私は桜だ。
春に咲く、日本の国花。
春になると、人間たちは私たちの下に集まっては歌って、踊って、呑んで、騒いで、宴をする。
が、私のいる場所で宴が行われることは殆ど無い。 風の噂だと、人も妖も大体は博麗神社に萃まって宴をするらしい。
私が桜だとはいえ、騒がしいのが嫌いなわけじゃない。 何より、大勢の笑顔を見るのが私の一番の楽しみだ。
何よりも私自身の色が変、というのもあるのだろう。 普通、桜といえば桜色、淡い赤、桃色だったりするものだが私は紫なのだ。
そして私が咲くこの場所の名前、『無縁塚』。 名前からしても誰からも好かれない場所なのだろう。
春になると、ここには何時も美しい女性が来てくれる。
どれ位昔だったろうか。
日傘を持った女性は私に名乗ってくれた。
「こんにちは。 私の名は風見幽香」
残念ながら私には名乗る名前も、名乗る口もない。
私は思った。 『私は桜だ』、と。
すると、緑色の髪をした女性、幽香は
「そう。 よろしくね。 桜」
と言った。
幽香は花の妖怪らしい。
私達を咲かすも枯らすも自由。 話だってできるそうだ。
春になると、幽香は博麗神社に行く。
そして、一日すると帰ってくる。
「迎え酒よ」
と言って私の木の根元に酒をかけ、自分自身も酒を飲む。
私が酒で酔うことはないが、美しい女性に酔うことはある。 それ程に彼女は美しかった。
緑色の絹のような髪。 酒で少し朱の滲む頬。 何処か儚げで虚ろな瞳。 そして私に寄りかかる体重。
美しい。
ただそれだけだった。
春になると、私は少し悲しくなる。
何時か散ることになるからだ。
そして、今年もそれが迫っていた。
私は満開を経て、周りを花弁で彩っていた。
幽香はその花弁を一枚、細く白い指先で摘むと淡い口付けをした。
思わず、桜である私が薔薇色になってしまいそうになった。
そして、こう言った。
「お疲れ様」
何時もの様に、日傘を肩に乗せ私に背を向けると丘を降りていった。
私はそっと目を閉じた。
また、春が巡るまでの少しの間、眠ることにした。
僕は向日葵だ。
背の高い、夏を象徴する太陽の花。
夏になると、人間は祭りを行うらしい。
出店がいっぱい並んで、大人も子供も老人も、神様も妖怪も妖精も、皆揃って楽しむらしい。
残念ながら僕は動けない。 唯、夏の間少しずつ背を伸ばして、上を見上げいるだけだ。
僕が咲いているここは太陽の畑というらしい。
ふさわしい名前なのかもしれない。 僕の周りには一面の黄色。 何十何百何千という僕がいるのだから。
夏になると、ここには何時も美しい人が来てくれる。 いや、正しくは人じゃなく妖怪だ。
夏の日差しを一切感じさせない白い肌を日傘で隠したその人は僕に言った。
「こんにちは。 私の名前は風見幽香」
僕は自己紹介をしたかった。 彼女と話したかった。 でも、僕は花だった。
『僕は向日葵だよ』と、心で呟いた。
すると彼女はにっこりと笑って「そう。 よろしくね。 向日葵」と言ってくれた。 とても嬉しかった。
彼女は花の妖怪。
花を咲かすも枯らすも自由。 話だって出来るらしい。
夏になると、とても騒がしくなる。
人も妖怪も祭りに忙しいのだろう。 何時も飛び回っている。 そういえば、妖精や妖怪は羽があるから飛べるけど、なんで羽のない人間が飛べるのだろう?
