注意書き
このSSには日本語しか話せない作者が、翻訳サイトを使って頑張って訳した外国語が多く使用されています。
それらの言語に精通している方は、どうか広い心でもって読み進めてくださるようお願いします。
自分にその余裕が無いと自覚する方は、精神安定上読むのをお控えください。
勝手なお願いではありますが、どうかよろしくお願い致します。
あと、環境によっては文字化けするかもしれません。ご容赦ください。
悪いことをしてはいけないよ。神様はいつだって見てるんだから。
これを言われたのは私がまだ幼い子供だった頃。まだ私が『十六夜 咲夜』で無かった頃。
誰に言われたのかは覚えてない。私の能力を恐れ我が子を見捨てた親か。それとも私を化物のように扱った他の大人か。
私は最初からそんなものを信じていなかった。
もし、本当にそんな神がいるなら、同じ人間である私を差別・迫害するあいつらはどうなる。あれは悪いことではないというのか。
神が見てるからなんだというんだ、神の裁きでも下るというのか。そのような事、一度も見たことがない。
私は周りから悪魔と呼ばれ育った。悪魔ならいいのか、人間じゃなければどんな扱いをしてもいいのか。下らない。
私は故郷を離れた。私の故郷は、はるか北方にある陸の孤島とも言ってもいい山奥の田舎町。冬は一面の深い雪に閉ざされるその地で、爪弾きにあった者にどのような末路が待っているかなんて、子供の私でも容易に想像できたからだ。
運良く私はその能力を買われ、吸血鬼ハンターの一団に拾われることとなり、野垂れ死にを逃れることができた。
それから紆余曲折あり、今の主人であるレミリア様と出会い、私は幻想郷にある紅魔館のメイドとして人生を再スタートさせることとなった。
神を信じよと言われた私が、今や悪魔の狗だ。これほどの皮肉が他にあるだろうか。
「さくやー、お腹がすいたわー。今夜のご飯なにー?」
「はい、今日は里で茗荷が安く買えたので、山菜の天麩羅にしようかと考えてます」
「ミョウガ? それって美味しいの?」
「はい、天麩羅の他にもお味噌汁にいれても美味しいですよ」
「ふーん。じゃあ明日の朝は味噌汁に入れて頂戴」
「かしこまりました、お嬢さま」
しかし、今の私は幸せだ。人間達に囲まれた故郷よりもずっと。
ここにいるのは悪魔、魔女、妖怪。いずれも神に仇なす魔物として教えられてきた者ばかりだ。
だが、見ているだけで何もしない偉そうな神より、私はこっちの方がいい。ここではお嬢様のお眼鏡に適えば人間だろうが妖怪だろうが受け入れてくれる。差別と偏見に満ちた人間の口先だけの平等がなんと空しく聞こえることか。
私の居場所はここだ。この肉体が朽ちて消え去るその日まで。
「あー美味しそうな匂い! 今日のご飯はなんですかー?」
「茗荷の天麩羅だそうよ。美鈴は食べたことある?」
「ええもう絶品ですよ」
「へえ、四足は椅子と机以外なんでも食べる国民が言っても、いまいち信憑性がないけど」
「失礼な! その気になれば椅子でもダンボールでも食べれます!」
「突っ込むところはそこなのね……」
「繊維質です!」
「わーいご飯だご飯だー! お姉様、早く食べようよー」
「パチュリー様、みんなもう集まってますよ! ほら急いで! 本は読まない!」
「むきゅー……」
夕飯の匂いに誘われて、館の住人が続々と厨房に集まってくる。
その様子を見て、私の口元に自然と笑みが零れる。
守るべき相手に、信頼し合える仲間。私には永遠に得られないと思っていたものがここにはあるのだ。
「いっただっきまーす!」
「こら、フラン。和食を食べるときはちゃんと箸を使いなさい」
「えー、だって難しいんだもん」
「美鈴を見なさい。達人レベルになれば箸でお茶を飲めるようになるのよ」
「はっはっは、箸はもともと私の国が日本に伝えたものですからね。このぐらい簡単ですよ!」
「……逆に行儀が悪いわ」
皆の歓談を聞きながら、私も自席に座る。
「効果的に箸を使用する方法は……」
「んなもん載ってませんて。パチュリー様、日本に来て結構経つのに未だに箸の扱い下手ですよね。適応力に乏しいなあ」
「……私の魔法で日本語を覚えた貴女に言われたくないわ」
「パチェは知識だけじゃ通用しない実技が苦手だからねえ」
「頭で覚えるだけなら得意だよね、私達の中で一番最初に日本語を覚えたし。パチェが初めに私に教えてくれた日本語って何だっけ?」
「ちんちんかもかも」
思えば、これだけ様々な国から妖怪が集まって日本に居を構え、皆で和食を食べるなんて不思議な話だ。
私自身は故郷に嫌な思い出があるせいかそこまで愛着は持てないが、この国には他とは違う奇妙な魅力があるのかもしれない。
「メイド長! メイド長大変です!」
皆から少し遅れて、私も食事に手を付けようかと思ったその時。
妖精メイドの一人が慌てた様子で部屋に飛び込んできた。
「お嬢さまの食事中よ、勝手に入っちゃダメって教えたでしょう」
「す、すいません、ですが、し、白黒と七色の魔女が図書館に……!」
メイドの口から二人の魔女が挙げられる。
誰のことだかは聞かずとも分かる。カラーリングで判断するに魔理沙とアリスだろう。
図書館、ということは性懲りも無くパチュリー様の本を狙って侵入したのか。
「おのれ魔女め! 門に私のいない時を狙って攻め入るとは卑怯なりっ!」
「アンタ居たって寝てるか仲間と麻雀打ってるかのどっちかじゃないの。咲夜、対処を頼むわ」
「お任せください、必ずや」
「小悪魔も付いて行って。最近入った貴重な本を安全な場所に移して頂戴」
「わ、わかりました!」
残念ながら食事はお預けだ。箸を置き、お嬢さまの命により侵入者の排除に向かう。後ろからはパタパタと羽をはばたかせて小悪魔が付いてくる。
掃除に洗濯、買い物、炊事、それにに侵入者の撃退。これが私の毎日だ。ああなんて幸せなんだろう。
手に持った銀のナイフに映る、満足げな自分の顔を見ながら、この日々がいつまでも続く事を私は心から願った。
◇◆◇
幻想郷に朝日が昇る。妖怪たちは影を潜め、人間の時間がやってくる。
本来なら、お嬢さまのような吸血鬼は今の時間は寝てなくてはならないが、最近は夜更かし……いや、昼更かしが酷く、完全に昼夜が逆転した生活を送っている。早いところ元に戻ってもらわなくては。
そんなことを考えながら、包丁でリズムよくまな板を叩いていく。均等な大きさに切り刻まれる茗荷、お嬢さまのリクエストで朝食は茗荷の味噌汁だ。
「あー、肩が痛いわぁ……」
昨晩の侵入者撃退で、思った以上に体力を使ってしまった。
館から追い出すだけなら楽だったのだが、その後の後片付けが辛い。倒れた本棚を建て直し、散らばった本を元の場所に戻していく。
特に本の戻しは小悪魔の指示を仰がなければならない為、時を止めるわけにもいかず、やたらと時間をくってしまった。お陰でせっかくの天麩羅が食べる頃にはすっかり冷めてしまっていた。残念だ、今思い出しても悔やまれる。
っと、いけないいけない、今は料理に集中しなくては。もうそろそろお嬢さまが起きてくる時間だ。それまでに食事の用意ができなければ機嫌を損ねてしまう。
時止めを使い、動作から無駄を排除して調理を進める。
全てのメニューが完成し、盛り付けも終わったところで、小さな足音とそれに続く食堂のドアを開ける音が響く。ふぅ、どうやらギリギリ間に合ったみたいだ。
溢れんばかりの笑顔で入り口の方に振り向く。お嬢さま、食事の準備は出来ておりますよ!
