船頭が彼岸の魂を運び、閻魔がその魂を裁く。それが日常。
後は裁いた記録を整理すれば今日の業務も完了というところ。
幻想郷の閻魔である四季映姫・ヤマザナドゥは、いつもの紺色の仕事着を纏い、普段通りに机に向かっていた。彼女の身長は高くなく童顔で、子供っぽいと言われる事がある。普段は然程気にしていないが、指摘されると怒る。
「四季さま、戻りました」
その部下である小野塚小町は、三途の川で船頭をしている死神。見た目は長身の女性で、和服のような仕事着を纏っている。
随分と疲れた表情で、その小町が部屋に入ってきた。
「今日も一日、お疲れ様です。疲れてそうですね」
「ええ、それなりに」
「随分と無理をしているように見えますが、本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ」
数日前、映姫は仕事外の下らない事で小町をこっぴどく叱ったのだが、その翌日からサボリ癖のある小町が真面目に仕事をこなすようになったのだ。今までの怠惰は何だったのかというぐらいの豹変である。映姫は『無理をしないでください』と何度も言ったのだが、小町は聞く耳を持たなかった。痩せ我慢に見えて申し訳なさを覚える。
映姫はそんな事を脳裏に描きながら、机に両肘を付いて腕を組んだ。
「小町。明日ですが、違う仕事をしてもらいます」
「船頭以外の仕事ですか?」
「ええ、漸く彼岸も落ち着いたようですから。半年程前に貴女が話してくれた不良天人の事、覚えているかしら」
小町は少考し、答えた。
「比那名居ですか?」
「そうです。比那名居天子と私が話せる機会を作って欲しいのです」
「なんでまた、そんな事を?」
「勿論、いつもの理由です」
比那名居一族は天界に住んでいる。映姫は随分前から天子と話をしたかったのだが、閻魔が断りも無く天界に入るのは色々と面倒がある。要は誰かに取り次いでもらう事になるのだが、現状で合理的に頼める相手は小町しかいない。
今まで、その小町の仕事が半端で頼む機会を逃していた。とはいえ、休日に働かせるのは流石に憚られる。彼岸が概ね片付いた今が、丁度良い機会なのだ。
「丸一日使って構いません。宜しくお願いします」
「成程、分かりました」
小町は仕事の内容を把握し、軽くお辞儀をして踵を返した。
「とりあえずあたいはこれで帰りますね。お疲れ様です」
「お疲れ様です」
小町が部屋を出た後、映姫は執行の事後処理を始めた。
小町が仕事を頑張る分魂を裁く数は飛躍的に増加した。勿論それは映姫の仕事も増える事を意味している。とは言うものの、今までが少な過ぎただけで現状が本来の仕事量だ。自身も怠けてしまっていたのか、と映姫は自嘲していた。
「ふう、仕事に何を期待しているのかしら」
映姫は手を組みながら腕を伸ばした後立ち上がり、お茶を入れに給湯室へ向かった。閻魔の映姫は、基本的に一人でいることが多い。それは気楽で、味気無い生活だった。
大抵の者は、閻魔を恐れて身を隠す、もしくは逃げるのが常なのだ。
◆
翌日、小町は博麗神社を目指して歩いていた。良く晴れていて風もないが、霜が降りる程度には寒い。
今日の仕事は天子を呼ぶ日程を立てる仕事。とは言うものの、死神が不当な理由で天界に入ると色々と面倒がある。かといって、三途の川は渡せないし、閻魔や死神の住居に連れて行くわけにもいかないし、里のどこかで話すのも迷惑だ。
小町には、天子を知っている人物に頼るぐらいしか選択肢が無かった。映姫が丸一日時間をくれたのは、その部分も分かっていたからだろう。誰にでも好かれ易いあの巫女なら確実に出来るだろうと、小町は確信していた。
見飽きた景色を見ながらぶらぶらと歩き、昼頃にそこへ辿りついた。
博麗の巫女、博麗霊夢は部屋の中に居た。大きな赤いリボンが黒髪に乗っかっているのはいつも通りだが、普段とは違う普通の巫女服を纏い、炬燵で寒そうに湯呑を握っている。
「博麗、元気かい?」
小町の爽やかな挨拶に、
「……サボリ魔か。仕事しろ」
身も蓋も無い言葉が返される。小町はそれに気も留めず、縁側に腰掛けた。
「今日はサボりじゃないのさ。比那名居を覚えてるかい?」
霊夢は表情を変えずに少考し、面倒そうに返す。
「天子の事? 忘れる訳が無いわ」
「その比那名居をここに呼べると思うかい?」
「暇潰しが出来れば良いとか言ってたから、呼ぶだけでも来るんじゃない?」
「ふむ」
小町は腕を組み、遠くを見ながら考えた。
暇潰しが出来れば良い、とは言うが茶に誘った位で来るとは思えない。もう少しまともな理由を考える。すぐに思いつくのは宴会、食事、決闘程度だった。
「宴会をダシに呼ぶのはどう思う?」
「宴会にあんな奴呼んでも、威張り散らしてシラけるかもしれないわよ」
「まあ、宴会じゃなくても良いんだ。悪いんだけど、何か理由つけて比那名居をここに呼んで欲しいんだ」
「え? ……そもそも、呼んでどうするの?」
霊夢は頭を掻きながら訊き返した。
「四季さまが直々に話したいって言うんだよ」
映姫が不良と話したい、となれば、何が起こるか小町には容易に想像出来る。霊夢にもそれが分かったのか、少し笑っていた。
「随分と面白そうな話ね」
「あたいが天界行くと色々まずいのさ。頼まれてくれないかなぁ」
「そうねぇ……」
と、霊夢は少考し、
「ま、呼ぶぐらいなら引き受けても良いわよ。呼ぶ日は明日で良いの?」
「明日はちょっと厳しいなあ。遅いよりは早い方が良いけど……一週間は見積もりたいね。正午が良い」
「どうせ暇だし、今から訊いて来るわ」
「今からかい?」
小町は、霊夢がすぐに向かってくれるとは思っていなかった。一方、霊夢は単にやる事が無いので今すぐでも構わない、というだけなのだが。
霊夢はお茶を一口啜った。
「で、呼ぶ理由どうするの?」
「そうだなぁ、鍋がいいね。最近寒いし」
「鍋? ……あんたが食べたいだけじゃ?」
怪訝そうな表情を浮かべた。
「あぁ、勿論そうさ」
小町は暢気な表情だ。
「って、まさか映姫と小町と天子と私で鍋を囲うの?」
「材料はあたいが用意するよ」
映姫と同席したくない、そう言われても仕方が無い事は小町にも分かっている。
霊夢は面倒そうに立ち上がり、縁側に歩いた。
「まあ、奢ってくれるなら良いわよ。で、やっぱり仕事はサボるの?」
「今日はあの天人と会う予定を立てる事が仕事なんだ。それじゃ、吉報を待ってるよ」
「ふうん。ここに居るなら留守番宜しくね」
「そうさせてもらうよ」
霊夢は振り向きもせず手の甲を見せた後、靴を履いて直ぐに神社を発った。小町はそれを見送りつつ部屋に入り、彼女が戻ってくるまで炬燵で一眠りする事にした。
有頂天以外の天界に入った事は無い。天界というと華やかな所を想像するが、実際は桃の木と数件の屋敷ぐらいしか目立つものが無い。地面には草と花が広がっており、寝転んだりするには中々良い場所だ。雲の上なだけあって、常に日が差しており暖かいが、その分夜は冷え込むのだろう。
有頂天に辿りついた霊夢は、そんな事を考えていた。
「あら、霊夢さん」
声が聞こえてきた方に視線を移すと、触覚のようなリボンが印象的な帽子を被り、桃色の羽衣を纏っている女性が、そこに正座していた。有頂天からしか見られない美しい景色が、彼女の美しさに磨きをかけている。
「……衣玖、だっけ?」
「永江衣玖です」
毅然とした態度で返事をするこの妖怪は竜宮の遣い。霊夢とは博麗神社倒壊の件で決闘をした程度の間柄なのだが、この妖怪は霊夢に次ぐ被害者だった。異変解決の為に有頂天に登ろうとした者達に誤解され、その度に決闘で倒されていたのだ。
霊夢はそんな事を思い出しながら、衣玖に歩み寄った。
「随分ご無沙汰ね。普段はここで座ってるの?」
「少し休んでるだけですよ」
霊夢は衣玖の斜め前に正座した。
「ふうん。天子居ない?」
「総領娘様なら、あちらで転寝してますよ」
衣玖が左側を指差す。その先には、いつか見た少女が桃の木に寄りかかっていた。淵に色とりどりの装飾がある服を纏い、桃飾りがついた黒い帽子を被っている。彼女こそ、以前博麗神社を倒壊させた張本人、比那名居天子。
「総領娘様に何か御用ですか?」
衣玖は首を傾げていた。
「ちょっと食事の誘いに」
「貴女は総領娘様を恨んでいるのでは?」
「えっ、あぁ、まぁ……あれから大分時間も経ったしね。たまには」
予想外の質問に、霊夢は戸惑いの表情を見せる。
「ふむ、妙ですね」
衣玖の力は『空気を読む程度の能力』だ。どうやら霊夢から不穏な感情を読み取ったらしい。
霊夢は諦めたような表情で軽く息を吐く。
「読まれてるのね」
「貴女がその程度の理由で、総領娘様を誘うとは思えないですし」
「じゃあ、あんたが思っている理由でここに来たとしたら?」
衣玖は少し考えたような素振りを見せた後悪気一つ感じない表情で、
「そうですね。総領娘様には私も手を焼いてるので、是非お願いしますね」
と、上品な微笑みを浮かべた。概ね把握している事を霊夢に伝えるには充分だった。
「じゃ、遠慮なくそうするわ」
「期待していますよ」
清楚な癖してこんな事をあっさりと頼む所、意外とこの妖怪は鬼畜なのかもしれない。霊夢はそう考えながら立ち上がり、衣玖に会釈もせずに天子が座っているところへ歩く。
天子は間違いなく寝ていた。目を閉じて静かな寝息を立てている。
「起きろ。馬鹿天人」
霊夢は遠慮なく話しかけた。
「んん……おいし……」
何か食べている夢を見ているのか、天子の口から顎へ、涎が伝っている。霊夢は天子の前に座り、
「起きろって言ってんのよ」
その両肩を持って容赦なくガクンガクンと揺らした。やがて、その後頭部が背にしている桃の木に当たり、
「いったあああああい!」
