『先日十王会議で決定した是非曲直庁イメージキャラクターゼブラーウーマン。
本格的なキャラクター戦略の前に、まずは幻想郷でPR活動をしてもらいます。
決めゼリフは「白黒つけたぜ」。活動に必要なコスチュームは既に配達済みです。
是非曲直庁の財政難解消のために必要なことなので、全力を尽くすように。
明日の朝7時、自宅へサポーターが迎えに行くので、詳しいことはそこで聞くよう 以上』
この辞令を上司から渡された瞬間、映姫はそれを引きちぎった。
職務に真面目であり、審理の正確さには定評のある幻想郷の閻魔、四季映姫ヤマザナドゥ。
是非曲直庁での評価も非常に高く、唯一欠点があるとすれならば、一日に裁く人数が非常に少ないということ。
これはもちろん部下の小野塚小町の性格や仕事の遅さが原因なのだが、しっかりと死神を監査するのも閻魔の役目である。
閻魔という仕事に誇りは持っていた。
昨今の是非曲直庁の財政難についても知っている。
しかし、何が悲しくてコスプレをして宣伝をしなくてはならないのか。
大体このイメージキャラクターには「パクり」疑惑が出ていて、
当者が「これはパクりではなくインスパイヤ」ですと釈明していたのではないのか。
ごり押しで計画を進めようとするあたりに是非曲直庁の腐った部分を感じる。
映姫は自分に降りかかった不幸が堪らなくなり、ポケベルで小町へとメッセージを入れた。
『ごめん、今夜付き合って』
暇だったのか小町からは即返信。
仕事しろと連絡入れてもガン無視のくせに、こういうときだけは食いつくんだから手に負えない。
それでもまぁ、今夜は寝かさない。愚痴と絡みで朝まで突き合わせてやるから覚悟しておけと返信を見ると。
『今夜は無理ッス』
その瞬間、映姫の小さな手に力が込められた、当然ポケベルはビクともしない。
自分の非力さに悲しくなったけれども、流石に泣きはしなかった。
本当にもう、どれだけ私を苦しめたら気が済むのだろうあの怠惰死神は。
カップ酒一杯で顔が真っ赤になってしまうから、気の許せる友人とでなければ飲めないというのに小町はダメか。
ため息を吐いた映姫は、仕方なく別の知り合いに連絡を取ろうとしてあることに気づく。もしかして、自分には友達が少ないのではないかと。
パッと思い浮かぶ友人なんて、部下である小町ぐらいしか思い浮かばない、同僚からもちょっと距離を感じている。
これはすべて小町のせいに違いない、小町が私の分まで乳の大きさを吸い取ったから私は会社人間になってしまったんだ。
笑えよ小町。私はあなたのせいで、仕事以外に何も持っていないつまらない女になってしまった。
それはやっかみ以外の何物でもなかったが、勢いで『男か?』とメッセージを入れてみる。
即返信『宅飲みならいいッスよ』
映姫は泣いた。
一瞬でもこの心優しき部下を疑り、嫌がらせのメッセージを入れたことを恥ずかしく思った。
しかしである、いつも小町には困らせられているのでこれでチャラ、全く問題なし。
今夜は悔悟の棒でたっぷりいぢめてやると一方的に誓う映姫。
蒸し暑い、夏の夜のことだった。
◆
「うぃーす、どうしたんですか急に」
「こまちぃぃぃぃぃぃ」
安アパートの一室、バスローブ姿で戸を開けた小町へと映姫は抱きついた。
これぐらいのスキンシップは女同士なのでぜんぜん白だと映姫は常日頃から言い張っている。
(毎回毎回激しいなぁ……)
仕事はキッチリ瀟洒にこなすのだが、プライベートの映姫は甘えん坊の節があった。
部屋の内装はとってもファンシー。必要なものしか置かない、悪く言えば殺風景な小町の部屋とは対照的である。
抱きついて離れようとしない映姫を引きずったまま、小町はその必要最低限のもの、ソファーへと腰掛けた。
6畳ほどしかないフローリングの部屋には、ソファーと丸テーブル、そして家電一式と仕事道具のみ。
唯一と言っても過言ではないこの部屋の宝具、冷蔵庫の中にはビールがキンキンに冷えていた。
「で、四季さま。そろそろ離れてください」
「むぅ、この乳は反則だ」
映姫がむくれながら小町から離れ、ちょこんとソファーへと腰をかける。
女性ならばそこまで低くない身長も、大柄な小町と並べば小さく見える。
さながら二人は、性別は横に置けば恋人同士のようであった。
「それで今日はなんですか?」
「実はね小町。私明日大変な仕事が入っちゃって……だからその、迷惑だった?」
「うんにゃ。私明日早いんで、外に出るーってのがちょっと無理だったんですよ。
それ以外には断る理由もなかったんで、全然気にしなくて構わないですよ」
「そっか……」
「あー四季さま」
「む、プライベートなんですから、映姫でいいです」
「んじゃ映姫。お風呂入ってないなら入ってきて構いませんよ。
どうせならさっぱりしてから飲んだほうがいいでしょう?」
もっともな意見だと映姫は頷いた。酒を飲んでから風呂に入るのは体に良くないと思うし。
「それじゃあお風呂、借りますね」
「タオルはいつもの場所にあるんで」
映姫は、勝手知ったる様子で脱衣所へと消えていった。小町の家には月に何度も泊まりに来ているから当然であった。
映姫を風呂場へと見送った小町は、冷蔵庫からビールを取り出してコップへと注ぐ。
(そういえば四季さまって、ビール飲めないっけ)
「四季さまー? お酒って何飲みますー?」
「バッグに買ってきたの入れてあるからー、冷やしておいてー」
風呂場へと声をかけると、映姫は水音を立てながら返事を返した。
湯船に浸かっているとなると、もう三十分は出てこない、経験上それは間違いないだろう。
そう判断した小町は、酒を冷やすと、読みかけにしていた文庫本を開いた。
(ガッシ、ボカッとかありえないだろ……)
以前幻想郷へとサボりにいったとき、外の世界で流行っていると評判の小説を借り受けていたのだが、どうにも肌に合わない。
幻想郷の少女たちは、東風谷早苗の持ってきた恋愛小説を夢中になって読み漁っているというが、一体これのどこに魅力があるというのか。
明らかに稚拙でストーリーも単純な小説を読んでいる時間があるのなら、まだ煙草をくゆらせているほうがいい。
映姫に諭されて禁煙中の小町は、パタリと本を畳むとそれを丸テーブルの上へと置いた。
やることがない。小町は仕方なしに頬杖をついて明日のことについて考えるのだった。
明日は朝から、映姫のサポートで幻想郷中を巡ることになっている。
大体のスケジュールは組んであるのだが、問題は対象になる彼女らがその場にいるかどうか。
なるべく映姫を引きずりまわすような真似はしたくない。というか余り長い時間連れていれば、たぶん恥ずかしいといって泣き出す。
そこを霧雨魔理沙や射命丸文に見つかれば、散々からかわれた挙句、面白おかしく捏造された噂を流される。
考えうる中で最悪の事態だった。
サポート要員がため息を吐いたところで状況が好転するのなら、何度だってため息を吐いてやろう。
普段は不真面目という文字がそのまんま歩いていると自覚している小町ではあったが、映姫の為ならば話は別。しっかりと仕事をこなすと決めていた。
その頃映姫は、そんな小町の気持ちも知らずに、湯船に浸かって鼻歌を歌っていた。
いま、この間だけでも明日のことは忘れていたい。
部屋に見合った小さな湯船で足を伸ばし、顔を半分沈めてブクブク泡を出した。
(憂鬱だなぁ……)
閻魔としては非常に優秀な映姫。
しかしそれと引き換えにしてしまったのか、人付き合いや息抜きをするといったことは大の苦手だった。
厳格で己を律することばかりに気がいって、時には倒れてしまうほどに自分を追い込む映姫。
そんな彼女とコンビを組んだのが、緩い性格の小町だったのは、何かのめぐり合わせだったのかもしれない。
初めは小町の態度に苛立ち、言葉を荒げることもあった映姫であったが、今ではこのように打ち解けた仲。
映姫が柔軟な態度を見せるようになった頃には、小町にも笑顔が増えていた。
初めて小町を食事に誘ったときも、二つ返事で快諾してくれた。
口には出さないけれど、そのことには非常に感謝をしているし、勝手ながら、仕事上の付き合い以上のものを映姫は感じていた。
もちろん、小町も映姫のことを好いているのだが、元来人付き合いの苦手な映姫は不安を感じていた。
こういった押しかけが、もしかしたら迷惑に思われていたら? 口に出さないだけで、嫌われていたらどうしよう?
