Coolier - 新生・東方創想話

司書のお仕事

2009/03/10 00:13:22
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 我が主であり七曜魔女ことパチュリー様が、代名詞にも使われる図書館の蔵書を貸し出しするようになってから早数週間。
 私、小悪魔の司書レベルも何時の間にか否応なくあがってしまいました。がっでむ。
 遊びの合間に仕事をする、がモットーの私にとってなんとも歯がゆき事態。



 ……ええ、そうです。本の貸し出し。パチュリー様が一般開放されました。



 勿論、魔術書やその他諸々の貴重で危険な書物は対象外です。
 しかし、そう言った物を除いてもこの大図書館には古今東西津津浦浦、十把一絡げな有象無象が揃っています。
 と言いますか、そんなんばっかり。目録作っている私の身にもなれってもんだ。

 こほん。

 パチュリー様や私にとってはそう思われる物でも、他の方々にとっては有益な物もあるでしょう。
 だとすれば、適合する方に読んで頂いた方が、本自体も喜ぶというもの。
 ……なんて、まぁ、似合わないですかね。あはは。

 無論、今のは私の勝手な解釈です。
 主のパチュリー様にすれば、深慮遠謀があっての事でしょう。
 でなければ、ご自分自身の拠り所とも評される蔵書を貸し出ししましょうか。



 ……今まで余り疑問に思う事もありませんでしたが、気になりだすと止まりません。
 奥の部屋で、何時もと変わらず本を読んでいるパチュリー様に伺ってみましょう。
 業務を行うには確固たる理由がなければいけないのです。



「パチュリー様、パチュリー様」
「なに、小悪魔? ……そろそろ開館時間だけど?」
「何度聞いてもヤらしい響き――ごめんなさい、ごめんなさい」



 ちらりと此方を見、ゆらりと腕を上げる主に平謝り。冗談の通じない方を上司に持つと大変です。

「えとですね。どうして突然、図書館を開放しようとお考えに?」
「貴女も唐突だけど。――私達では有意義に扱えない物でも、他の……何よ、その顔」
「いえ、その、なんと言いますか、他様の口から聞くと、こうもむず痒いと言うか、恥ずかしいと言うか」

 一瞬、居心地の悪い間が、私とパチュリー様を支配する。

 片手で本を胸に押しつけ、人差し指をぴんと立てくるくる回し、パチュリー様は口を開いた。

「――なんて訳ではなく、借りた本によって各々の傾向を見いだし、その特異な生態を探るのを目的とし」
「どう聞いても後付けです。本当にありがとうございました」
「……小悪魔、私の事、嫌い?」
「呼ばれる前から愛してましたぁぁぁ!」
「別にどうでもいいけど。……それ、異世界から覗いていたって事よ? 強ち否定できなくて怖いわ」

 しくしくしく、めそめそめそ。 

「どれだけ貴女を愛してもぉ、三割三分三厘も伝わらなぁい、邪な想いは空回りぃ、あいらびゅさえ言えないでいる、まいはぁ~」
「喧しい。それと、また英語の発音が悪くなってる」
「その代り、此方の発音は上達しています。あ、さて、さてさてさてさて、さてっは南京、たぁますぅだれぇ」

 尻尾を簾に見立てて輪っかを作ると、思いきり大きな溜息を吐かれ、そっぽを向かれました。何がいけなかったのか。

 ――視線が外れたのを確認し、私は口に笑みを浮かべた。嬉しかったのです。

 パチュリー様は、ここ数年で、それ以前の膨大な時間からは考えられないほどにアクティブになられています。
 感情が表情に出やすくなった。図書館の外にすら余り出なかったのが、時々は外出されるようになった。
 ……ついでに、お仕置きの頻度と威力が上がってしまったのはご愛嬌と言う所ですか。

 アクティブになられた、故に良い……と言う訳ではありません。

 感情の大きな起伏は心身ともに疲れさせます。
 外出される事によって、喘息の発作が起きる確率も上がってしまうでしょう。
 幸いにも、最近は蹲ってしまうほど大きなものは見受けられませんが……。

 では何故、私は嬉しく思ったのか。単純に、変化を喜ばしく感じているからです。

 パチュリー様や私、魔女や悪魔、そして、所謂妖怪や神は、ある程度まで成長すると滅多な事では変わりません。
 それは……或いは完成された個体とも言えましょうか。しかし、ある意味で言えば、成長しない事と同義です。
 なれば、既にある程度まで成長されているパチュリー様の変化は、更なる成長へと繋がる――と私は考えます。

 ……まぁ、浅学で木端な小悪魔の戯言ですけどね。

「――碌でもない事、考えているでしょう?」

 いけないいけない。主の視線に気づきませんでした。やはり私はまだまだ青二才。

「いえ、そんな。ただ、パチュリー様も変わられたなぁって」
「……そうかもね」

 おや、顔は再び本へと戻りましたが、珍しく素直な同意。

「少なくとも、体格的には以前より少し大きくなっているわ」
「そんな曖昧な! スリーサイズは上から1cm、0.3cm、0.8cm、身長は――」
「誤差って言わない、それ? ともかく、やっぱり、碌でもなかったわね」

 ゆらりと腕があげられ、指が私を指し示すぅっきゃー!?

「……あれ、愛の鞭が飛んでこない?」
「元から愛なんて込めてないけど。――言ったでしょ。そろそろだって」

 指の先、遥か後方へと視線を向ける。
 視界に入ったのは、大きな大きな扉。紅魔館の廊下と大図書館を繋ぐ扉。
 ――そう言えば、結構お喋りしてましたもんねぇ。

 私は胸に手を当て、一礼しながら、言った。

「では、奇奇怪怪な皆様の生態を探る為、貴女の小悪魔、堪えがたきを堪え忍びがたきを忍び、お勤めを全うしに向かいます」
「貴女ね……。大体、何に堪えて何を忍ぶのよ。下らない事ばっかり言ってないで、ほら、行ってらっしゃい」
「いえ、パチュリー様と同じ空間にいたいなぁと。
 埃臭い空気もパチュリー様の吐いている息が混じっていると思えば嗅ぐ事だって可能です。くんかくぅっきゃー!?」