「ah...Azi worst prognoza meteo(あぁ、今日は最悪の天気ね)」
食堂に入ってくるなり、お嬢様が呟く。
「Bună dimineaţa Sakuya. Esti gata pentru micul dejun gata?(おはよう咲夜。朝食の用意はできてる?)」
……私は、笑顔を浮かべたまま凍りついた。
何が起きたのか、一瞬理解できなかった。いや、正直に言えば、今も何が起きているのか全く理解ができない。
「Care-i treaba? De ce nu este răspunsul?(どうしたの? なんで返事をしないの?)」
どうしたことか、お嬢様が何を言っているのか全然聞き取れない。まさか、お嬢様はまだ寝ぼけているのだろうか。
「あ、あの~、お嬢様?」
「Mi-e foame. Vă rog să-mi micul dejun devreme(お腹が空いたわ。早く朝ご飯を食べさせてよ)」
違う、これは寝ぼけているんじゃない。お嬢様は確かにはっきりと喋っている。『私が』お嬢様の言葉を分からないでいるのだ。
だが何だ? これは一体どうなっているんだ?
私とお嬢様は心身一体、言葉は交わさずとも互いの想いを伝え合える関係。お嬢様の身長体重スリーサイズに下着の色、果ては安全日まで丸暗記している私が、お嬢様の言葉を理解できないだと!?
そんな有得ない。突然会話が通じなくなるなんて、こんな馬鹿なことがあるものか。昨晩まではちゃんと普通に話せたじゃないか。
「さ、さ、さ、咲夜さ~ん! た、大変ですぅ~! ふぎゃっ!?」
混乱する私の元に、更に混乱してそうな人影が転がり込んでくる。魔法図書館の司書、小悪魔だ。
よほど慌てていたのか、小悪魔は私の名を叫びながら目の前で豪快にスッ転んだ。
目に涙を浮かべ自分のお尻を撫でる小悪魔に、私はお嬢様の身に起きた異変を伝えようと駆け足で近寄る。
「小悪魔、あなたは大丈夫なのね! ちょっと、お嬢様が大変なのよ!」
「大変なのはこっちも同じですぅ! パチュリー様が、パチュリー様がぁ!!」
小悪魔が食堂の入り口を指差す。いつの間にかそこにはパチュリー様がのっそりと立っていた。
普段と変わらないパジャマスタイル。普段と変わらないやる気の無さそうな瞳。パッと見ただけでは、何がそこまで小悪魔を動揺させているのか分からない。だが、私に備わったメイド長としての直感が、この後に起こる展開を予想させる。
そして、そういう時は大体悪い予想が当たるものである。
「Coah,Keep quiet. I can not concentrate on reading(小悪魔、静かになさい。読書に集中できないじゃない)」
やっぱり。
パチュリー様の言葉もまた、私には理解不能のものと化していたのだ。
「朝起きたら、パチュリー様が変な言葉で喋るようになってて、話も全然通じてないみたいなんですぅー!!」
「お嬢様に続きパチュリー様まで……一体どうなってるのよ」
「へ? お嬢様って?」
「Bună dimineaţa Patchouli. Fata ta este la fel ca cadavru ca niciodată.(おはようパチェ、相変わらず死体みたいな顔をしてるわね)」
「huh? Once more please(は? ごめん、もっかい言って)」
「ひゃあ! な、なんなんですか一体!? なんでお嬢様までワケ分かんないこと言ってるんですか!?」
そんなもの、こっちが聞きたい。呆然とする私達の前で、二人は言語で喋り続ける。
見知った者と突然会話が通じなくなる異変。一体何が原因なのか、そしてなぜ私と小悪魔だけがなんともなってないのか。
「ど、どうなってるんですか? 二人は何を喋ってるんですか?」
「わからないわよ、少なくとも日本語じゃないみたいだけど」
「……あれ? よく聞くと、お嬢様とパチュリー様の喋ってる言葉って少し違いますね」
「え? そうかしら?」
小悪魔の言葉を聞き、お二人方の言葉に耳を傾けてみる。
「Is that a copy of a Mokele-mbembe? Please speak to the precise(モケーレ・ムベンベの真似? ちゃんと話して頂戴)」
「Nu pot să înţeleg cuvintele tale(……あなたが何を言ってるのか分からないわ)」
聞き比べてみると、確かにお嬢様とパチュリー様では使っている言葉に違いがあるようだ。
動きと表情だけで読み取れば、二人の間でも会話が成り立っていないように思える。
「本当だわ、これはどういうことかしら?」
「咲夜さん、これは私の予想なんですが……。私達と言葉が通じなくなった、というよりも、お嬢様達が日本語を忘れてしまったのではないでしょうか?」
「日本語を忘れた?」
「はい、聞いてて分かったんですが、パチュリー様が喋っている言葉は恐らく英語です。英語はパチュリー様の母国語、日本語を忘れたなら、それで話すのが当然かと」
「パチュリー様の母国が英語圏? そんなの初めて聞いたわよ」
「Knowledgeは英語ですから」
「Patchouliはタミル語よ」
「タミル語翻訳が見つからなかったんですよ」
何の話だろうか。
「じゃあ、パチュリー様の言葉が英語だとしたら、お嬢様の言葉は……」
「はい、聞きなれない言語ですが、多分ルーマニア語ではないかと。かの有名なヴラド・ツェペシュはルーマニアの公爵ですからね」
「あら? スカーレット家ってヴラドさん家とは繋がってないんじゃなかったかしら?」
「同じ町内に住んでたらしいですよ。よく妹様のホームランがヴラドさんの城のガラスを割って、その度にお嬢様がボールを取りに行って怒られてたとか……」
「カミナリさん!?」
確かに、日本語を忘れたと考えれば、お嬢様とパチュリー様の言葉が通じてないのにも納得がいく。
何しろ紅魔館は巨人軍に匹敵するほどの多国籍集団。日本人である私はともかく、お嬢様と妹様はルーマニア、パチュリー様は英語圏、小悪魔は確か魔界言語だったかしら。とにかく、言語が統一されていなければまともに機能しないのだ。
……そういえば、あと一人日本人じゃないのが居たような。
「早上好!(おはようございまーす!)」
そう思った瞬間、ドタドタと騒がしい足音と共に新たな不可解言語を喋る人物が入ってくる。
「肚子饿了,我想吃夏侯惇(お腹すきましたー。目玉焼きが食べたいですー)」
言うまでもなく、その人物とは美鈴のことだ。
これは私でも分かる、中国語だ。親しみやすさと共に、どこか胡散臭さを感じさせるアジアンランゲージ。その勢いに押されて適当にイエスとでも答えようものなら、即座にバラされて回鍋肉の具にされてしまいそうだ(※このSSに人種差別的な要素は含まれておりません)。
「……どうやら、小悪魔の予想が当たってたみたいね」
「そうですね、間違いなくあれは中国語です。やっぱり美鈴さんって中国妖怪だったんですね、おっぱいの化身かと思ってました」
「咲夜小姐,饭还吗?(咲夜さーん、ご飯はまだですかー?)」
自分が中国語で話しているのに気づいてないのか、普通に私に話しかけてくる美鈴。
当然、私には中国語なんて分かりっこないので、大部分の日本人と同じく適当に愛想笑いを返すことしかできない。
「Ce a avut loc de pe pământ? Conversaţia nu se execută la toate(一体何が起きてるのよ? まるで会話が通じないじゃない)」
「啊? 诸位说着什么?(あれ? 皆さん何を言ってるんですか?)」
「Mukyu(むきゅー)」
日本語を忘れた三人の間に、見て分かるほどの動揺が広がる。
「……しかし、本当に一体何が原因なのかしら?」
「みなさんが揃って日本語だけを忘れるなんて、普通じゃありえませんよ。絶対に何か原因があるはずなんですが……」
私と小悪魔は首を傾げて原因を考える。
お嬢様もパチュリー様も美鈴も、今日になったら日本語を忘れていた。原因があるとしたら昨日だと思うのだが。
「またパチュリー様が変な魔法に失敗したって事はないわよね。紅魔館で起こる珍事件の九割はパチュリー様が引き起こすんだから」
「今回に限ってそれはないですよ。最近のパチュリー様は次のイベントで出す東方行き遅れ合同誌、『真のカワユスは1000代後半妖怪!』の執筆に忙しかったですから」
「各方面から苦情が来る前にその原稿捨てときなさいね」
「咲夜さんこそ、お嬢様の紅茶に福寿草入れたり、珈琲に目薬入れたりしてるじゃないですか。食事に変なものでも入れたんじゃないですか?」
「失礼ね! 最近は別に何も……」
と、そこまで言うと、唐突に私の脳裏に昨晩の記憶が蘇ってくる。
厨房で夕食をつくる私。メニューを聞いてくるお嬢様。匂いを嗅ぎつけ集まってくる館の住人達。
何故、急にその光景が頭に浮かんだのか。もしかしたら、この中に何かヒントになりそうなものがあるのか?
