昼間晴れやかに澄みきっていた空は神社からの帰路には三流怪談話のように黒々としたあつく低い雲にその身を委ねていた。
この雲はいけない、と今までの勘で急ぎ帰りはじめるもわずかのところで雨粒の猛爆撃を受けてしまった。おかげで帽子からなにから全てびっちょりと濡れてしまいさらには家の手前にあったぬかるみに足をとられてスカートは泥まみれときている。
これだけならまだ良かったのだけれどいい天気だからと家を出る前に干しておいた一週間分の洗濯物は全滅。もう一度洗いなおさないといけなくなってしまった。
まさに憂鬱、あすの衣服にさえことをかきそうな事態に追い討ちをかけたいのか暖をとっていた彼女の耳に聞こえるノックの音。
嫌な予感をヒシヒシと感じながらも扉を開けると、洋傘の下には赤い髪と白い肌。
「こんにちは」
普段ならばあの薄暗い図書館でまさに本の虫になっている魔女の手伝いをしている使い魔、小悪魔がいつも図書館で出迎えてくれる笑顔でそこに立っていた。
憂鬱だ。魔理沙は出迎えながらそう思わざるをえなかった。
家に迎え入れた小悪魔に紅茶を振る舞いわざわざここにやってきた用件を聞く。予想はしていたものの本の徴発、もとい回収だった。
なんでも小悪魔の主人、パチュリーがいま行なっている魔法薬の研究にその本が必要なのだという。本来なら全ての本を回収したいのだが今回はその一冊だけで構わないから返してくれと小悪魔は本音を包装した優しく穏やかな口調で言ってきた。
本当ならばその本を返して早くお帰りねがいたいのだが、残念なことに今、魔理沙もその一冊の本を使った魔法薬の研究を行っていたのだった。なんという偶然なのだろう。
もちろん彼女に、いま返すという選択肢はなかった。必要な部分をメモすればいいという考えもなかった。なにせ魔法薬の説明は数十ページにおよんでそれをメモするなどとんだ話だった。
しかし、今まで何冊もの本を借りてきたが言葉だけでなにも行動しなかったあのパチュリーが小悪魔をわざわざここまで寄越してくるということはよほど必要なのだろう。本を返さないかぎり小悪魔は帰りそうに無い。ただ返そうなどという考えもさらさらあるはずなかった。
どうしたものかと思案する魔理沙に、小悪魔はいつもの笑顔を絶やすことなくにこにこと見つめてくる。いつもの笑顔のはずなのに「さぁ早く本を返してください」と言われているようで焦らされてしまう。
ただその思案を解決してくれたのは本を持って帰らなければいけないはずの小悪魔だった。魔力供給者たるパチュリーからあまりにも離れてしまうと魔力が減少して強制的に図書館に帰らされてしまうのだという。しかもその時間は深夜12時であることもわざわざ教えてくれた。
これを聞いた魔理沙に考えが浮かぶ。十二時まで彼女をここにいるようにすれば本を返したか返さなかったかにかかわらず帰ってしまうのだ。
まるでシンデレラ。小悪魔は魔女の助けで王子さまと踊りに来たのだ。外はまだまだ雨が降っている。通り雨では無く本格的な雨だったようでざあざあと振り続けときおり窓を叩く。
小悪魔に雨がやむまで家にいてはどうかと話をすると小悪魔は少し困った顔をしつつも降りしきる外へは出たくないのか頷いた。
壁時計に目を向ける。七時を過ぎようとしていた。たかだか五時間、魔理沙はそう思った。
最初の二時間は比較的順調に進んでいった。紅茶のおかわりから始まり紅茶の美味しい入れ方に世間話、特にパチュリーが主演たる紅魔館での顛末騒動は抱腹絶倒してしまうほどの物語だった。一区切りつけば夕食を一緒に食べたりもした。
そして夕食の片づけが終わった九時を過ぎた頃から小悪魔がそわそわとしはじめた。