天子は大声を上げて目を開いた。
「もう、何……」
霊夢の姿を見て驚く。
「貴女は……ここに来るなんて珍しいわね」
「こんなところで寝るほど毎日暇な訳?」
天子は溜息をついて、視線を逸らした。
「そうよ、暇で仕方が無いわ。今の酷い扱いが新鮮なくらい」
「今度うちで鍋やるんだけど、あんたもどうかしら」
再び、二人の視線が合う。
「食べたいわね。丁度、地上の料理を食べている夢を見ていたのよ」
「じゃ、七日後の正午でお願い出来る?」
「七日? 随分先ね」
「他にも来るから、その人達に都合を合わせてるのよ」
他の二人が閻魔と死神とか、普通の神経で考えたら身が凍る光景だろうなあ、と霊夢は心の中で苦笑いした。その考えを知る由も無く、天子は期待したのか笑顔を浮かべる。
「楽しそうね。誰が来るのかしら?」
「珍客中の珍客が来るわ。あんたもいれば珍客だけで炬燵が埋まる。丁度良いのよ」
霊夢は咄嗟に思いついた理由を言った。咄嗟だが、嘘ではない。そこに天子が加わる。どうなるかなんて想像に難しくない。そもそも鍋料理を美味しく食べられるのかすら怪しいと思っていた。
「何を企んでるの?」
天子は疑ってかかったが然程嫌そうな顔ではない。霊夢は小町との約束を果たす為に、適当な言葉を紡ぐ。
「その時のお楽しみってことで。来れる?」
「勿論行くわよ。ここに居たって暇なだけだもの」
天子は歪み無い笑顔を浮かべた。
天人の日課である『唄って踊る』だけでは退屈なのだろう。萃香主催の『起工記念祭と言いつつみんなで天人を虐める祭(の予定だった)』をした時は、ボコられる対象だったのに随分と楽しそうにしていた。
自己中心的な態度を取らなければノリの良い天人だ、と霊夢は考えながら、
「それじゃ、七日後の昼、博麗神社で待ってるわよ」
「分かったわ。楽しみにしておくわね」
小町との約束を果たした霊夢は、それなりの期待を抱きつつも、不安でもあった。
「さて。用件は伝えたし、帰るわ」
「待ちなさい」
よいしょ、と天子が立ち上がり、寄り掛かっていた木から桃を二つ取って霊夢に手渡した。
「折角来たんだから、少しぐらい持っていきなさい」
「貰える物は頂くわよ、ありがと」
少し良心を痛ませた霊夢は笑顔の天子に見送られ、有頂天から降りた。
なんだかんだで有頂天と博麗神社はそこそこに遠い。霊夢が神社に戻る頃には日が傾いて、辺りが橙色で照らされていた。
神社の境内に降り立った霊夢は部屋を見た。小町はあれからずっと寝ていたのか、炬燵で横向きに寝転んでいる。
「随分暇そうね、サボリ魔さん」
だらしなく乱れた衣服のせいで妖艶に見える小町の胸元に視線が行く。少しくれよ、と霊夢は心の中で呟いた。
小町が手で瞼を軽くこすりながら、目を開く。
「……おつかれさん、どうなった?」
霊夢は靴を脱ぎ、部屋に入るなり小町に桃を渡した。小町はそれを眠そうな目で凝視した。
「見たこと無いな、どこから持ってきたんだい?」
「有頂天からよ」
珍しいなぁ、と小町は炬燵から出て起き上がる。霊夢は天子に伝えた事を話した。
「七日後の正午か……。四季さまに伝えておく。助かったよ」
「まぁ、天子が説教されるところを見たいってだけよ」
小町が苦笑いした。
「それじゃあ、材料は前日に持ってきておくから」
「そうは言うけど、作るの私でしょ」
「だいじょーぶ、手伝うさ」
四季さまから小言を言われるから、と小町は付け足した。
しかし霊夢からすれば、鍋料理なんてダシ湯を作って具材を放り込むくらいしかやる事が無い手抜き料理だった。
「ま、当日来れないとか無いようにサボらない事ね」
「最近のあたいは真面目なんだぞ? 心配には及ばないさ」
霊夢が鼻で笑う。
「あんたが真面目とか、冗談きつい」
「四季さまに泣かれたら流石のあたいもねぇ」
小町の脳裏に、映姫を泣かした場面が思い描かれる。泣かした理由は実に下らない内容だった。いや、下らなくないから映姫は泣いたのだろうが。小町は今までサボり癖を叱られても然程後悔しなかったのだが、仕事外で泣かした事は物凄く後悔していた。
勿論、霊夢にはそんな場面を想像出来る訳がない。
「何やったのよ」
「四季さまの羊羹、自分のと間違えて食べちゃったんだよねぇ。ちょっと珍しい羊羹で……」
苦笑いしながら頭を掻く小町。
要は、仕事外の楽しみを奪ってしまったという訳だ。食べ物の恨みは恐ろしいとはよく言ったものである。霊夢は映姫に対し、妙な親近感を抱いた。
「私ならあんたを丸一日結界に放り込むわ」
霊夢は本気で言っていたが、小町は笑って誤魔化した。
映姫は、過去に裁かれた魂の情報が記された書類に目を通して署名をする、という作業を朝から延々と行っていた。ここ最近他の閻魔が不当な判決を何回も行ったらしく、余罪が無いかどうか調べろという命を受けたのだ。他の閻魔にもやらせればいいものを、映姫にだけその命が下った。彼女はそれに対し信用されていると解釈したが、理不尽さも少なからず感じていた。
休憩がてら時折給湯室に向かい、緑茶を淹れる。一口飲んだ後すぐに部屋に戻り、仕事を再開。気付けば緑茶は冷め、それを飲み干す……そんな事を繰り返していた。向かう机の右側にはまだ五センチ程、未処理の書類が山になっている。ひたすら静かで、時折羽筆で署名をする音と、紙を捲る音が僅かに鳴る。勿論、こんな事は珍しくないが、何かしら気を紛らわす手段も欲しいものだと考えてしまう。
「四季さま、戻りました」
夕刻も終わろうという頃に扉が開かれる音が鳴り、小町が部屋に入る。入るなり映姫の右側に積み上げられた書類を見て、疲れたような表情をした。
「今日も一日、お疲れ様です」
「とりあえず、比那名居の件なんですけど」
小町は早速、天子と会う予定を立てられた事を話した。
「成程、霊夢にも感謝しないといけませんね、ありがとうございます。……嗚呼、漸くあの愚か者を叱れると思うと、楽しみです」
「はぁ、そこまでですか」
映姫は天子の悪事を思い浮かべ、無意識に手を震えさせていた。それに気付いた小町が指摘する。
「墨、垂れますよ」
「と……」
墨汁が垂れそうな羽筆を硯に置いた。
「愚者の極みと言える行為、見過ごす訳にはいきません」
「まぁ、それは分かりますよ。あの天人は他にも、色々と癪に障りますしねぇ」
「比那名居天子を絶対に悔い改めさせるのです! 幻想郷を危険に晒す愚行、赦す訳にはいきません!」
机を思い切り叩く音と共に、映姫の怒鳴り声が部屋に響いた。小町はそれに驚き肩を竦める。
「まぁまぁ、落ち着いてくださいよ四季さまぁ……」
宥められ、映姫は恥ずかしそうに下を向く。
「……失礼しました」
「とりあえず、来てもらう理由は鍋ですので」
映姫は耳を疑った。
「鍋?」
「ええ、鍋です」
映姫は次の書類を手に取り、眺めながら考えた。
博麗神社となれば霊夢も同席する。小町が入り、最低でも三人で鍋を囲う。比那名居を加えて四人。
(賑やかに楽し……じゃなくて、飽くまで、比那名居を叱りに行くのよ)
軽く息を吐きながら再び羽筆を手に取り、書類に署名した。
小町は困ったような表情を浮かべている。
「折角出向くんですし、博麗や比那名居と普通に話すのもいいんじゃないですか?」
映姫は再び考えるが、小町が続けて言う。
「叱るのは食べた後でいいと思いますけどねぇ」
得に否定する要素も、映姫には無かった。
「ふむ……仕方ありませんね」
ふぅ、と溜息をついて次の書類を持った。小町も安堵の息を吐く。
「そうそう、有頂天の桃を一個貰いましたよ。一緒にどうです?」
その手には桃が握られている。映姫は珍しいものを見るように、その桃を見た。
「頂きます」
「食べた後手伝いますよ」
小町の気遣いに、映姫は少し微笑んだ。そして、積んである書類を一瞥して、再び溜息をつく。
「助かりますが、貴女の時間は大丈夫ですか?」
「まぁ今までサボり過ぎたんで。ちょっと切ってきますね」
そう言いながら、小町は部屋を出た。
映姫は椅子に寄り掛かり、過去の記憶を遡る。
時々地上に出るが、まともに世間話をした事は殆ど無い。それどころか、相手はいつも早く終わらないだろうかと言わんばかりの嫌そうな表情をする。閻魔の仕事自体は好きだが、その弊害はあまり好ましくない。今回の鍋囲みは良い機会だった。
「切ってきましたよ」
小町の声で映姫は現実に引き戻された。切った桃と楊枝を載せた小皿が、机の上に置かれている。
「皮が少し硬かったです。中は普通だと思いますけどね」
「ありがとうございます」
二人は仕事を置いて、桃の味を楽しんだ。
◆
当日。
休みは取れなかったものの、昨日他の閻魔の仕事を横取りするかの如く、三途の川周りを完全に片付けた。外出が長引かなければ問題無いと判断し、映姫と小町は少し早めに出て博麗神社を目指していた。
流石にこの季節の朝は寒く、吐く息は湯気に姿を変えていた。
「今日も寒いわね」
映姫は肩を少し震わせながら、腕を抱えている。小町は眠そうに欠伸をした。
「まぁ、冬の朝はこんなもんですよ」
「そういえば、鍋の材料はどうしたのかしら?」
「昨日準備しました。要は奢りですよ」
「ふむ、そこまでして貰ってしまうと少し悪いわね」
「気にしないで下さいよー。誘う理由を鍋にしたのはあたいですから」
二人は他愛も無い会話をしながら三時間程のんびりと進み、博麗神社に漸く辿りついた。縁側まで歩き、小町が名前を呼ぶ。
「はくれいー、きたぞー」
「きちんと挨拶なさい。こんにちは」
「こんにちは」
霊夢の姿は見当たらなかったが、暫くして部屋の奥から姿を見せた。
「あんた、もう半分以上下ごしらえ終わってるわよ」
既に鍋の用意を始めていた彼女は、機嫌悪そうに小町を見ている。
「ええ? まだ昼まで一時間もあるじゃないか」