そう考えると、目頭が熱くなってきた。
口をへの字に結んで、いやいやそんなことはないって自己暗示をかける。
それに、まずこなさないといけないのは明日の大仕事。
最低の役回りだけど、閻魔のプライドを掛けての大勝負。
弱音を吐いてる暇があったら、もっとポジティブに考えなきゃいけない。
「よしっ!」
湯船から上がると、少々湯に浸かりすぎたのか体は紅く火照っていた。
ちょっとだけ、冷たいシャワーを浴びようか、なんたって部屋には、団扇しかないんだから。
小町ののぐさというか、必要最低限のものしか置かない主義には尊敬の念すら覚える。不便だけどさ。
蛇口を捻って冷たい水を浴びると、予想以上の冷たさにたじろくけれど、心は引き締まる思いだった。
さっきまで自分の中にあった弱い心までどこかへと流れていきそうなぐらいだったのに、鏡に映った貧相な体つきを見て、
余計なとこまで引き締まってくれているとまたがっくり落ち込むのであった。
(こうね、胸とかもうちょっと……。あってもいいのに)
寄せてあげる山がない。可哀想な双丘へとため息を吐き、風呂場を出る。
ふわふわのタオル(来客用)で水滴を拭ってから、もう一度鏡を見ると、そこにはコンプレックスの一つである童顔が映っていた。
それと、女性らしさが足りない身体つき。裁く者として、もっと威厳があればよかったのに。
(小町が分けてくれないかなぁ……)
胸が萎んだ小町を、豊かな胸の私が悔悟の棒を持って叱る。そして私は、寛大なる母性を持って小町を許すのだ。
今だって十分甘いと思うけれど、豊満な体になればきっともっと優しくなれるはず。こればかりは理屈じゃない。
ただそんな都合の良いことが、現実に起きるわけもなく。
いつまでも自分の体を眺めていたってしょうがないとため息を吐いた映姫は、着替えようと私物を入れてきたバッグを探す。
(あれ、ない……)
まさか小町が持ち去ったか。いやそのようなことはあるまい。
よくよく考えて見れば、酒を冷蔵庫に入れてくれるように小町へと頼んでいたではないか。ウッカリしていた。
となればここは、小町に呼びかけて自分は湯冷めしないようもう一度……。
「あー、映姫さま忘れてますよこれ」
「ひっ!」
「ん、なんですか?」
探し物は見つけにくいものでもなんでもなく、小町の手の中に。
女同士なのだから裸を見られたところで何にもなるまい、そんなことぐらいわかっていたけど。
「の、ノックぐらいしてくださいよ!」
目の前にメロンがあると、正常な判断がつかなくなる。
映姫は胸元を隠しつつ、ついついぎゃんぎゃん喚いてしまった。
小町は片目を瞑りつつ、耳を指で塞ぎながら、バッグを置いて戸を閉めた。
(あ……言い過ぎちゃった、かも)
自分の物言いに凹んだ映姫は、しょぼくれながらも服を着る。
一方小町はというと、まったく気にせずに新しいビールを開けていた。
誰に向けるでもなく、山吹色に輝くコップを小町は掲げる。電気の灯が乱反射して眩しい。
「乾杯」
電気の傘にゃきっと神様が宿ってる。
気まずそうにこちらを扉から眺めている神様はわざと無視しつつ、ビールを喉奥へと流し込む小町であった。
からかわれたと気づいた映姫が機嫌を直したのは、布団を敷いてからであった。
酒を飲んでる最中映姫は頬を膨らませたり、愚痴を吐いたり小町へぽかぽかと八つ当たりをしたりとそれはそれは酷い有様だったが、
顔を紅潮させての舌足らずだったため、適当に相手をしていればよかったため楽ではあった。
「ふにゃー」
布団に倒れ込んだ映姫は、寝間着姿でごろんごろん転がって何やらを呟いている。
隣に布団を敷いた小町は映姫の様子をいつものことだからと気に留めず、紐を二回引っ張って電気を消した。
「小町ー」
「なんです?」
「酔ってるかー」
「明日に響くので自重しましたよ」
「そうかー」
べろんべろんだけども、明日は大丈夫なのだろうか。まさか酒臭い息のまま説法をかますわけにもいくまい。
けれども映姫の飲んだ量なんでコップの半分程度なのだから、それは杞憂とも言えた。映姫の酒の弱さが常軌を逸しているだけであって。
「こまちー。明日はなー。私はコスプレをしなきゃいけないんだぞー」
「知ってますよ」
「なんで閻魔になってまで、そんなことをしなきゃならないんだー?」
「会社勤めですからね」
どうでもいいプロジェクトを、仕事熱心で文句を言わない映姫に押しつけたというのが大方の真相なのだろう。
仕事熱心がマイナスに働くだなんて報われない、そう思うとタバコが無性に吸いたくなった。
しかし映姫と禁煙を約束しているからと、小町はその欲望を飲み込むことにした。
「がんばりましょうね。明日」
「がんばるぞぉー」
できるのはせいぜいこうやって、応援の言葉をかけることぐらい。
映姫はぶんぶん手を振って、自らに発奮を促しているようだった。
その手が徐々に勢いを失い、ついに布団の上にぽてっと墜落した。
「寝りゅ」
「おやすみなさい。映姫」
「明日は、四季さまって呼ぶんでしゅよ」
「ええ、仕事ですからね」
ほどなくして、映姫の布団からは寝息が聞こえてきた。
小町は消えた灯をじっと睨んでから布団を被る。大変なのは明日だ。幻想郷で、映姫を守ってやれるのは自分しかいまい。
普段は叱られてばかりの自分がそのような役を担うのはどこかこそばゆかったが、映姫はそれだけ脆い女性なのだ。
自分みたいな性格をしていれば、酒に逃げるだなんてこともなかっただろうに。
「可哀想な映姫さま」
呟く声に返事は返ってこなかった。
布団を被ったまま小町は眠る。
小町が目を覚ましたときには、すっかり朝食の支度が済んでいた。
あれほど酔っぱらっていたはずの映姫は鼻歌を歌いながら味噌汁の鍋をかき混ぜている。
「遅いですよ小町。さあ朝はしっかり食べていかないと」
「んぁー……あたいは朝弱いんですよう」
「いつも眠そうにしてるくせにおもしろいことを言うんですね。
そんなに眠たいのなら顔でも洗ってきたらどうです?
しゃっきりしないと一日仕事に身が入りませんよ」
「はいはい。まったく映姫は母親みたいなことを言うんだから」
「小町っ! 仕事とプライベートはきっちり分ける!」
「わかってますよう四季さま。それじゃあ顔でも洗ってきます」
「用意済ませて待ってますからね」
これじゃあいつも通りじゃないか。まあでもそのほうが楽だしいいのだけど、と小町は顔を洗いながら思う。
一晩明ければ映姫のほうも決心がついたようで、心配も杞憂で済むかもしれない。何事も、穏便に進めばそれ以上のことはない。
タオルで顔を拭きつつ、鏡とにらめっこをしてみる。鏡に映った自分は眠そうにはしていたが、気力は充実しているようだ。
「こまちー先食べちゃいますよー」
「ああ今行きますから」
タオルを放り投げ、洗面所から戻ると、映姫が炊き立てのご飯を茶碗へ盛っていた。
最後に朝食をきちんと摂ったのはいつだったっけなと思いつつ、小町は腰を降ろした。
「はい小町。朝ご飯はしっかり食べないと元気がでないんですよ?