その明らかな変化を魔理沙は高いところから見下ろすように楽しみながらも次の一手を考えざるをえなかった。主人公が本来の役割を忘れてしまうわけはないのだ。
「そろそろ本を返してください」
三十分後、魔理沙が小悪魔に教えてもらった紅茶の入れ方を試して五杯目。とうとうじれた小悪魔は魔理沙に今までよりきつめの口調で言ってきた。流石に頃合いかと魔理沙は彼女に分からないよう呟くと紅茶を飲み干しカップをテーブルの上に置く。
「そうだな、わざわざここまでやってきたんだ。本は返してやらんとな」
心にも思っていない口だけの言葉を放つと魔理沙は立ち上がって小悪魔を一室へと誘った。
その部屋は彼女にとっての寝室兼研究室で、パチュリーから借りてきた本のほぼすべてがこの部屋に収容されていた。くだんの魔法書も当然この部屋に、もう少し言えば研究机の上にひらかれたままメモの下敷きになってしまっている。
もちろん返すわけではない。
魔理沙は机に付属した椅子に座ると、あまりの混雑に呆然となっている小悪魔に向かってこうしゃべりはじめた。
「パチュリーから借りた本はこの部屋に全部ある。ただその魔法書がどこにあるかまではこの状況を見たら分かると思うが私にすら分からないんだ。だから自分で探してもらえるか」
こんな部屋に連れ込まれさらにそんなことをいわれた小悪魔は、ぽかんと口を開けていたが魔理沙の目が本気だと分かるや、
「仕方ありません。探させていただきます」と、ひとつ軽いため息をついて数百冊におよぶのではないかと思われる山に挑みはじめた。
小悪魔に本を探させて時間稼ぎ、あわよくば本の整理になるだろうという少々きたないやりかたではあったがこのすべが一番お手軽であると頭の中で結論づけていた。そんなことなど全く分かっていないだろう小悪魔は机と全く反対側に文字通り山となった本たちをおろしては一冊一冊確認していく。
魔理沙はうしろすがたを見ながら小悪魔が本の探しだす時間をはかっていく。到底時間内では間に合いそうにないとおおよそ判断してみるとシンデレラをこき使う継母のようなこころもちになったと同時に少々気の毒な気もしはじめたけれど自分の魔法研究とを秤にかけてみればどちらの方に傾くかは一目瞭然なので仕方がない。
心の中で気の毒という気持ちを押さえつけ、ただ息抜きに紅茶ぐらいは用意してやるかと隣の部屋へお湯とカップを取りに行った。
「もう時間ですね」
小悪魔の悔しそうな言葉で眠気と必死に戦っていた魔理沙が時間を見れば十二時近かった。小悪魔の近くにはまだ半分ほど無造作に山となった本が積まれており間に合わなかったらしい。どうやらシンデレラは王子様に会えずお帰りになるようだ。
「残念だったな。私が今度探して持っていくとパチュリーに伝えておいてくれ」
本を奪われずに勝ったという喜びを表情に出ないように注意しながらいうと小悪魔は残念そうな顔をしながらも、
「そうお伝えしておきます」と手に持っていた本をぽんと本の上に置いた。
本当は返さない気だったが小悪魔をここまで欺いて使ってしまった負いの目が魔理沙の心をちくりちくりと刺してきてあるていど部屋の整理もしてもらった礼として魔法薬の精製が終わったら持っていこうと思っていた。
「あぁ、そういえばここに来たもうひとつの理由を忘れていました」
突然の言葉に魔理沙は小悪魔に顔を向けるとさっき見た残念そうな表情はどこへ行ったのか妖艶な表情を浮かべた小悪魔は魔理沙の方をじっと見つめていた。
「もうひとつの理由?」
さっきとは全く違う気色に勝った喜びははるかかなたに飛んでいってしまい。戸惑いと今まで小悪魔が見せたことのない表情に恐怖さえ覚えながら身をかまえる。
そんな魔理沙を知ってか知らずか小悪魔はゆっくりと歩いてくる。
