目が覚めると、頭上に満月と星空が輝いていた。
竹林だろうか。
体がどうにも熱い。
プラネタリウムのようにぼやけていた夜空に、焦点が合った。
徐々に汗が冷えてきたらしい。同時に風を感じる。
「負けちゃったよ」
懐かしい声が聞こえてきた。
星空を塞ぐように妹紅の顔が現れる。
そこで、慧音は初めて妹紅に膝枕されている事実に気付く。
しかし、体が思うように動かない。
「慧音?」
「あ、ああ、うん」
「大丈夫か?」
妹紅の服はあちこちが裂けていた。
焼けてもいる。
慧音は「そうだ」と答えた。
「え?」
「あいつらは帰ってしまったのか?」
「巫女と隙間妖怪? ああ、帰っちゃったみたいだよ。はは、肝試しだってさ」
「そうか」
慧音はすっかり、消沈した様子で言った。
妹紅は慧音を慰めようとする。
「負けたって、仕方ないさ」
「妹紅」
慧音の目は、せわしなく動く。
一際強い風が吹いた。
「え?」
「竹藪ってこんなに美しかったか?」
<ダーキニー>
そこへは、どうやって辿り着いたのか確かでなかった。
とにかく、時間をかけて飛んできたような気がする。
色々なところを通った覚えがあった。
慧音は熱に浮かされた表情で一軒の古屋敷を見上げた。
ここが八雲家か。
開かれた大きな門をくぐる。
すると、ヒマワリが咲いていた。
大方季節外れの花だ。
ふと、横を見ると菊が咲いていた。
とにかく、滅茶苦茶だった。
慧音の肩に一羽のウグイスがとまる。
庭はよく掃き清められていた。
水の音も聞こえる。
「慧音先生?」
慧音は「はっ」と顔を上げる。
八雲紫が縁側に腰掛けていた。
「どうしたの? よく、ここが分かったのね」
「はい。猫に聞いたので」
紫は首を傾げた。
「何か用なの?」
「あの、藍さんに。こちらにいると聞きました」
紫は更に怪訝そうな顔をする。
「家の中にいると思うわよ」
「分かりました、お邪魔します」
慧音は会話もそこそこに家の中へと入っていった。
中は、木のいい香りがした。
平屋建てだが、それなりに広い。
高鳴る心臓を抑えつつ、早足に藍の姿を探す。
しかし、どこにもいない。
応接間、狭い和室、恐らく寝室。あちこち探すが、どうしても見当たらない。
紫に聞くのも気が引ける。
ついに残るのは一室となった。
間違いなく、そこに藍がいるのだろう。
「お邪魔します」
慧音は静かに戸を開けた。
途端にむせかえるような甘い香り。
藍はいた。
机の上で書き物をしながら、キセルを咥えていた。
甘い香りの出所はキセルかもしれない。
慧音はごくり、と生唾を飲んだ。
またしても、顔が火照ってきた。
大きな尻尾が背中からはみ出して見えている。
いつ見ても、本当に立派な……。
「慧音先生? 竹藪以来じゃないか」
「は、はい」
「あの時は悪かったね。紫様も必死だったから」
「いえ、そんな、全然」
「それで、今日はどうして?」
慧音は口ごもった。
藍が上目遣いに慧音を見つめる。
「いえ、特にこれといって用事はないんですが。あのご挨拶というか」
「ふうむ」
「これ、お茶菓子です」
藍は慧音が差し出した茶菓子を受け取ると、キセルを再び吸い始めた。
シナモンに似た、甘い匂いが漂う。
慧音の頭がぼんやりとしてくる。
「慧音先生、何か隠し事してるね」
藍は言った。
「そんな」
慧音は首を振るが、「そんなことはない」との断定能わざる様子である。
藍は「ふう」とキセルから甘い煙を吐き出した。
「そういえば、この間の竹林では」
「うん」
「中々に」
「うん」
藍は相づちをふと止める。
「尻尾に触りたいんだね?」
慧音の肩が跳ねた。
「何で」
「だって、さっきから尻尾ばかり見て、触りたいって顔してるよ。触りたいんじゃないのかい?」
「いや、そんな」
「触るといいよ」
藍は背中を向けた。
尻尾が露わになる。
九本の尾は艶やかに輝いていた。
「本当にいいんですか?」