 鼻頭に弾幕が降り注ぎました。真面目に痛いです。

 愛に押し流されつつ、私は一日分の鋭気をもらい受け、扉へと向かいました。



 ま、即日払いのお給料の為にも、ぼちぼち頑張りましょうかねっと――。







「大図書館、開館致し――」

 言葉に出しつつ、扉を開きます。
 同時、視界に入りこんできたのは、クラウチングスタート態勢の何か。
 認識できない。開いた僅かな隙間に身を通し駆けていく。尋常じゃない速さ。

「――まーす」

 廊下に、間の抜けた声が響きました。

 感覚を鋭くさせた耳に、複数回、何か――誰かが廊下を蹴る音。走る音。
 館内ではお静かにしてください、と言おうか言うまいか悩みつつ、私は入口近くに作られた司書室の受け付けカウンターに回る。
 椅子に座ると、手作りの座布団が私のヒップを優しく受け止めてくれました。冷やすのは良くない。

 注意? や、何をどうされているかは知りませんが、響く音はさほど煩くないのですよ。
 仮に私が声を出せば、確実に其方の方がパチュリー様の気に障るでしょう。
 狼藉者の可能性もなくはないですが、進んだ方向、聞こえてくる音の位置からしてまぁ違うかと。
 そもそも、紅い悪魔やその完璧な従者がおわしますこの館で、誰が狼藉を働こうと言うのか。
 私は働きたいですが。勿論、性的に。

「ぬほほ――と?」

 たおやかな笑みを浮かべ座っていると、三冊――貸し出し可能上限数です――の書物が差し出されます。

 顔を上げると、目に大きなサングラス、口に白いマスクを当てた方が其処に居ました。もう少し寝ると春ですしね。

 加えて、コートです。完璧。

 がばりと広げられようなものなら、私の様なか弱き乙女では抵抗しようがございません。
 精々出来るのは、ひとしきり品定めをし、その後にふらふらと倒れつつおもむろにパイルバンカーを取り出す事位です。
 ええ、パイルバンカー。出力は魔力ですが、打ち出すのは杭です。本家本元の名称。
 それをですね、こう、露わになった部位にですね、ガツンと。ガッツンと。
 ――とは言え、私が此方に赴いてからこっち、そう言う紳士な方にお会いした事はありませんが。ち。

 ま、眼前のお方は、出る所は出て引っ込む所は引っ込んでいる垂涎な体型からして、女性な訳です。

 書物を受け取り、私は首を微かに捻りました。
 一冊目は当図書館でもぶ厚いと思われる部類であり、二冊目は薄く、三冊目はこれまたぶ厚い。
 不釣り合いだなぁと思いつつ、一冊目の貸出記録を記述し脇にどけ、二冊目の表紙は見慣れた肌色がこんにちは。

 ……グラサンの女性はそわそわしつつ、きょろきょろ辺りを窺っていました。

「べ、ベタな……」
「何よ、文句ある!? って、しま、声を……!」
「開館時間狙いで来訪する方なんて、他にいませんよ」

 三冊目を記述しつつ、私は、彼女の短い悲鳴に苦笑で応えす。

「いえ、その、出来れば貴女にもばれたくなかったんだけど……」
「なるほど。だから、貸出希望書のお名前も良くわからない文字なんですね」
「いえ、確かに崩してはいるけど、普通にアルファベットの筆記た」
「でも! 無駄ですよ。体型を見ればお会いした事のある方なら判別付きますので」
「……私、コートなんだけど?」
「はぁ。……ですから?」

 それがどうしたと言うのでしょう。デビルアイは透視力。
 パチュリー様にばれ、制約をかけられてからはサーモグラフィーのようにしか見えなくなりましたが。
 くそぅ、出会いの時に「ぴんく……」と呟いたばかりに……!

 こほん。

「いやでもですね、そもそも、貴女なら、こんなまだるっこしい事しなくてもどうとでもできるでしょうに」
「結構厄介な結界が張られているのよ、此処? それにね」
「パチュリー様も以前は鼠狩りに苦心されていましたからねぇ。はいな?」

 彼女は、静かに、けれど、毅然と言いました。

「筋は、通すわ」

 微笑みに、けれど、カリスマを感じずにはいられません。

「――ね、ねぇ、ところで、まだ処理は終わらないのかしら? 誰かの足音が聞こえたような!」

 マスクですけど。コートですけど。借りていくのは、何故か指定が入らないエロス本ですけど。

「聞こえませんて。はい、ではどうぞ」
「ありがとう! ……あら、以前、下見に来た時には、袋になんて入れてなかったと思うんだけど?」
「……透明ビニールですいませんね。順番も、差し出された時と同じようにしておりますので」

 仮に、彼女が帰り道に何方かと出会い借り出した書物を見られても、とりあえずは月に想いを馳せる乙女か、外世界の式を学ぼ
うとする風変りな者としか見えないでしょう。もしくは惚けたと思われるか。

「小悪魔、いいえ、こぁ、貴女……!」
「貸し出し期限は一週間です。用は済んだでしょう? 早くお帰りになられて下さい」
「……この恩は、何れ、必ず。――じゃあ、御機嫌よう」

 踵を返し今にも浮かび上がりそうな彼女に、私は心の中で呟きます――グッドラック!

 ……何故、大図書館にエロス本があるのか、疑問に思われる方がいるかも知れません。
 簡単です。とても、そう、とてもシンプルな答えです。
 私が寄贈しました。こっそりと。

 あ。でも、あの表紙は確か……。まぁ、いっか――。





 次の方は、約三十分後程に来られました。

 受付の私にも丁寧に挨拶をし、きびきびと動く様、響かせる一定の足音が、普段のお仕事ぶりも連想させます。

 数分後、差し出された書物は以下の三冊。

 『読むだけで大きくなる!』
 『グランドキャニオンを貴女に』
 『無乳の品格』

 以上。く……っ。

「……諦めてはいませんからね?」
「何も言っていません。睨まないでください」
「貴女の目がそう言っています! うぅ、ちょっと谷間があるからって……!」

 確かに内心そう思いましたが、だからと言って、それで責められるのは酷と言うもの。

 だから、私は少し意地悪な返答をしてしまいました。

「『ちょっと』?」
「……じゃないですね。地獄に――!」
「あぁ、すいません、まじすいません!」

 寄せてあげたのが気に障ったのでしょう、涙目で弾幕を放つ態勢を取られてしまいました。かぁわいい。



 ――と思って吹っ飛ばされたのが、三十分程前。



「……諦めてはいませんよ?」
「何も言っていません。睨まないでください」
「貴女の心がそう言っています! うぅ、ちょっと谷間があるからって……!」

 歴史は繰り返す。
 ほどなくして、私は先程と同じ弾幕を浴びる事になりました。
 地獄に送られ地獄から返される。あぁ、哀れ小悪魔は遥か後、死んでから何処に行けばいいのでしょう!

