冬。
大気は澄み渡り、空気は冷たくて星は夏よりも瞬く。
だが、実際にそんな日ばかりではない。
ただ、今にも降るか、降らないかといったどんよりとした雲が空を
べったりと覆う夜だってある。
リグルはそんな日にもかかわらず、
白い息をで手を温めながら茂みの中にしゃがみこむ。
彼女がしゃがみこむわけ。
それは彼女が
春、お日様と共に過ごしてきた、
夏、木陰で共にくつろいだ、
秋、暗い夜道を共に歩いた、
昆虫たちにお別れの挨拶をするために。
一年間の弔いをするため。
昆虫の一生は人と比べて実に短くて儚い。
印象の強い蝉や蛍なんて出会ったと思えばすぐにさよならだ。
もちろん中には冬眠をしてまた春先に顔を出す昆虫もいる。
でもそんな虫たちだって冬は地上から姿を消す。
事実上、冬を人間のようにしのげるのはリグルだけ。
そして彼女は虫の妖怪。
だから、この時季に一族を代表して弔うのだ。
――今年もありがとう。また来年会いましょうと――
という意もこめて。
リグルは足元の土を見て、
周りに立ち並ぶ木々を見て、
自分の真上に広がる大気を見て
昆虫たちを思い出す。
そして共ににすごした一匹、一匹を思い出しながら、
両手をあわせ、静かに目をつぶる。
何時間がたったのだろうか?
一匹、一匹を思うためか、それなりに時間がたったであろう頃。
彼女の肩に冷たい何かが落ちる。
――冷たい――
事実、何時間もいたせいか
冷たさなど感じるはずもないが、感触でその何かを感じ取る。
――雪だ――
リグルはつい目を開けて空からんまばらに降ってくる雪を眺めてしまう。
その太陽のない世界に放出される雪は真っ白で、まるで光のようで
リグルに一番馴染み深い蛍と過ごした時間を思い出させる。
夏の夜空を一緒になって湖面を飛び回る記憶。
本当、蛍は夜空に輝く星のようで、
大勢で飛び回った湖面はまるでもうひとつの宇宙のようだった。
でも夏が終わるに近づくと同時に、
湖面に広がる星たちはしだいに消えていく。
また一つ、また一つと。
最後に残ったのはリグルだけ。
リグルの目からも自然に雫が流れる。
やはり、一族を代表できるような立場であっても
残されたものは寂しい。
一人は寂しい。
「みっ皆……」
思い出と共に弱弱しい声がついもれてしまう。
しかし現実は彼女に悲しむ時間を与えない。
彼女に悲しみと思い出を与えた雪は視界から消されたのだから。
「あれっ?」
リグルが頭上に目をやると大きな白い傘が自分にかぶさっていることに気づく。
もちろん傘の持ち主は風見幽香。
「風邪引くわよ」
リグルは嬉しくてつい笑ってしまう。
こんな場で不謹慎と言えば、その通りなのだが、
自分が一人でないってことが嬉しくてたまらなかった。
幽香はそんなリグルを見下しながら
言葉よりも先に足がでて、リグルを蹴飛ばす。
「ちょっと聞いているの?」
蹴飛ばされたのに、地面に手をつきながらもリグルは笑う。
「ちゃんと聞いてましたよ」
「なら答えなさいよ」
「はいっ。でも私に傘を差したら幽香さんが風邪引いちゃいますよ?」
幽香の肩にのった雪の粉を見つめながらリグルは呟く。
「私は強い妖怪だから、風邪なんか引かないのよ」
意地悪そうな笑みで幽香は微笑み返す。
「ところでさっきから祈っているみたいだけど、後、どれくらいかかるのよ?」
『祈り』という言葉を聞きリグルの頭もリセットされる。
――どうしよう、これは弔いなわけだし、直接幽香さんには関係ない。
でも、彼女にここにいて欲しい――
そんな葛藤が繰り返され、リグルから出たのは
「あと、もう少しです」
の一言。結局誘うことも、追い返すこともできない一言。
幽香からの返答はない。
まぁそもそも言い切りの言葉だったので返答などないが
それでもリグルはこの沈黙が怖くなる。
でも
「なら最後までここにいていいかしら?」
はっきりしないリグルに対して幽香自らの提案でその沈黙は破られる。
「はいっ」
リグルは安心そうな小さな声で答え、再び目を閉じ、両手を合わせる。
もちろん今度は傘のご加護つきで。
リグルは心の底から、仲間を思い、慈しむ。
幽香はその間何を考えていたのだろう。本人以外わからないことは確かだが、
それでもいい顔をしていた。
やがて時間が経ち、リグルの弔いが終わる。
「終わったの?」
リグルの両手が離れたことを機に幽香が静かに声をかける。
「はいっ」
「それじゃあ、うちで暖かいミルクティーでも飲んでいきなさい。冷えたでしょ?」
「はいっ」
いつもの命令口調だが、どこかまろやかな感じの幽香はそう言って
リグルを持ち上げるように立たせる。
雪はまだ降り続いていた。
もちろん幽香の傘は日傘だし、大きさも一人用のものだ。
それでもその日は二人で無理やり一本の傘に入り寄り添いながら幽香家を目指すのであった。
大気は澄み渡り、空気は冷たくて星は夏よりも瞬く。
だが、実際にそんな日ばかりではない。
ただ、今にも降るか、降らないかといったどんよりとした雲が空を
べったりと覆う夜だってある。
リグルはそんな日にもかかわらず、
白い息をで手を温めながら茂みの中にしゃがみこむ。
彼女がしゃがみこむわけ。
それは彼女が
春、お日様と共に過ごしてきた、
夏、木陰で共にくつろいだ、
秋、暗い夜道を共に歩いた、
昆虫たちにお別れの挨拶をするために。
一年間の弔いをするため。
昆虫の一生は人と比べて実に短くて儚い。
印象の強い蝉や蛍なんて出会ったと思えばすぐにさよならだ。
もちろん中には冬眠をしてまた春先に顔を出す昆虫もいる。
でもそんな虫たちだって冬は地上から姿を消す。
事実上、冬を人間のようにしのげるのはリグルだけ。
そして彼女は虫の妖怪。
だから、この時季に一族を代表して弔うのだ。
――今年もありがとう。また来年会いましょうと――
という意もこめて。
リグルは足元の土を見て、
周りに立ち並ぶ木々を見て、
自分の真上に広がる大気を見て
昆虫たちを思い出す。
そして共ににすごした一匹、一匹を思い出しながら、
両手をあわせ、静かに目をつぶる。
何時間がたったのだろうか?
