Coolier - 新生・東方創想話

J氏(仮)による口述筆記

2009/03/18 20:44:27
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 ――はい、はい。東風谷早苗ちゃんのプライベートについて話せば良いんですね。お安い御用でさ。へへ、そうとも、この幻想郷の中で、誰よりも早苗ちゃんのことを知ってるのはこの俺でさ……なんせ、文字通りおはようからおやすみまで暮らしを見つめてるんですからね、へへ。俺っちに話を持ちかけるたあ、お目が高いですぜ姐御。いやいや謙遜なさらずに。
 一応自己紹介しておいたほうが良いんですかね。へへ、こんなナリですが幻想郷に来る前はご近所にちょっと名の知れたもんでさァ。「アルビノ」って言葉はご存知ですかい。……ええマア、外でもあんまり広まっていない言葉ですし、幻想郷の情報通と言えどもご存じないのも無理ありますまい。早い話が、この俺のように、身体が真っ白に生まれてきた生き物のことでさ。それを人間は珍しがって、たいそう大事に扱ってくれる……中には欲をかいた人間に仕留められてはく製にされたりするのもいるっちゃいるんですがね。俺っちもこうして真っ白に生まれてきたおかげで、色々得をしたもんで。昔っから白蛇っていうのは神の使いとして崇められるんですってねえ、へへ。まあ、実際に神様の使いみたいなもんですけれどね、俺ァ。
 まあ過去のことはどうでもいいや。今の俺は早苗ちゃんの髪に巻きつくっていう大きな使命を仰せつかってるしがない蛇でさ。それ以上でもそれ以下でもない。まあ呼びたきゃ好きなように呼んで頂いてかまいませんぜ。……ふむ、確かに名前がなきゃ不便ですかね。なら、ジョニー(仮)とでも呼んで下せェ。



 サテ、本題にうつりましょうか。とは言うものの、どういうお話が姐御のお眼鏡にかないますやら……ううん、なんでもいい、と言われても逆に困りますぜ。……フム、フム、なるほど。そうですな、では、つい最近のある日、早苗ちゃんが起きてから寝るまでを順を追ってお話しましょう。



 早苗ちゃんね、実は寝起きがあんまりよろしくないんでさァ。それこそ、外の世界にいたときは目をこすりこすり、学校に間に合う時間には起きていたんですがね……ああ、外の世界の寺子屋だと思って下せェ。で、その学校が休みの日にはほとんど昼になるまで寝てたくらいなんでさ。ところがギッチョン、幻想郷の住民ときたら、お日様の昇るのと一緒に起きて、お日様が沈んだらさっさと寝ちまうでしょう……妖怪なんかを除いて。そりゃあ宵っ張りの人間もいるにはいるけど、外の世界の比じゃねぇや。イヤまあ、本当ならそれが健全な人間の生活サイクルって奴なのかもしれませんがね。とにかく、現代の外の人間ってのは、たいがい日付が変わって子の刻くらいまで起きてるのは普通って言っていいくらいでさ。起きる時間は、そりゃ仕事の種類にもよりますけどね、たいがいお日様が昇ってから半刻や一刻くらいが普通ですわ。
 まあ早苗ちゃんもそういう生活を今まで送ってきたわけで、それがいきなり幻想郷の生活様式に順応しろって言うのもどだい無理な話だ。……しかしそこが早苗ちゃんの早苗ちゃんたるところでね、ちゃんとお日様と一緒に起きようとするんですよ。早苗ちゃんなりに幻想郷っていう世界になじもうってェ姿勢、健気じゃァありませんかィ。
 エエ、エエ、ちゃァんと具体的にお話しますよ。お日様の昇る時間になると、早苗ちゃんの枕元に置いた目覚まし時計が鳴るんでさ。……ううん、幻想郷にはあんまり普及してないんですな、目覚まし時計。まあカラクリ時計の一種で、自分が起きたい時間に設定すると鐘を鳴らして起こしてくれるって寸法でさ。外の人間は鶏の声で目を覚ますとか、お日様が昇れば自然に目を覚ますとか、そういう性質がないんでね、大なり小なりこういう時計を持ってる。これがないと生活に障りがあるくらいでさ。それで、外から持ってきたのは電気エレキで動くんでしたがね、幻想郷には肝心の電気がないから、がらくたになっちまった。だから、河童に頼んでぜんまい式の目覚まし時計を作らせたんでさ。興味がおありなら河童に掛け合って見せてもらうとよろしい。
 ともあれ……枕もとの時計から鐘の音が鳴ると……そりゃ結構な音量だ、人間の目を覚まさせるくらいですからね。音に反応して、こんもりとした布団の中から真っ白な手がニュウと伸びる。手は辺りをまさぐりまさぐり、ついに時計を探し当てて、てっぺんのボタンを叩く。そうすれば時計は黙りやがるんだ。そうしてひと呼吸置いて、布団の中から今度は顔がニュウと出てくる。早苗ちゃんの顔だ。重そうなまぶたはちょっと腫れぼったくて、半分しか開いてない瞳にはうっすら涙が溜まってる。口の中で半分寝言みたいなうめきをむにゃむにゃこねくり回して、時計を止めた手ともう片一方の手でぐしぐしって目をこするんだ……ちょうど、子猫が顔を洗うみたいに、こう、ぐしぐしっと。
 いやあ、普段のおすましの早苗ちゃんも可愛いですがね、この無防備な顔を見よ、ってなもんでさ。マア、正直申しますれば、これを見れるのは俺っちの役得、特権みたいなもんで、いつまでだって独り占めにしたいんですがね。それでいて、この可愛さを近所中に触れ回って自慢したいって気持ちもあるもんですから、生き物の気持ちってのは矛盾してらァ。

 そうして、早苗ちゃんはどうにか目を覚ますと、冬眠から覚めた畜生みたいにもっそりとした仕草で上半身だけ起き上がって、ふわーあ、って大きなアクビをひとつする。頭を掻くと、ひどい寝癖だ。そう、その前の晩、例の二柱に付き合って飲んじまって、風呂のあとロクに髪も乾かさないままコテンと床に倒れちまったんでさ。……外の世界では、ドライヤーっていう道具がありましてね、しとどに濡れた髪もものの数分で乾かしちまう優れものでさ。元々は湯浴みの後はそれで髪を乾かしたんですがね……。しかしそこは寝起きの早苗ちゃん、寝癖なんぞに意識は向いてませんや。寝ぼけ眼のまんまむっくりと立ち上がって床をしっかり畳んで押入れに突っ込むと、ぶるっと身震いして――立春も過ぎたとはいえまだ朝は肌寒いですからね、枕元に畳んであったドテラを着込んで、すると、半分無意識みたいに足が手水場へ向くんでさ。
 あー、早苗ちゃんの寝間着ですかィ。これはまた、姐御も妙なことを聞くもんですね……イヤ、ははあ、そういうことですかィ。そういうことのほうが耳目を集めるものなんですな。わかりました。早苗ちゃんの寝間着はスケスケのネグリジェですぜ。
 ……アイヤこれは手厳しい、マア流石に嘘だとバレますか。成る丈皆んなの助平心を満足させる為に、ちょっとしたサービスのつもりだったんですがね。ハイ、ハイ、正直に申し上げます。早苗ちゃんの寝間着……パジャマは、クリーム色に染めた木綿の生地に、猫の足跡柄のプリントされた代物でさ。ずっと早苗ちゃんのお気に入りなんですがね、流石にあんまり子供っぽいかも、なんて本人も多少気にしてるみたいでさ。ジレンマってェ奴ですな。

