Coolier - 新生・東方創想話

傘ネズミと空の影

2009/03/28 01:20:28
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このお話は「東方星蓮船」のネタバレを多数含んでおります。
そういうのは結構というお方は戻るを押していただきますと幸いです。

        ↓この先二百由旬↓


















































「うらめしやー」
「…」
「どう?」
「…話にならない」

冬も終わりを告げ、新芽と共に春が雪の中から顔を出す季節。
人里より少し離れた、森というには狭く林と呼ぶには少し広い、
まばらに木が生えている場所に私ことナズーリンの家はあった。
家、と言っても廃屋としか呼べないないような代物だが。
屋根は所々腐っており、窓はひとつ残らず割れている。時期が時期であれば幽霊でもでそうな雰囲気だ。
そんな廃屋の中。天井や壁に穴が開いているせいか、外観で感じるより明るい室内に、私と彼女はいた。

「…うーんなんだろうやっぱりあれかなあ…口調とかかなあ」
「君の場合もっと根本的なところを変えないと駄目だと思うけどね」

部屋の中には腐った家具などが散在しており、そのうちの一つで頑丈そうな(実際頑丈である)机の上に私は座り、
彼女は私の目の前で、もう何度もここへは来ているのにまるで初めて訪れた場所のように忙しなくキョロキョロしていた。

「やっぱりわちきにはこういう口調が似合うのかのう」

誰に言うでもなく、独り言のような言葉。
彼女は紫色の唐傘を携えており、彼女の両目は互いに違う色をしていた。
その独り言に私は答える。

「私はあまりお勧めしないが、まあ君がそう思うのならいいのじゃないか…」

投げやりに返す私。普段は捜し物を捜すという仕事をしているが、今はオフだ。

「うーん最近の人間は驚いてくれないから、試しに妖怪の意見を聞いてみようと思ったけど、失敗?」

首をかしげ、残念そうにしているの彼女は多々良小傘。見た目は普通の少女だが、彼女はからかさお化けである。
からかさお化けである彼女は人を驚かす事を生業としているが、どうも芳しくないらしい。

「意見を聞くという行為は正しい。自分というものを客観的に見る視点は重要だから。だから客観的に言わせてもらうと君という存在から他人が驚くような何かが出てくるようには見えない」
「つまり?」
「君には人を驚かす才能、技能共に皆無。これが私の客観的な意見だが」
「ぐすん」

私の言葉に少し涙目になる小傘。それを見て、少し慌ててに言葉を続ける。

「…まあまだ希望はあるさ。多分」

少し目を逸らしながらの言葉。明らかにその場しのぎな言葉だが、

「本当に!?どうすればいいの?教えて!」

一瞬で顔を輝かせる小傘。

「ああ…それはあれだ…企業秘密だ」
「ええ。もったいぶらず教えてよー」
「いやいやこちとら仕事がかかっているんでね。いやあ残念だ…」
「ぶーいいじゃんいいじゃん教えてくれても!」

ただの慰めの言葉だとは最早言い出せない。

「…うん、あれだ。教えてもらってできるようなもんじゃないんだよ。自ら見つける事が重要であって…」
「うーナズーリンの馬鹿!あほ!ねずみ!もういいもん!」

そう言って天井の穴から空へと飛び出す小傘。彼女は妖怪なのでもちろん飛べる。
傘を広げ、下に向かって渾身のアッカンベーを私に向けて放ち、そのまま雲の中へと消えていった。

「とりあえず私に対してネズミと罵倒するのは正しくないよ小傘…」

残された私は独り言を呟いたのち、盛大にため息をついた。
その瞬間から。ネズミたちが次々と壁の穴から私の机の周りに集まってきた。
何匹いるか数える気も起きないほどの数のネズミ。私の忠実な部下達。チューチューと一部のネズミが鳴いている。

「ああ…そうだなこの冬は食料もなく厳しかった。…解っているさ。そろそろ“狩り”の時期だ」
「だが、まだ人間は駄目だ。それは最終手段、最後の手だ。下手すれば厄介な連中の目に留まる。…とりあえず雪が解けはじめてからだ」

