幻想郷と外の世界を自由に行き来する男がいた。
彼は猟師をしているただの人間である。
雪積もる冬のある日、狩りをしに出かけた際、偶然に外の世界への入り口(もしくは出口)を見つけたのだ。
それは猟師でもなければ立ち入らないような森の奥の、さらに奥にあり、人ひとりが入れるほどの大きさの空間の裂け目だった。
この発見によって彼は、それから毎日のように森へ出掛けては、外の世界を楽しんだ。
実際に幻想郷に住む彼からしてみれば外の世界の方がまさに幻想郷、夢の世界である。
高い技術、優れた文明。
外の世界の金を持っていないので大したことはできないにしても、見る物すべてが彼にとっては新しく、新鮮だった。
無料で利用できる施設もあったし、図書館に通って外の世界のシステムついて色々知らべたりもした。
彼が外の世界に通い始めて数カ月が過ぎ、外の世界の常識、価値観もおのずとわかってきたころ、彼は一つの考えを思いつく。
幻想郷と外の世界という通常なら交わることのない世界。
そんな分け隔たれた世界を行き来する人間が思いつくことは、どんな時代においても一つしかなかった。
金儲け。
価値観が極端に違う二つの世界を自由に行き来することができれば、金などいくらでも生み出すことができるのだ。
例えば、中世におけるアジアとヨーロッパ。
インドでいくらでも栽培することのできた香辛料の類はイギリスなどにおいて金と同等の価値があった。
外の世界の進んだ技術で作られた道具、これを幻想郷で売れば多額の利益を得ることができるだろう。
外の世界の道具を欲しがる人間は幻想郷にはたくさんいる。
元の値段なんて分かりっこないのだから、高値で売っても誰も気付かない。
外の道具を扱う香霖堂が儲かっていないのは、あれは単に店主に売る気がないのと、自身でも使い方の分からない道具ばかりだからだ。
使い方さえ分かれば外の世界の道具は大いに役に立つものばかりである。
最初のうちは素直に外の世界を楽しんでいた彼だが、ひとたびそれを思いついてしまえば欲を断ち切るのは容易でない。
そもそもなんの不都合があろうか。
需要のあるものを仕入れ、それを売るだけだ。
買ったものからは喜ばれ、外の世界の店の者にしてみれば自分の店の商品が売れただけのことなのだから。
自分はその仲介料として少しばかり多めにいただくだけである。
なんだ、後ろめたさなど感じる必要はないではないか、彼はそう考えすぐにでも実行しようとしたのだが、ここである問題点に気がついた。
自分は外の世界の通貨をもっていない
大きすぎる見落とし。
外の世界で物が買えなければ、準備の段階から不可能な計画。
なんだしょせん絵空事だったか、と彼は嘆息して諦めた。
その時は諦めた。
諦めたのだが・・・。
ある日、雪も解け今年の桜ももうそろそろというある日、朝早くに起床した彼の頭に一つの天啓。
金が無いのなら借りればいい。
外の世界には金を貸してくれるところがある。
もちろん借りた金は返さなければならず、返さなければどんなめにあうかわかったものではない。
そうなっては本末転倒、元の木阿弥。
だがしかし、自分は返さなくてもなんら問題はない。
なぜなら金を借りた後は幻想郷へ逃げればいいのだ。
金を借りた後、道具を仕入れ、すぐさま幻想郷へ戻る。
そうすればだれも追ってこない、来られない。
取り立て屋が外の世界をいくら探そうと自分は幻想郷にいるのだから見つかるわけがない。
金貸しなんてのは、楽して弱者から金を巻き上げて儲けているような奴らだ、そんな連中から少々金を奪ったところで同情することはない。
完璧な作戦。
問題はしばらく外の世界へでかけることができなくなることだが、まぁ仕方ないだろう。
なんだかんだいって自分は幻想郷の人間。
幻想郷が一番肌にあっている。
