一人の少女が暗い夜道を歩いていた。
街灯はどれも頼りなく、申し訳程度に明かりを提供している。
この時間に、外を出歩く人間はほとんどいない。
だから、少女は誰もいない街をただ一人、静かに歩いていた。
自分の靴が地面を叩く音だけが響く静かな夜。
汚れた服と靴、乱れた髪、少女が堂々と街を歩けるのはこんな時だけだ。
誰もいない街はこんなに静かなのかと少女は感心していた。
どこを目指すでもなく、ただただ静かで暗い不思議な街を楽しんでいた。
「ごきげんよう」
不意に声をかけられ、驚き立ち止まる。
振り向けば、暗闇に映える、美しく綺麗な紅いドレスを纏った少女がいた。
「こんな夜中にどこへいくのかしら」
紅い少女は優しく笑いかける。
どうやら恐ろしい人ではないようだと知り、胸を撫で下ろした。
ほっと一息ついて紅い少女の問いかけに答える。
「どこかへ行こうと言うわけではありません。
ただ、こうして夜道を歩くのが楽しくて、変ですよね」
「いいえ、おかしくなんてないわ。
私も夜道を歩くのは好きよ。 昼間のように無遠慮なやつもいないからね」
賛同を得て、少女は不思議な高揚感に包まれた。
まるで子供の頃に絵本を読んだ時のように、
現実と幻想を行き来するような、おかしな感覚に。
それを感じ取ったのか、紅い少女は笑みを浮かべて少女に手を伸ばした。
「そうだわ、一緒に行かないかしら?
一人で歩くのも物騒だし、二人で歩く方が楽しいわよ」
屈託の無い、天使の様な笑顔に吸い込まれるように少女は手を伸ばした。
手を受け取ると、紅いドレスの少女はそのドレスよりも紅い紅い瞳を輝かせた。
二人の少女が暗い夜道を歩いていく。
街灯は少しずつ減っていき、月明かりでようやく建物の影が見えるほどだ。
「やっぱり夜はいいわね。 余計なものが全然いない」
紅いドレスを楽しげに、ふわふわとなびかせて少女は歩く。
少女はただその様子をじっと見つめてついて行く。
嬉しそうな少女を見ていると、なんだか自分まで気分が良くなっていく。
「ねぇ、貴方はそう思わない?」
「え?」
紅い瞳が少女を捉える。
星空のように輝く瞳は、とても幻想的な光を放っていた。
それに引き寄せられるように少女は答えた。
「……私も……そう思います」
「そう、よかったわ」
「貴女も私と同じね」
不気味な感覚が肌を刺した。
無意識の内に、危険を感じていた。
慌てて紅い少女から離れる。
白い肌を汗が伝う。
まるで目の前に剣を突きつけられたように思えた。
「あら、どうかしたのかしら」
正体の見えない恐怖に脅されて、思わず声を上げる。
「貴方、誰?」
「私は私よ、他の誰でもないわ」
何も恐れぬ強い意志を感じる瞳が少女を貫く。
「貴方は何なの?」
「何? 面白いことを聞くわね。 そうねぇ、強いて言うなら」
正体不明の紅い声。
気づいた時には少女も闇も切り裂かれていた。
「夜の王、かしら」
少女は驚き、声を失っていた。
夜の王は少し残念そうに呟く。
「……所詮は人間ね、こんなことで怖気づいて。
まぁいいわ、久しぶりに好物にありつけることだし」
ため息をついて、再び少女に向き直る。
そこには倒れた少女が横たわっている。
はずだった。
「……あら、すごいわね」
血を吸い上げてドレスが紅く染まっていく。
鋭く尖った刃先の先から溢れるように紅が流れていく。
「当たり前です。 こんな時間に外をうろつくのは貴方のような化け物しかいないわ」
白い肌を紅が伝う。
鮮やかな返り血を浴びて、少女の服もまた紅く染まっていた。
「そうね、でも、貴女がそれを言えるのかしら」
少女は口をつぐむ。
ただ握った刃物に力をこめた。
「貴女、誰?」
勢いよく引き抜くと、肉がちぎれる音を上げながら血を撒き散らす。
間髪をいれずに切っ先がもう一度紅を貫く。
「貴女は何なの?」
「私は! ……私は……」
少女の顔にかげりが見える。
その感情の機微を夜の王は見逃さない。
背中を貫く痛みを引き裂いて、紅に染まった体を黒い羽が引き裂く。
「私は? 何なの、言って御覧なさい」
血に塗れた紅い指で少女を指す。
紅い指に、紅い瞳に、捕まれた少女は声を上げた。
