遥、彼方よりから、動植物は神として崇められてきた。
私の式でもある藍も、狐が妖力を持つことで尻尾の数が増えていく…。
やがては神にも至るほどの力を持つほどまでに成長する。
人間は、動植物の頂点に立っているようだけど、
それはただの傲慢でしかないことを知るべきじゃないのかしら?
人間は、動植物に生かされているということ。
それを知らなければ、近いうちに自ら破滅と向かうわ。
もしかしたら、もう戻れない片道切符をもって電車に乗ってしまったかもしれないけど。
東方御伽草子
大きい葛篭と小さい葛篭
昔、昔あるところに……爺と婆が住んでいた。
爺と婆は農作業を行ないながら、決して裕福でなくともそれなりの暮らしを行なっていました。ですが、ある年…旱魃に見舞われ、まったく作物が取れない時期があり、生活は困窮を極めました。婆は生活を切り詰めながら過ごすものも、爺のまったくの無欲さには、日頃から腹が立っていました。
「爺様、もう少し何か商売になることはないのかね?このまま残った食事じゃ、この先、くうていけへんよ」
「仕方が無いじゃーないか、婆様。これも神様の思し召しじゃ。ワシらには、今年は神様からお休みしろという忠告なんじゃ…」
「そんなこというてたら、本当に死んでしまうぞ?」
爺は、神様を信じており、自分達の行動はそれによって左右されていると考えており、ありのままを受け入れるという考え方をしているために、無欲となっていたのだ。婆はそんな爺にほとほと呆れ始めていた。
そんなときだった…、空腹で眠れぬ日々を過ごす二人の下、訪ねてくるものがおった。
「ごめんなさい、ちょっと……怪我をしてしまって」
それは年頃の若い娘であった。それにとても透き通るような声で…彼女は膝にケガをしていた。爺は彼女を招きいれた。大層に彼女の声に聞きほれたからだった。
「安心なされ、何も無い場所ではあるけれども……、ケガが癒えるまでここにいれば、いい」
爺の寛大な言葉に、その娘は嬉しそうに何度も頭を下げた。
話を聞けば、彼女は武士に弓で射られそうになり、逃げ続けた挙句、足を捻ってしまったということだった。爺は、まるで娘ができたかのように、彼女を可愛がった。
だが、生活に困窮している中で、人数が増えることはさらに自分達の料理を減らすこととなる。ただでさえ困窮した生活の中で、これ以上の食物の消費は厳しい
「爺様、あの子を追い出してくだされ。うちには……もう食べ物の余裕がないんですよ」
だが、爺は首を縦にふろうとはしなかった。
「傷ついたものを追い出すことは、神様は決して許しては下さらない。そんなことをしてしまったら、極楽浄土にいけなくなってしまう…」
婆はこれ以上、爺と話すのは無理だと判断した。
爺が勝手に、自滅するのはかまわないが、一緒に暮らす自分もまたそれに巻き込まれるわけには行かない。ここは、自らの手であの厄介者を追い払うしかないようだ。
若い娘は、家事手伝いをこなしながら、痛んだ足首をかばいながら、歌を歌う。その歌声に魅了された動物たちが集まって彼女の演奏会に聞き惚れる。
「ほんに、お主は…歌がうまいのぉ……」
爺は心穏やかにその声を聞き続けておった。
「……爺様、来年のためにも田植えのための種を買ってきては下さらんかの?」
「わかった……。歌を聴けなくなるのは残念だが、仕方が無い……」
そういって爺は、なけなしの金を持って、町にとおりていく。
爺がいなくなったのを見はかり、婆は台所から包丁を持ち出した。
歌を歌う若い娘めがけ、包丁をつきたてようとする婆。
それを察したのか娘の歌を聴いていた動物達が逃げ出す。
娘は悲鳴をあげながら、慌ててその場から逃げ出す。
婆は困窮した中で、お腹がすいていることもありストレスも溜まっていたのだろう。追い出すためだけにとった、その行動…。婆は我を忘れて、その娘を追いかけていく。
