さとり様が何を考えているか分からないのはいつものことだけど、まさか第四の眼を開眼すると言って旅に出るとは思わなかった。第三の目だけでは飽き足らなかったのか。終いにはお空も第四の足を開眼させると言い始めたけど、足って開眼するものかね。
わかんないけど。あたいもどっか開眼するのかな。
したら面白い。うん、面白い。
面白い事はするべきだ。
「ねえねえ、お空」
「……んあ? 全然起きてるよ」
そう言う奴が寝てた確率100%。現にほら、口から涎が垂れている。
横にいながら黙っていたあたいも悪いけど、何も寝ることは無いと思うがね。
「ちょいと、さとり様を捜さないかい?」
さとり様が旅に出て早一週間。何の音沙汰も無いけれど、便りが無いのは元気な証拠とばかりにあたいらも心配していなかった。勿論、今だって心配してはいないけど気にはなるじゃないか。さとり様が、どんな修行をしてるのか。
お空は寝ぼけ眼を擦りながら、何故か首を傾げて言った。
「さとり……様?」
ああ、いかん。この子ったら忘れてやがる。あたいも話題に出さなかったもんだから、完全に記憶から消去されてしまったのだろう。
こいし様と久々に会った時だって、ちょっとした鶏状態だったし。
「こ、こ、こ、こ?」
こいし様は泣いていたよ。この地霊殿でこいし様を泣かせたのは、あんたが最初で最後だと。さとり様もそう言い切っていたし。
そうそう、さとり様だ。さとり様。
「古明地さとり。あんたやあたいのご主人様だ。忘れてるってんなら、叩いて思い出させてあげようか?」
「うーん、大丈夫。思い出した。さとり様ね、うん。もう、お燐もそれならそうと最初から言ってくれたらいいのに」
いやいや、言ったよ。あたい、言ったよ。三度目だけど、言ったって。
「それで、さとり様がどうしたのよ?」
「あー、いや、結構あたいもどうでも良くなってきたんだけど……さとり様、修行に出られただろ?」
「出たねー。大気圏まで出たよ」
「何の話だい。それでね、あたいらもさとり様のようにパワーアップを図るべきではないかと思うわけだ」
「おお、とうとう私の第四の足が開眼するわけだ」
だから第四の足ってどこだよ。額か。額から生えるのか。
「でもさ、どうやってパワーアップすんの? また神様に頼み込む?」
「それはあまりお勧めできないね。あちらさんにも思惑ってもんがあるだろうし、どうせなら単独でパワーアップしたいじゃないさ」
「それもそうね」
頷くお空。本当に分かってるんだろうか。
「そこで、ここは敢えてさとり様を捜してみてはどうだろうかと、あたいは思うわけよ」
「なるほど。それでさとり様にパワーアップしてくれるよう頼むんだね」
うん、やっぱり分かってなかったか。
「それじゃあ神様に頼むと大差ないよ。要はさとり様の修行風景を観察して、やり方を真似ようじゃないかと言ってるんだよ」
「さすがお燐。狡いね!」
「ふふふ、褒めるな褒めるな」
照れ隠しに鼻の下を擦るあたい。褒め言葉だよね?
