東風谷早苗は外の世界の出身である。
グローバル化が進んできたとはいえ、彼女の同級生の中には外国人は数えるほどしか居なかった。
ましてや彼女のように可憐な少女など居なかったので、
「きゃー、かわいいー」
東風谷早苗はレミリア・スカーレットを思いっきり抱き締めていた。
吸血鬼との始めての遭遇
「どうしたんですか? この子。それより宴会になんて連れてきちゃ駄目じゃないですか」
ふと気がつくと周囲の空気が凍っている。何かあったんだろうか。よく分からない。
でも、とりあえずは目の前の少女だ。誰かのつれてきた子供だろうか?
「どうしたの? お母さんと離れたのかなぁ? お姉さんと一緒に探しに行こう?」
「お嬢様、お待たせしまし……、あら?」
ずいぶんと若い方が現れた。さすがに親子という年齢差ではない。それにメイド服を着ている。
もしかしたらこの子はどこかお偉いところのお嬢様なのかもしれない。
とりあえず一人にしないよう注意をしておくべきだ。こんなに可愛いのだし。
「あぁ。保護者の方ですか?駄目じゃないですか、こんな可愛い子を一人にしておいたら。悪い人に攫われてしまいますよ」
「だそうですよ、怖いですわね。最近の人間は」
「私をほったらかしにしている咲夜も相当なものだけれどね」
どうしたんだろう。周りは笑いを堪えてるようだし、この少女も呆れている。メイドさんは終始笑顔だし。
「ちょっと、何を笑っているんですか」
「改めて自己紹介しましょうか。私はレミリア・スカーレット。吸血鬼であなたの30倍近くは生きているわ」
「メイドの十六夜咲夜と申します」
「えっ、なっ!」
「どちらがお姉さんだかわかったかしら。お嬢さん」
ふっと抱きしめていた体の感触が消えると、腕の隙間から無数の蝙蝠が飛び出した。
それらは私のすぐ後ろで再び少女の形を取り戻すと長い牙を私の首に当てた。
ふと隣を見ると霊夢と魔理沙の二人が笑い転げている。
その様子を見ながら、彼女はまた一つ自分の中の常識が壊れていくのを感じた。
・・・
「何を笑ってらっしゃるんですか?」
「とある小娘と初めて会ったときのことを思い出してね」
昼の紅魔館、とある一室でのティータイムである。
参加者は吸血鬼とメイド、魔女、そして
「な、今そんなこと言い出さなくてもいいじゃないですか」
この場には珍しい風祝の4人だった。
他愛無いおしゃべりも、女の子にとっては息をするようなもので。
楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、今はもう夕方。
「泊まっていってもいいのよ」
「いえ、お二人が心配しますし。夕御飯作らないといけませんから」
「神なら一食ぐらい抜いても平気だろうに」
「そういうわけにはいきませんよ。それではまた暇が出来たときに」
去るときにパチュリーさんが少し苦しい顔をしたような気がしました。きっと喘息が再発したのでしょう。
風で埃をどうにか出来ないかな? そんなことを考えながら帰路につきました。
すぐに周りが暗くなっていく。吸血鬼の支配たる夜に。
「まったく、あの神共は過保護なんだよ。1日や2日留守にしたって構いやしないだろうに」
「レミィはあの子と長い時間遊べなくてさびしいのよね」
「見てて飽きない所だけは同意するわ」
「でも、凄いらしいですよ、あの子。勧誘やって、修行やって、神事やって、家事やって。まったく、うちの門番にも見習わせたいくらいで
す」
「ぐうたら巫女にもね」
次の日、パチュリー・ノーレッジはいつもの図書館でなく、館の主の部屋に居た。
「あら珍しい、本の虫が何の用かしら」
「茶化さないの、レミィ。話があるの、忠告と読み替えてもいいかもしれないわ」
「何かしらパチェ」
「あの風祝のこと。あの子をここに来させるのはやめたほうがいいわ」
瞬間、怒気と共におびただしい魔力が部屋の中を吹き荒れる。
「そう、そこまで怒るということは、そんなにあの子のことが好きなの?」
「早苗は直向で誠実。才能は霊夢に劣らないし、努力も怠らない。そして人間だけの刹那きらめきを持っている。それが美しいのはパチェも