机から降りる。私の周りだけざざーっとネズミたちの海が割れる。
何気なく窓から見える白い風景に目を向けた。

「なに、春は近いさ。もうすぐ皆暖かさに浮かれ出す。そうすれば彼らは目を外に向ける。そうしたら私達は宝を頂けばいい」

私が振り返ると、ネズミの黒い大海はもはや鳴き声をださず、一心不乱に私に視線を注いだ。
何十万という視線にたじろぐことなく言葉を続ける。

「本当の宝物は台所に詰まっているのさ」



・・・





「驚けー!」
「…いらっしゃい。君、その傘いいね。どこで手に入れた?」
「え?これは私自身だから何処で手に入れたとか聞かれても困る」
「ふむ。というとからかさお化け辺りか?うん、それなら驚けーという出会い頭の台詞にも納得した」
「で、驚いた?」
「何に、だ?ああ確かにからかさお化けはメジャーな割りには見掛けないからね。しかし驚く程じゃ…」
「ぐすん。人間でも駄目。妖怪でも駄目なら間を取って半妖ならと思ったけど…」
「そんな理由でここへ来たのかい?ならさっさと帰ったほうがいいね。おそらく君を見たら即退治するであろう者が二人も今日ここへやってくる筈だから」
「ひえーそれは勘弁」


そう言って私は古臭い店から飛び出した。後ろから「あの二人は妖怪除けに使うには丁度いいな…おや?」
とか言葉が聞こえてきたけどきっと気のせいだ。

ナズーリンのアジトを飛び出した後、人里へ行き、驚かそうとするも失敗。
そこで考えた結果、ここへやってきたわけだけど、どうやら無駄足だったみたい。
半妖である先ほどの店の主人は見た目弱そうですぐ驚くと思ったけど、やはり駄目だった。

「はあ…やっぱり勉強し直さないと駄目かなあ」

最近怪談話を参考に色々試しているのだが、全く成果が上がっていない。
このままだとひもじくて自身を存在させるのが危うくなるかも。

「はあ本格的にやばいかも…やっぱり戻ってナズーリンに教えてもらうしかない」

ナズーリンとは偶々(私の傘を齧ろうとしたネズミと格闘していたら)出会った。
それ以来、私は困るととりあえずナズーリンに相談してみる事にした。
少なくとも私よりも賢く、世間も知っている彼女の意見は貴重だった。

「時々意地悪だけど…」

なんだかんだで優しいのがナズーリン。
きっとまたいけば、仕方ないな君は…とか言いながら教えてくれるはず。

「よし!とりあえず戻ろうっと!」

ナズーリンのアジトへと向かう。アジトといってもしょっちゅう場所が変わる。それは洞窟だったり大きな枯れ木だったり廃屋だったり。
今度のアジトは今までに比べ見つけやすくて私は気にいっているけど、
きっとナズーリンなら、見つけやすい?ならさっさとこんな場所離れたほうがいいな、とか言い出しそうなので言わない。

人里がみえ、そこから離れた森というより林の中にその廃屋はひっそりと建っていた。
きっと飛んでいなければ見つけにくいだろその廃屋はやはり、空からだと一発で見つけてしまう。
ひゅーっと高度を下げ、屋根に開いてる穴から中へと入る。

「驚け驚けうらめしや!…ってあれ?」

せっかく驚かそうとしたのに、部屋にはネズミ一匹すらいなかった。
いや多分この廃屋のいたるところにいるのだろうけど、姿が見えない。
微かにだが、人間の匂いがする。

「あれ?おでかけ…かなあ?」

自分がここから飛び出してからもう三時間ほど経っていた。
仕事が入ったのだろうか?壁にいつもある変な棒がない。

「うーん予想外。どうしよー」

というかもう探しにいくしかない。

「はあ…探す人を探すってどうやるのかな?」

独り考え込む。結論なんてでるわけがない。

「とりあえず空から探してみようかな」

もしかしたらその辺りにまだいるかもしれない。
そう考えた時点で、何かが足りない事に気づく

「あれ…そういえば私、傘どこやったっけ…」

まさか。急いであの店から出るあまり、置いてきちゃった?