 サテ、手水場で手と顔を洗った早苗ちゃんは寝間着とドテラの上から割烹着を着込んで、朝餉の準備に取り掛かるんでさ。……姐御、知ってますかィ。外の世界じゃ、ご飯を炊くのだって機械にまかせて、ボタンひとつでできちまうんですぜ。「はじめチョロチョロ、中パッパ、赤子泣いてもフタ取るな」ってェ言葉の意味、早苗ちゃんが知ったのは最近のことでしてね。イヤ、幻想郷の人たちにゃあ信じられないことかもしれませんが、事実でさ。
 今日でこそ早苗ちゃん、かまどでの飯炊きも一丁前のもんですがね、そこに至るまで涙ぐましい努力があったんですぜ。幻想郷に来て数週間は毎日、出来損ないのお粥みたいな飯でしたからね。神奈子様のスペルカードにはそれをヒントにしてできたのがあるとかないとか。
 でね、寝惚け眼をこすりながら竈の火を竹筒でプウプウ吹き吹き、ネギを刻んでおみおつけを作る早苗ちゃんを眺めるたびにね、俺ァ、きっとこの子は良いお嫁さんになると思うんでさ。そんで、この早苗ちゃんに釣り合うくらいの婿なんかが幻想郷にいるのか、と思うと、こう、アゴの下辺りがむずがゆくなってきまさァ。もし下らねェ野郎が早苗ちゃんを掻っ攫おうってんなら喉元噛み千切ってやりたいね。

 そうして、朝餉の準備がほとんどできちまった頃になって、早苗ちゃんは例の二柱を起こしに行くんでさ。神様なんだから、神殿で眠っているとお思いでしょう、ところがギッチョン、早苗ちゃんと一つ屋根の下、社務所兼母屋ってなところにそれぞれ部屋を持って布団敷いて寝てるんでさ。
 早苗ちゃんは神奈子様の部屋の前に来ると、ふすま越しに、神奈子様、神奈子様、と声をかける。んで、ここで返事がなければ――マア、大概返事はないんですけどね――失礼します、ってな具合でそっとふすまを開いて、布団の上に豪快に寝転がってる神様の肩をゆするんでさ。神奈子様、朝です、ごはんですよ、ってね。そうすると神奈子様はうーん、って唸ると、ようやく目をお覚ましになって、あいよ、ってひと言返事するんでさ。そうすると、「すぐ起きるからご飯の準備をしておいて頂戴」ってな意味だっていう暗黙の了解ができてるもんで、早苗ちゃんは今度は諏訪子さまの部屋へ向かうんだ。ええ、実際、この暗黙のやり取りが破られたことは一度もありませんぜ。
 そうして今度は諏訪子様だ、実はこれが厄介でしてね、諏訪子様は寒さに非常に弱い神様でして、今みたいな寒い時期はいつまでたっても布団から出てこようとしないんでさ。そのことは早苗ちゃんも重々ご承知だから、ふすまの前で諏訪子様、って呼ぶのもそこそこに、さっさと部屋に入っちまう。んで、神奈子様のときよりも豪快に起こしにかかる。肩をゆすって、頬っぺたをぷにぷに突いて、布団をはいで……そうして、しまいにはロクに目も開いていない諏訪子様を負ぶって、そのまま茶の間まで運んでくんでさ。諏訪子様ときたら、口の中でぷちぷち文句らしきものを言うんですが結局早苗ちゃんになされるがままでね。あの光景を見ちゃどっちが神か、どっちが年長者か、どっちが保護者かわかったもんじゃねェや。
 そうして、ようやく朝餉ってことになるんでさ。諏訪子様を座布団の上に転がして、早苗ちゃんがおひついっぱいのごはんと、おみおつけの鍋をちゃぶ台の側に置いた頃になって、部屋から神奈子様がやってきて席に着く。ああ、ちなみに神奈子様の寝間着はジャージっていう外の世界の運動着で、諏訪子様は早苗ちゃんのお下がりの浴衣ですぜ。へへ、俺っちも語るべきことが分かるようになってきたでしょう。……むぅ、世の中には知らされなかった方が良かった情報なんてのもあるんですかィ。さすがにそこまでは不肖、愚かな一匹の蛇ごときにはあずかり知れぬところでさ。

 ん、朝餉の献立ですかィ。ええと、確か、ネギと油揚げのおみおつけ、味噌は人間の里で作られた合わせ味噌。それに卵焼き、香の物少々、あとは銀シャリでさ。……意外と普通ですかィ。まあ、こんなところでしょう。
 三人がちゃぶ台を囲んで一緒に「いただきます」をする。なんて話して、一体どれだけの人がちゃんと疑問を持てるんでしょうねェ。神奈子様が普段あんなにフランクなもんだから、そりゃ当然だろう、なんて皆んな思っちまってるようですが、神様が人間……っつっても早苗ちゃんは現人神でもあるんですがね……とにかく人間と一緒の卓を囲んでご飯を食べるなんてのは滅多なことですぜ。神様のごはんってのは格式ばった器に荘厳に盛られて、面倒臭い儀式やなんやで清められた後に神棚に飾られて、「掛けまくもかしこき天津神、豊なる穣たまへる八坂大権現、汝の生せる恵み聞こし召し給へと、恐み恐みまをす」ってな感じで献上されるのが本来の形でさ。あるいは、神奈子様みたいに名があって神格の高い神じゃない、動物が成り上がった道祖神みたいなのにしても、人間から「お供え」をするもんでしょう。神様がものを食べるってのは、その行為自体がひとつの儀式なんでさ。
 まあ、種明かしをすれば……さっきの、皆んな一つ屋根の下で寝てる、ってのもひっくるめて、神奈子様の方針、ってことなんですがね。殊に幻想郷においては、人間と神の距離は近しくあるべきだ、ってね、形式ばった振る舞いは必要最低限まで省いちまったんでさ。……本当のところは、なまじ実体を持った神様だから神殿でまんじりとしているのが退屈だっただけなんじゃないか、って俺っちは推測してるんですがね。
 早苗ちゃんも最初はその方針を渋ってはいたんですがね……最初はギクシャクしてましたぜ、早苗ちゃんの表情も常々突っ張っててね。それが今や、いつの間にやら、三人とも家族みたいに和気あいあいとちゃぶ台を囲んでまさ。へへ、一人と二柱、なんて言い方はヤボですぜ。
 そうして、ご飯をもくもくと食べ始めた頃になって、ようやっと諏訪子様の目も覚めてきたと見えて、食べながらひっきりなしに早苗ちゃんや神奈子様に話しかけるんでさ。こんな夢を見た、朝が冷えるのは氷精のせいかもしれない、今度蛙を凍らせるのを見たらとっちめてやる、とか、他愛もない事をね。神奈子様は時おり相槌を打ちつつ、静かに食べる。早苗ちゃんは諏訪子様とおしゃべりしながらも、ご飯のお代わりをよそったり、おみおつけをこぼしたのを拭いたり、かいがいしくお二人のお世話をする。本当に、良く出来た子でさ。

