夜空で輝いている、自分と同じ名前の天体。それは遙か遠くから長旅を経て、届いた光なのだという。詳しい原理は分からないけど、とにかく凄いことなのだ。
相槌を打つように、火が爆ぜる。大樹の家へ燃え移らないように気をつけながら、スターは乾いた薪をくべていった。
今のが最後の一本だったか。手元にはもう薪がなく、くべる物といえば薄汚れたカーテンのような黒いボロ布と、どこかの民族が使っていそうな妖しげなお面だけ。
「これはもう、用なしね」
スターは躊躇せず、それを火にくべた。木製の仮面があっという間に火に犯されて、徐々にその身体を黒く染めていく。
ボロ布の方も、僅かな速度ではあったが灰へと変わっていった。
夜空を照らす橙の炎。
すっかり冷え切った地面に腰を降ろし、星と月だけが支配する空を見上げる。お気に入りのマグカップへ入れたお茶からは、もう湯気が立っていない。
ルナが出て行ってから数時間。
何気ない仕草で、スターは背後を振り返る。
三人で一緒に暮らしていた家。いつも賑やかで、喧噪に包まれていた。
それが今では、嘘のように静かで暗い。
「ここも、寂しくなったものね」
噛みしめるように、スターはその言葉を吐き出した。
一人が早く帰ってくることを願いつつ。
もう一人が帰って来ないことを願いつつ。
三人の家を目に焼き付ける。
暗がりに浮かんだ大樹が、寂しそうに枝葉を揺らした。
-5
「ようやく行くのね?」
河原から家まで戻ってきたスターを出迎えたのは、香の物やら珈琲豆やらをリュックサックに詰め込んでいるルナの姿だった。
そんな小さなリュックサックで大丈夫なのかと不安になるけど、ルナも全てを持っていくつもりはないのだろう。
必要な物だけ、あちらに持って行くようだ。
「色々と待たせちゃったし、決断したからね。いつまでも此処にいてもしょうがないでしょ」
強気な発言の裏に、どれだけの迷いがあったのか。スターはそれを知っている。
だけど表には出さず、いつも通りに振る舞った。
ルナもそれを望んでいるだろう。湿っぽい別れなど似合わない。
一通りの荷物をリュックへ詰め込んだルナが、確かめるように指さし確認を始める。
「ああそうだ。良かったら、餞別にこれをあげるわよ」
「これって!」
差し出したのは、スター秘蔵のお茶っ葉である。良いことがあった時に飲もうと思って、大切に保管してきたものだった。
「でも……」
本当にいいの?
窺うような視線に、スターは笑顔で答える。
「大丈夫よ。ただの余りだから」
「……普通、余り物を餞別に渡す?」
「それでも良い物なのに変わりはないわ。ほら、遠慮せず」
「遠慮なんかしてないわよ。ああもう、また詰め直さなくちゃいけないじゃないのよ!」
不満を垂れ流しながら、リュックサックの中を空にするルナ。適当に詰めれば入ったかもしれないのに、几帳面な奴だと改めて思う。
窓際に腰掛けながら、安物のお茶を啜ってルナの準備が終わるのを待った。ルナは小一時間ほど四苦八苦して、ようやく全ての荷造りを終えた。
ふと見遣ったルナの陣地。新聞のスクラップやらを纏めたノートも、怪我をした時の為の救急箱も消えている。まるで最初から、そこに誰もいなかったかのように。
「そういえば、サニーに何も言えなかったのは残念だったわね」
何気ない口調で、ルナが言った。ふとした寂しさを覚えていたスターは、それをおくびにも出さず、窓の外へ視線を向けた。
「仕方ないわよ。だって帰ってこないんだもの」
「せめて手紙ぐらい寄越してくれれば、伝える方法もあったのに。まったく、あの馬鹿は!」
鼻息も荒く、とんと主が寝ていないベッドを睨み付ける。悪いのはサニーなのに、ベッドからしてみればとんだ迷惑だ。
「まぁ、もしも帰ってきたら私が詳細を話しておくわよ。ひょっとしたら、というか間違いなく、あなたから直接話を聞きたいって言い出すでしょうけど」
「その時はちゃんと言うわよ」
言い切ったルナの目に迷いはない。これならもう、心配する必要もないようだ。
リュックを背負い直したルナチャイルド。
