Coolier - 新生・東方創想話

それでも彼女は私の友達です

2009/02/28 16:54:07
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私には幼い悪魔の友人がいる。
人一倍わがままで、人一倍傲慢で、人一倍えらそうなその子は
いつも色んなことで私や他の周りの人たちの頭を悩ませていた。
これから私が語るは、そんな困った友人に振り回される私を描いたお話である。





<それでも彼女は私の友達です>





外では強い日差しが降り注いでいるであろう、とある夏の日。
深い霧に包まれた湖の畔には、紅色に染まる館が静かに佇んでいた。
その館の名は紅魔館。
一部の世間からは『紅い悪魔の棲まう家』と通称されるその建物の地下には、膨大な量の書物が蓄えられた大部屋がある。
さしずめ大図書館といったところだろうか。
しかしその部屋の中は夕闇のように薄暗く、奥は完全な暗闇で先が見えないのでどれだけ広いのかも分からない。
しかも人が訪れることはほとんどないので、図書館と呼び難いところかもしれない。
それでもまぁ無数の本棚がここにはあるのだし、『大量の本がある大部屋』と呼ぶにも少し味気ないので、
ここは素直に『図書館』と呼称することにしよう。

その図書館に入って少し進んだ先には、古びたテーブルと椅子があった。
テーブルの上には灯されたランタンが置かれており、そこから淡いオレンジ色の光を放っている。
そのおかげで周りの空間はひときわ明るかった。
館を卵の殻と例えるなら、この図書館は白身で、ランタンに照らされたここの空間は明るい黄身だろう。
その黄身の中に、私はいた。

温かい。椅子に座りながら本に書かれた文字を黙読している私はそう思った。
目の前に置かれたランタンの灯が、私の手の甲や頬にかすかな熱をもたらしてくれていたのだ。
同時にその光は本に記された文字をも照らす。
おかげで基本的に薄暗い図書館内でも、ここに限れば問題なく読書できる。
この空間は、私にとっての天国だった。

私はランタンの横に置かれた小さい時計にふと目をやる。
3時49分―――。
時計の針はそう示しており、それを見た私にもう夜が明ける頃であることを認識させた。
私は「ふう」と小さいため息をつくと、最後に読んでいたページの間にしおりを入れて静かに本を閉じた。

(やれやれ、読書に熱中し過ぎるとつい時間を忘れてしまうな)

私は少し呆れるように首を左右に振った。これが毎度のことなのだから呆れもする。
私が一度読書を始めれば、邪魔が入らない限りしばらく止まることはない。
気づけば日が昇る直前……なんてことは珍しいことではないのだ。
そして読書が終わるたびに強烈な眠気に襲われる。これも毎度のことだ。

自室に戻ってさっさと寝よう。
私はそう思うと同時に、のっそりと椅子から立ち上がった。
トコトコと図書館の出入り口のほうに歩いていった。
眠たい目を左手の甲でこすりながらドアノブに手をかけた、その時だ。

「パチェまだ起きてるー!?」
「むぎゅっ!!?」

不運は突然前触れもなく訪れるものだと私は思う。
愉快な声と共に豪快に開かれたそのドアは、思いきり私の顔面を捉えた。
あまりにぶち当たったタイミングが良かったらしい。私の体は数メートル後方に弧を描くように宙を舞った。
地に落ちた瞬間、「ドクシャァ」という嫌な音が聞こえた。

「パ、パチェ、大丈夫!?」

ドアを開けた者は仰向けにのびている私の姿を見ると、仰天した声をあげて駆け寄ってきた。
ふっ飛ばされたのに状況を判断できるのは、私の意識がなんとか失われずに保たれていたおかげだ。
私はわずかなうめき声を漏らしながら上半身をゆっくり起こす。
すぐ隣にはパニック状態のレミリア・スカーレット(以降レミィと呼称する)がいた。
レミィはむくりと上半身を起こした私を見やいなや、心底安心したような表情を浮かべた。


「良かったぁ、無事みたいね。いきなり何かぶつかる音が聞こえたから驚いたわ」
「無事なわけあるかぁぁーー!!」

レミィの呑気さに私は思わず声を荒げた。
さっきまでの眠気はどこへやら。銀河の彼方まで吹っ飛んでいっただろう。
怒りを爆発させた私に、レミィは苦笑いの顔をしながら平謝りを続けた。

