東風谷早苗は奇跡の娘である。
それは文字通り、奇跡を起こせるというだけでなく、容姿に恵まれ学力もそれなりに優秀。
おまけに運動神経も悪くないという、人生イージーモードで過ごしている娘なのだ。
しかしそんな彼女は、高校生になったというのに、とんと恋の噂を聞かない。
では、彼女を狙っていた健全な男子がいなかったかといえば、それも正しくない。
小学校に通っていた頃は男子に混ざりおてんばに育った早苗であったが、高学年ともなれば互いの性を意識しはじめる。
表面上では反目しあっている男女の中でも、早い者は早々に恋人ごっこをしはじめるのも珍しくはない。
男子勢のお目当てはもっぱら、高飛車できついけれど大人びた香織ちゃんか、周りをいつも明るくしている早苗ちゃんといった具合だった。
しかし、男を振った数は数知れず、我こそ長野のアンタレスと魔性の女っぷりを発揮する香織ちゃんを横目に、早苗は告白されたことが、今に至るまで一度もない。
ちなみに香織ちゃんは中学生のとき東京へと引っ越していき、自らが井の中の蛙であることを知ったのであった。なむなむ。
「いけないもうこんな時間! 八坂さまも早く起こしてくれたらいいのに!」
「おー。いやぁいい寝顔だったから」
「ああもう! 朝ご飯食べてる時間もないですねこりゃ、空飛ばないと間に合わないかも!」
ぷりぷりと怒る早苗は、寝ぼけ眼を擦りながら寝間着から制服へと着替える。
ブラウスにブレザーにスカートと、立派な女子高生となった早苗は、役立たずだった目覚まし時計に寝起き特有の悪態を吐いて部屋を飛び出して行った。
学校に遅刻することと寝顔を私が見つめることの一体どちらが大事だというのか。
そう以前問い質したときに、かわいい顔で「遅刻です」と言い切られた。ひどい。あまりのショックで危うく心が折れかけた。
神様を大切にしないと消えてしまうんだ、もっと労われと反論したいのをぐっと堪え、余計なことは口に出さないことにした。
怖いからとも言う。
この世の中から神への信仰が薄れてもう久しい。人はあらゆることから畏れを忘れ、現象に何らかの理由を求めるようになってしまった。
こうして、神は忘れ去られていくだけとなった時代に、強い力を持った風祝が現れたのは何かのご達しだろう。ありがとう神様。でも私も神様だ。
ともかく目に入れても痛くないぐらいに八坂神奈子は東風谷早苗を愛しているかというのに、早苗は冷たい反応ばかり見せる。
それはこの際横に置いといて、早苗がこのように冷たいのならば、私は早苗への愛を誰かに切々と語らなければいけない。
けれど諏訪子は本殿で寝てばかりいるし、相手は自然、萎びた干し柿みたいなジジイ神しかいなくなる。
「うちのばあさんも早苗って名前でなぁ」って鼻の下をのばして言う梅干しジジイの顔に御柱をぶち込む作業もあまり楽しいものではない。
ぜってーボケてる振りして適当言ってやがる。もうそこらへんの公民館にいる人間の爺さんと何も変わりがない。
「神奈子も萎び具合ではあんまし変わらないじゃん」
「何だよ諏訪子、起きてきて早々に憎まれ口?」
「あー眠いからもう少し寝るかな、どうやら神奈子の妄想のお邪魔をしたみたいだし」
「あっそ、つっこみ役はあんたには荷が重いのよ」
「突っ込むのはあんたのが得意そうだもんね」
無言で諏訪子の顔に御柱を突っ込ませておく。こんな下品な言葉をあけっぴろげに言う神様が近くにいたならば早苗の教育にもよくないだろう。
ここは本意ではないけれど、諏訪湖の底に縛って沈めておくのが得策かもしれない。
夫婦みたいにずっと連れ添ってきたけれど、所詮は余所の神。かわいらしい早苗とは比べるまでも「早苗は私の子……」うるさい黙ってろエロ蛙。
産みの親よりも育ての親だ。
「育ててないじゃん。育ててるのは早苗の両親であって」
「精神的な部分だと育ててるもん!」
鼻を押さえながらむっくり起き上がってきた諏訪子。
ツーカーの仲になるとこう言うときにやっかいだ。
心の中までしっかり見通してくるうえに、神様だからって三人称の部分まで入り込んできやがる。
油断の一つもできやしない。
「まぁ私は何も言わないけどさぁ。神奈子って早苗の頑固親父みたいなんだもん。
母親代わりとしては一言言いたくなるってわけ」
「放任主義の母親のくせに」
「悪かったな。あんたが主神ぶりたいからって本殿に引っ込んでるんじゃないか。
そうやって都合のいいことばっかり言ってると、老人ホームにいくことになるよ」
「私はまだ朝飯を食べたあとにまだかね、とか言わないし!」
ここはビシッと、格の違いを知らしめておく必要がある。
所詮は土着神の頂点、その栄光も過去のものである諏訪子如き、私の敵ではない。
「この前早苗のパソコンで酒注文して買ってたくせに」
「うっ!」
「お賽銭をこっそり横取りしてへそくり貯めてるの知ってるんだよ。私は」
「だってその、抽選で十四代が買えるって言うんだもん……」
「その抽選だってあんたいじってるくせに」
「うぅ……」
「辛くない酒は酒じゃない! とかいつも早苗には言ってるくせに、本当は甘いお酒が好きなんでしょう。
いくらでも飲めるーとかいってがぶがぶ飲むくせに」
「仕方ないもん。美味しいんだもん。いくらでも入るんだもん」
「拗ねんなみっともない。頬を膨らませて威厳を捨て去る前にいつものにでかけたら? ほら、この間にも……」
「我を呼ぶのは何処の早苗!?」
「あんまし積極的に呼んでないと思うけど」
チビ蛙に時間を取られてしまったせいで、私の大事な早苗が危機に!