 ご飯を食べ終わると、神奈子様と諏訪子様は大概すぐに召し物を着替えて、外に出ちまいまさァ。用事は日によってそれぞれで、お二人別々に行動することもあれば、助手として早苗ちゃんを連れて行くこともある。例えば、妖怪の山の指導者たちとの折衝だったり、人間の里のお偉いさんとの会談だったり、五穀豊穣祈願の儀式だったり、布教活動という名の宴会だったり……まあ、神様と言えど、暇ではないってことでさ。
 さて、その日の早苗ちゃんはというと、ですね。元気に出て行った神様二人を玄関先でお見送りした後、身支度をしに部屋に引き返すんでさ。しかしその前に、お勝手に寄るんですが、何をするためだと思いますかィ。お勝手に来た早苗ちゃんは、朝餉の準備のために沸かしたお湯の残りで手ぬぐいを濡らして、軽くしぼる。そうして、頭に……寝癖でぴょこんと跳ねた髪にあてるんでさ。そう、これで寝癖を直すんだ。早苗ちゃんは風祝として、他人と会うときは装いをキッチリしてなきゃならないってのを分かってますからね、さっきから俺っちが申し上げてるようなドテラ着た姿や、ましてや寝癖なんて、外で見せるようなことは決してしませんともさ。
 そうやって髪を撫で付けながら部屋に来ると、早苗ちゃんはクロゼットから服を取り出す。もちろん、皆さんもようくご存知のミコ装束でさ。あ、ここでのミコはかむなぎの女って書くよりは、神の子って書いたほうがより正確だと思いませんかィ。あくまで早苗ちゃんは風祝ですからね……まあ、そんなことにイチイチこだわるのは我ら守矢神社の者だけかもしれませんがね。
 それで、着替えるわけですが、早苗ちゃんは若干名残惜しそうにドテラを脱ぐんでさ……布団から出るのと同じで、温もった着物を手放すのも辛いものですもんね。で、ここまで脱いじまったらもう気合一閃、えいやっ、と例のネコプリントのパジャマも脱ぎ捨てて、これで上半身は一糸まとわぬ姿でさ。そうして胸に手早くサラシを巻く。ちなみに、外の世界には「ブラジャー」っていう下着がありまして……幻想郷にもあるにはあるみたいですけど、外に比べれば全然普及してませんな、とにかく、女性は大概その下着を胸につけてるもんなんでさ。もちろん早苗ちゃんも幻想郷に移るにあたってその下着を持参してたんですがね、問題は、今あるブラジャーがくたびれて使い物にならなくなったら、替えを手に入れるのが難しいってことなんでさ。で、どうしたかというと、ブラジャーの事はすっぱり諦めて、郷に入っては郷に従え、ってなもんで、麓の巫女にサラシの巻き方を教わったんですな。いや、もう、最初は大変でしたよ、例の紅白巫女が早苗ちゃんの胸にあの白い布を巻こうとするんですがね、早苗ちゃんときたら、巫女の手が胸に触れるたびにいちいちくすぐったがったり、強く巻かれすぎて痛いとか息が苦しいとか叫んだり。やっと巻けた、ってことになって、じゃあ次は自分で巻け、って巫女が言うんですが、これがなかなか上手くいかなくて。それに巫女と来たら横着者で、面倒くさい面倒くさいなんでこんなの巻けないのよ簡単じゃない、なんてブツブツ言いながら早苗ちゃんを手伝うんですが、あんまり早苗ちゃんが手こずるのにイライラしたのか、しまいには早苗ちゃんの胸を揉みしだいてこんな脂肪のカタマリがあるからいけないんじゃないのー、なんて八つ当たりし出したんでさ。そのときの早苗ちゃんの困りよう、悶えようといったら……まったくもって、けしからん。
 まあ、今となってはそんなこともなく、サラシを巻く手つきも淀みないものですがね。柔らかな曲線を描く早苗ちゃんの胸がサラシに引き締められてゆくあの様と来たら、美しくすらありますぜ。……ははあ、ご覧になりたいですか。そこは流石に俺っちの権限でどうこうなる話じゃありませんぜ。イヤ、誠に申し訳ありませんね、へへ、カンベンして下せェ。決して出歯亀しようなんて滅多なこと考えるもんじゃありませんぜ姐御。どこからともなく飛んでくる鉄輪やらぶっとい御柱やらの餌食になるのがオチでさァ。二人とも早苗ちゃんに関しては過保護ですからね、へへ。

 さて、胸の始末がついたら、白の小袖に藍染めの袴を着て、これでいつも皆さんのお目にかかる風祝早苗ちゃんの完成……ではまだないんですな、これが。ずっと手ぬぐいで蒸らしてた髪はちゃあんと寝癖が取れてて、その髪全体に、櫛が通る。朱塗りの竹櫛が早苗ちゃんの髪をすうっと滑って、そこから髪が輝きをみるみる増してゆく。あれですな、きれいな髪っていうのはヒョロヒョロ細いばかりじゃなくて、弾力があって瑞々しいんですな。くしけずるたびに早苗ちゃんの髪はぶるんっと波打って、さながら水の戯れってェところで、俺には滴が跳ねるのが見える心地すらしまさァ。それに、良い香りがするんだ。どうして同じ人間なのに、野郎と女の子の髪の香りってのはあれほど違うんですかねェ。へへ、俺ァ早苗ちゃんの髪はいくら誉めても誉め過ぎってこたァないと思うね。なんせあのすべすべした巻きつき心地ったら、俺っちの貧弱な語彙じゃあ言葉で表現できる範囲を超越してまさァ。とにかく早苗ちゃんの髪は素晴らしい。ずっと早苗ちゃんのそばにいる俺っちが言うんだから間違いはありませんぜ。
 そうして髪が整ったら、軽くお化粧をするんでさ。年頃の女の子の身だしなみってのは、化粧のゴテ塗りも見苦しいがまったくのスッピンってのもいただけねぇもんで。そこんところは姐御も重々ご承知でしょう。まあ早苗ちゃんは元が良いから、最低限、ちょいと目鼻をなぞってやるだけで化粧は終わっちまうんですがね。……と言っても、幻想郷じゃ早苗ちゃんくらいの化粧が平均的みたいですなァ。外じゃかなり薄いほうだったんですが。顔料がそれほど出回ってないせいもあるみたいですが……イヤ、イヤ、本当ですぜ。と言っても、外の女の子たちが皆んな舞妓や芸者みたいに真っ白に塗りたくってるわけでもねェ。そんな町中が銘酒屋街みたいになっちまったら、息苦しくてしかたねェや。しかし早苗ちゃんくらいの年頃の女の子は、化粧やら身だしなみに毎日、半刻ほどもかける娘だって珍しくありませんや。
 最後にいよいよ、早苗ちゃんのトレードマークの登場だ。そう、あのカエルの髪留めですな。あれを留めて、髪を束ねたところで、起きたときからその時までずっと早苗ちゃんに付き添ってきた俺っちに、早苗ちゃんから声がかかる。おいで、ってね。そうしたら俺っちは喜び勇んで早苗ちゃんの髪に巻きついて、これにて画竜点睛、ご存知、守矢神社の風祝、東風谷早苗ちゃんの完成でさ。