「私は……何者でもないわ。
私は、この力で、ただ貴方のような者を追い続けるだけの存在よ」
少女は光より速く現れ、紅い指をはねる。
目の前で煌く刃、それを見て、また紅い笑みが零れる。
「そう、貴女もそういう存在なのね。
私と変わらない化け物、どうせ親の顔すら知らない可哀想な」
「黙れ!」
笑みを裂くように、怒りに任せて激情を突き立てる。
それは精一杯の抵抗。
化け物でない確証などどこにもない少女にとって、
その化け物に相対するしか自分を繋ぎ止める手段は無かった。
「私は、化け物とは、違うわ」
自分は間違いなく人間である。
そう思い込むしか、か弱い少女には選択肢はなかった。
「くだらない」
「まだ生きて……」
慌てて突き刺した刃を手に取ろうとする。
だが夜の王はそれを許さない。
向かってくる手を掴み、首を取った。
「ぐ……う……」
「人間に拘るなんて、くだらない考えよ。
貴女は実質私と何も変わらない、そうじゃない?」
「違う……私は……」
紅く染まった手に冷たい物が落ちてきた。
紅く塗れた頬を伝う、紅い涙。
「ふむ……なら貴女、私の家族にならない?」
「え……?」
首を握る手の力を緩め、少々乱暴に地面に降ろした。
「貴女が何でもないのなら、何にでもなれるってことよ。
それなら、私の家族になっても何の問題もないじゃない」
思わぬ提案に少女は目を白黒させた。
だが、すぐに首を振った。
「私は人間よ、化け物にはならない!」
「なら人間のままで構わないわ」
「えっ」
少女は驚いた。
今まで聞いたどれとも違うその言葉に。
悪魔の誘惑とも、人間の偏見とも違うその言葉に。
「人間のままでいい、私の家族にならないかしら。
別に取って食おうってわけじゃないわ、ただ側にいるだけで……
そうね、少し身の回りの世話でもしてくれればそれ以上は望んだりしない」
最初に会った時と同じ、優しい微笑みを浮かべていた。
それは、少女がまだ感じたことのない温かさだった。
「私でも……私なんかでも……いいんですか?」
その温かさに触れたいと、少女は手を伸ばす。
それをしっかりと握り締めて、もう一度笑みを浮かべた。
「もちろんよ」
「あ、そう言えば名前を聞いていなかったわ。
私はレミリア=スカーレット、貴女はなんて言うのかしら」
質問に少女はぎくりと体を硬直させた。
しばらく何かを考えていたが、やがて観念したように答える。
「その……私は、ですね……名前、ないんです」
「名前が無い? まぁ、大変だったみたいだしそんなこともあるわね。
名は体を表す、名前が無ければ何者でもないのは当然だわ。
名前をつけられることによってこの世のすべては意味を持つ、名前は重要よ」
したり顔でレミリアは名前の重要性を説く。
だが、名前を呼ぶような経験のない少女にはその話がいまいち理解できない。
少女は、その身にはあまりに大きすぎる能力のせいで、酷くか弱く育ってきたからだ。
不安な表情を見せる少女に気づき、レミリアは笑ってみせる。
「心配する必要はないわ、名前が無いならつければいいのよ。
そうすれば貴女は貴女になる、晴れて私の家族になるの。
そうなったら私が名付け親ね、お母さんって呼んでもいいわよ」
「お、お母さんですか……あっ」
気が抜けたせいか、足がもつれ、少女は地面に倒れこんだ。
それを心配して、レミリアは少女に駆け寄った。
「あら、大丈夫? 本当に子供みたいね、ふふ」
「すみません……」
申し訳無さそうに、恥ずかしさを隠すように、少女は笑って見せた。
「いいのよ、気にすることはないわ。
それにしてもずいぶんと古い靴ね、歩きにくくないの」
少女はまた気まずそうに答えを濁す。
だが、今度は安心しきった、甘える子供のように迷い無く答えた。
「服も、靴も、拾ったようなものですから」
「そう、じゃあ私の靴を貸してあげるわ、服もね」
「そんな、迷惑です!」
思わぬ返答に少女は驚いた。
綺麗なドレスが似合うこの少女とは違い、自分はみすぼらしい格好だ。
それに、この人にこんなみすぼらしい物を着てもらいたくない。
だがレミリアは強い口調で返す。