「ごめんごめん。まさかドアの前にパチェがいるとは思わなかったんだもの」
「それにしたってノックぐらいしなさいよ! 鼻血出ちゃったじゃない! 貴重な血がぁ!」
「悪かったってばー。そんなに怒るとまた喘息起こすよ?」

レミィは真面目に謝っているつもりだろうが、私にはどうしても
「へいへい悪ぅござんしたねぇ」とでもいうような態度にしか見えなかった。
それが余計に私の怒りを増幅させる。

「うるさいうるさーい! 大体あんたはいつも……ゴホッゴッホッゲホッ!?」
「あーあー言わんこっちゃない。ほら、肩貸してあげるから立って。
元々パチェは自室に戻るつもりだったんでしょ? そこまで連れていってあげる」

あぁ情けないことこの上ない……。
私は心の中でグツグツと煮えたぎっていた感情が、レミィの気遣いの言葉によって急速に冷やされるのを感じた。
レミィに肩を借りてなんとか自室まで戻ると、すぐさまベッドに入って横になった。
その頃には喘息や鼻血は大分収まってくれていた。
レミィは落ち着いた私を見ると、水の入ったグラスを渡してきた。

「はい、お水よ、パチェ」
「……ありがとう、レミィ」

私は渡された水を飲み干すと少し顔をしかめた。
喘息は収まったが、思いきりぶつけてしまった鼻はまだ鈍い痛みを残していたようだ。
レミィはそんな私の顔を覗き込むようにして見ると、3度目の謝罪した。

「……ごめんなさい。心の底から謝るわ。本当にごめん」

今度は大真面目に謝ってくれている。
少なくとも、図書館での謝罪よりは誠意を感じた。
しおらしく謝るレミィに、私は少し心が痛む。
真面目に謝ってくれているのだから、それに応えなければ。
そんな気持ちに駆られて口を開く。

「ええ、許してあげるわ、レミィ。だからもうそんな顔しないで」
「本当に? 本当に許してくれる?」
「本当よ。それ以上謝られたんじゃ、私もばつが悪い」
「良かったぁ……。パチェって怒るとすごく怖いんだもの。許してくれないかと思ったわ」
「もしレミィが見知らぬ他人だったらロイヤルフレアかましていたね」
「あっはっは! そいつは恐ろしい! パチェが友人で良かったよ」

レミィの表情は、さっきまでの暗さから一変していつもの明るさを取り戻していた。
普段見る無邪気な笑顔だ。
それを見て私は心の中でほっと胸をなでおろした。
友人としては友人の暗い顔など見たくないと思うのは当然だ。
早く仲直りできて良かった。
さて、事態が落着したところで私はレミィに訊ねることにした。
もし私がドアにぶつけてこんなことになっていなかったら、真っ先に聞いていたであろう質問だ。

「ところで、なんでレミィはこんな時間に図書館に来たの?」

それを聞くとレミィは顔をはっとさせた。
本来の目的を思い出したのか、身を乗り出すようにこう言ってきた。

「そうそう! パチェにお願いがあったのよ」
「お願い?」

私は少し嫌な予感がした。
この子が頼みごとをしてくる場合、大抵ろくなことじゃないからだ。
目が輝いている場合が特に危ない。(今まさにその状態だからかなりヤバイ)

ある秋の日、レミィが湖に生息する怪物級の巨大魚を生け捕りにしたいから手伝ってくれと私に頼みこんだ時があった。
理由は単に『どれほどでかいのか興味がある』からというだけだった。
私は呆れながらも協力してあげることにした。
特別な魔法を施した釣竿と餌を行使して実際に釣り上げたまでは良かったものの、
なんとレミィは釣り上げた後のことを考えてなかったのだ。
直後、針が引っ掛かって大暴れする巨大魚に飲み込まれそうになったのは良い思い出。