いつも仕事をサボってぶらぶらするのもきっとそのせいかもしれません。
毎日作りにくるわけにもいかないんですから、食パンでも常備したらいいと思います」
含蓄ある言葉を述べながら納豆をかき混ぜる映姫と、もそもそと白米を口に運ぶ小町。
いよいよ始まる戦いに向けて、英気を養わなければいけないのだ。
何しろ幻想郷の住民は一筋縄では行かない相手ばかり。
普通に説教をかますだけでも一苦労だというのに、それをコスプレをしてするだなんて狂気の沙汰としか思えない。
(ホント、四季さま大丈夫かなぁ……)
小町が映姫へと目をやると、映姫は味噌汁をすすってほっと一息を吐いているところだった。
昨日急に押し掛けてきたように、心の中は不安でたまらないはずなのに、朝からはそんな様子は欠片も見せない。
だからこそ、心配なのだけど。
(すぐため込んじゃうんだから、まじめだもんなぁこの人)
「私の顔、何かついてます?」
「目とか鼻とか」
「小町にはどうやら悪い口がついているようですね」
なんにせよ、始まってみなければわからない。
ぜぶらーうーまんとかいう無謀な企画は、これっきりにしてもらいたいものだ。
「さて! まずは霧雨魔理沙をぶっつぶしましょう!」
「四季さま、言葉遣いが乱れてます」
「おっと失礼……。でもこれぐらい勢いがないと飲まれてしまいますからね」
暗くじめじめとした魔法の森に、最初のターゲット霧雨魔理沙の家は建っている。
明らかに住み辛い環境だなぁと小町は怪しげな雰囲気を醸し出している一軒家を眺める。
少女が住むには少々、仰々しすぎる趣きであった。
「ごめんくださーい」
ドン、ドンと不躾に扉を叩く小町。その後ろではボーダーの入った全身タイツを着た映姫が固唾を飲んで見守っている。
このコスチュームの最大の欠点は、マスクがついていないことだ。
「私は四季映姫ではない! ゼブラーウーマンである!」と啖呵を切るというお決まりのネタもこれでは使うことができない。
逆転の発想で、ゼブラーウーマンが閻魔のコスプレをしているのだと主張をしようとも映姫は考えたが、それをしたらただの電波少女に成り下がってしまう。
閻魔の威厳なんてこのダメ企画のせいで粉微塵にすりつぶされてしまったというのに、それに自ら止めを刺すつもりか。
一人その場で悩んだり笑ったりと漫才を続けている映姫と、扉を叩いても誰も出てこないことに首を傾げる小町。
「留守、みたいですね」
「なんですって!?」
出鼻を挫かれてしまった。最初に関門を勢いを突破してしまえば、あとはなし崩しにどうにでもなる、そう考えて魔法の森にまで足を運んだというのに。
「なんて間が悪い奴だ。もうちょっとこっちに配慮してくれてもいいだろうに」
「まぁ彼女らには彼女らの都合があるでしょうし、私たちに合わせろというほうが横暴なんでしょう」
「そりゃそうですけどね」
映姫の言うことはもっともなのである。
けれど、この姿の映姫をなるべく連れ回したくないのも事実。
勢いで押し切るか、大人しいものだけを当たってお茶を濁すかと考えていたというのに、もう選択肢は一つに減ってしまった。
「じゃあ四季さま、この足でアリス・マーガトロイドのところに行きましょうよ。
あの娘は以前会ったことがあるんですが、事情を話せばきっとわかってくれますよ」
「なるほど、それは心強いですね。まさか小町がそこまで下調べをしてくれているとは思いませんでしたよ。
小町が私のサポートをしてくれるというのも昨晩になって知りましたし」
「私だって昨日急に聞かされたんですよ。本当になってないですよ」
財務難だったり裁く人数が多いからと閻魔を増やしたり鬼たちは宴会をしたり。そういうしわ寄せが映姫にのしかかるというのが、小町には不愉快だった。
といっても自分がサボタージュをすることで映姫に迷惑がかかっているのも紛れもない事実。あいつらはなっていないと大きな声を出せないのも歯がゆい話だ。
もっとも彼岸の住民はおおらかな者が多く、映姫のような者が少ないというのが大きな原因なのだろうけども。
(なんたってお偉いさんが、全員閻魔になって効率あげようとか言うんだもんなぁ)
冷静な判断をするために十回の審判をするということになっていたはずが、あるとき突然、十王全員が閻魔を名乗りだした。
それでも間に合わないからと、地域の地蔵神から閻魔になるものを募りだしその一体がこの四季映姫なのだった。
(どうして閻魔になろうと思ったんだろ)
アリス邸へ向かう途中、映姫は何度も前口上を繰り返していた。
嫌々している仕事でも、手抜きだけは絶対にしない。仕事に向かう姿勢は、ほかの閻魔を引き合いにだしても随一の真面目さである。
だからこそ、こんな間抜けな格好をさせられているのだけども。
小町は先導しつつ、映姫に余計な気を払わせないようにと歩調を合わせ、ぬかるんでいない道を選んで歩いた。
それを知ってか知らずか、映姫はその後ろをアヒルの子供のように着いていった。
アリス邸は魔理沙の家よりも華やかな洋館で、窓辺からは可愛らしい人形たちが覗いている。
それをみて映姫の顔が一瞬緩みきったが、すぐにまた仕事の顔へと切り替わる。
小町はそれを見てこれまた一瞬だけ頬を緩め、戸を叩いた。
「もしもしアリスさーん。死神の小野塚小町ですけどー」
ドン、ドンと数回叩くと、家の中から「はーい」という声とぱたぱたと足音がしてきた。
「はいどうも、珍しいわね。死神がこんなところまで来るなんて」
「閻魔さまもいるよ」
「どうも」
アリスはタイツ姿の映姫を見て目を白黒させた。
小町は頭を掻き、映姫は表情を変えずに頭を下げる。
「なに、ギャグなの?」
「ギャグのなりそこないだよ……」
「仕事です」
三人三様の反応を見せる玄関先は異常にシュールな風景だった。
「それでアリスさん。私はこの姿で一日幻想郷をまわらないといけないんです」
「罰ゲームなの?」
「仕事です」
「あー……」
苦笑するアリス。この場に霧雨魔理沙がいなくて本当によかった。
あいつがいたら面白がって収拾がつかなくなるだろうしと小町はほっと息を吐いた。
「あーあんたたち、申し訳ないけど帰った方がいいかも。中に魔理沙がいるから」
小町の表情が固まり、映姫は覚悟を決めた。
アリスは家の中に向きかえって、魔理沙が顔を出していないことを確認した。
「ここで逃げていては何も始まりません。ゼブラーウーマンは決して目の前の相手から逃げたりしないんです」
「四季さま……」
(どうしよう、役に入り込んじゃってる)
嫌々やっているように見えたのに、今の映姫はやる気が充実しているように小町には見えた。
「大丈夫です小町。私は絶対に投げ出したりなんてしませんから」
「ならここに呼ぶわ。魔理沙ー、あんたにお客さんらしいわよ」
「あー? なんでアリスんちに私の客が来るんだ?」
「閻魔なんだけど」
「おーけー窓から逃げるぜ」
それから数分間、出てくる出てこないで押し問答が繰り広げられたが、最後には折れた魔理沙が嫌そうな顔をして出てきて。
爆笑した。
「あっはっはなんなんだよその格好は、あっくしゅみだなぁ」
