紫って胡散臭いかしら? と呟いたら、慧音におかしな目で見られてしまった。
でも求聞史記に書かれるほどではないわよね、と誤魔化したら絶句されてしまった。
「……おまえ、すごいな」
「それほどでも?」
常識人に引かれてしまったショックを隠してできるだけさらりと返すと、慧音は空を仰いでしまった。うん、青いわよね今日の空。きれいだわ。でもね?
「こっち戻ってきなさいよ。なに、私そんなにおかしなこと言った?」
「言った、と思うんだが……。すまん。もしかしたら私の常識がおかしいのかもしれない」
「いや、あんたの常識を疑うくらいなら自分の常識を疑うわよ」
とは言ったものの、自分で自分の発言のどこがおかしかったのかは未だにわからないのだけれども。
よし、一から整理してみましょう。
事の発端は、慧音が里と神社との距離が遠いと言い出したことからだ。
新しく生まれた子のために健康を祈願するお祈りをしてほしい、とその子どもの両親から伝言を頼まれて博麗神社までやってきた慧音は、本題を私に依頼するとその家族のもとへと私を案内しがてらそう言った。
「まったく。別に迷惑というわけでもないが、それでも里と博麗神社は遠すぎるな。これでは里のものは妖怪云々で近寄りがたいという以前に、まず地理的な問題で近寄らないだろうに」
形だけの呆れた口調。それは愚痴でも文句でも忠告でもなく、ただ単純に話題としてたまたま上げやすかったからという感じがした。
だから私も軽く言ってやったのだ、だったら紫にでも頼んで神社直結のスキマでも開いてもらいなさいな、って。
すると慧音は黙り込んでしまった。
不審に思いつ横を飛ぶ慧音の顔をのぞくと、彼女は難しいような困ったようななんとも言えない表情で眉間にしわを寄せていたのだった。
そういえばコイツ、冗談通じないんだっけね。
けれど気がついて、コイツもわりと難儀な性格よねー、などと思いながら冗談だと告げようと思った時、それより早く慧音が先に口を開いたのだった。
曰く、「紫はどうも苦手でな……。その、なんとなく胡散臭い気がして」らしい。
それに対して素直な感想をこぼすとこれだ。このうんうん唸りながら里へと進む、既確認飛行物体K。あー、紫の言ってた『きゃるちゃーしょっく』ってやつかしら、これ。
「何もそんなに悩まなくても」
「……しかし、胡散臭いと思わずにいられるのならより紫との仲も円滑に行くだろう?」
「どーかしらねぇ。そんなんで済むなら私とアイツは親友だわ」
「違うのか? よく一緒にいるのを見かけるし、私はてっきり仲が良いのだと」
「違うわね。他の奴らと一緒、ただ縁があるだけよ。よく顔は見せるけれどね」
ただ他の奴らと違うのは手土産持参ということかしら。
そしてそれを武器に盾にお茶をねだって居座るのだ。
お茶を渡すとアイツは私の隣に腰をおろして長話を始める。
扇子で口元を覆ったり、人差し指を唇にあてたりしながらして色んな事を話して帰る。
おっかしいのは、その人差し指を唇にあてる仕草がなんだかとても似合わないことだ。幽々子や永琳やらが同じ仕草をとったとしたならば妖しく「内緒ですわ」とでも言われているかのように思えるものも、アイツがすると「な・い・しょ」と語尾に星やら音符やらハートマークやらを飛び散らせているかのように軽く見える。
あれじゃ胡散臭いも何もない。
……と思ってたんだけどなぁ。
「そうか、アイツ胡散臭かったんだ……」
「感慨深げに思う時点で何か間違っている気がするが……」
「そんなものかしら」
「そういうものだろう」
「ふぅん。――ああ、でも話は変わるかもしれないけど、一つだけ気になっていることはあるわね」
「ほぅ?」
「アイツさぁ、あんな毎回毎回うちに何しに来てるのかしら?」