……なわけがない。
勝手に美化しているのレミィだから。

またある夏の日、レミィが蚊がうるさくてかなわないから撃退を手伝ってくれと私に頼み込んだ時があった。
当時紅魔館では蚊が大量発生する怪事件があったのだ。
私もレミィと同じく悩まされていたことなので、これには心良く承諾した。
しかし私は新しい魔法の開発の方が忙しかったので、役に立ちそうな魔道書数冊をレミィに貸すことで協力してあげた。
数刻後、何かが連続的に炸裂するような爆音が鳴り響いた。
何事かと思ってレミィの自室に入ると、そこには全身を黒染な姿で佇むレミィがいた。
自室内の家具は部分的に爆破していた。飛び散った破片からは黒い煙がモクモクとたちこめていた。
壁もレミィのように黒ずんでいる部分があれば、ひび割れてへこんでいる部分も見受けられた。
レミィ曰く『あらゆるモノを爆弾に変えて爆発させる魔法』を興味本位に蚊に試したら思いのほか威力が強かったらしい。
後で事情を説明した咲夜から「本を貸したパチュリー様が悪い」と言われげんこつくらったのも良い思い出。



……なわけないでしょ!
巻き添え食らって何が良い思い出だ。

ともかくそのようなことが過去にあったので、以降レミィからの頼みごとには極力警戒するようになったというわけだ。
今回も例に外れず私は心の中で防御態勢をとった。

「……また巨大魚や爆弾蚊みたいなことを起こすんだったら聞かないわよ」
「今度は大丈夫だって! とりあえず話を聞いてよ」
「うーん、まぁ聞くだけならいいけど」

とりあえず聞くだけならいいか。
そう思って私は答えた。
レミィはゴホンと小さい咳を一つ立てると、陽気な声で話し始めた。

「私ってさ、吸血鬼じゃない? 日光浴びると消滅しちゃうじゃない?」

またえらく唐突な始まり方だなぁ。しかも何を今さら……。
そんな言葉を口から漏らしてしまいそうになったが、咳払いすることでなんとか出かけた言葉を腹に戻すことができた。
とはいってもだ。黙っているだけではレミィが話聞いてるのかと文句言ってきそうなので、
「うんうん」と相槌だけは打ってあげるようにした。
そんな私の気遣いなど露知らずにレミィは言葉を続ける。

「でもね、私は思ったのよ。『昼間から外出してみたい』って」
「夜の王あろう者が何を言うかと思えば……。そもそもあなたの活動時間は夜じゃない。
 それ以外は睡眠時間のはず。そんな時間帯に外出できるようにして何の意味があるというの?」

呆れてそういう私にレミィは両手をあげて首を左右に振った。
まるで「分かってないなあ」と少し見下したような顔だ。

「甘い、甘いねえ! 誇り高き吸血鬼が夜の王というポジションで甘んじる時代はもう終わったの!
 今の時代、この幻想郷のトップクラスの妖怪として昼夜問わず君臨するべき時代なのよ!」
「……つまりは『昼間から日傘を持たずに遊びに出かけられたらいいのになー』と?」
「……うん」

図星だったらしい。レミィは急にしおらしくなった。
私はいよいよ呆れかえるとベッドに横になって毛布に包まった。
くだらない。日傘で我慢すればいいのに。
そんなこと言う気も起きなかった。
レミィは慌てて毛布の上から私を引き止めるように叩いてきた。

「待って! まだ話は終わってないぃー!」

叩き続けるレミィに痺れを切らして、私は毛布から上半身を起こした。

「もういい加減に寝させてよ。
どうせ『パチェには私が昼間でも外出できるように魔法を使って日光を遮ってもらいたいの』とか言うつもりだったんでしょ? 
私にはまるっとお見通しよ」
「そ、それは……」
「これも図星だったようね。ついでに言うと今回は私の魔法を当てにしない方がいい」
「ど、どうして?」

困惑するレミィに私は「例えばよ」と説明を始めた。

「魔法で雲を意図的に生産して日光を遮るという方法を考えたとする。
それはまぁ良い案だと思うけど、(というかそれくらいのことしか思いつかない)それではまだ考えが甘い。
確かに魔法の力で意図的に雲を生産することはできるし、その作り出した雲を利用して太陽を隠すこともできるでしょう。
しかしその方法には一つある欠点がある」

「欠点?」

レミィは首をかしげて先を聞きたそうな顔をした。
期待どおりに私は説明を続ける。

「そう、致命的な欠点……。それは作り出した雲を広範囲に広げられないという点よ。
 魔法で作り出した雲を幻想郷中に展開するのは相当な魔法力がいることなの。
 残念なことに今の私にはそこまでの魔法力は行使できない」
「えぇ~パチェが無理なら駄目じゃないぃ~」

