「よ~し! ゆかりんの『スキマ酒』、いっきま~すっ!!」
「スキマ酒!! スキマ酒入りました~!」
「「喜んでー!!」」
酒気も上々、宴会は姦し賑やかに。まるで空気そのものが酒を呷り、酔い騒いでいるかのよう。酒の肴は頬を桃色に染めた紫さま、随分と楽しそうに宴を盛り上げている。橙は自分の膝を枕に眠っている。時々撫でてやると、ゴロゴロと気持ちよさそうに喉を鳴らすのだ。
人も妖怪も、共に酒盃を交わす夢のような光景が目の前にある。もうしばらくは、このまどろみに身をゆだねていても罰は当たるまい。幻想郷の閻魔も酒心地に部下を侍らせているではないか。
不意に、ぶるりと背筋を冷たいモノが走る。
酔いの回る頭では、その悪寒が何モノであるか理解するのに若干の時間を有した。殺気……、ではない。自身の内側から溢れてくるものだ。吐き気……、違う。身体はふわふわぽわぽわと心地よい。橙が膝に頭をすり寄せてきて再びぶるり、悟った。
……おしっこ。
所謂、尿意である。酒を飲むと近くなると言うが、そういえば宴会が始まってから一度も御不浄に立っていない。坂を転がり落ちる蹴鞠のように、意識してしまうと尿意はどんどん高まるばかり。橙がすり寄る行為にさえ刺激されてしまう。坂道を転がる蹴鞠と、追いかける橙を幻視してみたがなんの意味ももたらさなかった。もはや我慢も通り越し、八雲藍を護る結界は決壊寸前。
橙を起こしてしまう懸念もあったが、ここで粗相をしてしまうワケにもいくまい。座布団を自分の膝の高さまで積み上げると、橙の頭をそっとずらす。橙は「藍さま~」なんて呟きながら自分の指をちゅぱちゅぱと吸っている。その様子に頬が緩む。まだまだ橙も子供だ、自分がキチンと導いてやらないと。橙の頭をもう一度撫でて、そっと席を立つ。
「……寒っ」
酒気の篭る部屋から一歩踏み出すと、身も凍るような冷気が自分と、自分の膀胱を襲う。御不浄は離れに設置されている。穢れを嫌う神社ならではの計らいである。しかし、謂れのある住宅設計も、藍には煩わしいものでしかなかった。
薄暗い廊下をペタペタ、ヒタヒタと歩いていくと、なにやら前方に人影が見える。自分と同じく御不浄に立ったものだろう、歩きながら道を譲るために右側へ動いた。前方の人物も同じことを思ったようで、左側へ動く、譲り合いの精神だ。良哉、良哉。とは言え、このままではぶつかってしまうので反対側へと身体を移動させた。影も自分と同じ方向へと身体を移動させる。良くあることだ。立ち止まって声をかけ、相手が通り過ぎるのを待つことにする。
「ヤアヤア、お先にどうぞ」
影はピクリとも動かなかった。やや遅れて、「ヤアヤア、お先にどうぞ」と同じように声が返ってくる。自分はからかわれているのだろうか。声を張り上げて再び呼びかける。
「いやいや、貴方こそ先に行くべきだ。我こそは境界を操る大妖怪、八雲紫さまにお仕えし、恐れ多くも八雲の名を頂戴した式、八雲の藍。大妖怪の式ともあろうものが、我先に、などというわけにもいきますまい。さぁ、先にお通りください」
宴会の参加者ならば、八雲の名を出して反応しないものは居ないはずだ。しかし、声はむなしく薄暗い回廊に反響してゆくばかり。……宴会の参加者ではない。つまり、得体の知れない人妖が博麗神社に忍び込んでいる、ということになる。奇怪なる目の前の影、自分と同じ動作を繰り返すその影に、一つ、心当たりがあった。
曰く、幽谷響である。
大分昔の話だが、紫さまから聞いたことがある。鋭い牙を持つ獣の妖怪。言霊を真似る妖怪。自ら関わろうとしなければ人畜無害の妖怪である。……しかし、決して彼の妖怪の言葉に耳を傾けてはいけない。返答をしてはいけない。返答すれば喉を潰され、魂を貪り食われてしまう。唯一つ、対処する方法は沈黙を守ること。黙して語らなければ、彼の妖怪も諦めて姿を消してしまう。はたと気がつく。……いや、待て。先ほど自分は返答してしまったではないか。気がつけば目の前の影は低いうなり声を上げていた。白い牙が時折キラリと顔を覗かせる。今、まさに、輝く切っ先が喉元に喰らいつかんとしている。言葉で説得しようにも同じ言葉を返されてしまうだけ、さりとてあの牙の餌食になるわけにもいくまい。既に戦いを避ける術は無かった。
ならばこそ、『八雲に牙を剥く』と言うことが、どんなに愚かなことなのか、深く魂に刻んでやる必要がある。二度とこんな悪さなど出来ぬように、八雲に仇なす者全てを駆逐するが我が使命。
彼の者よりも鋭き牙を、彼の者よりも硬き爪を、深く食い込ませ、引き裂き、四肢を散らして臓腑を抉り出してくれようぞ。
「いざ、参る!!!」
◇ ◇ ◇
翌日、大きな姿見から生えた九つの尻尾を見て、皆一様に首をかしげたと言う。
酔っていてそうなったのかそれとも御不浄に行きたいから
焦っていた解らなかったのか……。
それと橙の可愛らしさは十分に伝わってきたのですけど、
話としては……申し訳ないけど、悪くは無くても面白いとは
思えませんでした。
結局藍さま、トイレは?
狙った所は面白いと思うんですけど、ちょっと半端。
もっとやれ。
結局、藍はトイレ行けてなくないかw