一匹、一匹を思うためか、それなりに時間がたったであろう頃。
彼女の肩に冷たい何かが落ちる。
――冷たい――
事実、何時間もいたせいか
冷たさなど感じるはずもないが、感触でその何かを感じ取る。
――雪だ――
リグルはつい目を開けて空からんまばらに降ってくる雪を眺めてしまう。
その太陽のない世界に放出される雪は真っ白で、まるで光のようで
リグルに一番馴染み深い蛍と過ごした時間を思い出させる。
夏の夜空を一緒になって湖面を飛び回る記憶。
本当、蛍は夜空に輝く星のようで、
大勢で飛び回った湖面はまるでもうひとつの宇宙のようだった。
でも夏が終わるに近づくと同時に、
湖面に広がる星たちはしだいに消えていく。
また一つ、また一つと。
最後に残ったのはリグルだけ。
リグルの目からも自然に雫が流れる。
やはり、一族を代表できるような立場であっても
残されたものは寂しい。
一人は寂しい。
「みっ皆……」
思い出と共に弱弱しい声がついもれてしまう。
しかし現実は彼女に悲しむ時間を与えない。
彼女に悲しみと思い出を与えた雪は視界から消されたのだから。
「あれっ?」
リグルが頭上に目をやると大きな白い傘が自分にかぶさっていることに気づく。
もちろん傘の持ち主は風見幽香。
「風邪引くわよ」
リグルは嬉しくてつい笑ってしまう。
こんな場で不謹慎と言えば、その通りなのだが、
自分が一人でないってことが嬉しくてたまらなかった。
幽香はそんなリグルを見下しながら
言葉よりも先に足がでて、リグルを蹴飛ばす。
「ちょっと聞いているの?」
蹴飛ばされたのに、地面に手をつきながらもリグルは笑う。
「ちゃんと聞いてましたよ」
「なら答えなさいよ」
「はいっ。でも私に傘を差したら幽香さんが風邪引いちゃいますよ?」
幽香の肩にのった雪の粉を見つめながらリグルは呟く。
「私は強い妖怪だから、風邪なんか引かないのよ」
意地悪そうな笑みで幽香は微笑み返す。
「ところでさっきから祈っているみたいだけど、後、どれくらいかかるのよ?」
『祈り』という言葉を聞きリグルの頭もリセットされる。
――どうしよう、これは弔いなわけだし、直接幽香さんには関係ない。
でも、彼女にここにいて欲しい――
そんな葛藤が繰り返され、リグルから出たのは
「あと、もう少しです」
の一言。結局誘うことも、追い返すこともできない一言。
幽香からの返答はない。
まぁそもそも言い切りの言葉だったので返答などないが
それでもリグルはこの沈黙が怖くなる。
でも
「なら最後までここにいていいかしら?」
はっきりしないリグルに対して幽香自らの提案でその沈黙は破られる。
「はいっ」
リグルは安心そうな小さな声で答え、再び目を閉じ、両手を合わせる。
もちろん今度は傘のご加護つきで。
リグルは心の底から、仲間を思い、慈しむ。
幽香はその間何を考えていたのだろう。本人以外わからないことは確かだが、
それでもいい顔をしていた。
やがて時間が経ち、リグルの弔いが終わる。
「終わったの?」
リグルの両手が離れたことを機に幽香が静かに声をかける。
「はいっ」
「それじゃあ、うちで暖かいミルクティーでも飲んでいきなさい。冷えたでしょ?」
「はいっ」
いつもの命令口調だが、どこかまろやかな感じの幽香はそう言って
リグルを持ち上げるように立たせる。
雪はまだ降り続いていた。
もちろん幽香の傘は日傘だし、大きさも一人用のものだ。
それでもその日は二人で無理やり一本の傘に入り寄り添いながら幽香家を目指すのであった。
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