「迷惑も何も、私たちは家族よ、困ってる家族をこのままにしては置けないわ」
「……ありがとうございます」
少女は、ただただ尊敬と感謝の念を抱いた。
二人は暗い路地の裏へと入っていく。
少女にとって、この狭く暗い路地の裏は、
服を汚して、髪を乱して必死に生きる場所だった。
それが、こんな綺麗なドレスを身に纏うことができるなんて、信じられなかった。
「はい、これを着なさい。 私は貴女のそれで我慢してあげる」
「すみません……何から何まで」
「いいのよ、これくらい……って貴女! 下着もつけてないじゃないの!」
思わず顔を真っ赤にして声を上げる。
だが少女にはその理由がわからない。
彼女にとって下着などつける機会も無く、つける理由もわからなかった。
「その、すみません、知らなくて……」
「まったく、そんなんじゃあ駄目よ、可憐な淑女は下着にも気を使うものよ。
まぁ知らないなら何を言っても仕方ないわね、これもあげるわ」
「これも、履くんですか?」
「そうよ、人の履いたのなんて本当はいやでしょうけど、仕方ないわ。
屋敷に戻れば替えもあるし、とりあえず貴女がつけてないのは色々危ないわ」
「すみません……」
「ま、何はともあれ、似合ってるわよ」
「ありがとうございます」
暗闇に映える、綺麗な紅いドレス。
それを見に包んだ少女は見違えるように美しい。
まるで欠けた月が満月になったように、少女に欠けていた何かが満たされていた。
「そうだわ、貴女は満月よ」
「満月……ですか?」
突然発した言葉に理解が追いつかず、少女は聞き返す。
一方のレミリアはうんうんと頷いて何かを心得たような面持ちでいた。
「そうよ、今までの貴女は何者でもない、欠けた月。
でも今の貴女は違う。 私の家族としてここにいる、真の満月よ。
そうだわ、名前も満月……じゃ、ひねりが無いわね。
えーっと、十五夜お月様……十六夜! これ! 十六夜の昨夜、イザヨイサクヤ!」
「いざよいさくや……?」
レミリアは優しい笑みを浮かべて名前を呼んだ。
「今日からの貴女の名前よ、十六夜咲夜、私の家族」
「さくや……十六夜、咲夜……私の名前……」
「どう?」
「……ありがとう……ございます……」
レミリアは、ただただ泣くばかりの少女を、新しい家族、咲夜をそっと抱きしめた。
「あの時のドロワーズ……今でも大事に履いています。
それは私が○歳で初めて感じた家族の温もり、片時も忘れたことはありません。
あのような素晴らしいものをいただける私は特別な存在なのだと思いました。
今では私が履いて温めておいたドロワーズをお嬢様に差し上げています。
なぜならお嬢様こそが、私にとって特別な存在なのですから」
―― 文々。新聞、特別企画『主従の絆を知る』第一号より ――
街灯はどれも頼りなく、申し訳程度に明かりを提供している。
この時間に、外を出歩く人間はほとんどいない。
だから、少女は誰もいない街をただ一人、静かに歩いていた。
自分の靴が地面を叩く音だけが響く静かな夜。
汚れた服と靴、乱れた髪、少女が堂々と街を歩けるのはこんな時だけだ。
誰もいない街はこんなに静かなのかと少女は感心していた。
どこを目指すでもなく、ただただ静かで暗い不思議な街を楽しんでいた。
「ごきげんよう」
不意に声をかけられ、驚き立ち止まる。
振り向けば、暗闇に映える、美しく綺麗な紅いドレスを纏った少女がいた。
「こんな夜中にどこへいくのかしら」
紅い少女は優しく笑いかける。
どうやら恐ろしい人ではないようだと知り、胸を撫で下ろした。
ほっと一息ついて紅い少女の問いかけに答える。
「どこかへ行こうと言うわけではありません。
ただ、こうして夜道を歩くのが楽しくて、変ですよね」
「いいえ、おかしくなんてないわ。
私も夜道を歩くのは好きよ。 昼間のように無遠慮なやつもいないからね」
賛同を得て、少女は不思議な高揚感に包まれた。
まるで子供の頃に絵本を読んだ時のように、
現実と幻想を行き来するような、おかしな感覚に。
それを感じ取ったのか、紅い少女は笑みを浮かべて少女に手を伸ばした。
「そうだわ、一緒に行かないかしら?