わざわざお金使って……るかどうかは分からないけれど、来るたびにお土産なんか持参して、することと言ったら私の隣で話をしながらお茶をすするだけ。
長い時は朝から晩まで。
続く時は大安から仏滅まで。
「ねぇ、何しに来てると思う?」
繰り返されているうちにたまに抱くようになった疑問。けれど『たまの疑問』でも何度も続けば相応に不安にもなる。まあアイツのことだからおかしなことなんてしないだろうけれど、それでもそのうち何か悪戯でも仕掛けられるのではないかと勘ぐってしまうのもまた事実。
はたして慧音の下す答えは如何に? と思ったのだが、待てども待てども返事が来ない。不思議に思って振り返ると、そこには頭を抱えた知識人の姿があった。
「ちょっと慧音? 分かんないなら別にそこまで悩んでくれなくってもいいのよ」
「あー……いや、わからないと言うか……」
「あ、分かるの? だったらさっさと教えてよ」
「…………すまない。やっぱり私には分からない」
「あらそう? なんだ、だったら思わしげな態度を取らないでよね」
ふと眼下に視線をやれば、こちらに向かって手を振る男性の姿を見つけた。ねえ、あの家? と指さし問いかけてはみるものの、慧音はなにやら非難がましくうんうんと唸るままだった。
慧音も紫もいったい何だというのかしら?
頭を抱える慧音を残し、私は一足先に男性の元へ降り立った。
依頼された祈願を済ませたらすぐに帰ろうと思っていた。
のだけれども……、
「ちょっとぉ……」
抱いてみますか? と聞かれて迂闊にも受け取ってしまった赤ん坊が、なぜか私の服をつかんで離さない。しかも無理やり引きはがして母親に変えそうとすれば、たちまちぐずり出すという始末。
「あらあら、困りましたわねぇ」
母親はそれを見て困っているようで、けれどどこか嬉しそうな顔をした。
朗らかぁーな表情からは嫌な予感しかしない。
「ねえ、ほんとに困ってんなら今すぐ何とかしてほしいんだけど……」
「けれど有り難いですわ、これから主人と一緒に出かけるようがありましたの。博麗の巫女様が子守をしてくださるのでしたなら、私たちも安心して行って来れますわ」
「おいこら、人の話聞きなさいよ。――ちょっと慧音! あんたからも何とか言ってよ!」
はい、的中。
子供を泣かせない程度に叫ぶ、という我ながら器用な真似をして常識人に助けを求めるが、
「いいじゃないか、それくらい。特に用があるというわけでもないのだろう?」
せっかく懐かれたんだしな、と笑顔で告げる彼女には私を助ける気がないどころか、私が困っているというのが分かっていないようだった。はいはい、慧音先生は子供好きでしたわよね。
けど、私にとっては厄介事でしかないのよ。
「もう、どうしろってのよ。私子供のあやし方なんて知らないわよ? ……あー、もう。やっぱ私帰る。泣こうがわめこうが知ったこっちゃないわ。慧音、とっとと代わって――」
「あ、そういえばお土産は何にしましょう? 兎肉でもお分けいたしますか?」
「――くれなくていいわ。うん、私に任せて。子供とか大好きだから」
厄介事だなんてとんでもないですわ。
兎肉様……じゃなくてお子様の為なら慧音の白い目だって気になりませんの。
では行ってきますね、と出かけていく子供の両親に笑顔でいってらっしゃいと言った頃には流石に呆れ顔ではなくなっていたけれど。
その代わりというべきか、預かると言ったからにはそれなりに子供の扱いを覚えるべきだ、とあれこれと指摘をしてくるようになったけれど。
「えっと、腕は右腕ひとつで抱く感じ……っと、こう?」
「そうだ。赤ん坊はまだ首が据わっていないからな、できるだけ腕を枕にするようにして頭を支えてあげることを意識するんだ。それから……そう、下から左腕を使って体を支えてやることを忘れるなよ」