「何かあるわけないじゃん。それぜーんぶ神奈子が潰してるんだから」
ためいきを吐く諏訪子には、私の崇高なる目的はわかるまいて。
早苗に余計な虫が付かないようにと日々努力をしているというのに、しているというのに!
「早苗だって子供じゃないんだし、いいじゃん自由にさせておけば。力のある子だからって固執しすぎなんだよ」
「可愛いじゃない!」
「可愛いけども!」
「賢いじゃない!」
「賢いけども!」
「私の娘!」
「あんたのじゃない!」
どうやら人妻ロリ蛙とは何を議論しても平行線を辿るらしい。
いつか裁判所にでもどちらが親権を取るのかを裁決して貰わないといけないらしい。
「いやだから血筋は私のだし本当の両親は一階にいるじゃんか」ああもうシャラップ!!
見たくないものは事なかれ主義にするのが諏訪の地で生きていくコツなの。
余計なことに気を取られていれば後ろから刺されてしまう。
「というわけで行ってきます」
「行ってらっしゃい」
びしっ! と敬礼を決める諏訪子。
誰もいない居間で、こっそり録画しておいた洋画を見るのが私たちの楽しみで、こういった無駄な知識ばかりがついていく。
窓を大きく開け放ち、御柱を手元に召還し、青空に向けてぶん投げる。
「タ○・パイパイー」
諏訪子のはしゃぐ声を背にして飛んでいくと、すぐに早苗の姿を見つけることができた。
トーストを口にくわえて全力疾走する様は、諏訪のオードリー・ヘップバーン辺りの称号を与えても良いくらいに爽やかに輝いている。
よしじゃあ、ここらでいいか。
降りたあとの御柱はそのまま北のお国へぶち込む勢いで吹き飛ばし、日本の軍神を勝手に代表して宣戦布告を行っておく。
ワイドショー見てると気が滅入るんだもの。
「ああもうゆっくりご飯を食べてる時間もないじゃないの!」
可愛らしい顔に似合わぬ悪態を吐き走る早苗。
ごめんね早苗、私に母乳が出たらいくらでも飲ませてあげるのに。まだあなたは10代を半ば過ぎた辺りの子供だものね。
「危険な発言しすぎ」どこまで邪魔する気だエロ蛙。つーかどっから喋ってる。
「あんたの背中にケ○ロ軍曹のシール貼ったらなんか分社化してさ。会話ぐらいはなんとなくできた」
「じゃあ私はポ○キーとかで会話できるっていうのか!」
「ああちょうどこっちにあるから試す?」
「……あとでね」
できたらできたで凹む気がする。
だからせめて、ショックを受けるのは大事な仕事を済ませたあとでもいいだろう。
「東風谷ー!」
「あ、おはよう山本くん」
「いやぁ偶然だな。こんな時間に会うだなんて」
「遅刻しそうだから話なんてしなくていいよね?」
出たな害虫その1。剣道部らしい実直さが売りなんだろうけど、朝から早苗を待ち伏せしているそのストーカー気質。
見守る立場から決して許すわけにはいかぬ!!
「うわぁなぜか葉っぱが俺の顔にはっついてくる!! ぺっぺっぺ!!」
「私、先いくからー」
ナイス私。
「ぐっじょぶ神奈子」
「見てたのかい」
「なんとなく見える」
神様ってのはやたらめったら便利なもんだ。
テレポートも空中浮遊もできるし、世の中の人間100人に聞いたら100人が神様になりたいって言うだろう。
神様には試験も何にもないのだから。ただし私の場合、風祝からの試練が毎日課せられる。
「早苗さーん」
「武田くんじゃない」
「これ見てくれよ、力こぶ」
「ああそうすごいね」
力こぶを見せつけながら早苗の横を全力疾走する、筋肉バカの武田少年。
「私あの子結構好き。マッチョだし」諏訪子の趣味は原始時代で止まってるのか。
早苗の恋人とするならば絶世の美男子でなければ。決して会話の半分がプロテインの美味しい飲み方で埋まる脳筋ではないのだ。
彼にはできるだけ速やかに退場していただこう。
「絡まれ、藤の蔓!」
「まっそぉ!」
「構ってられないから先行くね!」
早苗よ、男の屍を越えてゆけ!
