「……ということがあったんです」
「…。そう。それは大変だったわね」
所変わって紅魔館。博麗神社でおもいがけぬ事態に巻き込まれて時間を食ってしまった早苗は、
一度守矢神社に戻って、支度を整えなおしてからここへとやってくることにした。
戻ってみれば神奈子と諏訪子は「出かけてきます」の書置きを残してどこかへ行ってしまったまま。
先の一件で精根尽き果て、まだ昼前だがそのまま布団にくるまって眠ってしまいたい所ではあったが、
このメイド長と約束をしている以上、それを連絡ナシに破るのも気が引けたので、抜けかかっている魂に鞭打ち、
なんとかやってきた次第である。
何回か宴会の度に顔を合わせ、用意やら後片付けやら主に裏方として行動することが多かったこともあり、
打ち合わせ自体はとんとん拍子に進み、米・酒・野菜やらは守矢側が、他の食材やら人手やらは紅魔館が主に用意してくれることで決定。
鬼神と化しかけた霊夢の為に肉料理を多めにという配慮も決まったところで一段落となった。
ああ、話がスムーズに決まるってすばらしい。
「────」
なにやら手持ちのボードに今決めたことらしいものを、さらさらと筆記していくメイド長。
自分と大して変わらない年頃のはずなのに、そこには既に貫禄のようなものまで見え隠れしている。
本当のクールビューティというのはこういうのを言うのだろうか。
「──何か?」
「ああ、いや、十六夜さんは手際がすごいなーって感心していたところで」
「咲夜でいいわ。…この館は手を抜くとすぐサボりたがる輩が多いので、自然とこうなっちゃうのよ」
声に不自然な気負いもなく、それを自慢するようなところもない。まさに瀟洒なメイドの鑑だと早苗は思う。
それに──すらりとした手足に乱れの無い挙措。スタイル面に関しても文句の付け所がない。
「…霊夢のアレに当たったのは災難だったわね。たまにサイクルで来るのよ。
前は魔理沙が犠牲になってたわ。まあ犬に噛まれたとでも思って──」
「あ、あの!」
「?」
霊夢との一件を話した時点で、自分の恥ずかしい話はもう知れている。ならば思い切って聞きたいことを聞いてしまえ──そんな気持ちで、早苗は切り出した。
「十六…咲夜さんって、凄くスタイルいいですよね。何か…維持する秘訣とかってあるんでしょうか」
「…そうね。やはり動くことかしら。さっきもいったけど、この館には私が動かないと惰眠をむさぼりつづける門番やら、
遊び続ける妖精メイドやらが多いのよ。他意はないけれど、そんな気苦労がない貴方がうらやましいわ」
「うう」
やはり自分は恵まれているほうなんだなーと、変に実感する。確かに神奈子のセクハラを除けば
守矢神社に不満な点はない。その分、一見ただの風来坊に見える二柱が、目に見えぬ根底の部分ではしっかりしているということだろう。
「あとはやはり自己節制かしら。きちんと抑えるものは抑え、深夜のお茶会などで取りすぎたと思った時はその埋め合わせを 必ずする。
そうしていれば、体重が増えることなどありませんわ」
「な、なるほど」
なんだろう。今一瞬、物凄い空白の時間が間にあったように感じたのだが。突っ込んではいけないような気がする。
咲夜さんの首筋に、まるで12時間ぐらいサウナに入ってきた後のような脂汗が一筋浮かんでいるのも見ないフリだ。
一気に疲れたように見えるのも、見ないフリったら見ないフリだ。余計な突っ込みと発言は死を招くと学習したのだ。ついさっき。
「まあでも」
小脇にボードを挟みながら、咲夜が意味ありげな笑みを浮かべる。
「ウチには身体を動かすのに丁度いいのがいますわ。良かったら紹介してあげましょう」
・ ・ ・