 ふうむ、朝のことだけでこんなにかかっちまうとは……存外長々しゃべっちまった感はありますがね、退屈なさったんじゃありませんかィ、姐御。……へ、へへ、そんな、おだてるのが上手でいらっしゃる。とかく、早苗ちゃんの一日はいつも、だいたいこんな感じで始まるんでさ。
 日中の早苗ちゃんがどういうことをしてるかについては、皆さんも良くご存知でしょうから、俺っちが今さら語る必要もありますまい。百聞は一見に如かずでさ。多少端折っていきましょうか。



 ま、そういうわけで、そこから早苗ちゃんの仕事が始まる。働かざる者食うべからず、ってね、幻想郷はその原則にゃ厳格ですからね。早苗ちゃんの仕事も色々ありますぜ……神奈子様たちの手伝い、山の妖怪から氏子集め、里への布教活動、それにお守りやら絵馬やら、初穂料の元になるようなものを作る内職だって早苗ちゃんがせっせとやってまさァ。それにもちろん、風祝としての祈祷依頼もある……最近は、麓の巫女たちなんかの真似をして妖怪退治の以来なんかも請け負ってるみたいでさ。まあ立地上、それほど数は多くないですがね。
 で、そういった仕事らしい仕事のないときは、たいてい神社の掃除をしてますな。む、麓の巫女と同じとは不名誉な。あれは掃除が主な仕事で他はおまけ、みたいなツラをしてやがる。しかもその掃除だってロクにやらずに茶ばかりすすってるでしょう。あれと一緒にしちゃあいけませんぜ。早苗ちゃんの本領は、さっき言ったようなところにあるんですからね。

 まあ、その日はたまたま、本当にたまたま、そういう仕事のない日だったんで、早苗ちゃんは境内の掃き掃除をしてたんでさ。神社の境内ってェ空間は、何よりも穢れを嫌いますからね、ここを抜かりなく清潔に保つってことも、早苗ちゃんの重大な仕事ってところでさ。ご覧なさい、守矢神社の青銅の狛犬どもがあんなにピカピカの牙をむいているのは、早苗ちゃんの日々の心がけの賜物ですぜ。
 そうして、鼻歌うたいながら早苗ちゃんが機嫌よく塵芥ちりあくたを集めているところに、神社の縁側に向かって投げ込まれるものがある。おや、と思って見てみると、おわかりですね、そう、「文々。新聞」でさ。早苗ちゃんはこれを楽しみにしてましてね、いや、本当ですぜ。テレビもねぇ、ラジオもねぇ、自動車も全然走ってねぇ、ってね……マスメディアのない幻想郷じゃあ情報娯楽と言えば新聞くらいのものですからね。むしろ、我々からすれば、幻想郷に新聞があるってこと自体願ってもない誤算だったんでさ。イヤ、決して幻想郷の文明の程度を見くびっていたとか、そういうことではないんですよ、ええ。とにかく、ありがたく購読させて頂いてまさァ。まあ、ひとつ取ったら我も我も、って天狗どもが新聞の売り込みに群がってきたのにはチョイと手を焼きましたがね。
 で、早苗ちゃんは新聞を見ると決まって、空に向かってご苦労様、と声をおかけするんですが、お耳に入ってますかねェ。そうして、届きたてホヤホヤの新聞を広げて……掃除を放り出して、読み始めてしまうわけですな。いやはや、修行が足りない、などとは言ってくれますまい。そこはうら若き少女の可愛げ、とて目をつぶるのが粋ってもんでさ。ちなみにその日の記事は、あれです、河童の産業革命に関する神奈子様たちのインタビューなんかが載ってまして、ええ、早苗ちゃんも面白そうに読んでましたよ、ええ。まあ早苗ちゃんは元々活字を読むほうですからね……む、そうですか、言われてみれば「活字を読む」なんて言い回しは最近の外の世界で生まれたものですな。外の世界では文章の載った本を読むことすなわち活字を読むこと、って言い習わすことにしてるんでさ。ええ、写本なんてのはもう坊主の修行以外ではほとんど行なわれてませんや。しかも、印刷の技術が進んだってェんで、活字って言葉の元のはずの活版印刷すら誰もやってませんぜ。なんだかちぐはぐですなァ。
 そうして早苗ちゃんが新聞をすみずみまで読み終えた頃には、四半刻くらい過ぎちまってるんでさァ。思い込んだり熱中したりすると周りが見えなくなる気が多少あるんですな、早苗ちゃんは。とはいえ仕事を中断したのには変わりない、こりゃいけない、ってことで早苗ちゃん、縁側からぴょいと跳ねて、も一度ホウキ片手に境内を西へ東への大活躍と相成るわけでさ。で、まあ、これは姐御にも経験はあると思いますが、そういうときに限って邪魔が入るもんでね。