「神奈子いらないんじゃないの?」
神の是非はともかくとして、早苗は無事遅刻せずに教室へと駆け込むことができたみたいである。
そのために散った哀れな男子生徒に哀悼の意を捧げるつもりなんぞ毛頭なく、肩で息をしつつクラスメイトに笑顔を振りまく愛娘の様子を見ているわけで。
「ねー神奈子。ズラが出てるよ」
「ズラっていってやるな、可哀想だろ」
諏訪子はテレビに夢中みたいだ。
つい数十年前にはなんだこの人間の映る箱は! とかいうお約束をしてみせていたけれど、今じゃ隙さえあれば世論にたいしてご意見を申している主婦さまであった。
日本の土着神がアメリカの景気について頭を悩ませるだなんてものすごい時代もやってきたものだと思う。
それだけ人間たちは進歩し、神への信仰を忘れてしまったという証拠なのだろうけど。
「この人ら年にいくら稼ぐんだろうね。ものみんたとか」
「神様が俗っぽいことを言うもんじゃないよ」
「だってさー。諏訪への参拝がダイエットに効く! とかこのものみんたとかオヅラさんがテレビで言ったらさ、ごっそり信仰が集まると思うよ」
「んまぁ大河ドラマでも参拝客増えたしねえ……」
科学の力で神を忘れた人間たちが、科学の力で間接的に信仰を落としてくれる。
しかし興味関心から賽銭を入れてくれるだけであって、根本的な解決には至らなかったのも事実。
諏訪子もそれをわかって言っているのだ。
「幻想郷、行くことになるんかねえ」
「今のままならね」
ガハハハハとノー天気な声がシールから聞こえてきた。
諏訪子の声じゃあない。こうした技術の進歩は、人間たちに幸せをもたらしたんだろうか。
神の威光は、人間の為にはもはやならないのだろうか。
「なるようになるさ。早苗にはまだ相談してないんだろ?」
「うん……」
「ならなおさら、恋愛させるわけにはいかないね。勝手な理由だけど。連れていきたいんだろう?」
「そりゃ……・」
「女々しいなぁ。女だからって歯切れが悪いのは私は好きじゃないよ。
ミシャグジを引き連れた私の前で啖呵を切った八坂神奈子はどこにいったのかねえ」
「はいはいあんたの言いたいことはわかった」
「実行に移さなきゃ意味がない」
諏訪子はグサグサ突き刺さることばかり言う。普段は昼ドラを見て手を叩いているのばかりのアホ蛙のくせして。
けれど、邪魔をしているのは愛娘を想う気持ち半分。
幻想郷に行くことになったとして風祝も連れて行かなきゃいけない。未練を残させないようにという誠身勝手な理由であった。
その話を切り出して早苗に拒否されるのが怖いのだ。神が従う風祝に執心するというのも情けない話だが、早苗は私にとっての希望の星。
幸い反抗期も少なかったみたいだし。
「ねー神奈子、私の血液型ってなんだっけ?」
「知らんわ」
◆
「はぁ……」
「どうしたの早苗、具合悪いの?」
「ああうん、なんでもない」
「次移動教室だから、早くねっ!」
クラスメイトの背を見送って、先ほどから頭を悩ませている厄介な……。いわゆる恋文を見てため息をつくのだった。
[拝啓東風谷早苗さん。ぶっちゃけ好きです。昼休みよければ屋上まで来て頂けませんでしょうか。 真田]
「今時ラブレターって、古風だなぁ」
かといって、自分のメールアドレスをばらまかれるのもいい気はしない。
普段携帯は置物と化しているけれど、こういった手合いからメールが来るとなかなか離してくれない。ああめんどくさい。
詰まるところ、今回は普段交流のない男子生徒からの告白なのだった。本当にめんどくさい。
どうやって断れば角が立たないだろうか。下手にストーカーにでもなられたらその男子の命が危ない。主に御柱での肉体的ダメージによって。
いろんなところで早苗は鈍い鈍いと言われてきたけれど、さすがにここまで続けば気づかないわけがない。
自分に好意を向けてくれた男性諸君はことごとく、神の横槍で何らかの憂き目を見ているのだ。
誰かと交際するだなんて自分には遠い話だと思っている私にとって、ガードしてくれるの楽だからいいのだけども。
毎度毎度よくわからない嫌がらせで失敗していく男の子たちは少し可哀想だった。
けが人は出ていないから可愛い神様のいたずらだって見逃しているけれども、八坂さまは気づかれていないとでも思っているんだろうか。
「でもまぁ、いずれはなあ……」
いずれ超絶イケメンで金持ちでスポーツマンなネプチューンマンが現れないとも限らない。
それと自分が釣り合うかといえばまたそれも疑問視されるところなのだけど。
わりと平凡な自分が持っている特別な才。奇跡の力を持っているとはいえ、これが現代社会で役に立つことなんて。
これで三権分立の成り立ちから説明できればまだいいのだけど、せいぜい女の子のスカートを浮かせて楽しむことぐらいしかできない。便利だ。ビバ、風祝。
八坂さまはそんな私を、まるで世界の寵児みたいに言うけれど、世界の寵児は酔っぱらいの酌なんてしないと思う。買い出しも。
自らダブルスタンダードを実践する神様が側にいると心が濁るのだけど、八坂さまはそれを気にしない。。
ラブレターのことはひとまず横に置き、まずは移動教室だ。古文はラリホーだし、数学はパルプンテ。
高校の勉強にも神徳を授けてくれませんか。八坂さま。
「むむむ、早苗が手紙を読んで艶めかしくため息だ。恋の予感を感じさせるよ」
「私は神奈子から空回りの予感をひしひしと感じてるよ」
「あんたは黙ってグラサンでも見てるといい」
「テレフォンショッキングに呼ばれたいなあ」
「その気持ちはわからんでもない」
早苗が生まれる以前から、彼はあの番組で司会を務めているのだ、並大抵のことではない。
しかしいくら待ったところで「来週来てくれるかな?」なんていう電話がかかってくることはないのだ。
神様というものも大して有名ではないのだなぁ。悲しくなってくる
そもそもテレフォンショッキングのシステムからして、早苗がアイドルにでもならない限り呼ばれない。