「……茗荷?」
ふと呟く。
「ミョウガ? 茗荷って、昨日の夕食で出た天麩羅ですよね。それがどうかしたんですか?」
「茗荷を食べると、物忘れが激しくなるって言い伝えがあるのよ、なんか急にそんな話を思い出しちゃって……」
はるか昔、私がまだ自分の能力を表に出さなかった頃、そんな話を故郷の誰かから聞いた。
田舎特有の馬鹿らしい迷信だ。忘れる、という言葉と昨日の夕食が繋がって、つまらない事を思い出してしまった。
「……! それです! それですよ咲夜さんっ!」
だが、以外にも小悪魔はそのつまらない事に食いついてきた。
「きっと、皆さん茗荷を食べたせいで日本語を忘れてしまったんです!」
興奮気味に小悪魔が熱弁する。
「ちょ、ちょっと待ってよ、茗荷を食べると物忘れが激しくなるってのは単なる迷信なのよ!」
「咲夜さん、ここは幻想郷ですよ。常識に捕らわれてはいけないんです。たとえ根拠のない迷信でも、多くの人がそれを信じれば言葉は力を持ち真実となるんです」
「そ、そういうものなの?」
「そういうもんです。よく言うでしょう? 嘘も百回言えば真実になる。一人殺せば殺人者、百人殺せば英雄だ。と」
後半は全く関係ない気がするが。
「でも、だったら何故日本語だけピンポイントで忘れるのよ」
「それはほら、夕食時に日本の話をしていたじゃないですか。茗荷を食べながらそんな話したから、日本語だけを忘れちゃったんじゃないでしょうか!」
「そ、そんな無茶苦茶な……」
「無茶だろうと苦茶だろうとクチャーズだろうと、現に皆さんは日本語が通じなくなってるんですよ! きっと茗荷のせいです、そうに違いありません、そうだそうだそうに決まった!」
勝手に一人で盛り上がって、異変の原因を茗荷に決め付ける小悪魔。
「だって考えてみても下さいよ、なんで私と咲夜さんだけ会話が通じるのか! あの時、私達は図書館に侵入した魔法使い達を撃退していたから、夕食を食べるのが遅れたんです! だから、まだ茗荷の効果が現れてないんですよ!」
むむむ、確かに言われてみればその通りかもしれない。というか、他に原因が思いつかない
あんまり納得がいかないが、茗荷が犯人だということにするしかないのか。なんだか私が茗荷を食卓に出したせいでこうなったみたいで悔しいんだけど。
……ちょっと待て、夕食を遅らせたせいで私達が無事ってことは?
「もしかして、時間が経てば私達も日本語を忘れちゃうってこと!?」
「私の仮説が正しければそうなりますね。もっとも、咲夜さんは元々日本出身だから大丈夫でしょうが、私は魔界出身なのでいずれは……」
冗談じゃない。例え私が日本語を覚えていたとしても、それが他の人に通じなければ意味がない。
今でさえ小悪魔としか会話が出来なくて苦労しているのに、このままでは完全に孤立してしまうというのか。
そんなことになったら一体どうなるか……いや、既にお嬢様を始めとする一部はもうそうなっているのか。
私はまだ状況が掴めていないと思われる、お嬢様達三人の方に目を向ける。
「All your base are belong to us」
「要求日政府謝罪賠償」
「Yabukara stick」
三人が各々の母国語で喋るも、コミュニケーションが取れているようには見えない。
異なる言語を扱う者が何人集まろうが、意思疎通ができなければ一人と同じだ。
他人と繋がれない。即ち、それは主従・友人関係の消滅を意味する。これでは紅魔館はお終いだ。
「小悪魔、こうしちゃいられないわ! なんとしてでもこの異変を解決させなくちゃ!」
「ええ、私達に残された時間は多くありません。急ぎましょう!」
私はその場に残された三人の為に、茗荷の味噌汁を除いた朝食を卓に残し駆け出した。
紅魔館は私の居場所だ。絶対に失うわけにはいかない。
お嬢様、パチュリー様、ついでに美鈴。待っててください、必ずや咲夜がなんとかしてみせます!
「ところで、文法とか和訳とかってあれで合ってるんですかね?」
「そんなわけないでしょ。戸田奈津子も驚きの超訳ばかりよ。コメント欄が間違い指摘で埋まるのが目に浮かぶわ」
「怖いですねえ」
「覚悟の上よ」
覚悟の上なのだ。
◇◆◇
かび臭い空気が漂う巨大な空間に、壁のような本棚が幾つもはるか高くの天井まで聳え立つ。
突如、お嬢様達の身に降りかかった異変を解決すべく、私達は紅魔館地下にある魔法図書館にやってきた。
ここにある本の殆どはパチュリー様の魔導書だが、中には私達が普通に読める本も混じっている。
膨大な知識量を誇るここなら、日本語を思い出す手段も見つかるかもしれない。
「さて、まずはどの本を読めばいいのかしらね」
「記憶喪失の一種とも言えるかもしれませんから、医学書ですかねえ」
「茗荷が原因なら、民話や伝承を調べるのもいいかもしれないわね」
「では、適当なものを見繕ってきます。咲夜さんはそこに座って待っててください」
そう言い残し、小悪魔は本棚の間に飛び去って行った。
何処に何の本があるか、しっかりと頭に刻み込まれているのだろう。時間を止めて私が探すよりも効率的だ。私は言われたとおり、椅子に腰掛け小悪魔の帰りを待つことにした。
戻ってくるまで、紅茶でも淹れておいてあげようかと思ったその時。
「Coah,Where are you?(小悪魔、どこにいるのー?)」
聞き覚えのある声が図書館内に響いた。
誰かを呼んでいるようなその声は、徐々に私の元に近付いてくる。
背中に嫌な汗が滲む。どうかこのまま通り過ぎて欲しい。私はいつの間にか心の中でそう祈っていた。
「Oh,Sakuya. Will you know where Coah went?(あら咲夜。小悪魔がどこに行ったか知らない?)」
だが、そんな祈りは無残にも打ち砕かれた。
私の背後から、蛞蝓のようなゆっくりとした動きでパチュリー様が現れ、私の存在に気づくと、静かに口を開く。
「ええと、あのですね、えー……」
「Ah, It was not possible to talk with Sakuya(ああ、咲夜とは会話が通じなかったんだったわ)」
「あ、アイアム ア ガール……ディス イズ ア オクトパス……」
「Octopus? What meaning is the octopus?(蛸? 蛸って何よ?)」
「ああ、うう……」
くそっ、パチュリー様の言葉がまるで分からない。
なんだこの威圧感は。英語で喋っている以外は普段のパチュリー様なのに、どういうワケだかその姿に恐怖を覚える。
頭の中が真っ白になって何も考えられない。体から熱が失われていく感覚に襲われる。
これがGAIJINの力か。分からない言葉で問い詰められる事が、まさかここまで恐ろしいことだとは……。
「咲夜さーん、使えそうな本を色々持ってきま……あ、パチュリー様!」
とここで現れた救世主。
大量の本を抱えた小悪魔が、私の元に戻ってきてくれたのだ。
小悪魔も英語は話せないようだが、会話の通じる相手が来てくれたことで幾分か心が落ち着く。
「どうしたんですか、一体?」
「え、ええとね……」
「Thank you. It looked for this(ありがとう、これを探していたのよ)」
私が状況を説明しようとすると、パチュリー様が私と小悪魔の間に割り込んできて、持ってきた本の一冊を手に取る。
そして、椅子に座り静かにその本を読み始めた。
「……小悪魔、あの本は?」
「あれは英語圏向けの日本語教本です」
「教本?」
「はい、最低限の会話だけでもと思い、ルーマニア語と中国語のものも持ってきたのですが」
パチュリー様は私達には目もくれず黙々と本を読んでいる。
「ちょっと待って、パチュリー様が日本語教本を読む、ということは……」
「?」
「自分が日本語を忘れた、という状況を把握している。ってことじゃないかしら?」
「ああっ!」
小悪魔がポン、と手を叩く。
流石はパチュリー様。紅魔館随一の知性派だけはある。こんな中でも自分の置かれている状況を冷静に把握し、解決に向けて行動を始めるとは。
並外れた頭脳のパチュリー様だ。きっとすぐに日本語をマスターして、この異変を解決してくれるに違いない。
「やりましたね、これでもう解決は時間の問題です!」
「ええ、なんだかあっさり過ぎて拍子抜けだわ」
「いいじゃないですか。異変解決と初体験は早いほうがいいんですよ」
「……ちなみに貴女は?」