「そいじゃあ、これよりさとり様の修行風景を目撃し隊を結成するよ!」
「うん!」
「では早速出発だ」
「頑張って!」
「あんたも行くの」
「ああ、そうなの。頑張るよ!」
頑張ってくれよ、本当に。
さとり様が他の誰かと修行するなんて考えにくく、おそらく知り合いの少ない地上を修行の場所に選んだのではないかと、あたいは思う。お空も賛同してくれたけど、こっちを見ての返事じゃなかったので気にとめる必要はないだろう。
薄暗い地下を出て、燦々と眩しい太陽が照りつける地上へとやってきた。
あれ、曇り空。仕方ない、やり直し。
さとり様が他の誰かと修行するなんて考えにくく、おそらく……何だったかな。まぁ、とにかく地上へ出てきた。
空は生憎の曇り空で、太陽は……晴れたし。
モノローグの入れ甲斐がない天気だね。どこかで天気の神様が見ていて、悪戯してるとしか思えない。
「さっきから何で地上と地下を行ったり来たりしてるのさ」
「覚えておくといい。火車にも色々と事情があるんだよ」
「ふーん」
無いけどね。でもどうせ、すぐに忘れるんだから意味はない。
紆余曲折を経て、とにもかくにもあたいらは地上へとやってきた。しかし、気が滅入るね。これだけ広大な世界の中で、さとり様という妖怪を捜さなくちゃいけないなんて。
「それで、どこ行く? お団子屋? 核屋?」
「核屋?」
家具屋の間違いではないのだろうか。間違いでないとすれば、いやあ世界は広いねえ。
そして物騒だね。
「忘れたのかい?」
「忘れた」
「そうかい。じゃあ、さとり様を捜そう」
「さとり様の修行風景を目撃し隊、出発!」
「ん、そっちは覚えてるんだ」
基準がよく分からないけど、聞いてもどうせ分からないだろう。
あたいとお空はてこてこと歩いて、さとり様を捜す。
飛んでもいいけど、せっかくの地上。地下にはない大地を踏みしめて歩きたいと思うのは、地下に住む者として道理。いや、よく考えれば地下にも地面はあったけどさ。
一度言い出したら引っ込みがつかない事って、案外あるじゃない。今が、それ。
「おっ、第一村人発見」
どこで覚えてくるんだい、そんな単語。
「妖精かな?」
「妖精だねえ」
背中に羽の生えた人間がいるわけもなく、妖怪のような感じでもない。だとすれば妖精なのだが、あまり自信はなかった。
「おい、そこの妖精」
「ん、何よあんた達。あたいには立派なチルノって名前があるのよ」
「私にも空って立派な名前があるのよ」
「撃つぞ」
「散るぞ」
何だ、こいつら。
妙に息が合ったのか、お空とチルノは睨み合いながら握手を交わした。
「意気投合してるところ悪いけれど、一つ訊きたいことがあるんだよ」
「あたい、チルノ」
「名前は聞いた」
「私、空」
「対抗するな」
まるで空が二人いる気分になってきた。いや、チルノが二人いるのか。
「実はあたいらはある妖怪を捜していてね。古明地さとりって知ってるかい?」
チルノは首を振って、知らないと答える。
「紫で、目が三つあって、身体の周りに紐が一杯ある妖怪だよ」
「お空お空。それだと化け物」
さとり様は自らを化け物のようだと表現されることがあるけれど、少なくとも見た目は化け物じゃない。
「化け物なら見たことあるよ」
そしてチルノも化け物の方に食い付かない。お空が興味を持つじゃないか。
「どんな化け物?」
手遅れだった。
「うーんとね、胸のところに目みたいのがあって、羽が生えてて、右手が棒みたいな奴」
「へえ、そりゃあ随分と恐ろしい化け物がいたものね」
制御棒ごと腕を組みながら、感心した風に頷くお空。
リアルタイムで化け物と遭遇してるんだと言われてることに気が付いて欲しい。
しかし、どうしたもんか。考えてみれば、知らない人に知ってる人を説明することほど難しいものはない。
事ほどさように言葉とは難儀な代物である。ならば、言葉でなく絵で語ろう。
人捜しなのだ。こういう事もあろうかと、あらかじめ似顔絵を用意していた。
懐から取り出して、しきりに頷いていたチルノへ見せる。
「これが古明地さとり様。どうだい、見覚えあるかい?」
「ない」
「おい」
お空の口を黙らせる。あんたは見たことあるだろうに。
「こんな奴、見たことないわね」
「そうかい。そいつは、残念だね」
まぁ、いきなり一人目で運良く知っているとも思っていなかった。逆に知っていると答えたのならば、嘘をついてる可能性が高いし。ねえ。