「なー諏訪子。早苗をアイドルにしちゃおうか」
「アイ○ルマスター?」
「あんた社長でいいんじゃないの? スケベだし」
「あんたがプロデューサーやったら枕疑惑があがるよ」
と、話が脱線している間に早苗は教室から出ていった。手紙は無造作に机の中へと突っ込まれている。
これはもう手を下しても良いという早苗からの無言の指令にほかならないだろう。
やれ、やるんだ八坂神奈子。大事な大事な風祝に手を出そうとする不貞の輩に神罰を。
「神罰を与えようとするっていうのにこそ泥の真似ってのもねえ」
「うっさい」
「いいともー!」
「うっわーノリノリだわ」
「だってそっちとタ○リだったらタ○リだもの」
そうやって引きこもってテレビか寝てばかりだから余計な知識ばっかりつけるんだ。この悪態がバレたらまたケンカになるから、これは心に仕舞っておこう。
だってケンカになったら早苗は呆れて私らを外へと放り出すもの。曰く「勉強の邪魔です」だそうな。ひどい。
「よく考えなくても、神奈子って早苗の尻に敷かれてるよね。溺愛しすぎなのよ」
「だって神様の威厳発揮する機会なんてそうそうないし」
「マラソン大会中止にしたら? 早苗の通ってる高校の大半が喜ぶよ」
「早苗にバレたらしばかれるもん。つまらないことに神徳発揮するなって」
「はぁ複雑なのね。あんたらも」
諏訪子こそ、砂場の子供たちに混ざって砂山でも創造してればいいんだ。
あんたなんてせいぜいそれぐらいが関の山だっての。
「なんか言った?」
「別に何も言ってない」
「変なことばっかり考えてたら早苗にいろいろチクるからね。わかった?」
「ぶぅ……」
悔しいけれど、諏訪子のほうが早苗とよく話をしているということは認めざるをえない。
やっぱり中身が子供な分、あと血が繋がってるとか、考えれば考えるほど私よりも諏訪子のほうが有利で腹が立ってきた。
このやるせない気持ちは、早苗に告白しようとした可哀想な青年へとぶつけてやることにしよう。
音楽の時間は歌っているときはまだしも、座学はやる意味がわからない。
学校の授業以外ではクラシックに親しむ機会なんて滅多になくって、クラスメイトは皆ペン回しや睡眠に勤しんでいるといった有様だった。
これに関しては先生も半ば以上諦めていて、大抵のことには目を瞑っていた。
そんな折、後ろの席のクラスメイトが肩を叩いてきた。何かとそちらのほうへと振り向くと、声を潜めて話しかけてきた。
「早苗ー、真田先輩に告白されたんだって?」
「誰だっけそれ」
「3年生の色男ー。卒業前に絶対東風谷を落とすんだーってうるさかったらしいよ。それで今日屋上に呼び出したとか」
「あーそうなんだ」
「結構有名な人なのに知らなかったの?」
「うん、知らなかった。そしたら昼休みはちょっと、屋上は風が強くなるかもね」
「何それ?」
「ただの天気予報」
人気がある先輩であろうがなかろうか、そういうことを他人に向かって言い触らしている時点で残念賞。
顔も知らない人だけども、きっと忍耐を試されることになるでしょう。
耐え切ったところで何かが貰えるわけでもないので、一種の罰ゲームだ。
「にしても音楽の時間って暇だよね。ビデオ鑑賞とかさ」
「まーね」
クラスメイトの言葉に相槌を打つ。
音楽を聴いて感想を書くのならまだしも、音楽家の人生を振り返ってもしょうがない気が。
「そこ、静かにしなさい」
「ひっ!」
背筋をしゃんと伸ばし直して、先生に対してきちんと見ているとアピール。
先生は機嫌悪そうに眉を顰めていたけれど、すぐに目線を外してしまった。セーフ。
テレビは中世の音楽家の生涯についてが流されている。そこに出てきたバッハの髪型とかは、少し八坂さまに似てるかもしれない。
酔っぱらって歌ってるときは音楽の素養があるとはとても言えないけれどね。モサモサ。
「ああいう髪型ってカツラなんだよ。当時の流行なんだって」
「そうなんだ。真似したのか聞いてみよ」
「何が?」
「なんでもない」
まさかうちの神様がー、なんて話し出したら電波ちゃんだ。
あいにく私は普通の女子高生で、前世が神様がだのを臆面せずに言えるような立場じゃない。
神様は、近くにちゃんと居るけどね。
「へくちゅん!」
「おーおー風の神様が風邪とは穏やかじゃないねえ」
「花粉症だったかしら」
「余計なものを植えすぎなんだよ。バランスが崩れる」
諏訪子は若干不機嫌なようだ。山を勝手に切り開いて、代わりに杉を植えていく。
そのツケを払わされてるというのもなんとも言えない話だ。人災だよ、これは。
「山への畏れなんて、いまじゃほとんど残ってやしないのさ」
「だから幻想郷に引っ越そうって思ってるんだろうに」
「まぁね。あっちで信仰を取れるかは不安っちゃ不安だけども。
あそこでくしゃみをしている奴よりかはいくらかマシだろうで」
柵へ掴まっている男子生徒は、大風に吹き飛ばされないようにと必死だった。
くるはずもない、思い人を待って。
「東風谷ぁぁぁぁ! 俺はおまえが来るまでここから離れんぞおおおお! へくしょんへくしょんへくしょい!」
◆
諏訪子のテンションがえらい上がってきた。いま見ている昼ドラのどろどろ具合がいよいよ最高潮らしい。
「人間の作る最高のおバカストーリーだね」と、毎日欠かさず見ている諏訪子も同じぐらいバカっぽいと思う。
ケロケロケロ。
「神奈子みたいな父親出てる。頑固すぎ」
「うっさいなぁ」
小さい頃早苗は、大きくなったら八坂さまのお嫁さんになるだなんて言ってくれてたのに。
今じゃあ長年連れ添った後のカカア天下状態。
それでも私は同じように愛しているつもりだけど、早苗はこっちを見ようともせず雑談に花を咲かせている。
如何にも普通の女子高生らしくって、見ているだけでこっちの頬もほころぶ。
そんな当たり前の日常から引き剥がすことになる幻想郷への引っ越しは、早苗にとって幸せなことなのだろうか。
そうとはどうにも思えない。だからこそ私は、今まで話を切り出せずにいる。情けなや。