一人で歩くのも物騒だし、二人で歩く方が楽しいわよ」
屈託の無い、天使の様な笑顔に吸い込まれるように少女は手を伸ばした。
手を受け取ると、紅いドレスの少女はそのドレスよりも紅い紅い瞳を輝かせた。
二人の少女が暗い夜道を歩いていく。
街灯は少しずつ減っていき、月明かりでようやく建物の影が見えるほどだ。
「やっぱり夜はいいわね。 余計なものが全然いない」
紅いドレスを楽しげに、ふわふわとなびかせて少女は歩く。
少女はただその様子をじっと見つめてついて行く。
嬉しそうな少女を見ていると、なんだか自分まで気分が良くなっていく。
「ねぇ、貴方はそう思わない?」
「え?」
紅い瞳が少女を捉える。
星空のように輝く瞳は、とても幻想的な光を放っていた。
それに引き寄せられるように少女は答えた。
「……私も……そう思います」
「そう、よかったわ」
「貴女も私と同じね」
不気味な感覚が肌を刺した。
無意識の内に、危険を感じていた。
慌てて紅い少女から離れる。
白い肌を汗が伝う。
まるで目の前に剣を突きつけられたように思えた。
「あら、どうかしたのかしら」
正体の見えない恐怖に脅されて、思わず声を上げる。
「貴方、誰?」
「私は私よ、他の誰でもないわ」
何も恐れぬ強い意志を感じる瞳が少女を貫く。
「貴方は何なの?」
「何? 面白いことを聞くわね。 そうねぇ、強いて言うなら」
正体不明の紅い声。
気づいた時には少女も闇も切り裂かれていた。
「夜の王、かしら」
少女は驚き、声を失っていた。
夜の王は少し残念そうに呟く。
「……所詮は人間ね、こんなことで怖気づいて。
まぁいいわ、久しぶりに好物にありつけることだし」
ため息をついて、再び少女に向き直る。
そこには倒れた少女が横たわっている。
はずだった。
「……あら、すごいわね」
血を吸い上げてドレスが紅く染まっていく。
鋭く尖った刃先の先から溢れるように紅が流れていく。
「当たり前です。 こんな時間に外をうろつくのは貴方のような化け物しかいないわ」
白い肌を紅が伝う。
鮮やかな返り血を浴びて、少女の服もまた紅く染まっていた。
「そうね、でも、貴女がそれを言えるのかしら」
少女は口をつぐむ。
ただ握った刃物に力をこめた。
「貴女、誰?」
勢いよく引き抜くと、肉がちぎれる音を上げながら血を撒き散らす。
間髪をいれずに切っ先がもう一度紅を貫く。
「貴女は何なの?」
「私は! ……私は……」
少女の顔にかげりが見える。
その感情の機微を夜の王は見逃さない。
背中を貫く痛みを引き裂いて、紅に染まった体を黒い羽が引き裂く。
「私は? 何なの、言って御覧なさい」
血に塗れた紅い指で少女を指す。
紅い指に、紅い瞳に、捕まれた少女は声を上げた。
「私は……何者でもないわ。
私は、この力で、ただ貴方のような者を追い続けるだけの存在よ」
少女は光より速く現れ、紅い指をはねる。
目の前で煌く刃、それを見て、また紅い笑みが零れる。
「そう、貴女もそういう存在なのね。
私と変わらない化け物、どうせ親の顔すら知らない可哀想な」
「黙れ!」
笑みを裂くように、怒りに任せて激情を突き立てる。
それは精一杯の抵抗。
化け物でない確証などどこにもない少女にとって、
その化け物に相対するしか自分を繋ぎ止める手段は無かった。
「私は、化け物とは、違うわ」
自分は間違いなく人間である。
そう思い込むしか、か弱い少女には選択肢はなかった。
「くだらない」
