Coolier - 新生・東方創想話

星熊勇儀の鬼退治・華~雨降る心に赤い傘~

2009/03/20 05:25:25
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 嫉妬は人を狂わせる

 狂えば人は禁忌など簡単に犯してしまう

 愛する人さえ殺してしまう

 それを私はわかっていなかった






 女が居た

 女は私の守護する橋の上で泣いていた

 誰も通らぬ丑三つ時

 ただただ嘆きを私に語る

 愛する夫に捨てられた嘆き

 それでも夫を愛することをやめられぬ嘆き

 復讐を考えることすらできぬ、愚かな己への嘆き

――橋姫様。お力をお貸しください。私を鬼にしてください

 女は優しかった

 どれだけ傷つけられようとも誰かを傷つけることは出来なかった

――橋姫様お願いします。私を鬼にしてください

 だけれど、弱かった

 傷つけられることに耐えられなかった

――橋姫様お助けください。私をこの苦しみから解放してください

 決して義侠心や同情ではなかった

 強いて――いや、あれは……遊びに……近く……

 違う

 あれは、遊びだった。遊び心だった

 私は、女に力を貸したのだ

 ただ嘆いていた女の泣き顔に笑みが刻まれる

 泣きながら笑いだし、流れる涙は血涙となった

 私がほんの少し嫉妬を強めただけで女の心は壊れてしまった

 もう後戻りができないほどに狂ってしまった

 そう。女は鬼になった



 あとは――語るまでもない

 女は望みを果たしただけだ

 狂った女は捕らえられ、白州の裁きで死罪が言い渡された

 それを私は橋の下で聞いていた

 町の噂をただ聞いていた

 膝が震えた

 私は、ほんの少し嫉妬心を煽っただけだ

 それで――いったい何人が死んだのか

 さらに一人、死んでしまう

 知らなかった

 こんなことになるだなんて知らなかった……!

 私の力が誰かを殺してしまうだなんて知らなかったっ!

 震えてる間に、誰かが橋の上を通る

 ――あの女だ

 死罪が決まり、刑場に連れて行かれるのだ

 女は、引き摺られながら叫ぶ

――ありがとうございます橋姫様! 私は復讐を果たせた!

 やめて

――あの憎き男と妬ましい女を殺せた!

 やめて……っ

――あなたのおかげです! 橋姫様っ!!

 私はそんなことをさせたくなかったっ!!

 知らなかったから、知らなかったから力を貸してしまっただけだっ!!

 感謝なんていらない

 だって、あなたは――私が殺してしまう

 何人も殺した上にあなたまで殺してしまう

 遊びだったのに

 なにも……考えていなかったのに……

 ぽたぽたと足もとに雫が落ちる

 頬が濡れて冷たい

 ……泣いてない

 泣いてなどいない

 私に涙を流す資格は無い

 人を鬼にする鬼女に涙を流す資格は無い

 これは――雨だ

 雨が降っている

 止まない雨が降り続いている

 誰かに縋りたい

 誰かにこの雨を遮って貰いたい

 だけど、私にそんな資格などありはしない

 触れれば傷つけてしまうだけのこの手で――縋れる筈もない






 そうして理解する

 私の力は……

 ――私は、誰かの傍に居てはならないのだ






























 