「この世に蔓延る曲がった筋を、説法とともに白黒付ける、ゼブラーウーマン参上!」
「ぶふっ!」
その言葉にアリスが吹き出した。魔理沙は腹を抱えて玄関で転がり、映姫の顔は羞恥で真っ赤に染まっている。
小町はこめかみを押さえて、やはりこうなったかとため息を吐いた。
「こほん、さあ霧雨魔理沙。嘘ばっかりついている生活を改め、素直になる用意はできたかしら!」
「死ぬ! 死ぬ! あの超が付くほど真面目な閻魔がこんなことをしてるってだけで笑い死にそうだ。このままじゃ、確実に、地獄行き」
「ダメ、おもしろすぎる、やばい」
魔法使いの二人が呼吸困難になっているのを、小町は複雑な表情で見つめていた。
二人に悪気はないのはもちろんわかっている。
説教が趣味という閻魔がコスプレをしてやってくるというのがまともでない状況であることもわかっている。
それでも、映姫が笑われていることが小町の心を締め付けるのだった。
できることならば代わってあげたい。自分がピエロになって映姫が救われるのならば、いくらでもこの身を差しだそう。
普段からちゃらけている自分ならば、こんなギャップなど生まれないのだから。
「白黒、つけたぜ」
「わかった、わかったからもうポーズを取るのをやめてくれ、真面目な顔でされると余計に笑える」
「閻魔さまがすることじゃないわよねホント」
笑い過ぎて目に涙を浮かべている二人と、心をすり減らしたのか力のない笑みを浮かべる映姫。
前途は多難だった。
◆
魔法の森を離れた二人が次に向かった先は、以前花異変のときに説教をしたメイドのいる館だった。
目立つ場所のため、距離を縮めることで一挙に足を運ぶことができる。
あくびをしていた紅魔館の門番、紅美鈴は急に現れた二人に驚き身構えてから、一人の異様な風体に口をあんぐりと開けた。
「こほん、こんにちは、え、えんまの……。じゃなかった、ゼブラーウーマンです」
「小野塚小町です」
「あ、はいどうも。門番の紅美鈴ですけど、お嬢様に何か用事でしょうか」
「いえ、今日はレミリア・スカーレットでなく十六夜咲夜に用事があって」
「咲夜さんに、ですか」
そういえば咲夜は、花の咲き乱れた異変のとき、閻魔から人に優しくするよう説教をされたと話していた。
あれから咲夜の性格は柔らかくなり、柔らかくなったのだが天然の部分が顔を見せている。
(あの人、自分を律さないととことんダメになる人だもんなぁ)
冬場だからといって、メイド服の下にズボンを履きだしたときには一悶着あったものだと美鈴は振り返る。
しかし、鋭利なナイフのように人を寄せ付けようとしなかった咲夜よりも、今のように丸い咲夜のほうがこの幻想郷で生活していくのならば住みやすいのかも。
常々、彼女にはもう少し気を抜いて生きてほしいと思っていた私にとっては、説教をしてくれた閻魔は、そのきっかけを与えてくれた恩人のような者。
「ええわかりました。私が取り次ぎますよ」
「いいんですかい」
「何かあったら私が責任を持ちますよ。何もないでしょうし」
ウインクをしてみせる美鈴と、内心ほっと胸をなで下ろす二人。
初めから躓いていたため、どうなることかと不安だったのだ。
門の前で待っていると、ほどなくして美鈴は咲夜を伴って現れた。
ぺこりと会釈をする咲夜に、馬鹿にしたような態度は欠片もなかった。
「今日は何の用で?」
「ええ、仕事でゼブラーウーマンという役柄をこなさなければいけなくなりましてね」
「なるほど、それは大変ですわ。美鈴、お客様を中にお通しして。私はお茶を淹れるから」
「わかりました。お嬢様は?」
「眠っておられるわ。わざわざ起こす必要もないでしょう」
「はい。ではこちらへ」
紅魔館のもてなしに、二人は痛く感激した。
魔法使いには笑われたし、ほかのところに行ってもそのような反応をされると思っていただけに、客として扱ってくれるとは思ってもいなかったのだ。
美鈴の先導で、豪華な部屋へと通された二人は恐縮しつつ咲夜を待った。
「お待たせいたしました。仕事中なのでこのような無礼な格好ですがお許しを」
会釈をして現れた咲夜は、紅茶を映姫と小町の前へと置き席に腰掛け、後ろにいたメイド妖精にバスケットを置かせた。
「手作りのラングドシャです。よければどうぞ」
「はぁ。い、頂きます」
戸惑いながらも手を伸ばし、一口かじる映姫。不安そうな顔から、幸せそうな表情へと変わる。
それを見て咲夜も、表情を緩めた。
「大変そうですね。お仕事」
「ええまぁ」
あっというまに一個を食べてしまった映姫は、そっと二つ目を手に取った。
甘い物の苦手な小町は躊躇いつつ口に運んだのだが、その味が甘さだけでない繊細なものであることに感心した。
バターの良い香りは鼻腔をくすぐり、ついついもう一個と手を伸ばしてしまいそうになる。
「事前に来るということがわかっていれば、きちんとしたものも用意できたんですけど」
「いえ、そんな」
「四季さま、口の周りについてます」
あ、と急いでハンカチで口を拭う映姫と、それを見てニコニコと笑う咲夜。
拭い終えた映姫はこほん、と息を整え直した。
「えーと、だいぶ態度改めたようで」
「おかげさまで。
せっかくこんな緩い中で生活することが許されるようになったんですもの。
肩肘張ってばかりではしょうがないですわ」
「人に優しく、も実践できているみたいですね」
「自分でできているかはわからないものですが」
はぁ、と艶めかしい息を吐く咲夜。
(たしかに、雰囲気が変わったような)
紅茶のカップに口をつけていた小町は、花異変でのメイドとの邂逅を思い返していた。
ともすれば傍若無人で、他人のことなど一つも考えていなかった十六夜咲夜と、今の咲夜には若干の違いを感じる。
人間とはほんの数ヶ月会わないだけであっと言う間に変わっていくものだ。
(四季さまも、うれしいだろうなぁ)
熱っ、と紅茶に舌を出している映姫の表情は、魔法の森と比べて明らかに明るいものだった。
自分の説教をきちんと受け入れ、変わっていこうとしている生き証人がここにいるということは、映姫にとっては何よりも嬉しいことなのだ。
「それでですね咲夜さん」
「はい」
「どうやらあなたはきちんと忠言を聞き入れ、変わってゆこうと努力をしているみたいですね。
きっとこのまま行けば地獄に落ちる、ということもないでしょう」
「でも吸血鬼の従者ですからね。地獄に落ちてしまうかも」
そうなったらどうしようと笑う咲夜の顔には、何の心配の色も見えない。
独特な雰囲気を醸し出すようになった咲夜に戸惑いはしたものの、二人は以前よりも良い印象を持っていた。
他人を寄せ付けない雰囲気よりも、このように柔らかな雰囲気のほうが付き合いやすいに決まっているのだから。
「それじゃあ一応ゼブラーウーマン的にはここは白を出しておきましょう」
「そういうのって必要あるんですか?」
「規則なんだってさ。めんどくさいねぇ……」
「うちのお嬢様と同じぐらい無茶なことをさせるんですね。閻魔も大変ですわ」
「全くです。中間管理職って嫌ですね本当に」
