Coolier - 新生・東方創想話

地獄極楽ボーリング大会

2009/04/05 22:20:36
最終更新
サイズ
11.07KB
ページ数
1
閲覧数
2095
評価数
8/89
POINT
4510
Rate
10.08

分類タグ


 
 不景気という単語で頭を悩ませるのは人のみならず、閻魔の世界にもその波は訪れてしまった。掲示板に張り付けられた案内を見て、四季映姫は溜息を漏らす。
『春期慰安旅行 
 行き先:賽の河原』
 なんという近場。小学校で例えるなら校庭でキャンプをするようなものである。それはそれで楽しげな香りがするのだけれど、慰安旅行で行きたいかと言えば答えはノー。
 慰安なのだ。庭先で癒されるものか。
 親の仇とばかりに案内を睨み付けるも、それで行き先が変わるようなマジックや異変が起こるでもなし、無機質な張り紙はただ内容を伝えるのみ。
 これで旅行費を徴収するというのだから、詐欺で訴えて良いレベルだ。
 ちなみに発案者は旅行費をクラブで使い込んでしまったらしく、地獄巡りの旅に出された。心を読むかのように鋭いママのいるクラブらしいのだが、どういうわけか心辺りがあった。あったからといって、何がどう変わるものでもないけれど。
「はぁ……今年はもう行くの止めにしましょうかね」
 しかも、賽の河原を案内するのは小野塚小町。言わずと知れた映姫の部下だ。
 慰安旅行なのに頭痛の種と会わなければならず、しかも行き先は近場。これならば家に帰ってビールでも飲む方がよっぽど有意義に思える。
 いっそ、そうするか。
 俄に揺らぎ始めた心。ただ引っかかるのは徴収された旅行費と、案内役が小町だと言うこと。
 確かに部下の案内など今更で、しかもさして行きたいような所でもない。だが、何も旅行をするのは映姫だけではないのだ。他の閻魔も参加する。
 そこで小町が粗相をしようもなら、ひいては映姫自身の任命責任も問われかねない。
 ならば近くで小町を見張り、何事もなく旅行を終わらせる必要があるのではないか。
 結局のところ、映姫には行くしか道がなかったのである。
 慰安旅行なのに。
 気は重く、行く前から疲れを覚えた。





「はーい、初めましての方は初めまして。あたいが船頭で案内役の小野塚小町です。名前だけでも覚えていってくださいね」
 若手芸人のような前振りに、閻魔の間から失笑が零れる。
 実に恥ずかしい。
「今日は皆様に賽の河原を案内にすることになりましたが、とりあえず対岸まで向かいましょうか」
「小町」
「何ですか、四季様?」
「それなりの大人数。運べるような船があるんですか?」
 三十人はいないけれど、十より少ないわけではない。
 普通の船ならば出発する前に沈没する。
「大丈夫ですよ。特注した大船がありますから、三十人でも余裕でも乗せられます」
「そうですか、なら安心です」
 密かに懸念してのだろう。他の閻魔からも安堵の声が聞こえてきた。
「それじゃあ、行きましょうか」
 鎌と一緒に赤い旗を持った小町を先頭に、閻魔様御一行は三途の川へと向かう。そういえば飛び越す事はあっても、船で渡るのは久々だ。
 酔いはしないと思うけれど、せめて快適な船旅になればいい。
 映姫はそう思っていた。
「はい到着です。それでは皆様、順々に船へと乗り込んでください」
「…………………」
 微妙にやる気のない小町の案内。聞こえなかったわけでもないのに、船へと乗り込む閻魔は一人もいなかった。
 代わりに互いの顔を見合わせ、そして三途の川へと視線を移す。
「小町」
「はい」
「激流なんですが」
 三途の川。誰もが想像するような穏やかな流れはそこになく、雨上がりの渓谷かと見間違えるほどの荒々しさだけがあった。カヌーで下ろうものなら、思わずファイト一発の叫び声が欲しくなりそうだ。
「ああ、なんか閻魔様を運ぶって分かったら川が張り切っちゃいまして。それでこんなことに」
 いつから三途の川はそういうシステムになったのだろうか。閻魔便りには何も書かれていなかった。
 川岸に留められていた船は確かに立派だが、この激流を見ていると不安しか覚えない。
「大丈夫なんですよね?」
 恐る恐る尋ねる映姫。小町は旗を持ち直して、言い切る。
「はい、じゃあ乗り込んでください」
 閻魔の身なれど、今日ほど神に祈った日はない。
 後に映姫はそう語る。