僕は彼女に聞いてみた。 彼女は言った。
「それはあの娘達が変人だからよ」
僕は納得した。
彼女は夏の間、殆ど太陽の畑にいた。 たまに、人里に行っては何か買ってきて、自分で食べている。
一日中この場所を眺めているか、歩き回っているのだ。
僕は彼女に聞いてみた。
『退屈じゃないの?』と。
彼女は言った。
「人が人に囲まれて退屈じゃないように、私も貴方達に囲まれて退屈とは思わないわ」
僕は嬉しくなった。
夏になると、僕はすこし悲しくなる。
また散ってしまうからだ。 花が咲き誇ると、少しずつ色あせていく。
そして、僕の子供達を残して死んでしまう。
背の高い僕を見上げ、葉を一枚手に取ると優しく口付けをしてくれた。
「お疲れ様」
夏の美しさは消え去り、茶色の目立つ太陽の畑を背にして何時ものように彼女は日傘をさして去っていった。
俺は彼岸花だ。
血のように赤くて、人が嫌う花。
秋になると、人間は秋の稔りを祝う。
山は紅葉で紅く染まって、人里は絶えず煙を上げ芋を蒸かして、米を炊き、魚を焼くのだ。
読書の秋、運動の秋、食欲の秋・・・人間は色んな事を理由にして秋を満喫する。
が、俺には関係無いだろう。
人知れず、再思の道に咲いていた。 ここにはたまにここに住む人間とは違う服装、違う話し方、違う道具を持った人間が迷い込む。
最初は暗く、今にも死にそうな顔をしてトボトボと歩いているのだが、何故か俺達の間を通って歩いていると、少しずつ元気な、生気のある顔になっていく。 だが、毒が回っているのか顔色は悪かった。
そして、引き返そうとしているところで、大体は妖怪に食べられるのだ。
秋になると、ここには何時も美しい女性がやってくる。
暗くジメジメした空気で、暗い色のここには似合わない美しい緑色の髪を持った女性。 女性は言う。
「こんにちは。 私の名前は風見幽香」
俺は何も言わない。 言えない。 名前も、口も無いのだ。 ただ心で言ってみた。
『俺は彼岸花だ』
女性は「そう。 よろしくね。 彼岸花」と、言った。
彼女は花の妖怪。
花を咲かすも枯らすも自由。 話だって出来るそうだ。
秋になると、ここ来る人間が増える。
冬という暗い季節を前にして人間は気分を鬱にするのだろう
女性はここにいる時間が長い。
ここに来て、元気になっていく人間を見て笑っているのだ。 笑っている、といっても下品に声を荒げて笑うわけではない。 上品に、まるで何処かの貴族の様にニコニコと笑うのだ。
そして、人間に近づいていく。
人間が女性に気づいた瞬間。 人間は唯の餌。 唯の肉塊と化す。
女性はチェック柄の服を血で真っ赤に染めながら、狂気、狂喜の滲んだ笑顔で肉を血を骨を貪っていた。
その姿は獣と言っても過言ではない、だが、獣には無い、何者にも無いような美しさがその中にはあった。
秋になると、俺は少しばかり悲しい気持ちになる。
何も無い、ただ暗い道に暗い人間が来て食われるだけの道だ。 そこに咲いてそこに散るだけの人生、いや花生だろうか。
そんな事を思っていたって何も変わらない。 精精次はある程度の自由のある妖怪か妖精、出来れば人間に生れるのを望むだけだ。
女性は元々真っ赤で、さらに血で赤黒く染まった俺を優しく細い指先で持ち上げて、キスをした。
「お疲れ様」
そう言って彼女は去っていった。
小生は柊だ。
白く、鬼が嫌う枝に咲く花。
冬になると、人間というのは殆ど家に篭るのだ。
辺りは銀色に包まれ、妖怪の多くも冬眠する。 冬眠が出来る、というのはある程度賢い生き方なのだろう。
人間は秋に収穫した食料を備蓄し、冬に少しずつ食べていく。
そんな中でも咲く小さな白い花が小生である。
冬というのは死の季節などとも言われ、寂しい季節でもある。
元々、あまり派手なわけでもない小生の周りに集まる者も少ない。 故に小生は常に孤独にあった。
冬になると、私の元にはよく美しい女子がやってくるのだ。
女子は言う。