「まったくです。メイド長を務めるのもなかなか……っと、そろそろ私は仕事に戻らなくてはいけませんわ。
申し訳ないけれども私はこの辺で、ゆっくりなさっていってくださいね」
「ああいえ、私もそろそろ次へ向かわなければならないのでこの辺で失礼させて頂きます。小町、次はどこへ?」
「博麗神社か、太陽の畑かってとこですね」
「ここからなら太陽の畑のほうが近そうですね。それじゃあそっちへ行きましょう!」
「ふふ、またいつでも紅魔館へどうぞ。歓迎いたしますわ」
その場に居たはずの咲夜の姿は、次の瞬間には幻であったかのように消え去った。
時を止めて仕事に戻っていく姿は少しばかり芝居がかってはいたが、瀟洒の名に恥じない去り方であった。
「さあ、行きましょう四季さま」
「あ、あと一個だけ……」
◆
太陽の畑についた二人は、迷路のように入り組んだ向日葵に惑わされつつも、お目当ての妖怪を見つけることができた。
花の妖怪、風見幽香その人である。
普段ならば臆せずその前に踏み出す映姫であったが、今日は普段身を包んでいる閻魔服ではなく、ゼブラーウーマンとかいう間抜けな格好なのだ。
目を瞑り、風の音に耳を澄ませている彼女の前へと踏み出す勇気は持てやしなかった。
映姫は早まったかと、小町の目を見て助けを求めた。
「小町、先いって話つけてきてくださいよ」
「嫌ですよー、変なこと言ったら殴られそうですもん」
小町としては、無理に太陽の畑に来なくて良かったのではないかと考えていた。
性格もそうだが、風見幽香は力でも一筋縄ではいかない相手である。
気力が充実しているときならばともかく、今は避けるべきだったのではないだろうか。
(よし、戻ろうって提案しよう)
これは不名誉な敗走でなく、名誉ある転進である。
一人では引けない映姫の手をそっと引いてあげるのは、自分の務めだと小町は決心した。
「映姫さま、やっぱり博麗に……」
「そこでこそこそしてる二人、用があるならさっさと出てきなさい」
判断の遅れた結果がこれである。
「ど、どーも。ゼブラーウーマンです」
「ご無沙汰してます……」
観念して、二人は向日葵の影から出ていった。さながら死刑台を登らせられる死刑囚のようである。
頭を掻いて風見幽香の前に出る映姫に、もはや閻魔としての威厳など一粒も存在していなかった。
小町には、元々死神としての資質が大いに欠けている。
彼岸からの使者というよりも、売れていない芸人コンビです、と自己紹介したほうが手を打って納得してもらえるだろう。
案の定、幽香は営業にきたような二人に眉を潜めた。
(帰りたいなぁ……)
正直なところ、ここを避けたっていいんじゃないだろうか。
確かに以前説教をかましたそうだけども、わざわざここまで出向く必要なんて、そう小町は弱気な視線を映姫へと泳がせた。
しかし映姫は、こほんと小さく咳をして胸を張り、幽香の前でポーズを決めた。
「風見幽香、あなたが態度を改めたか白黒つけに来ましたよ!」
「帰れ」
間髪入れずに告げられた言葉には、一切の感情も込められてはいなかった。
笑ってはいるけども、そこに相手を思いやる優しさなど介在していない。
小町は半笑いで、映姫の背を少し引っ張った。
「えーあなたはのんびりと暮らしていて、妖怪として人間だとかに恐怖を」
「向日葵になりたいの?」
幽香は差していた日傘を二人へと向けた。いつでも打ち抜いてやるよ、というポーズである。
小町はぎゅっと鎌を握りしめ、弾幕ごっこになることも覚悟した。
勝てはしなくとも、逃げるぐらいならなんとかする自信はある。
「まぁでも、わざわざ閻魔様が来てくれたんだし」
ため息を吐く幽香。めんどくさそうにしてはいるが、攻撃的な雰囲気は和らいでいた。
「いいわよ肩の力抜いて。私だっていっつも戦い戦いって言ってる訳じゃないんだし。
というか、そういう風に見えてるのかしら、私って」
ぶすっと機嫌悪そうにしているからそう見えるんだと言う言葉を、小町は飲み込んだ。
相手の神経を逆撫でにすることをわざわざ言うこともあるまい。
「そういう顔をしていたほうが妖怪らしくて白ですよ」
「……四季さまぁ」
小町が飲み込んだ言葉を、映姫はあっさりと言ってのけた。
それどころか、親指を立てた映姫は「白黒つけたぜ!」と嬉しそうにしている。
幽香はといえば口を開けて、呆れつつその様子を眺めていた。
「頭、痛くなってきたわ……」
頭を押さえる幽香。
これが作戦であればたいしたものだが、真偽を映姫の表情から読み取ることは困難だった。
(四季さまのテンションがおかしい……)
小町は、映姫の様子が無理をしているように思えた。
もっと嫌々ながらに、悪くいえばキャラになりきれないお寒い仕事になると思っていたからだ。
現に魔法使い二人のときには上手くいかずに恥をかいていた。
そこを上手くフォローをすることができなかったことが小町の胸に棘として刺さっている。
一方、むふーと鼻息荒くしている映姫の姿は、付き合いの浅い幽香には不気味に映った。
花異変のときには、ともすればこちらの神経を神経を逆撫でするようなことも歯に衣着せずにズバズバ言ってきたと記憶しているが、
目の前でボーダーのタイツを着ている映姫はどこから来た自信か胸を張っている。
胸を張るようなことでもないと思うのだけど、と幽香は言おうとして、罠の可能性に思い至った。
こちらの心を乱し、弱みを握ることが閻魔たちの目的だとしたら、捨て身の覚悟で挑んできていることになる。
そう考えればこの奇行にも納得がいく。ならばこちらが怒り出せば相手の思いツボだろう。
「まぁわかったわ。もう少し妖怪らしくすればいいんでしょう。
他人に言われてその通りにするって言うこと、私は大嫌いなんだけどね。
でもその、ねえ? 変なコスプレされてお願いされたら、私も断りきれないっていうか」
「好きでやってるんじゃありません! 仕事です!」
「いや絶対あなたノリノリでしょう!? 仕事中ってのは花異変みたいな時のことを言うのよ!
何が悲しくて閻魔がコスプレをしてポーズ決めなきゃいけないのよ! それが仕事って世の中おかしくない!?」
幽香は思わず冷静さを失い突っ込みを入れてしまった。
趣味であるならばまだ理解はしたくはなくとも、受け入れることはできたかもしれない。
しかし仕事でさせられているというのは、地獄の方向性について考え直す必要がある。
幽香の突っ込みに、肩をプルプル震わせる映姫。
何か大事な部分が、切れてしまった音が辺りに響いた。
やってしまった。
「好きで白黒つけたぜ! だなんて言う訳ないじゃないですか!
そうやって私の尊厳を貶めようとして! 私は死者に裁きを下すのが仕事だっての!
なんでコスプレヒーローなんてしなきゃなんないんですかもう! 代われ! 代われ! 丁度緑髪だし!」
「ちょ、掴みかかるなって! 服脱がすな! そこの死神見てないで助けなさいよ!
火事場の馬鹿力か知らないけどものすごい力してんのよこの子!」
「みんな私のことを馬鹿にして! あんたも胸でかいしそうやって私のことを見下してればいいんだ!