「決め付ける必要なんてないんじゃないの? 本人に聞いてみればいい」
「その勇気がなかなかでなくってね」
「はぁ、臆病になったねえ」
大抵こういう風にため息を吐くと、諏訪子は昔の戦いのことを持ち出してくるのだ。
そして最後は、啖呵を切った八坂神奈子はどこいったんだと話が終わる。このパターンも今日二回目だ。
「私はテレビがなくともなんとでもなるけどねえ」
「テレビ中毒のくせに」
「退屈しのぎさ、同じぐらいおもしろいことがあればどうにでもなるよ」
「でも幻想郷にはさ、電気もガスもカップラーメンもないんだよ」
「まぁ不便だわな」
「だろう」
「結局俗世から離れられないでいるのは神奈子、お前の方じゃないか」
何も言い返すことができない。だから諏訪子は嫌なのだ。自分に嘘をついている部分まで見透かされる。
わけのわからぬ、噂に聞くだけの場所に行くだなんて、本当は不安で堪らない。
けれどもいずれ、いや近い将来行くことはほぼ決まっているのだ。
「早苗が可哀想可哀想っていうけれど、そんなの本人に選ばせればいいのさ。
大丈夫、私はどこまでもついていってやるから」
煎餅をかじる音と咀嚼混じりだと素直に喜べないのだけども。
「諏訪子、あんたっていい奴だよね」
「お前が気に入ってるだけだよ。じゃなきゃこんなに一緒に居やしないさ」
「諏訪子……」
「って主役のイケメンが言ってた。なんか偉そうな男だねー」
ケロケロケロ。
「もう諏訪子に相談するのやめる」
「そうしたらいい。多少強引な方が女は喜ぶよ」
ケロケロケロ。
「笑いすぎなんだよあんたは」
「笑う角には福来るって言うじゃない」
「でもあんたの笑い方は癇に障る」
ケロケロケロ。
「もういいよ」
「それがいい。今二股してたイケメンが刺されたよ」
「神様だったら何十股しても許されるのにね」
「本当に不便な世の中になった。私もハーレム作りたいよ。何かと楽そうだ」
「幻想郷だったら何十股してもいいんじゃないの」
「さあ、明治に切り離されたらしいし、そういうわけでもないだろ。
それに当時の風習をそのまま引き継いでいるというわけでもあるまいて」
「思うようにいかないもんだね」
「そうともさ」
早苗がじいさん先生のラリホーでうつらうつらとしているのも、きっとそのうまく行かない世の中の典型例なのだろう。
おお、眼福眼福。
◆
やっと授業が終わったというのに、早苗はまたすぐにでかけてしまう。
コンビニへアルバイトに行くんだそうだ。
「お酒買ってきてねー」
「買いません。自分でがんばってください」
今日もうちの風祝は釣れない。顕現して地道に工事のバイトでもしようか。
信心深いものが捧げてくれればそれは何よりも旨い酒になるのだけど、やれやれ、最近では神に酒を捧げる者もいなくなってしまった。
風祝も酒を買ってきてはくれない。神としては寂しい限りだ。
「じゃあ行ってきますから、いい子にしていてくださいね」
「はーい」
答えた諏訪子は、早苗のベッドに寝転がって携帯ゲームに勤しんでいる。
実に俗っぽい姿で、神の威厳なんて欠片も存在していない。
俗っぽいのは、私自身にも言えることなのだけど。
「神奈子は行かないの?」
「あー、バイト仲間は地味な男しかいなかったからね。
それにやったら霊感が強くって、時々こっちのほうを向くからおっかないんだ」
「そいつぁめんどくさいね」
「あんま話聞いてないだろ」
「ああ全くだ」
ピコピコゲームをやってる諏訪子にまともに話をするということを期待した私の方がよっぽど間抜けだった。
「蛙がグロテスクなのが納得いかない」だなんて、蛇だって大体凶悪なキャラクターだっての。贅沢言うな。
「やっぱり女の子は蛙とか嫌がるよなぁ」
「蛇は怖がる」
「ふーん……。世知辛いね」
「でも早苗はどっちの髪飾りも付けてくれるじゃないか」
「ああ、早苗はいい子だからな」
「そうともさ」
さっきから取り留めのない話ばかりをしているような気がする。
早苗の両親はそろそろ帰ってくる頃で、テレビを好き勝手見ているわけにもいかないし、冷蔵庫を漁るわけにもいかない。
となるとすることと言えば、こうして早苗の部屋でだべっていることぐらいになるだろう。取り留めのない話をしていたってしょうがないのだ。
「んー天気があんましよくないなぁ」
空には黒っぽい綿菓子みたいな(不味そうだ)雲が分厚く張り出していて、年齢ゆえに緩んだ老婦人の涙腺みたいにちょちょぎれそうだった。
これぐらい婉曲な表現をしたところで神様から神徳を授かって雨雲を遙か彼方までぶっ飛ばしてくれはしない。世の中は非情なのだ。
「ほいほい使われてたら今じゃすぐに問題になるからなぁ」
地方ニュースの範囲だけども。
「なんだかすごいんだかすごくないんだか。すごくないけども」
けれど、風の力を操って空を飛べるのは誰にもいえない神様たちとの内緒の力。
空をぼんやり眺めている人なんて今じゃあ退屈なおじいさんやおばあさんくらいで。
見られたところで鳥か飛行機か、いや風祝かなんだそうかで済む話。済まないけど。
とにかく、通学なんかに使って見られたらめんどくさい。
もしも見られたらそれこそ、御柱フォーゲットクラッシャーでなんとかしてもらわなければいけないかもしれない。
幸い今日は時間があるからそんな必要も「おーい東風谷ー!」苦手な人を巻くときには神の力も利用されて然るべきであると私は考えます。
聞こえないふりをしつつ、わざと大声で「いけない! バイトに遅れちゃう!」と叫び、ほんの数センチだけ体を浮かびあげる。
申し訳程度に足を動かすと、タバコばっかり吸ってすぐ息切れをする高坂の奴を置いてけぼりにできた。
まったく田舎のヤンキーは何が楽しくて珍妙奇天烈な格好をするんだろう。
振り返って、もう着いてきていないことを確認してから、交差点にあるバイト先のコンビニへ。
少し早く到着したけれどまぁ、遅れるよりはよっぽどマシだよね?