「まだ生きて……」
慌てて突き刺した刃を手に取ろうとする。
だが夜の王はそれを許さない。
向かってくる手を掴み、首を取った。
「ぐ……う……」
「人間に拘るなんて、くだらない考えよ。
貴女は実質私と何も変わらない、そうじゃない?」
「違う……私は……」
紅く染まった手に冷たい物が落ちてきた。
紅く塗れた頬を伝う、紅い涙。
「ふむ……なら貴女、私の家族にならない?」
「え……?」
首を握る手の力を緩め、少々乱暴に地面に降ろした。
「貴女が何でもないのなら、何にでもなれるってことよ。
それなら、私の家族になっても何の問題もないじゃない」
思わぬ提案に少女は目を白黒させた。
だが、すぐに首を振った。
「私は人間よ、化け物にはならない!」
「なら人間のままで構わないわ」
「えっ」
少女は驚いた。
今まで聞いたどれとも違うその言葉に。
悪魔の誘惑とも、人間の偏見とも違うその言葉に。
「人間のままでいい、私の家族にならないかしら。
別に取って食おうってわけじゃないわ、ただ側にいるだけで……
そうね、少し身の回りの世話でもしてくれればそれ以上は望んだりしない」
最初に会った時と同じ、優しい微笑みを浮かべていた。
それは、少女がまだ感じたことのない温かさだった。
「私でも……私なんかでも……いいんですか?」
その温かさに触れたいと、少女は手を伸ばす。
それをしっかりと握り締めて、もう一度笑みを浮かべた。
「もちろんよ」
「あ、そう言えば名前を聞いていなかったわ。
私はレミリア=スカーレット、貴女はなんて言うのかしら」
質問に少女はぎくりと体を硬直させた。
しばらく何かを考えていたが、やがて観念したように答える。
「その……私は、ですね……名前、ないんです」
「名前が無い? まぁ、大変だったみたいだしそんなこともあるわね。
名は体を表す、名前が無ければ何者でもないのは当然だわ。
名前をつけられることによってこの世のすべては意味を持つ、名前は重要よ」
したり顔でレミリアは名前の重要性を説く。
だが、名前を呼ぶような経験のない少女にはその話がいまいち理解できない。
少女は、その身にはあまりに大きすぎる能力のせいで、酷くか弱く育ってきたからだ。
不安な表情を見せる少女に気づき、レミリアは笑ってみせる。
「心配する必要はないわ、名前が無いならつければいいのよ。
そうすれば貴女は貴女になる、晴れて私の家族になるの。
そうなったら私が名付け親ね、お母さんって呼んでもいいわよ」
「お、お母さんですか……あっ」
気が抜けたせいか、足がもつれ、少女は地面に倒れこんだ。
それを心配して、レミリアは少女に駆け寄った。
「あら、大丈夫? 本当に子供みたいね、ふふ」
「すみません……」
申し訳無さそうに、恥ずかしさを隠すように、少女は笑って見せた。
「いいのよ、気にすることはないわ。
それにしてもずいぶんと古い靴ね、歩きにくくないの」
少女はまた気まずそうに答えを濁す。
だが、今度は安心しきった、甘える子供のように迷い無く答えた。
「服も、靴も、拾ったようなものですから」
「そう、じゃあ私の靴を貸してあげるわ、服もね」
「そんな、迷惑です!」
思わぬ返答に少女は驚いた。
綺麗なドレスが似合うこの少女とは違い、自分はみすぼらしい格好だ。
それに、この人にこんなみすぼらしい物を着てもらいたくない。
だがレミリアは強い口調で返す。
「迷惑も何も、私たちは家族よ、困ってる家族をこのままにしては置けないわ」