「ああ、でも似たような奴なら見たわよ。紅魔館ってとこの近くの湖で」
「ほぉ、そいつはひょっとするとこいし様かもしれないなあ」
細部は違うとはいえ、色々と似通っている点は多い。それに、こいし様はいつもフラフラとどこかへ行かれる。それだけに、どこに居たっておかしくはない。
こいし様に話を聞くのも手の一つだけど、さとり様が何か話しているとは考えにくかった。
仲が悪いわけじゃないけど、あまりさとり様はこいし様に相談しようとしない。
ましてや、悩みは第四の目の開眼。目を閉じてしまったこいし様には、いくらなんでも酷な話ってもんだ。
「しかし困ったね。とすると、次は何処へ行ったもんやら」
また、当てもなく捜すしかないのか。
「そういう時はね、捜されてる人の気持ちになれば良いのよ」
「捜されてる人の気持ち?」
「そう。その人が何を思ってるのかとか考えれば、同じように歩くことができるでしょ」
なかなかどうして、一理ある。
妖精だと侮っていたけれど、思慮深い一面もあるんだねえ。
「って慧音が言ってた」
「受け売りかい」
肩透かしを喰らったけれど、受け売りも忘れる親友よりかはマシなのかもしれない。
「さて、だとしたらさとり様はどこに行ったのか。ちょいと考えてみようかね」
「私も考える」
「じゃあ、あたいも」
お空はともかく、チルノが考えてどうするんだ。知らない相手なのに。
でもまあ、やる気は充分のようだし止めるのも無粋ってもんさ。
好きなようにさしてやろう。
それよりも、今はさとり様さとり様。
あの人が動くとすれば、何処に行ったのか。
今はそれを考えよう。
「お燐は、死にたいと思ったことがありますか?」
唐突な質問に、あたいは面食らった。膝枕の感触も忘れて、驚いた顔でさとり様を見上げる。
さとり様は相も変わらぬ無表情で、淡々と視線を下ろすだけ。薄く開かれた眼差しは、その心境を察することさえ認めない。それ以上の質問も無いし、膝枕を止めもしない。あたいの答えを待っているのだろう。
あたいは考えた。死にたいと思った事はあるのか。
答えはイエスだ。いっそ死ねたら楽になるのに。あいつを殺してあたいも死のう。経緯を思い出すのも億劫なほどそんな事を思って、今日という日まで生きてきたのだ。
言葉はいらない。さとり様は心を読んで、そうですか、と感情の籠もらない呟きを漏らす。喜んでいるのか、悲しんでいるのか。その分からないという気持ちも伝わり、さとり様は優しくあたいの頭を撫でてくれた。
「生きる事が苦痛であり、死ぬ事が安楽だと言うのなら、人も妖怪も何故死のうとしないんでしょうね。いずれ訪れるものとはいえ、安楽であるなら今ここで命を絶ってもいいのに。とすればやはり、生が安楽で死が苦痛。そう考えるべきなのでしょう」
あたいへの問いかけなのか。そうだとしたら、難しすぎて理解できない。きっと独り言なのだろう。そう思うことにして、さとり様の膝の感触を楽しむことにした。
「ああしかし、ひょっとすると生も死も苦痛なのかもしれません。あなたは今の生を楽しんでいるようですが、私にはとてもそんな気持ちは芽生えない。生を楽しむには、少し私が特殊すぎた」
「さとり様は死にたいと思ったことがあるんですか?」
不意に、そう尋ねる。
「ええ、あります。私にとってこの世界は、決して楽しいものではありませんからね」
「じゃあ、今も死にたいと思ってるんですか?」
さとり様は答えず、ただ優しくあたいの頭を撫でるだけだった。
生者の気持ちが読めるとは、一体どんな気分なんだろう。さとり様の様子を窺う限りでは、あまり気持ちの良いものではないことが分かる。
あたいの頭を撫でてくれるさとり様は、決して笑っていなかった。
いけない、いけない。一体、あたいは何を思いだしていたんだろう。
こんな思考をトレースしたって、さとり様の行き先なんか分かりはしない。もっと有用な事を考えるべきだと思ったのだが、隣の二人が先に閃いた。
「火焔地獄跡」
「……燃やすな」
「お腹減ったから、あたい帰っていい?」
「ああ、もう帰りなって」
これ以上一緒にいたところで、こちらが得られる利益もなし。お腹が減ったというのなら、無理して付きあう必要もないだろう。
チルノと別れたあたい達。特に何かを閃くでもなく、行き先の当てがあるでもなく。
「私達もお腹減ったね」
「そうだね。仕方ないから、今日のところは帰ろうか?」
「だね」