世の中のメロンはみんな敵! いいや林檎サイズでも私の敵よぉ!」
「あー……」
(色々溜まってたんだなぁ、それをテンションで無理やり覆い隠して)
小町はそっと、目元を拭った。
卒塔婆で服を剥かれている幽香も不憫でならなかったが、涙を流しながら暴れている映姫も可哀想だ。
「助けてー! もう最強なんて言わないから!」
「小町と大差ないじゃないの! 黒です黒! 有罪! ギルティ! ちくしょう下着も黒か!」
「ちょっと四季さま、その辺にしておきましょうよ。
そうじゃなきゃそろそろ倫理的に危ないです」
後ろから羽交い絞めにして無理やり引き剥がすと、映姫は興奮が冷めぬ様子で息を荒くしていた。
目の前には服を引き千切られて泣いている幽香がいるので、それだけ見れば強姦の現場である。
しかしきちんと状況を説明したところで強姦とあまり変わらないだけに性質が悪い。
仮にも正義のヒーローをしなければいけないはずなのに、これではただの変質者だ。
「もうお嫁にいけない……」
「いやいや、お前さんは嫁に行くようなタマじゃないだろ」
「気持ちの問題だもん……」
「ムチムチプリンは全滅しちまえばいいんだー!」
「ちょっと黙っててください」
「ふぐぅっ!」
小町は手刀を映姫の延髄に打ち込み、失神させた。
意識を失ったせいでその体重がすべて手にかかるが、それは大した重さではない。
「やーすまなかったね。四季さまも大変なんだ」
「だからって脱がされるとは思わなかった……」
「う、うん……」
普段真面目な者ほど、キレたときには何をしでかすかわからないもの。
幽香はこれからは迂闊に喧嘩を売らないことに決め、小町も体つきの話は振らないことを心に決めた。
戦いはいつも、悲しい傷痕だけを残していくのだ。
◆
「えへへ……Cカップ……。んぁ……?」
「やっと目が覚めたんですね。四季さま」
太陽の畑からはさっさと退散して、小町は映姫をおんぶして人里へとやってきていた。
ここに説教をする相手はいないが、あのテンションのまま博麗神社へと連れて行くのは不味い。
丁度時間も昼前である。軽く昼食でも食べて気分転換を図るのが良いだろうという判断からだった。
「うぁ、やめてくださいよおんぶだなんて。ほかの人だって見てますよ」
「あの姿で歩くのも、同じかそれ以上に恥ずかしいと思いますけどねぇ」
背中であたふたする映姫は、はたと自分の服装に気付きしおらしくなった。
今は風呂敷がかかっていて外からは見えなくなっていても、中は相変わらず全身タイツなのだ。
「それで、うちに来たわけですか」
「しのびないです……」
「ふぇー、立派な家だこと」
里を歩いていても着替える場所などなかったため、顔見知りである稗田の屋敷へとやってきたのだった。
初めは閻魔の突然の来客、さらには映姫の服装に目を丸くした阿求であったが、事情を聞いて納得し二人を招き入れた。
通された部屋は阿求の私室で、編纂のための道具がそこかしこに散らばっている。
紅茶と和菓子という組み合わせが差し出されると、座布団の上で落ち着かなさそうにしていた二人はようやく一息ついたようだった。
「しかし、ゼブラーウーマンとかひどいですね。センスが悪いです。考えた奴はどうしようもない俗物です」
「ええ全く」
ぷんすか我が事のように怒る阿求と、その言葉に同意をする小町。
「もっと露出が多い服装にしなければ殿方が喜ばないでしょうに」
「なんだって!?」
「地獄に行く機会があれば私が選定に加わって見せますよ。自殺しようかしら」
「早まるなって!」
「無論冗談です」
阿求の台詞は一体どれが本当で嘘なのだろうか。
淡々と調子を変えずに爆弾を混ぜてくる彼女のペースに、初対面から乱されっぱなしの小町と、
それに加わらず、俯きながらお茶を啜る映姫。
「昼食はどうなされますか。二人増えたぐらいならば然程手間も変わらないし、頼みましょうか」
「ええよろしければ。四季さまもいいですか」
「ええ……」
「では少し、炊事場のほうへと行ってきますので。休んでいてください」
あとは若い者に任せて、とお決まりの台詞を残して去っていく阿求。
一体彼女は何が目的なのだろうか、いつかしっかりと話し合う必要があると小町は思った。
映姫は映姫で、ぼーっと茶菓子を齧りつつ、遠い目をしている。疲れているのだろう。
「四季さま」
「なんですか」
「お疲れ様です。あとは博麗のと、在野の妖怪たちぐらいですから……。まぁなんとか」
「それまで、ゼブラーウーマンとして戦わなければならないのですね。私は」
「……投げ出しても、誰も文句は言わないと思いますよ。
四季さまは十分がんばっていたと思いますし、上だってそんなに五月蝿く言わないでしょう」
「でしょうね」
「だったら」
「小町」
映姫の声は、芯の通った力強いものだった。
それに気圧され、小町は思わず手に持っていたティーカップを落としかけた。
「私は閻魔という仕事に誇りを持っています。
確かに、どうして私がこんな恥辱を受けなければいけないのだろうと昨晩は荒れました。
ですがそれはそれ、これはこれです。一度仕事としてやると決めたのです。途中で投げ出すなど、私の沽券に関わります。
ヤマザナドゥ、幻想郷の閻魔として私は逃げるわけにはいかないのですよ」
「四季さま……」
「もう大丈夫です。さっきはみっともないところを見せてしまいましたが、今日だけですしなんとかしてみせますよ」
映姫はぐっと拳を握り締める。
「でも終わったあと、飲みに行くので付き合ってくださいね」
「もちろんです。四季さま」
「おっと、昼食には砂糖を入れるほうがよさそうですね」
襖の間からは、いつのまにか阿求の瞳が覗いていた。
声が若干うわずっていることから、興奮しているのだろう。
「御阿礼の子も、九代目ともなるとふてぶてしくなるんですね……」
「私も人の子ってことですよ」
「天狗となんら変わらないんじゃないか? ゴシップ好きなところとか」
「ふふふ、何を隠そう稗田とは世を忍ぶ仮の姿、その正体は鴉天狗なのだった。
とまぁ冗談は横においといて、昼食はこの部屋に運ぶように頼んでおきました。
私ももう何年かすれば四季映姫さんのところでお世話になるわけですし、ここでゴマをすっておくのも悪くないのです」
そういって、冷めた紅茶を啜る阿求。
心の内を駄々漏れにしているのかブラックジョークなのか、如何とも判断しにくかったために、彼岸の二人は何度も戸惑わされた。
そんな楽しい昼食を終え、次は博麗神社へと向かうこととなった彼岸の二人。
稗田阿求はこれから散歩をし、昼寝を決め込むそうだ。なんというニート。
「普段の小町みたいですね」
「酷いですよ四季さま」
「だってサボってばかりじゃないですか」
ゼブラーウーマンの格好のまま人里をうろつくわけにもいくまい。
二人は早々に人里を後にして、ゆっくり博麗神社へと向かっていた。
この時間、下手をすれば向こうの昼時ともかち合うわけで、そうなると先方にも迷惑がかかる。
そう考えた二人は、昼食後の腹ごなしも兼ねて、散歩をしているのだった。
夏の昼下がりとはいえ、今日は風がよく吹いている。
木陰には昼寝に勤しむ妖精。向こうからは逃げる氷精を追いかける巫女がやってきた。
巫女?