 もうちょっとで境内の塵芥を集めてしまえる、ってェ頃に、ごめんくださいと声がする。鳥居の方を見れば、なにやら河童がいやに嬉しそうな顔をして立っている。お察しかもしれませんが、ええ、にとり嬢でさ。最初こそ人見知りでなかなか近寄ってこなかった彼女ですけどね、今となっては守矢神社に最も足しげく通ってくる河童のひとりですぜ。
 いらっしゃい、と早苗ちゃんが迎えて、用件を聞くんですが、そんなのは社交辞令でしてね。俺っちにだって、にとり嬢の用件なんて言われなくても見れば分かりましたよ。なんせ彼女の背中にあったのはいつものナップザックじゃなくて、むやみやたらにデカくてゴテゴテした機械のカタマリだったんですからね。
 というのも、にとり嬢ときたら、事あるごとに自分の発明を早苗ちゃんに見せに来るんでさ。やはり外来の人間だから機械についても話が合うと思われてるんですかね。まあ、早苗ちゃんのとしては、純粋に話し相手として楽しいみたいで、特に迷惑しているわけではないんですけどね。
 で、ヨッコイショと言ってにとり嬢が下ろした機械というのが、また、なんと言ったらいいのか……早苗ちゃんの肩あたりまで背丈がある、ダルマみたいな形をしてましてね、表面には計器やらパイプやらが縦横無尽にはびこっていて、得体の知れないカタカタという音を常にばら撒いてる。何より目に付くのは、そのダルマの頭のてっぺんから飛び出たパラボラアンテナでさ……あ、ええと、これはどう言ったものですかね。平べったいお椀を棒の先にくくりつけたような装置でですね、遠くから飛んでくる情報を受け取るんですが……原理の説明なんかは俺っちにはできませんや、興味がおありならにとり嬢にでも聞いて下せェ。
 そんなケッタイなものを指して、早苗ちゃんがこれは何かと尋ねたらですね、携帯電話だと言うんです。携帯電話。まあ香霖堂なんかにも並んでるし、幻想郷でもだいたい皆んなご存知ですわな。で、この幻想郷じゃ使い物にならない機械を、にとり嬢は幻想郷独自の技術で再現しようってんで最近燃えている、っていう話だったんでさ。しかし携帯電話っつったって、そのブサイクなダルマときたら、にとり嬢が地面に下ろす時に腹に響くズンって音がして、土が凹みましたぜ。ありゃ間違いなく五十貫くらいの重さがあるに違いない。河童はあれで馬鹿力な種族だから、それっくらい平気で背負いやがる。
 早苗ちゃんが質問したのを、興味があると解釈したんでしょうね、にとり嬢はそこから機械に関する講釈を垂れ始めたんでさ。語ってる本人は至極楽しそうでしたけれど、俺っちからしてもチンプンカンプンで、早苗ちゃんも苦笑いしながら聞き流している風でしたけれど。ひと通り技術自慢を終えると、にとり嬢は今から実演する、なんて張り切った風に腕をぶんぶか振り回して言い出しましてね。なんでも、守矢神社の境内から一里ほど離れた向こうに、同じダルマ型機械をもう一台置いてあって、そこにいる哨戒天狗の……ええ、そう、椛嬢ですな、彼女と通信してみせる、ってェことで。そこからは技術屋の本領発揮と言わんばかりに、にとり嬢は風向きを調べて計器とにらめっこしたり、補助アンテナを立てたり、境内を右へ左への大活躍でしたよ。俺っちと早苗ちゃんがぽかんと阿呆みたいに口を開けて見守っている前で、あっという間に準備を整えると、もう一度こっちを見て、じゃあ今からやるよ、と人差し指を高々と掲げて、まるでスペルカードを使うときみたいに宣言したかと思うと、その人差し指を一気に振り下ろして、ダルマの表面にある赤くてでっかいボタンを押したんでさ。ポチっと。
 で、一瞬、何が起こったのかさっぱりわかりませんでしたな。チカッ、と、何かの拍子に太陽が照り返したみたいな光が目を覆って、思わず目をつぶっちまった。そうして前後不覚のままデクの坊みたいに縮こまっていると、数秒遅れてボン、という、小さいけれども妙に腹の底に響く音がしたんでさ。音のしたほうを見れば、遥か遠く……ちょうど一里先ですな……お山の麓あたりのある地点から、鳥たちが一散に飛び立っていて、灰色の煙がもくもく上ってたんでさ。
 あれれ、なんて言いながらにとり嬢が首を傾げる。その仕草に不吉なものを感じたのは、俺っちも早苗ちゃんもたぶんほとんど同時だったでしょうね。案の定というか、例のダルマが火がついたみたいに高い音で悲鳴をあげまして、それがあんまり恐ろしくて、所詮単なる蛇の俺っちなんかは全身から血の気が引いちまって、早苗ちゃんの髪にしがみつくみたいに巻きついているのがやっとでしたよ。しかしその悲鳴を聞いた瞬間の、早苗ちゃんの反応は実に速かった。にとり嬢を蹴倒して地面に伏せさせると、スペルカードを切る間も惜しい、とばかりに最速で奇跡の力を解放しまして、すかさず御幣を振るった。すると現人神の本領発揮、ものすごい神風がびょうと境内に吹き荒れて、例のダルマを空中に吹き飛ばしちまった。推定五十貫のダルマをですぜ。その風の勢いたるや、俺っちが言葉を尽くして説明しても詮無きこと、推して知るべしってところでさ。そうしてダルマはぽーんと空高く舞い上がって……青いお空に不っ細工な機械が浮いているってェ光景はシュルレアリスムの極致といったところでしたが、そんな悠長な考えをする間もなく、
 ドカン!
 ダルマは木っ端微塵に爆発、空中分解でさ。あまりにあんまりな出来事だったもんだから俺っちも理解が追いつかなくって、煙と光をばら撒きながら飛び散るダルマを見てつい玉屋、鍵屋なんて心の中で叫んでみたんですがね、今から思えば、早苗ちゃんが動かなければ我々も椛嬢と同じ目に遭っていたわけで、肝が冷えまさァ。……ああ、黒こげになっちまった椛嬢には、あとでにとり嬢が必死で謝ったらしいですぜ。
 で、大変だったのはその後でしてね。機械の破片は落ちてくるし、神風が吹いたせいで塵芥は散り散りになるしで、せっかく片付けた境内がさんざんな状態になっちまいまして。結局それをどうにかするのに、午前中いっぱいが潰れちまいました。もちろん、騒ぎの元凶ことにとり嬢には大いに手伝わせましたがね。早苗ちゃんに怒られて、べそをかきかき、ゴミを回収する姿には多少同情しなくもなかったですが、どうして失敗したんだろう、理論は間違ってなかったのに、とか小声でブツクサ唱えてるところを見ると、三つ子の魂百までってェもんよ、とため息のひとつも吐きたくなる心地でしたなァ。

 どうにか境内を片付けるとちょうど午の刻を過ぎた頃合、ってェんで、もちろん昼餉を食べることになりまさァ。三食しっかり食べるのが健康には不可欠ですからね。

 お昼ごはんは早苗ちゃん、あるもので簡単に済ましちまうことが多いですね。昼はだいたい神奈子様も諏訪子様も出かけちまって、ご飯も食べないか、外で済ましてきちまうんでさ。自分ひとりの面倒さえ見りゃあいい、ということになると、早苗ちゃんは手を抜いちまう。他人や家族のことにはしっかり気を配れるんですが自分のことになるとまったく無頓着でさ。自分にご褒美、ってのとは違うかもしれませんが、お二人のいない間にこっそり栗ようかん一本かじりつく、くらいの事はしてもバチは当たらないと思うんですがね。
 というわけで、その日のお昼は、朝に炊いたご飯の残りをおにぎりにしたのと、キノコの佃煮だけで軽く済ませちまった。育ち盛りなんだからもっとしっかり食べて欲しい、ってのが俺っちの本音なんですが、元々早苗ちゃんは食の細いほうで、本人はそれで満足しちまってるんだから、仕方ないっちゃあ仕方ないんでさ。