 と言うか、私、頑丈だなぁ。伊達に毎日、パチュリー様の弾幕を浴びてないなぁ……――。





 お昼時となりました。

 この大図書館、当然の様に太陽の光など届きません。また、時計などと言う便利な物も用意されていません。
 けれど、他の方ならばともかく、私には明確にお昼だとわかる理由がございます。腹が鳴る。
 ……流石に時計がないのはどうかなぁ。今度、備品申請しましょう。

「お腹すいたぁ……」

 今日のお弁当は、おにぎり、甘めの卵焼き、出来合いのハンバーグ、血のように赤いプチトマト、パチュリー様です。彩満点。

 ええ、はい、パチュリー様。
 まずはぬるぬるとした液体を塗りたくり、その味とパチュリー様の味、双方を確かめる為に舌でねぶります。
 あげられる心地よい声を耳に楽しみつつ、ゆっくりゆっくり焦らすようにやらしく噛み、徐に……。

「うへへ……」
「小悪魔さん、是を貸し出し……小悪魔さん?」
「私ほどの猛者になればただのスプラウトでもイメトレが可能なのです。あ、はいはい」

 半眼で睨みつけられ、私はそそくさと本を受け取ります。若干、頬に朱が差しているような。貴様、理解しているな!

「――妖夢、終わった?」
「あ、もう少しお待ちを。うどんげさんは……?」
「うん、探してたの見つかった。是で課題がどうにかなるといいんだけど……」

 レポートが終わらない大学生の様な事を呟かれます。大学生ってなんだ。

 と言う訳で、現在図書館におられますのは半人半霊・妖夢さんと月兎・うどんげさんのお二方。
 彼女達が帰られるまでは、お昼ご飯もお預けです。
 もうちょっとでしょうけどね。

 因みに、先に差し出された妖夢さんの貸出希望は以下。

 『河豚毒なんて怖くない』
 『ぽちっとなの理論 大斬りこそは我が生き様』

 以上。二冊の著者は同じです。鷹を飼うかチルノさんに弟子入りして頂いた方が、私は嬉しい。

「あ、その本……『月刊 ヒトの里』の今月号ですか?」
「うん、課題の方は二冊で何とかなりそうだったから……もしかして、妖夢も探してた?」
「い、いえ、そんな! 私は刀に生き刀に死ぬ者、特集の『黄龍堂 その味に迫る』など、聊かも必要でありましょうか!」

 ……ばっちり書店でチェックされていたんですね。ほろり。

 信念を込めた啖呵に、うどんげさんは胸に手を当て、応えます。

「妖夢……涎が」

 みょんと叫びつつ、ごしごしと拭う妖夢さん。まぁ、年頃の女の子ですしね。致し方なしというものです。

 くすりと笑い、うどんげさんは件の本を此方に向けてきました。

「小悪魔さん、妖夢、まだ上限じゃないですよね? 是も加えてください」

 ええ娘やなぁ……。

「うどんげさん、いけません、それは貴女が見つけ出したものです!」
「読みたい事は読みたいけど……でも、妖夢の方が必要そうだし」
「た、確かに興味は尽きませんが……いいえ、ですが、どうぞお先に!」

 眉根を寄せて困った表情のうどんげさん。手をバタバタと振る妖夢さん。ビバ、譲り合いの精神。



 ――三十分が経過しました。



「妖夢の方が!」
「うどんげさんにこそ!」

 ……予測しておくべきでしたね。ひもじいよぅひもじいよぅ――。





 お弁当を胃袋にかき込み終え、三大欲求の内二つが満たされた私は、受付に座りつつも舟を漕いでしまいます。

 この小悪魔、常日頃から食欲と性欲が一緒くたなのですよ。なんたる外道。森鴎外もびっくり。……何か違うような。

 ふぁ、と欠伸をしそうになった所で、此方に向かって来る人影が二つ。正確には人影が一つと、妖影が一つ。

「小悪魔、仕事中に何て顔しているの。誰かじゃあるまいし、みっともないから止めなさいな」
「そりゃま、何方か様は時間を止めてお休みになられますもの。欠伸も見せないですよねー」

 ぎらりとした視線を投げつける悪魔の狗。
 かわす事なく笑みで受け止めるのは紅の門番。
 来られたのは、我が紅魔館の内外の要、十六夜咲夜さんと紅美鈴さんです。

 まだ何か言いたげな咲夜さんの口を塞ぎ、美鈴さんは私に尋ねてきます。

「寝顔は見せて貰ってますけどね、と。――小悪魔さん、お頼みしていた本は……?」
「はいなー、此方でしたよね? 『太陽のお姫様』。とり置きしてますよ」
「ありがとうございます」

 書名を告げながらお渡しすると、後ろの咲夜さんが小さな呟きを零されました。

「あ、それ……」
「どうしました、咲夜さん?」
「どんな話だったかなって……いえ、なんでもないわ」

 なんでもないようには聞こえません。お言葉からして、以前、読んだ事でもあるのでしょうか。

 首を捻る私に、呼び声とウィンクが投げかけられました。

「小悪魔さん、貸出先の変更をお願いします」

 無論、美鈴さんからです。

「ちょっと美鈴、それは貴女が」
「咲夜さん、読むの早いでしょう?」
「う……まぁ、そんなに厚くもないし、早く済むと思うけど……」

 小悪魔、同じ轍は踏みません。
 さっと本へと向かい、美鈴さんの名に線を引き、咲夜さんの名を書きこみます。
 反論が続かないところを鑑みるに、どうせ、早い内に勝負ありとなるでしょうし。

 顔を上げると、咲夜さんが口元を押さえ、顔を赤くされていました。

 代わりに受け取った美鈴さんが咲夜さんの腰に手を回し、それでは、と残しつつ、外へと向かいます。

「続きは夜に。――その後にでも、今度は咲夜さんが、私にお聞かせ下さいね」

 本の内容を言っておられるのでしょう。
 なるほど、何時かの夜に、美鈴さんが咲夜さんに……あ?

 夜ってなんだ。
 続きって何のだ。
 反論を封じ込めたのは、何だった――?