 ハリウッド映画で言うなら一時間二十分目ぐらいのスペクタクルを体験した閻魔様御一行。よもや、この世に嘔吐する暇もない船旅が存在するとは誰も予想していなかった。
 半数の閻魔が失神して、残りの半数の呼吸も荒い。
 汗一つ掻いていないのは、船頭の小町ぐらいだ。さぼってばかりだと思っていたが、技術だけは超一流らしい。もっとも、使わなければ一流も三流も無いのだけれど。
「はい、到着です。皆さん、一人ずつゆっくりと降りていってください。足下に気を付けてくださいね。ふわぁ……」
 欠伸を噛み殺す。今の船旅のどこに、退屈な要素があったのか。旅が終われば是非とも尋ねておきたいとこだ。
「あの、小町……」
「何ですか、四季様」
「出来ればその、早めに宿へ行きたいんですけど」
 ぐったりと項垂れる映姫。彼女の言葉に異論を唱える者はおらず、むしろ皆がそれを望んでいる節がある。
 無理もない。ジェットコースターで移動していたようなもの。
 観光するより、早く寝たいと思うのは極自然な流れである。
 しかし小町は頬を掻き、気まずそうに言った。
「それがですね、宿に関して一つばかり問題が……」
「まさか、宿を用意していないと言うんじゃないでしょうね?」
「いえいえ、宿はちゃんと用意してありますよ。ほら、あそこに見えるでしょ。グランドホテル三途のリバー」
 小町が指さす方向には、三十階はあろうかという豪華なホテルが建っていた。噂には聞いていたけれど、なかなかどうして見た目は良い。
「ただですね、その手違いがありまして、一人だけ部屋がとれなかったんですよ」
 その言葉に閻魔達が騒ぎ始めた。
「ですから、その方はあちらのホテル(仮)に宿泊ということで」
 そう言って、小町はテントという名のホテルを指さす。
 三十階建てのホテルと比べるまでもなく、質素でシンプルな佇まいだ。だがテントに泊まるのなら旅行というよりは、キャンプに近いものがある。
 おあつらえ向きに、テントの側には飯盒も用意してあった。夕食はあれを炊けという事らしい。
「他に部屋はなかったんですか?」
「生憎と」
 騒いだ閻魔達が、今度は黙りこくる。
 無言のうちに探るのは、ただ一つの悩み。
 誰が、テントに泊まるのか。
 つい数十分前まではにこやかに笑顔を交わしていたのに、今では猜疑心たっぷりの視線をぶつけあっている。慰安旅行という文字自体が、どこかへ旅行に出てしまったかのようだ。
「といっても、どうせ話し合いで決まるようなもんじゃないでしょうから、こっちでその一人を決める為の手段を用意しておきました」
「手段?」
「題して、チキチキ賽の河原ボーリング大会!」
 三途の川に、小町の威勢の良い掛け声が木霊した。
「これから此処でボーリングをやってもらい、ドベの人がホテル(仮)に宿泊して貰います」
 実に分かりやすい話だが、何故にボーリングなのかという疑問はある。
「しかし小町。ボーリングと言ってもボールがないでしょう」
「ボールなら用意しておきました」
 手際の良い事だ。しかしボールを用意できたのなら、部屋をとることだって出来たはず。
 こうする為にわざと、部屋を予約しなかったのだろう。説教してやろうかとも思ったが、今更言っても遅い。
 全ては後になって、旅が終わってからすべき事だ。
 今はただ、豪華なベッドを勝ち取るのみ。
 意気消沈していた閻魔達も、目標を差し出されて俄然やる気になったらしい。用意されたボールを手に取り、鼻息を荒くする。
「ちなみに、倒して貰うピンはあちら」
 少し先に並べられているのは、積み上げられた石の山。
 その側では子供の幽霊が、新しい山を積み上げている。
「小町」
「はい」
「あれは倒していいものではないでしょう?」
「でも、どうせ鬼が倒すわけですから。ボールで倒しても構わないと思うんですよね、あたいは」
 どうせ倒すものだからと言われれば、確かにそうだ。映姫達が何もしなくとも、あの山は鬼によって崩される。
 だからボールで崩しても構わないと言えばそうかもしれないが、良心が痛むのもまた事実。
 鼻息を荒くしていた閻魔達も、このピンを倒すのは難しいようだ。誰も一投目を投げる者はいない。
 しかし、これは遊びではない。泊まる場所を賭けての勝負なのだ。
 非情に徹しなければ、石だらけの河原で寝泊まりする羽目になる。
 閻魔の一人が意を決し、思い切りボールを転がした。
 ボールは敷き詰められた石に翻弄され、まったく関係のない方へと転がっていく。そもそも河原でボーリングという行為自体、難易度の高いもの。そうそう山を崩すことはない。
 一人目に続けとばかりに、他の閻魔達もボールを転がしていく。
 あるボールは川に落ち、あるボールは見事に山を崩し、あるボールは鬼のくるぶしに直撃した。
 ちなみにどういうわけか、山を崩すと側にいた子供の幽霊がもれなくこちらに視線を向ける。
 実にやり辛い。
「四季様はやらないんですか?」
「……鬼が崩すものとはいえ、閻魔が率先して崩す必要もないでしょう」
「まあ、確かにあたいもそう思いますけど」
 小町の発言に首を傾げる。
「あなたが提案したのではないんですか?」
 とんでもない、と首を振った。
「案内役はあたいですけど、プランを立てたのは全く別の奴ですよ。確か、地霊殿の主が持ち込んだんだとか」
「ほお……」
 映姫の目が鋭くなる。てっきり諸悪の根元は小町だと思っていたけれど、どうやら黒幕は他にいたらしい。
「ここは任せます。私は少しばかり用事ができました」
「分かりました」
 鬼の悲鳴を背後を聞きながら、映姫は地霊殿へと向かったのである。