私は再び、入ってきた穴から飛び出す。
急いで店へと向かう。

「私の馬鹿馬鹿!自分を忘れるなんてどうかしてる!あれがないと駄目だよ…」

心なしか、飛びにくい。なぜ今まで気付かなかった不思議で仕方がない。
自分の駄目さに嫌になる。
もういっそ傘に戻ってしまおうか。
にしたって肝心の傘がない…

とにかく全速力で店へと戻る。


・・・


時間を遡る事一時間ほど。




場所は変わらずの廃屋。
私は部下であるネズミ達の報告を聞いていた。
先日頼まれた安い仕事の報告だ。聞くまでもない。

割と聞き流しつつ、窓から空を見上げる。
いい天気だが、心無しか一部の雲が陰っている。

「…雲が陰っているということは雲の上にそれ以上の何かが陽光を遮っているって事か…」

…まあなんにせよ自分には関係ない。それよりこれからいかに目立たずに大規模な食糧を調達するかを考えるだけで気が滅入ってくる。

この冬は酷かった。去年の不作のせいで、人里は食料不足。そのツケは人間だけではなく我々のような存在にも回ってくる。食料がない私の部下達は共食いを始めた。私に出来ることはその行為を止めるでもなく目を背ける事だけだった。
私は妖怪だ。人を襲うこともやろうと思えば可能だ。しかし。この幻想郷、そんな簡単な事で解決するする程甘い世界ではない。一人、二人。そこまでは簡単だ。しかしそこから先が問題だ。間違いなく、人が妖怪に襲われたと知れば、あの巫女や、そのほかのハンター共がやってくるに違いない。私は知っている。飢えにより人里を襲った結果、退治された妖怪達を。
彼らの哀れな末路を。
私だけなら逃げる事ぐらいなら可能だろう。しかし私には部下がいる。彼らに被害が及ぶ限り、強気には出られない。
最低限の食料だけで冬を過ごした。
部下からの不満、共食い。
耐えるしかなかった。
だがその冬も終わる。

「ようやく動けるな…」

私が呟くと共に、ネズミ達が一斉に警戒し始めた。

「…来客か」

考え事をすると周りが見えなくなるのが私の悪い癖だ。
ネズミ達が一斉に部屋からいなくなる。
部屋の入り口から一人の女性が入ってきた。

「慧音か…珍しいなそっちから訪ねてくるなんて」

私は見知った顔なので親しく声をかけた。珍しく笑顔つきで。

「ああ、少し頼み事があってな…今大丈夫か?」
「もちろんさ。君には世話になった」

入り口から入ってきた女性の名は上白沢慧音。
人里の寺子屋で教鞭を振るっている女性で、同時に人里の守護者のような役割も担っている。
彼女もまた人間ではなく後天性の獣人であり、どちらかと言えば妖怪側なのだが彼女は人間贔屓で有名だ。

「まあお互い様ってところもあったけどね」
「まあ寛いでくれ。と言っても椅子もないしお茶も出せないがね」

この冬。私は彼女ととある契約を結んだ。
それは、「私及び私の部下達が人里を襲わない代わりに、ある程度の食料を提供してもらう」という契約。
彼女は賢い。食糧難なのは目に見えていた。それは人だけではない。そして食料のない妖怪が行き着く結論。
それは彼女がもっとも危惧したこと。
そこで彼女はあらゆる人脈を使い、人里を守ろうとしたのだ。
そこでまず私に声をかけた。ただでさえ数少ない食料をネズミに荒されてはたまらない。
それならいっそ分けてでも止めるべき。そう考えたのであろう。
私としてはこれに同意だ。リスクを犯してまで人里を襲う気なんてない。
こうして私達は微量ではあるが食料を確保できた。
彼女がいなければ、きっと私達は人里を襲っていた。
微量とはいえ食料、そして契約。それがなければ私が望まなくても部下が不満を抱き、
上に立つ者として人里を襲わざるを得なくなってしまっただろう。
そういう意味で私は彼女に感謝している。

「そんなものを期待はしていないさ。実は一つ頼みたい仕事があるんだ」
「何か捜し物かい?」
「私が、という訳ではないのだが、まあそんな所だ」
「じゃあ聞こうか。私は何を捜せばいい?」

私の本業はダウザーだ。主なき迷える物を再び所有者の手に戻す。ただそれだけに全てを注ぐ。

「実はな。私の古い人間の友人なんだが、彼女がついに倒れてな」
「それで?」
「病気というより老衰だ。竹林の薬屋に頼んだところでどうしようもない。彼女はもう私の顔すら認識できていない」

慧音は少し表情を雲らせる。そんな表情は彼女には似合わないな、と思った。

「寝たきりでずっとうわ言で、私の傘は何処?私の傘は何処?と呟いていて…」
「つまりその傘を捜せと」

慧音が苦笑する。

「察しがいいのは結構だが、結論を急ぐなナズーリン。まあ結論はあっているよ」

少し焦りすぎたか。

「まあその傘なんだがな、彼女が元気な頃、何度か聞いた事あるんだ。彼女は私の教え子で、彼女の親父さんは頑固で厳しい親父さんだったが唯一、一つだけ気まぐれか何か知らないが彼女に買い与えた物があるんだ」
「それがその傘か」
「そうだ。紫色をした変わった唐傘だったよ。なぜかそれを彼女はえらく気に入っていた。それこそ晴れの日でも寺子屋に持ってきていたぐらいだ」
「紫の唐傘…ね」
「ところが、ある風の強い日。いつも休まず寺子屋に来ていた彼女が時間になっても来なくてな。私は心配になって探しに行ったんだ。風の強い日は何かが風にいる。あの当時は今ほど安全ではなかったからね」
「懐かしいよ、あの頃が。ここ60年で変わってしまったからね色々と」
「私達にとっては過ごしやすくはなったかな」