レミィは力なくそう言うと大きく肩を落とした。
どれだけ私に期待を寄せていたか想像に容易いがっかりぶりだ。

「自分のことなんだから自分でなんとかしなさい。それができた上でならいくらでも協力してあげるわ」

私は落ち込むレミィに対して励ますようにそう言った。
それにプラスするように「自力で頑張るなら私も協力する」というようなことまで付け加えて。
そんなことを言えば本当に厄介事が実現してしまう恐れがあるのではないかと思うだろうが
私には「レミィは結局諦める」という確固たる自信があった。

最近のレミィはなにかと他力本願なところが多い。
最初から他人を当てにして自分で努力しようとしない。
だから当てにする予定だった他人が使えないと分かれば、最終的に諦めてくれるはず。
(ちなみに幻想郷中を雲で覆い尽くすことができないというのは、言い逃れと言う名の嘘)
だから私には自信があった。
そしてその自信は確信へと変わる。

「はぁ、諦めるしかないのね……」

おめでとう! かくしんは げんじつにしんかした!

テーレテーテレテテッテテー
私の頭に妙なBGMが流れた気がした。

「さぁ今日はもう朝遅いわ。お互いそろそろ寝ましょう」
「それもそうね。変な相談に付き合わせちゃって悪かったわ。おやすみ」

レミィは寂しい声でそういうと、踵を返して部屋から出て行った。
出ていく足音が聞こえなくなると、私は再びベッドに横になって眠りに着くように目を閉じた。
瞼の裏側では部屋から出て行く時に見た、哀愁漂うレミィの後ろ姿が写っていた。
その姿に私は、友人として少し負い目を感じた。
でもこれでいい、これがあの子の為になる。
実際にレミィの計画通りに幻想郷から日光を遮ってしまったら幻想郷中がパニックになるだろう。
そうなれば『あの人間』が黙っちゃいない……。
私は最悪の運命を回避できたと心の中で喜んでいるうちに、意識はついに夢の中へと落ちていった。



◇◇◇



私が『それ』に気づいたのは、レミィと別れて一朝寝た後のことだった。
時計の針がちょうどお昼時の12時を示しているのを見て、私は驚いた。
普段ならもう1,2時間は寝ているというのに。
私は随分と早い目覚めになってしまったなと思いながら、ベッドから起き上がった。
少し背伸びしてからカーテンを開けて外を見る。

「こ、これは……!?」

まず私は目を疑った。
目に映る信じられない光景に、頭が混乱する。

空が薄暗い外は、見渡す限り霧で覆われていた。
しかしそれはいつも見ている湖の霧とはまるで別物だった。
その霧は妖しい紅色をしていて、強力な妖気を放っているのを感じた。
本来空で輝いているはずの太陽は、紅い霧によってすっぽり霧隠れになっていた。
私にはこれがただの霧でないことは容易に判断できた。
濃度がどれほど高いのかわからないが、湖すら全く見えないということは、相当濃い霧なのだろう。
私は確信する。この霧を起こした犯人を確信する。
そして、その犯人は唐突にやってきた。

「おっはよーう!」

背後から陽気な声と共に勢い良くドアが開けられる音が聞こえた。
振り返るとそこには満面の笑みを浮かべたレミィの姿があった。
レミィは小走りで駆けつけてくるやいなや、こういってきた。

「やったよ、パチェ! 私頑張った!」
「やっぱり、この紅い霧はあなただったのね!」
「すごいだろう!? 幻想郷の日光は見事に全て遮られた! 私はやればできる子だったのさ!」

レミィが胸を張ってそう言った。
この時の私の気持ちは実に複雑だった。
「やればできる子だったのね!」という感動とあれば
「一体どうやって霧を起こしたんだ」という驚きもあったし
「なんてことをしてくれたんだ!」という怒りもあった。
この3つの感情は心の中で某三国の如く入り混じり、各々が戦を始める。
私はその絡まる感情を一旦冷戦状態にさせた。
今するべきは、目の前の幼い悪魔に訊くべきことを訊くことだからだ。

「どうしてこんなことを?!」
「もちろん、日光を遮ることで、この私が昼間からでも自由に出かけられるようにするためさ」
「昨日は諦めてたじゃない! どうやって……!」
「フフフ……パチェ、あなたは少々私を甘く見てない? 私が他力本願なやつだと思ってない?」