 食後に一杯のお茶をのんびりと飲みまして、一息入れた早苗ちゃん、じゃあそのままお昼寝……なんてほどに幻想郷のダメな部分の人々に感化されたりはしてませんぜ。へへ、今、頭に何人かの顔が浮かんだでしょう姐御。まあ、こんなことが言える程度には、俺っちなりに幻想郷と、幻想郷の住人を見てきたってことでさァ。
 じゃあ何をしたのか、というと、人間の里に買出しに行くことにしたんでさ。お昼のおにぎりを作るのに、もちろん早苗ちゃんはお勝手に立ったわけですが、そのときに食べ物の蓄えが心許ないって気付いたんですな。外の世界に冷蔵庫ってェ機械がありまして、こいつのおかげで多少無茶な量の食べ物を蓄えこんでしまっても、保存には困らなかったんですが……やっぱり電気がなけりゃガラクタだ。冷蔵庫があるときと同じ感覚で生の食べ物を買うと余って腐らせちまうし、早苗ちゃんが保存食を作る技術なんかに慣れるまではやっぱり大変でしたよ。幻想郷に来てみるといかに電気に負んぶに抱っこの生活を送っていたか実感しますなァ。

 というわけで、お財布と買い物鞄を携えてお山から飛び立った早苗ちゃん、四半刻強ほどで人間の里に降り立ちまさァ。するってェと、道行く人々がしきりにこんにちわ、こんにちわ、って早苗ちゃんに挨拶する。守矢の神社は御利益もある、って里でも評判ですからね、神奈子様の神徳に与って、早苗ちゃんもちょっとした有名人でさ。
 そんな人たちに早苗ちゃんはにこやかに挨拶を返しながら、市場に向かう。あれですな、人間の里の市場ってェのは、地方都市の商店街みたいな雰囲気と、賑やかさがありますな。……あ、こりゃ失敬、地方都市なんて言葉、幻想郷にゃあるはずありませんな。まあ、外の世界にも人間の里と似た雰囲気の町がある、というくらいに思っておいて下せェ。
 買い物をするときも、早苗ちゃんの人当たりのよさは本当に見ていて微笑ましいくらいでさ。芋ひとつ選ぶのにだって、店の親父と話しながら小首を傾げてみたり、財布を握りながら小難しい顔をしたりするもんだから、いや、顔を見てるだけでも飽きませんね。そういう早苗ちゃんの可愛らしい人格もあってか、店の人にも好かれてまして、おまけをつけたりしてくれる人も多いですぜ。特に農作物を売ってる店なんかは、豊穣の神様にあやかって繁盛してます、ってェんで早苗ちゃんにはよくしてくれるんでさ。

 そうして買い物がそろそろ終わるってェときに、後ろから早苗ちゃんに声をかけるのがいまして。それは誰かと振り向けば、麓の巫女、皆大好き博麗の紅白だったんでさ。早苗ちゃんと博麗は、出会いこそあんな感じでしたけれど、最近は同業者の共感というか、それ以前に同じような年頃の女の子ですからね、いつの間にやらいい茶飲み友達ってなもんでさ。あ、例のサラシの一件はさっき話しましたっけね。
 二人は和やかに談笑しだしたんですが、俺っちが見てて気になったのは、博麗が妙に嬉しそうな……ええ、恵比須顔って言っていいほどの笑顔だったんでさ。案の定、なにやら嬉しい事を報告したくてたまらない、報告する時機を今か今かと待ちわびているような、妙にもじもじした仕草をしているのが、俺っちから見ても丸分かりでさ。博麗と言えど人の娘よ、なんて密かに和んだ心地でいると、何かの会話の流れで、博麗がとうとうその時機をつかんだらしくて、早苗ちゃんに、博麗神社に寄って行かないか、と持ちかけたんでさ。なんでも、人間の里にいたのは、妖怪退治の依頼を完了したってェ報告の為で、そのとき報酬のおまけに美味しい羊羹を頂いたから食べないか、と。……いやはや、たかだか甘味のひとつふたつでこれっくらい喜ぶんですから他愛ない、というか、可愛げがありますな。全く、これがあの時早苗ちゃんに襲い掛かった紅白巫女と同一人物だってェんだから面白いもんだ、へへ。
 そしてそこは早苗ちゃんも女の子、一も二もなく飛びつきまして、二人仲良く博麗神社に向かったんでさ。

 神社にたどり着くなり、博麗はお茶を淹れて羊羹をいそいそと切り分けて、なんとまあ、妖怪退治とお茶の準備の手際のよさは、幻想郷でも類を見ないでしょうな。そうして早苗ちゃんと二人で食べたわけですが……まあ姐御しても他の皆さんにしても、博麗がお茶を飲む場面なんて見飽きてるでしょうし、本当に他愛もない雑談でしたから、割愛しまさァ。
 それよりも、実は、博麗が早苗ちゃんを誘ったのにはもうひとつアテというか、企みがあったんでさ。羊羹とお茶を片付けて一息つくと、博麗はちょっと上目遣いに、早苗ちゃんにお願いがある、と言い出しまして。早苗ちゃんが話すように促すと、博麗は奥の部屋に引っ込んで、帰ってきたときには巾着袋みたようなものをいっぱい持ってましてね、何かと思ったら、お守りだったんでさ。とどのつまり、お守り作りを早苗ちゃんに手伝わせようってェ魂胆があったんでさ。
 さっきもちょっとお話したかもしれませんが、こういうものを配って初穂料を頂くってェのは神社の存続にとって大切なことですからね、あの怠け者の博麗でもやるときにはやってるみたいでさ。しかし、これは意外かも知れませんけどね、博麗はどうやらそういう針仕事なんかに関しては不器用みたいなんでさ、なんせあのトレードマークの紅白巫女服だって、香霖堂のあの青白い兄ちゃんが仕立ててるってェことじゃないですかィ。
 その点、早苗ちゃんはそういう作業に慣れてますからね、そこをアテにしたんでしょう。羊羹をご馳走になった手前、ってェわけでもないですが、早苗ちゃんは喜んでお手伝いを了承しましたよ。
 そうして、二人で寄り添って作業する姿は微笑ましくってね……幻想郷に来るとき俺っちが何より不安だったのが、魑魅魍魎跋扈の世界で早苗ちゃんが孤立しちまうんじゃないか、ってことだったんですが、あの光景を目にしたらそんな杞憂なんて馬鹿馬鹿しくなりましたね。
 そうして、早苗ちゃんが晩ごはんの準備のために帰る時間まで、二人はずうっとおしゃべりしながらお守りを作ってましたぜ。お土産に、羊羹を半分ほどもらって、早苗ちゃんもたいそう満足そうだったんでさ。