慧音が私達というとそれは人間の事を指す。そこが少し気に入らない。
そんなくだらない事でむっとしている自分が笑える。

「ああ話がそれたね。それで探しに行ったら、彼女は道の途中で泣いていたよ。傘を風に飛ばされたってね」
「大体話は読めてきたけど」
「話は最後まで聞く」

まるで説教だ。そう考えるとさらに笑える。
でも堪えた、ここで笑ったら慧音は怒るだろう。

「その後一緒に探したが、結局見付からなかったよ」
「で、今それを捜して欲しいと」
「そういう事だ。せめてそれぐらいはしてあげたいんだ」
「正直言うと、その傘を見付けるのは難しい。見付けたとしても、それは最早、“その唐傘であったモノ”でしかない。
おそらく彼女はそんなモノを求めてはいない。そして君は既に人里の傘屋などを回り、似たような傘を捜したはずだ。そして…」
「見付からなかったからここへ来たんだ。ナズーリン、君なら見付けられるか?」

彼女は私なら見付けられるとわかっていてわざわざこんな辺鄙な場所まで来たのだ。
そして私なら見付けられるという根拠もあるはず。ならば答えは一つ。

「任せてくれと言っておこう。何より君の頼みだ」
「そういうと思っていたよ。報酬は食料でかまわないか?」
「ああそれでいい。冬が終わり、春の開放感に少し部下達が浮かれている。間違って人里を襲うかもしれない」
「それは困るな。まあ心配はしてないが」

そうと決まれば話は早い。
私は壁に立てかけてあるダウジングロッドを手に取る。鉄の冷たい感覚が手に馴染む。

「ああそれと手助けになるか解らないが、最近変な色の傘を持った妖怪が出没するようになったらしい」
「それはそいつを捜せと言っているようなものだな」

今度は私が苦笑する番だ。相変わらず、慧音が遠回りしている。

「慧音。後二時間ほど早くこればこの問題はスムーズに解決したんだけどなあ」
「どういう事だ?」

首を傾げる慧音。まあ仕方がない。まさかその妖怪と私が知り合いだったとは思うまい。

「心当たりがあるよ。紫の唐傘なんてそうあるもんじゃない」
「本当か!それは助かる…それでその妖怪は何処に?」
「それを今から捜すのさ。まあおそらく人里か、それとも雲の中か」
「そうかなら頼んでいいか?そろそろ戻らないと、子供達が心配する」
「ああ。見付かり次第、君のところへ持っていく」
「そうしてくれると助かる。ではまた」

もう少しゆっくりしていけばいいのに、と思うが仕方がない。
きっと人里が心配なのだろう。

慧音は言い終えると共に、来たほうへ去っていった。足早に人里へ向かっているのが解る。

「さて。まずは小傘を捜さないと。ああそういえば驚かし方を教えなければいけなかったっけ」

まあそこはなんとでもなるだろう。
小傘は勉強熱心だ。それはわかる。がどうもその方向性が違う。

「そこが彼女の良さでもあるけど、ね」

部下達にいくつか命令を出す。常に飛んでいる小傘を見付けてくるとは思わないが、まあ予防線ってところか。
最後に頼りになるのは自分だ。

ダウジングロッド、ペンデュラム。
今回はペンデュラムを使うことにした。力を注ぐ。
ゆっくりと動いたのち、青い水晶が東を指す。
外へ出る。雪が少しだけ解けかかった道。
空を見上げる。雲を陰に閉ざす何かは先ほどより大きく感じられた。
東の空に向け、飛ぶ。相変わらず、この感覚は嫌いだ。

「さて、日が落ちるまでに見付かるといいけど」

まあ余裕だろうと、高をくくる。
捜すのは先ほど別れた友人。
簡単な仕事だ。

私はしばらく東へと向かって空を翔る。
ここから東といえば丁度人里を挟んで向こう側に魔法の森があるはずだ。
さすがにそこまでは行っていないだろうからおそらく人里だろう。