「追い詰めたわよチルノ。今日こそあんたを拉致してウチの神社を冷やしてもらうわ」
「いやだって! なんであたいが神社に行かないといけないのよ」
「あんたは妖精だから人権なんて存在しないのよ。黙秘権も弁護士を付ける権利もないわ」
手をわきわきとしながら、徐々に追い詰めていく霊夢。
じりじりと下がっていくチルノは、ついに大木の幹に背をつけることとなった。
「さあ覚悟しなさい。今日からあんたはうちの⑨ラーになるのよ」
「それ前にやったじゃん!」
叫ぶチルノと、下卑た笑みを浮かべて近づく霊夢。
どこからどう見ても、B級の悪人面をしていた。
「あ! 空にお札がたくさん飛んでる!」
「金!」
小町の言葉に気を取られ、首の関節を曲がってはいけない方向へと曲げる霊夢。
楽園の素敵な巫女だから許される芸当だ。一般人がやっていれば脊髄を損傷して半身不随になっていただろう荒技である。
しかしグキャという鈍い音が響いた辺り、いくら博麗の巫女といえども代償は大きかったようだが。
「ぐわわぁ……。ち、チルノ、私が死んでも第二第三の博麗がお前を……ぐふっ」
「なんで死ぬのさ! 起きてよ霊夢!」
恨み言を吐き、口からエクトプラズムを吐き出す霊夢と、何故か涙を流して霊夢の体を揺するチルノ。
夏の暑さにやられてしまったのかもしれないと、彼岸の二人はそっと黙祷を捧げた。
霊夢が回復するまでにはそう時間はかからなかった。
首はまだ痛むようだが、いつも通りの気だるそうな態度が復活している。
「だーかーら、チルノを縛っておいておけば食べ物だって日持ちするし、涼しくて最高じゃない」
「駄目ですよ。そういう独善的な態度を改めないことには極楽には」
「天人だってロクな奴がいないじゃないの。それにまだ死ぬことなんて考えてないし」
博麗神社への階段の途上、映姫はくどくどと説教をしているのだが、暖簾に腕押し豆腐にかすがい、糠に釘である。
馬耳東風を続ける霊夢に対して、映姫は何度となく生き方について説いた。全身タイツで。
あんたのその生き方はどうなの? と霊夢は思っても口に出さない辺り、案外地獄には落ちないかもしれない。
「しかし暑くなってきたねー」
「この時間帯が一番暑いからね。全身タイツだと辛いんじゃない?」
「私、暑さには強いですから」
顔を真っ赤にして強がる映姫は、どう見ても限界に近かった。
こうなったら距離を縮めて神社の中に退避させるか、そう小町は身構えるが、それを映姫は制する。
「せっかく対話をしているです。その貴重な機会を徒に損なうことを良いとは思えません。
ですから霊夢さん、もう少しあなたは粛々と」
「やーよ。今だってめんどくさいのを二匹相手してきたばっかだっていうのに」
「二匹と。あの妖精は一人だったように思いますが」
「あー……。神社に二匹いるのよ。厄介なのが」
階段の終わりがいよいよ見えてきた。鳥居をくぐればそこが博麗神社である。
博麗神社とは割と素朴な、ごく一般的な神社であると映姫と小町の両名は記憶していた。
よく掃除されている境内と、巫女一人で住むには広すぎる社屋。池には亀が一匹悠々と泳いでいるばかりで、
鳥居に女が二人、猿轡を噛まされた上で亀甲縛りで吊るされている世紀末な場所であるとは記憶していなかった。
「ふがふが」「ふんがふが」
「ただいま。紫と天子はもうしばらくそこでぶら下がってなさい」
「……あれー?」
「う、うん……四季さま。言いたいことはすーごくよくわかります」
かたや妖怪の賢者、もう片方はといえば不良とはいえ天人。
その両名が何が悲しくて、風鈴代わりに揺れていなければならないのか。
しかもお互いに敵視しあっているせいで、睨み合いの火花が辺りに散っている。
「なんです……? あれ」
呆然とした映姫が霊夢へと問うと、霊夢はだるそうに頭を掻いた。
「あの二人暑苦しいのよ。あまりにも五月蝿いから縛って吊るしちゃった」
何のこともない。さも当然のことであると霊夢はその下を通り抜けていった。
二人は体を揺らして抗議するが、振り返ることなく社屋の中へと消えていく。
不憫である。
それによくよく見ると、草葉の陰で式がハンカチで目元を拭っている。
その隣では、カメラを構えた衣玖が淡々とカメラを切っている。一体何に使う気だろうか。
「パンチラとか早くしてくれませんかね」
舌打ちをする衣玖を、映姫は見なかったことにした。
転ばぬ先の杖か、彼女の頭の上には「風景写真を撮っています」というプラカードが立っている。
問い詰められても、衣玖はそれを盾に誤魔化すつもりなのだ。
「紫さま、橙が八雲をやめたいって言うんです、どうしたらいいでしょう」
物凄く嫌な言葉が聞こえてきた。なぜこんなところで切ない話をするのだろうか。
「何が悲しくて、チャーシューの紐のようにされなきゃいけないんだって」
ついさっきの話でしたか。
幼い子にトラウマを残してしまったとなれば、霊夢の罪は格段に重くなったろう。
けれど今は、罪の計算をしている場合じゃない。
「行きましょう映姫さま。ここは魔界です」
「え、ええ……。でもちょっとだけ復讐していきたいですね。
あの強調された胸とかを悔悟の棒でばちこーんって」
「おもいっきり私怨じゃないですか。行きましょうって」
ここは博麗神社でなく、SM館HAKUREIです。
そう書かれた看板がないかと小町は辺りを見回した。しかしその意に沿う物はどこにも存在しない。
在るがままを受け入れなければ、博麗神社で生きていくのは難しいのかもしれない。
「ふがふが」「ふんがー」
「なんでこの神社はマトモなところが一つもないんですか」
「夏だからじゃないの」
中央に突き刺さった御柱には、守矢神社の三名が磔にされており、その周りには、掌サイズの萃香が多数駆け回っている。
縁側で暢気にお茶を飲んでいる霊夢には、この程度は夏だからで片付くレベルらしい。
その隣で座っている彼岸の二人にとっては、どう考えてもまともな風景には思えなかったのだけど。
「あいつら御柱に乗って吹っ飛んできたのよ。何? タ○・パイパイごっこって」
「いや、知りませんけど……」
周りが異様だと、全身タイツの映姫が、少しばかり派手なファッションをしているだけに見えてくるから不思議なものである。
「はぁー、賑やかだねぇ」
「暑苦しいだけよ」
小町の言葉に顔を顰める霊夢。
「夜になればレミリアたちも来るかもしれないし、暑いんだから家で引きこもってろって話よ」
来客が多いというのも困りものと言いたげに、霊夢はお茶を啜った。
ぞんざいな態度を取り続けているのに、なぜこの巫女の周りには人間妖怪問わず集まるのだろうか。
彼岸の住民である二人は、そのことをいまだ量りかねていた。
「よく、わからないです」
「何が?」
「わざわざ閻魔が出向いて白黒つける必要なんて、あるんでしょうか」
「四季さま……」
映姫は寝転がり天井を眺めた。その目は一体何を映しているのだろう。
「きた! パンチラ写真だ!」
そっちを写してどうするんだというツッコミを入れるものは、この場には誰一人としていない。
「さーねー。でも閻魔のあんたも、幻想郷に来ちゃえばフツーなのよ。フツー。
そんな変な格好してるからって何の特別なこともないし、肩肘張らずに振舞えばいいじゃないの。
趣味でそんな格好をしてるって言うのなら、センスがないとは思うけど」
「仕事ですよ」
「仕事ねぇ。真面目そうなあんたがどうしてそんな仕事しなきゃならないんだか。
大方裁く件数が少ないからって押し付けられたんでしょ」
映姫は霊夢の言葉に答えずに、寝転がったまま小町の様子を伺った。
小町は力無い笑いを浮かべているばかりで、何も言おうとはしなかった。
「上の道楽ですし。今日一日だけですから。ぜんぜん気にしてないですよ」
体を起こした映姫は、そういって笑ってみせた。
「四季さま、ちょっとあたい席外してもいいですか」
「小町……。あの」
「すぐに戻りますから大丈夫ですよ」
小町は鎌を構えて、ふらふらと何処かへと消えていった。
霞がかったようにその姿が消えた辺り、能力を使ったであろうことは簡単に知れた。
「気にしてたこと、言っちゃったかしら」
「……」
「あんたがそんな服着て駆け回らなきゃいけないのって、死神が幽霊運ばないせいで暇に見えたから、でしょ」
「ええ、その通りです……」