 さて、その日の晩ごはん、早苗ちゃんが腕によりをかけて作ったのは、キノコのすまし汁、兎肉を使った野菜炒め、芋の煮っ転がし、といった具合でさ。そうして準備が整った頃に、神奈子様も諏訪子様も、食事の匂いをかぎつけたみたいに帰ってくる。そうしてまた朝みたいな団欒が始まるんでさ。いや、これが繰り返される限り、幻想郷の守矢は安泰ってェところですな。

 晩になると、三人はもちろん風呂を浴びまさァ。ほんとうは神奈子様も諏訪子様も、その気になりゃ身の穢れや汚れなんて自力で祓っちまえるから風呂なんて必要なかったりするんですが、しかしまァ不老不死の蓬莱人だってものを食べますからね、一種の娯楽、習慣ってとこでさ。
 で、風呂にも決まりがありまして、一番風呂は神奈子様と諏訪子様が一日ごとに交代で入って、早苗ちゃんは最後、っていう風になってるんでさ。家族みたいに過ごしてるってェ言えど、神と、現人神といえど人間、神格の違いもありますし、その辺はちゃんとしなきゃいけない。親しき仲にも礼儀ってェ奴ですな。
 お二人がほこほこ湯気を立たせながら湯から上がってきて、いよいよ早苗ちゃんの番でさ。脱衣所に立つと早苗ちゃん、巫女装束を脱ぐとずっと胸を戒めていたサラシを解いて、ふう、って一息つくんでさ。なんだかんだで苦しいらしくて、解けば開放感があるんでしょうな。それに、俺っちの見立てだと、どうやら幻想郷に来てからも早苗ちゃんの胸はどんどん育ってるようでしてね。今より長いサラシが必要になるのも時間の問題ってェところでさ。
 む……湯室の中の様子まで、話したほうがいいですかィ。ま、ここまで話したならもう同じことですな、よろしい。まず桶いっぱいの湯を浴びた早苗ちゃん、手ぬぐいに石鹸をつけて、もちろん身体を洗うんですが、俺がずっと見ていたところによると、必ず左腕から洗いますね。まあこの辺は人それぞれでしょうが。そうして顔を洗って化粧を落とし、最後に髪でさ。特に髪は入念に、いたわるように洗いますから、そのあたりが早苗ちゃんの髪をあれだけ美しくしているんですなァ。
 そうしてしっかり一日の垢を落としたところで湯船に浸かる。完全にゆるみきった顔で歌なんか歌ったり、足を伸ばして自分の身体を点検するようにしたり、ちょっとお腹のお肉をつまんでみたり……いや、早苗ちゃんは湯に浸かっているだけでも色んな表情を見せてくれて、こっちとしては実に和みまさァ。

 湯から上がって例の寝巻きとドテラを着込んだ早苗ちゃん、外の世界にいた頃なら、この後携帯電話で友達とメールをしたり、テレビ番組を見たり、なんてことを長々としてたんですがね。なんせ外には夜に家でやるような娯楽があふれかえってますから……でも、こっちにきてからは、神奈子様たちといくらか談笑して、書をいくつか読んだりしたら寝ちまいまさァ。もちろん宴会の日なんかは例外ですがね。ああ、あと、部屋に帰ると必ず日記をつけますね。うん、その中身ですかィ。流石にそこまでは俺っちも知りませんや。いくらなんでもはばかられますからね。
 そうして、布団を敷いて、明かりを消して、もぐりこんで。早苗ちゃんの一日はそうして終わるんでさ。ああ、必ず枕元でとぐろを巻く俺っちに、おやすみ、って挨拶を欠かさずしてくれますぜ。そうして早苗ちゃんが目をつむるのを見届けた後で、俺っちも心安らかに眠るわけでさァ。



 俺っちの話はこんなところでさ。お時間もそろそろいい感じですな。へへ、どうでしょう、姐御を退屈させてなければいいんですが。ええ、ええ。へへ、それなら僥倖ってェもんでさ。あ、いやいや、謝礼だなんてそんな。へへ。あ、まあ、確かに、そういう約束でお話しましたしね。ありがたく頂戴しまさァ。へへ。
 それではそろそろこれで俺っちはお暇しまさァ……ええ、ええ、ありがとうございます。姐御こそ、ますますのご健勝をお祈りしますぜ。

 新聞の売り上げ、伸びると良いですねェ、射命丸の姐御。



「神奈子様、諏訪子様、ご飯ですよー」
「わぁい」
「ん、なんだか今日は珍しいオカズだね」
「ええ、焼き鳥と、蒲焼です」
「へーぇ、美味しそう!」
「ところで早苗、今日の文々。新聞知らないかい?」
「そんな新聞知りません」
「……?」
「……そうかい」
「あれ、早苗、いつも巻きついてるヘビどうしたの?」
「さあ? お散歩にでも行っちゃったんじゃないでしょうか。それより、食べましょう」
「そうだね!」
「そうしようか」



「いただきまーす」
つくし
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コメント



0.4310簡易評価
3.90名前が無い程度の能力削除
焼かれた…
6.90苗木削除
ジョニー(仮)、霊夢にサラシの巻き方を教わってる所をもっとくわs……
7.100名前が無い程度の能力削除
ジョニー(仮)、よくやった。お前はその勤めを果たしt(九字刺し)
10.100名前が無い程度の能力削除
さよなら……さよなら……さよなら………
11.100名前が無い程度の能力削除
ジョニ(仮)ーーーーー!
14.無評価名前が無い程度の能力削除
ジョニーに敬礼
16.100名前が無い程度の能力削除
ジョニー(仮)‥君の勇気を、何者をも恐れずに我々に真実を告げようとした勇気を、私たちは永遠に忘れないだろう。
安らかに眠れ。


で、第二、第三のジョニー(仮)による、
より詳細な、微に入り細を穿った早苗ちゃんに関する報告は
何時ごろになりますか?
19.80名前が無い程度の能力削除
そんな新聞知りません(素敵な笑顔で)。
豊かな者はますます富み、貧しい者は貧しいままその生涯を終えるんだ……!
いや、資本主義の話ですよ?ホントダヨ?
20.100名前が無い程度の能力削除
ジョニー おまえはりっぱにやったのだ
そしておまえの真実を『伝えようとする意志』は
あとの天狗たちが感じとってくれているさ

大切なのは…そこなんだからな……
22.100名前が無い程度の能力削除
無茶しやがって・・・
23.無評価名前が無い程度の能力削除
ジョニー!まだだ、お前はまだやれる!蘇って続きを伝えるんだ!
24.100名前が無い程度の能力削除
(点数入れ忘れ)
26.100ルル削除
諸君らが愛してくれたジョニー・ミシャグジ(仮)は死んだ!何故だ!?

