春の終わりごろ、散ってしまった桜の樹の下で月を見ながら酒を飲み交わす二つの影、その二つの影のうちの一つは小さい少女の姿だったが、その頭には角が生えていた。
「なあ紫、〝あいつ〟が心を持ったのは何でだろうな?」
角の生えた影、つまるところ鬼は、いつもは陽気な酒なのにもかかわらず、その日は何故か物憂げな顔で、そんなことをもう一つの影、紫に訪ねた。
訊ねられた紫は、どう答えたものかと頭を悩ませる。
答え自体は分かっている。しかし、それを今言葉にしていいかどうかという点が問題だった。
しかし、紫が頭を悩ませている内に鬼は勝手に話を進めだす。
「闇を畏れる心が忘れられ、己を戒める心が忘れられ……。挙句の果てには人の心さえも幻想なんじゃないかと思い始めるってのは本当にどういうことなんだろうな?」
もちろん、そんなことを思っている人間は〝外〟でも少ない、だが、この場合の問題はそういったことを思い始める人間が増えつつあるということだろう。
「なあ紫、人がいろんなものを忘れていったら、最後はどうなるんだろうな? 幻想することさえも忘れ去られちゃったら、本当にどうなっちゃうのやら……」
鬼はそう言いながら、手にしていた大きな杯に酒をなみなみとつぎ、一気に煽り飲み干したかと思うと、そのまま紫のほうに倒れこみ、その膝を枕にしてしまう。
「私らはまだ生きてる。こうやって触れりゃああったかい、一度は幻想になったかもしれないが、私らは今ここで生きてる……。そうだろ紫?」
「ええ、そうね」
紫は鬼の頭を優しく撫でながらそう囁く。
「紫、私は今の〝あいつ〟が好きだ。けどそれが、〝外〟の連中が色々忘れたからだって思うのが嫌なんだ。私はどうすればいいんだろう?」
「好きにすればいいのよ、貴方の好きにね。私も今のあの子が好きよ、妖怪退治が仕事なのに妖怪にすかれてて、心無い存在であるはずなのに心を持ってて、からかったりすると、ころころ表情が変わるところとか、そういった矛盾が見ていて飽きないし……まあ、そんなのは、自分が納得するために後からつけた理由で、気がついたら目が離せなくなっていたのよね。貴方もそうじゃないのかしら?」
紫の言葉で、鬼はしばしの間どうだったかと考える。
「言われてみれば、あんたの言う通りの気もするねぇ」
「大抵はそんなものよ、何がどうだとかそんな難しいこと考える必要なんて無いのよ」
「あはははは!! いっつも難しいこと考えてるお前さんがそれを言うか」
普段の紫を知っているからこそ、意外すぎるその台詞が受けて豪快に笑う鬼、それに対して紫は、小さくくすりと笑って。
「ええ、言うわよ、だって人を好きになるというのは式の無い、解のみの代物ですもの、考えるだけ無駄よ」
「なるほどね、うん、だったら私も考えるのは止めだ。霊夢が好きだ。それだけで良いわけだ」
「そういうことよ」
良い答えに行き着いたのが嬉しいのか、鬼は起き上がってひとしきりの間笑った後、ふと何かを思い出したように紫に尋ねる。
「……ところで紫、私は最初のほうで何か暗いというか、悲しいことを悩んでいたような気がするんだが、違ったかな?」
鬼の問いに、紫はしばし考えた後。
「そうねぇ……。お酒飲んで忘れるくらい下らないことだったような気がするわよ」
「そっか、うん、確かに酒飲んで忘れられるってことは大したことじゃないな、うん」
そう言って、ぐいぐいとお酒を飲んでいく鬼、そんな鬼の様子を眺めながら、紫は「本当に下らないことよ」と小さく呟く。
〝外〟がどうだの、〝人〟がどうだのと下らないことで悩むくらいなら、好きな人が何をしたら喜ぶかとか、どうやったら皆で楽しく生きていけるかなどを考えているほうがよっぽど良い、そんなことばかり考えているとか馬鹿馬鹿しいという者も居るかも知れないが、実際にそれを考えてみると、それがどれほど難しいことか分かる筈で、つまるところ――。
「馬鹿馬鹿しいくらいが丁度良いのかも知れないわね」
「うん?そうだな、馬鹿馬鹿しいくらい、がばがば行こう、紫、そんな小さな杯じゃなくてこっちでぐいっと行こうよ」
「えっ? あー……そうね……」
紫は鬼が満面の笑みを浮かべて差し出してきた大きな杯を、半ば諦めたように苦笑しながら受け取る。
そして、その杯になみなみと注がれていくお酒を見ながら。
(……これはもう……全部忘れるかもしれないわね)と、何ともいえない覚悟をするのだった。
>>5
萌えかどうかは分かりませんが、八雲家は様付けしたくなる不思議な魅力がありますよね。
>>8
>>9
もしかしたら勘違いされてるかも知れませんが、お酒が入ってるのは登場人物にというつもりだったのですが……。
そうではなく、文の通りの意味で、話がおかしいということでしたら申し訳ありません。
次はもっとちゃんとしたものになるよう努力いたします。
>>15
お二方、コメントありがとうございます。
8と9の方のコメントで、致命的なミスを犯したかとか、実はどうしようもない駄作だったのではないかと悩んでましたが、お二人の言葉のおかげで持ち直しました。
といいますか、嬉しすぎて……。
ともあれ、次はもっと良いものが書ける様がんばってみます。
そのときはまたよろしくお願いいたします。