「直ぐに茹でられるようにしておくのよ」
「霊夢、お久しぶりね。善行は積んでいるかしら」
映姫が言うと、霊夢は表情を変えずに返す。
「それなり、に」
「よろしい。謙遜は美徳です」
「炬燵でゆっくりしてて。お茶持ってくる」
言いながら、台所へ入っていく。
映姫と小町は部屋に入り、映姫は炬燵に座った。
「暖かい……」
「あたいは手伝うよ」
小町が台所へ向かう。映姫は仕事の事を忘れ、外を見ながら炬燵の暖かさに浸っていた。
暫くして、霊夢が目の前に湯呑を置く。
「お待たせ。えーっと……何て呼べば良い?」
それは、映姫にとって意外な一言だった。
「呼び捨てで良いですよ。私は確かに閻魔ですが、今は茶席の友で在りたいですから」
気遣いに感謝したが、霊夢は釈然としない表情で頷いた。閻魔に茶席の友と言われても、微妙な心境なのは映姫にも判りきった事だ。
「それにしても、比那名居天子はまだかしら」
「さぁ? 昼には来るかと思うけどね」
霊夢は投げやりに答えた。
「半殺しにしたい衝動を抑えるのが大変なのです」
映姫は少し眉を顰めている。霊夢に対してではなく、天子に対してだが。
「半殺し? 精神的な意味で?」
「いえ、物理的な意味で」
予想外だったのか、霊夢が吹き出した。
「ちょっと、説教だけじゃないの? あんたにそこまで言わすなんて相当酷いのねぇ」
映姫は右手に持っていた悔悟の棒を机上に置き、両手を合わせ、
「そう、酷いのです。それではお茶、頂きます」
湯呑を両手で持ち、緑茶を一口啜る。
「……美味しいですね」
「それは良かったわ」
霊夢は安堵の息を軽く吐いた。
「はくれいー、切り終ったぞー」
小町の声が台所から聞こえ、霊夢が返事をする。
「笊に入れて鍋の蓋載せといてー」
「あいよー」
その後、暫ししてから小町は部屋に戻ってきた。
「さて、後は比那名居を待つだけかなぁ」
小町が映姫の左席に座る。霊夢はその左席に座った。
三人が他愛も無い世間話を楽しんでいた時、ズシン、という大きな音が境内に響いた。大岩に乗って降りてきた天子は、そこから三人がいる場所を見ていた。
「霊夢ー、来たわよー」
霊夢が映姫と小町を一瞥した。二人とも慎重そうに、目を細めている。
「四季さま、大丈夫ですか?」
「多分大丈夫よ」
「多分とか言わないでください」
小町はおろおろとしはじめた。映姫は口元を疼かせていたが、見られないように悔悟の棒で隠している。
霊夢が手で挨拶すると、天子は大岩を消し去った後に縁側で靴を脱ぎ、遠慮なくずかずかと部屋に上がり、炬燵の空いた席に座ろうとしてそれぞれを一瞥したところで、小町に驚いた。
「あら、貴女はこの前の船頭さん」
「久しぶりだねぇ」
「確かに死神は珍客ね」
映姫は無表情で天子を見ていた。それに気付いた天子は視線を返しながら席に着く。
「こっちのお嬢さんはどなた?」
天子は映姫のことを知らない。勿論、映姫も天子の容姿は知らなかった。
「私は四季映姫。人の名前を訊く前に、自分から名乗るのが礼儀よ」
「ん? 何この無作法な子は」
天子は不快感を露にした。
小町は固まり、霊夢は下を向きながら口元を隠して不自然な咳払いをした。映姫は悔悟の棒を小刻みに震えさせ、
「比那名居天子」
衝動を抑えられず、その名前を呼んでいた。
「子供が私を呼び捨てしない。知ってるなら名乗る必要ないわね」
相手が子供だと思い込んだ天子は、露骨に見下している。
映姫は確かに童顔だが、望んでこんな顔をしている訳ではない。
「事象の軽視、私利私欲における愚行、赦せる物では無いわね」
「愚行ですって? 貴女、この私に何を言ってるか分かってるのかしら」
状況が分からず傲慢な態度を示す天子。
「お前さん、やめとけ。相手が悪すぎる」
小町が制止するが、既に手遅れだった。
「船頭さん、何を言ってるの? 霊夢、何これ」
「……映姫に目を付けられたのが、最大の失策だったわね」
霊夢は引きつった口元を湯呑で隠しているが、落ち着いた声を保っている。
「小町。比那名居を抑えなさい」
映姫は『食べた後に叱る』心構えを既に忘れている。小町は苦笑いしながら立ち上がり、一瞬で移動して天子の体を後ろから押さえつけた。
「えっ、ちょっと、船頭さん何を」
突然の事に困惑した天子はその場から動こうとするが、小町の力に逆らえず動けない。映姫はそれを確認して、重々しく言う。
「自我に溺れ徳を忘れた罪深き天人よ」
「はぁ、罰? あんた何様のつもり?」
吐き捨てるように天子は返した。
映姫は怒鳴りたい衝動を我慢し、ふぅ、と息を吐いて立ち上がった。天子の真横に歩み寄り、見下すような目で睨み付ける。
それは、傍らに居る小町が青ざめ、霊夢が顔を隠して含み笑いをする程の殺気となっていた。天子の脳天目掛け、映姫は悔悟の棒を振りかぶり、
「って、船頭さん放しきゃあああああああああああああ!」
ばちーん、という心地よい打撃音が部屋に響いた。
「いったああああああい! なんてことすんのよ!」
「……あら、そこまで痛かったかしら?」
叫ぶ天子に対して、映姫は怪訝な表情を浮かべながら悔悟の棒をまじまじと見ている。悔悟の棒は非常に軽く、箸と大差ない位の重さなのだ。
「この私を殴るとか、どういう事か分かってるの!?」
それにも拘らず大声で喧しく騒ぐ天子に呆れ、映姫が再び睨む。
「すっきりしたと思ったのですが、また苛立ちが」
「私のほうがよっぽどよ! いきなりなんなの!? 船頭さん、放しなさい!」
二発目の心地よい音が部屋に響き、天子は頭を抱えてうずくまった。
「いたた……ちょっと何、この仕打ち……頭が割れるかと思ったわよ!?」
「四季さまにそんな事言うからだ。それにしても、頭割れるほど痛いってのも珍しいなぁ……」
人事のように言う小町。
「様って、何なのよ! 貴女の上司!? 私は死神なんかに屈しないわよ!」
当然、天子は納得いく訳もない。
「悔悟の棒は、対象の罪がそのまま過重となる道具。重い痛みが走ったのなら、貴女は相応の罪を犯しているという事。今のまま私が貴女を担当したら、地獄行きは明白。死んだ時は覚悟なさい」
抗議を無視する映姫に対し、
「はぁ、何を言ってるの? 貴女に私の運命を決める権利があるとでも?」
天子は不快を露にして睨み返す。
「だからやめとけって。閻魔相手に無謀だよ」
小町が制止に入る。ここまで教えないのも意地が悪い。それは映姫にも言えるが。
「えんま? えんまがどうし……」
天子は言いかけて表情を青くし、
「え? 閻魔様?」
映姫は呆れた表情で溜息をつきながら下を向いた。
「話だけは聞いていたけれど、ここまで無礼だとは思いませんでした」
「……さて、茹でてくるわ」
退散しようと湯呑を持ちながら立ち上がった霊夢に、天子の矛先が向く。
「ちょっと! 珍客ってまさかそういうこと!? 私を騙したって訳!?」
「騙したなんて人聞きの悪い、これから茹でるのよ。味は保障しておくから期待して」
勿論、霊夢は不味い料理を作る気なんてさらさらない。歯を食いしばりながら、顔を隠すように振り向きもせず台所へ向かった。
「あぁ、あたいも手伝」
「比那名居を抑えてなさい」
小町は残念そうに天子の体を抑え直した。映姫はその場に座り、浄玻璃の鏡を取り出して天子を映し、それを睨むように覗き込む。やがて目を丸くし、愕然とした表情に変わった。
その様子を見た小町は、あーあ……、と心の中で呟いていた。
「ねぇ、船頭さん。悪い冗談よね? 何で閻魔様がこんなところに居る訳?」
「良いから、大人しくしたほうがいいよ」
若干怯えながらも不快そうな表情で訊く天子を、小町が再び制止するが、
「いきなりそんなこと言われて納得行く訳無いでしょう!?」
当然聞き入れる訳も無かった。
「まず、博麗神社を地震で倒壊させた挙句、比那名居の神社に改修した事。考え無しに要石を使い地震を封じ込めた事。悪意ある私欲の為に多くの魂を身勝手に拘束し、切り裂いた事。最早、十や百の善行で覆せる罪ではない」
映姫は抗議を無視し、罪状を述べるが、
「はあ。聞いちゃいないのね」
天子は呆れた声で返す。
「そして、話を聞く態度も宜しくない。まずここから話さなければならないようね」
怒りに身を任せた映姫は、動けない天子に一方的な説教を始めた。
一方、台所。お経のような映姫の説教が、延々と部屋から聞こえている。
霊夢からすれば、拘束されて延々と説教を聞かされるという事は、和菓子を盗み食いされるぐらい嫌な事だった。正直なところ、映姫の弾幕攻撃よりも説教弾幕の方がおぞましいと思っている。
時々聞こえてくる耳が痛い内容を右から左に流し、含み笑いしながら鍋を見つめ、自分用の玉露を吹きだしそうになりながらも優雅に啜る。茹で上がるまで、声を出さないようひたすら耐えていた。
天子は最初こそ威勢良く抗っていたものの、遡った数十件の罪を映姫に読み上げられ、途中から恥ずかしそうに俯き、やがて顔を手で覆っていた。不良天人が作り上げた根拠無き威厳は、全てを視る事が出来る閻魔にあっさりと砕かれた。
他に、聞き慣れない無機質な音も微弱に鳴ったような気もしたが、誰も気に留めなかった。
「次、十六年前貴女はくい」
「お待たせ、出来たわよ。映姫もひとまずここで終わらせれば?」
霊夢は映姫の言葉を遮りながら、机の上を布巾で拭いて、鍋敷と箸、小皿、醤油さしを置いた。
「おっ、出来たかー」
待ってましたと言わんばかりの表情を浮かべ、天子を放して自席に戻る小町。
「ふむ……」
映姫は小町の変わりように若干呆れたが、渋々と自席に戻る。
「食事にしましょう」
「もう、そんな余裕無いよ……」
天子は涙を手の甲で拭っているものの、なんとか自我を保っていた。その様子を見るに見兼ねた霊夢は天子の耳元で、お疲れ様、と小声で言い、すぐに台所へ戻っていった。