「そもそもですよ、是非曲直庁の連中がおかしかったんです。地霊殿は関係ないのに、慰安旅行の徴収に来たんですよ。逆らうわけにもいかないので払いましたけど、理不尽でしょ? だから少しぐらい懲らしめたって罰は当たらないと思うわけですよ、聞いてますかお燐」
「はいはい、聞いてますよさとり様」
 ソファーに寝っ転がりながら、酒臭い息で語りかけるさとり。かなり悪い飲み方をしてしまったらしく、その荒れ方たるや普段の彼女からは考えられない。
「まったく、是非曲直庁の連中は何を考えてるんでしょうか。いや、そりゃあ心を読めば分かりますけど。そういった意味ではなく、私を馬鹿にしすぎでしょうと? そう言ってるわけですよ、聞いてますかお燐」
「聞いてますよ、さとり様。だからちょいと、寝てはどうですか?」
「寝てるじゃないですか、ほら。それとも何ですか、お燐も私を馬鹿にするんですか?」
「いやいや、そういうわけじゃないですよ。あたいはさとり様の味方です」
「んー」
 心を読んだのか。安心した顔でさとりは腕を広げた。
「お燐」
「はい」
「抱っこ」
「はいはい」
 すっかり幼児退行してしまったさとり。酒が過ぎるとこうなるのが、彼女の困った欠点の一つでもある。
 さとりを抱きかかえて、燐は振り返った。
「そういうわけだから、納得してくれたかいお姉さん」
 ここまでベロンベロンに酔ったさとりを見ては、嘘だと疑う気にもなれない。どうやら是非曲直庁の腐敗ぶりは、映姫が思っていた以上のものだったらしい。
 そういう意味では、彼女もまた被害者なのだ。
 少し、過剰防衛しすぎだが。
「分かりました。お説教はまた今度にしておきます」
「あ、やっぱりするんだ」
「当然です。文句があるなら、私にでも相談するべきでした。こんな仕返しをされても、彼女からお金をとった者達は苦しみもしないのですから」
 お燐の腕の中で眠るさとり。そうしていると子供のようだ。
 さすがの映姫も、今の状態の彼女に説教をするつもりはない。
「それでは、また」
 そう言って、映姫は賽の河原へと戻っていたのである。