「いえ、実は私魔理沙さんのことが結構好みでして」
「なっ!?」
「今まで私が散々アプローチをかけても気づいてもらえませんでしたのでここに来るついでに魔理沙さんを頂いてしまおうかと」
いきなりの告白で魔理沙の顔は真っ赤になる。彼女は言動からは信じられないほど純情な乙女だった。よくよく思い返せばあれだけ本を借りているのに図書館での接待が他人より良かった気はしていた。さらに今日の夕食を作るときも身体が必要以上に密着していたような気がする。
「そういうわけでして、ね」
思い出せばぼろぼろ浮かんできてはきちんと考えがまとまるわけもなく自分に降りかかってくる言葉で我にかえると小悪魔は自分の目の前に立っていた。逃げるという手段は彼女が考えているうちに失われていた。
「ま、待ってくれ!私にもだな。心の準備というか考える時間というかだな」
とりあえず話をしようと魔理沙はあわてて話し始めるが小悪魔は軽く首を横に振りながら「時間がありませんので」と却下してしまい魔理沙の顔に自分の顔を近づけていく。
魔理沙は「きゃあっ」とかわいらしい悲鳴をあげて目をつぶったがしばらく経ってなにも起こらないことに目を開けてみれば彼女は名前のような笑みをうかべながら片手に一冊の本を持っていた。
その本は机の上に置いていた、自分は返すまいと思っていた、小悪魔が探していたその魔法書だった。
「あっ!」
「魔理沙さんがあまりにも純情でしたので今回はこの本に免じてやめておきますね」
おもしろそうなことばつきと笑みで今までのことが芝居であると察した魔理沙ではあるけども腰が抜けているのかみじんも体が動かない。
「返してくれ」と、いってはみるがとうぜん小悪魔は首を縦に振ろうとはしない。
そして時計から放たれる十二時の合図。シンデレラは本を持って帰るというガラスの靴を置いて自らの家に帰っていくのか小悪魔の体はうっすらと薄くなっていく。
「それでは魔理沙さん失礼します。この本が必要でしたらいつでも図書館にいらしてください」と言って小悪魔は姿を消した。もちろん本とともに。
頭と体が動くようになって思わず「このっ」と悪態をつく、自分が隠していた純情な部分を見られてしまったのが恥ずかしく。乙女の気持ちを手玉に取られたのがおもしろくなく小悪魔の芝居にひっかかってしまった自分が情けなかった。
なにより最後の最後になって本を奪い取られてしまったのが悔しかった。あと少しだったのにと思ってはみるが、本はもう手元にないのだし小悪魔が言っていたようにまた借りにいけばいいかと開き直ってみる。
そう思ったとたん夕方からの疲れが一気にふきあげてくる。いろいろとやりたいことはあったがくらくらとしながらベッドへ倒れこむ。窓をみれば雨はやんでおり月明かりがさしこんでいた。
晴れわたった翌日、魔理沙は昨日駄目になった洗濯物をふたたび干すと図書館へやってきた。
用件は取り返された本を取り戻すことと新しい本を借りること。
ただ忘れてはいけないのはこの図書館は書物の貸し出しいっさいを行なっていないことだ。
「魔理沙さん、どうもこんにちは」
本の香りあふれる図書館で紅茶が香ってくる。まるで魔理沙が図書館へくることがわかっていたのか彼女はいつもの笑顔で挨拶をしながら紅茶のカップをテーブルの上に置いた。
その挨拶に「あぁ」と椅子に座りながら答えお茶うけであろうスコーンを続いて置く小悪魔に「あの本は?」と聞いてみる。
「あの本でしたら今パチュリー様がお使いになってます。あの様子だと二、三日は手もとに置かれるのではないでしょうか」
苦笑しながらの答えにパチュリーが使っている机を見てみれば昨日まで自分の手元にあった本を横に置きもくもくとペンを走らせているうしろ姿があった。その姿をみれば言葉どおり二、三日安易には手放さないのが見てとれる。