良く知ってるでしょ」
暗に魔理沙のことを仄めかすものの、パチュリーの顔色は変わらなかった。
「そういう他人に聞かせるような台詞は聞きたくないの。何、あの子の才能に惚れたわけ? 大体、それなら霊夢のほうに惚れてるはずでし
ょ。違うの?」
「だって、だってしょうがないじゃない」
散々に堪えたのであろうが、レミリアの早苗への好意は堪え切れなかったようだ。
「早苗は私を見るといつも微笑んで手を振ってくれた。私のためにお菓子を作ってきてくれた。悪いことをするとちょっと困った顔をしなが
ら怒ってくれた。そんな人に惚れないわけないでしょう!」
(どっちかと言うと姉が妹に対する愛情のかけ方だと思うんだけど)
「それで、いったいどういうことなの! 早苗をここに来させるなって。事と次第によってはパチェでもただでは済まさないわよ」
「少し落ち着いたら。感情に流されたらうまく行く物も行かなくなる。私は親友を悲しい恋に巻き込みたくないだけなの」
「……わかった、話して」
「あの子は神の使い。そんな子が吸血鬼の館に入り浸ってると知れば多くの信仰が失われる。あの神は信仰を求めてこちらに越してきたのだ
から決して許されない。だからその前に……」
「縁を切れというの!? 私が? どうやって!」
「それを考えるのは私の仕事じゃない。でも、何かするって言うんなら手伝ってあげる」
「そう、厳しいのね」
「残念だけど、知識だけではこの手の問題は解決できないの。本人たちでどうにかするしかない。幸せな結末になることを祈ってるから」
異変はいつの間にか起きてるものであり、原因が特定しづらいものである。ただし、それはその異変が始めての時に限ること。
幻想郷が霧に包まれたとき、霊夢と魔理沙にはその犯人がありありと思い浮かんだ。
しかし
「さぁ、霊夢さん。魔理沙さん。異変の原因を特定しに行きますよ」
そのとき彼女は居なかったわけで
「早く異変を解決しないといけないんですから。ほら、お茶なんか飲んでる場合じゃないですよ」
「べつに急がなくてもいいわよ。原因は判ってるから。今から行ったら夜になるし」
「湖の近くにある赤い館。目的地はそこだぜ。まったく一回とっちめたのに何をしてるんだか」
「え、そんな。だってあの館は」
当然そのことを知らない。
「あんたは知らないかもしれないけど、そこの主は吸血鬼でついこのあいだも同じように霧を出したのよ。そういうわけで明日になってから
でいいから」
「すいません、意地でも来てもらう事になりました」
動こうとしない二人をひっぱり、大急ぎで出かけるのであった。
(館の人たちに悪い人はいなかったはずなのに、どうして……)
案の定、紅魔の館は、その姿が見れないほどに赤い霧で包まれていた。
「まさか、本当にレミリアさん達が」
「まさか、とはどういう意味かしら」
門前にはいつもの門番に加えてあと二人。
臨戦態勢の彼女たちの目には明らかに決意が宿っていた。
「美鈴さん、パチュリーさん、咲夜さん。これはいったいどういうことですか」
「見たとおりよ。お嬢様が急に霧を出したいと。私たちはその露払いをね」
「そんな、いったいどうして」
「レミィに聞けば答えてくれるかもしれない」
「でも、ここは絶対に通させません。門番の意地にかけて」
「とにかく3対3だから個別撃破するわよ。私は咲夜を。魔理沙はパチュリーをお願い」
「おう、撃破した奴からラスボスに向かうってことで」
「「では、弾幕開始」」
(私の相手は美鈴さん。戦ったことは無いけどこの紅魔館の門番をやるからには相当の腕前のはず)
「様子見行きます。秘術「グレイソーマタージ」」
数多の五芒星が我先にと美鈴に迫る。
(これですこしでもダメージを与えることが出来たら)
ピチューン
「ぎゃー、やられたぁ」
「へ、倒したの?」
「早苗、何やってるの。早く行って」
「あ、はい。わかりました」
颯爽と館の中へと消えていく早苗。
「それで、いつまで狸寝入りするつもりかしら」