「あなたが東風谷さんですか。よろしく。紅美鈴です」
「よろしく、美鈴さん。早苗でいいですよ」
咲夜に連れられてきたのは紅魔館の正門であった。
先ほどやってきた時にはいなかった、人の良さそうな女性に「少しこの子に付き合ってあげて」と言い残すと
咲夜自身は一瞬で掻き消えてしまった。おそらく本人も言ってた通り、この大きさの館のメイド長ともなれば、相当忙しいのだろう。
改めて目の前の彼女を見ると、一目でわかる武術を嗜んだ者特有の、内々に筋肉を秘めた体つきと、均整の取れた……一箇所だけ均整の取れてない身体。少し妬ましい。
「それじゃ早苗さん。さっそくですが一勝負といきますか?」
「えぇ!? 私、格闘術とかはさっぱりで……」
「ああ、違います。こっちのほうですよ。弾幕ごっこという奴ですか。私は余り得意な方ではないですけれど」
などといいながら、ぱらぱらー、と7色の宝石みたいな弾幕を出してみせる。
む。それならば。と早苗は少し気合を入れた。最近負けが込んでいたとはいえ、一応この身はれっきとした武神に仕える風祝。
ここらで一ついい所がなくては。
「…弾幕ごっこなら少し自信があります。そっちなら、そう簡単にはいきませんよ。東風谷早苗、参ります!」
「そうこなくては! ああ、ただ戦うだけではつまりませんね。何か賭けましょうか?」
「えっ?」
「そういえば私、お昼ゴハンがまだでして……。言い伝えによれば巫女は(性的な意味で)食べてもいい人種だとか」
こいつが元凶か。絶対負けられねぇ。
・ ・ ・
~~少女想像中~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
テーブルクロスのかかった机の上に置かれた白い花瓶
ややぼやけた視界の中で、花瓶に生けられた花々のうちの一つが
悲しげなBGMと共に、その蕾ごと、ぼたり、と堕ちる様をご想像ください
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~少女想像中~~~
・ ・ ・
「うぅ……ううぅ……」
「はー♪ ご馳走様でした♪」
30分後。そこにはさめざめと泣き崩れる風祝と、ご満悦の中国妖怪の姿があった。
「やっぱり初物はいいですねえ。特にこう、口をつけてすすった時に、喉奥にツルッと滑り込む瞬間の
味わいと喉越しが段違いですよ」
「ひっく……えぅぅ…」
「……なにかいけないことしてるような気分になるんで、お願いだからそろそろ泣き止んでくださいな…。
私のお昼の分の中華あげますから…大体、なんでお弁当持参な上にソバなんですか」
なんてことを言うのだこの中国は。ダイエット中とはいえ育ち盛りの少女に昼飯を抜けというのか。
それに諏訪といえば蕎麦だろう。新ソバは低カロリーでビタミンも豊富。ダイエットには最適なのだぞ。
そんなこともわからないとは。だから貴様は中国なのだ。
とりあえずと、彼女の昼食分からわけてもらった中華まんを頬張りながらさっきの戦闘を思い出す。
「……ずるいです。格闘戦じゃないっていったのに」
「いや、メインは弾幕ごっこだったじゃないですか!? たまに飛び蹴りとか混ぜただけで」
「…その『たまに』がずるいんです」
「ふむん」
美鈴、早苗共に被弾はしているものの、早苗の被弾は、ほぼ全て美鈴の突撃によるものだった。
それさえなければ私が勝っていたのに──と思うと釈然としない部分がある。
だが、そんな胸中を察するように、美鈴は静かに語りだした。
「早苗さん──。私を正当化するわけではありませんが『ずるい』というのは本当にそうなのでしょうか。
相手の意表をつき、おもいがけぬ手段で攻撃をするのは立派な戦術だとは思えませんか?