「しかしやはり空は寒い…」

ぶるぶると体を震わせる。

人里が見えてきた。
ここ最近急激に発達しはじめた人里。なんでも山の神が手を出し始めたとか聞くが、真実はしらない。
まあ街が複雑になればなるほど私達の隠れる場所が増えて、こちらとしては助かるのだが。
それにきっと捜し物も増えるだろう。
そろそろ人里で仕事を募集してもいいかもしれない。
まずは慧音辺りからの紹介で…

「って人里を過ぎてしまった…しかし…」

依然としてペンデュラムは東を向いていた。
人里の向こうに広がるのは妖怪すら近づかない魔法の森。瘴気が漂い正気を失う魔の森。
あんなところにいるのは変わり者の魔女か妖精ぐらいだ。

「まさか彼女が魔法の森に用があるとは思えないし…」

考え込む私。
すると、先ほどまでピーンと張っていたペンデュラムから急激に力が抜ける。

「あ、れ?気を抜きすぎたか?いかんな、集中集中」

地面に降りる。やはり地に足がつくのはいい。地の力を利用し、
もう一度ペンデュラムに力を通す。
しかし変わらず。一瞬、東を指すが、すぐに力を失う。

「考えられるのは、小傘が一瞬で移動した…却下だな、そんな能力を持っていれば彼女は苦労しない。
それにもしそうならペンデュラムが移動先に向くはずだ。ならば第三者の介入?ありえなくはないがそうなるとお手上げだ」

ならば考えられるのは。

「…あの店か」

失念していた。もしあの店に入ったならば見失うのも仕方がない。

「…気が進まないな」

もう一度力を注ぐ、今度は全く反応しない。

「まずいな…見失ったか。グズグズしていられなさそうだ」

一度反応を見失ったものを再びサーチするのは至難の技だ。
仕方がない。気は全く進まないが行くしかない。


「もう歩いていこう…飛ぶ気力もでない」

色々と苦手なモノは存在するが、特にあの店の主人は苦手だった。決して嫌いではないのだが。
しばらく道なき道を歩く。

森が開け、古めかしい建物が現れた。香霖堂と書かれた看板を掲げるこの店は古道具店であり、
店先に、はたして売る気があるのかどうかも解らない代物が並んでいた。

入り口の前で深呼吸。

「よし入…」
「そんなとこで突っ立てたら商売の邪魔だよ。入るか立ち去るかどちらかにしてくれないか?」

ビクン!と一瞬体が跳ねる。
後ろを振り向くと、相変わらず、眠そうな目に眼鏡を掛けた青年が立っていた。手にはなぜか紫の唐傘を持っていた。

「な!ど、どうせ商売をする気なんてないのだろう?」
「相変わらず失礼だな。看板を掲げている以上、それは商売なんだよ。それはともかくどいてくれ。店に入れやしない」

言われて私は道を譲る。
その青年はやれやれといった感じに通りすぎると薄暗い店の中へと消えていった。
しばらく、動けない私。
店の中からの声。

「用があるから来たのだろう?早く入ったらどうだい?ああ言っておくがネズミはお断りだからな。連れていないなら結構だが」

弾けるように店に入る。駄目だ自分のペースがつかめない。
店の中は店先以上に雑然としており、正直立っているのがやっとだ。
この中には得たいの知れないマジックアイテムやら機械やら鉄屑がそれこそ山のように積んであり、
どうしても私の力が狂ってしまう。おそらく小傘がここに入ったせいで、先ほど見失ったのだろう。
青年、いやこの店の主人である森近霖之助はごそごそとゴミ(私にはそうにしか見えない)山からなにやら機械の塊を取り出した。

「実は最近君用に新しく商品を入荷したんだ。ソナーと言って、音の波で…」
「いや、今回はそういう赴きで来たわけではないんだ」
「そうかい。まあ君は僕と同じで道具に愛着を持つタイプだ。そうコロコロと仕事道具を変えはしないか」

実は今愛用している二本のダウジングロッドは、ここで購入したものだ。
そういう意味で世話になっているのだが、どうもこの店主、苦手だ。

「それで、用件は?チーズは残念ながら置いていないけど」
「そんな赤色が薄いものこっちから願いさ…」

今更気付く。遅い。目的の物がここにあるというのに!

