「笑う」ということは、おしなべて素晴らしいことだ。角には、福も来る。厄や病を寄せ付けないといった言い伝えもあるほど、人に好まれている。人だけではない。鬼、妖怪、神、亡霊――――意思あるもの全てが笑う。
しかし、それは笑いたい時に笑えるからだ。対になる辛い時の感情。悲しさや怒りがあるから、安息の感情が生まれる。幸福も、不幸が無ければただの日常になる。笑うことしか知らなければ、それは安息ではない。笑うことの意味が無ければ、それは感情が無いことと同じ。無知と無垢の、哀れみの想い。
幽霊を導いた彼女の音は、何を示すのか。
今日も花が咲く塚で、彼女は笑う。
「姉さん、笑うってどういうことかしら?」
メルランの質問に、私が答えることはなかった。メルランが言い残したということもあるけれど、妹がそんなことを聞いてくるなんて考えもしなかったから。
「メル姉、また塚に行ったの?」
「多分。しかし、今日はどういった風の吹き回しだ?」
「ん? メル姉なんかやったの?」
「いや……問題っていうほどじゃない……かな」
小さな違和感だった。でも、それは決定的で、私の意識の端で鳴り続ける。正体はわからない。なんで、メルランが質問したことをこんなにも――
(不思議に思うのかしら)
漫然とした、日常どおりの朝。躁が去り、欝と律が残る。平静のプリズムリバー邸ではいつも通りに、あるいは静かに狂っていた。
「さてと」
相変わらず、塚の周りには地縛霊が多い。生への未練か、裁きへの恐怖か、はたまた居心地がいいだけか。彼岸に向かわない幽霊は、死神の仕事の範疇にも入らず、冥界の管理下にもない。最も縛られない幽霊が、彼らである。だからこそ、顕界でも多々問題を起こしている。まぁ、悪戯程度なので大きな被害もない。
メルランは、ケースからトランペットを取り出した。彼女の音は、躁の音。おおよそ欝寄りの地縛霊を解放するには、もってこいのものになる。ただ、良い影響ばかりではない。彼女は、聖職の者でもなければ、生きとし生ける者でもない。ましてや、神でもない一介のポルターガイスト。決して、解決には至らない。それでも、縛られた何かからの解放は、霊にとっても彼岸側にとっても利点になる。称賛も咎めもなく、メルランの個人ライブは無縁塚の名物になりつつあった。
演奏が終わった時、メルランの周りには何も居なかった。曇った鈍色の空と、血より紅い彼岸花、そして遠く見える三途の河。
「ふぅ」
メルランは息をつく。いつものライブ後とは違う、どろりとして自分が吐いたとは思えないとメルランは感じた。楽器を分解し、ケースにしまう。普段ならルナサ達と自宅に帰るところではあるが、今のメルランにはそんな気持ちになる余裕がなかった。そうして、メルランは何も言わずに無人の塚を後にする。騒がしい霊も去り、跡には静寂ばかりが残された。
『あんたは、何で笑うんだい?』
時間は、数日ほど遡る。
死神の間でも、三姉妹の評価は高い。騒霊ライブは、生きているもの、死んでいるものを問わず影響があるため、危険だと言われている。しかし、その音と魅力に勝てないのが聴衆というものだ。死神も、その類から漏れない。珍しく仕事もお説教もないあたいは、邪魔をしないように木陰でそれを聞いていた。演奏しているのは、カタツムリのような渦を巻いた楽器。「とらんぺっと」とか言う、いつもの得物とは違うみたいだ。樂団の花形らしく、いつもは塚でも派手な演奏が目立つという噂を聞いていた。それは樂団の中のみならず、独奏であっても変わらない。変わらないが、いつもの音とは違って聞こえた。私には、音の薀蓄なんか持ち合わせてない。だから、的を射た評価なんかできやしない。けれど、違和感は大いに覚えた。塚から離れていく霊は、そんなことを思うのだろうか。答えることができないあいつらに聞いても、詮無いことか。
(どこか、逝きすぎてしまったような音だな)