はい、前々から思ってました。
こんな突っ込みをしたい衝動に襲われたが、一応自重した。
そんなことより今は話を進めて事情を詳しく聞きたかった。

「まさか! でも本当に、実際には何したっていうの?」
「それはだね……」

レミィは両方の口角を妖しく上に曲げるとこう言い放った。

「それは気合さ!!」
「…………は?」

目の前の紅い悪魔は何を言っているんだ?
理解不能状態の私は、レミィに再度説明するよう要求した。
本人は非常に面倒そうな顔をして説明しなおす。

「だから気合よき・あ・い。前の晩ベッドの中で『日光遮りたい、昼間から日傘持たずに外に出てみたい』って
強く念じ続けていたら、突然この指先から紅い霧が噴出し始めたのよ」

レミィはそういうと、左手の人差し指を立てて私に見せつけるようにずいっと前に出した。
ますます訳が分からない……。
私は頭の回線がショートしたように思考が話題に追い付かなかった。
そんな私を半ば無視するように、レミィはさらに説明を続けた。

「しかもその霧は何故か部屋中に充満することなく壁をすり抜けていったの。で、今日に至るってわけ。
 気合いを入れればなんでもできるんだって感激したわ!」
「それ気合いでどうにかできるレベルじゃないから」

ショートした頭の回線復旧工事が終わった私は、ようやく思考を取り戻すことができた。
レミィはなお喋るのを止めない。

「実際どういう原理で起こったものなのか理解しかねるけど
きっとこれは誇り高き吸血鬼である私にしかできないことなのよ!」

(結局のところ気合いなの? 誇り高き吸血鬼とやらの能力なの?)

話を聞くたびに謎が増えていく。
まぁそれは追々詳しく話を聞かせてもらえばいいだけの話だ。
それよりも、レミィは自分のしたことがどれほど重大なものか理解しているのだろうか?
これが……あの人間が動き出す原因を作り出してしまったことを理解しているのだろうか?
もし自覚していないのであればとんでもないことだ。
私はレミィに恐る恐る訊ねた。

「レミィ、まさかとは思うけどあなた……自分のしたことの重大性を理解してる?」
「もちろん。私が日中にでかけることができるという重大な偉業を成し遂げたね」

駄目だこの吸血鬼……早くなんとかしないと……。
事の重大性をまるで理解していない。
早いことそれに気づかせてあげないと、レミィを含めた私がまた痛い目見る羽目になる。
きっとその痛みは爆弾蚊事件の時にくらった咲夜のげんこつをも上回るものになるだろう。
おお怖い! 想像したら恐ろしさで体が震えてきた。
早くこの霧を収めるよう、レミィを説得させなければ……!!

「レミィ! 悪いことは言わないわ、早くこの霧を収めて!!」
「な、何よパチェったら、急に血相変えちゃって。いくらパチェのお願いとはいえ、それは呑めない話だわ!」
「吸血鬼異変の二の舞を踏むつもり!?」
「今回の件は和解条約にはぎりぎり違反しないはずだもの。大丈夫だって!」
「和解条約に違反するしないの問題じゃない! あと数日もすればあなたが放った紅霧は人里にまで達するわ。
 そうなれば、この紅霧は『異変』扱いされる。近いうちに博麗の巫女が来襲してくるでしょう。
今度はスペルカードルールに則ってあなたを懲らしめに来るのよ!?」
「あーそれにしたって大丈夫大丈夫~」

レミィは「なんだ、そんなことか」と言いたげにケラケラ笑った。
紅い悪魔め、よくそんな能天気なことをぬかせるものだ。
いや、今は愚痴ってる場合ではない。
そう自分に言い聞かせながら私はレミィに説得を続ける。

「風の噂じゃ今代の博麗は相当強いと聞くわ。
もし攻められれば、紅魔館の負う被害が甚大なものになる可能性は極めて高い。
 だからお願い、そうなる前にこの紅霧を収めて!」
「パチェ、あなた少し紅魔館の住人を甘く見過ぎているわ。
いいこと? うちには鉄壁の門番がいる。時をも止める無敵の従者もいれば、多彩な魔法を操るあなたもいる。
 我が紅魔館の防御壁は完璧なのよ! たかが博麗の一人や二人、恐れるに足らずよ!」

(よくこんな状態で今まで平和を保てたなぁ)