「あちゃー、ばれてましたか」
「頑丈が売りのあんたが一発で倒れるわけ無いでしょ。台詞も棒読みすぎ。全く早苗も純粋というかなんというか」
「私の本来の役目は霊夢さん、あなたの足止めですから。それではいきますよ」
館の中はがらんとしていた。
いつもは聞こえる妖精メイドの騒ぎ声も今は聞こえない。
(おかしい、妨害の手が全く入らないなんて)
まるで誘導されているかのようにテラスへとたどり着く。
そこには煌々と輝く満月と
「やっぱり人間って使えないわね」
誇り高き吸血鬼が居た。
「どうしてこんなことしたんですか」
「残念ね。私も理由が分からない」
「とにかく、この霧を消してください」
「ここは、私の領域よ。出て行くのはあなただわ」
「私は真面目に話をしてるんです」
「しょうがないわね。今、お腹いっぱいだけど・・・」
「な、何でいきなり食事の話になるんですか」
「あなたは私の主食を覚えているのかしら」
「吸血鬼だから血。え、もしかして私を食べるつもりなんですか」
「・・・・・・もういいわ、こんなに月も紅いから」
「悲しい夜になりますね」「楽しい夜になりそうね」
(でも、私も美鈴さんを一撃で落とすことが出来た。こっちに来てから腕前が上がってるはず)
「いきます。秘術「一子相伝の弾幕」」
早苗から星型の弾がばら撒かれると、それが数多くの弾に分裂する。
(これだけ多ければ、牽制ぐらいには)
「遅すぎるわね。あくびが出るわ」
首を後ろに向けると、そこには牙を尖らせたレミリアが居た。
「はい、1ミス。これが弾幕勝負でよかったわね」
(くっ、やっぱり実力が離れすぎてる。こうなったら奇襲に頼るしか)
「次行きます。秘法「九字刺し」」
九字刺しは初見で避けるのは難しいスペルである。対象を囲むようにレーザーが縦横に駆け巡る。
しかし
「私から見れば隙間だらけだわ」
早苗はレミリアが蝙蝠に変化できることを失念していた。
(しまった。初めて会ったときもこれにやられたのに)
「はい、これで2ミス。霊夢がこっちに来たほうが良かったんじゃないかしら」
「そんなこと、ありません。とっておき行きます。大奇跡「八坂の神風」」
早苗を中心に暴風が吹き荒れる。
ここに来て初めてレミリアの顔が歪む。
「でも、私もここで負けるわけにはいかないのよ。神槍「スピア・ザ・グングニル」」
台風を紅い槍が貫く。
「きゃぁ」
「はぁ、はぁ。これで3ミス。それともゲームオーバーかしらね」
(もう、スペルが無い。ここまでなの)
(そう、ここまでは運命通り。私はここで決断しないといけない)
「早苗。あなたもう紅魔館に来なくていいわ」
「それは、いったい、どういうことですか!」
「私はあなたに期待していた。博麗の巫女をも倒せる実力があると思った。だから懐柔しようと思ってお茶の時間にも呼んでいた」
「そんな理由で私のことを歓迎してたんですか」
「吸血鬼が無料で巫女を招くと思ってたの? 私はあわよくば同士討ちしてもらおうと思ってたのよ、貴方達に」
「そんなことするわけないじゃないですか」
「そうね、それにあなたが寝返っても戦力にならない。何せ巫女はおろか私にすら負けるんだから」
「それは」
「弱者はこの紅魔館には要らない。そういうわけで今度から来たら迎撃させてもらうわ」
「そんな、本当にそんなつもり私を呼んでたんですか? だって、あんなに楽しそうだったじゃないですか」
「あぁ、もううるさいガキだね。本当だって行ったら本当なの、それとも」
長い爪を顎に絡ませる。
「ここで永遠に消えてもらおうかしら。そのほうが静かになるかもしれないわね」
(そんな、嘘。私騙されてたの? 誰か嘘だっていって)
「さよなら、早苗」
(助けて、八坂様、洩矢様、誰か……)
「霊符「夢想封印」」
早苗の意識はそこで途切れてしまった。
結局、今回の異変も霊夢がレミリアを倒すことで解決した。
早苗もショックで神社から全く出ないらしい。
そして紅魔館はというと。
「お嬢様、今日こそは外に出ていただけますか」
「嫌よ」
ごねていた。