「文字通り、口でしたね。どう見てもキスです。本当にありがとうございました」



 あぁちくしょう、満たされていたから気がつかなかった……!

 恐るべしは紅美鈴。
 或いは、その『能力』を使い、私の気を逸らせたか。
 彼女のあの技量は、もしかすると字名しか教えて頂かなかった我が師、『ザ・ビッグ』に迫るものがあるやもしれぬ……!――





 続けてこられたのは、午前中のトラウマの元を思い出させる緑髪が麗しい、蟲の王ことリグル・ナイトバグさん、と。

「リグル、リグル、あっちの方にリグルの好きそうな本があったよ」
「ほんと? ありがと、ミスチー、見てくるね」

 彼女の友人にして屋台の経営者、夜雀のミスティア・ローレライさんです。

 嬉しそうに歩きだすリグルさんを見送り――彼女が曲がり、視界から消えた後で、ミスティアさんはぐるりと此方に振り向――

「小悪魔! これ、貸出! 早く早く! ハリーハリー!」
「単語で話さないで下さいよ。是って……ぅわ、だから、リグルさんを遠ざけたんですね」
「オゥイエス! 書いた? もういい? 借りるよ? 借りちゃうよ?」

 言うが早いか、奪い取る様に本を受け取り、服の中にごそごそと直すミスティアさん。

 一拍後、至福の表情を浮かべやがりました。ぱぁぁ……と笑顔が咲きます。

「小悪魔、あんた、結構な趣味をお持ちで……」
「いえいえ、迷いなく持ってくるミスティアさんこそ……ぬほほ」
「見つけた時、思わず『ぬっはぁ』って呟いちゃったじゃないの……あーっしゃっしゃ」

 私の寄贈とばれている辺り、流石と言わざるを得ません。

 顔を寄せ、たおやかに笑いあっていると、弾むような足音が耳に届きました。
 リグルさんがお目当ての本を見つけ出し、戻ってこられたのでしょう。
 ミスティアさんは何事もなかったように口笛を吹いておられます。

「ミスチー、ミスチーの言うとおりだったよ、あったあった」
「あは、良かった。じゃあ、早速借りちゃいなよ」
「ん、小悪魔さん、是と是、お願いね――でも、ミスチー、私が好きな本、よくわかったね?」
「何言ってるのさ。そんなの、考えるまでもなく、私にはわかるよ」
「ミスチー……ん、ありがと」
「どういたしまして、リグル。……えへへ」

 はにかみながら笑みを浮かべあうお二方。

「あ、終わったみたいだよ。帰ろ」
「ん、小悪魔さんもありがとう。――そだ、帰り、屋台に寄っていい?」
「聞く必要なんてないって。リグルなら、その、別に、泊っていってくれても……」

 ――なぁに、ミスチー?
 ――……うぅん、なんでもないよ、リグル。

 きゃっきゃうふふ。

 お二方が廊下に出たのを確認し、私はさて……と短く呟き、扉に向かいます。

 そして、あらん限りに叫びました。



「ミスティアさん、お借り頂いた『あぁん、蟲姫様! 触手で悶絶編』には続きがあります! お忘れなく!!」



 偶には正しく、他所の不幸は蜜の味。いやいや。司書として正しい事を致しました。情報の提供。

「置いといて! じゃねぇぇぇ、小悪魔、計ったな、こあっがぁぁぁぁぁ!?」
「貴女は良き友人でしたが、貴女のお客様がいけないのですよ……」

 咲夜さんと美鈴さんの事です。所謂、八当たり。

 ……でもないですよねぇ。
 真面目にお仕事する私の前でいちゃつくのがいけないのです。正義の鉄槌です。
 あと、そう言う相手と一緒に来て、そう言う本を借りていくんじゃありません。



 夜雀の鳴き声を耳にしつつ、私は笑いながら、受付へと戻りました――。





「ねぇね、小悪魔、小悪魔」
「わ、びっくりした! ……妹様?」

 しとやかな笑みを浮かべ本を読んでいた私に声をかけてこられたのは、悪魔の妹ことフランドール・スカーレット様。

 しばらく前に魔理沙さんとアリスさんが来られてから客足が途絶えていたので、読書に夢中になってしまっていたようです。
 因みに、お二方はパチュリー様とお茶会中。アリスさんの差し入れクッキーは絶品でございました。
 是で紅茶があればなぁと欲望は留まるところを知りませぬ。

 おっと、今は妹様のお相手をいたしませんと。

 けれど、受付から見えるのはトレードマークとも言える帽子と羽だけです。
 よっこいせと立ち上がり、司書室を出ます。
 扉を開けると、やはり其処におられたのは可憐でキュートな吸血鬼。

 ……はれ? 今近くで悲鳴があげられたような……?

「わ、大丈夫っ?」
「……ぅー、おでこが。ん、でも、平気」

 声がして。
 漸く、自身のごく近くにその存在がいる事に気がつきました。
 黒い帽子、薄緑色の髪、カーキ色の上着、緑色のスカート、そして、何よりも特徴的だったのは――。

「白のサイハイソックス! マーヴェラスっ!!」
「え、アクセサリーじゃないの?」

 おぉ、言われてみれば其方も特異なパーツ。でも、私はハイサイソックスを押します。

「とと、気付きませんで申し訳ございません。すぐに絆創膏を」
「うぅん、ほんとに平気だから。それに、気がつかないのもしょうがないもの」
「どういう事でしょう……? そう言えば、そのアクセサリー、午前中にも見たような……」

 地獄から返された時に。と言う事は。

「お姉ちゃんに会ったのかしら? 初めまして、私は、古明地こいし。無意識を操るの」
「是は是はご丁寧に。初めまして、私は小悪魔と申します。で、その靴下は何方の趣味でしょうか?」
「『能力』の紹介があっても、あくまで其処にこだわるんだね……」
「悪魔ですから。小悪魔ですから」

 付け加えるなら、『無意識を操る』なんてどう解釈すればいいか私にはわかりませんので。

 地霊殿の主様の趣味だと判明し、ほくほくとした顔になります。やりますなぁ、さとりさん。

「――でね、小悪魔。……聞いてる?」
「ええ、勿論。続けてくださいな」
「絵本がね、何処にあるか教えて欲しいの」

 なんでも、先程アリスさんに人形劇を見せてもらったそうで。
 題材が気なったからと、お二方は此方にまで足を運んで頂いたとの事。
 容姿を鑑みても少し幼い御要望ですが、その純真な期待に自然と笑みを浮かべてしまいます。