「いいよ、ずっと触りたかったんだろう?」
慧音は頷いた。
「いつからなんだい?」
「竹藪で会った時からずっと」
「ずっと我慢してたのか?」
慧音はしきりに頷いた。
「でも、もう我慢できなくて」
「好きなだけ触っていいよ」
「本当に?」
「ああ。いいとも」
慧音はそっと、一本の尻尾、畳の上にべったりと付いていたのを持ち上げた。
想像通り、ビロードに触る心地。
慧音は表面を幾度もなぞった。
滑らかな感触、自分の尻尾とは随分違う。
力を込めると、皮の中の軟骨に指が触れた。
「ん」
藍の尻尾が一斉に揺れた。
慧音は慌てて、指を離す。
「大丈夫だ。止めないでいい」
慧音はそっと、尻尾に頬ずりした。
「本当に綺麗な尻尾」
藍は嫌がる素振りもなく、慧音を尻尾全体で包み込んだ。
途端に安心した慧音の目から涙が零れた。
今まで自分自身に嘘を吐いていたことが、馬鹿らしくて。
そして、藍の優しさがこの上なく嬉しい。
「尻尾……」
「もう大丈夫だ」
藍は優しく呟いた。
慧音は尻尾の波に溺れていく。
溜まっていた熱が放出されていくのを感じた。
「ずっと、我慢してたんだね」
「はい」
慧音の目から止めどなく涙が溢れた。
慧音はそれから一時間、ゆっくりと眠ることができた。
とても幸せな一時間だった。
「そろそろ、帰らないと」
慧音は名残惜しそうに尻尾から這い出した。
「もう、いいのかい?」
「明日は寺子屋なので」
藍の尻尾は優しく、慧音を包んだ。
「いつでも、ここに来るといい。いつでも迎えてあげよう」
「そんな。迷惑なんじゃ」
「いや、いいさ。好きな時に来るといい」
何て優しい人なんだろう。
自分は甘え過ぎだ。
またしても、咽び泣く慧音を尻尾が抱きしめた。
翌朝、爽快な気分と共に慧音は目覚めた。
かつて無いほど、爽快な目覚めだった。
最高に満たされた気分だ。
自分は何一つ嘘を吐いていないという堂々たる誇り。
慧音は鼻歌を歌いながら、帽子を頭の上に載せた。
夜、妹紅が訪ねてきた。
二人して酒を飲みながら、縁側で月を見上げる。
満月が近い。
「なあ、慧音」
「何だい?」
「お前、この頃元気になったなあ」
「うん」
「それからさ」
「うん?」
妹紅は言いづらそうに顔を歪ませた。
慧音は首を傾げる。
「さっきから、どうして私の尻の辺りを見るんだい」
妹紅は口ごもった。
「何か、付いてるかい?」
「いや」
慧音は「はっ」として悲しそうに首を振った。
「何も付いてないんだ、何も」
これ以上、見ては不審だ。
ふと、慧音が目を反らすと、足下で小さな侍達が歩いていた。
不思議に思ったが、すぐに謎が解けた。
参勤交代か。
そう言えば、この時期は多い。
もう大丈夫だ。
藍に頼るのは良くない。
もう自分は、一人でやっていける。
もう藍のところへは行かない。
三日後、慧音は藍を訪ねた。
藍はキセルを咥えながら微笑む。
慧音はその顔を見るだけで、嬉しくなった。
「また、来てしまった」
「ほら」
藍は尻尾を差し出した。
慧音はたちまち、飛び込んでいく。
暖かな尻尾の感触が慧音を迎えてくれた。
「藍さん……」
慧音の口からふと、漏れた。
すると、藍は言う。
「藍さんだなんて、水くさいじゃないか」
「え?」
「お姉様と呼ぶといい」
慧音は戸惑った。
「嫌か?」
慧音を締め付ける尻尾が緩む。
慧音は慌てて首を振った。
「嫌じゃない、全然」
「じゃあ」
藍が言った。
慧音は少しの沈黙の後、口を開く。
「お姉様」
たちまち、藍の尻尾が慧音を締め付けた。その内の一本が滅茶苦茶に慧音の頭を撫でる。
慧音は嬉しい悲鳴をあげる。
その時、ふと慧音の頭に疑問がよぎる。
この尻尾は濡れたらどうなるのだろう。
藍は何も知らぬ様子で、慧音を受け入れている。
駄目だ。そんなことは気にしてはいけない。それが何だって言うのだ。
葛藤。
慧音は藍の尻尾の一本を口に入れた。
