呈してでも守ると誓った―――はず
図書館に住む魔女を自分は信頼していた―――はず
血の繋がった妹を自分は愛した―――はず
気が付けば全てに疑問が投げかけられる。
いいようのない不安。強烈な吐き気。
彼女達は、自分と出逢って幸せだったのであろうか。
自分の『運命』に幸せを感じているのであろうか。
普通の人間の女として里に出ておしゃれをして。
普通の強い知恵ある妖怪として自由気侭に生きて。
普通の魔女として思いを寄せる人とずっと過して。
普通の吸血鬼として狂気など忘れて毎日を生きて。
本当は嫌なのではないのか。
自分に尽くすのが。
自分を守るのが。
自分と過すのが。
自分の妹で有るのが。
「はっ………あっ………」
そこまで考えて涙がレミリアの眼から溢れ出てきた。
ヘタ、と座り込みただただ涙腺が壊れたように出てくる涙を拭った。
「ちょ、ちょっと永琳!」
「貴女は痛みを知らな過ぎた。代償は大きいのよ。求めたものが大なり小なりどうであれ、ね」
レミリアはただ嗚咽を漏らして涙を流すのみ。
「幸せが何時までも続くと思わないで」
そこまで永琳が言った時だった。
「っつ………!?」
永琳の頬に木のスプーンが当たった。
その後、脚に鈍い痛みを感じて下を見ると、美鈴とフランドールがぽかぽかと涙を堪えて永琳の脚を蹴ったり叩いたりしていた。
お茶を混ぜる木製のスプーンを投げたのは咲夜であり、そのスプーンの持ち方はレミリアにとって従者の姿が重なっていた。
パチュリーはただ泣いて、手当たり次第に座布団を投げつけていた。
「れみりあをいじめるな!!」
「れみりあをいじめるならあっちへいけ!」
必死で涙を堪えるようにして子供達はレミリアの前に並んだ。
永琳から守るように、手を広げる。
その構えはいつかの従者のナイフの構えで。
その体制はいつかの門番の構えで。
その眼はいつかの魔女の侵入者への目で。
その眼は怒りを含んだいつかの妹の目で。
堪え切れなかったのか、子供達は泣き出す。
「れみりあをいじめないで」
そう懇願する子供達。
霊夢は急に目の奥が熱くなり、そっぽを向いた。
「れみりあはわるくないの。だからいじめないで」
永琳はしばし立ち尽くした後、今まで見せなかった優しい顔をした。
そしてそのまま立ち上がって、障子を開けるとレミリアに笑いかけてその場を後にした。
「れみりあ」
子供達は永琳が居なくなったのを確認するとレミリアに寄り添った。
レミリアはまた涙が溢れ、ただ歯を食いしばって声が出るのを押さえた。
「なかないで。れみりあ」
咲夜がレミリアの頭を必死で撫でる。
そういえば、紅魔館で初めにこの子供達と逢った時、こうやって慰めていた。
「こわいひと、もういないよ。おねえちゃん」
「れみい、ごめんね。ごめんね」
パチュリーがそう言って頭を撫でる。
「れみりあ、なかないで」
自分たちの涙は気にもせずただレミリアの頭を撫でる。
美鈴は自分の服の袖でレミリアの涙を拭取った。
「ありが、とう」
レミリアはそう言って子供達を抱きしめた。
強く、だけど優しく。
子供達は大声で泣いた。世界を涙で洪水にするくらいに。
「ったく、たまったもんじゃないわ………もう。久しぶりに感動したわ」
霊夢はそう言うと、そそくさと鼻を啜りながら縁側へと出て行った。
泣きつかれた子供達は何時の間にか眠ってしまった。
霊夢とレミリアは四人を布団に寝かせると、夕焼けをただ見ていた。
「久しぶりに泣いたわ」
「私もよ。全く、無駄に感動した」
レミリアは遠い眼で遠くを見つめていた。
「私は我侭よ。言われなくても分かっている。あの子達、咲夜達が望んでいるモノなんてもう手に入っていると思っていた」