 ついてきてください、と告げつつ先頭に進み、一つ角を曲がり、二つ角を曲がり――該当の場所へと誘いました。

 ――高い本棚を見上げ、こいしさんは感嘆の声をあげます。
 図書館の蔵書が誇れ、私も嬉しい限り。
 あれもこれもとその場で頁を捲る様は本当に喜ばしそうで、司書冥利に尽きます。

 しばらくかかるかな――思い、もうお一方に話を向けました。

「妹様は、何かご希望の本、ございませんか?」
「ん、ぅーと……そうだ、野球の本ってある? こいしに誘われてるの」
「ふむ……『知る』『楽しむ』『ギブス』。どちらが宜しいです?」
「……『ギブス』? んっと、『知る』のは一冊で十分だから、『楽しむ』二冊でお願い」
「では、此方を。一冊目は技術兼知識書の『HOW TO BASEBALL』、後は漫画です。各一巻ずつ」
「ありがと。でも、この漫画、中の顔が同じだよ? 続編?」

 お渡ししたのは『接触』と『水素分子』。しまった、後者はなかなか野球が出てこない。

 首を捻る妹様に苦笑を向けつつ、そろそろ決まったかなとこいしさんへと視線を移します。
 彼女は、数冊――いえ、十数冊でしょうか、ぺたんと座りこみ、広げられたスカートの上に並べ、唸っていました。
 本を汚さないよう、という姿勢に、頬が緩くなるのはまぁ当然でしょう。

 こいしさんの唸りに、妹様が気付き、ひょいと覗きこみ声をかけられます。

「どうしたの、こいし?」
「う、ん……お姉ちゃん達にも見せたいなって思って、絞り込んだんだけど……」
「その数でも一応、絞り込んだのね……。そっか、上限――」

 ――妹様が続きを仰られる前に、口を開きました。

「こいしさんは其方の本で宜しいですね。
 わかりました、私は『無意識』に記述いたします。
 妹様も『無意識』にそれを見ておられました。
 こいしさんは『無意識』に、本をお持ち帰りしてください」

 捲し立てられ、お二方は顔を見合せます。
 でも、と揃って口に出される、またその前に。
 私は笑いながら、言います。



「――きっと、パチュリー様がお気付きになられても、『無意識』に許して頂けるでしょうっきゃー!?」



 言葉を締めくくると同時、二つの弾丸が。ちまっこい弾幕が。

「ありがと、小悪魔!」
「大事に読むね、小悪魔さん!」

 渾身のタックルによろめきつつも、お二方の柔らかい髪を撫で、私は変わらぬ微笑みを浮かべました――。







 あれから一時間。時刻的には十六時頃でしょうか。

 受付で絶賛後悔中。

 私の馬鹿……!
 なんて、何てことを……!
 似合わない事をしてしまうから……してしまっていたから……!



「ロリぃなフタリの抱擁に可愛いとしか思わなかっただなんて! おぉ、神よ……! 私は、私は……!」



「……この頃あんたが何なのか忘れそうになるんだけど。悪魔が神に祈るな」
「はい、祈るのはミスティアさんをダイヤのナインから守る時だけだと決めています」

 何の話よ、何の――と呆れたように仰るのは、博麗の巫女、霊夢さん。

「おや、何時の間に?」
「ちょっと前。あんたがてきぱきと何か書いてる時からかしら。目録でも作ってたの?」
「がぁーん! そんな恥ずかしい姿を! 酷い、酷いです霊夢さん! 馬鹿、知らない!」

 思春期の娘が、勝手に部屋へと入ってきた父親に文句を言う時の様な仕草で、ぷんすか怒ります。

「あっそ」

 ……しくしくしく、めそめそめそ。

 割と本気で恥ずかしかったのですが、まぁ今ので相殺されたでしょう。
 や、知人に仕事をしている姿を見られるのって気恥ずかしいじゃないですか。
 普段が普段なだけに、私は殊更恥ずかしい訳ですよ。

「――今日は、どうして此方に? あ、魔理沙さん達なら奥におられますよ」
「そうなの? 付添いできただけよ。私が此処の本に興味なんてあると思う?」
「むぅ。きっぱりと言われると返す言葉もないと言うか。……何方の、です?」

 肩を竦める紅白巫女に頬を掻きつつ応え、もうヒトリいるらしい来訪者を尋ねます。

 と――埃臭い館内に、爽やかな風が吹きます。匂いもまた芳しい。

 数冊の本を携えて奥から現れたのは、守矢の青白巫女、東風谷早苗さん。

「……看護婦さんは何処!?」
「わ、急に訳わかんない事を叫ぶな!」
「小悪魔さん、私は巫女ではなくて、風祝ですよ」

 苦笑を浮かべながら、やんわりと訂正されました。……なにぃ、理解しただと!?

「早苗もこだわるわねぇ。どっちでもいいじゃないの。ほら、早くして頂戴」

 驚愕の表情を浮かべる私に笑みだけを向け、早苗さんはとんとカウンターに本を置きます。
 若干表情が硬いのは、霊夢さんのお言葉の所為でしょうか。

 まぁ、ともかく。
 一二冊目は、割とぶ厚い歴史書。神道関係のものですかね。
 三冊目は幻想郷縁起の写し、四冊目はお料理、五冊目はお裁縫、六冊目はなんとまぁ可愛らしい占いの本ですよ。ぺらいの。

 今度は私が苦笑で返します。

「申し訳ありません、早苗さん。貸出上限は三冊までなんですよ」
「えぇ!? どうしましょう!」

 びっくりしました。
 今気付いたかのように大きな声で早苗さん。
 どうしましょうも何も、カウンターなんですから当然注意書きもあるんですが……。

 一週間後に――続けようとした言葉は、彼女の薄らとした笑みにかき消されました。
 笑み。そう、笑みなんです。何故?
 応えは、数秒後に提示されました。



「霊夢さん! 私、セット二冊は諦めますので、何れか一つを切ってください!」
「早苗ぇぇぇっっっ!? ちが、違うのよ、小悪魔! 私は何も!」
「あははー、私も何も明言していませんよー?」



 その通りです。
 『セット二冊』だけでは、私にはわかりませんでした。
 霊夢さんの叫び声、そして、がっくんがっくんと早苗さんの襟を掴み揺さぶる様で、漸く気付いたのです。