「さて……」
向かう先は出口と呼ぶべきか。はたまた入り口と呼ぶべきか。
たった一枚の名前に悩むスターに向かって、ルナは言い放つ。
「ああ、これは私からの餞別よ」
放り投げられた何かを、慌てて受け止めるスター。布きれのような外見とは裏腹に、固い感触があった。
布を広げて驚いた。
薄汚れたカーテンのような布きれから出てきたのは、見覚えのある木製の仮面。
テーブルの下に隠しておいたはずなのに、どうしてルナが隠し場所を知っているのか。
いや、それよりも。
ルナがこれを持っているということは、すなわちルナは全てを。
はっ、と顔をあげるスター。
「それじゃあね、スター」
そう言って、ルナは出口から出て行った。
振り返ることもなく、真っ直ぐと。
だからスターも答えたのだ。
「じゃあね、ルナ。ばいばい」
-1
森の香りも、草の香りも、今だけは感じられない。
冬の肌寒さとも無縁になった。
歩きづらいのが難点だけど、それは仕方のないこと。諦めて、歩くことに集中する。
視界は悪く、ともすれば転けてしまいそうになる。ルナじゃあるまいし、そうそう転けるわけにはいかない。
おぼつかない足取りで、スターは川縁へとたどり着く。
案の定、ルナの姿があった。一際大きな石に座りつつ、何をするでもなく流れる川を眺めている。
あからさまな程に悩んでいた。
今こそ、背中を押すときだろう。物理的にではなく、精神的に。
仮面が外れていない事を確認しながら、スターはルナに近づいていく。
固い大地ではない河原の石が、歩くことを伝えるように鳴った。反応するように、ルナが顔をあげる。
「誰!?」
声を調整して、なるべく低い声で話しかけた。
「僕だよ」
仮面をかぶった輩が暗闇から出れば、普通の人ならば腰を抜かす。普段は冷静なスターだって、いきなり現れれば驚くに決まっている。
だがルナは表情を緩め、ほっと胸を撫で下ろした。
「そう、あんただったの……」
旧知の間柄に話しかけるような、優しい声色だった。半ば喧嘩別れするような前回の出会いから、きっとルナは拒絶するだろうと思っていたのに。
彼女の心境にどんな変化があったのか。スターには知るよしもない。
だが、心を許してくれているのなら話は早かった。
「まだ、悩んでいるの?」
転けないように足下へ注意を払いながら、ルナの隣に腰を降ろす。地面の大差ない冷たい石が、布越しに臀部を冷やした。
「そうそう簡単に決められるもんじゃないでしょ。朝ご飯でソーセージを一本頂戴って言うのとは訳が違うのよ」
「確かに。ルナが出て行くのは引き留めないけど、ソーセージはあげないだろうね。スターさんは」
ルナは肩透かしを喰らったように体勢を崩し、呆れた声で呟く。
「言うわね」
言うとも。言わなくては、ルナが気持ちよく旅立てない。
ずれかけた仮面を直し、座る位置を調整する。弾みで肩がルナにぶつかったけれど、彼女は何も言わなかった。
「ルナが何をそんなに悩んでるのか分からない。いざとなったら僕がスターさんの隣にいるし、彼女が寂しがることなんてないよ」
こちらを向くルナ。
仮面越しに視線が交差する。
「でも、あなたはずっと此処にいるわけじゃないでしょ」
「じゃあ、僕はずっと此処にいる。だからスターさんは一人じゃないよ」
「だけど、スターはきっと寂しがる。気丈そうに見えて、あの子は一人が苦手だから」
ルナの言葉に胸が痛んだ。
寂しくないと言えば嘘になる。あの騒々しい家から喧噪から消えるなんて、想像しただけで背筋が震えるのだ。
出来ることなら、いつまでも三人で暮らしていたかった。
サニーが悪戯を思いついて、ルナが逃げ遅れて、それを楽しく見ているスター。
この素晴らしき環境を、壊すつもりなど毛頭無い。
「それでも、スターさんはルナに出て行って欲しいと思っている。彼女の幸せは三人でいることだけど、君の幸せは同じじゃないんだから」
「私がいっそ傲慢であれば、スターなんか気にせず出て行ったんでしょうね。あるいは、サニーが居たならば」
遠い過去を思い出すように、目を細めて夜空を見上げるルナ。