「ん……おも」
「命とは重いものさ」
「そういうんじゃないけどね、っとと。ねえ、座って抱いた方が楽な気がするんだけど、そうするんならもしかして左腕は太腿で代用できるわよね?」
「そうだな、でも右腕の枕は欠かすなよ」
赤ん坊は重くて温かかった。
床に座って太腿に乗せると、まるで自分自身が大きな揺りかごになったかのような錯覚を覚える。自分が抱えるその内に、安らぎ笑う命がいる。
……やば、ちょっと可愛いかも。
「……ねぇ、慧音?」
「うん? どうした?」
「赤ん坊ってさ、触っても大丈夫? 怪我とか病気とかにならない?」
愛おしい、と思うと同時に急に赤ん坊を抱えていることが怖くなった。
この命に触れてみたいとも思うけれど、それを同時に恐ろしくも思う気持ち。妖怪相手にならあれだけ派手にスペルカードで戦える自分が、こんなことに不安を覚えるだなんて自分でも信じられないことを聞いてしまった。
笑われるかな? と覚悟した。
けれど、慧音は笑わなかった。
「そうだな、頬とか軽くつついてみるといいさ。やわらかくって可愛いぞ?」
「うん……」
いつもよりも優しそうな声音でそう告げるだけだった。
言われたとおりに突いてみた頬は、やはり言われたとおりふにふにとしていてちょっと癖になりそうな柔らかさだった。
嫌がるかな? とも思ったけれど、赤ん坊はいつの間にか夢見心地で目蓋を閉じていて、ふにふにされることを特に嫌がるわけでもなくまどろんでいた。
「霊夢は子供に好かれやすいんだな」
「そうかな。そうなの?」
「ああ、もしも嫌われているなら普通起きる。安心しきっているんだろう」
そう言われて悪い気はしない。
調子に乗って唇なんかもつついてみると、むぐむぐという反応があった。
それが面白くて指をあててみると今度は私の指をくちくちと吸いだした。
母親の乳首と間違えているんだろう、と慧音は笑って言った。これくらいの子供はこうすると安心するんだ。そう言われてみると寝坊助の表情はさっきよりもさらに柔らかいものに見えた。
「ばかな子」
「でも私もお前もこうだったんだ」
甘えるかのような口と舌に、結局いつまでそうしていたかは分からない。
けれど指が少しふやけてしまう程度には永い時間だったのだろう。
飽きることなく赤ん坊で遊んでいるうちに、この子の両親が帰ってきてしまった。
申し訳ありません、ありがとうございました。と言われて兎肉を受け取る代わりに赤ん坊を引き渡すと、腕の中にあった熱が冷めて消えていくのを感じた。すっかり情が移ってしまったのかもしれない、なんだかちょっと寂しいし。
柄でもないわね。
慧音に別れを告げて、一人空を飛びつつ思う。
けれどもあの温かさは、いつか私が『お母さん』になったときに再びこの腕の中に染みいるのだろう。
だとしたら、今はまず腕を温めるよりも先にお腹の中を温めるべきよね。空腹を満たす的な意味で。
赤ん坊の余韻はさておくことにしておいて、代わりに兎肉を抱きしめながら私は家路へと急ぐことにした。
「あらいらっしゃい、素敵なお賽銭箱はあちらよ」
神社に帰ると紫色の自称少女が縁側でお茶をすすっていた。
「それは残念ね、せっかくお土産あるのに。客じゃないなら渡す義理もないかしら」
「そう言うことならお茶でもいかが?」
「それじゃあとびきり熱いのを……って、飲みかけを渡すな」
人がせっかくいつもの構図の真逆を演じてやったというのに、紫色の偽称少女は歳に合わない悪戯っぽい瞳とともに自分が口をつけていた湯呑をこちらに向けやがった。
「私はいつも新しく注いでやってんのに……」
「冗談よ。ええっと……はいこれ」
と、思っていると今度はスキマを開いて何やら探って見せたかと思うと、白い湯気の立ち上る藍色の湯呑を取り出して見せた。正体不明のそれに一瞬怒鳴りつけてやろうかとも思ったけれど、スキマから聞こえてきたとある狐の悲鳴を聞いて安心して湯呑を受け取る。