「って待った!なんで君がその傘を持っているんだ!」
 
店主が手に持つ傘を掲げる。紫の唐傘。一つ目に長い舌。間違いなく小傘の傘だ。

「うん?ああこの傘かい?いやあさっき珍しくからかさお化けなんてものが店に来てね。
巫女が来るぞーって脅したら、慌てて逃げて、その時忘れていったんだよ」

…小傘…君は一体何をしているんだ…

「そうか…実は今、その傘を捜していたんだ。返してもらえないか?」
「断る、とだけ言っておこうか」
「それは君の物ではないはずだが?」
「ふむ。まあ確かに。しかし、これは先ほどの彼女が忘れていったもの。ならば、彼女に直接返すのが当然というか店を構える者としての最低限の礼儀じゃないかい?」
「…彼女は私の友人だ。それでも駄目か?」
「それはできない。決して君を疑っているわけではないし、意地悪をしたい訳でもない」

彼の言うことはもっとものようだが実は違う。

「…どうせ“からかさお化けの傘なんて珍しい物が手に入ったのに、そうやすやすと手放せるか”だろ」
「君は思考経路が僕と似ているね。だがそれは誤解だよ」
「“巫女が来ると脅したから、しばらくあの妖怪は来ないだろう。その間に一通り調べてみないと…”と思っているようにしか見えない」
「とにかく、この傘は僕が責任を持って保存しよう。なに、本人が来たら返すさ」

…彼は道具、とりわけ珍しい物に関してはかなり執着するタイプだ。
何度仕事でぶつかったことか。

「本人が来たら返す?追い返す、の間違いだろ?」
「そこまでするつもりはない」

さてどうするか。力づく、は避けたい。この店主、ただの人間ではない。
半分妖怪が混じった、いわゆるハーフってやつだ。
それに魔術やマジックアイテムに対する造詣も深い。本人は戦闘向きではないと公言しているが、はたしてどうだろうか。
というか本人もそうだが、彼のバックが怖い。
巫女や魔法使い、果てには妖怪の賢者など、彼の人脈は広い。
まさか敵に回るとは思わないが、少しでもリスクある以上、手は出せない。

「わかった。本人を連れてこれば、文句はないだろ?」
「ああもちろんだとも。ああでも早く連れてきたほうがいいね」
「巫女が来る。からだろう?例えいたとしても非はどちらにもない。わざわざ怖がる必要はないさ」
「彼女を怖がらない妖怪は君だけ…でもないか。まあ正直いうとこれは商品になりそうにもないからな。早めに頼むよ」