「まだです。そういうことにしておいて下さい。かんなぎ処女厨の乱は、二度と繰り返してはいけない人類の悲しい過ちの歴史なんです」
そんな下らん歴史はハクタクの飯にでも混ぜて未来永劫封印してしまえ。
まあそんなことはどうでもいい。異変解決にパチュリー様が動いてくれたのだ。私と小悪魔と手を取り合って喜ぶ。
大した山場もないままあっさりと終了だ。話としてはつまらないかもしれないが、そんなの関係ない。私としては万々歳だ。
普段はお嬢様に対するしょうもない悪戯と、魔理沙を手篭めにすることぐらいしか考えてないように見えるパチュリー様だが、そこはやはり知識人。いざという時に頼りになる。
「Coah, tea please(小悪魔、紅茶を持ってきて)」
「え? え? なんですか?」
「てーぷりーず……お茶が欲しいんじゃないですかね?」
「そ、そうなの? 分かったわ、すぐに淹れてくるわ」
時を止めて、速攻で最高級の紅茶を淹れてパチュリー様にお出しする。
こうとなってしまえば、私達に出来ること等このぐらいしか残ってないだろう。
パチュリー様は本から目を逸らさず、私の淹れた紅茶に口を付ける。そして、私に向けて力強く右手の親指を立てて言った。
「I like you. Come over my library and fuck my librarians(気に入った! ウチに来て司書を(自主規制)してもいいぞ!)」
「良かったわ、気に入って貰えたみたい」
「……なーんか、言葉が通じないのを良いことに不穏な単語を口にしやがった気がするんですが、気のせいですかね?」
そうなのだろうか、全然気がつかなかったが。
きっと気のせいだろう、小悪魔だって英語は喋れないのだ。
なにはともあれ、あとは時間が経てばパチュリー様がなんとかしてくれるだろう。
私は、飲み終えたティーカップを下げるため、真剣な眼差しで本を読む彼女に近付く。
パチュリー様は本の内容を小声で復唱しているようで、近くに寄るとその内容が耳に届いてくる。
「Yaoi-hole,Tokoroten, Iza×Asu,Yaranaika……」
「ダメだわ! ろくでもない日本語を中心に覚えている!!」
「パチュリー様違います! イザは受けです!」
「突っ込む所そこかよ!」
ああ、よく考えたらパチュリー様みたいな自分の世界だけで生きてる人が、他人の為に異変解決なんてする筈がなかった。
結局は我々でなんとかするしかないのだ。私達はがっくりと肩を落とし、普通の人間なら一生使わないであろう単語を必死に覚えるパチュリー様の横で、小悪魔が持ってきた本を読み始めた。
テーブルに置いたランプの光が広大な図書館を覆う暗闇を退け、私達の周りだけを明るく照らす。
窓の無いここでは、時間の経過による変化が全く感じられず、まるで世界から切り離されたような感覚を覚える。
その孤立した世界で、私と小悪魔は黙々と本を読み進める。辺りには時計の秒針と、ページを捲る音だけが響いていた。
「……どうですか咲夜さん、役に立ちそうなことは書いてありましたか?」
「ダメね。茗荷の話は結構色んな本にあるけど、その解決法はどこにも書いてないわ。そっちは?」
「一つの言語だけ忘れるといった症例は見つからないですねえ」
私は民話を、小悪魔は医学書を中心に読み漁る。
が、私達の欲する情報はなかなか見つからず、残酷にも時間だけが流れていく。
「少し休憩しましょうか」
「そうですね、目も疲れましたし」
パチュリー様の所からポットを持ってきて紅茶を淹れる。
いつ、茗荷の効果が現れて小悪魔が日本語を忘れてしまうか分からない以上、時間は一分一秒でも惜しいのだが、それで焦ったところでいい結果は生まれない。急いでいる時こそ気持ちを落ち着かせる。コレが瀟洒ポイントだ。
「はぁ、これじゃまるでソーセーキの世界ですよ」
大きく伸びをして小悪魔が呟く。
「ソーセーキ? 何それ、そこはかとなくエロい感じがするけど、そっち系の言葉?」
「……違いますよ。咲夜さん、知らないんですか?」
無言で頷く。
知らないと恥ずかしいことなのか。
「ソーセーキ……創世記は、まあ昔話みたいなもんですよ。それも凄い昔の」
「へえ、その創世記って話が、今の私達の状況に似ているの?」
「まあ、似てるっちゃ似てます。創世記ってのは沢山の話が集まって出来ていて、その中にバベルの塔って話があるんです」
「ふーん」
「簡潔に説明するとこうです。昔々、素晴らしい技術と誇り高い精神をもった人々がその愛と勇気と希望の象徴の為、力を合わせ天まで届く巨大な塔を建設しようとしました。しかし、それを見て腰を抜かしビビってやんやん泣き出したヘタレのブサイクな神は、これ以上塔を造らせないように人々の言語をバラバラにしてしまいました。今現在、私達が英語の授業で苦しめられるのは、このクソッタレな神の仕業でしたとさ。めでたしめでたし」
なるほど。何が目出度いのかさっぱり分からないが、大体の流れは理解できた。
突然、言語がバラバラになり意思疎通ができなくなる。確かに今の私達と似ているとも言えなくもない。
「ていうか、随分神をボロクソに言うのね」
「解釈の違いですよ。広く知られているのは、高慢な人間の所業に怒った神が裁きを下したってんですけどね。魔界ではあんな感じに伝わってるんです」
「悪魔じゃあ、神を持ち上げるわけにはいかないものねえ」
「そういうことです。あっ、でも日本の八百万の神は好きですよ。穣子さんのお芋美味しいですし」
神の裁き、か。
その言葉を聞き、昔故郷で言われた言葉を思い出す。
もしかしたら、これも実は茗荷のせいなんかじゃなく、神が降した裁きだったりしてね。人でありながら悪魔に仕える裏切り者に降した裁き。
……何考えてんだか。ずっと本ばかり読んでたから、頭が疲れて下らない事を考えてしまった。やれやれ。
「それにしても、意外でしたねえ」
どこからともなく取り出したクッキーを齧りながら小悪魔が言う。図書館の様々な場所にお菓子を隠しているらしい。
「意外って、何が?」
「咲夜さんのことですよ。まさか、外国語が全く喋れないとは知りませんでしたよ」
「むっ」
自分でも眉間に皺が寄ったのを感じる。
「咲夜さんって何をやっても平均以上の腕前だから、てっきり英語ぐらいペラペラかと思ってましたよ」
「私にだって出来ないことぐらいあるわよ。瀟洒な従者なんて言われてるけど、そこまで完璧ってわけじゃないから」
「パチュリー様に英語で話しかけられた時、もうこれでもかってぐらいビビってましたよね。正直、あんな咲夜さん見たくなかったです……」
うわ腹立つ。英語が話せないだけでコレかい。
なんだよ、私、毎日頑張ってるじゃん! いいじゃない、一個ぐらい不得意なのがあったって! 欠点のない完璧キャラって面白いの書いてる本人だけなのよ? 相沢君とか。
「仕方ないでしょ。英語なんて今まで殆ど触れたことが無かったんだから」
「え? 日本じゃ中学校から英語習いますよね?」
「……中学校なんて行ってないわよ」
「えっ……」
今の言葉で分かりやすく小悪魔の顔が変化する。
目を見開き、口を半開きにし、言葉を失う。つまりは引いたのだ。畜生、バカにしやがって。
「……吸血鬼ハンターの仕事があったから、学校なんて行けなかったのよ」
「え、じゃ、じゃあもしかして咲夜さんって小そ……」
「キシャアッ!!!」
「ひっ、ごめんなさい! で、でも、吸血鬼って大体が西洋人ですよね、その辺は大丈夫だったんですか? その、戦闘前の口上とか……」
「お嬢様もそうだけど、長く生きてる吸血鬼って殆ど日本語もマスターしてるから割と平気、って教育を受けたわ」
「ハ、ハント対象まかせっすか? 超無責任じゃないですか!」
そんなこと言われても。
「そんなこと言って、小悪魔はどうなの!? ちゃんとした教育は受けたんでしょうね!?」
「わ、私は普通ですよ! 魔界大学文学部卒ですから!」
大卒とな!? 小悪魔め、意外とインテリ派だったのか……。
「……でも、英語は話せないじゃない」
「なっ!? な、なんですか、そうやって無理矢理自分と同じ位置に引きずり込もうとしないでくださいよ! 英語が出来ない代わりにほら、日本語が喋れるじゃないですか! バイリンガルですよ私!」
「昨晩、パチュリー様が魔法で覚えさせたって言ってなかった?」