「甘やかされ育つ事は決して幸せでは無いのです。悔い改める機会が無ければ、いつか足をすくわれる。貴女は地位的に恵まれているけれど、人には恵まれてないわね」
天子は映姫に視線を合わせた。
「そうかも、しれないわね。本気で怒られた事なんて……今まで、無かったもの」
ふむ、と映姫は頷き、
「貴女の周りには、貴女を救ってくれる人がいなかった。だからと言って、赦される訳でもありませんよ」
その時、霊夢が鍋敷の上に土鍋を置いた。両手には熱さを遮断する為の手拭が握られている。
「はい。味は私だけど材料は小町だから、不味かったら小町のせいにしてね」
「おいおい、材料は問題ないよ」
「見たことも無い具があったから、その味は知らないって意味よ」
「あ、そうか……あたいとお前さんじゃ味覚違うもんなぁ」
映姫は小町と霊夢の言い合いを流し、天子の様子を見る。彼女はまだ少し涙を浮かべて鼻をすすっているが、興味は鍋に移っていた。
続けて鍋に視線を移す。様々な具が鍋の中に入っており、食欲をそそられる。鍋の半分は肉だったが、気にしない事にした。
「美味しそうね」
「皆の口に合えば良いんだけどね」
霊夢も自席に座った。
「頂きます」
「頂きます」
「……頂きます」
「ま、ゆっくり食べてよ。天子も気を取り直して食べないと勿体無いよ?」
霊夢がそれとなく励まし、天子は頷いて返す。
全員箸を持ち、小皿に醤油を注いでそれぞれが好みの具を取り、それを口にする。
「むぐ、やっぱり地上の料理は美味しいわね」
「旨いな。たまにはこれぐらいの人数で卓を囲むのもいいもんだねぇ」
「美味しいわね」
三人が感嘆の声を上げるが、霊夢は特に表情を変えず、野菜を取った。
「適当にダシ取って茹でただけなんだけどね」
「桃以外を食べるの二ヶ月振りよ」
天子はそう言いながら、白菜やら蕪やらの野菜しか取らない。
「なんだ、天人は裕福なんじゃないのかい?」
言ってから、肉を口に放り込む小町。
「んぐ。ももほひひははいほお」
「比那名居、口の中が見えてますよ」
「おっお……ふいはへん」
頬張り過ぎた天子は自分の口元を手で隠した。映姫も天子と同じように野菜を多目に取っている。
「小町、訊かなかったけどこの肉何? 鳥なのは分かるけど」
霊夢が食べかけの肉を箸で持って見せる。
「夜雀の肉だ。うまいだろー?」
「え、あんたそんなものどこで買ったのよ」
微妙に嫌そうな、曇った表情に変わる。小町は楽しそうに微笑んだ。
「その辺。大丈夫だって旨いから。鶏肉と大して変わんないよー」
「まぁ、確かに美味しいけど。知らない方が良かった……」
冗談だけど、と小町は小声で付け加えたが霊夢はそれに気付かず、表情を変えずにその肉を口に放る。
「えっと、有頂天には食べ物が桃しかないのよ」
「へえ、不便だねぇ」
天子の言葉に小町が返事をした後、映姫が湯呑を片手に訊く。
「天界がどのような状況かは分かりませんが、それなりに苦労しているのですか?」
「いえ、暇ですよ。一日の大半は何もやる事がありませんから」
言いながら鍋に箸を進めるが、野菜ばかりを取る天子。
「これからはその暇を使って善行を積みなさい」
「大丈夫です、そのつもりですよ」
その様子をよそに、ひたすら鶏肉ばかり食べている霊夢に、小町が突っ込む。
「博麗、知らない方が良かったとか言ってなかったかい?」
「鍋の半分これだし良いじゃない。やっぱ肉よね。あいつの犠牲は無駄にしないわ」
「人の話はしっかり聞きなよ」
聞く耳持たずの霊夢に、小町は呆れた表情を浮かべた。
「天界に帰りたくなくなっちゃうわね。霊夢の料理目当てで」
漸くいつもの表情に戻った天子は、楽しそうに野菜と豆腐を取る。
「褒めるのは勝手だけど、沸いて出る訳じゃないんだから」
「分かってるわよ」
「あんた野菜ばっかりでいいの? 肉美味しいわよ」
霊夢は褒め言葉に照れもせず淡々と肉を食べながら、天子が何を食べているか見ていた。
「豆腐も少し食べてるわよ? 肉は食べて無いけど」
「食べないと無くなるわよ。あるうちに食べとけば?」
「鶏肉美味しいけれど、少々多い気が」
映姫は肉よりも野菜を多めに食べていた。
「あたいは肉好きなんで大丈夫ですが……少し減らして野菜多目の方が良かったですかね?」
小町は鶏肉を少し多めに食べているが、まだ、鍋には当初の半分程肉が入っている。
「個人的には野菜の方が好きですし、肉は普通三割程だと思いますが、美味しいので満足です」
「まぁ、次の機会があれば肉減らして野菜多目にしますよ」
「期待しておきます。根菜が甘くて美味しいわ」
それとなく気遣う小町だが、映姫は表情を緩めている。
「肉は大丈夫よ、私が半分ぐらい食べるから」
再び鶏肉を取る霊夢。
「いやいやお前さん、一人で食べ過ぎるのもどうなんだ」
小町も負けじと鶏肉を取るが、
「肉は……もう、厳しいわね」
映姫は既に箸が遅くなっていた。あまり胃は大きくないらしい。
「あら、美味しい」
漸く鶏肉を食べた天子は意外そうな表情をしていた。
「食べ始めるの遅過ぎ。美味しいって言ったでしょ」
まだ鶏肉を食べたいものの渋々自重した霊夢は、野菜を取り始めた。
「野菜が美味しくて。肉はあまり食べ慣れてないのよね」
「あー、普段桃しか食べてないから?」
「そういう訳じゃないけど」
「じゃあ刺身も苦手そうね」
霊夢の予想に反し、天子は期待の表情を向けた。
「ううん、お刺身好きよ。作ってくれるの?」
「魚さばくのもそうだけど、寄生虫取り除くのどんだけ面倒だと思ってるのよ」
「じゃあ今度来る時は魚でも持って来ようか?」
小町が笑いながら言うが、霊夢は心底嫌そうな表情を浮かべる。
「やめてよ、本当に面倒くさいのよ」
「お刺身ってお店で食べると高いわよね。今度持ってこようかしら」
「次はお刺身期待しましょうか」
三人に期待の眼差しを向けられ、霊夢は溜息をついた。
「何、苛め? 兎に角、魚なんて持ってこないでよ」
いい具合に肉派と野菜派に分かれ、取り合いもなく鍋の中身は順調に減っていった。
「美味しかったー。ご馳走様」
「ごちそうさん」
「ご馳走様でした」
「お粗末様。それじゃ片付けるわ」
全員満足そうに表情を緩めていた。
霊夢は小皿と箸を鍋に入れ、それを持って台所へ入った。映姫が小町を一瞥した後、台所の方に向かって話す。
「私達は仕事があるので、そろそろ戻ります。短い時間ですが、食事楽しませて頂きました」
小町は意外に思ったのか、目を少し見開いて映姫を見ていた。
本来なら、食事の後に天子を叱る予定だった。しかし、先程の小言で天子が自分の非を認めたので、映姫はこれ以上叱る必要性をあまり感じていないのだ。
「材料奢ってくれるならいつ来ても良いわよ」
台所から聞こえる霊夢の言葉に、映姫は苦笑いした。
「さ、帰りますか」
「閻魔様」
映姫と小町が立ち上がった時、天子が呼び止めた。
「何ですか?」
「えっと。今日は、ありがとうございました」
天子は頬を赤くしながら、少し微笑んでいた。
一方、映姫は耳を疑った。説教にありがとうなんて言う者は早々いないからだ。
「ふむ、食事の前に叱ってごめんなさいね。最初は食べた後に叱ろうと思っていたのですが、抑えられなかったのです」
「とんでもないです。多分、閻魔様に言われない限り私は気付きませんでしたから。今まで、ずっと自分が正しいと思い込んでいました。また機会があれば色々聞かせてもらえますか?」
小町は不審者を見るような視線を天子に向けている。
映姫も記憶を遡るが、ここまで言う人物は数える程しか思い当たらない。
「そうですね。次があるかは分かりませんが」
「気が向いた時にでも、有頂天にいらして下さい」
「こりゃ明日雨でも降るかなあ」
皮肉を言う小町の尻を、映姫が悔悟の棒ではたく。
「んー、明日は降らないと思うわよ?」
皮肉とも思わなかった天子は、普通に返事をした。
「では、お邪魔しました」
「またなー」
映姫と小町は挨拶の後、博麗神社を発った。視界から少しずつ神社が遠くなっていく。
暫くして、小町が先に口を開いた。
「四季さまがあんな事言うの珍しいですね」
「あんな事?」
「叱ってごめんなさいなんて」
「何となく、そういう気分になったのよ」
映姫は、最後の最後で、あんな事を言われるとは思いもしていなかった。天子の言葉は妙で、嬉しくもあり、少し不安でもあった。
小町もやはり、腑に落ちないという表情をしている。
「うーん、比那名居は珍しい性格ですよねぇ。四季さまに来て下さいなんて」
「私もその事を考えてたところよ」
「ですよねぇ。正直あたいは信じ難いです」
映姫も引っかかるが、礼を述べていた天子の表情が思い浮かび、それを否定する。
「今は信じてあげましょう。決意をしても直ぐには変われないものです」
「それもそうですね。まぁ、素行見かけたらまた報告しますよ」
天子の『有頂天にいらして下さい』という言葉は、映姫の耳に焼きついていた。
「もしかすると、ですが……天に住む者は素直な方が、多いのかもしれませんね」
「そうなんですか?」
「もしかすると、ね。単なる偶然かもしれないわ」
小町は特に気にした様子も無く、映姫も特に補足しない。
「……はぁ」
天子は湯呑を炬燵机に置いた後、落ち込んだ表情で溜息をついた。
あれから天子は強引に霊夢の左に座り、肩を寄せていた。霊夢も説教される気持ちは充分理解出来る為、拒まずにそのまま寛いでいた。
「随分大人しくなったわね。神社壊した同一人物とは思えないわ」
「今まで、根掘り葉掘り言われた事無かったからね。流石に効いたわよ」
天子は少し遠い目で境内を見る。霊夢はその様子を横目で見ながら思う。
(甘やかされて育ったのかな?)