藍は抵抗どころか、何も動じなかった。
そのまま、慧音は尻尾を舐める。
舌に軟骨の感触が当たった。
そして、口から出す。
感動の一瞬だった。
藍の尻尾は唾液で濡れて、細くなっていた。
自分の情けない尻尾が水に濡れた時と同様に。
彼女の尻尾も濡れれば細くなるのだ。
共通点。
慧音は喜びのあまり、尻尾に頬ずりした。
次の瞬間、濡れた尻尾が動き、たしなめる様に静かに慧音の頬を打った。
冷えた唾液が頬を打つ。
慧音は藍の尻尾の中へ潜っていった。
藍の尻尾は食虫植物のように、慧音を優しく迎え入れた。
「お姉様……」
家へ帰ってきた慧音はゆっくりと風呂に浸かった。
そして風呂を出ていつもの通り、牛乳を飲もうと冷蔵庫を開けるとペンギンが顔を出した。
慧音はペンギンを起こさないように、そっと牛乳を取り出すと、元の通り冷蔵庫の扉を閉めた。
布団に入ってからは、ずっと藍のことを考えていた。
ここのところ、ずっとそうだ。
頭上で妖精が踊りを踊っていた。
祝福の踊りだろうか。
目で追っていると、いつの間にか眠りに落ちていた。
翌朝もまた爽快だった。
よくよく考えてみれば、子供の頃はこうして毎朝、心地よく目覚められた覚えがある。
この突き抜けるような目覚めを取り戻すまでの、空白期間はいつから始まっていたのだろうか。
考えても分からないので、慧音は茶漬けを食べ始めた。
裏の山で作った梅干しを使った茶漬けは本当に美味しかった。
腹が減っていたこともあり、あっという間に無くなってしまった。
それから、洗濯物を干して寺子屋に行った。
子供達と遊ぶ時間は本当に楽しかった。
慧音は猫車を使うようになった。
この間までは藍のところまで飛んでいたが、どうにも疲れる。
八雲の家は遠すぎるのだ。
その点、猫車は良かった。
速度、快適さともに申し分ない。
この日も、慧音は家の前に呼んでおいた猫車に乗り込んだ。
猫車はぐんぐん走る。
こんなに良い物を使わなかった自分は馬鹿なのだな、と改めて感じた。
慧音は窓から外の田園風景を眺めた。
昔はこの辺りにもたくさんの猫車が走っていたらしい。
すっかり減ってしまった猫車。
少し、ノスタルジックな気持ちになった。
「また来たのかい?」
藍は小首を傾げた。
途端に不安な気持ちになる。
「邪魔だった?」
慧音が聞くと、藍は微笑んだ。
「全然」
「良かった」
本当に良かった、と心から思う。
「お茶を飲むといい、そう言えば」
「はい?」
「今日は猫車で来たのかい?」
「はい」
「そう。今時、猫車を使うなんて珍しいね」
「はい」
「まあ、私なんかはしょっちゅう使ってるからあれだけど」
藍はキセルを吸う。
慧音はこの匂いが大好きだった。
頭がぼんやりする。
慧音は尻尾に埋もれていく。
「なあ、慧音」
「え?」
「今はこの尻尾、九本だが。その内、十二本まで増えると思うんだ」
慧音は目を見開いた。
「えっ、ええっ、本当?」
「ああ、本当だとも」
「九本でも、こんなに凄いのに。十二本だなんて、私……」
「明日も来るかい?」
「え? 明日?」
「来るといい」
慧音は口ごもった。
「その、明日は」
「嫌なのかい?」
「そ、そんなことは」
藍の尻尾が優しく包む。
「明日は何も用事が無いんだろう?」
「うん……」
慧音は不安から逃れるように、三本まとめて尻尾を抱きしめた。
とてもいい匂いがした。
明日は満月なのだ。
不安な慧音と首を傾げる藍。
その時、慧音の手に何かが当たった。
細長い何か。布製だろうか。金属の質感。
尻尾を傷つけないように、慎重に、慧音はそれを引きずり出す。
薄暗い電灯と月明かりのもとで、小さな金具からの反射光が慧音の目を刺した。
「サスペンダー……?」
それは小さなサスペンダーだった。
慧音は首を傾げる。
サスペンダーの中の慧音も同様に首を傾げた。
とても不思議だ。
どうして、こんな所にサスペンダーが?