「あ、あれ、そんなこと言ってましたっけ? ええー、咲夜さんの気のせいじゃないですかー? ……こらそこっ、読み返そうとするんじゃない! マウスから手を離せっ! ブラウザ閉じろ馬鹿っ!!」
自身の能力を疑われ、分かりやすいほどに乱れる小悪魔。
ふふん、大卒と言えど大したことはなさそうだ。
「その様子じゃ、魔界大学とやらも大した学校じゃなさそうね」
「ちょっと! 私の母校を馬鹿にしないでくださいよ! ウチの大学の偏差値は、田村ゆかりの年齢ぐらいあるんですからね! 言っときますけど実年齢の方ですよ!」
「……いずれにしても低いわよ、それ」
「黙れ、この小卒!!」
「んだと、このFラン!!」
双方の胸倉を掴み、突如始まるキャットファイト。
五十歩百歩の互いの脳を罵り合いながら、図書館の床を右へ左へ転がりまわる。
「What an ugly fight it is(なんて醜い争いなのかしら……)」
私達の姿を見て、パチュリー様が何か呟いたようだったが、英語の分からない我々にはそれがどんな意味なのか分かる筈もなかった。
◇◆◇
「あー、本当酷い目にあいましたね」
「小悪魔がいけないのよ。急にキレるから」
「咲夜さんが私の大学を馬鹿にしなきゃよかったんですよ! 全く、コンプレックスはおっぱいだけにして下さいよ!」
「なんだとコラ」
赤々と照りつける昼の日差しが、館の正面玄関から出てきた私達に降りかかる。
己の誇りをかけた学歴バトルは、あまりの五月蝿さに憤慨したパチュリー様に『Royal flare』と非常に滑らかな発音でスペルを撃たれ、図書館から追い出されるという形で決着がついた。
結局、ロクな情報が得られぬまま、私達は図書館を後にしたのであった。
「まあ、役に立ちそうな事は書いてなさそうだったから別にいいけどね」
「しっかし、これからどうしましょう?」
「うーん……」
どうしたものだろうか、図書館はもう使えないし。
もし、このまま紅魔館の誰とも会話が出来なくなったらどうしよう。お嬢様の命も聞けないし、パチュリー様の馬鹿らしい企みの手伝いもできない。紅魔館の情報系統は壊滅だ。
いや、私が恐れているのはそんなことではない。ここ、紅魔館は人間から見捨てられ、そして裏切った私が笑って過ごせる世界で唯一の場所。私はそれが失われることが怖いのだ。
お嬢様に出会う前までに体験した、心まで凍りつきそうな孤独。あんなもの、二度と味わいたくない。だが、今のままではいずれ……。
「怎么了咲夜小姐? 好象没有精神(どうしたんですか咲夜さん? 元気がないようですが)」
肩を落とす私達に、何も考えて無さそうな声がかけられる。
「美鈴……」
「请别那样的脸做,鼓起勇气(そんな顔しないで、しっかりしてください!)」
近寄ってきたのは、この状況にも関わらず平然と門番業務を勤める美鈴。
美鈴の顔は、普段と全く変わらない満面の笑みが浮かんでいた。館全体が大変な状況だってのに、本当にこの子は……。
「不要紧哟。咲夜小姐和会话即使不能也,我们是一直在红魔馆工作的朋友哟(大丈夫ですよ。たとえ咲夜さんと話せなくても、私達はずっと紅魔館の仲間ですから)」
「……」
「鶏肋,鶏肋(あまり深く考えすぎないほうがいいですよ。そういうのって、大抵悪い方向に物事が進んじゃいますから)」
見慣れたはずの美鈴の明るい笑顔。だが、今日のそれは普段よりも少しだけぎこちなく感じた。
「……美鈴、あなた、私を元気付けようとしているの?」
「え? 咲夜さん、美鈴さんの言ってることが分かるんですか!?」
「いえ……でも、なんとなくそんな感じがしただけ」
「我的言词没传到你(私の言葉、伝わってないだろうなぁ……)」
そうだ、美鈴だってこの状況に不安を感じてない筈ないのだ。
小悪魔だけとはいえ、コミュニケーションのとれる相手のいる私と違い、美鈴は完全に一人だ。
本当は孤独で心が張り裂けそうになっているに違いない。それなのに美鈴は、様々な感情を内に押し込めて私に笑いかけて。
パチュリー様が残念な以上、この異変を解決できるのは私達だけ、ということを美鈴は分かっているのかもしれない。
「……ありがとう美鈴、少し元気が出たわ」
「哦,稍等。如果平素不能说的事要是也现在不要紧(いやちょっと待て。普段言えない事も、今なら大丈夫だとしたら……)」
「必ずこの異変を解決してみせるから、貴女は安心して仕事に戻りなさい! でも、シエスタは程々にしなさいよ」
「请提高我的工资! 请改善工作环境! 恋童癖!(給料を上げろ! 労働環境を改善しろ! このロリコン!)」
「……」
「唉,心情舒畅(ああ、気持ちいい……)」
「ふんっ!!」
「哎哟!(痛っ!)」
直後、額からナイフを生やし崩れ落ちる美鈴。
「……なんとなく、バカにされた気がした」
「はい、今のは私でも分かりました」
「陳死亡(ばたんきゅー……)」
普段、ロクに脳味噌を働かせてないお気楽極楽チャイニーズの考えることなんて、言葉が通じなくても分かるっつーねん。メイド長あんま舐めんなよ。
「こうなったらもう形振りは構ってられないわ。紅魔館外の者に助けを求めるわよ!」
「おー!」
カエルの轢死体のようなコミカルなポーズで倒れる美鈴の横で、私達は吼えた。
「最優先目標は慧音に永琳! 歴史食いに名医の二人を押さえれば、大概の異変はなんとかなるはずよ!」
「そのお二方ならパチュリー様と同じ『東方知識人の会』のメンバーですから面識があります!」
「よおし、ならばその二人は小悪魔に任せたわ!」
「咲夜さんは何をするんです?」
「たとえ二人を連れてきても、そんなすぐに解決するとは限らないでしょう? その間、紅魔館の統率を回復させる為、外国語が話せる者を通訳として連れてくるわ。 ルーマニア語はともかく、英語と中国語なら一人ぐらい話せるでしょう」
「了解しました」
最終手段発動。
我々は自分達だけでの異変解決を諦め、外部の者に協力を要請することにした。
都合の悪い歴史を片っ端から食べる歴史イーターの慧音に、ロリ化オトナ化といった定番のネタから、八咫烏よろしく親指と親指の間から第三の足を生やす薬までなんでもござれの別名夜のドラえもん、永琳。
この二人にかかればこの程度の異変、幼女の手を捻るより簡単に処理してしまうだろう。
「最初からこの二人を頼れば良かったのでは?」
「うーん、こうも苦戦する異変だと最初から分かっていればそうしたでしょうね。それに、すぐ他人に頼るという姿勢はお嬢様も良しとしないでしょうし」
「そんなもんですかねぇ?」
「ま、2009年にもなって慧音黒歴史オチや永琳万能オチで解決というのに抵抗があったってのもあるけど」
「え? すいません、後半聞いてませんでした。何て言ったんですか?」
「なんでもないわ、聞き流しなさい」
聞き流しておけ。
「それじゃあ、あまり時間も残ってないでしょうし、一時間後に里の外れで落ち合いましょう」
「わかりました。必ず二人を連れてきます。咲夜さんも頑張ってください」
「ええ、任せておきなさい」
私達は互いに顔を見合わせ、一回頷いた後それぞれ別の方向に飛び立っていった。
小悪魔は慧音のいる里の方向へ、そして私は……まずは霊夢の所にでも行ってみようかしら。霊夢が外国語を話せるとは思えないが、交流の多い彼女ならバイリンガルのスキルを持つ人妖の情報を持っているかもしれない。
私は、これで異変が解決してくれることを祈り、飛行速度を上げ博麗神社へ一直線へ向かっていった。
◇◆◇
一時間後、私達は里の外れにある広場で再会した。
私が約束の時間に来たときには既に小悪魔は切り株に腰をかけ体を休めていた。
思った以上に早く事が運んだろうか。だが、それにしては小悪魔の顔が暗い。
「……ああ、咲夜さん。おかえりなさい」
「小悪魔、どうだったの? 首尾の方は?」
「……」
小悪魔は答えない。かわりにわざとらしく大きな溜息をついた。
それが何を意味しているのか、私はすぐに理解した。もし、慧音と永琳の説得に成功すれば二人がこの場にいるはずだ。なのに、ここに小悪魔一人しかいないということは……。
「……失敗、したの?」
「申し訳ありません……」
まさか断られるとは思っていなかった。完全に予想外な展開に、私の体に衝撃が走る。
何故だ。理由が分からない。以前、妹様が風邪をひき永遠亭に診てもらいにいった際、何故か妹様が医者恐怖症になって帰ってきたので、それ以来永遠亭は利用しないようにしているが、それを根に持っているとでも!?