何とも情けない話だけど、お腹の虫には逆らえない。あたいとお空は仕方がないという免罪符を掲げつつ、すごすごと地下へと戻っていったのさ。
パワーアップは、またの機会にとっておこう。
でも、それが訪れることは永遠に無いんだろうねえ。
あたいもお空も、明日までそれを覚えている自信はなかった。
そうして、地霊殿に戻ってきたあたい達。
お腹一杯になったお空は、眠いからと言って最下層へと潜っていった。烏も食べて横になると、牛になったりするんだろうか。
でも迷信を信じるんだとすれば、あたいはどうなんだろうねえ。黒猫はあまり縁起のいい生き物でもないし、そうすると常に不吉ってことになるんだけど。
苦笑しながら、灼熱地獄跡へと向かう。その途中、不意に誰かから呼び止められた。
今の地霊殿において、お空を除けば、あたいを呼び止められるのは一人しかいない。
「ねえ、お燐」
「なんですか、こいし様」
紅魔館の辺りに行っていると聞いたのに、もう戻ってきていたのか。さすがは無意識を操るこいし様。全然、気付くことが出来なかった。
「お姉ちゃんはどこ?」
「ああ、さとり様でしたら第四の眼を開眼させるって言って旅に出られましたよ。こいし様、ご存じなかったんですか?」
なにぶん、関係の希薄な姉妹だ。意志の疎通もあまり取れていないのだろう。
こいし様は笑顔で言われた。
「お姉ちゃんは、どこ?」
同じ台詞。同じ笑顔。
なのに、感じる意味合いが違う。
ああ、駄目だ。
笑え、笑え。
決して動揺してはいけない。
こいし様は心を読むことができないのだから、とにかく笑え。
「どこで修行されてるのかは、さすがの私も知りませんよ」
「ふーん」
無言で、あたいを見つめるこいし様。
無理かもしれない。三つ目の目が閉じていても、この人を相手に嘘をつくなんて。
黙り続けるこいし様に、やがてあたいはポッキリと折れた。
「こいし様、本当は気付かれているんじゃないですか?」
「何に?」
こいし様の言葉が、白々しく聞こえる。
あたいは溜息をついて、言いたくもないことを言葉にした。
「さとり様が死んでいることを」
詳しく語りたくもないし、思い出したくもない。
お空には気付かれないよう振る舞ったつもりだけど、本当に忘れていたんなら逆効果だったのかもね。
だけど、こいし様は違う。この人には真実を言わないといけないし、聞く権利があった。
辛いからといって、誤魔化すわけにもいかない。
だから、あたいは真実を語った。
「さとり様はその、普段から死にたいと口走ることがあったじゃないですか」
「ああ、あったね。私も昔から聞いてるよ」
「それでその、一週間前のことでした。さとり様が、あたいに……こ、殺してくれって頼んだのは」
こいし様は何も言わない。
「あたいは嫌だったんで言ったんですけど、それならお空に頼むって。お空が殺すとは思えないけど、そのうち誰か見ず知らずの妖怪に殺してくれって頼むんじゃないかとあたい怖くって。それで、しょうがなく……」
「お姉ちゃんを殺した?」
何気ないような一言なのに、あたいの身体がビクリと反応する。
「は、はい……」
「そう。それで、お姉ちゃんは何か言ってた?」
「いえ、何も言わずに死なれました」
「そうじゃなくて」
こいし様が笑顔で、尋ねる。
「お姉ちゃんの死体は、何か言っていたの?」
あたいには亡霊や死体と会話する力がある。それを使えば、確かにさとり様の死体から声を聞くことが出来る。
「さ、さとり様はその、殺してくれて、ありがとうって……」
「お姉ちゃんがそんなことを、ねえ」
こいし様に黙って死なれたのが不満だったのだろうか。
死体に話しかければ何か答えてくれるかもしれないけど、それは無理な話である。
「じゃあさ、最初の質問に戻るんだけど。あっ、ちょっとだけ違うかな。お姉ちゃんの死体はどこ?」
「それを聞いて、どうするんですか?」
途端に、あたいの身体から震えが消えた。
「どうもしないよ。ただ気になっただけ。で、どこ?」
「埋めました」
「どこに?」
「…………………」
「埋めた場所を言ってくれるなら、掘り起こして確かめてみるけど」
ひょっとしたら、こいし様はさとり様の死を疑っているのではないのだろうか。そうだとしたら、死体を確かめたいという話にも頷けるものがある。
だけど、あたいは言わなくてはならない。さとり様が確実に死んでいるということを。
「火焔地獄跡です」
こいし様は驚くでも唖然とするわけでもなく、そう、と呟いた。