あの本はまた次にするかと軽く息をつくと隣で小悪魔がくすくすと笑っている。
「なんだよ?」
「いえ、確かにいつでも図書館にいらしてくださいと言いましたけれど、まさか次の日にあの本を目当てにこられるとは思っていませんでしたので」
「うっ、うるさいな。お前があんな芝居なんか打たなかったら本はまだ私の手元にあったんだ」と少し強がって言ってみると
「芝居を打つ、ですか私は芝居をした覚えはないのですが……」
と、可愛らしくほんの少し首をかしげた小悪魔のことばを聞いて魔理沙はどきりとなる。それを静めるように一気に紅茶を飲み干してみるがあまり役には立たなかった。
「えっ。そ、その私を好きだとかいうのは芝居だったんだろ?」
まさかと確認のために言ってみれば小悪魔はなにも言わず哀しそうに目を伏せるだけだった。この表情に昨日言っていたことが本当のことじゃないかと心の中でいよいよあたふたとしはじめた魔理沙に小悪魔は耳元でそっと呟く。
「私の気持ちは昨日、魔理沙さんにおはなししたとおりですよ。私の王子様」
そういわれた魔理沙の顔は昨日の比にならないくらい真っ赤に染まりぱくぱくとなにか言いたげに口を動かしているが言葉がまったく出てきていなかった。そんななか「小悪魔ちょっと」とのパチュリーの言葉。小悪魔は「はい。ただいま」と答え魔理沙の空っぽになったカップに紅茶を注ぎパチュリーのもとへ向かう。
「今日は魔理沙静かじゃない」
との言葉とともにパチュリーは入り用なものを書いた用紙を小悪魔に渡す。
小悪魔は少し苦笑いしながら、
「そうですね。ちょっとしたお話に戸惑っていられるようですよ」と未だに心が整理ついていない魔理沙を見つめて答える。
「お話?」
「ええ、シンデレラのお話だそうです」
この雲はいけない、と今までの勘で急ぎ帰りはじめるもわずかのところで雨粒の猛爆撃を受けてしまった。おかげで帽子からなにから全てびっちょりと濡れてしまいさらには家の手前にあったぬかるみに足をとられてスカートは泥まみれときている。
これだけならまだ良かったのだけれどいい天気だからと家を出る前に干しておいた一週間分の洗濯物は全滅。もう一度洗いなおさないといけなくなってしまった。
まさに憂鬱、あすの衣服にさえことをかきそうな事態に追い討ちをかけたいのか暖をとっていた彼女の耳に聞こえるノックの音。
嫌な予感をヒシヒシと感じながらも扉を開けると、洋傘の下には赤い髪と白い肌。
「こんにちは」
普段ならばあの薄暗い図書館でまさに本の虫になっている魔女の手伝いをしている使い魔、小悪魔がいつも図書館で出迎えてくれる笑顔でそこに立っていた。
憂鬱だ。魔理沙は出迎えながらそう思わざるをえなかった。
家に迎え入れた小悪魔に紅茶を振る舞いわざわざここにやってきた用件を聞く。予想はしていたものの本の徴発、もとい回収だった。
なんでも小悪魔の主人、パチュリーがいま行なっている魔法薬の研究にその本が必要なのだという。本来なら全ての本を回収したいのだが今回はその一冊だけで構わないから返してくれと小悪魔は本音を包装した優しく穏やかな口調で言ってきた。
本当ならばその本を返して早くお帰りねがいたいのだが、残念なことに今、魔理沙もその一冊の本を使った魔法薬の研究を行っていたのだった。なんという偶然なのだろう。
もちろん彼女に、いま返すという選択肢はなかった。必要な部分をメモすればいいという考えもなかった。なにせ魔法薬の説明は数十ページにおよんでそれをメモするなどとんだ話だった。