誰かが置き忘れたか、あるいは……。
「慧音。それは何だい」
藍の声で現実に引き戻された慧音は、サスペンダーを藍に見せた。
「どうしてこんなものが」
「不思議だね……」
藍はふう、と息を吐いた。
「慧音のかい」
「い、いいえ」
「それじゃあ、捨ててしまうといい」
「そうだ。踊りを見ていかないか?」
「え? 踊り?」
「そう。踊り」
藍は尻尾をくねらせながら、踊りを見せてくれた。
慧音は恍惚とした表情で眺める。
とても素敵な踊りだった。
同じように尻尾を持ちながらも、何も出来ない自分に腹が立った。
「もっと凄いことをしてやろうか」
慧音はどきり、とする。
「もっと素敵なこと? この踊りよりも?」
「ああ、もっと素敵なことだ」
「うん。見せて欲しい」
藍は「よし」と呟く。
尻尾が回転した。どんどん速度を増していく。
家に帰ってから、例のサスペンダーをしげしげと見つめたが、何も分からない。
それは慧音の頭を悩ませる材料でしかなかった。
結局、慧音はサスペンダーをゴミ箱の中へ放り込んだ。
自分は馬鹿だ。知ったかぶって、結局は何もできはしない。
慧音は布団に頭を擦り付け、神を祈る体勢のまま歯ぎしりした。
この世の中には分からないことの方が多い。
翌日、寺子屋での授業を終えて猫車に乗り込む慧音の気持ちは複雑だった。
藍の元へ行きたいのは確かなのだが、そうでない気持ちもある。
しかし、やはり約束してしまった以上は行かなければならないのだろう。
足下に妖精がやって来た。
「本当に行くの?」
妖精が尋ねる。
彼女の青い瞳が悲しそうに歪んだ。
それを見たところ、本当に心配してくれているのかもしれない。
妖精は半ば訴えるように慧音を見上げた。
「嫌われちゃうよ?」
だが、慧音は妖精を無視すると、浮かない気持ちで猫車に乗り込む。
途端に猫車が走り出した。
猫車はあっという間に八雲家の前に辿り着いてしまった。
慧音はいつものように、家の中へと入っていく。
紫はパチンコを打っていた。
その脇を通り過ぎると藍の部屋だ。
慧音は半分だけ扉を開けて、顔を出した。
藍はいつも通り、キセルを吸っていた。
甘い香りがする。
しかし、慧音は座敷へと入っていけない。
「扉の陰で何をしているんだい?」
慧音の尻尾が、びくり、と跳ねる。
「出ておいで」
慧音は出ていかなかった。
目に涙を溜めて黙っていた。
「怒らないから」
「本当に?」
「ああ」
「絶対、笑わない?」
慧音は長い尻尾を引きずり、手をこまねきながら、顔を真っ赤にして座敷に入っていった。
「私、半獣だから」
「この間も竹藪で見たよ」
「尻尾だって一本しかないし、立派じゃないし」
慧音は涙を流し始めた。
「こんな、醜い角だって」
「気にしちゃ駄目だ」
藍は言った。
そして尻尾を向ける。
「私は気にしない。確かにその尻尾はみっともないし、色だって悪いけど」
「嫌いにならない?」
「大丈夫」
「本当に?」
「さあ、尻尾を絡ませて遊ぼう。おいで」
慧音は泣きながら、藍の尻尾へと突っ込んでいった。
尻尾は優しく慧音を受け入れた。
微笑む藍と嬉し泣きの慧音。
二人の頭上を通過する航空機の爆音が全てをかき消して行く……。
翌日、慧音は昼食の後、教室の隅から隅までバック転で横断した。
「先生、何か嬉しそうだね」
「分かるか?」
ませた少女が机の上で肘を立てて、にやついた。
「先生、恋してるんでしょ?」
慧音は白い歯を見せてすかさず、パチリ、と指を鳴らした。
音楽が始まる。
「どれ、踊りを見せてやろう」
軽快な音楽に合わせて、慧音が体を揺らし始めた。
簡単な踊りだ。
生徒達が手拍子する。
背伸びしたがりの少年が、悲痛な表情で校庭を駆け抜けて行った。
「ビートルズが解散した!」
彼は門を飛び出したきり、帰って来なかった。
もう夕方だった。
慧音が家に帰ると、ペンギンが列を作って出迎えてくれた。
慧音は二列に並んだペンギンの間を通りながら、頭を撫でていく。
慧音が家の中へ入ると、ダンスが始まった。
今日も八雲家へ行こう。
そう考えて、慧音がシャワーを浴びていると、外で猫車の駐まる音がした。
慧音は急いで服を着て、外へ飛び出していく。
すると、大きな猫車の中から格好良い服を着た藍が降りてきた。