「もしもの話は空しいだけだよ。時間は流れ続けているんだから、決断するなら早くしないと」
長く引き延ばせば引き延ばすほど、スターの決意も鈍くなってくる。今は彼女の幸せを願っているけど、長く続けばどうなるか分からないのだ。
それこそ、もしもの話だが。泣きながら引き留める事もあるのかもしれない。
想像できないけど。
「そうね、グズグズしてたらみんな不幸になるし」
力強く言い放ち、腰をあげた。スカートにまとわりついたホコリを払いながら、ルナはスターへ揺るぎない瞳を向ける。
「私、行くわ」
決意と信念の混じり合った、真っ直ぐな一言。
変装しているはずなのに、まるで自分に向かって言われたような気がする。不覚にも潤みそうになる涙腺を食い止め、乾いた唇を噛みしめる。
仮面をつけていて良かった。もしも無かったら、どんな顔を見せていたか分からない。
そもそも仮面が無ければ、ルナもこんな話はしなかっただろう。見知らぬ第三者だからこそ、こうして思いを話しているのだ。
当のスターに言えるような話じゃない。
「そう。スターさんもきっと喜ぶよ」
「ありがと。そして、ごめんなさい」
今にも泣きそうな顔で、ルナはそう言う。
そして、小走りで家の方へと駆けていった。
スターは仮面を外し、目を拭う。
雨も降っていないのに、袖がいつのまにか濡れていた。
-1
里で茶葉を購入したスターが帰宅すると、家には誰もいなかった
どこかへ出かけてしまったのか、はたまたもう行ってしまったのか。後者は考えにくいけれど、出て行かないという保証はどこにもない。
ただ、荷物はまだある。
「怒っていたようだし、多分あそこね」
生体反応を調べるまでもなく、ルナがどこにいるのか分かった。
落ち込んだ時、怒って頭を冷やしたい時。ルナは決まって、同じ場所に座り込んでいる。
思えば、全てが始まった時からルナは同じ場所にいた。
あの時はスターが相談にのってあげたけど、今は駄目だ。なにせ、相談の内容がスターに関することなのだから。
ならば時間に解決を委ねるのか。
そうもいかない。
時は全てを解決してくれるかわりに、色々な物を奪っていく。ここで決断させないと、おそらくルナは一生ここから離れないだろう。
望んでいるならともかくして、縛り付けるのは嫌だ。
ルナの前に、スターが決意を固める。
一度は拒絶されたけど、もう一度挑戦してみるしかない。
そうして、スターは仮面をかぶった。
全てが始まった場所で、全てを終わらせる為に。
-2
些か乱暴にベッドへ飛び込む。木が重さに耐えかね悲鳴をあげて、布団が愚痴の代わりにホコリを吐き出す。
軽く咳き込み、鬱陶しそうに手を振った。そんなことをしても暖簾に腕押しだと知っているけれど、それでもやってしまうほど不安定な精神状態だったのだ。
此処を出て行きたいけれど、スターを独りぼっちにするのは嫌だ。
矛盾を孕んだ葛藤は、時間が経つにつれルナの精神を蝕んでいく。このまま放置して、いっそ全てを忘れてやろうかとさえ思う。
選ぶことのできない選択肢。
その事で頭が痛いというのに、あの妖しげな輩は何なのだろう。
「何がスターはそれを望んでる、よ! 何も知らないくせに!」
相談した自分も馬鹿だった。何か役に立つアドバイスでも、してくれると思ったのか。
結果として、第三者に土足で踏み入られてしまった。
「別れたくないわよ! 別れたくないけど、仕方ないじゃない!」
壁に投げつけられた枕が、力尽きるように床へと落ちる。
ルナだって、出来ることなら別れたくない。三人でいるのは楽しかったし、いつまでもこうしていたいと思っていた。
ただ、三人で歩いていた道の脇に他の道を見つけただけ。あるいは茨の道かもしれないけれど、ルナはそこを歩きたいと思ってしまったのだ。
サニーは既に別の道を歩き始めた。ルナだって、歩く権利は当然ある。
三人で歩いた道を逸れ、もう一つの道を歩く権利が。
振り向きさえしなければ、喜んでその道を行った。
サニーもいない。ルナもいない。