 守矢の風祝――その名、その笑み、その技、覚えておきましょう。怖ひ。

 ですが、私も気圧されてばかりではいません。
 尖った耳が、お二方よりも先に、奥の方から進み来る足音を捉えます。
 霊夢さんに揺さぶられる早苗さんに視線をやり、見ていなさいとばかりに笑みを浮かべました。



「霊夢さん! 『可愛い楽しいお菓子作り』『マフラーの編み方初級編』『お星様占い』、以上三冊、貸出OKです!」
「こ、小悪魔、何もそんな大声で言わなくたっていいから――!」



「――お前、占いに興味あったのか。八卦で見てやろうか?」
「なら、私はお菓子と裁縫を……って、霊夢? どうしたの?」

 はい、奥から戻ってこられたのは、魔理沙さんとアリスさんでしたー。

 怪訝な表情で霊夢さんを見る白黒魔法使いと七色の人形遣い。
 親指をあげ、互いの戦果を称え合う守矢の風祝と大図書館の司書。
 拳を握り、肩をぶるぶると震わせるのは、暴言吐き――もとい、博麗の巫女。

 ぷちんと何かが切れる音がして、霊夢さんは腕を振りあげます。しかし。



「う、煩いうるさい、うるさーい! 神霊! 夢想――」
「――ふーいん、と。駄目ですよ、霊夢さん。館内ではお静かに」



 腕ごと背後から抑え込まれ、抱きこまれ、真っ赤な顔をしてお黙りになられました。お見事! ――






 姦しいお三方が帰られてから、早一時間ほど。
 ええ、お三方です。霊夢さんはあれからずっと口を閉ざしていたので。
 やぁ、博麗の巫女があれほどまでに可愛らしいとは盲点でした。今度、弄ってみましょう。

 こほん。

 今日もなんだかんだで時間が過ぎて、閉館時間も間近となりました。
 何時もいつもこれ程騒がしい訳ではないので、少し疲れてしまいましたかね。
 ……うーん、少し早い気もしますが、もう閉めさせて頂きましょう。

 ぐるぐると片腕を回しつつ、扉の方へと近づき、取っ手を掴みました。

「大図書館、閉館致し――」

 視界に。
 何かが割り込んできました。
 速い、尋常じゃないって、またですか。

「――ませーん」

 廊下に、間の抜けた声と言葉が響きました。私は悪くない。

 午前最初のお客様と違ったのは、ふわりとした香りが残された事。

 あぁいう駆け込み方ならば、目当ての本があるのでしょう。
 私は小さく溜息を吐き、てこてこと受付まで戻り、ぽふんと座りました。
 袋、まだ残ってたかなぁ。

 五分経過。戻ってきません。

 十分経過。戻ってきやがりません。

 十五分経過。……サービス残業なんてしてられっかぁぁぁ!

 湧き上がる憤怒と共に最後に聞こえた足音を頼りにして、いるであろう場所に向かいます。
 一つ角を曲がり、二つ角を曲がり――って、あれ? この道筋は……。
 首を捻りつつ、着いた其処に、やはりお客様はおられました。

 私の接近にも気がつかないほどの熱心さで、棚に向かっていらっしゃいます。

 彼女の手に携えられている、ダミー用のぶ厚い書物――『拷問百科』『泣け喚けそして散れ』――が、余りにも場違いで。
 黒いサングラス、白いマスク、全身を覆うコートが余りにもそっくりで。
 私は思わず、呟いてしまいました。

「べ、ベタな……」
「何よ、文句ある!? って、しま、声を……!」
「閉館時間狙いでこられる方なんて、あぁ、お一方おられましたねぇ」

 短い悲鳴を上げる彼女に、苦笑で応え――そして、伺いました。

「……どうしてこのような所に? 宜しければ、お探ししているものを見繕いますが」
「べ、つに。単なる気まぐれよ。……時間が過ぎているのね。ごめんなさい。もう出るわ」

 手に持っていた薄い本をさっと、ですが、丁寧に棚に戻し、彼女は私の傍を通り抜けました。

 ――はふ、と吐いた溜息は、届かなかったのでしょう。届いていたら散らされちゃいそうですし。

 私は、振り向く事なく、言いました。

「其処な淑女さん」
「……誰が淑女よ!?」
「ご自分の格好を思い出し、すいませんすいません」

 背をちりちりと莫大な妖気が焦がします。怖ぇまじ怖ぇ。



「ともかく。
 ――その様な格好ですので、何方かは解りませんが、仰る通り、閉館時間は当に過ぎております。
 私は今、貴女の所為でサービス残業をしているのですから、そうなった原因位はお聞かせ頂かないと割に合いません」



 あんだすたん? ――って、あぁ、ほんとに発音が拙いレベルかもしれない。

 何方か知らぬ淑女様は、「I see……」と呟かれ、応えれらます。がでむ。

「誰も彼もお人好しばかりね……。
 ――いつも、いつも私は聞いてばかりなの。『それはどういう遊び?』『なんて歌だったかしら?』。
 あの子達は快く応えてくれるわ。だけど、どうしても、距離を感じてしまう。そりゃそうなんだけどね」

 彼女は、棚から一冊を抜き出します。題名は『皆のうた』。

 棚に並べられているのは、妹様やこいしさんに紹介した絵本や漫画、童謡、様々な遊びが紹介されいる――所謂、児童向けの本。

「だから、私は……――」
「はい! 此処で小悪魔の推薦図書コーナー! どんどんぱふぱふ! あ、ぱふぱふってそんすいません、まじすいません!」

 唐突な声に呆然とする彼女は、特に何もしておられません。何でしょう、条件反射?

「一冊目! 凡その童謡を網羅! 『皆のうたMAX』!
 二冊目! 絵本は今鮮やかに蘇る! 『フルカラーグリム草子』!
 三冊目! 全ての遊びはこの一冊で! 『遊びの時間は終わらない』! 以上!!」

 ばばばと棚から取り出し、彼女の方へと向けます。重、無茶苦茶重いです!?

「あぁしかし、貴女の手には既に二冊持たれています!
 私は悲しい! 推薦図書を借りて頂けないなんて!
 えぇい、そうだ、勝手に記述しちゃえ! 『かざ』なんでもないです、妖力は引っ込めて!?」

 今度は本当に妖力が向けられました。波があるのを鑑みるとばれていないとでも思っていたのでしょうか。……えー?