思わず感心する。
っていやいや、感心している場合じゃない!
まったく、紅魔館が風前の灯であるという自覚があるのかこの子は……!
というか今のレミィの言葉、どこか違和感を覚えるものがあった。
美鈴が鉄壁の門番なのは認める。時を操る能力を持った咲夜が無敵の従者と言うのも納得する。
多彩な魔法を使う私を頼りにしてくれているのも嬉しい限りだ。
でもレミィは? ねえレミィ自身はどうなのよ? なんでそこで自分の名を出さない!?
「例え住人全員がやられても、私がいる限り無駄よ無駄無駄ァ!」くらいのことは付け加えて言うべきでしょう?
納得いかない面持ちで私はレミィに訊ねた。

「ねえレミィ、あなたはどうなのよ?」

瞬間、レミィはぎくりと体を凍らせた。
表情は依然としてカリスマ顔を留める一方で、右眉だけはぴくぴくと違和な動きをしていた。
そんな状態でレミィは、とぼけるような口調で口を開いた。

「どうなのって……どうなの?」
「とぼけないで。もちろん場合によってはあなたも戦ってくれるのよね?」

ずんずんと詰め寄る私からレミィは逃げるように顔をそらしながら言った。

「そ、その前に美鈴や咲夜たちが倒しちゃうんじゃないかなー……」
「ええ、それも十分あり得るわね。あの子たちは強いもの。もしかしたら私の出る幕ですらないかもしれない。
 でも……でもよ、もし私たち全員が負けてしまったとしたら……そうなったらあなたは戦うのよねぇ?」

私がそう言い終える頃には、もう私とレミィとの距離はゼロに近かった。
密着状態と言い変えてもいい。
レミィは相変わらず私から逃げるように目をそらし、背中をのけぞっている。

「ももももちろん! 当然じゃない! 部下がやられて黙っているほど、私は落ちちゃいないよ!」
「……ふーん、なら見せてよ」
「何を!?」
「スペルカード」
「ス、ススペ」
「スペルカードと言ったのよ。 博麗の巫女はスペルカードルールに則った上で紅魔館を攻めてくるわ。
巫女が勝負を仕掛けてきた場合、ルール上、私たちもスペルカードを持ってして迎え撃つしかないのよ」

そういうと私はテーブルの引き出しから数枚のカードを取りだすとそれをレミィに見せつけた。

「だから持ってるでしょ?こういうカード」
「ワー、キレイナカードネーハハハ……」

もう我慢の限界だった。
やはりレミィはスペルカードを一枚も持っていない。それは泳ぎ切った目を見れば明らかだ。
大方、巫女が来た時はきっと私や美鈴や咲夜だけで追い返せるとでも思っているのだろう。
その楽観的な考えが私を憤らせた。

「レミィ! もういい加減白状なさい! あなたの思うことはまるっと全部お見通しよ!」
「ごめんなさいぃ~!」

私が声を荒げるとレミィは素早い動作で土下座した。
やはりこの子は根っからの他力本願主義者だったか。
土下座するレミィに私はいくつかの質問をすることにした。

「順番に聞くわ。レミィが所有するスペルカードの枚数は?」
「い、一枚も持っておりません……」
「もしあなたが戦う羽目になったらどうする気だったの?」
「ガチバトルに持ち込もうかと……」
「それじゃルール違反じゃない。吸血鬼異変の時と同じようにまた妖怪の賢者にボコボコにされるわよ」
「おっしゃる通りですパチェ、じゃなかったパチュリーさん」
「最後にお願いよ。この霧を収めて」
「そ、それは……」
「できないと?」
「くうぅ……」

レミィは小さいうめき声を最後に黙り込んでしまった。
私はその姿にただ呆れるばかりだった。
そしてふと目をつむると、左手の人差し指で眉間に寄ったシワを押すように抑えこむ。

(はて、どうしたものか……)

目の前の困った友人をどう説得させようか。
暗闇の視界の中で、私は熟考する。
しかし熟考とは名ばかりなもので、答えは数分もしないうちに導き出された。
それは一片の迷いもない一つ答え。最も単純明快(シンプル)な答え。
なんでこんな簡単な答えを見つけられなかったのだろう。
私は妙な気持ちになりながら、依然頭を下げて黙り込むレミィに答えを口にした。