「………」
「でも、それは違うのね。私は傲慢だった」
霊夢はレミリアの横顔を見ながら独白を聞いていく。
「駄目な主人ね。私は」
「あんたがそうやって自虐するとこ、見たの初めてよ」
「確認しなければ信頼なんてすぐに切れてしまう。それを怠ったのは私の驕りと怠惰」
レミリアはそこまで言って眠る子供達を見つめた。
「あの薬師には感謝しなくちゃね」
「言い方きついけどね」
「子供になれば、私に愛してもらえるって思ったのかしら」
そう言って、レミリアは自嘲気味に呟いた。
「子供になれば………咲夜達も………ね」
夕焼けが沈みかける頃。霊夢は口を開いた。
「泊まって行ってもいいわよ」
「ありがとう」
その言葉に甘え、レミリアは子供達の眠る部屋へと歩いた。
二枚敷かれた布団の上に子供達はすやすやと眠っていた。
「真ん中でしょ、あんたは」
丁度おあつらえ向きに真ん中が開いていたので、起こさないようにレミリアは横になった。
霊夢はその上から布団を被せると、腕を組んでその様子を見ていた。
咲夜達は無意識にレミリアに擦り寄って、少しだけ笑顔になった気がした。
レミリアは眼を閉じ、彼女達の存在を確かめた後、笑顔を作る。
「幸せそうよ。あんた」
その霊夢の言葉が聞えるか聞えないか、レミリアは意識を手放した。
「いい天気ねえ………いつまで、寝てるのよ」
空と障子を交互に見据えて、霊夢は溜息を付いた。
昼を廻ったというのに、一向に紅魔館組みは起きる気配を見せない。
「ったく、布団干せないで―――」
そこまで言いかけて障子を開けて、霊夢は思わず笑顔になった。
干すのはまたもう少ししたらでいいだろう
。
おねしょの心配は無いだろう。
布団の上でレミリアを中心に幸せそうに眠る咲夜達を見て、霊夢は障子を閉めた。
お嬢様。お早う御座います。
正直、軽く泣きかけました。
皆さんの本当の信頼の気持ち、知ることが出来てよかったですね。レミリアさん。
信頼するっていいですよね、信じて頼る。
こんな真夜中に泣かせやがって、こんちくしょう。
可愛くてかつ良い話でした!
ただし愛情は鼻から出る!
信頼って、脆い反面強いところがあると思います。
いくら永琳でもちょっと、と思いました。
普段から紅魔館の様子を観察できる内部の人間なら違和感は薄かったかも。
解釈が違うといえばそれまでなんですが。
フランが飲んだのはレミリアが断ったからで、そもそも、他のメイドや小悪魔が飲んでも可笑しくないし
子供を愛でようとした永琳が、とっさに考えた言い訳としか思えなかった
そしてその子達の面倒をみるレミリアたちが微笑ましいです。
レミリアのその考えや、彼女を守ろうとする咲夜さんたちは
とても素敵でした。
でも、上の方々も言っている通りほとんど関係の無いであろう永琳が
たとえ薬師・医者だとしても、なぜ彼女たちの心情を
すぐに見抜けたのかが解りませんね。
行動に違和感があり過ぎたように感じます。
これでは実験がしたいから彼女の勝手な都合で選ばれたみたいです。
○ ガッツポーズ
何だかんだ皆レミリアの事が大好きなんだなぁ。
勝手な解釈ですが永琳が紅魔館の心情を見抜いたのは、
永遠亭でも似通った事が有ったからではないでしょうか?
永琳も態々そういう話をするとは思えませんでした。
でも書きたいことと言いたいことはとても良く分かりますし同意します。
ちなみにその歳でハイハイでも個人差の範囲内かと思います。意外にスッと立っちゃいますよ。
良い話をありがとう
紅魔館メンツが薬を飲んだ動機付けは弱いかもしれんが
話の骨組みなんかは良いモンだった
次を 次の話を!読まさせてくれ!