「こんにちは。 私の名前は風見幽香」
自己紹介をされれば、此方もするべきなのだろうが、生憎小生には口が無い。 故に言葉にせずに、心で呟く。
『小生は柊だ』
風見なる女子は白い肌に際立つ紅い唇の端を少し吊り上げ「そう。 よろしくね。 柊」と言った。
女子は花の妖怪。
花を咲かすも枯らすも自由。 話も出来るという。
冬になると、人は餅をつく。
春に花見、夏に祭り、秋に収穫祭、そして冬は餅を搗いて騒ぐのだ。
人間というのは一年中何時でも騒いでいなくてはならないという決まり事でもあるのだろうか。
餅は保存食として適しており、その上で味付けも豊富という観点では冬に食べるのに適しているのだろう。
そんな騒ぎを遠くから見つめるのが風見女子だ。
私は問う。 『羨ましいのか』と。 『羨ましいのなら行けばいい。 政(まつりごと)で人が妖を拒むことなどないのだ』と続けて言った。
風見女子は
「いいのよ。 私が行ったところで恐れる者だっているでしょう。 何も言わなかったとしても、ね。 なら行かないほうが多くの人間が楽しめるでしょうもの」
そう答えた。 続いて言う。
「それに、話し相手なら困らないしね。 お餅が食べたいなら神社に行けば良いだけよ」
話相手、というのは小生達の事を言うのだろう。
風見女子が望むのなら小生は何だって話そう。
だが、風見女子が望む事は誰かと話して、餅を食べる事だけではないと思うのだ。
何にしたって、小生には何も出来ない。 元々妖という存在がある種孤独な者なのだろう。 その意味では小生と変わらないのかもしれない。
冬になると、小生は寂しいという気持ちを覚える。
だが、同時に少しばかり嬉しい気持ちにもなるのだ。
冬が来て、冬が終わる、つまり春が来る、ということだ。 梅が実を花をつけ始め、桜の蕾が芽吹く。
風見女子も少しばかり嬉しそうに思える。
小生は小さな花を散らし、雪が溶け湿った土に花弁を撒き散らしていた。 まるで、人間の流す涙のように。
風見女子は少し背伸びをして小生の花に口付けをした。
「お疲れ様」
風見女子は春告精の飛んだばかりの淡い光に包まれた暖かい空を見上げ、何時ものように日傘をさして歩いていった。
私は。
僕は。
俺は。
小生は。
言った。
『ありがとう』
と。
春に咲く、日本の国花。
春になると、人間たちは私たちの下に集まっては歌って、踊って、呑んで、騒いで、宴をする。
が、私のいる場所で宴が行われることは殆ど無い。 風の噂だと、人も妖も大体は博麗神社に萃まって宴をするらしい。
私が桜だとはいえ、騒がしいのが嫌いなわけじゃない。 何より、大勢の笑顔を見るのが私の一番の楽しみだ。
何よりも私自身の色が変、というのもあるのだろう。 普通、桜といえば桜色、淡い赤、桃色だったりするものだが私は紫なのだ。
そして私が咲くこの場所の名前、『無縁塚』。 名前からしても誰からも好かれない場所なのだろう。
春になると、ここには何時も美しい女性が来てくれる。
どれ位昔だったろうか。
日傘を持った女性は私に名乗ってくれた。
「こんにちは。 私の名は風見幽香」
残念ながら私には名乗る名前も、名乗る口もない。
私は思った。 『私は桜だ』、と。
すると、緑色の髪をした女性、幽香は
「そう。 よろしくね。 桜」
と言った。
幽香は花の妖怪らしい。
私達を咲かすも枯らすも自由。 話だってできるそうだ。
春になると、幽香は博麗神社に行く。
そして、一日すると帰ってくる。
「迎え酒よ」
と言って私の木の根元に酒をかけ、自分自身も酒を飲む。
私が酒で酔うことはないが、美しい女性に酔うことはある。 それ程に彼女は美しかった。
緑色の絹のような髪。 酒で少し朱の滲む頬。 何処か儚げで虚ろな瞳。 そして私に寄りかかる体重。
美しい。
ただそれだけだった。
春になると、私は少し悲しくなる。
何時か散ることになるからだ。
そして、今年もそれが迫っていた。