仮にそうだとしたら、あれだけの傲慢な態度を取れるのも納得が行く。
「ま、無意識に悪さしてるって事でしょ」
「五月蝿いわね。……でもそうね。確かに私は、相手の事を考えずに色々と押し付けてきたわ」
「あんたは狡猾な魔理沙みたいなものだからねぇ」
天子は視線を返しながら少考し、
「あー、あの白黒の事かしら」
「そうよ」
「あの小生意気な娘に似てるとは心外ね」
「あんたが言うな」
「これからは優しくなれるように、私なりに頑張ってみるわよ」
と言いながら、穏やかな表情を見せた。
「いつでも上から目線だったあんたとは思えない台詞ね」
「あら、羨望の目で見られるのは快感なのよ?」
恐らくこれが地の性格なのだろう。それ故に、霊夢には腑に落ちない事があった。
「ところで、映姫にまた話を聞きたいなんて。私の聞き間違い?」
「聞き間違いじゃないわよ」
「あんたも相当変わり者ね。誰だって映姫からは逃げるのに」
「閻魔様と仲良くなれれば、私に逆らう天人も居なくなるだろうし。都合が良いのよ」
「……へぇ」
霊夢は呆れて寝転んだ。天子は両手をあわせて微笑む。
「泣かされたのは不本意だったけど、結果的には良い収穫だったわね」
「まぁ態々閻魔を敵に回すようなのはいないでしょうけどねぇ」
「ね、閻魔ってどこに住んでるのかしら」
「知らん、私は協力しないよ」
「れいむー」
天子は甘えるような声を出しながら、霊夢に被さった。
「重い」
だるそうに言葉を返すが、笑いかける天子。
「今日の鍋、美味しかったわよ」
「あんなの誰でも作れる」
反応がそっけない霊夢に対し、天子は少し考えてから話題を変えた。
「何か、お金稼げる方法とかないかしら」
「なんで?」
「だって、材料奢りなら料理してくれるのよね?」
期待に溢れた笑顔を向けられ、霊夢は目を細めた。
「体売れば?」
「そ、そんな……変な事言わないでよ、馬鹿」
天子は頬を紅潮させ、恥ずかしそうにどもった。
「馬鹿はあんたでしょ。あーもう、さっさと離れて」
「……春売るなんて」
「働けって意味よ!」
言葉足らずだったとはいえ自身まで紅潮させられた霊夢は、のしかかる天子を押しのけようとした。しかし強く抵抗され、諦める。
「はぁ。それで、逆らう奴いなくしてどうすんの?」
「普段から不良不良言う奴等を見返したいのよ」
「見返す?」
「力を見せるだけなら災害が手っ取り早いけど、それだと私が処罰の対象になるし。兎に角、地位さえ手に入ればそれが叶うわ」
「ま、そーねぇ……方向性としては悪くないんじゃない」
霊夢は欠伸をしながら投げやりに答える。天子が頬を膨らました。
「そっけないなぁ」
と言いながら、霊夢の腹部を人差し指でつんつんと押す。
「押すな! 食べすぎで眠いのよ」
「少し可愛く見えたから……貴女が寝るなら私も寝ようかしら」
「おだてても協力しないわよ。あと、狭い。私の横で寝ないで頂戴」
嫌、と天子は言い、
「天界を統治して、今まで五月蝿かったあいつらを……夢が広がるわね~」
霊夢は呆れ果て、返事もせずに天子から目を逸らした。
(頼むから私を巻き込まないで欲しい)
一方、天子は天界での政略を真剣に考えていた。
◆
緋色の羽衣を纏った女性が云う。大地震が起こる、と。
空を見上げると、見慣れない雲。俗にいう地震雲が広がっていた。
六十年に一度、壊滅的な打撃をもたらす規模の大地震らしい。
当然避難したほうが良いのだろうが、彼女はそれだけ伝えてすぐに帰ろうとした。
余りにも唐突で、云うだけ云って帰る、という姿勢が気に食わず、それを引き止めた。
他の者に同じような伝え方をしたのか訊くと、肯定を返された。
そう、彼女は空に住んでいるから、地上がどうなろうが然程関係ないのだ。
短絡過ぎる伝達は不満だと指摘したが、彼女は飽くまで、避けられない災害を伝える事が仕事であると言う。
しかし、それだけでは伝えられた側は何が何だか分からず、余計な負の感情を生む可能性がある。
勿論、これから起こる自然災害は避けられず、覆らない。
それでも、これから確実に巻きこまれる者達に対しては、気を遣って欲しかった。
その旨を伝えると、彼女は不平を言う事も無く、それを快く理解した。
しかし、彼女からも質問を返された。何故、私にそこまで言うのか、と。
悪い部分を改めさせる事が仕事であると伝えると、彼女はその旨も理解した。
そして、彼女が指摘する。
何故、そんな寂しそうな、辛そうな顔をしているの。
窓に目をやると、藍色の空が広がっている。そろそろ夜が明ける頃だろう。
(夢、か)
映姫は濡れた頬を指で拭い、枕元にある掌大の置時計を薄暗い窓の光に当てた。冷え切ったそれは五時過ぎを指している。
瞼が妙に重い。あと二時間は寝ていても問題ないが、夢が夢なだけに二度寝する気には到底なれなかった。
んん、と体を軽く伸ばした後、布団から出る。直後、早朝の強烈な寒さが体を襲った。威厳の欠片も無い紺色の寝巻きだけでは無防備にも程があった。
布団の下にある毛布を引っ張り出し、それを羽織りながら火鉢に火を入れる。燃え始めの嫌な臭いを軽く手で扇ぎながら火鉢の前に座り、夢の事を考えてみた。
あの時から映姫はあまり変われていない。しかし、信念を貫くのは何よりも重要な事だ。閻魔の審判は絶対なのだから、自身が規範でなければならないのだ。
(最後に会ってから何年かしら)
映姫は眠気に勝てず座ったまま転寝してしまい、目が覚めた時には二時間経っていた。
自嘲しつつも急いで洗面所で顔を洗い、タオルで拭きながら鏡に映った童顔を見て、嘆息を漏らす。その後仕事着に着替え、火鉢の炭を火消壺に放り込み、家を出ようと玄関扉を開けた時。
「っ……」
言葉にならない声が出る程の強烈な冷気は、眠気を一瞬で吹き飛ばした。堪らず部屋に戻り、巻き忘れたアフガンストールを肩に巻いてから、家を出た。
その日、映姫は出勤日ではなく休日だった。
担当の閻魔に『四季さんが間違えるなんて珍しいなあ、何かありました?』と妙な顔をされ、恥ずかしい思いで帰宅する事となる。
◇
博麗神社に訪れた日から数日が過ぎた。
映姫はそれなりの忙しさを維持できる事に感謝しながら仕事をしている。
「四季さま、これを」
魂を連れてきた小町が、紙束を映姫に差し出した。
「新聞がどうかしましたか?」
「先日の博麗神社の件、載ってますねぇ。どこまで本当か知りませんが……」
映姫は新聞を受け取り、見出しを読む。
「『文々。』? またあの鴉ですか……」
十秒もしないうちに、机を思い切り叩く音が部屋に響いた。
「ひぃっ」
「比那名居天子は語る。閻魔の力を借る事で有頂天を支配する?」
映姫は呼吸を荒くし、手をわなわなと震わせ、歯を食いしばっていた。
最早、鴉が書いた云々は関係が無かった。
椅子にかけていたアフガンストールを手に取る。
「これは比那名居の宣戦布告、そうに違いないわ。あの態度は油断を誘い、矛先を反らす為の演技だったという訳ね。少々出ます」
「え、ちょっと、仕事は!?」
「比那名居をボコりに行きます! 愚か者を懲らしめるのです!」
「だめですよ四季さま! 今は仕事の時間ですよ!」
まさか自分がこの台詞を言う事になろうとは思いもしていなかった小町が、部屋を出ようとする映姫の腕を掴み、行かせまいと引っ張る。連れて来られた魂も、この状況に怯えていた。
「……失礼、業務が終わってから出向きます。近辺の状況は?」
映姫は深呼吸をして、冷静さを取り戻す。
「この辺りなら、さっき見た限りは五つも無かったですよ。それにしても有頂天に行くって言いますけど、勝手に入って大丈夫なんですか?」
「気が向いたときに来てって言ってたじゃないの」
「あ、そうですね……でも、比那名居が何処にいるのか分かるんですか?」
「心配には及ばないわ。小町、残りをさっさと連れてくるのよ」
「え? はい、分かりました」
口調の乱れた映姫に対し、小町は疲れた表情で頭を掻きながら部屋を出て行った。
「今から貴方を裁きます」
映姫は怯えている魂を誘導し、法廷へ赴いた。
あれから小町が連れて来た魂は、どれも地獄送りに処された。魂は逆らいもできず、重々しい足取りで門をくぐって行く。
それを見送った後、小町が話す。
「やけに早い判決な気がしますが」
「そんな事はありません。規定どおり処罰してるじゃないの」
映姫は執行理由が書かれた紙を見直した。小町が不満を漏らす。
「まぁ、そうですけど……焦り過ぎじゃないですか?」
「善は急げです。事後処理も完璧ですし、早速出ます。今日も一日お疲れ様です」
「えぇー、ちょっと、四季さま待って下さいよぉ……。もう時間が」
呼び止める小町を尻目に、映姫はアフガンストールを肩に巻いて外へ飛び出した。
(怒ると止まらないね。これなら最初から強行手段とれば良かったんじゃないかなぁ?)