「やあ」
格好良い服の藍は微笑んだ。
「慧音の家は立派だね」
藍の周りをペンギンが取り囲んでいた。
ペンギンは不安そうな面持ちで藍を見上げる。
慧音はどうしていいか分からずに戸惑った。
「ど、どうしてここに?」
「ドライブしよう。この猫車は二人乗り用だから」
「え、そんな、いきなり」
「ほら、いいから」
藍は半ば強引に、慧音の腕を掴み猫車に引っ張り込んだ。
二人用の猫車は一人用の猫車よりも広くて、快適だった。
ペンギンは必死に猫車を追いかけてきたが、猫車の速度には敵わないと見るや否や、引き返していった。
「どうして、私の家に?」
「ドライブに付き合ってもらおうとしたからだよ」
藍は何気なく言った。
慧音は落ち着かない様子で、下を向いている。
「ほら、ここを押すとね、ドリンクが出てくるんだ」
藍は猫車の下の方に付いているボタンを押した。
「Yボタンでワイン、Wボタンがウィスキー、Jボタンが日本酒」
そして半ば馬鹿にした調子で「Bボタンがビールさ」と付け加えた。
「好きなのを、飲むといい」
慧音は馴れない手つきでYボタンを押した。
グラスにワインが並々と注がれる。
ワインは美味しかった。
その遙か下に「Dボタン」というのもあったが、質問する勇気は無かった。
「ほら」
藍が外を指さした。
「永遠亭が見えるかい」
慧音は頷いた。
「うん」
「今日は紫様がいないんだ」
「え?」
慧音は聞き返した。
「パチンコを打ちにいったからね。実機で」
藍は酷く自嘲的に呟いた。
「よかったら、泊まりに来ないかい」
「でも、着替えの服が」
「そんな事を気にするのかい?」
慧音は思わず、「はっ」と呟き己を恥じた。
一体、自分は藍から何を学んだのだろう。
もう断る理由は無かった。
「うん……、泊まる」
慧音は小さく呟いた。
その様子を見ていた藍は囁く。
「今日は慧音がしたいことを何でもするといい」
慧音は真っ赤になって俯く。
その仕草は最早、教師ではなく一人の女のものであった。
「何がしたい?」
「尻尾を」
「尻尾を?」
「お風呂場で洗って、ブラッシングして、それで、乾かして」
「それから?」
「その中で朝まで眠りたいです、……お姉様」
「よしよし」
その瞬間、猫車が小さく揺れた。
「あ」
慧音は小さな悲鳴を上げる。
「心配するな。空を飛んでいるのさ」
「そんな、猫車が空を飛ぶなんて」
窓の下にはビルの光、夜景が広がっていた。
東京だ。美しい、夜景。
本当に空を飛んでいる。
慧音は思わず、藍の尻尾を掴んだ。
「綺麗だろう」
頷く慧音の肩を藍の尻尾が抱き寄せた。
「あ……」
慧音は尻尾の流れに身を任せていく。
その時、慧音の目に東京タワーの光が飛び込んできた。
目を刺す真っ赤の光。
慧音は何かを思い出しかけた。
「もこたん」
ふと、口をついて出た単語。
「もこたん」とは何だったろう。
「もこたん」。
何か重要な言葉だったような気がした。それなのに、この瞬間まで忘れかけていた。
自分にとって大切なもの。とても悲しい気がする。
なぜか涙が込み上げてきた。
しかし、慧音はどうしてもそれを思い出すことが出来なかった。
ワインを飲んで、尻尾に包まれ、甘美な夢がまどろみを誘い、「もこたん」を塗りつぶしていく。
慧音はやがて、藍の尻尾へと意識を任せることにした。
閉じていく世界。
白、銀、橙、赤、そして黒……。
二人を乗せた猫車は軽やかに着地し、ハイウェイを駆け抜けていった。
あなたは神
でも慧音先生は幸せか。
いやもうホントなんなのこの世界観
これはかっけえ。
どこか違う世界に迷い込んでしまったようだ
・・・・・・! ・・・・・・?
藍しゃまの尻尾でもふもふして此の世の全てを忘れたい
暖かい藍様のしっぽに包まれたような、安らかな気分になりました。
ありがとうございました。
執筆中の精神状態が気になる気になる。
この独特な読後感をSSで感じるとは思いませんでした。
白狐にまたがる、性欲、愛欲の神
藍様のことかなぁ
距離の縮め方がおかしいだろw
滅多にない経験なのでこの点数で。
あれかこれがオサレSSというやつか。
なんだこれ
なんだこれ?!
流石藍様 慧音先生さえも乱していく。
恐ろしい小説でした。