外の世界ももう十分楽しんだ、未練はない。
10年後か20年後かほとぼりが冷めた頃にまた行ってみてもいいだろう。
その間自分は得た道具と道具を売った金、さらに外の世界で得た知識で、悠々自適な生活が送れるのだ。
そう考えた彼はさっそく実行に移ることにした。
家を発ち里を出る途中、寺子屋の前で里の守り神、上白沢慧音に出会った。
「おはようございます慧音先生」
「おはよう、どこへ行くんだ?」
「猟に出かけるところです」
「……銃も持たずにか?」
「えっ、えっと………も、森に罠を仕掛けているのでそれを見に行くんです!」
「ふぅん、そうか。気をつけてな」
「は、はい。それじゃ!」
急いで里を出て森に入る。
疑いを持たれることだけは避けたようだ。
上白沢慧音は彼が生まれる遥か前から里を守っている。
彼自身も寺子屋に通い、彼女には幼い頃からとても世話になっていた。
彼にとって彼女は憧れの師であり、母のような存在だった。
慧音先生は外の世界のもので何が欲しいだろうか。
幻想郷の歴史を編纂する彼女だから、外の世界の歴史にも興味があるだろう。
よし、外の世界の歴史書を買ってきてプレゼントしよう。
慧音先生、喜んでくれるだろうか。
そんなことを考えながら彼は外の世界への入り口へと身を投じるのだった。
上白沢慧音は今日の授業を終え、寺子屋で昼食を取っていた。
玄関の方で扉を叩く音がしたので出てみると、スキマ妖怪の式、八雲藍が立っていた。
「珍しいな、なんのようだ」
「一応、里を守るあんたには伝えておこうと思って」
「なにを」
「冬の間、森の方で結界に綻びがあってな。外の世界へ行ってしまった者がいるかもしれない。行方不明者などいなかったか? 結界が直ったらもう戻ってこれんからな」
「冬の間? 危ないな、綻びがあるのに気がついたならすぐに直せ」
「小さな綻びだったので私も気がつかなかったんだ。紫様は冬の間は寝ているから」
「目覚めた紫に言われてやっと直しに来たってわけか。安心しろ、里には行方不明者などでていないし、外の世界へ行ったという話も聞かない。そもそも冬の間、里の人間はほとんど外に出んからな。さぁ、早く直しに行ってこい」
「あぁ、結界なら今直してきた。」
「………行方不明者がいたらどうしてたんだ」
「ん?どうもしないが?」
「………………まぁいい。用はそれだけかそれなら帰れ」
「用ならもう一つある。紫様からあんたへだ」
「なんだこれは」
「外の世界の歴史書。紫様曰く『あなたなら喜ぶかと思って』だそうだ」
「あいつがか? 一体何を企んでるんだ?」
「さぁな。どうするんだ? 受け取るのか、受け取らないのか?」
「必要ない、私は幻想郷の住人だ。
私が知る歴史はこの幻想郷の歴史だけでいい。
外の世界の歴史など興味ないな」
「そうかわかった。紫様にはそう伝えておく」
彼女は遠くの空へ向かって飛び立ち、やがて見えなくなった。
ふぅ、一体何だったのだろう。
私が受け取らないことぐらいあいつなら分かるだろうに。
あのスキマ妖怪の考えることだけはいつまで経っても理解できない。
彼女は玄関先の、もうじき花開くであろう桜の蕾に春の訪れを感じつつ、そう思った。
こういうパターンは大体「ざまあw」となることが多いですが、これは……。
ううん、やっぱり言葉に出来ないです。けど、読みやすく面白かった。
メリー → 紫 説を前提とするので違ってたらすみません。
皆様、読んでくださりありがとうございます
面白かった、好きだというレスに感激してます
このあと男がどうなったのか、気になる方もいると思いますが
そこは皆様のご想像にお任せします
自分の中で、彼はどうなったのかというのは大体決まっているのですが
読み手の数だけ物語はあるということで……