小町は苦笑いしながら仕事の後始末を終わらせ、自宅に戻った。
外は既に大分暗くなり、少々の風と夜の冷え込みが体に堪える。思っていたよりも遅い時間になっていた。
当てにしていた者と会える可能性も低いかもしれないが、映姫は新聞の真否を確認する為、山のふもとから山道に入っていた。
いくばくか進んだ頃、聞き覚えのある声が上から飛んでくる。
「こら、勝手に山に……げ」
よくある第一声だが、今の映姫にはどうでもいい事だった。
「あら、探す手間が省けたわね。こんばんは」
「侵入者って聞いたけど、まさか閻魔様だとは思いませんでした。こんばんは」
白いワイシャツに短めの黒いスカートを纏い、首にマフラーを巻いている。彼女は鴉天狗の射命丸文。もっとも会いたくない存在に出会ったと云わんばかりの怯えた表情をしているが、映姫は構わず話す。
「さて、私がここに来た理由はもう分かってますね」
「ええ、分かってます。恐らく新聞を読まれたのですね? どうやって新聞を手に入れたのかは存じませんが」
「そういう事です。あれはどこまで本当なのでしょう」
文が申し訳無さそうに頭を下げる。
「一部始終、盗み聞きしてました」
「成程ね。隠さないのは良い事ですが、あまり宜しくない行動には違いありませんよ? でも……それによって私は真実を知る事が出来た。以前は叱りましたが、いざこうなると扱いが難しいわね」
叱りながらも、複雑な表情を浮かべる。文は再び頭を下げた。
「私も真実を伝える為に新聞を書き続けているのです。後、霊夢からも話を聞きましたよ」
「何ですって?」
映姫は真顔に戻り、
「特に粉飾していないという事で間違いないのかしら」
「那名居天子は高位に立てればそれで良いみたいです」
「あんな愚か者が高位になったら大変です」
怒りを抑えながらも、手を振るわせている。
「ところで閻魔様、もうこんな時間ですよ? 今から有頂天に行くんですか?」
文は怯えながらも、映姫を心配していた。
「そうしたいのですが、時間が悪いのも事実ですね」
「ですよね」
「出来れば有頂天へ続く道に近いところで夜を過ごしたいところで」
「えっ、それは」
文が映姫の言葉を遮り、目を見開いて凍りつく。映姫はその様子を見て、不満げに腕を組んだ。
「……何か不満でも?」
「いえ、滅相も無いです」
「貴女は、硬くなり過ぎです。礼儀は大切ですが、それは時に失礼にもなり得ます。そして、話を遮るのも頂けません」
再び、文は頭を下げた。
「はい……すみません」
「夜を過ごしたいところですが、今日は悠長な事も言ってられないので私はここで失礼します」
「分かりました。山の者には伝えておきます。お気をつけて」
映姫は文を上から下まで観察するように見直した。それに気付いた文が訊く。
「どうしました?」
「そんな格好で寒くないかしら。風邪には気をつけなさい」
「ありがたいお言葉、痛み入ります。それでは私もこれで失礼します」
文は少し陰りの入った笑顔で頭を下げ、山の上のほうに戻っていった。
事ある毎に誰に対しても大小問わず小言を続けてきた映姫。一回目は大人しく聞く者も多いが、二回目以降となると逃げ隠れする者が圧倒的に多い。閻魔の前では強大な力を持つ大妖怪ですら逃げ隠れるのだ。今回文が逃げなかったのは天狗としての仕事だから、それだけの事だろう。
誰でも映姫との会話はこうやってたどたどしくなる。それが普通だ。天子の異様な態度に対しもっと真剣に考えるべきだった、と映姫は後悔しつつ、雲を目指して一気に飛び上がった。
ひたすら空を目指して夜の雲に入ったものの、光も無く何も見えない。それは宛ら暗闇の世界。
「永江衣玖、いたら返事なさい」
映姫は大きな声で、いるかどうかも分からない目当ての名前を呼んだ。数秒もしないうちに、
「雲の上に抜けてもらえませんか?」
返事が雲の中に響く。どの方向から聞こえているのかは分からない。映姫は言われるままに雲の上に抜けた。
暗くて見難いが、辺りを見渡すと衣玖はそこにいた。物珍しそうな目で映姫を見ている。
「あら、映姫様? お久しぶりです」
「お久しぶりね。元気にしているかしら」
「色々と悩みはありますね……あちらで話しませんか?」
衣玖が有頂天の近場を指差す。言われるまま、映姫は有頂天の端に降り、衣玖も続けて横に降りた。灯りになるような物が月明かりしか無く、目を凝らさなければ殆ど見えない。流石にこの時間では誰一人外に出ている天人は見当たらず、静まり返っている。
「本当は灯りでも点けたいところですが、流石に不味いので……足元に気をつけてくださいね。それにしても、映姫様がこちらに来るという事は一大事ですか?」
衣玖は案内する為に映姫の手を引いた。
「比那名居天子について、話しに来たのよ」
「成程、私も丁度その話をしたいと思っていました」
「貴女と最後に会ったのはいつだったかしらね」
「余り覚えていませんが、十年以上は会っていなかったかと」
衣玖はそう言いながら冷えた草原に正座し、羽衣の端を敷いてそこを指差す。
映姫は肩を寄せるように、そこに三角座りした。
「今朝、初めて会った時の夢を見たわ。貴女の言葉は今でも忘れられません」
「あの時映姫様は悲しまれてたので、未だに出過ぎた真似をしたと思っています」
過去の事を思い浮かべた衣玖は、表情を曇らせた。
しかし、それを否定するかのように、映姫は首を軽く横に振る。
「気にしなくて良いのよ」
「そう言って頂けると気は楽ですが……今は如何ですか?」
「実の所、あまり変われてないのよ。仕方ない部分もあるけれど、巧くはいかないものね」
「大抵の人は逃げるでしょうし、交流を作るのは難しいですよね」
「ええ、つい先程も鴉天狗は嫌そうにしていたわ」
「そうですか」
「今、自分の傍にいてくれる人も、いつか去ってしまうのでは。そう思う事が度々あるわね」
「それは考え過ぎだと思いますが、何か心当たりがあるのですか?」
「少しだけ、ね」
映姫は遠くを見ながら、小町の事を思い描いた。散々叱られ続けてきた小町は本当のところ、どう思っているのだろうか。いつか呆れて船頭を辞退する、そんな事を言われやしないだろうかと不安ばかり渦巻く。
寂しげな表情を浮かべている映姫の手を、衣玖が握る。
「映姫様と話すのは楽しいと思いますよ? 悪いのは叱られるような真似をする方でしょう。私は逃げたり隠れたりする理由がありません」
必要以上に悩みを抱え込む映姫に対し、衣玖は心配していた。
映姫はその手を気まずそうに握り返す。
「大丈夫、貴女が逃げるなんて、思って無いわよ。本題入って良いかしら」
唐突に話題を切り替えたが、
「映姫様と天子様が話している場面はここで拝見していました。会話までは分かりませんが……」
衣玖は頷いて、分かる限りの状況を説明した。
「成程。概ね把握しているという訳ね」
「はい。それで、あまりにも酷い話ですし、天子様には痛い目を見てもらおうかと」
「あれだけ叱っても私の言葉を理解しない天人がいるとは、思いもしなかったわね」
「比那名居は不良天人です。人を利用する事にかけては右に出る者がいません」
「分かるわよ。中々に酷い天人ね。いえ、元地上人」
「実際、天人の方々は映姫様を恐れていますので、天子様が吹聴しているだけでも、充分な効果があると思われます」
「絶対、そんな愚行に協力しません」
不機嫌そうに言い放つ映姫に、衣玖がくすりと笑う。
「映姫様が来たのなら、もう安心ですね。私もお灸を据えたかったのですが」
「貴女も一緒に手を下せばいいじゃないの」
「そんな事したら、後々面倒です」
「私の補佐をするなら問題無いわね」
「あ、成程。私だけでは権力面で力不足なのですが……映姫様が味方に付いてくれるならとても心強いです」
「比那名居を叩くつもりでここに来たのだから、当然です」
「分かりました」
「ところで……ここは冷えるわね。寒くないかしら」
映姫は肩を震わせていた。衣玖には慣れ切った環境だが、暫し考えてから答える。
「まあ、それなりに寒いですね。でも、映姫様と触れてる所は暖かいですよ」
会話が途切れ、辺りが相当冷え込んでいる事を再び実感させられる。
二人とも暫し沈黙したが、妙に恥ずかしい気分になった映姫が先に切り出した。
「ふう。比那名居の家はどちらに?」
「案内しますね。一緒に来て下さい」
映姫は少し勿体ぶりながら手を放し、立ち上がった。
「こちらです」
羽衣を腕に巻きなおして飛び始めた衣玖に、映姫は追う様についていく。
案内された場所は、甘やかされて育つ状況が容易に想像出来るような、豪邸と言うには充分な住居だった。
映姫と衣玖は近場にある巨大な岩に身を隠し、入り口を伺っている。中からはランプの灯りが見えており、まだ誰かしら起きているかもしれない、というところだ。辺りは気持ち悪いぐらい静まり返っており、時折微弱な風が草花を揺らす程度だ。
衣玖の視線は一つの部屋に向けられている。
「寝ているか判りませんが、天子様の部屋に灯りが点いていませんね」
「それなら、そこの灯りが消えた後に向かいましょう」
「そうしたい所ですが……ここ連日遅くまで地上から帰って来ないそうで、朝帰りもあったとか。一応辺りも警戒してみます」
映姫も辺りを警戒し始める。
暫くすると衣玖が何かに気付いたのか、溜息をついた。
「……やはり、あの部屋から天子様の気配が全く感じられません」
「博麗神社、かしら」
「恐らくそうかと。少々空気を調べてみます」
と言いながら、衣玖は目を閉じて意識を集中し始める。
映姫は腕を組んで、考えていた。
(比那名居が博麗神社に泊まる、としたら霊夢は何を考えているのかしらね。……理解出来ないわ)
数分後、衣玖は確信したように言った。
「博麗神社に向かいましょう」
「入れ違いになる可能性は?」
「大丈夫です。かなり速く飛びますので、私に掴まってください」