 旧都を歩く。

 ――人ごみの中を歩く。

 怖い。

 怖くて恐ろしくて震えてしまいそう。

 だけど――自然、町を歩く妖怪たちは私を避け始める。

 知っているのだ。私が嫉妬心を操る橋姫だと。

 忌まれし者達の中で尚忌むべき者だと。

 わざわざ喧伝したのは無駄にはならなかったようで誰もが私に近づかない。

 これでいい。

 忌まれ怯えられ畏れられてこそ平穏が守られる。

 誰も傷つかずに済む。

 切り離された静寂の中に居られる。

 私は、孤独で居られる――

 用も済んだ。この町に居続ける理由は無い。

 さっさとあの誰も来ない縦穴の下に、

「……」

 視線を感じ振り返る。

 私を見ていた何人かが顔を背ける。

 違う。

 私が感じたのは慣れ親しんだ畏れの目じゃない。

 冷たくない、暖かみのある――おぞましい、友愛の視線。

 じり、と記憶が脳を焼く。

 遠い昔の記憶ならよかった。色褪せ擦れ壊れてしまう記憶ならよかった。

 だけれど、この記憶はほんの数日前のもの。

「――錯覚だ」

 それでも……あれはもう終わったこと。

 手酷く拒絶した。例え私が嫉妬の橋姫だと知らなくてももう関わりはすまい。

 だから、あの眼が再び私に向けられることなんてない。

「……錯覚、だ」

 人の良さそうな笑顔が浮かぶ。

 差し出された大きな手が見える。

 ――疎ましい。

 ――妬ましい。

 私は大通りを外れ小路に入る。

 足早に人波から離れ行く。

 誰の目も向けられぬようにと行く先も定まらぬまま小走りに。

 それは錯覚から逃げ出すようで――限りなく不様だった。






 望み通り誰も居ない小路を歩く。

 しかし走り慣れていない足はあれだけでよろけてしまって、壁に体を預けることになる。

 僅かに乱れた呼吸を正し壁に手をかけた。

 でも、歩きだすにはまだ早そうだ。

「……はぁ」

 なんでこんなに必死になるのだろう。

 ただの、錯覚なのに。

 誰も――私なんかを追う筈がないのに。

 ゆるりと歩きだす。

 どこに向かっているのかもわからないけれど、立ち止まったままよりはましだ。

 答えなど出ないことを考え続けるよりましだ。

 ふと、看板が目に入る。

 傘屋――だ。

 雨に降られ難儀したことを思い出す。

 地底だから傘は要らないだろうと高を括っていたらあれだった。

 これから……必要になるだろうし。

 どうせ町まで来たのだ。

 何度も来たいとは思わないし――町の住人にも快く思われないだろうし、用を済ませよう。

 店主に迷惑がられる覚悟を決めて暖簾をくぐる。

「……ごめんください」

「――いらっしゃい」

 店の主人……鬼だ。が、ぼそりと応える。

 無愛想だけれど、それは私だからというわけでもなさそうに見える。

 言ってみれば偏屈な職人、か。

 これでも心の機微には聡いのだ。私に感情が向けられていればすぐに察せる。

 なのに、どうも私を恐れてもいないような……

 ……喧伝が足りなかったのだろうか。それとも足りないのは噂の広まる時間?

 なんにせよ、また誰かの嫉妬心を操るなんてごめんなので……見過ごすことにする。

 無駄に事を荒立てる必要もない。

 人の口に戸は立てられないのだし――噂もすぐに広まる筈だ。

 商品を見回す。

 色とりどりで形も様々な傘が置かれている。

 布張りで柄の先端が半円を描いている傘とか、どう使うのだろう?