「……ありがとうございます」
少女は、ただただ尊敬と感謝の念を抱いた。
二人は暗い路地の裏へと入っていく。
少女にとって、この狭く暗い路地の裏は、
服を汚して、髪を乱して必死に生きる場所だった。
それが、こんな綺麗なドレスを身に纏うことができるなんて、信じられなかった。
「はい、これを着なさい。 私は貴女のそれで我慢してあげる」
「すみません……何から何まで」
「いいのよ、これくらい……って貴女! 下着もつけてないじゃないの!」
思わず顔を真っ赤にして声を上げる。
だが少女にはその理由がわからない。
彼女にとって下着などつける機会も無く、つける理由もわからなかった。
「その、すみません、知らなくて……」
「まったく、そんなんじゃあ駄目よ、可憐な淑女は下着にも気を使うものよ。
まぁ知らないなら何を言っても仕方ないわね、これもあげるわ」
「これも、履くんですか?」
「そうよ、人の履いたのなんて本当はいやでしょうけど、仕方ないわ。
屋敷に戻れば替えもあるし、とりあえず貴女がつけてないのは色々危ないわ」
「すみません……」
「ま、何はともあれ、似合ってるわよ」
「ありがとうございます」
暗闇に映える、綺麗な紅いドレス。
それを見に包んだ少女は見違えるように美しい。
まるで欠けた月が満月になったように、少女に欠けていた何かが満たされていた。
「そうだわ、貴女は満月よ」
「満月……ですか?」
突然発した言葉に理解が追いつかず、少女は聞き返す。
一方のレミリアはうんうんと頷いて何かを心得たような面持ちでいた。
「そうよ、今までの貴女は何者でもない、欠けた月。
でも今の貴女は違う。 私の家族としてここにいる、真の満月よ。
そうだわ、名前も満月……じゃ、ひねりが無いわね。
えーっと、十五夜お月様……十六夜! これ! 十六夜の昨夜、イザヨイサクヤ!」
「いざよいさくや……?」
レミリアは優しい笑みを浮かべて名前を呼んだ。
「今日からの貴女の名前よ、十六夜咲夜、私の家族」
「さくや……十六夜、咲夜……私の名前……」
「どう?」
「……ありがとう……ございます……」
レミリアは、ただただ泣くばかりの少女を、新しい家族、咲夜をそっと抱きしめた。
「あの時のドロワーズ……今でも大事に履いています。
それは私が○歳で初めて感じた家族の温もり、片時も忘れたことはありません。
あのような素晴らしいものをいただける私は特別な存在なのだと思いました。
今では私が履いて温めておいたドロワーズをお嬢様に差し上げています。
なぜならお嬢様こそが、私にとって特別な存在なのですから」
―― 文々。新聞、特別企画『主従の絆を知る』第一号より ――
しかし、夜とはいえ道の真ん中で着替えたのかおぜうさまたちは?
たぶんオチでくるんだろうなぁと分かっていたのに、
それでも吹いてしまいました
どれだけ物持ちがいいと w
『ドロワとかいうからギャグだと思って読んでたら、いつの間にか感動していた』
な何言ってるのかw(ry
イイハナシダナーの感触が強すぎてオチが笑いどころに見えなくなってしまったのはどうしてなんだろう…ww
得体の知れない恐ろしいインパクトに敬意を表してこの点数を。
そんでもって一通り読み終わりイイハナシダナーってコメしようと思ったけど1回止まってもう1回最後のオチ見たけどやっぱりいい話だったからイイハナシダナー
嘘だよっ!!!!
作者さん脳みそ逝かれポンチwww←誉め言葉