言われるまま、映姫は衣玖の後ろから腹部に手を回し、しっかりと抱きつく。そのまま衣玖が飛び上がり、博麗神社目指して降下し始めた。あっという間に有頂天が雲に隠れ、次第に地上が近付いてくる。
「こんなに早く飛べるものなのね」
映姫が訊くと、衣玖は頷いた。
「普段はこんな速度で飛びません。そういえば、お仕事は順調ですか?」
「それなりに順調よ。一時期生活も危うかったけれど、最近は何とかね」
「そんなに、儲からないのですか?」
心配そうな声で、しかし降下速度は落とさない。
「死神次第なのよ。私の教育が成っていないから、稼ぎどころを逃しているわね」
「映姫様で教育出来ないなんて、まるで天子様みたいですね」
映姫は小町の怠け癖と天子の悪巧みを比較して、答える。
「そこまでは酷く無いわよ。……似たところはあるかもしれないけれど」
「天子様は、やっぱり酷いんでしょうか」
「ええ、残念ながら極悪人ね」
お互い苦笑いした後、衣玖が心配そうに訊く。
「裁くとしたら、どちらでしょう?」
「現時点では察しのとおりよ」
「やっぱり、もう決まってるんですね」
「いえ、彼女次第で覆る可能性はあるわ」
どう覆るか、それは映姫にも判らない。
あっという間に博麗神社に辿りついた二人は音を立てないように境内へ降り立った。
障子の向こうはまだ灯りが点いており、影が二つ映っている。恐らく霊夢と天子だろう。時折何かを話している小さな声が聞こえてくる。
「やはり、居ますね」
慣れない高速飛行に少々息を上げた衣玖が小声で言い、映姫は頷いた。辺りには他に誰も見当たらない。二人とも慎重に縁側との距離を詰めて行く。
その時、障子に映る二つの影が重なった。向こう側で何を言っているのかまでは分からないが、天子は詰まるような甘い声を、霊夢は低めの声を出している。
衣玖は赤面しつつ苦笑いし、消え入りそうな声で映姫に訊いた。
「何をしているのやら……さて、どう出ます?」
「普通に入れば良いのでは?」
「なら、気乗りしませんが私から行きます」
映姫は頷いた。衣玖が靴を脱いで縁側に上がり、何かを覚悟したかのような表情で、軽く深呼吸をしてから障子を一気に開ける。
「総領娘さ……」
二人はそこに座っていた。天子は後ろから霊夢に抱き締められ、頬を紅潮させている。
「あんた……こんな時に来ないでよ!」
天子は心底恥ずかしそうに怒鳴った。
「総領娘様? 一体、何をなさっているのですか」
「何って、霊夢に迫」
「うるさいうるさい、余計な事言わない!」
霊夢は大声で天子の言葉を遮った。
衣玖は言葉を失っていた。何を話せば良く分からなくなっていたものの、天子が霊夢に迫られていた事だけは理解していた。
「映姫も居るんでしょ。さっさと上がったら?」
霊夢に言われ、障子の裏で靴を脱いでいた映姫も縁側に上がる。
「夜分遅くしつれ……何っ、この」
「何って、あんたら二人一緒なら何事か分かるし。大方、新聞の件でしょ」
想定外の状況で笑いを堪える映姫に、霊夢は焦れったそうに返した。
「え、新聞って?」
天子が目を丸くして霊夢に振り向く。
霊夢は映姫達が一緒に訪れた時からどうなるかを把握していて、天子を逃がさないよう羽交い絞めにしていたのだ。
映姫はたじろぐ衣玖を押し込みながら部屋に入った。障子を閉めつつ頭の中で状況を整理し、何とか笑いを抑える。
「誤解しました、失礼……分かっているのなら説明の必要は無いですね。感謝します」
悔悟の棒を握り締め天子に近寄ろうとした時、衣玖が引き止めた。
「映姫様、私にやらせてください」
冷静さを取り戻した真顔で言われ、映姫は目を細めて渋々と後退した。
天子は今のやり取りで概ね悟ったのか、高慢な態度で衣玖を睨む。
「あんた、何様のつもりでここに来たのかしら」
「貴女は少々御巫山戯が過ぎている」
「前言ったわよね。あんたに怒られる筋合いは無い」
衣玖は天子の両足首を力強く握り、前に座った。
「霊夢さん、離れて下さい」
霊夢は言われるまま、天子を放して離れた場所に座った。
「ちょっと、まさか!」
天子が切羽詰ったような声を出しながら、両手で衣玖の肩を押し返す。
「丸一日歩けなくなるだけです」
「放しなさい! 家族が黙っちゃいないわよ!」
「五月蝿いですよ」
バリッという凄まじい音が部屋に響き、衣玖の手元から僅かに白煙が上がった。天子は何とか逃れようと手足を動かし抵抗するが、衣玖は放さない。
「いったあああい! やめて! やめてよ!」
「これぐらいで済むと思っているのですか? 貴女は天人だけに飽き足らず、地上の方々、更に映姫様にまで迷惑をかけてきた」
衣玖は哀れむような目を向けているが、声色には怒りが込められている。
「閻魔の慈悲を悪用するなんて、天人の風上にも置けませんね。少し、御自身の立場を弁えた方が宜しいかと」
「こんな真似して……絶対に許さないんだから!」
「貴女の素行に関しては、長から話がありましたよ」
「えっ……」
天子は目を丸くした後、すぐに愕然とした表情へ変えた。
「そんな、まさか!」
「御家族の方もご存知かと思います。殆どの天人はもう知っている筈です。天狗の新聞にも貴女の陰謀が載っておりましたし、地上の者にも知られているかと存じます」
衣玖はそう言いながら両手に力を込めていた。先程とは違い、チリチリという静かな音が断続的に鳴っている。
「あっ、う……や、やめて。霊夢、助けてよ、お願い……」
天子は怯えて肩を震わせ、力なく懇願する。
「喧嘩売るなら相手を選んだほうが良かったわね。自業自得よ」
霊夢は突っぱねた。
「地震を起こす、とよく脅されますが、私が本気で雷を放ったら、貴女は一秒持ちますか?」
衣玖は依然として表情を変えず、脅迫するように続ける。
「今、最大電圧を出したら貴女はどうなるんでしょうね。少しずつ強くしてさしあげましょうか」
「ひっ……」
天子はとうとう涙を流し始めた。普段の天子なら減らず口を叩けただろう。しかし、既に自尊心を崩された彼女に出来る事は、突きつけられた現実にただ怯えるだけだった。
「お願い! お願いだからやめて! 許して!」
ただひたすらの懇願するだけの天子に、衣玖が嘆息を漏らす。
「冗談ですよ、一日歩けなくするだけです。充分に反省して頂ける事を期待していますよ。それに、私の判断で貴女を亡き者にする事は出来ないのです」
後ろでずっと見ていた映姫は衣玖に近寄り、
「最初から力ずくで聞かせれば良かったのでは?」
と少し呆れた表情で言った。
「私は所詮竜宮の遣い。今こうする事が出来るのは、映姫様の威を借りたお陰です」
「私もひっぱたこうと思っていたのですが、気が削げてしまいました」
そう言われても、と苦笑いを浮かべる衣玖。
「お願い……衣玖、閻魔様、許して……」
普段の態度からは想像もつかない、すっかり怖気付いた天子はぼろぼろと涙を零し、下を向いたままひたすら謝る。
「……別に叩いてもいいんじゃないですか?」
衣玖はそれを受け入れなかった。しかし、映姫は目を細めながら悔悟の棒をひらひらと見せ、殴る気配を見せない。
「貴女が与えた罰だけで充分です。今の彼女をこれでひっぱたいたら、本当に葬ってしまいそうですし」
物理的な意味でも可能性はあるが、それよりも天子の自我を葬ってしまうことを恐れ、手を止めていた。
霊夢は怯えもせず三人を傍から見ていただけだが、目の前で平然と繰り広げられる会話を聞いて、普段大人しい人物を怒らせてはいけないものだなと改めて実感していた。
やがて、衣玖は握っていた両足を放し、立ち上がる。
「総領娘様、明日はしっかりと反省してくださいませ」
「あ、足が……立てない」
天子はその場から動こうとするものの、足が痺れて立ち上がれなかった。その様子を見た霊夢は、
「あー、これ、うちに泊めろって事?」
面倒そうな表情を、遠慮なく衣玖に向ける。
「霊夢さんには申し訳ないのですが、総領娘様を一日、泊めて頂けないでしょうか?」
「最初から泊まるとか言ってたしそれは良いけど、動けないのは困るわね」
「れ、れいむぅ……ごめん、ごめんなさい……」
天子は泣きながら、ふらふらと霊夢に這い寄って抱きついた。霊夢は仕方無さそうに天子の頭を片手で抱える。
「謝る相手は霊夢さんだけではありません。総領娘様は天人の方々と地上の方々に説明しなければなりません。お分かり頂けますね。長は大層お怒りでしたし、最悪の事態も覚悟した方が宜しいかと……」
衣玖は容赦なく現実を突きつける。
「比那名居一族なのだから、努力が認められれば自然と高位に就けるでしょう? 言った筈、善行を積みなさいと。そうすれば何時の日か、貴女の周りには尊敬の意が集まり、権力と人望を得られる。誰かの七光では自己欺瞞で終わるだけです」
映姫が後ろ向きの天子を見ながら言った。
天子はどちらの言葉にも返事をせず、嗚咽を漏らすだけだった。それを哀れみの目で見ている衣玖に、映姫が訊く。
「さて、そろそろ戻ろうかと思うのですが」
「戻ります?」
映姫が頷いて返した後、衣玖は霊夢に向かって丁寧に頭を下げた。
「それでは夜分遅くまでご迷惑をおかけしました」
「別に……あんた達も遅くまでお疲れ様。大変なのはこれからでしょ?」
「ですね。総領娘様、お休みなさいませ」
やはり、天子からの返事は無かった。ただ、霊夢にすがってひたすら泣いている。
「しっかり反省なさい。然もなくば再び、貴女に罰が下るでしょう。それでは、私も失礼致します」
映姫も頭を下げ、衣玖と共に部屋を後にした。
障子を静かに閉め、靴を履いて縁側を離れた時、映姫が視線だけで衣玖を見る。
「衣玖」
「はい」
「空気を実感したのは初めてです」
衣玖はきょとんとした目で視線を返した。
「どうされました?」
「貴女に罰を科します」
「えぇぇ?、罰って、何かの冗談でしょう」
罰という言葉に、衣玖は慌てた。
「冗談です。久々に会ったのですし、少し呑みませんか?」
含み笑いをする映姫に、衣玖は困ったような表情を浮かべる。
「はあ、それは構いませんが……明日もお仕事ですよね?」
「勿論。でも、このやるせなさをどうにかしたいのよ」