 妖力は、集められ、形作られ、――。

「……記述されたんなら、仕方ないわね。借りてあげるわよ」

 ――髪に添えられる、少し早いカンバニュラ。

 花言葉は、思いを告げる、おしゃべり、そして――



「お節介な小悪魔……感謝するわ」







「大図書館、閉館致しまーす、と」



 きぃ、と多少耳につく音を聞きながら、扉を閉じました。



 コリをほぐす為、ぐるぐると両肩を回し、私は司書室へと戻ります。
 扉を開けると、其処には見慣れたもやしが。
 あ、いやいや。

「……最後、長かったわね」
「パチュリー様、気付いていたのですか」
「聞こえていたの。あんな大声だもの。当然でしょ?」

 口元に乾いた笑いを浮かべ、私は頬を掻きます。やべぇ、怒られていらっしゃる?

「残業はしない性質じゃなかったのかしら?」
「はぁまぁ……お手当も付きましたし」

 髪に咲いた花を指し、おずおずとはぐらかしました。

 パチュリー様は、首を小さく横に振り、呆れたよう物言いで返してきます。

「付き合いが増す度、貴女が本当に悪魔なのか疑いたくなるわ」
「突き合いも増やしたいですねぇ、って、あぁ、ごめんなさいごめんなさい!」

 速攻で土下座。私に迷いはない。

 ったく、と短く呟き、顔を背ける我が主。

 ――視線はすぐに戻され、同じくポツリと囁かれます。



「ま、悪魔としてはどうかと思うけど、司書の腕は上々ね」



 ……パチュリー様はお気付きになられているのでしょうか。

 そう言うご自身は、魔女らしくない表情をされている事を。

 以前は考えられなかったほどの、優しい微笑みを浮かべている事を。



 そして、私は、一日分の体の疲れを癒す、即日払いのお給料を頂きました。



「――お疲れ様。今日も、ありがとう、小悪魔」










「……ところで、パチュリー様」
「ん、何かしら?」
「私の貸出記録は何方に付けて頂けば宜しいのでしょう」
「何方って、別にいらないでしょう? 貴女が持ち出すなんて」
「いけません、お言葉は有難いですが、それは公私混同と言うもの!」
「……私に付けろって言うの? いいけど」
「いやぁ、お手を煩わしてしまって申し訳ありません」
「いいから、さっさと持って来なさいよ」
「あ、いやいや、時間が空いていた時に読んでいたんで、其処にあります」

 ごそごそと取り出し、私は喜色満面でお渡しします。

「無駄に手際の良い……えーと……って、これ、は」

 受け取ったパチュリー様のお顔の色が変わります。

 私が差し出したのは、以下三冊。



『蕾LOVE』
『おっぱいがいっぱい』
『下剋上 ―魔女と司書の淫らな夕暮れ―』



 以上。あ、最後のは同人誌です。私が描きました。イェァ!



「あ、貴女ねぇ……!」
「ささ、この私めの傾向を見出してください。私を見て! もっと!」
「気まぐれで、悪戯好き……後先考えずに、行動する……って、知ってるわよ! 隠しなさいよ!?」



 真っ赤な顔で震えておられます。



 あぁ、心の疲れが癒される……!



「ふ、この小悪魔、隠すなど致しません。
 むしろ見せびらかす勢いで! かかってこぉい!」



 ファイティングポーズを取る私。

 の。

 お腹に器物を当て、パチュリー様は、ちょ、それ、対紳士用の!?





「か弱い私は、こうするしかないの――パイル・バンカァァァァァっっっ!!」
「か弱いお方はそんな熱血専用な台詞はうっきゃぁぁぁぁぁ!?」




 ――吹き飛ばされ、廊下を真っ直ぐ飛んでいく私は、パチュリー様に心の中で呟きました。




 『有象無象のお相手をする。司書のお仕事って、大変でしょう』と――。






                      <幕>





《隙間の幕間、或いは朝の顛末》

「多重結界、OK。あの子も……仕事中ね」

「さて……読むわ、読んでやるわ……!」

「ぅわ、表紙を捲れば即!? そう言うモノなの!?」

「も、もうちょっとこうストーリーとか……って」

「……」

「……眼鏡、眼鏡」

「なるほど、活発な男の子とメガネっ子な男の子のお相撲さんごっこなのね。ゆかりん、表紙に騙されちゃった。てへ」

「……お、おおおおおお母さん、非生産的な愛は――許すけど!」

「男の子同士なんて! あぁそんなゼリーは口で食べるのよ!?」

「不潔、不潔よ!」

「でも……」

「…………」

「………………あり、かも」

《隙間の幕間、或いは淑女の覚醒―めざめ―》






                      <了>
綺麗に終わらせるつもりなんてさらさらない。二十三度目まして。

ジャンル表記は悩んだ末、外しました。ほのぼのとコメディをいったりきたりしていたので。落ち着きがないなぁ。

随分と昔ですが、司書になりたいと思っていた時期がありました。
結局、違う道を進んでいますが、今でもふと、そういう記憶を思い出します。
で、幾つか実体験も交えつつ、面白おかしい司書さんを書いてみた――と言う訳です。

あと。皆様は私の事を、おっぱい好きのろり好きだと思われているかもしれませんが、私は可愛い子ならなんだってウェルカム。
――ばっか、違ぇって、ゲイじゃねぇって、ショタもいけるだけだって。……かかってこぉい!

以上

09/03/10
誤字訂正。ご指摘、ありがとうございます。

09/03/24
滅茶苦茶書き易かった。

以下、コメントレス。

>>2様
『可愛い女の子のレジにこそ突撃する』。小悪魔はそれが出来る優者なのです。否、勇者。

>>ちゃいな様
可愛いと言われるとは思いもしませんでした。ありがとうございます。

>>11様
沢山のキャラがどたばたしてるのが、読むのも書くのも好きなんです。是でも削った(笑。

>>14様
偶にはこう言う霊夢がいてもいいと思うのですよ。私はこんなんばっかな気がしますが。

>>16様
小悪魔はミスティア並に書き易かったので、またやると思います。多分、いらん事しかしない。

>>謳魚様
厳密に言うと、BLじゃねーのです。ショタだから。
作家さんはあまり知りませんが、個人的には気弱なメガネっ子がもうね。もう……っ。
一番好きなのはED曲は、『HEART OF SWORD 〜夜明け前〜』。格好いい。

>>22様
もう数年前ですからねぇ……(そう言う問題じゃない。

>>煉獄様
此方でも……。誤字のご指摘、ありがとうございます。
どこぞの鴉が新聞を置いていないと文句をつける話や不死鳥娘が更に野生に目指せる話も書きたかったです(笑。

>>27様
謝れ。幼き日にエロス本を開店ダッシュで買った私に謝れ。謝って下さい。く……。

>>32様
幻想郷に可愛くない少女なんていません! 頭にエロスとか間抜けとかつきますが!
触手は以前にもカミングアウト済みです。もうちょい違ったのにすればよかったかなぁ。

>>35様
ミスティア側ではありますが、早苗さん側ではないです。何この変なこだわり。

>>37様
俺はスロースターターなんだよぉぉぉ!