独奏だからかもしれない。彼女たち三姉妹は、鬱躁の二人と調律の末っ子で構成されている。死神のあたいも、少なからず影響を受けてしまっているのかもしれない。霊の類にやられるとは、まったく死神の面子もない。導くのは死神で、裁くのは閻魔。その先にいくのは霊の生前次第。まぁ、浄土に行けるほうが稀有なんだけども。こんな考えは、死神らしくないと思える。実際に彼女が行っていることは、輪廻には全然影響がない。地縛霊にしたって、彼女が手を出さずともいずれはその場から離れる。そうでなかった場合、担当した死神が回収するのが普通だ。利益も罰も、ましてや霊に恩を売ることもない。意味がないことは、冥界の姫に親交がある彼女ならわかるはずだ。丁度、演奏が終わる。地縛霊は消え、今この場にいるのはあたいと彼女だけ。
「いやぁ、ウワサ以上だ」
思わず拍手をして、話しかけた。ちょっとした疑問が浮かび、その実験みたいなものだ。突然馴れ馴れしくして、警戒を誘ってみる。
「あ、どうもありがとう」
笑顔で返されてしまった。まぁ、ファンが多いと聞いている。突然声をかけられたりすることに慣れているのかもしれない。実力だけでなく、こういった対応とかからも人気が出るのかもしれない。見習ってみようかと思ったけど、すぐやめた。無理だもの。
さて、花の異変の時には単なる妹想いの姉くらいにしか感じなかった。まぁ、彼岸でも有名な霊たちだったから知らないこともなかったけど。そして、実際に会ってもよくわからない霊でもあった。
迷い霊なら、私が彼岸に連れて行く。怨霊であれば、巫女に祓われる。だから、三姉妹揃い踏みで四季様のところから戻ってきたときには驚いたものだった。生なき者が、当然のように顕界に戻る。何故四季様は、そんなことを許したのか。弾幕ごっこの結果とはいえ、許されることと許されないことがある。それとなく追及してみたが、言葉尻を濁された。珍しいことだった。まぁ、四季様が見逃したってことは無害なんだろう。たぶん。小難しく考えてもしょうがない。実益も無いことだし、何より解明も面倒だ。サボってる時間をそれに費やすこともあるまい。
だから、出自も何もない彼女の表情から浮かんだ疑問だけと思って、私は口を滑らせた。簡単なことだ。息継ぎすらもいらないような、簡単な問い。しかし、答えを聞くことはできなかった。彼女はとても不思議そうな顔をして、その場から動かなくなってしまったから。何度も声をかけたけど、本当に像のように動かなくなった。唖然とした顔のまま、本当に感情も無く立ち尽くした。変な質問では……変わった質問だとは思うけれど、あまり逸脱したものでもないはずだ。彼女は、ややあって幽霊のように去っていった。なにか、まずいことでも聞いてしまったかなと思う。
何故、あんな顔を? ただ、その笑顔の理由を聞きたかっただけなのに。
「距離を測り損ねた、かな?」
「……」
「メル姉、帰ってこないね」
「そんな日も、あるだろうさ」
「本を逆さまにして言う台詞じゃないけどね」
「……!」
月が昇り始めた。ここからは、妖怪の時間。幻想郷の中を、主に酒屋を妖怪たちが跋扈する。
ルナサたちは、すでに夕食を済ませている。いつもならメルランを待つところであるが、時計が二周しても帰ってこなかったからだ。元々、ポルターガイストの彼女たちには食事の必要が無い。習慣のようなものだ。
二人の心配は、メルランの身に向けたものではない。メルランは、そこいらの妖怪に討たれるほど弱くないし、何よりプリズムリバーの花形だ。倒錯した者でなければ、滅多に襲われることはないだろう。そして、倒錯した何かに遅れを取るような妹ではないとルナサは考えている。つまり、彼女たちの心配の先は…… 「様子おかしかったもんね」
「おかしいというか、わからないといった感じだ」
「レイラならわかるのかな」
「……さぁ?」
他人のことが完全にわかる存在など、この世界には存在しない。心を読む妖怪の覚さえも、過去や出自を読むことはできない。出自を同じくして、同じ過去を歩み、同時に生まれた彼女たちでさえも―――
「妹の悩み一つに、答えることができないか」
「メル姉のことだから、そのうち帰ってくるって」
「そうかな」
「『わかんないから成仏しちゃおう、まいっかー』なんてさすがに無いって」
「…………」
「……無いって」
うっかり亡霊じゃあるまいし、とリリカは付け加えた。彼女たちに、成仏があるかどうかは誰も知らない。知る者は、すでにいない。
「明日まで帰ってこなかったら、探しに行こうか」
「そうしよっか」
その日、現プリズムリバー邸は火が消えたような静けさに支配された。
命が消えたように。
死に絶えたように。