「こんばんはー」
「お、こんばんは」
挨拶を済ませて、スタッフルームへ。仕事が始まるまではまだほんの少しばかり猶予がある。
「なぁ諏訪子、ぷよぷよやろうよぷよぷよ」
「またボコボコにされたいの? 神奈子も懲りないね」
「本気になったら諏訪子が凹むだろうと思ってさ」
「私が寝てる間に、早苗と特訓してたのだって知らないわけじゃないんだよ。おお、哀れ哀れ」
「言わせておけば……」
早苗がいない間は、こうして諏訪子と時間潰しをしているぐらいしかないわけで。
これが早苗の両親からポルターガイストだと騒がれている原因なのだけど、遊んでいなきゃ退屈で死んでしまう。
お祭りの一環なんだと胸を張って主張して追い出されることもよくある話。神の威厳と可愛くて素直な早苗はどこへ忘れてきてしまったのか。
こればっかりは反抗期とかではなくて、ヒエラルキーの問題だからもう如何ともし難い。
かといって、暇つぶしの一環で早苗の私物を漁れば追い出されるだけでは事が済まないので、妥協案で静かにぷよぷよをすることで最近は落ち着いているのだ。
年頃の娘の部屋に踏み込むほど両親のモラルが低くないのも、救いの一つであった。
「おっしゃ、いっちょ百戦ぐらいボコってやるかね」
「あとで吠え面かくのは諏訪子のほうだよ。大きな口は叩けるうちに叩いておきな」
「おーおーそれは楽しみだ。蛇は蛙みたいに歌を歌えないものね」
ケロケロケロ。
こいつやっぱりムカつく。
「ありがとうございましたー」
立地条件は悪くはないとはいえ、始終客が居るほど栄えてもいない。
たまに客がまったくこない、有線から申し訳程度に音楽が流れているだけの空白の時間も多かった。
「東風谷さん」
「はーい」
「今日は、神様たちだっけ、来ていないんだね」
「来ない方が私としては楽なんですけどね」
バイトの先輩。山県さんはちょっとどころか、ものすごく霊感が強いらしい。
幼い頃から浮遊霊だとかを見てしまっていたそうなのだけど、成長するにつれその力ともうまく付き合っていけるようになったんだとか。
なんとなく親近感の沸いた私は、この先輩にうちに居着いている二柱についてを話していた。
一般に伝わっている神様像との相違に驚いていたようだったけど、まぁ悪い神様じゃないんだと言ったら「東風谷さんも大変だね」と笑って流してくれた。
「えーと、八坂さまと」
「諏訪子さま」
「八坂刀売神のほうは建御名方神の妻だと思うんだけども、その諏訪子さまってほうはどういう神様なんだろうね」
「その八坂さまが誰かの奥さん、っていうのが私にはしっくりこないですよ。
諏訪子さまと夫婦だっていうほうがよっぽどしっくりきます。両方女性ですけども」
「それでいて君のことを心配して、時々見に来るんだろ? 僕の考えていた神様像とはぜんぜん違って驚いたよ」
「そんなもんですかね? 私はずっと小さい頃から一緒に居たんで、特別何かは思わないんですけど」
「変な目を持っていると恐ろしいものばかり見るのさ。
もっともそれしか持っていないから何も役に立たないんだけどね」
そういって苦笑いをして、肩をすくめる先輩。
私たちが話すようになったきっかけは、迎えに来た八坂さまをやけに先輩が気にしていて、それについて私から話を振ったことからだった。
それからは私も先輩も、お互いに自分に授かった不思議な力について雑談をしている。
「でも八坂様は本当に神様らしくないですよ。まるで、お母さんが二人いるみたいで」
「それはそれで大変だろうね」
けれど、私も家にいる二柱が見えるということだけしか、彼には教えていなかった。
空を駆け、天候を操ることができるだなんてやっぱり、現代社会では過ぎた力だったし、教えなくても何の不都合もなかったから。
「ええでも、私はうちの神様が大好きですよ。
先輩もうちの神社に賽銭入れにきてくださいね。そしたらきっと喜びますから」
「考えとくよ」
先輩が会話を切るときは大体その考えとくよっていう言葉。
柔らかく微笑んだ彼が顔をあげると、大抵お客さんが入ってくる。
「いらっしゃいませー」
「いらっしゃいませー」
それを合図に、またお互いの仕事に戻る。私はレジ打ちで、先輩は品物の並べ直し。
このなんとなく流れていく時間が、私にはなんとなく居心地がいいのだった。
「ああくそもう一回! もう一回だよ!」
「ケロケロケロ」
◆
バイトの時間ももうすぐ終わり。
先輩はやたらと外の様子を気にしている。
「どうかなさったんですか?」
「あそこの木の陰に誰かいるね。小さい子供みたいだ」
「んー? ああ、諏訪子さまだわ」
私が目を向けると、諏訪子さまはこっちにウインクをしてきた。
もうすぐ終業だからと、迎えにきてくれたんだろう。
「一人でだって帰れるのに、変なの」
「それだけ愛されてるんだろう。素敵なことじゃないか」
「悪い気はしませんけどね?」
そうとも。八坂さまも諏訪子さまも、私をいつも気にかけてくれている。
それを迷惑がるだなんて罰が当たる。神だから神罰だ。
「何かおみやげに買っていってあげなよ」
「見た目は子供だけど、諏訪子さまったらお酒は浴びるように飲むし口は悪いし」