「そろそろ外に出ませんと、病弱になってしまいますよ」
「吸血鬼が健康的になってどうするのよ」
「そんなにあの子と顔を合わせるのが嫌ですか」
「合わせる顔が無いでしょ」
「そんなに好きなら攫っちゃえば良かったんじゃないですか?お嬢様吸血鬼なんですし」
「そんなこと出来ない。あの子から神を引き離せばそれこそ発狂しかねない」
「そんなことを考えて攫えない悪魔なんていませんよ。強引に攫って、強引に振り向かせる。それで十分じゃありませんか」
「私はそのチャンスも自分でつぶしたと言うわけか。本当に笑えないわ」
「全くお嬢様も始めての恋のせいで臆病になってしまわれて。あら、何かあったのかしら。ちょっと失礼しますね」
館の中はいつものように騒々しいのだろう。
ただ、その声はここまで届かない。
っと、紅茶がなくなってしまった。
「咲夜、紅茶をお願い」
呼べども咲夜が来る気配はない。
「おかしいわね、あの子が待たせるなんて無かったのに」
「咲夜さんなら来れませんよ。きっちり倒してボムまで頂いてきましたから」
「お前は・・・」
かわりに、招きもしない来客が。
「早苗、どうしてここにいるのよ」
「前回のお仕置きに来たんですよ。ゲームオーバーになっちゃいましたから、もう1回最初から」
完膚なきまでに叩きのめされ、もはや近づくこともないだろうと思っていた来客が。
「そんな、だって神社に閉じこもってたんでしょう?咲夜から聞いたわよ」
「えぇ、自分の至らなさに気づいたので。八坂様や洩矢様、それに霊夢さんや魔理沙さんから指導を受けてました」
「パチェは? 咲夜は?」
「もちろん倒してきました。咲夜さんの時を止める能力とか卑怯ですよ。おかげで何発か被弾しちゃいましたし」
「これであなたに挑戦できます」
そこには
「私に勝てると思ってるの?」
「今はまだ勝てないかもしれません。でも、次も来ます。また来ます。勝つまで来ます」
「そんな、どうして」
「だって、悔しいじゃないですか。あなたに私のこと認めさせたいと思うじゃないですか」
「はぁ、やっぱり霧を出したのは間違いだったかしら」
「それに、あなたに会いたいから」
「な、何を言うのよ」
「約束してくださいね。私が勝ったら頭なでなでさせてください」
「な、そんなこと許すわけ無いでしょ」
「それじゃいきますよ」
自信に満ちた早苗の顔があった。
「こんなにもあなたが可愛いから」
「こんなにもあなたがいとおしいから」
「「すてきな弾幕ごっこになりそうね」」
追記 -もしくは蛇足的な何か-
咲夜とパチュリーの会話
「しっかし、あの子もブレイクしたわね。咲夜まで倒すとは思わなかったわ」
「ところで、神社への影響とかはいいんですか? 信仰が減るとかの」
「全くどこで盗み聞きしたんだか。うちの門番はこの館の中では一番弾幕が下手だけど、それ以外はたいしたものよ。それを退けるんだから
あの子の実力も相当だと言うことが伝わる。それに修行で吸血鬼退治して、負けてもまた向かって行くなんて。健気過ぎて信仰はうなぎのぼり
だと思う」
「なるほど」
「それにあの子がここで撃ち落とされたらここに泊まることになると思うから御泊り会も出来るし。レミィの機嫌も直るからまさに一石二鳥
よ」
「でも、あの二人って最初から両思いだったんですよね。なんで焚付けたりしたんですか?」
「決まってるでしょ。そのほうが面白そうだからよ」
しかし、実際には自分の恋愛の参考にするためという実に狡猾なパチュリーなのでした。
グローバル化が進んできたとはいえ、彼女の同級生の中には外国人は数えるほどしか居なかった。
ましてや彼女のように可憐な少女など居なかったので、
「きゃー、かわいいー」
東風谷早苗はレミリア・スカーレットを思いっきり抱き締めていた。
吸血鬼との始めての遭遇
「どうしたんですか? この子。それより宴会になんて連れてきちゃ駄目じゃないですか」
ふと気がつくと周囲の空気が凍っている。何かあったんだろうか。よく分からない。
でも、とりあえずは目の前の少女だ。誰かのつれてきた子供だろうか?