メルラン自身、自分が何者かを疑問に思うことはなかった。狡賢くて詰めが甘い妹と、鬱苦しい淑やかな姉。そして、姦しい自分。三人の中でも、特にリリカは表情をころころと変える。それは、猫を連想させる。一方のルナサは、普段無表情に近いがゆえに表情の変化がすぐにわかる。二人とも、別の感情があるからだ。
メルランは、いわゆる躁の化身。常に喜の状態にある。メルラン自身も、それが普通であって、疑問に思うことなんかなかった。メルランは、意識して笑っているわけではなく、ただありのままでいただけなのだから。
「……久しぶりだなぁ、ここも」
何もない野原。春になれば花が咲き、夏になれば緑に染まるこの場所も、今は枯れはてた荒野を晒している。幻想郷でも、誰も知らない場所。誰も欲しがらない、誰も振り向かない。妖怪も幽霊も寄り付かない。メルランは、名も無い草原にいた。無縁塚からフラフラと飛び続け、いつの間にかここに居た。メルランは屈みこんで、一部の雑草を払う。丈が長い草に隠され、彼女の手によって露わになった場所には小さな石の板が埋まっている。
レイラ・プリズムリバー
聖句もなく、生年もなく、ただ名前のみが刻まれている。傍目には、小汚い石がたまたま顔を出しているようにしか見えないだろう。この墓地を知っているのは、三人だけ。プリズムリバー三姉妹、その末の妹レイラの墓。阿礼乙女の文書にも、天狗の新聞に載ることは決して無いであろう一人の人間。そして、幻想郷のプリズムリバー三姉妹の生みの親。
そのようになった経緯を、メルランは覚えていない。いや、ルナサとリリカも覚えていない。彼女らは、レイラによって創られた。当然ながら、彼女たちの記憶が始まったのはそこからだ。だから『ポルターガイストのメルラン』は、『人間のメルラン』とは全くといっていいほどのズレがある。似顔絵、もとい似た人形のようなものだ。
「レイラ」
かつての妹の名を、呼んでみる。応える声はない。レイラの姿は思い出せても、その表情がなんだったか思い出せない。ルナサのようにしかめっ面か、リリカのように黒い笑みを浮かべていたか――――
(私のように、ただ無意味に笑っていたのかしら)
レイラの名前だけが、烙印のように疼く。思い出せない。メルランの中で、陽しかない感情の中で黒いモノが揺らぐ。死神の些細な問いを引き金に、メルランは初めて苦悩していた。自分は何者か、何故笑っているのか、生きているのか、それとも死んでいるのか。レイラによって生まれた私たちは、もしかしたら『とても奇妙な何か』なんじゃないかと。わからなくなった。だからメルランは、自分のルーツを探りに来たのだ。
レイラならば、何か知っているかもしれないと。
しかし、彼女が眠る場所に訪れても何もわからない。彼女はすでに、顕界と肉体から離れている。メルランは永久に、彼女に答えを請うことはできない。忘れられ、棄てられたモノたちが住まう幻想郷でも、彼女の笑みの答えは存在しない。
「……疲れちゃった」
メルランは、枯れ草の上に横たわる。春には早く、野宿にはまだ厳しい。夕暮れはとうに過ぎた。名も無い草原に変化はない。細波のような音を立てる枯れ草を子守唄に、メルランは意識を手放した。
『姉さまー』
声が聞こえた。
可愛らしい、まだ幼い印象を残した声。泣いているのか、嗚咽が混ざっている。聞き覚えがあるけど、思い出せない。誰だったか、間違いなく知っているのに、思い出せない。顔を見ようと思っても、目が開かない。
『ああレイラ、大丈夫?』
この声は、姉さんだ。毎日聞いている、変わらない声。
『リリカ姉さまが……』
ああ、またリリカが悪戯をしたのね。末っ子に両親を取られたから、妬んでいるのね。次女が一番、放任になりやすいのも知らないで。
『ほらほら、泣かないでレイラ』
姉さんは、子供をあやすのが無駄にうまい。それは、昔から知っていた。遠くからは、バタバタと走る二つの足音、悲鳴と怒号。お淑やかさなど、欠片も無い。
『いやー! 許してー!』
『許してじゃないでしょ、バカリリカ!』
『ほら、捕まえて来てくれたぞ』
『ぎゃー!』
ルナサ姉さん、リリカ、レイラ。レイラは虚ろではあるけれど、変わらない声だった。でも、この怒り狂った声はわからない。……残っているのは、私だけか。でも、幻想郷にきてこの方、怒った覚えはない。じゃあ、これは