 阿鼻叫喚が待っているかと思いきや、賽の河原は予想以上に静かだった。
 それもそのはず河原に閻魔の姿はなく、いたのは小町ただ一人。
「あ、お帰りなさい」
「その様子ですと、どうやら決着はついたようですね」
 聞くまでもないが、一応小町は報告してくる。
「四季様が最下位でしたよ」
 当然だ。投げてもいないし、その場にもいなかったのだから。
 逆にこれでトップになったら、その方が怖い。
「まぁ、そういうわけですんで。四季様、お疲れ様です」
 苦笑しながら、小町が飯盒を差し出す。
 敗者は敗者の宿泊地。それが勝負の理とはいえ、そんな馬鹿げたルールに従うつもりは毛頭ない。首謀者もやけ酒を煽って寝てしまったのだし。
 受け取った飯盒を置いて、代わりに小町の手を握る。
「四季様?」
 首を傾げる小町を、映姫は引っ張って歩く。
「こんな所で寝るつもりなどありません。小町、今日は朝まで飲みますよ」
「ええっ!?」
「慰安旅行なのですから、あなたもたまには私の愚痴をきくべきです」
 激流を渡っていた時と違って、至極嫌そうな顔の小町。
 説教ではない単なる愚痴を言うのは初めてのことかもしれないが、四季も色々と思うことがあったらしい。地霊殿の主従を見て、あてられたのか。真偽の程は定かではない。
「旅の恥は掻き捨てとも言いますし、覚悟して貰いますよ小町」
「……まぁ、いいですけどね」
 腹をくくったのか、嫌々だった小町が横に並んで歩みを合わせる。
 まだまだ夕方にも早い時間だったけれど、二人の予定は朝まで決まった。
 夜雀の屋台では、閻魔の愚痴と死神の悲鳴が早朝まで聞こえたという。
「是非曲直庁なんかくそくらえです!」
 
 
 
 酒の種類も大事だけれど、誰と飲むのかで味が変わるとか何とか。
 何にしろ、愚痴の言える相手がいるというのは良いことです。
八重結界
http://makiqx.blog53.fc2.com/
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.3740簡易評価
11.100ちゃいな削除
えーき様と小町の仲がとってもいいお話でした。
そしてさとり様とお燐が……。
幼児退行したさとり様とかもうかわいすぎる!
お酒の飲み方には激しく同意です。本当相手次第ですよね……

とってもおもしろかったです!
17.80煉獄削除
映姫様が小屋台で愚痴を小町に聞かせ、小町は大変だったでしょうねぇ。
是非曲直庁への鬱憤も相当なもののようで。
愚痴りたくもなるのでしょうね……。
激流の三途の川を船でいくというのも面白かったですし、
酔ったさとり様が幼児退行状態になったのとそんなお燐の世話焼きも良かったです。
面白いお話でした。

脱字なのだと思って報告
>逆らうわけにも払いましたけど、理不尽でしょ?
さとり様の台詞ですけど、『逆らうわけにもいかないので払いましたけど』
ではないでしょうか?
18.無評価八重結界削除
脱字を修正しました。ご指摘ありがとうございます。
20.100名前が無い程度の能力削除
まあ何処のお役所も黒いところはあるのでしょう、現世じゃなかろうと。

しかし、さとり様・・・ホントに小5ロリ化してるww
24.100名前が無い程度の能力削除
珍しくストーリーがしっかりしてて面白かったです!
文句なしの100点です。
31.100名前が無い程度の能力削除
閻魔様たち(映姫除く)は,この日鬼になった訳ですね。わかります
32.100名前が無い程度の能力削除
八重結界さんの作品にしては珍しく先が読めた
35.100名前が無い程度の能力削除
ロリーーーーーーーーーーー!!!!!
51.90名前が無い程度の能力削除
クラブさとりん行きてえ!
気の利く火車と勝手にオレのつまみ食べるカラスのホステスに挟まれて
ママは小学五年生
心のヒダの奥の奥をいじられつつ
悪酔いしてぇ!