私は満開を経て、周りを花弁で彩っていた。
幽香はその花弁を一枚、細く白い指先で摘むと淡い口付けをした。
思わず、桜である私が薔薇色になってしまいそうになった。
そして、こう言った。
「お疲れ様」
何時もの様に、日傘を肩に乗せ私に背を向けると丘を降りていった。
私はそっと目を閉じた。
また、春が巡るまでの少しの間、眠ることにした。
僕は向日葵だ。
背の高い、夏を象徴する太陽の花。
夏になると、人間は祭りを行うらしい。
出店がいっぱい並んで、大人も子供も老人も、神様も妖怪も妖精も、皆揃って楽しむらしい。
残念ながら僕は動けない。 唯、夏の間少しずつ背を伸ばして、上を見上げいるだけだ。
僕が咲いているここは太陽の畑というらしい。
ふさわしい名前なのかもしれない。 僕の周りには一面の黄色。 何十何百何千という僕がいるのだから。
夏になると、ここには何時も美しい人が来てくれる。 いや、正しくは人じゃなく妖怪だ。
夏の日差しを一切感じさせない白い肌を日傘で隠したその人は僕に言った。
「こんにちは。 私の名前は風見幽香」
僕は自己紹介をしたかった。 彼女と話したかった。 でも、僕は花だった。
『僕は向日葵だよ』と、心で呟いた。
すると彼女はにっこりと笑って「そう。 よろしくね。 向日葵」と言ってくれた。 とても嬉しかった。
彼女は花の妖怪。
花を咲かすも枯らすも自由。 話だって出来るらしい。
夏になると、とても騒がしくなる。
人も妖怪も祭りに忙しいのだろう。 何時も飛び回っている。 そういえば、妖精や妖怪は羽があるから飛べるけど、なんで羽のない人間が飛べるのだろう?
僕は彼女に聞いてみた。 彼女は言った。
「それはあの娘達が変人だからよ」
僕は納得した。
彼女は夏の間、殆ど太陽の畑にいた。 たまに、人里に行っては何か買ってきて、自分で食べている。
一日中この場所を眺めているか、歩き回っているのだ。
僕は彼女に聞いてみた。
『退屈じゃないの?』と。
彼女は言った。
「人が人に囲まれて退屈じゃないように、私も貴方達に囲まれて退屈とは思わないわ」
僕は嬉しくなった。
夏になると、僕はすこし悲しくなる。
また散ってしまうからだ。 花が咲き誇ると、少しずつ色あせていく。
そして、僕の子供達を残して死んでしまう。
背の高い僕を見上げ、葉を一枚手に取ると優しく口付けをしてくれた。
「お疲れ様」
夏の美しさは消え去り、茶色の目立つ太陽の畑を背にして何時ものように彼女は日傘をさして去っていった。
俺は彼岸花だ。
血のように赤くて、人が嫌う花。
秋になると、人間は秋の稔りを祝う。
山は紅葉で紅く染まって、人里は絶えず煙を上げ芋を蒸かして、米を炊き、魚を焼くのだ。
読書の秋、運動の秋、食欲の秋・・・人間は色んな事を理由にして秋を満喫する。
が、俺には関係無いだろう。
人知れず、再思の道に咲いていた。 ここにはたまにここに住む人間とは違う服装、違う話し方、違う道具を持った人間が迷い込む。
最初は暗く、今にも死にそうな顔をしてトボトボと歩いているのだが、何故か俺達の間を通って歩いていると、少しずつ元気な、生気のある顔になっていく。 だが、毒が回っているのか顔色は悪かった。
そして、引き返そうとしているところで、大体は妖怪に食べられるのだ。
秋になると、ここには何時も美しい女性がやってくる。
暗くジメジメした空気で、暗い色のここには似合わない美しい緑色の髪を持った女性。 女性は言う。
「こんにちは。 私の名前は風見幽香」
俺は何も言わない。 言えない。 名前も、口も無いのだ。 ただ心で言ってみた。
『俺は彼岸花だ』
女性は「そう。 よろしくね。 彼岸花」と、言った。
彼女は花の妖怪。
花を咲かすも枯らすも自由。 話だって出来るそうだ。
秋になると、ここ来る人間が増える。
冬という暗い季節を前にして人間は気分を鬱にするのだろう
女性はここにいる時間が長い。