「な、なんでよ!? 貴女、ちゃんと報酬の話はしたの? お金、マジックアイテム、メイド隊初等部の無料利用券進呈、こっちにはこれだけの交渉カードがあるのよっ!?」
「いえ、別に二人は取引に不満があったとかじゃないんです! ただ……」
「ただ?」
「……無理だと言われました。慧音さんが言うには、歴史を隠したところで起きた事実は変わらない。過程が消えるだけで結果は同じだと」
むむ、そう言えば永夜異変の時も、里の歴史を隠しても見えなくなっただけで、里そのものが消えたわけじゃなかったっけ。
意外と使い勝手が悪いぞ、あの能力。
「じゃあ永琳は? 彼女なら大丈夫なはずじゃないの?」
「はい。自分は医学者であり、茗荷を食べて記憶が消えるなんてオカルトチックなものは専門外。医者よりも解呪の魔法が使える者でも探したほうがいいんじゃないか、と……」
「ったく使えないわねあの女! ……解呪の魔法ねえ。小悪魔、シャナク使える?」
「残念ながら、イオナズンとザラキとメガンテぐらいしか……どれもMPが足りなくて使えませんけど」
くそ、慧音永琳万能説を過信しすぎたか。これは非常にマズイ展開だぞ。
「咲夜さんはどうでした? 翻訳が務まりそうな人、見つかりました?」
「え!? そ、それは……」
今度は私が黙りこくる番。
そんなもの、辺りを見渡せば一発で分かりそうなものだろうに。
「い、いなかったんですか? 一人もですか!?」
「……これでも、努力したのよ! 時を止めて、時間ギリギリまで知り合いを訪ねてまわって!」
そう、よく見なくてもこの場にいるのは私と小悪魔のみ。
つまり、私達は誰一人協力者を得ることが出来なかったのだ。いくらなんでも、ここまでの惨状は予想してなかった。
「いっぱいいそうなもんじゃないですか! 英語、中国語が喋れる人ぐらい!」
「霊夢と魔理沙は純日本人。せいぜい魔理沙が洋楽を何曲か知っている程度」
「横文字の名前の妖怪もいるでしょう!? ミスティアとか、リグルとか!」
「あいつらにそこまでの知恵があると思う?」
「ぷ、プリズムリバー楽団は!?」
「元はフランスだかどっかの貴族だから、英語はよく分からないそうよ。長女がみさくら語を話せると豪語して三女に蹴り入れられてたわ」
「ほ、ほら、妖怪の山に越してきた神社の面々は……」
「早苗、英語は苦手科目だったそうよ」
「八雲さん家は!?」
「そう、あいつらに会えれば良かったんだけどね。紫は英語ぐらい余裕でしょうし、式の狐は中国出身。だけども、肝心のあいつらがどこに住んでるか誰も知らないのよ」
「そんな……」
がっくりと肩を落とす小悪魔。はぁ、まさか両方とも収穫ゼロだなんて。
「せめてアリスが無事だったら……。彼女なら日本語、英語、魔界語に加え、上海 蓬莱 フランス オランダ チベット 京都 ロンドン ロシア オルレアーンの言語が喋れるって話だし」
「昨晩、図書館に侵入してきたから、私達でフルボッコにしちゃいましたしね。永遠亭で入院してましたよ、絶対安静の面会謝絶だそうで」
「あら、ちょっとやりすぎたかしら?」
「でも、永琳さんはやけに慣れた手つきでしたよ? 大した怪我じゃないんじゃないですか?」
「ふーん」
まあ、人形遣いの入院については別にいい。
私達の置かれている状況と比べたら、そんな瑣末な事は、どうでも良かったのであった。
「咲夜さん、これからどうします?」
小悪魔が力なく尋ねる。
「……いつまでもここに居ても仕方ないし、一旦戻りましょうか」
あまり長い間、今の状態の紅魔館を放って置く訳にもいかない。
一時間もロスしたにも関わらず、全く事態が進展してないことに落胆しつつ、私達は館に向かって飛び立った。
「パチュリー様達、大丈夫でしょうか?」
「門に図書館、いつもみたいにそれぞれのテリトリーにいてくれれば、何の問題もないはずだけど……」
ただでさえ紅魔館は、天下無双の吸血鬼姉妹に、七曜を操る魔女、どんな重傷を負っても瞬きする間に全快するプラナリアの如き再生能力を持つ門番と、強大な力を持つ者が多いのだ。
円滑なコミュニケーションが図れないストレスで、妙なトラブルを起こしていないといいのだが。
「!! 咲夜さん、あれ!」
急に小悪魔が前方を指差し声を荒げる。
何事かと思い、急いでその方向に顔を向けると、私の目にとんでもない光景が飛び込んできた。
小悪魔が指差したのは湖畔に佇む私達の家、紅魔館。だが、どこかいつもと様子が違う。
目を凝らして見つめると、その違和感の原因が判明した。
紅魔館は、黒い煙が上がり崩れ落ちた瓦礫が散乱する無残な姿と変貌していたのだ!
威厳溢れる美しい佇まいは見る影も無く、まるで巨大な怪物にでも蹂躙されたかのような深い傷跡が壁のあちこちに刻まれている。
しまった、悪い予感が当たったか!?