「まあどちらにしてもあんたが注いでるわけじゃないけどね」
「でも淹れたてですわ」
しかも味も保証付きだしね。
けれども今それを飲むわけにもいかない。ちょっと待ってなさいね、と受け取った湯呑を一旦置いて、先に兎肉を氷室に入れて来る。すぐに悪くなるわけじゃないだろうけれど、少しずつ大事にいただくのなら出来るだけ保存状態をよくしておきたいのが人の性。
「あれは何だったの?」
戻って来ると開口一番に紫に聞かれる。兎肉を貰ったのよ、と慧音を通じて依頼を受けたことまで一通り説明すると彼女は、別にそんなに慌てて保存しなくてもいいでしょうに、と呆れたようにのたまいやがった。ぶるじょあめ。
「それにあれはお土産なのでしょう? 今晩振舞ってくれるのなら別に仕舞ってしまわなくてもいいでしょうに」
「あれはあんたに合わせただけよ、不法侵入のお茶泥棒に振舞う御馳走なんて――」
「こちら、(藍が)三時間半並んでやっと買えた某高級有名和菓子」
「あ、そうだ。せっかくだからこの前あんたが持って来たお酒も開けようか?」
「あら豪勢」
前言撤回、せれぶ上等。
「さて、そうと決まれば」
「ええ、ええ。お茶でも飲んで一休み」
「……ちょっと手の込んだ料理にでもしようかと思ってたんだけど?」
もう一度向けた背に投げかけられた非難がましい声。
何事かと思って肩越しに見やると、そこには幼子よろしく尖らせた唇に指をあてて頬を膨らませる詐称少女が一人。
豪勢、と言われたからにはそれに見合ったものでも作ろうかと人がせっかく気まぐれを起こしたというのに。子供っぽいしぐさに呆れつつ、こちらも負けじと非難がましく言い返すと紫は、だって霊夢とお茶を飲みたいんだもん、と今度はまなじりを下げた。
どこのどいつだ、こいつを胡散臭いとか言い出した奴は。怪しいというか、ただなんか面倒なヤツなだけじゃないか。
「あら、幸せなんか逃がしちゃってどうしたの?」
「……なんでもない。ただ人の噂ほど当てにならないものもないわよね、と」
紫は訳のわからなさそうな顔をしながらも、私が大人しく隣に座ると満足げに表情を笑みに変えた。
「あんたは何で胡散臭いとか言われてんのかしらね」
不思議に思ってつい本人に問いかけてみる。けれど紫は、きっと地に足が付いているからでしょうね、と訳のわからないことを言ってお茶をすすった。
「上には上がいるものだけれども、逆もしかりとは限らないもの」
「……よくわかんないけど、ここなら首が疲れる心配はいらなさそうよね。私がいるから」
誰かは誰かで、誰でも等価だわ。誰かという点で。なんとなくそう付け加えると、紫はなんだかとても不思議な顔をした。何というか、温かさと冷たさを同時に表現しろとでも言われたかのような、そんな顔。
「それで? さっきのどういう意味?」
まあいいか、こいつが変なヤツなのは今に始まったことじゃないし。
ねぇ、聞いてんの? と更に問い詰めると紫はいつものように語尾に星やら音符やらハートマークでも飛ばしていそうなセリフを、いつものように口にした。
――見間違いじゃないのなら。
その顔は、こつんと小突く前からどこか痛そうな顔に見えた。
よい雰囲気と小気味良い会話のテンポ
情景を思わず浮かべてしまいました
霊夢が実に自分好み
いったいあんたどんなハマり方したんだwwwwwwwwww
それはそうと。
会話がストンと入ってくるような感じでいいですね
難解すぎず、良かったと思います。
3の人が某野性人の話っぽい件・・
特に結びの部分。
がんばれ紫w
いや、紫とのやりとりもいいですよ!
いいゆかれいむあざーっす!
えろす!と思った私を殴ってくれ!!