>>40様
本職の方にそう言って頂けると、嬉しいやら恥ずかしいやら。
同じようなお話を書く際には、コメントを参考にさせて頂きます。

>>47様
悪い小悪魔も書いてみたいなぁ……こう、パッチェさんに悪い意味で悪戯するような(変わっていません。

>>49様
正直、此処まで霊夢の名前が上がるとは思いませんでした。そんなに珍しいのか……。

>>51様
返事はない。ただの夜雀になっていたようだ!(こら

>>57様
図書館には外の世界の本もあると書かれています。その近くに書いてある文字は読めません。

>>58様
私の書く小悪魔の性格は、概ね助平で時々優しい、なんだと思われます。それでいいのか悪魔。

>>59様
ろくでなしばかりなんですけどね。みんな、大好きです。

>>三文字様
ショタですってば。だって私がBL苦手ですもん(ネタにした事はある。

>>63様
お馬鹿……貴方だけに格好いい真似させますかよ。私だって駄目駄目です。
道標
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コメント



0.2580簡易評価
2.100名前が無い程度の能力削除
ナイス小悪魔www
3.100ちゃいな削除
非常にかわいい小悪魔でした。
小悪魔な性格の小悪魔はいいなあ。
とっても面白かったです。
11.100名前が無い程度の能力削除
紫が腐女子にwww

キャラクターもたくさんでていて、内容も面白かったです!
14.100名前が無い程度の能力削除
小悪魔もだけど、霊夢がかわいい

やたら、かわいい!
16.100名前が無い程度の能力削除
この小悪魔め。
けしからん、もっとやれ。
21.100謳魚削除
BLと表記してあげて。
封神なんたらの本が好きです。
望ちゃん受け最高(駄目人間)
あとショタは水野透子先生の作品がお気に入りです……ってネタでしたら申し訳無い。
みすちーは全然変わりなくエロス道まっしぐらな姿に安心したけれどりぐるんにオシオキして貰いやがってちきしょお。
霊夢さんが可愛過ぎるのですがどうしたら。
「純情な感情」は良い歌ですよね。
でもEDなら「涙は知っている」のが好きだったり。
こあさんはたゆんがジャスティス。
22.100名前が無い程度の能力削除
そうか巫女巫女看護婦も幻想入りしてたのか…
25.100煉獄削除
小悪魔がはっちゃけてるというか……愉快でした。
図書館で巻き起こる色々な出来事が面白かったです。
ミスティアとリグルのお約束とか。

誤字?の報告
>いくしくしく、めそめそめそ。
これは序盤の方のですけど、ここだけ「いく」になってるのですけど。
誤字ですか?一応報告です。
27.90名前が無い程度の能力削除
なんてナイスな小悪魔さんだ
所々にたまに滲み出る小さな優しさに、ホントに悪魔か?と疑ったりもしたけど、どうやらそんなことはなかったようで

しかしエロ本目当てに開館スタートダッシュってどうよ?
32.100名前が無い程度の能力削除
ゆうかりん可愛いよゆうかりん
道標さんの書く幻想郷の少女たちの、なんと可愛いことか。
にしても、みすちーは触手もいける口なのか…さすが淑女、格が違った。

>この漫画、中の顔が同じだよ? 続編?
腹筋が崩壊しました
35.100名前が無い程度の能力削除
小悪魔もそちら側(早苗さん、ミスチー)か……道標さんはいったい何処へいくのだろう。
37.90名前が無い程度の能力削除
パッチェさんパイルバンカーなんか撃ったら大変だよ。
でもパイルバンカーと聞くと某吸血鬼がダンディステップしてる様子を思い浮かべてパッチェさん。
40.90名前が無い程度の能力削除
いやあ愉快で大変な図書館、大変面白かったです。小悪魔がとにかくかわいい。
不肖ながら現役司書をやっとりますが、こんな図書館に雇ってもらいたいと思ってしまいました。
表向き作業の貸出もいろいろあって楽しいですが、
裏方の蔵書選んだり時折かかってくる市井の上下知識人のお小言のお相手その他諸々の作業も楽しいもんですよ。
47.90名前が無い程度の能力削除
これはいい小悪魔
霊夢のとこが大好きでした
49.90名前が無い程度の能力削除
霊夢可愛いですねえ そりゃあ早苗も止まらないわ
と言いつつ早苗はマフラー貰えること期待してるはず
51.90名前が無い程度の能力削除
ミスチー!その本を詳しく!
57.100名前が無い程度の能力削除
>お渡ししたのは『接触』と『水素分子』
充 A. ダーチ、幻想入り!?
58.100名前が無い程度の能力削除
借りてる本のタイトルがもう
霊夢が可愛くて仕方がないです

そして小悪魔…なんて温かい心なんだ
59.100名前が無い程度の能力削除
あなたのとこのキャラはみんな素敵過ぎます
62.90三文字削除
ああ、巫女巫女ナースってそういう……
にしても、BLから触手ものまで網羅している小悪魔、恐ろしい子っ!
あかん、ミスチーのやりとりでどうしても吹くw
63.100名前が無い程度の能力削除
>ロリぃなフタリの抱擁に可愛いとしか思わなかっただなんて! おぉ、神よ……! 私は、私は……!

この小悪魔ダメダメだw
そしてこんな小悪魔が大好きな俺はもっとダメダメだw
65.100名前が無い程度の能力削除
俺もこんな小悪魔を使役したいですじゃ
68.100名前が無い程度の能力削除
小悪魔…同人誌について詳しく聞かせてもらおうか