「一体何が起きたの? たった一時間かそこらで……」
「お嬢様やパチュリー様が心配です! 急いで戻りましょう!」
私達は飛行速度を最大限にまで上げ、そのまま扉を突き破り館の中に転がり込む。
「お嬢様! ご無事ですか!?」
「パチュリー様、また変な実験でもやったんですか!?」
それぞれの主の名を叫びながら、ロビーに突入する。そこで私達が見たものとは……。
「Toată lumea să nu vorbească cu mine.(みんなが私とお話してくれない……)」
ロビーの床は巨大なクレーターと化していた。
クレーターの中心で妹様が座り込み、手で顔を覆い泣きじゃくる。
「De ce? Ti-ajunge la toţi mă urăsc?(なんで? みんな、私のこと嫌いになっちゃったの?)」
「Calmează-te, Flan!(落ち着きなさい、フラン!)」
「Crud. Ce am facut?(酷いよ、私が何をしたの?)」
お嬢様は妹様の横に座り、必死に妹様をなだめようとしている。
どうやらこの惨状は妹様によるものらしい。朝起きたら、誰とも会話が出来なかった。幼い彼女にはそれがショックだったに違いない。
レーヴァテインを振り回して暴れたのだろう。館の中は焼け焦げた匂いでいっぱいになっていた。
暴走した妹様の恐ろしさを、館で知らぬ者はいない。
もし、そんな最悪の状況になってしまったら、紅魔館総出で妹様を鎮めなければならない。そして、それはまさに今の事だ。
そんな事態なのに、パチュリー様や美鈴は一体どこに……。
そう思った矢先、足元にボロ切れのような物体が二つ転がっているのが目に入った。
レーヴァテインに焼かれたせいか真っ黒に染まったそれは、私が目線を向けると僅かに動き、そして話しかけてきた。
「回来了咲夜小姐。对不起,马上弄干净(おかえりなさい咲夜さん。すいません、すぐに片付けますから……)」
「It is a bad day today(今日は厄日だわ……)」
ボロ切れから発せられたのは、聞きなれた声の英語と中国語。
よく見なくても、それらは美鈴とパチュリー様だった。満身創痍のその姿。なんてことだ、私達が来るまで二人はずっと暴れる妹様の相手をしていたのだ!
恐れていたことが遂に起きてしまった。言葉が通じないことからの互いの信頼関係の消失。今はまだ状況の把握できない妹様だけだが、いずれ不信感が館全体に広がっていくことは容易に想像できる。
「パチュリー様! 美鈴さん! 大丈夫ですか!?」
力なく倒れる二人に小悪魔が駆け寄る。
私はそれをただ呆然と見ているだけしか出来なかった。
私はなんて無力なんだ。お嬢様のため、みんなのためにと幻想郷中を駆け回ったものの、結局は何一つ解決の糸口は見つからなかった。
何がパーフェクトメイドだ。私には、涙を流す妹様に慰めの言葉をかけることすらできないのだ。
「何やってるんですか咲夜さん! 早く二人を医務室に運ばないと!」
一際大きな声で怒鳴られて、ようやく私は我に返る。
そうだ。今やるべきは絶望することではない。この最悪の状況を少しでも良いほうに向けなくては。
私は頭を振って余計な考えを振り払い、パチュリー様を持ち上げようとする小悪魔の元へ向かった。
「ちょっと待って! 二人は私が運ぶから、貴女は動けるメイドを呼んで来て!」
妹様の暴走のせいで、館中は大混乱に陥っているはずだ。まずはそれを収拾し、機能を回復させねば。
小悪魔の返事を待たずに、私は二人を医務室に運ぶため、ぐったりと倒れる二人に近付く。
まずは体の弱いパチュリー様から、と彼女に両手を伸ばしたその時。ようやく小悪魔が口を開いた。
「***? ***************?」
すぐにでも動こうとした私の体は、その声を聞いてピタリと止まった。
「……ごめんなさい、聞こえなかったわ。もう一度言って」
「*、***、***? ***、***********……」
体から一気に血の気が引いていくのを感じる。
わからない。小悪魔が何を言っているのかさっぱり理解できない。
悪い予感がする。茗荷による記憶喪失。まさか、遂に小悪魔の身にその時が来てしまったのだろうか?
まさかそんな、つい数分前までは普通に話していたのに、そんな急に日本語を忘れる筈あるものか。
「ば、馬鹿な冗談はやめなさい。今はそんな事をしている場合じゃないでしょ?」
平然を装おうとするも、自然と声が震えてしまう。
落ち着け、落ち着け十六夜 咲夜。小悪魔はきっとこの惨状に動揺して、ちょっと滑舌が悪くなっているだけだ。落ち着いて聞けばきっと……。
「*、**、******。******?」
……私は頭の中が真っ白になった。
ダメだ、何度聞きなおしても、小悪魔の言葉が全く聞き取れない。間違いない。小悪魔は日本語を忘れている!
「なんてことなの……」
体中から嫌な汗が吹き出る。
これで私は一人だ。もう誰とも話せない。
ルーマニア語で泣き続ける妹様と、それを慰めるお嬢様。英語と中国語で今にも消えてしまいそうなほど小さな声で呻くパチュリー様と美鈴。そして、今しがたとは異なる言語で辺りに助けを求める小悪魔。
それらの声が、私には何一つ分からない。見慣れた顔に住み慣れた館。なのに、まるで異国の地に一人放り出されたような疎外感。
私はこの感覚を知っている。
紅魔館という安住の地を見つけた私にとって、二度と体験することはないだろうと思っていた辛い思い出。
同じ人間でありながら、悪魔の子として差別され続けた記憶。それが、私の頭に蘇ってくる。
「やめて、思い出させないで! 私はもうあんな辛い思いはしたくないの!!」
無意識の内に、私はその場から後ずさりをしていた。
メイド長として、この状況を放棄するのは許されない事だとは分かっている。
だが、小悪魔と会話ができなくなったショックと、過去の記憶が蘇った混乱で、私は冷静な判断ができなくなっていた。
「……ッ!!」
気がつくと、私は紅魔館から逃げ出していた。
私はろくに前も見ずにひたすら駆ける。正面玄関の扉を開け、門をくぐり湖の上に飛び立つ。
目的地も定めぬまま、過去からも現実からも目を逸らすように力の限り走り続けた。
やがて、前方に人間の里が見えてきた。
慧音に頼んだところで異変解決には役に立たない事は、小悪魔の報告で既に分かっていた。
それでも私はそこに向かわざるおえなかった。誰でもいい。一人でいるのではなく、誰かに頼りたかったのだ。
ただそれだけを考えて、風で乱れた髪も直さずに私は慧音の家に駆け込んだ。
「慧音っ! お願い、力を貸して!!」
私が入ったとき、丁度慧音は昼食の準備をしているところだった。
急な来訪者にも関わらず、慧音は落ち着いた様子で私の元に向かってきた。
そして、少し困ったような顔をして言った。
「***? ************?」
その時の私の顔は、きっと昼寝中のチルノよりもマヌケだったに違いなかった。
慧音の言葉もまた、紅魔館の時のように全く理解ができなかった。
ありえない。ありえない筈なのに、現実は容赦なく私に襲い掛かる。
馬鹿な、そんなワケあるか。外国出身の紅魔館住人ならともかく、なんで慧音まで!?
茗荷を食べたのは紅魔館だけじゃなかったのか!? いや、仮に慧音が茗荷を食べたとしても、何故日本語を忘れる!?
慧音は後天性のワーハクタク、元は幻想郷出身のただの日本人だ。母国語を忘れるわけないじゃないか!
私は紅魔館と同じように、慧音の家からも逃げるように転がり出る。そして、道行く人たちに片っ端から話しかけ始めた。
今のは何かの間違いだ。慧音がダメでも、一人ぐらいは私と会話ができる人がいるはず……!!
「*******、***********?」
「******************」
「***? **********、********」
汗びっしょりの私を、里の人間達が好機の目線で見つめる。
そして、仲間同士で私を指差しながらヒソヒソと話を始めた。
……私の分からない言葉で。
もう泣きそうだった。
全然意味が分からない。なんで私がこんな目に合わなければいけないんだ。
まるで私だけを仲間外れになったみたいに、誰とも会話が通じない。
私の頭に、図書館で小悪魔から聞いた昔話が思い浮かぶ。
バベルの塔。神の怒りにより、人々の言葉がバラバラになったというあの話。
まさか、これは本当に神の裁きなのだろうか。人間を裏切り、悪魔の狗として生きる私への罰だというのか。
言葉を奪われてしまえば、もう人とも悪魔とも交じり合えない。私を待つのは永遠の孤独。
昼過ぎの太陽が、幻想郷を優しく照らす。
だが、私はまるで底の知れない闇の中にいるような感覚に襲われていた。もがいても、もがいても、光は見えない。私だけしかいない世界。
幻覚の闇を振り払うように、声にならない声を出し私は再び走りだした。
「*******!」
「***********」
「*********!」
すれ違った妖精の一団の楽しそうな会話が耳に入ってくる。予想通り、内容は分からない。
もう何も考えられない。これからどうすればいいのか全く考え付かない。それでも私は走った。
瀟洒な従者のプライドも何もかも投げ捨て、顔を涙でぐしゃぐしゃにしながら、いつまでもいつまでも走り続けた。
◇◆◇
「わんつかばし待って。二人はわがたなぐから、おめは動けるメイドば呼んで来て」
咲夜さんの言葉に違和感を感じたのは、重症のパチュリー様を医務室に運ぼうと近付いたその時だった。
あまりに突然な出来事に、私の思考が一瞬停止する。が、すぐに我に返り、今の言葉の確認の意味も込めて私は咲夜さんに声をかけた。
「えっと? すいません、今なんて言いました?」
私のその言葉を聞き、何故か咲夜さんの表情が硬直する。
え? 何? 私なんか変なこと言った!?