「どうしたの? お母さんと離れたのかなぁ? お姉さんと一緒に探しに行こう?」
「お嬢様、お待たせしまし……、あら?」
ずいぶんと若い方が現れた。さすがに親子という年齢差ではない。それにメイド服を着ている。
もしかしたらこの子はどこかお偉いところのお嬢様なのかもしれない。
とりあえず一人にしないよう注意をしておくべきだ。こんなに可愛いのだし。
「あぁ。保護者の方ですか?駄目じゃないですか、こんな可愛い子を一人にしておいたら。悪い人に攫われてしまいますよ」
「だそうですよ、怖いですわね。最近の人間は」
「私をほったらかしにしている咲夜も相当なものだけれどね」
どうしたんだろう。周りは笑いを堪えてるようだし、この少女も呆れている。メイドさんは終始笑顔だし。
「ちょっと、何を笑っているんですか」
「改めて自己紹介しましょうか。私はレミリア・スカーレット。吸血鬼であなたの30倍近くは生きているわ」
「メイドの十六夜咲夜と申します」
「えっ、なっ!」
「どちらがお姉さんだかわかったかしら。お嬢さん」
ふっと抱きしめていた体の感触が消えると、腕の隙間から無数の蝙蝠が飛び出した。
それらは私のすぐ後ろで再び少女の形を取り戻すと長い牙を私の首に当てた。
ふと隣を見ると霊夢と魔理沙の二人が笑い転げている。
その様子を見ながら、彼女はまた一つ自分の中の常識が壊れていくのを感じた。
・・・
「何を笑ってらっしゃるんですか?」
「とある小娘と初めて会ったときのことを思い出してね」
昼の紅魔館、とある一室でのティータイムである。
参加者は吸血鬼とメイド、魔女、そして
「な、今そんなこと言い出さなくてもいいじゃないですか」
この場には珍しい風祝の4人だった。
他愛無いおしゃべりも、女の子にとっては息をするようなもので。
楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、今はもう夕方。
「泊まっていってもいいのよ」
「いえ、お二人が心配しますし。夕御飯作らないといけませんから」
「神なら一食ぐらい抜いても平気だろうに」
「そういうわけにはいきませんよ。それではまた暇が出来たときに」
去るときにパチュリーさんが少し苦しい顔をしたような気がしました。きっと喘息が再発したのでしょう。
風で埃をどうにか出来ないかな? そんなことを考えながら帰路につきました。
すぐに周りが暗くなっていく。吸血鬼の支配たる夜に。
「まったく、あの神共は過保護なんだよ。1日や2日留守にしたって構いやしないだろうに」
「レミィはあの子と長い時間遊べなくてさびしいのよね」
「見てて飽きない所だけは同意するわ」
「でも、凄いらしいですよ、あの子。勧誘やって、修行やって、神事やって、家事やって。まったく、うちの門番にも見習わせたいくらいで
す」
「ぐうたら巫女にもね」
次の日、パチュリー・ノーレッジはいつもの図書館でなく、館の主の部屋に居た。
「あら珍しい、本の虫が何の用かしら」
「茶化さないの、レミィ。話があるの、忠告と読み替えてもいいかもしれないわ」
「何かしらパチェ」
「あの風祝のこと。あの子をここに来させるのはやめたほうがいいわ」
瞬間、怒気と共におびただしい魔力が部屋の中を吹き荒れる。
「そう、そこまで怒るということは、そんなにあの子のことが好きなの?」
「早苗は直向で誠実。才能は霊夢に劣らないし、努力も怠らない。そして人間だけの刹那きらめきを持っている。それが美しいのはパチェも
良く知ってるでしょ」
暗に魔理沙のことを仄めかすものの、パチュリーの顔色は変わらなかった。
「そういう他人に聞かせるような台詞は聞きたくないの。何、あの子の才能に惚れたわけ? 大体、それなら霊夢のほうに惚れてるはずでし
ょ。違うの?」
「だって、だってしょうがないじゃない」
散々に堪えたのであろうが、レミリアの早苗への好意は堪え切れなかったようだ。
