藍は雨を見つめていた。
流れ落ちる銀の雫。時折、止まる。
止まってはいないのだろうが、確かに止まっているのだ。
遠くの方にアジサイが霞んで見えた。
梅雨らしい。
主人がそう言っていた。
「あら、紫」
(幽々子は微笑みかける)
「狐ちゃんは?」
(紫は首を横に振った)
「まだ、外。ここの結界の外」
ひさしの下にいるのだが、時折風に吹かれた雨が鼻の頭やら手足の先端にかかる。
冷たいが、我慢出来る。
世の中には垂れ耳の犬もいるらしい。
時折、小さな箱に入った猫を見かける。
あれは悲しい。
私はここを動くわけにはいかない。
「変わっているわね」
「私も変人だけど、あの子はもっとそう」
「私も変人なのよ」
「そう」
「外はまだ雨ね」
足下を蛙が通りすぎた。
この時期、よく蛙というものを見かける。
よく分からないやつらだ。
やつらは日向に出てきたきり動かない。
寝ているのかと思ったら、起きている。
眼を開いているから間違いないのだ。
つまり、動かずに朝から晩まで考え事をしているのだ。
何かとんでもないことを考えているのに違いない。
高速演算とか、世界征服とか。
私は相変わらず動くわけにはいかない。
「傘を持って行ってあげれば」
「大丈夫。ひさしの下に入っているから」
「まるであの子ったら」
人は来ない。
私は人を待っているのに。
主人は傘を持ってくるだろうか。
あれは主人の一本きりしかない、大切な傘なのだ。
私にくれてしまっては仕方がない。
それに主人は私が屋根の下にいることを知っている。
多分。
誰か来て欲しい。
寂しいわけではない。
「そう」
「そうなのよ」
「しかし、この家も静かね」
「そうね」
「狐って成長が遅いのね」
こうして、動かずに雨を見ていると余計なことを考えてしまう。
宇宙とか、未来とか、幽霊とか。
手足がしびれてきた。
そろそろ、誰かが来てもいいと思うのだがどうだろう。
また雨が鼻の頭にかかる。
どこからか、コジュケイの鳴き声が聞こえてきた。
やつらは「キェコキャ」と鳴くのだが、ずっと聞いている間にそれが「ちょっと来い」に変わる。
私はここを動くわけにはいかないのだ。
「頭が蛇」
「西の国にはそういう妖怪もいるらしい」
「狐ちゃんも西の国の生まれだった?」
「そう」
「そうね」
「新しい傘が欲しい」
「あら、レースにほころび」
私の頭の上から何かの花びらが落ちてきた。
頭を動かすわけにはいかないから、確認は出来なかったが紫の大きな花びらだった。
何だろう。
藤かしら。
でも、藤はもっと小さい。
じゃあ、桐かしら。
いや、桐は匂いで分かる。
ここを動くわけにはいかないのだ。
誰かが来るかも知れないから。
「狐ちゃんといつも一緒」
「そうね」
「何だか、私も子供が欲しくなって来ちゃった」
「へえ」
「冗談」
私は油揚げが好きだ。
あれを考えると、口の中がぎゅんとする。
歯が爆ぜそうになる。
しかし、食ってみるとそれほどではない。
やはり旨いのは旨いのだが。
白身魚にも似たようなことが言える。
石段を登る音。
誰かが来た。
「お腹が痛いのは嫌よ」
「幽霊って子作り出来るの?」
「秘密です」
「知ってるけど」
「知ってて聞いたのね。酷いわ」
里の男だろうか。
褐色の男。短髪。太い腕。
静かな空間に足音が響く。
雨の音も一層うるさく意識される。
私は眼を瞑って知らぬ振りを決め込んだ。
私は静かなものだった。
男が私の横を通り過ぎていく。
それこそ、居心地が悪そうな顔をして。
「そろそろ日が暮れるわね」
「狐ちゃんを迎えに行くの?」
「そうね」
「どこにいるか分かっているの?」
「ずっと同じ場所にいるはず。この雨の中」
また雨の中に私一人。
雨が時折、鼻の頭を打つ。
でも、動いては元の黙阿弥なのだ。
私はここを動くわけにはいかない。
磔。
絡め取る蜘蛛の糸。
また余計なことを考え始めてしまう。
「今は暖かくなってきたから」
「そうね」
「あら、アジサイ」
待つというのはつらいものだ。
希望があるのはつらい。
いっそ絶望の方がいいのではないかという手のしびれ。
足腰。首の痛み。
雨が降る。
石畳を濡らす。
私は、ただ動かず座る。
ある種の底なし沼。
「この間、お祭りに行ったの」
「そう」
「藍が喜んで」
「うん」
「人の波」
主人は今頃、友人とやらの家にいるのだろうか。
私もそろそろ行かなければならないだろうか。
迎えに来ないところを見ると、話し込んでいるらしい。
主人の話は難しくてよく分からない。
友人とやらは嫌いではない。
ただ、私のことを馬鹿にするのが嫌だ。
やはり、雨は止む気配なく降っている。
一晩中降り続くだろう。
「叫び声とか」
「食べ物とかね」
「ご神木のところで、火を焚いて」
主人は本当は私の母ではないらしい。
最近、知った。
ずっと、本当の母だと思っていた。
しかし、主人には尻尾も耳もない。
当たり前だ。
私の母は峨眉山の古狐。大陸に悪名高き大妖怪。手当たりしだいに悪の限りをつくしたらしい。妖怪も殺す妖怪だったということだ。
私を産んで死んだそうだ。
覚えていない。
こぼれ落ちる銀の雨。ひさしからも落ちてきた。
いい加減、眠くなってくる。
頭が死にそうに重い。動けないからだ。
誰かが来れば目が冴えるのに。
西の国には、そういう飲み物もあるらしい。
「だけど、そういうのはうるさいから」
「私は遠慮しておこう」
「そうね、それで」
この間、祭りに行った。
主人と行った。
楽しかった。
大きな音、人の波、裸。
晴れの日だった。
雨の日の祭りもあるらしい。
そして、神社へ行った。
それからだ。
「神社に行ったのよ」
「へえ」
「そこでね、あの子ったら変なこと覚えて」
(紫、笑いをこらえる)
「神社の前に黙って座っていれば、油揚げがもらえるんだと思ってるみたい」
「あなたって、酷い人ね」
騙されましたort
藍様かわいいけどゆかりんひでえ
霊夢:それでこんな雨のなかずっと?
…今日の夕飯はきつねうどんだけど、食べていく?
藍:……!
尻尾が一本しかない幼藍を幻視しました。
うん、とてもかわいいな
ほら油揚げがあげるから家においd(スキマ)
でもそんなところにry
尻尾が九本無い頃はやってても不思議じゃないwww
シリアスを最後の一行で一気に落とされたw
でも読み返すとニヤニヤ笑いが止まらないんです・・・。