紅白「スケベだからさ」
33.100名前が無い程度の能力削除
さようならジョニー……
無事三途を渡れるようにこれを
っ⑤
34.90名前が無い程度の能力削除
これほど敬礼したくなる作品は稀だろうw
35.100名前が無い程度の能力削除
「焼き鳥」については誰もつっこまないのか w
ジョニーさん…いい味出てるキャラだったのに
36.無評価名前が無い程度の能力削除
おれが!!第二のジョニーだ!!
仇は討つぞ・・・行ってくる・・・
37.100名前が無い程度の能力削除
点数忘れすいません
38.100名前が無い程度の能力削除
ジョニー、お前はよくやった…。
39.100名前が無い程度の能力削除
ここまで射命丸が焼き鳥にされたことへの黙祷はナシ
42.100名前が無い程度の能力削除
ジョニー・・・・・・ありがとう。
お前のことは忘れない。
43.100てるる削除
さて、第2のジョニー(仮)になる準備を始めようか。
44.100名前が無い程度の能力削除
ジョニー…
俺はお前のことを忘れないっ…!!
45.100名前が無い程度の能力削除
無茶しやがって……
46.80名前が無い程度の能力削除
ジョニイイイイイイイイイイイイイイイ!!
47.100名前が無い程度の能力削除
>イモひとつ選ぶのに下って
たぶん誤字。

どんどん大きくなる早苗さん・・・・・・ほんとけしからんですな!
48.100名前が無い程度の能力削除
ジョニーの語りという設定もさることながら描写が丁寧でたまらんですわ
50.100名前が無い程度の能力削除
ムチャシヤガッテ・・・
51.100名前を忘れた程度の能力削除
ジョニー。お前のやり遂げたことは、決して無駄ではなかったぞ・・・

描写が細かくて、情景がまさに目に浮かびました。文句なし満点!
53.100名前を忘れた程度の能力削除
実はあのカエルの髪飾りも語るのでは
54.無評価つくし削除
 読了ありがとうございます。ジョニー(仮)は皆さんの心の中に生きています。

>>47. 名前が無い程度の能力様
 報告ありがとうございます。修正しましたー。
55.100名前が無い程度の能力削除
無駄死にではないぞ、ジョニー(仮)…
人語を理解するとは、この蛇も実は妖怪かなにかだったのか…
あと「おはようからおやすみまで~」の下りで、某変態メイドガイを連想してしまったw
62.100名前が無い程度の能力削除
ありがとう、ありがとうジョニー(仮)・・・
星やるたびに思い出すよ!
それにしても蒲焼食いたくなってきた。
66.90名前が無い程度の能力削除
というわけで俺こそが最初の焼き鳥の黙祷者

射命丸ー!!!
69.100名前が無い程度の能力削除
射命丸は妖怪だからきっと復活するはず
みすちーも生きてたし

ジョニー。お前はもう十分に勤めを果たした
ゆっくり休め
72.100名前が無い程度の能力削除
えっ、蒲焼がジョニーなのはわかるとして
焼き鳥ってもしかしてですか
73.100名前が無い程度の能力削除
私は蛇になりたい


オチを読むまではそう思っていました。
ジョニーに敬礼!ゞ
75.100ゆな削除
J(仮)…
君の雄姿は私の心に刻まれたよ…
77.100名前が無い程度の能力削除
あとがき怖いです……常識にとらわれなさ過ぎ!!
82.90右足を挫く程度の能力削除
ジョニー(仮)……無茶しやがって……。
勇敢なる戦士に敬礼!

蒲焼分の10点はジョニーへの香典です。
84.100名前が無い程度の能力削除
表現の流暢性が素晴らしいですね。こういう風に書いたり話したりできるようになりたいです。
85.100名前が無い程度の能力削除
ジョニー・・昔っから詰めの甘い奴だったよ、お前は・・
そして霊夢とのかけあいに心がほっこりした
88.100名前が無い程度の能力削除
ジョニー(仮)は生きていて、蒲焼は早苗さんの恨みの象徴でしかないという説を提唱してみる。神の使いみたいなものらしいし。
あややが焼鳥になっちゃうとは流石に思えないので、きっとジョニー(仮)も生きてるよ!
じゃあ何でいないかって?…半殺しぐらいにはなっているかも
89.80名前が無い程度の能力削除
それが良いんだと思うけど、ちょっとくどいな
94.100名前が無い程度の能力削除
ジョニーのやつ、無茶しやがって・・・
96.90名前が無い程度の能力削除
描写の丁寧さもそうだけど、ちょくちょく入れてくる
現代と幻想郷の違いや、幻想郷のほのぼのとした日常が
とてもよかったです。
あと、俺は河童のせいで花火になったもみもみに黙祷をささげます。
99.100名前が無い程度の能力削除
ジョニーありがとう。

射命丸は知らん
100.100名前が無い程度の能力削除
ジョニー(仮)、君の勇姿はそそわに刻まれた
101.100名前が無い程度の能力削除
ジョニー(仮)は美味しく頂きました。
104.100名前が無い程度の能力削除
すげぇ面白かった!!
ジョニー、お前は良くやったぜ!!
110.100名前が無い程度の能力削除
ジョニー、その雄姿、忘れないぜ!
113.100名前が無い程度の能力削除
ジョニーは死んだ!もういない!
だけど、俺の背中に、この胸に!一つになって生き続ける!
118.100名前が無い程度の能力削除
ジョニー、感動をありがとう!
119.100名前が無い程度の能力削除
ジョニー(仮)、お前は頑張ったぜ!
121.100mizuame削除
ジョニー(仮)よ、永遠に……

日常の風景をこんなにも饒舌に語るとは。
おみごとです。
125.100名前が無い程度の能力削除
早苗さんの普通の一日を追っただけの話
そこをジョニーの語り口と細かな表現で最後までグイグイ読ませる
面白かったです
127.100名前が無い程度の能力削除
ジョニー(仮)、もう一度………もう一度話がしたい… 
あなたと、そよ風の中で話がしたい…
135.100名前が無い程度の能力削除
ジョニー・・・
136.90名前が無い程度の能力削除
ジョニーェ・・・
147.100名前が無い程度の能力削除
射命丸、あんたは何を思ってそんな事をしているんだ…?
早苗の私生活なんてわからないかも…
それに…もし早苗が紅白の巫女とか味方につけて復讐にきたら…
あんたは…なぜそんな苦労をしょいこんでいるんだ…?

あ…ああっ…
アンタは…もしや俺達が早苗の素の生活を求めたせいで殉職した…!