「早苗は私を見るといつも微笑んで手を振ってくれた。私のためにお菓子を作ってきてくれた。悪いことをするとちょっと困った顔をしなが
ら怒ってくれた。そんな人に惚れないわけないでしょう!」
(どっちかと言うと姉が妹に対する愛情のかけ方だと思うんだけど)
「それで、いったいどういうことなの! 早苗をここに来させるなって。事と次第によってはパチェでもただでは済まさないわよ」
「少し落ち着いたら。感情に流されたらうまく行く物も行かなくなる。私は親友を悲しい恋に巻き込みたくないだけなの」
「……わかった、話して」
「あの子は神の使い。そんな子が吸血鬼の館に入り浸ってると知れば多くの信仰が失われる。あの神は信仰を求めてこちらに越してきたのだ
から決して許されない。だからその前に……」
「縁を切れというの!? 私が? どうやって!」
「それを考えるのは私の仕事じゃない。でも、何かするって言うんなら手伝ってあげる」
「そう、厳しいのね」
「残念だけど、知識だけではこの手の問題は解決できないの。本人たちでどうにかするしかない。幸せな結末になることを祈ってるから」
異変はいつの間にか起きてるものであり、原因が特定しづらいものである。ただし、それはその異変が始めての時に限ること。
幻想郷が霧に包まれたとき、霊夢と魔理沙にはその犯人がありありと思い浮かんだ。
しかし
「さぁ、霊夢さん。魔理沙さん。異変の原因を特定しに行きますよ」
そのとき彼女は居なかったわけで
「早く異変を解決しないといけないんですから。ほら、お茶なんか飲んでる場合じゃないですよ」
「べつに急がなくてもいいわよ。原因は判ってるから。今から行ったら夜になるし」
「湖の近くにある赤い館。目的地はそこだぜ。まったく一回とっちめたのに何をしてるんだか」
「え、そんな。だってあの館は」
当然そのことを知らない。
「あんたは知らないかもしれないけど、そこの主は吸血鬼でついこのあいだも同じように霧を出したのよ。そういうわけで明日になってから
でいいから」
「すいません、意地でも来てもらう事になりました」
動こうとしない二人をひっぱり、大急ぎで出かけるのであった。
(館の人たちに悪い人はいなかったはずなのに、どうして……)
案の定、紅魔の館は、その姿が見れないほどに赤い霧で包まれていた。
「まさか、本当にレミリアさん達が」
「まさか、とはどういう意味かしら」
門前にはいつもの門番に加えてあと二人。
臨戦態勢の彼女たちの目には明らかに決意が宿っていた。
「美鈴さん、パチュリーさん、咲夜さん。これはいったいどういうことですか」
「見たとおりよ。お嬢様が急に霧を出したいと。私たちはその露払いをね」
「そんな、いったいどうして」
「レミィに聞けば答えてくれるかもしれない」
「でも、ここは絶対に通させません。門番の意地にかけて」
「とにかく3対3だから個別撃破するわよ。私は咲夜を。魔理沙はパチュリーをお願い」
「おう、撃破した奴からラスボスに向かうってことで」
「「では、弾幕開始」」
(私の相手は美鈴さん。戦ったことは無いけどこの紅魔館の門番をやるからには相当の腕前のはず)
「様子見行きます。秘術「グレイソーマタージ」」
数多の五芒星が我先にと美鈴に迫る。
(これですこしでもダメージを与えることが出来たら)
ピチューン
「ぎゃー、やられたぁ」
「へ、倒したの?」
「早苗、何やってるの。早く行って」
「あ、はい。わかりました」
颯爽と館の中へと消えていく早苗。
「それで、いつまで狸寝入りするつもりかしら」
「あちゃー、ばれてましたか」
「頑丈が売りのあんたが一発で倒れるわけ無いでしょ。台詞も棒読みすぎ。全く早苗も純粋というかなんというか」
「私の本来の役目は霊夢さん、あなたの足止めですから。それではいきますよ」
館の中はがらんとしていた。