「永淋が騙して薬を飲ませ、レミリアに嘘を言っている」
としか思えない不自然さを感じました。
まずはコメントを入れていただいた方に深く深く感謝いたします。
有難う御座いました。
永琳と紅魔館の方々との関係ですが、私は作品の中でレミリアと永琳の不仲を描写した『つもり』で御座います。
またコメント番43の方も言っておられますが、まさしくその通りです。
『書かないお前が悪い』と言われればその通りで御座います。言い訳もありません。
『輝夜=レミリア』とするつもりは有りませんが、仕える者の気持ち。それを永琳はわかっていたのだと考えておりました。
そこに気が付かれなかったのは私の文章力というか構成力の低さが滲み出ている部分です。
よって勘違いをさせてしまった、もしくは『中が悪そうに見えない』と思われてしまった方々に謝罪いたします。
>何故、永琳は目標の4人が飲むと分かっていかが不思議で仕方がない
私は作品の中で「永琳が飲ませた」もしくは「飲むと判っていた」という描写はしておりません。解釈の違いで思われたのならそれは私の失態ですが。
>永琳に感謝を覚えるというのは今までの自分達を否定することになりませんかね?
否定する事になると思います。
ですが温故知新という言葉のように私はこれからレミリア達は一層絆を深くすると思います。
解釈の違いと言うのは便利な言葉だと思います。それは私の逃げでもあるかもしれませんが…
その解釈の違いを埋められないのは他でもない私の『弱さ』であったと思います。
ご友人や尊敬している目上の方を思い浮かべて下さい。
彼らの行動、言動に一切の不満が無いという方は恐らくほぼいらっしゃらないでしょう。
『十六夜咲夜』達もそれに準ずるのではないかと私は考えました。
『親身な関係の絆こそ糸の様に細い』という言葉を私は友人から教えてもらいました。
レミリアは完璧で主として友として最高の存在ではない、と私は思ったのです。
そこに至るまでの過程を怠った様な描写が多くなってしまった事を謝罪いたします。
ですが私の考え、主張に同意していただいた、感銘していただいた方が多くて感謝感激であります。
解説を入れなければ不自然さが醸し出される作品を投稿してしまい申し訳御座いません。
むしろこの解説すら『曖昧だ』『解説になっていない』と思われる方がいらっしゃることだと察します。
ですが少しでもこの解説で不自然さが抜ければと思います。
上から目線の様で恐縮ですが、何卒よろしくお願い致します。
そしてあっさりのせられる脳みその無いレミリア
4人を狙った訳では無く、ただ面白い薬を紅魔館の住人に無作為で飲ませたにしては、いつ治るか聞いただけのレミリアを突然罵倒して貶して蔑むって何この永琳
あと、永琳の言葉からすれば『彼女たち』を狙ったようですが、作者はそんな描写は無いと書かれているのが矛盾してますが?
あと最後に咲夜さんをもってきたのは流石でしたw
信頼関係といえばレミリアと咲夜ははずせないですね。
コメにコメはいけないとは分かっていますが一つだけ。作品をどうとらえるかは人それぞれでして、その作品を楽しんでいる人もいるわけですからあまり険悪な感じのコメントはよろしくないかと・・・
批判をするなというわけではないですし、東方が好きだからこそ感情的になってしまうというのは分かるのですが、ここはみんなが楽しむ場なんですから。
泣いた。なんだかいい気分にさせて貰ったよ。あんがとさん
でもやっぱり永琳が気になります…
なのでこの点数で。
やはり永琳がかなりキツイ言い方をしているせいか批判が集中しているようですが、私はこれでも良いと思います。
永琳には永琳なりの経験があったうえでこういった言動をしているのだと思いますし、紅魔館と永遠亭は一つの大組織という点では共通するところだと思います。
そういう背景があるからこそ永琳は紅魔館に救いの手を差し伸べたのだと解釈しています。
もちろんこれは永琳に悪意は全く無いとの仮定のもとですが。
まぁ永琳がこういう行動を起こすに至った経緯があればわかりやすかったのかもしれませんが、それでは脱線しすぎますかね。
まあ、それを埋めるのも一つの手腕なんだがな。
きっと一部始終を門前で聴いてたうどんげが駆け寄ってきてこう言うんだ
「さすが師匠!こうなることわかってたんですね!」
エーリンは決して振り返らずしかし笑顔で、
「ふふ、さあどうかしら。さあ、さっさと今日の分回っちゃいましょう!」
「あ、まってくださいよ~師匠~!師匠~!」
笑顔で駆け出すエーリンと追いかけるうどんげの画が劇画風になって完、と。
天才無免許外科医の魂は幻想入りしても天才薬師の中で生きていたってことだね!
あなたの作品は賛否わかれるな。綺麗に。
おれはすきだがね。
なんだか永琳が嫌いなのかと、ふと思ってしまった。