「やるせなさ?」
「貴女に仕事を取られてしまい、怒りの矛先が無いのよ」
そう言いながらも、声を出して笑う。衣玖は目を逸らした。
「あっ……申し訳ございません」
「ふふ、さあ、今夜は返しませんよ」
「大丈夫です。私も呑みたい気分なので、丁度良いですよ」
冷静さを取り戻した衣玖は穏やかな表情に戻っていた。二人は飛び上がり、あっという間に神社から見えなくなった。
「あんた。歩けないのは分かったけど離れなさい」
「霊夢、ごめんね」
「私には謝らなくてもいいって何度言わせる気?」
あれから暫くして天子は泣き止んだものの、未だ霊夢にしがみついていた。
天子の目は充血し、涙で頬を赤くさせている。
「明日から、どうしよう」
「ひたすら謝るしかないでしょ。それにしても、随分泣いてたけどそこまで衣玖が怖かったのかしら」
「それもあるけど、最悪の事態を考えたら……涙が止まらなくなったのよ」
「ま、自業自得ね」
強引に天子を引き剥がした霊夢は別の部屋に向かった。
天子は呆然と畳を見つめながら、衣玖に言われた事を思い出していた。そして、衣玖が嫌われ役を買った事に気付き、罪悪感に満ちた表情で呟く。
「ごめんね……衣玖……」
暫くして、霊夢が炬燵の横に布団を敷いた。
「ほら、歩けないんでしょ? 大人しく寝なさい。今日ぐらいは一緒に寝てあげるから」
意識されていないその優しさに、天子は再び涙を浮かべて抱きついた。
「れいむぅぅー……」
「ああもう、鬱陶しい。さっさと寝てよ」
「うん、寝る」
「ランプ消せないでしょうが。離して」
「霊夢があったかいから悪い……」
「何言ってんの、いいから放せ」
「……眠い」
眠そうな小町が呟いた。
小町は自宅で酒を呑みながらぼーっとしていたのだが、日も変わろうという時に映姫と衣玖が訪ねてきた。
映姫に『自分だけ呑むなんてずるい』と言われ、『いやいや酒にずるいも何もないですよね?』と言い返したのだが、散々食い下がられ、結局断り切れずに招き入れていた。
炬燵机には、酒の入ったグラスと主に煎餅菓子の入った皿が載っている。当然、それは小町の家にあった物だが、映姫が後日補填するらしい。
「衣玖、けっこーきついこと言ってたけど」
「んー?」
「ほんとーは天子の事、どー思ってるのー?」
「……なんでぇ?」
「怒ってる時辛そーにも見えたから……」
映姫と衣玖は良い具合に酔っていた。普段の威厳や端然さは既に何処吹く風だ。
小町も事後の話には興味があった為、布団の上で眠気に耐えている。
「立派な天人になって欲しーからですよ。あの子の親はもんぺだけど、せめてあの子だけは……ってね」
「もんぺ?」
「いかれた親って意味ですよぉ、外の言葉だとかぁ」
「なるほどー、やっぱり衣玖は優しーわねぇ」
「そんな事ないですよぉ」
映姫が二本目の栓を開けて、二人のグラスに容赦なく注ぐ。
「さて、もーちょいのもー」
「えーきさまぁ、明日どーなっても知りませんよぉ?」
「四季さま……明日本当に大丈夫ですか」
二人の注意を聞かず、映姫はグラスを口にした。
「だいじょーぶ、いざとなれば衣玖が手伝うからー」
「無茶苦茶な事いわないでくださいぃ……」
「これはもうだめかも。衣玖さんもお疲れ様です」
「明日はもー二日酔いかくてーですね……」
「さー、小町も呑むんですよ!」
「いや、あたいは遠慮しておきます」
「いーからほら呑むの!」
あまりにもしつこく押してくる為、小町も呑む羽目になった。
深夜二時頃。良い呑みっぷりを見せた映姫は、炬燵机に突っ伏した。小町の仕事着が、彼女の肩にかけられている。
「まさか潰れるまで呑むとはねぇ」
悲惨な状況だが、然程酔っていない小町は冷静だった。
「もー無理……きもちわる……」
衣玖は酔い潰れない様にある程度誤魔化して呑んでいたが、それでも表情が少し青い。
「衣玖さんも無理し過ぎですよ。大丈夫ですか」
「帰れそーにないので、すいません……ここで寝ますぅ……」
言うや否や、横になった。
「火傷しないでくださいね」
衣玖が薄目で辛そうに頷いて見せた後、小町は考えるのを止めて布団に入った。
翌日、小町は朝から二人の二日酔いに手を焼く。
◆
件の日から二日後、天子は再び博麗神社にやってきた。
炬燵で緑茶を飲みながら暢気にしている霊夢の横に、落ち込んだ表情の天子が座っている。
霊夢は視線だけで天子を見ていた。
「で、どうなった訳?」
「ごめんなさい。暫くここで、お世話になっていいかしら」
「は?」
「当分、帰れないの。地上で、猛省しろって、言われて」
霊夢は飲みかけていたお茶を危うく吹きかけた。ほどなく天子は涙を流し始める。
「と、とりあえず泣かないで。まー、部屋は余ってるし無理では無いけど……」
「いっそこのまま、霊夢と暮らしても、良いんだけどね」
霊夢は困惑していた。このまま暮らしたいと言った天子が本心で何を考えているかは兎も角置いておくとして、天子を延々と泊めたら他の妖怪達が何をしでかすか、考えただけでも頭が痛い。かといって、帰る場所の無い者を追い出すのも憚られる。
「えーっと、とりあえず喧嘩は売らない、買わない事。良い?」
「緋想の剣、今手元に無いの……」
「それなら尚更大人しくしないと。勿論、働いてもらうけど」
主に家事全般、と付け加えようとした時、天子は涙を流したまま心底嬉しそうな表情で霊夢に抱きついた。
「分かったわ、頑張る」
「だから抱きつくなっての!」
親ばかは救えますけど、馬鹿親は救えませんよねー
続きがあるのなら必ず読みます。
淡々とした流れも良いけど省略したりひと山作ったりもいいかなーと。
そうなのか!? そうなんだな!
と冗談はともかく、所々で他ではあまり見られない組み合わせや描写があって面白かったです。
でも心理描写に欠けていたのが惜しかったかな?
あと、海のない幻想郷で刺身という単語が当たり前の様に出てきたのもちょっと不自然でした。
読んだ限りでは世界観までは大きく改窮していないようなので、余計にそう思えたのかも。
本当は55点くらいなのですが、霊天のやりとりが微笑ましくて好感だったので個人的総評としてはこのくらいでw
霊夢と天子の会話も笑みを誘ったり、小町が映姫様の羊羹食べちゃって
彼女が涙目とかも良かったです。
面白かったですよ。
説教のパートを含めて映姫の言動に違和感を感じました
もう少し山なりオチをつけたほうが良いと思います。
あと、上で海のない幻想郷で刺身という単語が不自然という感想があったのですが
寄生虫を取り除くのが面倒ということなので淡水魚の刺身ということ良いんですよね?
鯉や鮎と鱒は昔から食べられています。西洋文化も妖怪づてに流れてきているのならニシンなんかも食べられているのかもしれませんね
紅魔館のワインみたいにどこから材料が手に入るかはわかりませんが……
衣玖さん怖い
すんなり読めて面白かったです。キャラの雰囲気もいいし、見てて楽しかったっす。
っていうかみんな、あの夜のナベについてはだれも突っ込まないのか?
あの鍋の中身…“夜雀”の肉なんだぜ……
登場人物がみんな可愛らしかったですね
たしかに衣玖さんと映姫様気が合うかも
天子と霊夢のほのぼのと映姫のお叱り話が両方メインでまとまりきらなかった感じが少しします
話的なメインは映姫なのに読後の印象はてんれいみたいな……私だけかも知れませんが
メインとサブをもう少し分りやすくした方が良かったかも?
話自体はとても好みでした
特に途中まで、映姫様の凛々しい仕事風景だったのに、途中から天子に
懲罰を加えるばかりで、違和感が……映姫様の方が悪い位に見えます。
読んでる分には気になりませんが。長いお話乙でした。
うん、いい話だったと思います
てんこちゃんとちゅっちゅしたいおー
出してるキャラは全部好きですよ
最高でした
//ヽ⌒ヾ∠___________________-ニ ̄ ̄ ヽ
_,,. -‐| | 閻 ! =- )
|\_,. ‐''":::::::::::::i l 魔 |_ く ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄--=____ノ
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::r'ア二7-/:::::::/!:::::i::::/|:::ハ::::::ヽ ン、
く\i>-:'/:::/:::/ ,.!/レ' |/ ! :::::iヽ/<]
::::Yi/::ノレ':ヘ/ (ヒ_] ヒ_ン レ:::::! / ジャッジメントビーム!!
//:::::i::::::Y::!'" ,___, "' iハリハ
イ:::::::;':::::/!::ハ ヽ _ン 人:|/./|/\
. !:::::/::::::;:イ_;イ>,、 _____, ,.イ/ノ:::|.//| 永 |
ゲームのテキストや漫画としてなら有りだけど。
キャラ弄りネタではすまないレベルの貶めっぷりにいい感じに不快になりましたわ
導入ではそういう流れに行くように感じさせない辺り、実に周到っすね
全体的に「弱い」
なんというか、エイキッキのお説教が足りない。
でも丁寧な物語でキャラの心情もしっかりと描かれていて読んでいてとても面白かった。
酔いつぶれて寝ぼけて終わりもほのぼのとして良いけど、その後がわかるようなオチがあってもいいかもしんない。
でも若干味薄めだったんで
次は濃い目に期待
最後には良い話でまとめていますし。自分の想定外の行動を登場人物がとるところは面白かったと思いますね
四季様と衣玖さんという意外な組み合わせによる絡みも良かった。
少々お話が平坦なきらいもありましたが、総じて面白かったです。
これで終わりだと気分が悪くなるだけの話ですね。
確かに天子は悪いことしてたけど、
これはやり過ぎだと思う
でも、最後の紫で点数を
あげざるを得なかった