いつもは聞こえる妖精メイドの騒ぎ声も今は聞こえない。
(おかしい、妨害の手が全く入らないなんて)
まるで誘導されているかのようにテラスへとたどり着く。
そこには煌々と輝く満月と
「やっぱり人間って使えないわね」
誇り高き吸血鬼が居た。
「どうしてこんなことしたんですか」
「残念ね。私も理由が分からない」
「とにかく、この霧を消してください」
「ここは、私の領域よ。出て行くのはあなただわ」
「私は真面目に話をしてるんです」
「しょうがないわね。今、お腹いっぱいだけど・・・」
「な、何でいきなり食事の話になるんですか」
「あなたは私の主食を覚えているのかしら」
「吸血鬼だから血。え、もしかして私を食べるつもりなんですか」
「・・・・・・もういいわ、こんなに月も紅いから」
「悲しい夜になりますね」「楽しい夜になりそうね」
(でも、私も美鈴さんを一撃で落とすことが出来た。こっちに来てから腕前が上がってるはず)
「いきます。秘術「一子相伝の弾幕」」
早苗から星型の弾がばら撒かれると、それが数多くの弾に分裂する。
(これだけ多ければ、牽制ぐらいには)
「遅すぎるわね。あくびが出るわ」
首を後ろに向けると、そこには牙を尖らせたレミリアが居た。
「はい、1ミス。これが弾幕勝負でよかったわね」
(くっ、やっぱり実力が離れすぎてる。こうなったら奇襲に頼るしか)
「次行きます。秘法「九字刺し」」
九字刺しは初見で避けるのは難しいスペルである。対象を囲むようにレーザーが縦横に駆け巡る。
しかし
「私から見れば隙間だらけだわ」
早苗はレミリアが蝙蝠に変化できることを失念していた。
(しまった。初めて会ったときもこれにやられたのに)
「はい、これで2ミス。霊夢がこっちに来たほうが良かったんじゃないかしら」
「そんなこと、ありません。とっておき行きます。大奇跡「八坂の神風」」
早苗を中心に暴風が吹き荒れる。
ここに来て初めてレミリアの顔が歪む。
「でも、私もここで負けるわけにはいかないのよ。神槍「スピア・ザ・グングニル」」
台風を紅い槍が貫く。
「きゃぁ」
「はぁ、はぁ。これで3ミス。それともゲームオーバーかしらね」
(もう、スペルが無い。ここまでなの)
(そう、ここまでは運命通り。私はここで決断しないといけない)
「早苗。あなたもう紅魔館に来なくていいわ」
「それは、いったい、どういうことですか!」
「私はあなたに期待していた。博麗の巫女をも倒せる実力があると思った。だから懐柔しようと思ってお茶の時間にも呼んでいた」
「そんな理由で私のことを歓迎してたんですか」
「吸血鬼が無料で巫女を招くと思ってたの? 私はあわよくば同士討ちしてもらおうと思ってたのよ、貴方達に」
「そんなことするわけないじゃないですか」
「そうね、それにあなたが寝返っても戦力にならない。何せ巫女はおろか私にすら負けるんだから」
「それは」
「弱者はこの紅魔館には要らない。そういうわけで今度から来たら迎撃させてもらうわ」
「そんな、本当にそんなつもり私を呼んでたんですか? だって、あんなに楽しそうだったじゃないですか」
「あぁ、もううるさいガキだね。本当だって行ったら本当なの、それとも」
長い爪を顎に絡ませる。
「ここで永遠に消えてもらおうかしら。そのほうが静かになるかもしれないわね」
(そんな、嘘。私騙されてたの? 誰か嘘だっていって)
「さよなら、早苗」
(助けて、八坂様、洩矢様、誰か……)
「霊符「夢想封印」」
早苗の意識はそこで途切れてしまった。
結局、今回の異変も霊夢がレミリアを倒すことで解決した。
早苗もショックで神社から全く出ないらしい。
そして紅魔館はというと。
「お嬢様、今日こそは外に出ていただけますか」
「嫌よ」
ごねていた。
「そろそろ外に出ませんと、病弱になってしまいますよ」
「吸血鬼が健康的になってどうするのよ」
「そんなにあの子と顔を合わせるのが嫌ですか」