残されたスターは一人ぼっちになってしまう。
だからルナは悩んでいるのだ。どちらの道を行くか。
いや、悩んでなどいない。
きっと、単に踏ん切りがついていないだけ。ルナの本心は、もうどちらの道を行くか決めている。
誰かに、その背中を押して欲しいのだ。
勿論、それは見知らぬ第三者などではなく……
「そうだ、スターに忠告しとかないと」
慌てて、ベッドから飛び起きた。
あいつは何の前触れもなくルナの所へ来たのだ。スターの所にだって行く可能性は充分にある。
気を付けるよう、注意しておかないといけない。
家の中には居なかったようだけど、念のためスターの陣地を覗き込んでみる。
やはり誰も居ない。外に出かけてしまったのか。
だとしたら、尚更危ない。
追いかけようとしたルナは、ふと机の下の物に目を奪われた。
箱からはみ出した薄汚い布きれ。慌てて仕舞われたせいか、箱の蓋は開いていた。
ルナは一歩踏みだし、箱の中身を覗き込む。
そして、言葉を失った。
-1
薄汚れて駄目になったカーテンを引っ張り出し、身体の大きさに合わせて切り取る。さながらマントのようになったカーテンを、スターは身に纏った。烏のような格好だけど、この際見た目には拘らない。
要は、スターだと分からなければいいのだ。
後は顔を隠すだけ。サニーがどこぞから拾ってきた仮面を持ち出して、確かめるように被る。
勝手に持ち出したのは悪かったけれど、あんな手紙を残す方だって悪い。両成敗だと思えば、あまり心は痛まなかった。
鏡を見る。妖しげな生き物が映っていた。どこかの部族が儀式でも始めそうな格好だ。
だが、これならばれる事はない。声も低めにしてしまえば、ルナに気付かれることもないだろう。
その格好のまま、スターは家から出て行く。こんな所を誰かに目撃されたら、泥棒だと叫ばれるだろう。
ルナの生体反応を探りつつ、なるべく誰にも見つからないよう林の中を突き進んでいく。珍しいことに、ルナはいつもの場所にはいなかった。
何をするでもなく、林の中をうろついている。
よっぽど衝撃的だったのか。サニーがいなくなったことが。
スターだって驚いたけれど、ルナにとってはもっと違った意味で驚いたのだろう。なにせ、これからルナも出て行こうとしていた所だったのだ。
「ルナのことだから、きっと迷ってるんでしょうね」
サニーだったらどうするか、分からないけれど迷いはしないだろう。あっさりと決断して、その通りに動く。
スターも迷わない。間違いなく、此処に留まり続けるだろう。
だけどルナは。
「どっちを選ぶのかしらね」
呟いたところで、ルナの姿を発見した。昼でも薄暗い林の中を、俯きながら歩いている。
何も知らない第三者が見たとしても、落ち込んでいると判断しただろう。
では、行こう。
布きれを踏まないよう注意しながら、スターはルナへと歩み寄る。
「こんにちは」
なるべく好意的な風を装ってはみたけれど、効果は無かったらしい。振り向いたルナは、悲鳴をあげて後ずさる。
彼女を責めるわけにもいかない。暗がりから、全身が真っ黒で仮面を付けた奴が出てきたのだ。誰だって悲鳴ぐらいあげる。
「な、な、何よあんた!」
「わ……僕は妖精。暗い顔して歩いている仲間がいたから、ちょっと話かけてみたんだ」
雀の遊び場のように小さな額に、険しい皺が寄る。驚きから怒りに顔色を変え、こちらに詰め寄ってきた。
「別に暗い顔なんてしてないわよ。ちょっと考え事をしてただけ」
「それって、いつも一緒にいる妖精達のこと?」
「なっ!」
「いつも近くを通っているから、ルナ達のことはよく覚えているんだ」
ここら辺ではスター達の名前もそれなりに有名である。なにせ、界隈では悪戯をさせたら三人の右に出る者がいないのだ。
だから見知らぬ妖精が存在や名前を知っていても、それは不思議なことではない。
「だからどうしたのよ。それがあなたに何か関係あるわけ?」
「無いよ。ただ、ルナが何を考えているんだろうと気になっただけ」
少しばかり口調が砕けすぎていないかと気にしたけれど、あまり丁寧すぎてばれるのも困る。