爺が帰ってきたとき、家には誰もいなかった。
爺は、婆の言動から娘を追い出したことを知り、慌てて、山奥にとはいっていった。
「おーい、おーい……娘やー、どこにおるんだぁ~」
既に日は落ちた山奥の中で、爺の声が山に響く。
爺がどこをどう歩いたかわからない中…、
林の中、切り裂かれた場所に大きな階段が見えてくる。
そして、そこに佇む、1人の白髪のおかっぱ頭の少女がいた。
「すまんの。ここに…ケガをした娘がこなかったか?」
その言葉に白髪の娘は頷く。
「あなたが、助けてくださった、お爺さんですか?どうぞ…こちらに」
少女の言葉に、娘は助かったのかと胸を撫で下ろした爺は、そのまま少女に連れて行かれる。
階段を上っていく爺。
とても幻想的な光景だった。
この階段はどこまで続いていくのだろう。
「…お爺さん。」
ふと、気がつくと…そこにはあの娘がおった。
そして娘とは別の女…、ピンク色の髪をした、娘以上に絶世の美しさをもった女だ。このような女は遠くの京にでもいかなければ出会うことはないだろうおもえる。
とにかく、今は娘が無事だったことを素直に喜ぼう。
「よかったなぁ、婆様がお前を追い出したと思った時は、肝が冷えてしまった」
爺はほっと息をつき、告げる。
「ありがとうございます。ありがとうございます……」
若い娘は、笑顔でこちらを見て何度も感謝の言葉を告げていた。
それからは、若い娘、おして美しい女と少女に酒を振舞われ、まるでこれが夢のような、楽しい、ひと時を過ごすに至った。
どれほどの時間が経っただろうか……。
「…お爺さん、そろそろ帰らなくては。あまりここに長居するのも……」
娘はふと、爺に小声で言った。
爺はそこで自分が随分とこの楽しさに惚けていたことを知った。
「そうじゃな…、婆様も心配するから、わしはそろそろ帰らせてもらおう」
その爺の言葉に女はふと不満そうな顔をしたが、少女と娘は帰り支度の準備を始める。爺は、その楽しいひと時に満足して元来た階段を下りようとした。
「お待ちください。お爺さん……」
美しい女が、ふと、大きな葛篭と小さな葛篭を持ってやってきた。
「これは私からの心からのお礼です。どちらか片方、お好きなほうをお持ち帰りください」
爺は葛篭を見比べながら…
「わしは、体力がないから…この小さな葛篭にするよ」
爺はそういって小さな葛篭をとろうとすると、女は笑顔で…
「わかりました……、それでは、そちらのほうをお持ち帰りください」
小さな葛篭をもった爺はそのまま階段を下りていった。
爺は、その後…家に戻ったものも、家事を行なう婆は姿を見せず、食事を取ることができずに、爺は亡くなった。
しかし、爺は…その小さな葛篭にはいっていた極楽浄土の切符を持ち、幻想郷の住人として生まれ変わることができたそうだ…。
いなくなった…婆は……。
ガタガタ…ガタガタ……。
幻想郷の白玉楼の、誰も入ることのない蔵には、いまだなお…その葛篭がときたま揺れる。
この世は無常
良きことするものが、必ず報われるとは限らない。
悪いことをするものが、必ず罰を受けるわけでもないわ。
お爺さんがそのまま餓死してしまうというのはちょっと可愛そうですけどねぇ…。
婆さんのその後を読んだときはちと恐ろしかったですが。
面白いお話でした。
誤字の報告
>そんなときだった…、空腹で眠れる日々を過ごす二人の下
『眠れぬ日々』ではないでしょうか?
>だが、爺は首を楯にふろうとはしなかった。
縦……ではないのですか?
とりあえず以上です。
しかしそこは幻想郷の歌姫。きっとお爺さんの為なら美しい歌を歌うんでしょうね。
婆さんは自業自得……なんですよね。やっぱり。おぉ怖い怖い。