しかし、今まで何冊もの本を借りてきたが言葉だけでなにも行動しなかったあのパチュリーが小悪魔をわざわざここまで寄越してくるということはよほど必要なのだろう。本を返さないかぎり小悪魔は帰りそうに無い。ただ返そうなどという考えもさらさらあるはずなかった。
どうしたものかと思案する魔理沙に、小悪魔はいつもの笑顔を絶やすことなくにこにこと見つめてくる。いつもの笑顔のはずなのに「さぁ早く本を返してください」と言われているようで焦らされてしまう。
ただその思案を解決してくれたのは本を持って帰らなければいけないはずの小悪魔だった。魔力供給者たるパチュリーからあまりにも離れてしまうと魔力が減少して強制的に図書館に帰らされてしまうのだという。しかもその時間は深夜12時であることもわざわざ教えてくれた。
これを聞いた魔理沙に考えが浮かぶ。十二時まで彼女をここにいるようにすれば本を返したか返さなかったかにかかわらず帰ってしまうのだ。
まるでシンデレラ。小悪魔は魔女の助けで王子さまと踊りに来たのだ。外はまだまだ雨が降っている。通り雨では無く本格的な雨だったようでざあざあと振り続けときおり窓を叩く。
小悪魔に雨がやむまで家にいてはどうかと話をすると小悪魔は少し困った顔をしつつも降りしきる外へは出たくないのか頷いた。
壁時計に目を向ける。七時を過ぎようとしていた。たかだか五時間、魔理沙はそう思った。
最初の二時間は比較的順調に進んでいった。紅茶のおかわりから始まり紅茶の美味しい入れ方に世間話、特にパチュリーが主演たる紅魔館での顛末騒動は抱腹絶倒してしまうほどの物語だった。一区切りつけば夕食を一緒に食べたりもした。
そして夕食の片づけが終わった九時を過ぎた頃から小悪魔がそわそわとしはじめた。
その明らかな変化を魔理沙は高いところから見下ろすように楽しみながらも次の一手を考えざるをえなかった。主人公が本来の役割を忘れてしまうわけはないのだ。
「そろそろ本を返してください」
三十分後、魔理沙が小悪魔に教えてもらった紅茶の入れ方を試して五杯目。とうとうじれた小悪魔は魔理沙に今までよりきつめの口調で言ってきた。流石に頃合いかと魔理沙は彼女に分からないよう呟くと紅茶を飲み干しカップをテーブルの上に置く。
「そうだな、わざわざここまでやってきたんだ。本は返してやらんとな」
心にも思っていない口だけの言葉を放つと魔理沙は立ち上がって小悪魔を一室へと誘った。
その部屋は彼女にとっての寝室兼研究室で、パチュリーから借りてきた本のほぼすべてがこの部屋に収容されていた。くだんの魔法書も当然この部屋に、もう少し言えば研究机の上にひらかれたままメモの下敷きになってしまっている。
もちろん返すわけではない。
魔理沙は机に付属した椅子に座ると、あまりの混雑に呆然となっている小悪魔に向かってこうしゃべりはじめた。
「パチュリーから借りた本はこの部屋に全部ある。ただその魔法書がどこにあるかまではこの状況を見たら分かると思うが私にすら分からないんだ。だから自分で探してもらえるか」
こんな部屋に連れ込まれさらにそんなことをいわれた小悪魔は、ぽかんと口を開けていたが魔理沙の目が本気だと分かるや、
「仕方ありません。探させていただきます」と、ひとつ軽いため息をついて数百冊におよぶのではないかと思われる山に挑みはじめた。
小悪魔に本を探させて時間稼ぎ、あわよくば本の整理になるだろうという少々きたないやりかたではあったがこのすべが一番お手軽であると頭の中で結論づけていた。そんなことなど全く分かっていないだろう小悪魔は机と全く反対側に文字通り山となった本たちをおろしては一冊一冊確認していく。