「本当は埋めてあげたかったんですけど、さとり様がどうしてもと言われるので……」
「そうだよね、そりゃあ埋めるわけにはいかなかったよね」
あたいの言葉を遮るように、こいし様が語り出す。
「だって五月蠅いもん」
「…………………」
「五月蠅かったんでしょ、お姉ちゃんの声が。私がお燐でも燃やしてたな」
いけない。これ以上は喋らせてはいけない。
あたいの本能がそう叫ぶ。
だけど身体は金縛りにあったように動かない。
こいし様は淡々と続けた。
「だってそうでしょ。恨み言なんて、吐かれて気持ちのいいもんじゃないし」
「恨み言?」
「そう、恨み言。お燐に対する恨み言。私はね、あなたよりずっと長くお姉ちゃんと過ごしているの。だから知ってるんだ。あの人が、死のうとするはずないってね」
そんなはずはない、だって確かにさとり様は死んだのだから。
殺してと、あたいに言ったじゃないか。
「偉い人に何かをしてあげたくて、自ら火の中に飛び込んで料理になった動物がいたわよね。鹿だったか兎だったか忘れたけど、お燐がしたこともそういう事なんじゃないの?」
さとり様は死にたいとは言っていた。
生きることを苦痛だと言っていた。
だが果たして、殺してくれと言っただろうか。
「死にたがっても死ぬつもりのないお姉ちゃん。そしてお姉ちゃんの為に何かしてあげたい猫。この二人の間に何があれば、お姉ちゃんは死ぬことになるんだろうね。ねえ、お燐?」
さとり様の為に何かしてあげたかった。
だからさとり様の望む事をしてあげた。
だけどさとり様の死体は、死にたくなかったと声をあげ、殺したあたいに呪詛のような言葉を投げかける。
あたいはそれが怖くって、だから、だから。
「あ……」
膝から崩れ落ちる。まるで身体を操っていた糸が切れたかのように、力が全身から抜けていった。
「よっぽど辛かったのね。あなたは、真実を無意識に押し込めた。だからこそ、こうして私が読むことができのだけど。皮肉な話。もしもあなたが受け止めていたら、私は疑いもなくお姉ちゃんは失踪したものだと思っていたのに」
あたいが忘れようとしたから、こいし様に読まれてしまった。
無意識の中に押し込めてしまったばっかりに。
「でもね、お燐。私は別にあなたを責めてるわけじゃないのよ」
「え?」
「お姉ちゃんは不器用な妖怪だから。心を読むことで憎悪や嫉妬が向けられていることが分かり、それで苦しんでいた。なのに、心を閉ざそうとはしなかった。だってお姉ちゃんは、相手の心が分からないと臆病になって会話を拒絶したがる癖があったんだもの」
それで、心を閉ざしたこいし様と距離をおくようになったのか。
「人の心を読めないと会話が出来ないくせに、読めることで誰よりも傷ついていたお姉ちゃん。お姉ちゃんにとって、この世界はあまりにも辛すぎた」
微かに、寂しそうな微笑みを浮かべる。
「私に何も言わず逝っちゃったのは残念だけど、私はこれでも良かったと思ってる。他に方法があったかもしれないけど、死んでしまったんならそれで良い。お姉ちゃんはようやく、苦しまずにいられるんだから」
こいし様はそう言うけれど、あたいの心は後悔で一杯だった。
もっと思慮深く行動していれば。もっとさとり様の心中を察することが出来ていれば。
違った結末もあったろうに。
掘り起こされた真実は、思い出にしようにもあまりに重すぎる。
「でも、さとり様は苦しい苦しいって……」
「死体と魂は別物だよ。死体はいわば苦しみや悲しみの塊みたいなものだから、嘆いたり恨んだりするのはある意味で当然。確かにお姉ちゃんは死にたがっていたけど、心のどこかでは死にくなかったんだろうね。それが死体に残って喋ってるんだと思うよ」
さとり様もやっぱり、死にたくないと思っていたのだろう。
誰だって、心の底から表まで。死にたいと思っているわけじゃない。
「まぁ、許されることじゃないけど私は怒ったり恨んだりはしない。逆に、少しだけ感謝しているかもしれない」
「感謝? あたいにですか?」
「そう。だってあのまま過ごしていたら、ひょっとしたら殺したのはお燐じゃなくて私だったかもしれないからね」
今にも泣きそうな顔で、こいし様はそう言われる。
決して、心から感謝しているわけでもあるまい。どこかでは怒っているし、どこかでは憎んでいるはず。
人の心は一枚岩ではないのだ。皮肉なことに、あたいはそれをさとり様の死体から学んだ。
