Coolier - 新生・東方創想話

きゅっとしてあげる!

2009/04/07 08:08:14
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「起きなさい! 兄さん、起きなさーい!」

 お目覚めの定番といえば、雀の鳴き声だろう。
 今日も私は、雀に起こされることとなった。
 雀といっても、夜雀の怪というらしい。何やら羽根の生えた少女の姿をしているのだが。
 知らぬ者にとっては如何わしい光景に映るかもしれないな。
 目を開けると、そこにはやはり、私を見つめる彼女の姿があった。
 心なしか、彼女の瞳と指が優しく震えているように見えた。

「ん、目ぇ覚めた? じゃあ体温、計るからねー」

 腕を挙げ、体温計を腋に差し込まれる。
 何も変わることのない、幾度と無く繰り返された朝である。
 だからこそ言える。彼女は次に、日付、私の愛称、体温を読み上げ、メモをするに違いないと。

「卯月の八日、だね。兄さん、36度3分、平熱っと……」
 
 鳥頭の彼女と違って、私は記憶力が良いのだ。数百回も繰り返した朝なのだから、これくらいは朝飯前だ。
 他には、そうだ。卯月の八日というのは、私が彼女と会った日であるということまで覚えている。



 この世界に来る前、私は会社の経営に行き詰り、莫大な借金を負った。
 家族からも見放され、借金取りに追われ、日本各地を転々とさ迷った。
 転落した人生に嫌気がさし、自殺を決意して、とある樹海に分け入ったのだ。
 するとどうだろう。辺りが急に霧がかった。あるいは頭がぼやけてきたのかもしれない。
 そのガスが揺れると同時に、左右の木々もまた、ぶらぶらとくねるのだ。
 平衡感覚を失い、視界がすっと暗くなっていく。直感的に、ここでのたれ死ぬのだと思った。
 立っていることができず、堪らず、頭を抱えて倒れてしまった。
 それからのことは、聡明な私をしても記憶に残っていない。

 そして気づいたときには、この質素な木ばりの部屋の中だったのだ。
 部屋に彼女が入ってきた途端、私は飛びかかって質問攻めをした。
 ここはどこなのか、あなたは誰なのか、どうして私はここにいるのか、と。

「ここは幻想郷。恐ろしいところよ。危険な化け物がそこら中にいるし、最近は妙な伝染病も流行ってるし……。
でも、生きていてよかったー。どこか、痛いところはあったりする?」

 曰く本人も妖怪であるらしいが、親人派であるからか、私を助けてくれたらしい。
 どういうわけか、出会ったときから兄さん、兄さんと呼ばれて懐かれた。
 その上、三度の飯から健康管理まで、何から何まで世話をしてくれるのだ。
 当初は自殺を考えるまでに弱った精神であるが、今では彼女と仲良く話ができるまでにはなっている。
 外が危険であるせいか、決まった散歩コース以外はほとんど出歩かせてくれないが、仕方あるまい。
 これもきっと、彼女の厚意によるものに違いないだろう。



「どうしたの? 兄さん、お風呂、入らないの? 具合は悪くないの?」

 おっと、過去の世界に浸りすぎて、今の私が見えていなかったようだ。
 最近の伝染病を防ぐためか、私は朝夕と二回の入浴を言いつけられている。
 お風呂といっても、軽く体を洗って、冷水で流すだけの簡単なものではあるが。
 ミスティアに同意して、風呂場に向かうことにした。
 その途中の廊下で、妙なものを見つけてしまった。



「いっただきまーす。今日もおいしいお魚さん、栄養たっぷりお魚さん!」

 私が寝ている時は、彼女は屋台を経営していて、それで生計を立てているらしい。
 その余り物なんかを私の食事に出してくれるのだ。
 余り物とは言っても、申し分ない味である。正直、かつての妻よりも上出来である。
 いや、むしろ私にとって、ミスティアは妻と言って良いのではないだろうか。
 今や、私の生きる希望の源は、ミスティアといっても過言ではない。
 それ程までに大切な存在である以上、廊下にあったカレンダーが、気になって仕方が無かった。
 卯月の八日に、赤字で丸がしてあるのだ。
 その上、「がんばる!」と拙い字で書かれてあるのだ。
 これは何を意味するのだろうか。平常心を装って、彼女に尋ねた。