「協力してあげる」
「……え?」

レミィは気の抜けた声を出すと恐る恐る私の顔を見上げた。
一瞬、私が何を言ったのか分からなかったという顔をするレミィに私は続きを答えた。

「あなたの考える計画、私も協力してあげるって言ったのよ。
いいえ、私だけじゃないわ。
咲夜も、美鈴も、小悪魔も、他のメイド妖精たちも。みんな一丸となってあなたの手足となる。
博麗の巫女が襲来したならば、私たちは死力を尽くして戦うことでしょう」
「パチェ、どうして……!?」
「どうしても何もない。
この館の主はあなた。主が何かを願えば、その願いを叶えさせてやるのは部下としての役目よ。
それに……あなたと私は友達同士じゃない。困っている友達を助けてあげるのは、
友達として当然のことでしょう?」
「バヂェ~~!!」

私の言葉を聞いた瞬間、レミィは涙をぶわっと溢れ出すと私の胸元に飛び込んできた。
その勢いのよさによろめくと、私はたまらずレミィと共に仰向けに倒れ込んでしまった。
床に寝ながら泣きつくレミィの頭を私はよしよしと撫でながら、考えていた。
最終的に協力してあげるのは、どうにも変えられぬ運命のように仕様のないことなのだ、と。

(それに、自分の力で何とかしたら協力してあげるとも言っちゃったしね。本人はもう忘れてるだろうが)

「あ、ありがどう! ありがとうバチェ~!」

レミィは嗚咽をあげながら感謝の言葉を紡いでいた。
そしてその度に、上から私の胸元に頭を埋めてくる。
その力が強いもんだから、その圧迫度は半端じゃなかった。

「ちょっとレ、レミィ! く、苦しいぃ~圧迫されるぅ~」

もうこれ以上は限界だと悟った私は、苦痛の声をあげながら早く起きてくれと言わんばかりにレミィの肩をバンバン叩いた。
それに気づいたレミィは慌てたように私から離れる。

「はぁはぁ、危なかった……。
100年以上歩んできた人生の最期が、友人からの圧迫による圧迫死になるところだったわ……」
「ごめんごめん、あまりに嬉しすぎてつい」

レミィが照れながらそう言ってきた。
見ると、レミィの顔にはもうさっきまでの暗い表情を浮かべてはいなかった。
前に図書館で見せた、あの屈託のない無邪気な笑顔に戻っていたのだ。
私はそれを見て、どこか安心した気持ちになった。
そして、心に大きく一区切りついたのを感じるとすっと立ち上がる。
レミィもそれにつられるように立ち上がった。

それでは作戦会議の始まりだ。

「さて、と。それじゃあ、さっそく準備にとりかかるとしますか」
「よーし、頑張ろう! で、具体的に何から始める?」
「そうねぇ。まずは計画のことを紅魔館の住人全員にきっちり把握させておくことが最優先だと考えるわ。
 博麗の巫女が襲撃してきました、なんて急に言っても、ろくに統率も取れぬままやられるだけよ」
「そ、それはまずいわね。今すぐにでも住人全員をリビングに集めないと」
「それと各個人、弾幕ごっこの練習も必要ね。ルールを把握していたり、スペカを所有しているとはいえ、
 私を含めたほぼ全員が弾幕ごっこ初心者だもの。これも重要課題の一つね」
「うーん、弾幕練習はシビアな課題だねぇ。巫女が来る短い間に間に合うかね?」
「間に合うか、じゃなくて間に合わせる、よ。じゃなきゃ私たちは敗北の一途をたどることになる。
 あとそれから他人事のように言ってるけど、弾幕練習はレミィも含まれてるからね」
「どうして!?」

ここまで順調に進めていった会話は、突然発せられたレミィのたまげたような声によって一旦区切られた。

「……あのねぇレミィ」

私はもう覚悟を決めろというように言い始める。

「確かに私を含めた紅魔館の住人は協力するでしょうよ。
 でもね、あくまでこの計画はレミリア・スカーレットを主役として進めているのよ?
 前にも言ったけど、仮に全員が博麗にやられた場合、最後に対抗できるのはあなたしかいないの。
 そんなあなたがいざ戦う時に『スペルカード持ってないんで戦えませーん』なんて言ってみなさいな。
 それこそ吸血鬼異変の時と同じに実力行使でボコボコにされるのは確実なのよ。
 確実! そう、コーラを飲んだらゲップが出るっていうくらい確実なの!」
「で、でも通常弾だけならなんとか……」
「それだけで勝てるかー!」
「分かりました! 作ります! 私もスペカ作って弾幕練習参加させていただきます!」
「ん、わかればよろしい」