ルナもそちらの方は気にしていないらしく、指摘される事はなかった。
「それこそ話す義理はないわ」
「でも、誰かに話したら簡単に解決するかもしれないよ。悩んでいたけど、他の妖精に話したら解決した経験、無い?」
「む……」
どのエピソードを思い出したのか。不信感は残っていそうだけど、ルナの顔に納得の表情が浮かぶ。
「話すならスター達に話せば良いんだろうけど、多分その事で悩んでるんだよね?」
「まるで見たように話すわね。いいわ、ちょっとだけ相談にのって」
「ええ」
無意識に返事をしたせいか、うっかり女言葉で返してしまう。もっともルナは気にならなかったようだ。
どう話したものか思案して、おもむろに口を開いた。
「あくまで例えばの話なんだけど、友達が急に居なくなったとするじゃない」
この期に及んでたとえ話とは、でもとてもルナらしいやり方だ。仮面の下で苦笑しながら、何も言わずに話を聞く。
「それでもう一人の友達も何処かへ行こうとしている。もしも、この友達が何処かへ行ったら残された一人は寂しいと思うわよね?」
ああ、とスターは心の中で呟いた。
ルナはもう、どうするのか決めている。だけど、単に踏ん切りがついていないだけなのだ。
だから彼女はスターの事を気にしている。
ここに残るというのであれば、決して悩む必要のない事。
だったら、スターが言うべき言葉は一つだけだ。
「寂しいと思うかもしれない。でも、ルナはルナの思う道を行けば良いと思うよ」
「そんなことっ!」
「だって、スターもそれを望んでいるだろうから」
その瞬間、鋭い目つきで睨まれる。
「あんたに何がわかるのよ!」
大声で怒鳴りつけられる。心底から怒っている時の顔だ。
そしてルナは、そのまま怒りを堪えて、走り去っていってしまった。
不用意に踏み込みすぎたのか。
いや、第三者が踏み込めるところなどタカが知れている。さっきの台詞だって、スター以外が言っていいものではない。
やはりスターとして、直接話す必要があるのか。
しかし、素直に言って受け入れるルナでもあるまい。
変装しても、しなくても。説得は困難なように思えた。
仕方なく、スターは家へと戻ってくる。ルナはあのまま走り去って、まだ森の中をウロウロしているらしい。
変装道具を机の下に仕舞い込む。追いかけても良かったのだが、これ以上の説得は逆効果だろう。今は、そっとしておいた方がいい。
そう思い、スターはまた家を出る。
切れたお茶っ葉を補充する為、里へ出向かなければならなかったのだ。
今である必要はないけれど、少しばかり気分転換したかった。
スターとて、そう簡単に割り切ることはできないのだから。
-1
「え……」
思わず、唖然とした声が出る。
これからサニーにルナの事を説明しようと思っていたのに。
たった一枚の紙切れ。
そして、たった一言。
それだけで、全てが壊されてしまった。
何度も何度も読み返すけれど、意味は変わらない。
あぶり出しかとさえ、思ってしまった。
「これが本当だったら、少なくともルナには……」
「私がどうしたのよ?」
「きゃっ!」
いきなり背後から聞こえる声。思わずスターは紙切れを放り投げ、尻餅をついてしまう。
無様な姿に呆れつつ、ルナは舞い降りてきた置き手紙を手に取った。
「なに、これ?」
「あっ!」
時既に遅し。
内容に目を通したルナは、見て分かるほどに顔色を変える。
無理もない。そこに書かれていた事は、ルナの決意を揺るがすような文章なのだ。
暢気な文体が、今だけは少し腹立たしい。
「そんな……」
力が抜けたルナの手から、手紙が零れて床に落ちる。
何と声を掛けていいのか分からない。困ったように沈黙を貫き、やがてルナは一目散に家を出て行った。
「ルナ!」
呼び止るが、当然のように立ち止まらない。振り返ることもなく、林の中へと消えていった。
立ち上がり、手紙を拾う。
『しばらくの間、最強の妖精になる為の修行をしてきます。留守は任せたわ』
たったそれだけ。でも、今の二人にとってこれほど辛い一文もない。