「合わせる顔が無いでしょ」
「そんなに好きなら攫っちゃえば良かったんじゃないですか?お嬢様吸血鬼なんですし」
「そんなこと出来ない。あの子から神を引き離せばそれこそ発狂しかねない」
「そんなことを考えて攫えない悪魔なんていませんよ。強引に攫って、強引に振り向かせる。それで十分じゃありませんか」
「私はそのチャンスも自分でつぶしたと言うわけか。本当に笑えないわ」
「全くお嬢様も始めての恋のせいで臆病になってしまわれて。あら、何かあったのかしら。ちょっと失礼しますね」
館の中はいつものように騒々しいのだろう。
ただ、その声はここまで届かない。
っと、紅茶がなくなってしまった。
「咲夜、紅茶をお願い」
呼べども咲夜が来る気配はない。
「おかしいわね、あの子が待たせるなんて無かったのに」
「咲夜さんなら来れませんよ。きっちり倒してボムまで頂いてきましたから」
「お前は・・・」
かわりに、招きもしない来客が。
「早苗、どうしてここにいるのよ」
「前回のお仕置きに来たんですよ。ゲームオーバーになっちゃいましたから、もう1回最初から」
完膚なきまでに叩きのめされ、もはや近づくこともないだろうと思っていた来客が。
「そんな、だって神社に閉じこもってたんでしょう?咲夜から聞いたわよ」
「えぇ、自分の至らなさに気づいたので。八坂様や洩矢様、それに霊夢さんや魔理沙さんから指導を受けてました」
「パチェは? 咲夜は?」
「もちろん倒してきました。咲夜さんの時を止める能力とか卑怯ですよ。おかげで何発か被弾しちゃいましたし」
「これであなたに挑戦できます」
そこには
「私に勝てると思ってるの?」
「今はまだ勝てないかもしれません。でも、次も来ます。また来ます。勝つまで来ます」
「そんな、どうして」
「だって、悔しいじゃないですか。あなたに私のこと認めさせたいと思うじゃないですか」
「はぁ、やっぱり霧を出したのは間違いだったかしら」
「それに、あなたに会いたいから」
「な、何を言うのよ」
「約束してくださいね。私が勝ったら頭なでなでさせてください」
「な、そんなこと許すわけ無いでしょ」
「それじゃいきますよ」
自信に満ちた早苗の顔があった。
「こんなにもあなたが可愛いから」
「こんなにもあなたがいとおしいから」
「「すてきな弾幕ごっこになりそうね」」
追記 -もしくは蛇足的な何か-
咲夜とパチュリーの会話
「しっかし、あの子もブレイクしたわね。咲夜まで倒すとは思わなかったわ」
「ところで、神社への影響とかはいいんですか? 信仰が減るとかの」
「全くどこで盗み聞きしたんだか。うちの門番はこの館の中では一番弾幕が下手だけど、それ以外はたいしたものよ。それを退けるんだから
あの子の実力も相当だと言うことが伝わる。それに修行で吸血鬼退治して、負けてもまた向かって行くなんて。健気過ぎて信仰はうなぎのぼり
だと思う」
「なるほど」
「それにあの子がここで撃ち落とされたらここに泊まることになると思うから御泊り会も出来るし。レミィの機嫌も直るからまさに一石二鳥
よ」
「でも、あの二人って最初から両思いだったんですよね。なんで焚付けたりしたんですか?」
「決まってるでしょ。そのほうが面白そうだからよ」
しかし、実際には自分の恋愛の参考にするためという実に狡猾なパチュリーなのでした。
特に早苗のために身を退くカリスマ溢れるレミリアが‥。でも、すねて寝室に閉じこもっちゃうのが可愛い。
素敵なSSをありがとうございます。
内容はすごくよかったです
できれば続きが読みたいなぁ
続きを読みたいものです。
これからの作者さんに期待!
もうちょっと濃い目ぐらいがこういう話にはいいかも。
発想は凄く良い、でも展開が速すぎましたね。
これを元に中身の濃い、長い短編作ってみてはいかがでしょうか?
絶対面白くなると思いますから。
次を期待してこのくらい。