へこへこするレミィに、私は偉そうに(本当に偉そうに)一つ咳払いをした。
もはやどっちが主なのか分からなくなってきた私は
今の時期に限り主を交代してもいいんじゃないかとすら思った。

それにしても、と私は思考を直面する危機に切り替えた。

(それにしても、博麗の巫女はいつ来てしまうのか)

これが計画成功を左右する重要な問題の一つだ。
明日に来るのか明後日に来るのか、それとも……。
いずれにしろ『近いうちに必ずやってくる』というのは確定事項だ。
あぁ、残された時間は本当にわずかしかない。
そのわずかの間にどれだけやれるかが勝負処だろう。
とりあえずレミィが最低限レベル戦える状態にまでにしてあげなければならない!

(どうせやるんだったら絶対に成功させてやる……!)

心の中で私に似合わぬ闘志の炎がぽつぽつと燃えてくる。

「レミィ! やるんだったら絶対に成功させよう!」
「ええ、その為だったら何百枚でもスペルカード作ってやるつもりよ!」

ついにレミィも本気を出す気になったようだ。
元々赤い目が、さらに紅く染まっている。

「よーし、気合い入れるわよー!」
「「えいえい、おおーー!!」」

私とレミィは、互いに声を重ねて気合いを入れた。
高らかにあげた2つのこぶしに、強い決意を込めて。



◇◇◇



私には幼い姿をした悪魔の友人がいる。
人一倍わがままで、人一倍傲慢で、人一倍えらそうなその子は
いつも色んなことで私や他の周りの人たちを頭を悩ませていた。

そして今回も、私はあの子のお遊びに付き合ってあげる羽目になってしまった。
でも……うん、まぁいいか。これくらい無鉄砲じゃないとあの子らしくないものね。

紅魔館以外の人妖たちがこんなこと聞けば怒り心頭だろうなぁ……。
もし抗議されるようなことがあったなら、それは全て私が引き受けよう。
幻想郷の全ての住人がこの困った紅い悪魔を嫌っても、それでも私は、彼女の友達なのだから。

-終-
どうも、DNDNです。
前作から随分と時間が空いてしまいましたが、今作で4作目。
今回は紅霧異変をベースに、パチュリー視点で描いた物語となっております。

そして今回、執筆途中に思ったことが一つ。
紅魔館組は面白い!

それはもちろん他がつまらないとかそういう意味ではありません。
ただ今作が一番のびのびと楽しみながら執筆できたと思ったからです。

ここまで読んでくださった方々には感謝の気持ちでいっぱいであります。
本当にありがとうございます!
誤字脱字、感想などありましたら、コメントしていただけると嬉しいです。
また、SS実力向上スレの住人方にも少し前にお世話になったので
ここで一言お礼を申し上げたいと思います。
ありがとうございました。

それでは。

追記
・>>18の方、脱字のご指摘ありがとうございます。
 修正しました。
・つけ忘れていたタグもプラスしました。
・見つけた誤字修正。

DNDN ◆TAVUqmefO
DNDN
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コメント



0.1260簡易評価
7.100名前が無い程度の能力削除
おぜうさま、何ともアホの子に育ってしまってw
楽しかったです。
9.90名前が無い程度の能力削除
へたれみりあwww
しかし、レミリアさん貴女・・・この短い間に覚えた割りには強すぎませんか?
未だにLunaがクリアできないんですよ・・・もう少し・・・へたれてくださいませんかねぇ?
17.100名前が無い程度の能力削除
戦略もカリスマも0だけど
レミリア可愛いすぎ。

実は,裏で運命を操る程度の能力を駆使しまくってたりして....
18.80名前が無い程度の能力削除
脱字報告
>役に立ちそうな魔道書数冊をレミィに貸ことで協力してあげた。
「貸すこと」の「す」が抜けてますよ

にしてもなんというヘタレミリアw
霊夢や魔理沙と戦ってるときは心臓バクバクだったんだろうなぁw
24.90名前が無い程度の能力削除
「レッドマジック」「紅色の幻想郷」の時の心境を考えるとw