ルナが消えた林を見ながら、溜息を漏らす。
何も、こんな時に旅立たなくてもいいじゃない。
呟きは空しく消え、手紙だけが揺れた。
-2
空には雲はなく、星と月だけが大地を照らす。お月見と洒落込みたいほど、綺麗な夜だった。
心なしか、空気もいつもより澄んでいるような気がする。何度も呼吸を繰り返して、ちょっと馬鹿らしくなったので止めた。本当に澄んでいるからといっても、夢中で吸うようなものではない。空気は。
河原の石を踏みしめて、一歩一歩近づいていく。カチャリカチャリと音が鳴っているのだ。振り向かなくとも、きっと気付いているだろう。それを分かっているからこそ、敢えて大きな音を立てて隣に座った。
「何か悩み事があるのね」
ルナは何も言わない。でも、ここに座っているという事はそういうことだ。
それをスターは知っていた。
だからこそ、こうして現れたのだ。
「別に無理して言わなくてもいいけど、私はしばらく此処にいるから」
相談にのってあげるというよりも、好奇心ゆえなのは否めない。
ただ、サニーもルナも、このところ悩んでいる姿が多く見られた。三人一緒にいても、気もそぞろな事もしばしばだ。
それではつまらない。
だから、解決してあげたいという気持もある。
サニーはあれで、なかなか人に悩みを打ち明けるタイプではない。だけど、ルナは案外簡単に口を割る。それこそ、スターが対象の悩みでも無いかぎり。
「ああ、そういえばお茶っ葉を切らしてたんだわ。そろそろ買いに行かないと駄目ね」
わざとらしく、関係のない話をするスター。ルナはもじもじと手を摺り合わせたかと思うと、恐る恐る口を開く。
「じ、実はね……」
あっさりと話し始めたところを見るに、案外誰かに話したかったのかもしれない。
お喋りを止め、ルナの言葉に耳をすませる。
「驚かないで聞いてほしいの」
「わかったわ」
大仰な前置きに、あっさりと頷く。
胆力には自信があったし、よっぽどの事でないとスターは驚かない。
「私、好きな妖怪が出来たの」
言葉も無いほど驚いた。
相手は誰なのか、どんな妖怪なのか、そんな事を聞く余裕すらない。口から出たのは、え、の一文字。
そして、それ以上言葉を続けることもできなかった。
まさかまさかである。
ルナに好きな妖怪が出来るだなんて。
そりゃあ、確かに妖精だって生き物だ。憎みもするし、恋もする。
だけど、あのルナが恋をするとは。予想だにしていなかった。
「驚かないでねって、言ったじゃない」
「……ごめん。思ったより衝撃的な発言だったから。ちょっと意識が飛んでたわ」
「もう」
顔を赤らめながら、そっぽを向く。
「それで、ここから本題なんだけど」
「まだ本題じゃなかったの?」
「当たり前でしょ。大事なのは、ここから」
思わぬ展開に、身体が自然と強ばった。
ルナは何度も深呼吸を繰り返し、やがて決意の籠もった眼差しで告げる。
「私ね、その妖怪と一緒に住もうと思ってるの」
一つ目の「ルナ」は「スター」の間違いでは?
> 「ああそうだ。良かったから、餞別にこれをあげるわよ」
良かったから→良かったら
> 向かう先は手口と呼ぶべきか。はたまた入り口と呼ぶべきか。
手口→出口
> スターとて、そう簡単に割り切ることできないのだから。
割り切ることできない→割り切ることはできない
出番がほとんど無いサニーはともかく、ルナとスターのキャラの掴み方が的確で驚かされました。
物語も面白くなりそうだったのすが、盛り上がってきたところで中途半端に終わってしまったので、
評価は保留させていただきます。
サニー何してんのwww
いや、ルナの相手は確かに気になりますが、普通にこの物語の先のほうが気になりました。
てか、この話はここからが勝負でしょう?!
三人でバランス取れていたのに……時につれ変わらなきゃいけないのかね。淋しいことに。
登場人物二人でこれだけ機微を描くとは感服しました。
しかしサニーは何をしてるんだwww
これはまた難しい構成。影ながら二人を支えたいと願うスターがいじらしい!
おもしろい