渡す気がないくせにいけしゃあしゃあと。全く。

「捜し物は得意分野さ」

そう言って店から出る。

「ふう…」

そう多分、こういう気持ちを、ホッとしたというのだろうな。

あの店は居心地が悪い。自分の力が拡散していくような感覚になる。
磁石に弄ばれる羅針盤のような気分だ。

さて、結局話は変わらない。まずは小傘を見付けないと。

「おそらくもう傘を忘れた事には気付いているだろう。という事はこの近くまで来ているのは間違いない」

彼女が飛びっきりの阿呆で、未だ傘を忘れている事に気付いてない限りは。

「…いやいや、大丈夫だ。そこまで馬鹿では…うん?」

森の奥で、何かが動いた。
一瞬だが、青い髪が見えた。

「…把握した」

おそらく、傘が無い事に気付いてこの店まで来たはいいが、巫女が来ると聞いて恐れて中に入れないのだろう。
そこで遠くから様子を見ることにした。

私は森の奥まで行き、小傘がいる辺りを検討つけて、ダウジングロッドを突っ込む。

「きゃっ!」

間違いなく小傘の声

「痛い何すんの!ってあれ?ナズーリン?」

藪の中、小傘がうずくまっていた。

「君は本当に…馬鹿だなあ」

呆れ半分嬉しさ半分。

「ナズーリン聞いて!あの店の中に傘を置いてきちゃったの!取りにいきたいけど、あの例の巫女が来るって…どうしよう」

泣きそうな小傘に手を貸す。彼女が起き上がると、私は彼女の頭を払った。蜘蛛の糸やら葉っぱでひどい有様だ。

「大丈夫。私が一緒に取りに行ってあげるよ。それに多分巫女は来ないよ」
「本当に!良かった…私もう駄目かと思ったもん…」
「さあ行こう」

彼女の手を取り、店へと戻る。あの偏屈店主だってまさかこんなに早く取りに来るとは思うまい。

「ナズーリン何ニヤニヤしてるの?」
「ん?いや、ちょっとね。仕事が片付く事は快感だからね」
「仕事?」
「まあそれは後でいい。とりあえず傘を取り返そう」

店の入り口。
小傘が一瞬立ち止ろうするが、強引に引っ張って中に入る。

「やあやあ霖之助君。早速で悪いが返してもらおうか」

机の上にある唐傘を熱心に調べている店主に意気揚々と話しかける。

「うん?…随分早いね。少し驚いた」
「やった!驚いたって!」
「君にじゃないよ」
「君にじゃないね」

私と店主の声が被った。

「ぐすん」
「とにかく返してもらおうか」
「なあここで一つ提案なんだが」

そう言って店主が机の裏から何かを取り出した。
それは。

「あれ?傘が二本?」

そう。紫の唐傘がもう一本出てきたのだ。

「これはね、60年ほど前の一品でね。とある有名な傘職人が何を思ったか、作った傘なんだ。
生産された本数も少なく、君のいうレア度でいえば100ぐらいかな?」
「…それで?」
「手に入れたはいいが、作りがしっかりしている以外はつまらない代物でね。捨てるか燃やすか迷っていたところだが…」
「どっちも駄目!呪うよ!」
「そこで君が来たわけさ。この傘そっくりの傘を持ってね。しかも君はそれを忘れていった」
「全く話が読めないんだけど」

店主はこれだからまったく…と言った感じに溜息をついた。

「興味深いと思わないかい?同じ傘が二本。片方は物。もう一方は妖怪。これは調べてみたくなるだろ?」
「まず、同じ傘だとどうして言える?」
「見た目が同じであれば、それの真偽なんてどうでもいいのさ。それに僕には道具の名前がわかる。
残念ながら僕の能力ではこの二つが同じ傘なのかまでは解らないが」
「ええっとつまりどういうこと?わちきついていけない」
「そのキャラ作りは止めた方がいいよ…って違う!結論は結局なんなんだ」

小傘が会話に入るとリズムが崩れる。

「結論。もう少しだけ君の傘を調べさせて欲しいんだ」
「却下だ」

私が即答する。何を言っているんだこの店主は。

「君に聞いてはいない」
「ええっとそれは困るかも」
「じゃあこの唐傘をあげよう」
「それでも駄目。似ててもそれは“私”じゃないから…」
「駄目か…参ったな…」


…待て。彼は傘を譲ってくれると言っている。
もしここで小傘を説得できれば、依頼の品を手に入れられるのではないか?

…いける

私が口を挟む。

「全員が納得する方法を見つけた」
「え?何それ?」
「また悪知恵か…ネズミがよくやる」

店主の言葉を無視する。

「まず、その傘を譲って欲しい。その代わり、好きなだけ小傘の傘を調べていい」
「おおそれはいい。しかしそれはそのからかさお化けが嫌がるんじゃないか?」
「そこでだ。小傘。覚えているかい?とっておきの驚かしかたがあるって話」
「え?うんそれを聞こうと思ってアジトに行ったんだけどナズーリンいなくて…」
「それを伝授しよう。その代わり…」
「僕に好きなだけ傘を調べさせてもいい…だね?」
「そうだ。どうだ小傘?嫌ならかまわない」

小傘はうーんと悩む。まあ普通に考えて自分の一部を得たいの知れない変人店主なんかに調べさせたくはないだろう。
小傘が断っても構わない。もしそうならこのまま小傘を連れて慧音に会いにいけばいい。傘の一つ目と舌はまあなんとかなるだろう。
慧音の顔すら認識できない状態だ。誤魔化しようはいくらでもある。

「その傘。あ、私じゃない方ね。が必要なの?」
「まああれば助かるレベルの話だけど」
「じゃあいいよ。ナズーリンにはお世話になってるし」
「ほんとかい!助かるよ!道具と妖怪の境界を是非調べたいんだ!そうだ!どうせなら君の話も聞かせてくれないか」
「落ち着け霖之助君」

興奮しだす店主を放っておき、私は店主から紫の唐傘を奪う。

「じゃあ小傘。私は仕事を済ませてくる。君は何か変な事をされればすぐ逃げ出していいからね?」
「失敬な。僕はそんな事しな…」
「君は黙っていてくれ」
「うん。ナズーリンもお仕事頑張って」
「ああ。驚かし方については今度でいいか?」
「期待してるからね。また遊びに行く」

では、とだけいい、私は店を出て、人里の寺子屋へと向かう。
少しだけ、自分の胸が痛い。





後日。


約束通り、とっておきの驚かし方を教えてもらいにナズーリンのアジトにやってきた。
いつものように天井の穴から入る。

「一枚!二枚!何枚か足りないけどドンマイ!…ってあれ?」

いつもと雰囲気が違う
部屋には誰もいなかった。どころか、生き物の気配が全くしない。例え留守でもネズミ達がいるはずなのに。

「ナズーリン?」

声を出しても虚しく響く。
ナズーリンはしょっちゅうアジトを変える。
でも、いつも変える前には教えてくれた。
前会った時はバタバタしていたから忘れていた?