「ダメ亭主みたいだ」
「よく八坂さまと取っ組み合いのケンカしてます」
ケンカするほど仲が良い、を地でいってるから怒るに怒れないと言うか、割って入ることができない絆を感じるというか。
そういうときには仲良く寒空に出ていってもらうのだけど。
「でも珍しいね。君の話だと諏訪子さまはよく寝ているって言ってたし」
「今日は起きてたみたいですね。それでどうせ、八坂さまとケンカでもしたんですよ」
やれやれ、と大げさにため息を吐いてみせると、先輩はその様子がやけにおもしろかったらしい。
普段は声に出して笑わないのに、ハハハと小さく笑っていた。私もつられて笑ってしまった。諏訪子さまも外で笑ってた。
「そろそろ東風谷は上がりだね。お疲れさま」
「そうですね、お疲れさまです」
ぼちぼち引継ぎの人もやってくる頃だ。
先輩へと一礼をして、私はスタッフルームへと引っ込むことにした。
天気は相変わらずぐずぐずとしていたけれど、結局は大気の具合をしっとりとさせる程度で済んでいた。
夜ともなれば、春は間近とはいえ肌寒い。諏訪子さまは手をすり合わせて、しきりに息を吐きかけていた。
「さぶさぶ。お、お疲れさま」
「はい諏訪子さま、お土産です」
「缶コーヒーかぁ。コーヒーが入ってきたときは、苦みばしったものをわざわざ飲むなんてって神奈子と笑ったもんだったよ」
そういって満面の笑みを浮かべる諏訪子さま。
でも酒のほうがよかっただなんて呟いてる。
「私まだ、未成年ですし」
「じゃあ私だったら買えるかな?」
「いや絶対無理ですね」
私が拗ねたように言って見せると、諏訪子さまは真顔で突拍子もないことをおっしゃっていた。
八坂さまならまだしも、諏訪子さまの容姿じゃ無理だろう。どう背伸びをしたって中学生が精一杯だもの。
「仕方ない、缶コーヒーで我慢するよ。おお、甘い甘い」
「甘ったるいですよね。缶コーヒー」
砂糖が入りすぎてると思う。もうコーヒーと呼ぶのもおこがましいんじゃなかろうか。
けれど諏訪子さまはそれを美味しそうに飲み干した。
「ごちそうさん」
「はいお粗末様でした」
空き缶を手で弄びつつ、諏訪子さまは何かを思い出しているように遠い目をして。
それからこっちに向かって目を覗き込むようにしてきた。
「なぁ早苗」
「なんです?」
「一緒に働いてた人、なかなかいい男じゃないか。神奈子の眼鏡にはかなってなかったみたいだけど」
「うーん、いい人ですよ」
お互い、話し辛いことを語り合える程度の関係。
バイトの先輩後輩以上ではあると思うけど、八坂さまや諏訪子さまの言うようなことはまったく考えたこともなかった。
私がんー、と悩んでいるのを見て、諏訪子さまはニッカリと笑った。
「そうか。なあ早苗、手を繋いで帰ろうか」
「え? まぁいいですけども」
してやったりと歯を見せて笑う諏訪子さま。いつのまにか諏訪子さまの身長は追い抜いてしまって、今では私の方が姉みたい。
「でっかくなったねえ。昨日までこーんな赤ん坊だったと思ったのに」
「諏訪子さまの感覚なら、そうかもしれないですね」
「でも早苗、私はお前の母親の母親の母親の婆ちゃんのひい婆ちゃんが梅干みたいな頃から生きてるんだぞ」
「いまさらそんなことを言われても」
苦笑。諏訪子さまも八坂さまも、こういう風に突拍子もないことを言い出すから。
「でもなぁ早苗。私はずっと神奈子と一緒に居たよ。これからも居る。
早苗は自分の人生を生きてもいいんだぞ? 結婚は墓場だからな」
「なんですかそれ。諏訪子さまったらどっかのお父さんみたいなこと言ってておかしいです」
「まぁいずれわかる。早苗にゃ、人間として生きる道だって大きく開かれてるんだからさ」
「あー……」
奇跡の力なんて忘れてしまって、恋をして当たり前の人生を歩む。
きっとそれが、東風谷早苗を他人から見たときの、もっとも幸せな生き方なんだろうと思うけど。
でも私は、そういう人生を歩むということがどうにもしっくりこないのだった。
「私、八坂さまと結婚しちゃおうかな」
「だめだめ、あいつの隣は譲らんよ」
「冗談ですってば」
一瞬握る手が強くなったあたり、対抗心が湧き上がったんだろうか。
聞いてみたいけれども、怒られそうでもある。
「でも諏訪子さまのことも、八坂さまと同じぐらい大好きですよ」
「私も、早苗のことは大好きさ。神奈子よりもよっぽどかわいい」
「そりゃ光栄です」
「なんたってあいつはガキっぽいからね。
今は部屋で凹んでるはずさ。帰ったら慰めておやり」
諏訪子さまが歌うようにおっしゃられた。本当にこの二柱は仲が良いなぁ。
「まーた虐めたんですか。駄目ですよそんなことしちゃ」
「今度はあいつから誘ってきたんだ。私は悪くないよ」
そういって諏訪子さまの手は離れていって、駆けて距離を取ってこちらに振り返った。
「神奈子にも言ってあげなよ。大好きだって」
「調子に乗るから、いやです」
「誰に似たのかね、その性格」
「さあ? 少なくとも八坂さま似ではないみたいです」
ケロケロケロ。
諏訪子さまが嬉しそうに高笑いをするから、私も釣られて笑ってしまった。
諏訪子ったら容赦がない。残虐蛙神だ。