魔理沙はうしろすがたを見ながら小悪魔が本の探しだす時間をはかっていく。到底時間内では間に合いそうにないとおおよそ判断してみるとシンデレラをこき使う継母のようなこころもちになったと同時に少々気の毒な気もしはじめたけれど自分の魔法研究とを秤にかけてみればどちらの方に傾くかは一目瞭然なので仕方がない。
心の中で気の毒という気持ちを押さえつけ、ただ息抜きに紅茶ぐらいは用意してやるかと隣の部屋へお湯とカップを取りに行った。
「もう時間ですね」
小悪魔の悔しそうな言葉で眠気と必死に戦っていた魔理沙が時間を見れば十二時近かった。小悪魔の近くにはまだ半分ほど無造作に山となった本が積まれており間に合わなかったらしい。どうやらシンデレラは王子様に会えずお帰りになるようだ。
「残念だったな。私が今度探して持っていくとパチュリーに伝えておいてくれ」
本を奪われずに勝ったという喜びを表情に出ないように注意しながらいうと小悪魔は残念そうな顔をしながらも、
「そうお伝えしておきます」と手に持っていた本をぽんと本の上に置いた。
本当は返さない気だったが小悪魔をここまで欺いて使ってしまった負いの目が魔理沙の心をちくりちくりと刺してきてあるていど部屋の整理もしてもらった礼として魔法薬の精製が終わったら持っていこうと思っていた。
「あぁ、そういえばここに来たもうひとつの理由を忘れていました」
突然の言葉に魔理沙は小悪魔に顔を向けるとさっき見た残念そうな表情はどこへ行ったのか妖艶な表情を浮かべた小悪魔は魔理沙の方をじっと見つめていた。
「もうひとつの理由?」
さっきとは全く違う気色に勝った喜びははるかかなたに飛んでいってしまい。戸惑いと今まで小悪魔が見せたことのない表情に恐怖さえ覚えながら身をかまえる。
そんな魔理沙を知ってか知らずか小悪魔はゆっくりと歩いてくる。
「いえ、実は私魔理沙さんのことが結構好みでして」
「なっ!?」
「今まで私が散々アプローチをかけても気づいてもらえませんでしたのでここに来るついでに魔理沙さんを頂いてしまおうかと」
いきなりの告白で魔理沙の顔は真っ赤になる。彼女は言動からは信じられないほど純情な乙女だった。よくよく思い返せばあれだけ本を借りているのに図書館での接待が他人より良かった気はしていた。さらに今日の夕食を作るときも身体が必要以上に密着していたような気がする。
「そういうわけでして、ね」
思い出せばぼろぼろ浮かんできてはきちんと考えがまとまるわけもなく自分に降りかかってくる言葉で我にかえると小悪魔は自分の目の前に立っていた。逃げるという手段は彼女が考えているうちに失われていた。
「ま、待ってくれ!私にもだな。心の準備というか考える時間というかだな」
とりあえず話をしようと魔理沙はあわてて話し始めるが小悪魔は軽く首を横に振りながら「時間がありませんので」と却下してしまい魔理沙の顔に自分の顔を近づけていく。
魔理沙は「きゃあっ」とかわいらしい悲鳴をあげて目をつぶったがしばらく経ってなにも起こらないことに目を開けてみれば彼女は名前のような笑みをうかべながら片手に一冊の本を持っていた。
その本は机の上に置いていた、自分は返すまいと思っていた、小悪魔が探していたその魔法書だった。
「あっ!」
「魔理沙さんがあまりにも純情でしたので今回はこの本に免じてやめておきますね」
おもしろそうなことばつきと笑みで今までのことが芝居であると察した魔理沙ではあるけども腰が抜けているのかみじんも体が動かない。
「返してくれ」と、いってはみるがとうぜん小悪魔は首を縦に振ろうとはしない。
そして時計から放たれる十二時の合図。シンデレラは本を持って帰るというガラスの靴を置いて自らの家に帰っていくのか小悪魔の体はうっすらと薄くなっていく。
「それでは魔理沙さん失礼します。この本が必要でしたらいつでも図書館にいらしてください」と言って小悪魔は姿を消した。もちろん本とともに。