「でも私…遊びに行くって…言ったよね」

もしかして約束を…違う違う!なんで友達を疑っているんだ私!
泣きそうになるのを堪えて、いつもナズーリンが座っている机に近づく。
傘が泣いてどうするんだ。
そう言ってくれたナズーリンの声が聞こえたような気がした。

「あ…れ?紙?」


机の上に一枚の紙が折りたたんでおいてあった。
私は折りたたんだ紙を広げると、丁寧な字で手紙が書いてあった。
さっそく読んでみる。

小傘へ。

まさか私が約束を破ったとでも思って泣いていないかい?せっかく傘を差したのに濡れてしまっては仕方が無い。

実は急に引っ越す事になったので、手紙で勘弁してくれ。
とある大きな仕事を引き受けてね。今は空の上にいる。まったく…地に足がつかないのは苦手なんだが…。今仕事で“飛宝”と呼ばれるモノを捜しているんだがこれまた厄介でね。君も暇さえあれば浮遊艇に来るといい。私の友人だと言えばきっと通してくれるさ。浮遊艇なら影を追えばすぐ見付かる。飛ぶのは得意だろ?

さて本題に入ろうか。
実はいい案があるんだ。君は見た目的に驚かす事は難しいと思う。
そこでだ。驚く、という行為はつまり、行き着くとギャップ、意表、言い方はなんでもいい、
つまり意外性を求めた先にあるものなんだ。
そういう意味で、君の見た目は有利なんだよ。
結論から言おう。
君はスペルカードと言うものを知っているかい?
何やら最近流行っているらしいが、君もこれを始めてみてはどうだろう?君の見た目から予想もつかないものが出れば、きっと皆驚くに違いない。
実際、私も今回の依頼主に見せてもらったが、これには大いに驚いた。美しさと激しさ、そして儚さを伴った弾幕は見る者を圧倒させる。
恥ずかしながら私も始めてみた。うむ、中々難しいが、これはこれで興味深い。
君の怖がる、あの巫女だってこの決闘法に則ればさして強敵ではないはずだよ(まあ君の実力次第ではあるが)
簡単な話さ。驚かないなら驚かせばいいんだよ。

無理やりにでもね。

それと共に君独自の驚かし方を研鑽していけばいい。焦る事はない。捜し物と一緒さ。地道が一番なんだ。
さて、依頼主が早くしろと五月蝿いのでそろそろ失礼するよ。
今度は閉ざせし雲の通い路で会おう。


P.S
スペルカードルールについて解らないことがあれば、あの古道具屋の店主か慧音にでも聞くといい。
きっと力になってくれるさ。もし断ったらあの店主、店ごと齧りに行ってやる。

ナズーリンより



「…すぺるかーど?」

とにかくそれが秘策らしい。
こないだナズーリンが去ったあと、
実は本気で逃げ出そうとしたけど霖之助さんが思ったよりいい人だったので、安心して聞きにいける。

「よし!」

さっそくそのすぺるかーどやらを試してみよう。
傘を開き、空へと飛び立つ。
空は青く晴れ渡っている。その向こうに広がる雲に大きな影が。
きっとそこで彼女は待っている。

「すっごいスペルカード作ってみんなを驚かすんだから!」

一気に高度を上げ、雲の上まで出る。
いつの間にか涙は止まり、私は笑顔になっていた。

「うわあ…凄い」

そこには巨大な船がまるでそこが港かのように存在していた
私は船を確認するとまた今度は高度を下げ、魔法の森の近くへと向かう。

春の湊に船の陰。でもまだ春は始まったばかりだ。
初投稿。

少ない設定の中自由にやってみた。

キャラを保つのが難しい。一番難しいのはタイトルを考えること。
ネーミングセンスってコンビニとかに売ってないかなあ
不夜城レッド
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コメント



0.940簡易評価
12.90名前が無い程度の能力削除
東方星蓮船のプロローグとして,これは面白いと思った
17.80名前が無い程度の能力削除
ナズー霖とは良い組み合わせ