「え、うん!? あー……。大丈夫。うん。その……。後で、ね」

 私の目には、明らかに動揺の色が見えた。
 確かに彼女は朝から、僅かに様子が変だったではないか。
 今の今だってそうだ。目を泳がせて、私とろくに顔を合わせられないのだ。
 今日はちょうど、出会って一年目である。おそらく、そこに関係があるに違いない。
 彼女をあまり困らせてもいけないだろう。一つ、話題を変えることにした。
 そうだ、定期的に私の体を診てくださる、永琳先生のことにしよう。
 二日前に検診を受けて、これといった結果を知らされていないのだ。
 一度私が大熱を出したときにも、世話になったことがある。
 あのとき、ミスティアは私に付きっ切りで看病してくれたものだった。

「え、永琳先生? まあその、健康だって言ってたけど……。何か、気になる?」

 また一つ、彼女の表情が動いた。
 永琳先生、と私が口にした途端、彼女の眉がぴくりと動いた。
 私を見るその眼差しは、どこか不安げで、怪しむようであった。
 まずいことを言ってしまったのだろうか。
 何も答えられずにいると、沈黙を断つように、ミスティアがすっくと立ち上がった。

「ごちそーさま! えっと……。ねえ! あの、今日は一緒に散歩しない?」



 部屋にずっといると良くないよ、と言われて、朝ごはんの後は散歩をしている。
 といっても、彼女の家の敷地内をぐるぐると周る、簡単な運動である。
 すっきりとした空気の中、これまた爽やかに桜が目いっぱいに咲いている。
 この世界に来た頃は、何があってもため息しか出ていなかった。
 しかし今はどうだろう、この暖かい世界を感じるだけで、期待で胸が膨らんでくるのだ。

「ふふ、何だか楽しそうだね」

 淡い空に、淡い花。何故だろうか、妻と出会った頃を思い出してしまう。
 私にはどうしても、ミスティアがその像に被ってしまうのだ。
 とん、とんと、跳ねるようにして、私の歩みにミスティアが合わせる。
 そのまま彼女が、私の手をとった。

「……ちょっと、いい、かな? うんっと。……話したいことが、あって」

 反対側の手で、古びた倉庫を指差した。
 散歩コースに、いつもちょこんと佇んでいたものだ。
 ふわふわと手を引かれて、私は彼女に導かれてゆく。



 中は意外にもがらんとしていて、これといった物は何一つなかった。
 まさに古臭いにおいが漂っていて、湿っぽかった。
 窓が無いせいで春の暖かい日差しは届かず、薄暗い。
 歩くと、ぎしぎしと床がうめきだす。
 倉庫の中ほどまで来たところで、彼女が私に向き直った。
 向き直った、ところまではいいのだが、中々話が切り出せずにいる。
 下を向いたり、上を向いたり、もじもじとしてばかりである。
 どうしたのか、と聞こうとしたところで、彼女が口を開いた。

「……薄々、気づいているとは思うんだけど、ね」

 ぎしりと、床が鳴る。
 一つ、彼女が近くなった。
 手を伸ばせば、いつでも届くところにいる。

「でも、私、こういうの、上手に説明、できなくって」

 彼女の声が震え始めた。
 釣られて私も、緊張してしまう。
 私はただ、いいんだ、いいんだ。落ち着いてと、壊れたレコードのように何度も繰り返すことしかできなかった。

「だから、その。行動で、示す、から」

 もう一つ、ぎしりと床が鳴った。
 もはや、目と鼻の先である。
 彼女の鼓動が、私にも届いてくるほどだ。
 私の肩に、すうっとしなやかな手が伸びた。
 それが細かく、痙攣するように震えているのだ。
 男として、私はミスティアにどうしてやるべきなのだろう。
 自分の肩も、緊張に耐え切れずぶるぶるとしてきた。
 何度か彼女は背伸びをするものの、すぐにうつむいてしまった。
 うつむいたかと思うと、今度はその顔を左右に振った。

「ご、ごめん! こういうの、まだ、慣れて無くって……」

 とうとう、その瞳に涙が浮かんでしまった。
 居ても立っても居られず、彼女の手をさする。これで少しでも気が楽になれば良いだろう。
 すると、もう笑っているような泣いているような、もう何ともいえないくしゃくしゃとした表情になった。

「うん、大丈夫。それじゃあ、目を、つぶって……」

 肩にかかる手に力がこもった。
 この場所で、この状態で、目をつぶると言うのか。
 そうなると私も、心の準備をしないといけない。
 大きく息を吸って、吐いた。もう一度吸って、目をつぶった。
 そして、いいよ、と呟いた。

「いくよ……。えい!」

 その細い手が、ぐっと私の中心部へと動く。
 瞬間、何かがはじけとんだ。
 私はもう、何も考えることは、できなくなってしまった。






 文々。新聞 卯月の九日 
 ミスティア養人場、第二十三段完成!