「ありがとうとは言わないけど、その代わりに責めたりもしない。お燐はお燐なりにこれから苦しむと思うけど、私なら相談に乗ってあげられるよ。何かあったら、また呼んでね」
そう言って、こいし様は何処かへ消える。あの方もあの方なりに、色々と心の整理をつけたいのかもしれない。
一人になったあたい。急に寂しくなるけど、そうしたのはあたい自身。
落ち込むなというのは、無理な話。だけど、あたいにはやるべき事がある。
「お空にも、本当のことを言わなきゃ」
あの子はまだ、さとり様が生きていると思っているのだ。真実を教えたら落ち込むかもしれないけど、嘘をついて誤魔化し通すよりかは百倍マシだ。
本当のことを言わないと。
最下層へ行こうしたあたいだったけれど、都合良くお空の方からやってきてくれた。
「おーい!」
脳天気そうに笑うお空が、今だけはありがたい。
近寄ってきたお空に、あたいは神妙な顔で口を開く。
「実はね、お空に言いたいことが一つあるの」
「ああ、私も言いたいことがあったのよ」
息を切らせながら、お空は言った。
「さとり様がいたの」
あたいは動きを止めた。
「……なんだって?」
「何だってじゃなくて、さとり様がいたの。いやあ、まさか地霊殿にいるなんてね。灯台もともと暗し、ってやつだ」
掴みかかるように、お空へ迫る。
さとり様が生きていただなんて、そんな馬鹿な事があるはずないのだから。だって確かにこの手で殺してしまったし、死体だって燃えるところをこの目で見たのだ。
本当に生きているとしたら、一体あたいは誰を殺し、誰の死体を燃やしたというのか。
お空は鬼気迫るあたいの様子に首を傾げながら、腕の中から逃げようと悶える。
「い、痛いよお燐。何だってのさ」
「どこに! どこにさとり様がいたの!」
「どこにって……ほら、あなたの後ろにいるじゃない」
そして、あたいは振り返った。
割と最近どこかで見た展開はともかくw
最後で思わずぞくりとしました。
ハッピーエンドなのかバットエンドなのかわからない……怖い、怖かった
つーか地獄で死にたがらないで下さい
これは怖かったです…
恐怖心(こころ)にうまれる、そんざいなんだよ・・・
ねえ、おりん。
成仏しろぉぉぉぉぉぉ
そして人はそれらに対して弱点を設け、克服できない恐怖は無いと戒めてきたわけです
お燐は死んでしまったさとりに後悔し恐怖する余りにさとり本人と姿は似ていても全く本質の違う妖怪を作り出してしまったのですね
それもこいしがお燐の無意識を意識させることで漸く形になった妖怪
さて、この新しい妖怪は果たして何をするのか
騙されました、見事です
こええええ
お燐の気持ちを台無しにするような笑えることを言ったら、それはすごく八重結界さんらしいよね。
……とか考えながら読んでいたので、シリアスのまま唐突に終わって焦りました。
死ぬつもりがないのに「死にたい」と言うしかなかった不器用なさとり。
主を想うあまり、その言葉を素直に聞き入れてしまった優しいお燐。
誰が悪いわけでもないのに、起こってしまった悲劇ですね。
最後空白行が続いたから後書きか何かで落としてくれるかもと言うかすかな希望もあっさり打ち砕かれたorz
途中から急転直下でホラーにいくとは思わなかった。
前半の掛け合いのリズムがお気に入りになりました
これはトラウマになる
でもやっぱり面白かったです
でも亡霊か幽霊かゾンビかのさとり様もありだな。
だが中盤、お空の「火焔地獄跡」っていう台詞あたりをもっと効果的に使ってたらっ!
お燐はさとりを殺したはずなのにさとりは生きていると周りは言う。
殺したかどうかなんてお燐にしかわからないからお燐にとってはこれ以上に怖いことはないと思う。
もちろん読んだ私にとっても。
最後とさとり様の死んだ所でぞくりときました。
これは酷いトラウマだ。
いやしかしかなり楽しませて頂きました。
ところで、このお話の最後は、どう解釈するのでしょうか?
(1) さとりは生きていた(含む復活)
(2) 亡霊となって現れた
(3) 読者の想像に任せた
俺のショボイ頭じゃさっぱり分からねえぜ
ただ、なんとなく最後にお燐が会話したのは実はさとりだったとか?
後悔と恐怖心から幻影を見た、と
なんかひどい解釈になってしまった
俺はギャグを読んでいたと思ったらホラーを読んでいた……
な、何を言っているのk(ry
マジこえええ
そうですよね…?
思わずぞくりと来ました。
お見事。