特にルールの原則は守り、そこからは決して外れていないとすれば尚更」
「それは、そうですけど……」
「そして、こんな格闘馬鹿の私でもスキをつける間隙があった……貴方の弾幕はちょっと正直すぎだったんです。
堅実なのも良いですが、あなたは意外性が足りない──」
それは自分でも常々思っていたことだ。だがどうすれば、というところまではいつも頭が回らないでいた。
そんな悩みを、この中国妖怪は一刀の元に切り捨てる。
「つまり、貴方は──常識に捉われすぎているんですよ!」
「な、なんと──!?」
ああ。それは待ち望んでいた一言だったのかもしれない。少なくとも凝り固まっていた早苗の何かを
突き動かす一言であったのは間違いなかった。変わってもいいんだよ。むしろ変わるべきだ。そう心の中で囁く
何かがその瞬間生まれたのだ。
恩師への尊敬にも似た目で見上げる早苗に、美鈴は微笑で頷き返す。新たな師弟の絆が誕生しつつある、そこへ
『警報──! 警報──! パターン『黒』! 侵入者です!』
「おいでなすったわね──。早苗さん、これ以上のお話は少し後です。まずはあの侵入者を迎え撃つ!」
見上げれば、そこには自分もお馴染みの黒白の姿。美鈴は大地に震脚を一つ。息吹を整えながら近づいてくるその姿を
普段の120%増しの凛々しさでもって見上げ、
「さあ、かかってきなさい、魔理沙! 今日の私は一味も二味も違g」
「──マスタースパーク!!」
ジュッ
・ ・ ・
「見ちゃった……人が燃えるトコ見ちゃった……ジュッっていってた……」
あっさり魔理沙が去って行った後に残ったのは、黒炭と化した人型オブジェ。
感動的なシーンの後だけに、早苗に新たなトラウマが植えつけられようとしていたが。
「いや、人じゃなくて妖怪ですしね。それに完全に燃えてませんって」
「ひいぃっ!?」
ぱらぱらっと黒炭が身を震わせ、中から中国妖怪が出現する。
「表面を気でコーティングしてるんで、その部分が炭化しただけですよ。や、化け物じゃないですからそんな怖がらないで下さいな」
さらりと無茶を言いながら、完全に黒炭を払い落とす。やや生地は傷んでそうだが服も無事だ。
「ソレは何より……ってなんなんですか、アレは!? あのソーラレイみたいなの!?」
「…? ソーラレイとやらが何なのかは知りませんが……マスタースパークですよ。…ひょっとして知らない?」
「は、はい」
何だあれは。新手の生身ガンダムか。あれに比べれば美鈴のとび蹴りなど可愛く見える。
彼女が守矢神社に殴りこみにきたときも、あんな物は使ってなかったように思う。そう話すと、
「マスタースパークのない魔理沙なんて、味噌の入ってない味噌汁、カツの乗ってないカツ丼みたいなもんですよ。
魔理沙といえばマスタースパーク。マスタースパークといえば魔理沙。そのぐらいの知名度だと思ってたんですけどねえ。
もしかして、早苗さん。貴方のところに霊夢や魔理沙が行ったとき、彼女達はスペルカード使わなかったんじゃないですか?」
「あ」
そこで早苗は初めて自分の抱いていた違和感に気づいた。日頃目にすることもある結界系の物はともかく、霊夢のスペカが異様に恐ろしく感じたこと。今の魔理沙のスペカが別次元に思えたこと。自分はそれまで彼女らのスペカをロクに見たこともなかったのだ。
あの騒動の時、既に始まる前から自分達は手加減されていた──!?
「そ、そんな……」
「魔理沙の場合は鬼畜ですよ。あれを同時に2本撃ったりしますからね」
「2本同時!?」
「さらにはファイナルスペルになると、今のを強引に大回転させたりとか」
「あれを大回転!?」
駄目だ。完全に自分の想像の限界を超えている。
余りの破天荒ぶりに、がっくりと膝をつきうなだれる。
敗北というのなら、早苗はこの瞬間に己の完全な負けを悟ったのだった。
だが。
「──強く、なりたい、です」
そのぽつりとつぶやいた言葉に、美鈴は、ほう、と半ば本気の敬意を交えた溜息をついた。
真の成長とは己の非力を認めることから始まる。
しかし負けを認めて、そのまま尻尾を丸めていたのでは負け犬である。
東風谷早苗は負け犬ではなかった。今は幼く弱くとも、最後には勝者足らんとする子犬であった。
「よくぞ申されました。この紅美鈴、及ばずながら貴方の力になりましょう!」
「美鈴さん! ありがとうございます! 私……私頑張ります!」
がっしりと手と手を握り合う、元黒炭妖怪と元ビビリ巫女。まるで20年前のスポ根ドラマのようなその絵に
「……なんでこんなことになってるのかしら」
仕事の合間に覗いてみたメイド長は人知れず溜息をついた。