(本物の、私たち)
ちゃんとした、あるがままの人間。でも、さっきから「メルラン」はリリカを叱ってばかりいる。もしも、リリカがあっちの私をイメージしたというのなら、笑ってるだけの私は一体なんだっていうの? ぐるぐるぐる。また、わからなくなってきちゃった。
『ふんだ!』
『あ、逃げるな!』
『お前たち、はしゃぎすぎだ!』
三人が、向こうに駆けていった。残っているのは、レイラ一人。いずれ、今の私を産む少女。見えないけれど、こちらに近づいてくる。おぼつかない足取りで、ゆっくりと。
「久しぶり、メルラン姉さま」
先ほどの幼い印象とは違う、典雅な振る舞い。やっぱり、これは夢なのか。筋がまったく通っていない。レイラは、屈んで私の頭を撫でる。身動きが取れないから、為されるがまま。
「姉さんたちを創ってから、もうどれだけ経ったかな」
知らない、わからない。気づいたときには、もうあの家で暮らしていたから。
「元気そうでなにより。私が死んだ後も、ちゃんと生きてる?」
「生きてるよ? たぶんだけど」
「あんまりだわ」
「そう言わないでよ、痛めて産んだ姉さんたちなんだから」
けたけたと笑いながら、レイラは語る。出生の秘密と大それたものではないけれど、動機のようなものを。もともとの原因は、幼かったレイラにはわからなかったらしい。一家離散になった後、幼いレイラは屋敷ごと幻想郷へ移住。その際に、ポルターガイストの三姉妹は生み出された。そう、私の記憶はそこから始まる。
「そうだよ、姉さんたちは私の思い出と感情で創ったの」
「元の姉さんとは、確かに違うけれど私にとってはこれ以上ないメルラン姉さんなんだから」
「ルナサ姉さまには鬱を、メルラン姉さまには躁を、リリカ姉さまには狡さを。私があの道具をうまく扱えなかったから偏っちゃったけど」
「だから、別にメルラン姉さまが悩むってことも不思議じゃないわ。私の姉さまだもの」
「現実の私たちは、バラバラになっちゃった。でも、私は姉さまに会えたから悲しくなんかないわ。最期まで、一緒にいてくれたし」
どんどん、レイラの声が老いていく。私が覚えているレイラに近づいていく。
「だから、泣かないでメルラン姉さま。姉さまが、笑うことの大切さを教えてくれたんだから」
「私は、怒ってばかりじゃなかったの?」
「あれは、あの時だけよ。ねぇ、笑うってどういうことだと思う?」
「……え?」
……そうだった、それを聞きにレイラのお墓まで来たんだった。夢の中とはいえ、よくできた妹。
「そんなに難しくないと思うけどなぁ」
「私は、三日三晩寝ずに考えたんだけど……」
「メルラン姉さまは、昔から激情型だもんねー。考えることは、苦手そうだもの」
ケラケラと、転がるような声がする。レイラは、本当に楽しそうに笑うなぁ。姉さんの苦笑いとは、大違い。そして今、さりげなく毒吐かなかった?
「で、私の笑いはどう思う?」
「楽しそうね」
「じゃあ、姉さまは何で無縁塚でライブをするの?」
「幽霊も楽しくなれるかなー、なんて思って」
「演奏は、楽しい?」
「楽しいわ。ソロもトリオも」
「笑ってる時は、どんな感じ?」
「楽しい。そりゃもう、間違いなく」
「そういうこと」
「なるほど」
よくわからなかったけど、そういうことだろう。と、思うことにする。明確な答えがあるとも期待しては、いなかった。
「ねえ、レイラ」
「何? メルラン姉さん」
「もとの私と、今の私のどっちが好き?」
「……どっちもだよ」
「そうよね。意地悪だったかしら?」
「リリカ姉さまみたい」
「ひどいわ」
「ひどくないわ」
「なによー」
「……メルラン姉さまは、変わらないね」
「たぶん、レイラもね」
ひとしきり、笑った。
こんなに笑い転げたのも久しぶり。姉さんの小言と、リリカの策に思い悩むこともない。末っ子って、いいものね。
「さ、姉さま。そろそろ起きないと、他の姉さまが心配しちゃうよ?」
「無断外泊だから、怒られるかしら」
「烈火のごとくね」
「起きたくないわ」
「残念でした」
「ううん、仕方ないか。じゃあね、レイラ」
「末永く元気にね、メルラン姉さま。他の姉さまたちにもよろしくね」
目を覚ますと、周りの枯れ草は露に濡れていた。夜明けよりも少し早い、青紫の空。霊であるメルランは、その姿を汚していない。