「わり、聞こえねがったんず、もう一度言ってけ」
「わ、わり、んず? ちょっと、言ってる意味が分からないのですが……」
咲夜さんが顔に分かりやすいほどの動揺の色が現れる。
顔から血の気が引いていき、目の焦点がぐるんぐるんとダイナミックに動く。
「ほ、ほんずなしな冗談はやめへ。今はそった事してら場合じゃねでしょ?」
な、何を言ってるのかわからねーと思うが、私も何を言われてるのかわからなかった……。
そうだ。もしかしたら、遂に私に茗荷の効果が出て日本語を忘れてしまったのかもしれない。
だから、咲夜さんの言葉が変に聞こえるのではないだろうか? 自分ではちゃんと日本語を話してるって意識はあるのだけど。
とここで、私はある事を思い出した。
咲夜さんは、パチュリー様にお茶を出す時や、館の外に協力者を探しに行く時に時間を止めていたことを。
つまり、茗荷の効果が出るのはより多く時間を消費している咲夜さんが先ってことになる。異常なのは咲夜さんの方なのだ。
「で、でも、咲夜さんは日本人ですよね? なのに、なんで日本語を忘れるんですか?」
案の定、今の言葉も咲夜さんには通じてないみたいだった。
咲夜さんは生まれたての子牛のように、足をガクガク震わせ狼狽する。
「どんだんず……」
いや意味がわからん。
咲夜さんの言葉は日本語に聞こえないこともない。だけど、私の知っている日本語とは明らかに違う。うーん?
……そういえば、パチュリー様に日本語を覚えさせてもらった時に教わったっけ。
確か、同じ日本語でも地方によっては話し方に大きく差が出ると。
そうか、つまり咲夜さんが今喋っている言葉は……。
「やめで、思い出させねで! わはもうあった辛い思いはしたくねの!!」
突然、咲夜さんは絶叫し館から逃げるように駆け出て行った。
日本語の……『標準語』を忘れた咲夜さんの小さくなっていく後姿を、
その場にいる者は一人残らず、泣いていたはずの妹様ですら呆然と見つめていた。
咲夜さん。貴女は一体、どこの出身なんですか……?
ソレに対して併走する咲夜さんや小悪魔も良かったです。
でも、後書きのその発言は止めて欲しい。
確かに合ってるけど間違ってるよwww楊修w
しかしオチがひでえw
いやおもしろかったけど
おいこらw
とても面白かったと思います。
>「どんだんず…」
>いや意味が分からん。
ここで思いっきり吹いてしまいましたwwwwなんか変な親近感がwww
フランス人はともかくイギリス人が英語ダメって……?
パチュリーは年齢と名前からいくと、イギリス植民地時代のインド出身でしょうか。
見た目白人ですし、東インド会社従業員の係累あたりが一番可能性としては高そうですね。
夏侯惇には本気で噴いた。面白かったです。
ところで津軽弁は頑張ればまだ聞き取れるよ。むしろ方言では奄美あたりが本気で異国語だよ。
こういうオチ好きだわ…
まさか咲夜さんが青森出身だったとは…
と思ったら後書きで・・・・
アリスすげぇwwwww
しかし面白かったw
途中で読めた気もするけど、おもしろかった!
しかし、方言きつい人って標準語聞き取れないのかよ?w
だがイザ×アスは古すぎだと思うんだ。
いつもの不謹慎ネタが爆発ですねw
まさか断られるとは思ったいなかった→思って
ていうか小悪魔ベビーサタンかよw
いや標準語はわかったんだけども相手がこっちの言葉を理解できないみたいで。
物の名前の呼び方も違ったりするんで、
相手が不思議そうな顔をしたらその都度その物を指したり手にとって見せたり。
ああ咲夜さんにすごい親近感わきました。
ギャグとして考えるには重すぎたので、投げ捨てって感じで残念でした。
他はかなり面白かったです!
(形と機能がマジで)
くぃーんずいんぐりっしゅは難しい
まあ、日本語以外分からんけど
ルナ姉みさくら語ってw そしておそらくは軽傷程度の魔理沙に対して絶対安静の面会謝絶なアリスさんw
咲夜さんにバベルの塔、上手いだなぁ。
アリス入院したの何回目だよw
安定してると言うか、面白いところまだかよーってのがなかった
過去作品を漁らせてもらうとしよう
相変わらず危険なライン攻める姿は素敵過ぎる
昔、沖縄修学旅行の班行動で道に迷ったときに
道端に居たおばあさんに道を尋ねたら、かなり身振り手振りも大きく交えて丁寧に道を教えてもらって
おばあさんが去っていった後
「…で、誰かなんて言ってたか分かる?」
「…いや」
「日本語じゃねぇ…」
と、高校生4人で途方に暮れたことを思い出したw
発想が神だ
ただ咲夜さんが悪魔だと迫害されていたのに青森出身(それはそれで面白かったですが)だった事とあとがきが気になりました。
茗荷こえーw
みたいな話を聞いたことがあるけれどもどうなんでしょう。
このオチは予想外だった
あとがきのオチも含めて相変わらず凄ぇSSでしたw
とりあえずルナ姉のみさくら語について詳しく。
ローテンションのまま「らめぇぇぇ! 音がでりゅうぅぅ、でちゃうのほぉぉぉ!」とか言ってる姿を思い浮かべて吹いた。
辞書引けば筆談できるだろ……と思ったのは秘密。
咲夜さんは無理だけどね。
落ちも爆笑しました
ルー語はルーマニア語じゃねぇwwwwww
それをきちんと仕上げるそのチャレンジャー精神に惚れました!
そして、咲夜さん、今まで苦労してきたのね……。
何気にあぶない発言してるしwwww
字面的に「日本政府に謝罪と賠償を請求する」って解釈したが
何を言っちゃってるんだよ美鈴はww
レミリアはウンウンをしないのになぜ戻れたのだろう?
恐らくは吸血鬼の圧倒的カリスマパワーで自然治癒したのだろうね。
諸所突っ込み所満載で楽しませて頂きました。
落ちは・・・私大好きだなぁ!
..また、自然にそれをするのはそれになるように思えます…
(これはいい。非常にいいね。
でもサクヤさん、身振り手振りなら何とかなりそうな気も…)
日本語→英語→日本語
どうなってんのエキサイト…
親戚の会合に混ざったときの孤独感はすごかった
しかし、清楚じゃないな…
ちょっと終わり方に物足りなさを感じましたが面白い発想でした
パチュリーってインド出身のイギリス系なのかなぁ・・・?。
まぁ歴史的経緯からおかしくは無いですが。
ほかの人もどんな言語喋ったかちょっち気になったり。
早苗さんがコギャル語とか!
「プリズムリバー」は英語じゃないですかww!!!
でもちょっとオチが投げっぱなしだったかも……。
翻訳もお疲れさまでしたw
フランスやオルレアン語はともかく京都の言語てなんなんだよw
なんであなたが描く人物はこうも魅力的なんだ、そして蛞蝓とかボロ切れとかの比喩w
そしてアリスすげぇ! 京言葉をしゃべるアリス……アリだ。
名前から察するにルーマニア語もしゃべれそう。
発想凄いわ。
小ネタ満載で面白かったw
「要求日政府謝罪賠償」
「Yabukara stick」
これはひどいwwwwルーマニア語じゃねぇよwww
最後のほうまで非常に面白かっただけに残念です。
起源の主張?
目玉焼きって夏候惇ていうんですか?
ブラックだなぁ
>恐らくあります。
と言うわけです。