頭と体が動くようになって思わず「このっ」と悪態をつく、自分が隠していた純情な部分を見られてしまったのが恥ずかしく。乙女の気持ちを手玉に取られたのがおもしろくなく小悪魔の芝居にひっかかってしまった自分が情けなかった。
なにより最後の最後になって本を奪い取られてしまったのが悔しかった。あと少しだったのにと思ってはみるが、本はもう手元にないのだし小悪魔が言っていたようにまた借りにいけばいいかと開き直ってみる。
そう思ったとたん夕方からの疲れが一気にふきあげてくる。いろいろとやりたいことはあったがくらくらとしながらベッドへ倒れこむ。窓をみれば雨はやんでおり月明かりがさしこんでいた。
晴れわたった翌日、魔理沙は昨日駄目になった洗濯物をふたたび干すと図書館へやってきた。
用件は取り返された本を取り戻すことと新しい本を借りること。
ただ忘れてはいけないのはこの図書館は書物の貸し出しいっさいを行なっていないことだ。
「魔理沙さん、どうもこんにちは」
本の香りあふれる図書館で紅茶が香ってくる。まるで魔理沙が図書館へくることがわかっていたのか彼女はいつもの笑顔で挨拶をしながら紅茶のカップをテーブルの上に置いた。
その挨拶に「あぁ」と椅子に座りながら答えお茶うけであろうスコーンを続いて置く小悪魔に「あの本は?」と聞いてみる。
「あの本でしたら今パチュリー様がお使いになってます。あの様子だと二、三日は手もとに置かれるのではないでしょうか」
苦笑しながらの答えにパチュリーが使っている机を見てみれば昨日まで自分の手元にあった本を横に置きもくもくとペンを走らせているうしろ姿があった。その姿をみれば言葉どおり二、三日安易には手放さないのが見てとれる。
あの本はまた次にするかと軽く息をつくと隣で小悪魔がくすくすと笑っている。
「なんだよ?」
「いえ、確かにいつでも図書館にいらしてくださいと言いましたけれど、まさか次の日にあの本を目当てにこられるとは思っていませんでしたので」
「うっ、うるさいな。お前があんな芝居なんか打たなかったら本はまだ私の手元にあったんだ」と少し強がって言ってみると
「芝居を打つ、ですか私は芝居をした覚えはないのですが……」
と、可愛らしくほんの少し首をかしげた小悪魔のことばを聞いて魔理沙はどきりとなる。それを静めるように一気に紅茶を飲み干してみるがあまり役には立たなかった。
「えっ。そ、その私を好きだとかいうのは芝居だったんだろ?」
まさかと確認のために言ってみれば小悪魔はなにも言わず哀しそうに目を伏せるだけだった。この表情に昨日言っていたことが本当のことじゃないかと心の中でいよいよあたふたとしはじめた魔理沙に小悪魔は耳元でそっと呟く。
「私の気持ちは昨日、魔理沙さんにおはなししたとおりですよ。私の王子様」
そういわれた魔理沙の顔は昨日の比にならないくらい真っ赤に染まりぱくぱくとなにか言いたげに口を動かしているが言葉がまったく出てきていなかった。そんななか「小悪魔ちょっと」とのパチュリーの言葉。小悪魔は「はい。ただいま」と答え魔理沙の空っぽになったカップに紅茶を注ぎパチュリーのもとへ向かう。
「今日は魔理沙静かじゃない」
との言葉とともにパチュリーは入り用なものを書いた用紙を小悪魔に渡す。
小悪魔は少し苦笑いしながら、
「そうですね。ちょっとしたお話に戸惑っていられるようですよ」と未だに心が整理ついていない魔理沙を見つめて答える。
「お話?」
「ええ、シンデレラのお話だそうです」
魔理沙の初心な感じが良かです
面白いお話でした。
惑わせちゃえ、堕としちゃえよ!
また純情な子に限ってそういうのに弱い……。
名前通りですね