・ ・ ・
そして、それからも特訓は続く。
「違う! もっと避けづらい弾幕をイメージしなさい! 己の常識を打破するんです!」
「避けづらい……好んでしまうから避けたくない…スイーツ(笑)! スイーツ(笑)なんてどうでしょう!」
「それだけじゃただのパクリです! オリジナル要素を!」
「ス、スーパー、ウルトラ……ミラクル! ミラクルスイーツ(笑)!」
「その調子です! しかしそれでは個性がない! もっと自分をアピールするんです! 東風谷早苗といえば
このスペカと言われるぐらい強烈なインパクトを!」
「スイーツの代わりになるもの……甘くて人気で…フルーツ(笑)! ミ、ミラクルフルーツ(笑)!」
「自分のスペカを恥ずかしがってどうするんですか!」
「ミラクルフルーツ(笑)!」
「(笑)はいらない!」
「ミラクルフルーツっ!」
守矢の2神と紅魔館の主の許しを得た上で、それからというもの、早苗は美鈴と朝から特訓を行い
昼食を二人でとってまた夕方まで特訓という日々を送った。
だが早苗はまだ知らない。
友情の証として分け合っているお弁当──美鈴お手製の分は、一見普通の中華料理だが、
侵入の度に魔理沙には燃やされ、居眠りすればメイド長のナイフが刺さり、何かの手違いでナイフが刺さるのを
ものの5分で完全復活するこの健康優良妖怪の消費カロリーに見合った特別製であり、
ダイエットという早苗の原初の目的とは遠く離れた物であった。
だが、特訓に次ぐ特訓のせいで、徐々に絞られていく身体を感じている早苗は毛ほども気づかず。
早苗がその事実を知るのは特訓の日々が終わる遠い先のことである。
そんな無駄な回り道を驀進していった結果──
・ ・ ・
祝! 東風谷早苗、次回作の自機に決定!
そのニュースが飛び込んできたとき、守矢神社ではお祭り騒ぎのような様相を見せていた。
神奈子は御神酒の大樽を割り、その淵で年甲斐もなく器用にフラメンコを踊り始め、諏訪子は更にその肩の上で万国旗マジックなぞをやっていた。
もちろんどこに出しても恥ずかしい酔っ払いどもである。
「あやややや、まずは自機決定おめでとうございます!東風谷さん! まずは一言!」
「あ、ありがとうございます。まだまだ未熟者ですが精一杯努めさせていただきます」
「しゃなえはー、未熟者なんからないろー!完熟らぞー!」
「そうらー! 熟れ熟れらろー!」
「シャラップ酔っ払いども! 話が進みません! 東風谷さん、今回の大抜擢にあたっての一番の要因はなんだったと思いますか?」
「新しいものを、変化を求める心が大事にされたということではないかと思います。私はこの幻想郷にきて、
常識に捉われないということが何より大事だということに気づかされました。そして強くなろうと思ったんです」
「ほうほうほう。なかなかに興味深い話ですね。ではまず、その強くなろうと考えたきっかけとやらから伺いましょうか──」
・
・
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…トントン… トントントントントントントントン…
「誰ぇ~?こんな真夜中に人の家の戸をノックするのは…」
「あなたの知り合いじゃないの…?私の知り合いにはそんな非常識な人いないし…」
「私だっていないわよ…とにかくどっちか出ないと」
「それじゃ、じゃんけんぽん…はい穣子、あなたの負けね。おやすみなさい」
「うぇえ、眠い……。大体ノックって数回が基本でしょう……?
何回も何回も繰り返すのってどういう意味なんだろうね…。
はいはい、今開けますよー…。どちら様…?」
ガチャ
早苗さんが常識にとらわれなくなったのは美鈴のせいかw
あれ?じゃあひょっとしてお嬢様のアレも美鈴かr(ry
とりあえず秋姉妹に合掌。鬼巫女マジ怖いっすw
でも、早苗さんのサクセスストーリーも凄いですよね。3作連続出演ってw
美鈴師匠の掛け声は「Jaoooooooo!!」ですね、わかります。
1000点もいけばさぞ晩酌がうまかろう、と思っていたぐらいですが
思いがけずその倍以上も評価していただけて、大して飲めもしないくせに
まさに酒ウマ状態!と有頂天になっております。言い換えるとただの下戸の呑んだくれですね。
>>24様
出所はたぶん同じだと思いますw 私は某フランケンシュタインから教えてもらいました。
……で、気になって読み返してみたら大ポカをしでかしていたのを発見。当該箇所を微妙に修正しました。
貴方のレスがなければ多分気がつきませんでした。ありがとうございます。