「そんなの、あいつも気づいてるに決まってるじゃないの」
「でも私は、小町が悪いとは思っては」
「あんたが思っていなくたって、小町は気にしてたんでしょ」
映姫は何も言えずに口篭った。
昨晩からの小町は、いつもよりもずっと気を遣ってくれていたように思う。
普段ならば文句の一つや軽口を叩くであろう場面でもニコニコと笑い、こちらを立ててくれる。
この姿の自分を庇おうとしてくれたのも、一回や二回ではなかった。
「このままなんとなく終わるのって、気持ち悪いじゃない。
余計なお世話かもしれないけど、さっさと白黒つけてきなさいよ」
「白黒、ですか」
「大事な友人なんでしょ? 上司と部下って関係なら知らないけど、友達同士なんだったら公平じゃなきゃね」
「霊夢さん……」
友達なんだったら、亀甲縛りで吊るすのはどうかと思います。その言葉を映姫は飲み込んだ。
もしかしたら霊夢は、吊るされている二人のことを友人とは思っていないのかもしれないが。
「そろそろあの馬鹿二人も降ろしておこうかしら。喧嘩するようならまた吊るすけど」
そんな映姫の気持ちを知ってか知らずか、霊夢は大きく伸びをして境内へと降りた。
相変わらず御柱には三人が括り付けられていて、チビ萃香たちはそれを囲んで宴会を開いている。
「霊夢さん、あなたにゼブラーウーマンとして審判を下すのはまだ先のようです。
それよりも先に、部下に白黒つけてこなきゃいけませんから」
「あっそ。ま、また来なさいよ。お茶ぐらいは出してあげるから」
ぺこりと頭を下げ、博麗神社を後にする映姫と、去ってゆくその背へ気だるげに手を振る霊夢。
余計なお節介をしたかなと、映姫が去った後の空を霊夢は一瞥「かんぱーい!」
◆
大木が影を作り、川のせせらぎが僅かばかりの涼を作っている。
小町は自らのお気に入り昼寝スポットである土手に腰掛けて、傍らにある小石を次々川へ放り込んでいた。
(わかってたんだよ。所詮あたいの自己満足なんだってことぐらい、さ)
今日一日、ゼブラーウーマンとして過ごさなければいけない映姫のことを守る。
けれどそもそもが、まともな死神がパートナーであればこのような恥を晒すこともなかったはずだ。
映姫は真面目な閻魔であるし、裁く件数以外では非常に優秀なのだから。
「あたいが悪いんだって、そう言ってくれればよかったのに」
それでも映姫は、笑って小町のことを庇ってくれた。それが小町の心を締め付ける。
「くそっ!」
放り投げた石が、緩やかな川の流れに波紋を作る。
自分が適当に過ごしてきたことで、何も悪いことをしていない映姫が煽りを食うだなんて。
結局自分も、仕事を押し付けた映姫の上司と何も変わらない。
悔やんだところで何もならないことはわかっていたが、霊夢の言葉から目を背けることもできなかった。
「本当、駄目な奴だよあたいって」
そもそも、男の仕事である船頭を女である自分がやることからして無茶だったのかもしれない。
他の死神が嫌がる安い幽霊を運ぶことにはそれなりの美学を感じていたし、
難しい審議ほど閻魔の力量が試されると映姫から呆れられながらも認めてもらえていた。
そうはただ単に、映姫に甘えていた結果ではなかったのか。
迷惑をかけっぱなしだったというのに、自分ではそれを認めようとせず、守るだなんていう自己満足をしようとして。
ごろりと寝転がって空を眺めると、綿飴みたいな雲がゆるゆる流れて行く。
いつもならのんびり昼寝と決め込むところだが、今はそんな気分になれるわけがない。
「船頭、辞めちゃおうかな」
「いいえ、それは絶対に黒です」
驚いた小町が跳ね起きると、悔悟の棒で自分の肩を叩く映姫が土手の上に立っていた。
「四季さま……。その」
目を逸らす小町。
しばらく合わす顔がないと思っていたのに、こんなにすぐ来てしまうなんて。
映姫は腕を組むと、困った顔をして首を傾げる。
「いやぁね、ちょっと困ったことがあるんですよ」
「な、なんです?」
「これから夜雀に説教をくれてやろうと思ってるんですが、お酒のある場に一人で行くのはどうにも不安でしてね。
というわけで、いつも通りサボってるぶぁーか死神を迎えに来たわけですよ。
まったく、今日ぐらいマトモにしてもらいたいものですね」
バカのところをやけに強調した映姫は、不敵な笑みを浮かべた。
この笑みはほかならぬ、映姫から小町への挑戦状だった。
他人に笑われ、道化になっても向き合い続けた映姫。
今の小町にとっては、その姿は眩しすぎた。
「私の知っている小野塚小町は、もっとふてぶてしく折れるよう者じゃなかったはずですが。
それとも、それは私の買い被りだったんでしょうか。
こんなことで立ち直れないほど繊細な部下を持っただなんて、私もつくづく不幸な女ですよ」
いまの自分は果たして、四季映姫の部下を務めても良いものなのだろうか。
発奮を促す言葉に、小町の心が揺れる。
不安げに俯く小町へニヤリと笑いかける映姫。白い歯が口元から覗いた。
「少なくとも私は、部下に恵まれたと思ったことはあっても、その逆を思ったことはありません」
はっと顔を上げる。
部下として、友人として、そして小野塚小町という一人の死神として。
四季映姫ヤマザナドゥの期待を裏切るわけにはいかなかった。
例え空回りだとしても、萎えた勇気を奮い起こしてその隣に立たねばならぬのだ。
「いやー、あたいもね。コスプレをした閻魔さまの付き合いしてたら肩が凝っちゃって。
プッツンしたときのために一人にさせられないし、めんどくさいんだよねぇ」
いつもの調子を取り繕って返事を返す小町へと、映姫は悔悟の棒を向ける。
「そう思うんだったらさっさと用意して来なさい。私だって早く帰りたいんですから」
くるっと踵を返す映姫。その背中は、何かを吹っ切ったような強さが溢れている。
「置いていきますよ。小町」
「はい、四季さまっ!」
傍らに放り投げてあった鎌を掴み、慌てて立ち上がろうとして滑り転ぶ小町。
目元から溢れてきた涙を手で拭って、先に歩いていく映姫を追いかけた。
「小町は小町のままで良いんです。そうじゃないと叱り甲斐がないですからね。
ただし! これからも私が飲むときには付き合うように!」
「わかりました!」
「よし、それでいいです。今回は特別に、ゼブラーウーマンから白をあげましょう」
満面の笑みで小町へと向き返る映姫。
その表情には、先ほどまで漂っていた悲壮感など微塵も存在していなかった。
「さ、行きましょう小町。あと、これからはもうちょっと真面目になるように」
「それにはちょっと、はいと言い兼ねますね」
「また私に、ゼブラーウーマンをさせたいんですか」
そう言って苦笑する映姫に、口笛を吹いて誤魔化す小町。
二人が歩き出した時間、太陽はまだ高い場所で幻想郷を照らしていた。
この季節では太陽というものは中々沈もうとはしない。
説教する相手である夜雀が屋台を出すには、まだまだ早過ぎる時間帯だった。
二人は時間潰しのためにあても無く歩く中、どちらともなく手を繋いだ。
言葉なんて、今更必要があるだろうか。
もし気持ちのすれ違いがあっても、そのときはお互いに許しあえばいい。
「四季さま、その格好で恥ずかしくないんですか」
「ああもう慣れました。心配無用です!」
「んじゃ、もう心配しません」
鎌を肩に担いで、小町はにへらと笑った。映姫も釣られて笑う。
「いやぁ、今日はいい日ですね小町!」
「ですねぇ」
夏の暑さを、吹き抜ける風が緩める。
二人の表情は、夏の空のそれよりもずっと晴れやかだった。
えーき様とちゅっちゅしたいよ
生活臭が上手いなー。アパート内だけずっと読みたい気分。
なんというか、いい幻想郷の風景ですね。
こまえーきの頼り頼られな関係がいい感じでした。
しかし全身縞々タイツか…いいかもしれない
そうかこの手があったか…!
だめだこれww
最後も最後で、もうwwwwwww。
変態ばかりだな!
っていうか、あとがきも含めて全編、爆笑ものでした。
しかし幻想郷の連中のナリを考えたら、
ゼブラウーマンのカッコも、全然違和感ないんじゃなかろうかw
ここやべぇwwwwwwwww
で100点付けそうになったが
オチで現実に帰ってきちまった。
おかえりなさいませ
ゆうかりんくろかわいいよおおおおおお
すーはすーはしたいよおおおおおお
映姫可愛いよ映姫……
詳しく。