 ミスティア・ローレライさん(夜雀)の養殖した人間が二年ぶりに発売される。
 今までに発売された人間はどれも高品質で、発売する毎に妖怪から注目を集めてきた。
 天然者より、養殖者のほうがずっとおいしいと評判になっているのだ。
 今回で第二十三段目となるが、今回は特に自信作であるらしい。
 ミスティアさんは自慢げにこう語った。

「いつも健康管理、衛生管理には気をつけているけど、中でも精神管理に気をつけてるの。
悩みがあるより、無い生活を。変に警戒されないよう、気をつけるのは大変だったわー。
でも、ストレスが少ないお肉はおいしいものね。食べてくれる皆のためにも、がんばってるのよー」

 現在は既に予約で一杯であるが、次の機会があれば、貴方も一つ、如何だろうか。
養鶏場があるんだったら養人場くらい作ってもいいよね!
いいのかなあ。
これでも作者はみすちー大好きです。ほんとだよ。
飛び入り魚
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コメント



0.2210簡易評価
2.80名前が無い程度の能力削除
こ、これは……結構キツイものがありますね。
妖怪らしいみすちーは自分も好きです
8.90煉獄削除
外から来た人を養い、健康面・精神面ともに良好な状態になったら
食料として……と。
冒頭などでは「そういう話かな」と読んでいましたが、なんか
違うなと思ってたらこの展開になるとは。
『きゅっ』ていうのは絞めるということなのでしょうね。
面白かったですよ。
9.100名前が無い程度の能力削除
オリキャラとの恋愛モノかと思って読んでいたら、まさかのこのオチ
ちょっとぎょっとなりましたが、人間が家畜にしていることを、
妖怪と人間に置き換えれば、たしかに違和感がないですね
10.100名前が無い程度の能力削除
背筋がゾッとしました。
考えてみたらこんな商売ありそうだ。
13.90名前が無い程度の能力削除
オチ読めたけどぞっとした
こういうこともあるんだろうな
15.100名前が無い程度の能力削除
せいぜい太らせて喰おうと同程度かと思いきや
なんと売っていたとは。
あの新聞は人間には配れませんな
16.90名前が無い程度の能力削除
どこの樹海ですか
20.90名前が無い程度の能力削除
ああぞっとした。
24.80名前が無い程度の能力削除
これって、幻想郷を小さく切り取って見た図なんでしょうね、きっと。
25.100名前が無い程度の能力削除
こえぇぇ
28.90名前が無い程度の能力削除
うむ、よいミスちーだ
31.90名前が無い程度の能力削除
このおじさん元々自殺する予定だったんだから至れり尽くせりですね
35.100名前が無い程度の能力削除
屋台経営に養畜業、このミスチー儲かってそうだ。
36.90名前が無い程度の能力削除
オチが分かっていてもぞくっとするなこれは
人間など食材よ!
37.80名前が無い程度の能力削除
軽く笑いながら読んでしまった。
安心のオチ。
43.80名前が無い程度の能力削除
タイトルが ぎゅっ ではなくて きゅっ だった意味がわかりましたわ
46.80名前が無い程度の能力削除
一年も一緒にいられるなら喜んで養殖されます
47.90とらねこ削除
たぶんこうくるだろうなと思っていましたが、ハラハラしながら読み進めました。
48.90名前が無い程度の能力削除
やはりみすちーの本質はこうだよなー。
人喰いだらけなんだよなー幻想郷は。

だがみすちーに養われるならそれはそれで!
62.90名前が無い程度の能力削除
親人派って所で引っかかったが、売っぱらってたのは予想外
65.100名前が無い程度の能力削除
兄さんか
70.100名前が無い程度の能力削除
食人もののひとつの手本のような見事な作品。