ここに来て、元気になっていく人間を見て笑っているのだ。 笑っている、といっても下品に声を荒げて笑うわけではない。 上品に、まるで何処かの貴族の様にニコニコと笑うのだ。
そして、人間に近づいていく。
人間が女性に気づいた瞬間。 人間は唯の餌。 唯の肉塊と化す。
女性はチェック柄の服を血で真っ赤に染めながら、狂気、狂喜の滲んだ笑顔で肉を血を骨を貪っていた。
その姿は獣と言っても過言ではない、だが、獣には無い、何者にも無いような美しさがその中にはあった。
秋になると、俺は少しばかり悲しい気持ちになる。
何も無い、ただ暗い道に暗い人間が来て食われるだけの道だ。 そこに咲いてそこに散るだけの人生、いや花生だろうか。
そんな事を思っていたって何も変わらない。 精精次はある程度の自由のある妖怪か妖精、出来れば人間に生れるのを望むだけだ。
女性は元々真っ赤で、さらに血で赤黒く染まった俺を優しく細い指先で持ち上げて、キスをした。
「お疲れ様」
そう言って彼女は去っていった。
小生は柊だ。
白く、鬼が嫌う枝に咲く花。
冬になると、人間というのは殆ど家に篭るのだ。
辺りは銀色に包まれ、妖怪の多くも冬眠する。 冬眠が出来る、というのはある程度賢い生き方なのだろう。
人間は秋に収穫した食料を備蓄し、冬に少しずつ食べていく。
そんな中でも咲く小さな白い花が小生である。
冬というのは死の季節などとも言われ、寂しい季節でもある。
元々、あまり派手なわけでもない小生の周りに集まる者も少ない。 故に小生は常に孤独にあった。
冬になると、私の元にはよく美しい女子がやってくるのだ。
女子は言う。
「こんにちは。 私の名前は風見幽香」
自己紹介をされれば、此方もするべきなのだろうが、生憎小生には口が無い。 故に言葉にせずに、心で呟く。
『小生は柊だ』
風見なる女子は白い肌に際立つ紅い唇の端を少し吊り上げ「そう。 よろしくね。 柊」と言った。
女子は花の妖怪。
花を咲かすも枯らすも自由。 話も出来るという。
冬になると、人は餅をつく。
春に花見、夏に祭り、秋に収穫祭、そして冬は餅を搗いて騒ぐのだ。
人間というのは一年中何時でも騒いでいなくてはならないという決まり事でもあるのだろうか。
餅は保存食として適しており、その上で味付けも豊富という観点では冬に食べるのに適しているのだろう。
そんな騒ぎを遠くから見つめるのが風見女子だ。
私は問う。 『羨ましいのか』と。 『羨ましいのなら行けばいい。 政(まつりごと)で人が妖を拒むことなどないのだ』と続けて言った。
風見女子は
「いいのよ。 私が行ったところで恐れる者だっているでしょう。 何も言わなかったとしても、ね。 なら行かないほうが多くの人間が楽しめるでしょうもの」
そう答えた。 続いて言う。
「それに、話し相手なら困らないしね。 お餅が食べたいなら神社に行けば良いだけよ」
話相手、というのは小生達の事を言うのだろう。
風見女子が望むのなら小生は何だって話そう。
だが、風見女子が望む事は誰かと話して、餅を食べる事だけではないと思うのだ。
何にしたって、小生には何も出来ない。 元々妖という存在がある種孤独な者なのだろう。 その意味では小生と変わらないのかもしれない。
冬になると、小生は寂しいという気持ちを覚える。
だが、同時に少しばかり嬉しい気持ちにもなるのだ。
冬が来て、冬が終わる、つまり春が来る、ということだ。 梅が実を花をつけ始め、桜の蕾が芽吹く。
風見女子も少しばかり嬉しそうに思える。
小生は小さな花を散らし、雪が溶け湿った土に花弁を撒き散らしていた。 まるで、人間の流す涙のように。
風見女子は少し背伸びをして小生の花に口付けをした。
「お疲れ様」
風見女子は春告精の飛んだばかりの淡い光に包まれた暖かい空を見上げ、何時ものように日傘をさして歩いていった。
私は。
僕は。
俺は。
小生は。
言った。
『ありがとう』
と。
霊夢哀れ…
かっこいい短編です。