 ……まぁ、店主と会話する気などないし、私に必要なさそうだし、捨て置こう。

 とりあえず、蛇の目傘。凝ったものじゃなくていい。

 取りまわしやすそうな大きさであればいい。

 そうやって適当に買おうとしていたのだが、いやに――目につく傘が隅にある。

 ……赤と、濃紺の蛇の目傘。

 常道から外れた、赤い眼をした蛇の目傘。

 誰かを――思い出す。

 屈託のない明るい笑顔を、思い出す。

 優しげに歪められた……赤い眼を思い出す。

 じりじりと、記憶が、脳を、焼く。

 ……これだけは買うまいと心に決め他の傘を探す。

 だけど、これといって目を惹くものはなかった。

 ならば適当、に……

「――これをいただくわ」






 店の外に出ればぽつぽつと降り始めている。

 そのうち必要になるだろうと買ったのだが……もう使わねばならないとは。

 傘を差す。

 目に痛い、赤と濃紺。

 店の隅で埃を被っていたどぎつい色の傘を差す。

 ……目立つから、買っただけだ。

 これを見れば嫉妬の橋姫と皆気づき去っていくだろうと買っただけだ。

 決して。

 決して――誰かを思い出して買ったわけじゃ、ない。

 誰も居ない道を歩く。

 雨は憂鬱だ。

 これが童なら買った傘の初めての出番とはしゃぐこともできようが――

 生憎、見た目と違い童じゃない。

 はしゃぐことなど出来ず、ただただ憂鬱が募るだけ。

 雨にいい思い出など一つもないのだから。

 全て、そう――全ての記憶が陰鬱だ。

 雨の日の記憶はなにもかもが私を苛む。

 濡れ続けた記憶しかない。雨に打たれ続けた記憶しかない。

 だけれど、今は……濡れてない。雨に打たれていない。

 赤い――傘。

 まるで、あいつに……赤い眼をした鬼に、雨が遮られてるよう。

「……ふ」

 失笑が漏れる。

 馬鹿馬鹿しい。どんな……妄想だ。

 あいつがどんなにお人好しだろうと、私に関わる筈がない。私を守る筈がない。

 私自身があいつを拒絶したのだ。

 嫌われて当然。憎まれて当然――だ。

 だから、私は……あいつに縋ろうとなんてしていない。

 あいつの差し出した手を取ろうとなんて――していない。

 あいつを探してなんか、いやしない。

 歩みを早める。

 妄想を振り払おうと雨足の強まる小路を小走りに駈ける。

 それすらも逃げ出すようだと思ってしまって、悔しさに、妬ましさに顔が歪んだ。

 私の心を蝕む強さが、妬ましい。

 私の影を濃くする明るさが……妬ましい。

 妬ましくて、しょうがない。

「……はぁ、はぁ……」

 息が切れる。

 情けなさに歯噛みする。

 一人でなにをやってるんだ、私は。

 考えるな、考えるな考えるな考えるな。

 あいつのことなんて、考えるな。

 忘れてしまえ。

 数多の記憶のように箱に仕舞い込んで忘れてしまえ。

 私はただ――孤独であろうと考えていればいいんだ。

 ……歩を緩める。

 心を、落ち着かせる。冷たく……凍らせる。

 熱に夢見た記憶をこの雨よりも冷たく凍らせて閉じ込める。

 これで……いつも通りの私だ。誰もが忌み畏れる嫉妬の橋姫だ。

 さっさと帰ろう。

 こんな、町の中に居るから変なことを考えてしまっただけだ。

 本当に一人になればこんな妄想に煩わされることもなくなる。

 ……あの鬼に縋ろうなんて、気の迷いも消えてなくなる。

 ゆっくりと、歩きだす。

 旧都の道にはまだ不慣れだけれど、町の外に向かっているのはわかった。

 行く先に大きなお屋敷が見える。

 旧都の四方に建つ鬼の四天王のお屋敷。

 あれを過ぎて少し歩けば町の外だ。

 焦りそうになる気持ちを抑えて歩く。

 その先で誰かが、道端に座り込んでいる。

 こんな雨の中で……?

 急病、だろうか。そうでもなければこんな土砂降りの中座り込んだりしないだろう。

 角が見える。鬼のようだが……強い雨で顔はよく見えない。

 見回すが、誰も居ない。

 ――私の、所為だろうか。

 嫉妬の橋姫が居るから、誰も近寄らない。

 誰も――助けに来ない。

「……っ」

 誰かと関わろうとなんて考えていない。

 孤独が辛いだなんて考えていない。

 だけど。

 それでも。

 私の所為で誰かが死ぬなんてもう御免だ。

「――ねぇ、大丈夫?」

 近づき声をかける。

 危なそうなら近くの家から誰かを呼べばいい。

 幸いまだ意識はあるようで私の声にぴくりと反応する。

「具合が悪いのだったら――っ」

 消そうとしていた記憶が――肉の厚みを持って蘇る。

 私に向けられた顔。

 記憶と一致しない、憔悴しきった病人のような鬼の、顔。

 輝きの擦れた――赤い瞳。

「――やぁ、水橋」

 星熊、勇儀。

「……鬼」
零の頃、まだパルスィが勇儀に心を開いていない頃のお話

前作「星熊勇儀の鬼退治・零之参~地の底の雨宿り~」の裏話となります

十四度目まして猫井です

知っていた橋姫の伝説が宇治の橋姫ではなく『人柱の橋姫』というものだけだったので、

パルスィは心底『誰かのために』で動く利他的な子なのかなぁと妄想してできたお話です

またも甘味不足ですがいつかは甘くなるといいなぁと思います


※3/21追記
時系列がややこしくてすいません……

>9さんの仰る通りの順番なのですが、作中前半だけ時間が異なるものも多いので追記させていただきます

時系列順に並べると

零之弐&鬼退治・伍の前半→華(今回の前半)→零之弐 後半→零之参&華(今回の後半)→零→無印鬼退治

となります

無印鬼退治は先程述べた前半が異なる以外は基本的に時間経過順となっております

以後はなるべく時系列を明記させていただきますので、これからもお付き合いくださいますようお願いいたします

猫井でした
猫井はかま
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コメント



0.1220簡易評価
2.60名前が無い程度の能力削除
そろそろ時系列が混乱してきました。
4.80名前が無い程度の能力削除
なるほど、こういう橋姫像もありか。

嫉妬って怖いねぇ……。
7.90名前が無い程度の能力削除
今初めてこのシリーズに触れましたが、パルスィの感情が短い言葉で
すっと伝わってきてよかったです。
これから他のも読んできたいと思います。
8.100名前が無い程度の能力削除
「零の」がなかったのでどの時点でのパルスィなのか、初めは分かりませんでした。
そういえば橋姫は人柱でもあるんですよね。嫉妬心だけでないパルスィは新しい。
9.80名前が無い程度の能力削除
時系列的には零之弐→零之参&これ→零→鬼退治って流れでいいのかな?
うん、このパルスィはなんかしっくり来ました。
10.90名前が無い程度の能力削除
嫉妬心って恐ろしや……
あ、自分も時系列が曖昧になってしまいましたorz
11.100名前が無い程度の能力削除
猫井さんの書くパルパルはいつも心の機微がよく伝わってきて大好物、今回もいじらしくて良かったです。

そのうち軽~く作品の頭か最後にでも、作品名と時系列を纏めたものとか載せてみるってのはどうでしょう。
初見さんにもわかりやすいし、検索機能使わずとも見落とさずに済みそう?
13.100名前が無い程度の能力削除
私なんぞ零に入ったあたりからずっと混乱しておるわっ!!
Bat読みますよ?
15.100名前が無い程度の能力削除
混雑なんか気にしねぇ!
応援してます。
17.100名前が無い程度の能力削除
百年恋慕の方は、勇儀との関わりが薄い場合に起こりえたif物語
そう捉えれば良いのかな?

だんだん難しくなってきましたね
19.100奈々樹削除
新作来てテンションアップですw
時系列順に一度読み直してみたいかも。

それにしてもこのパルスィはいいものだ。
20.100名前が無い程度の能力削除
勇パル大好き
21.100名前が無い程度の能力削除
良い