「宜しい。本来なら黙ってそのまま喰らうが常なれど」
橋姫は顎をくいと押し上げた。足下には、外界のそれと思しき、人間。
「今の私はそんなに飢えていない」
本当か、と色めき立つ人を相手に、橋姫は深緑を意味ありげに巡らせる。
「鬼は嘘を吐かないよ。けれど、ただでは通さない。あんたは弾幕ごっこは出来なさそうだから、ここは古典的になぞなぞと行こう。もしこのなぞなぞに答えられたら、あんたを地上に送り返してあげる。でも……」
答えられなかったら、餌食になる。
命名決闘法案による決闘が定着してより、妖怪と人との知恵比べは殆ど行われなくなった。知恵比べなどせずとも幻想郷の人間と来たら、妖怪相手にドンパチやれるような連中ばかりなのだ。だが、地下の妖怪は地上の妖と違って地上との交わりを持つようになって日が浅い。旧き時代の血を未だ色濃く残す鬼の眷属は、久方の人間に、弾幕ごっこ以前の人との交わりを懐かしみ、古式ゆかしい決闘法を引っ張り出してきたのだった。
「私は橋姫、水橋パルスィ。嫉妬を司る程度の妖怪。私の双子の妹の名を当てよ」
それが、橋姫のなぞなぞであった。
私の双子の妹は、幻想の者となるのを嫌って外の世界に留まった。彼女が幻想の者になる事は、人あるかぎり決してない。
妹の力は遍く天と地とにあり、その力は空の星にすら及ぶ。
今でこそ妹を忌み嫌い、滅ぼそうとする風潮があるものの、彼女は神出鬼没、変幻自在、空気のようにどこからでも姿を現す事が出来る。
そう、お前の後ろにも。
ああ、妬ましい妬ましい。
なのに、妹を崇拝した者は誰一人いない。
妹は暗闇が好き、目立つのを嫌う癖に見目を飾るのを好む。
妹は仮装好き、産まれながらの役者気質。
その場その場の思い付きで様々な衣裳を纏い、もっともらしい理屈が大好き。
だけど、本当に大切な者は惨めな自分だけ。
多くの盲者が妹に跪く。妬ましい。
妹は癒し手を気取るが、ただ目を塞ぎ、甘い眠りの言葉を囁くだけ。
眠りし者は、やがて腐る。
腐敗は毒を産み、膿んで多くを苦しめる。
阿片の様に、その力聖者すらも抗い難く、
弱き人草の合間には、疫病の如く猖獗す。
権力が大好きで、力ある者の傍に侍りたがり、
その癖、あら探しが大好きで、弱みを見付けるや否や玉座から引きずり下ろす。
さあ、答えなさい。
私の妹の名は?
妬ましくもおぞましい、我が魂の片割れの名を。
パルスィは悦に入っていた。
地上の巫女と魔法使い相手にこのなぞなぞを使ってやろうと楽しみにしていたのに、地上でブームの弾幕ごっこのお陰で先延ばしになっていたのだ。なぞなぞなら得意だったが、パルスィは生憎弾幕ごっこは大の苦手であった。
人間は頻りに頭を捻り、唸り、頭を抱えていた。
これで一人また人間の魂を奪えると思うと、パルスィの胸は期待に動悸する。
ふと、人間が顔を上げた。
「そいつが何者か解った」
まさか。
パルスィの白い面がさっと青ざめた。三日三晩どころか三十三年三ヶ月と三日は練って練って練り上げた渾身の謎を、こんなにあっさり解かれるだなんて!
ああ、妬ましい!
所詮妖は、人には叶わぬのか!
「あんたの妹の名は、『差別』だろ。さあ、地上に返してくれ」
落胆の面を顕わにする橋姫を尻目に、人間は勝ち誇った安堵の笑みを湛えた。
妖怪はこちらにおらぬと言うが、実際はそんなことはないのかもしれない。
若しこちらに居るのなら、斯の如く人の心の闇に住むのだろう。
妖怪について、考えさせてくれる作品でした。
上手かったと思います。
差別とは……これもなくなることはないモノなのかもしれませんね。
面白かったですよ。