「蛇狩之神事だー」とか言いながら連鎖をぶち込んできたときにはちょっと泣いてしまった。
ケロケロケロっていう高笑いも腹立つし、結局何十戦かした辺りで心がボキボキ音を立てて折れてしまって、迎えに行く権利も取られてしまった。
残された私が出来ることとと言えば、不貞寝と後片付けぐらい。
「あいつ、手加減って言葉を覚えりゃいいのに」
諏訪子が行ってから一人コンピューター相手に練習しては見るものも、どうにも諏訪子との力の差は埋めがたい。
ちくしょう。
仕方がない。今度嫌がらせで国語辞典を贈りつけるか。
あいつは知らないといけない単語が多すぎると思う。
それはたとえば遠慮とか手加減とか他人を立てるだとか。
半分どころか九割はやっかみだってわかっているけれど、相手が諏訪子だからこれぐらい許される、はず。
「しかし眠い」
諏訪子が出て行ってからはまだ十数分しか経っていない。
今日は眠たいから、迎えに行ったらこっちには戻らず、直接本殿へと帰るらしい。
私も早苗が帰るまでに寝てしまおうかと考えた。けれど、時間があれば早苗に特訓に付き合ってもらいたいような気もする。
幸いあの二人が帰ってくるまでにはもう少しばかり時間がある。それこそ、軽く仮眠を取れるぐらいには。
「よしじゃあ、目覚ましをかけてちょっとだけ寝とこう」
目覚まし、というのもまた俗っぽいなと思いつつ、もそもそと早苗のベッドへと潜り込む。ぬくい。
大きなあくびを一つしてから目を閉じる。すぐに眠気がやってき――
「ただいまーっと」
両親の居るリビングに一礼をして抜け、自室へと戻ると電気が消えていて静かだった。
「八坂さま、戻っちゃったのかな?」
諏訪子さまはそのまま本殿に戻っていってしまった。今日一日起きていたから眠いらしい。
さては八坂さまもその類だと思い部屋の電気を点けると、静かな理由がすぐにわかった。
「待ちくたびれちゃったのかな」
八坂さまが、私のベッドに潜り込んで寝ていた。
朝からくっついてきて、余計なことばっかりしているからこんな時間に眠たくなるんだろうに。
「でも、もうちょっとだけ寝させておこっかな。お風呂入らないといけないし」
荷物を置いて、電気をもう一度消しておく。ついでに面白そうだから、目覚ましの電源も落としておいた。
これで私がお風呂に行っている間に起きるなんてこともないだろう。
私からのちょっとした悪戯心であるから。これはぜひとも受け取っていただきたい。
そして、寝ているということを意識すると、寝息が小さいながらも今度ははっきりと聞こえてきた。
「今日も一日お疲れ様です。大好きですよ、八坂さま」
寝息のリズムが変わらないところを見ると、この言葉は聞こえてはいないらしい。
聞こえなければいけないなんてこともないし、聞かれていたって別に何も不都合はない。
遊び心を持ってでないと、言う気になれないだけなんだもの。
「さーってと、はた迷惑な神様のせいで今日も一日疲れたし、お風呂お風呂」
寝るときに起こしてどいてもらうか、はたまた空いている場所に潜り込むか。
どちらもそれなりには楽しくなりそうな展開が期待できそうだ。
無防備な寝顔を見せているうちの神様には、もう少しだけ緩い夢の中に居て頂こう。
「俗っぽい神様も、いたもんだ」
守矢神社が幻想郷へやってくる、ほんの少し前のお話でした。
かなりグダグダな雰囲気の漂う平凡ストーリーなのに、どんどん読み進めてしまうの不思議。
羊さんの描く人間くささのなせる技でしょうか。
これからも期待していいですよね?
故にケロ諏訪さまにぱるぱる。
ぐだぼのストーリィ面白かったっす。
主に男子の不幸さが。
しかし、早苗を取り巻く環境やそれに対する二柱の心境。あながち無きにしも非ずっていう感じに見えるのがまた面白い作品でしたw
すばらしいお話でした。こういう日常を書いた作品は大好きです。
それはそうと、神奈子様かわいいよ神奈子様
熱すぎず冷めたすぎず温度感のバランスがすんげえ心地良いです。
ケロケロとぷよぷよ対戦したいなあw
ところでコンビニ場面冒頭の「優先」て「有線」の誤字?
違ってたらごめんなさい。
しかし歳とってもこの調子では、神様二人の現役時代はさぞ2828展開だったんでしょうねーw
力で勝っていても口では言いように弄ばれて赤面するツンデレで純情な神奈子様と、それをいじって楽しむドSなケロちゃんの姿が目に浮かぶようですw
しかし…そうか…俺が学生の頃何度も同じ娘に告白しようとしても何かしら邪魔が入ってきたのは…
もしや神が憑いていたのか…
ぷよぷよやってる神様なんて親近感が湧きすぎて困りますww
それにしても早苗さんのガードが堅いなぁ。
というわけで恋文を作成する作業に戻r……あれ?お空にオンバシラg(ピチューン
神奈子がどうやって早苗に幻想郷行きを告げたのか、
早苗と先輩のその後等々、
もし続編があるならぜひ書いていただきたいです。
守屋一家はやっぱ良いね
‥でも、セロテープ以下って(落涙)
とりあえず今度言った時酒置いてこようかな
知らないおっさんがそれを飲んでたら……そのおっさん神様かな?www