「おはよう、レイラ」
幽霊にしては、少し馴染まない感がある挨拶。起きない脳と寝癖がついた頭ではあるが、メルランは立ち上がる。
「……姉さん、怒ってるかな」
姉の顔が、目に浮かぶ。花形のメルランが、一番姦しいと思われがちだが、実のところルナサが最も口うるさい。年長だからかもしれないが。心配性のケもある。落ち着いているふりをして、きっと寝ずに帰りを待っていることだろう。メルランは、その様子が如実に想像できた。
「帰ろ」
朝闇を切る太陽を背に、メルランは飛び立った。ここを訪れた時とは対照的に、顔にはしっかりと笑みを浮かべて。
案の定、メルランはルナサに二時間ほど説教をもらうことになった。主な内容は、婦女子の無断外泊及び野宿。ある意味では、閻魔をも凌ぐかもしれない剣幕だった。ここ数日の様子も含めて、ルナサはかなり心配していたようだ。メルランも、さすがに猛省。事の顛末を話すことになった。
「……で、解決はしたのか?」
「えーと、まぁ、うん」
「どっちだよ……」
メルランのあいまいな答えに、ルナサは眉をしかめる。微妙に硬くなった雰囲気をやり過ごすうちに、リリカも起きてきた。
「あ、メル姉お帰り」
「ただいま、リリカ」
「用事は済んだ?」
「一応ね」
「そっか。ルナサ姉、ごはんごはん」
「話はまだ……ああ、もう」
説教も終わり、姉妹は朝食を摂る。この行為も、実際には意味はない。ただ、レイラの記憶を繰り返しているだけかもしれない。メルランは、夢の中での会話を少しだけ思い出した。末の妹は、姉たちを人形のように囲っていただけではないとわかっただけで、ちょっとホッとする。ルナサは、そんな妹の感情に気付いていたが悪いことではなさそうだとスルーしていた。いつもどおりの日常をなぞっている。
朝食の後、メルランはトランペットを持って出かけた。
「いってきまーす」
「今日はどこだ?」
「むえんづかー」
「そうか、気をつけてな」
「……姉さん、私たちのこの衣装どう思う?」
「ん? 派手かとは思うが、いいんじゃないか?」
「そうよね」
「?」
無縁塚に、高らかな音が響く。力強い自己主張。ライブをしたばかりだからか、幽霊の姿はほとんどない。邪魔の入らない、個人練習のようなものになった。聞く者に影響を与える魔性の音色。みだりに振りまいていいものではないと、彼女らも自覚している。聴衆がいないならいないで、気持ちよく演奏ができればそれでよかった。
「さてと、おサボりの死神さーん」
「おいおい、ひどい言い方じゃないか。あたいは、いつもサボってるわけじゃないよ」
「じゃあ泰斗さん」
「名前が欠片も入っちゃいない……まぁいいや、何の用だい?」
「この前の質問に、ちゃんと答えないといけないからね」
「そんな律儀にしなくてもいいのに、マメなんだねあんた」
「プロですから」
よくわからない主張であった。
「ん、じゃあ答えを聞かせてもらおうかな」
「悩むような大層なことじゃなかったのよ。ぜんぜん」
「あたいも、そんな立派なお言葉を待ってたわけじゃないさ。簡単な一言でよかったんだ」
「そうよね、ちょっと三日三晩考え込んじゃった」
「三日……」
「笑う理由なんて、決まってるわ」
「楽しいからに、決まってるじゃない」
メルランは改めてトランペットを構えなおす。
その日の無縁塚からは、いつにもまして大きく、笑い声のような音が響いた。
少女の想いから生まれた、創り物のポルターガイスト。
少女からもらった感情を、その内に秘めて―――
まるで太陽のように。
彼女は笑う。
良い話でした
それぞれの楽しい日々を送って欲しいです。
やはりメルランには、楽しく笑っていてもらいたいですよね。
ルナサやリリカも彼女のことを心配していて
とても良い関係だなって感じることができました。
良いお話でした。
生きていた時に沢山素晴らしい思い出があって、沢山笑ったからこそ、『何故笑うのか』という問いに悩み、答えを探す事が出来たのだなとしみじみ。
笑わない者に笑う理由など答えられはしないよなぁ。
結論:笑顔ってステキだよね!
いいお話をどうも有難う御座いました。
悩んだ末に見たレイラの夢は何だったのでしょうかねぇ。
レイラの想いが三姉妹を生んだように、メルランの想いが形になったんでしょうか。