いつもと変わらぬ幻想郷。
いつもと変わらぬ紅魔館。
ただ、紅魔館当主である吸血鬼のお嬢様には大いなる異変があった。
異変にいち早く気づいたのは、完全で瀟洒なメイド、実質上の紅魔館の顔―――十六夜咲夜であった。
この尊大で我侭で子供っぽい吸血鬼のお嬢様は、二度の幻想郷の危機?(天人大地震未遂事件・地下核熱大暴走未遂事件)に及ぶ異変に
自分が直接立ち会えない事に腹を据えかねていた様で、解決後しばらくは我侭が5割増しになっていた。
が、そこは紅魔館に住むパーフェクトメイド、動かないと言っている割には行動力がある大図書館、そして門番に定評のある門番らの獅子奮迅の活躍によって
お嬢様の無理難題を解決していった。最近ではお嬢様の我侭も収まり「もっと知識を広めてみようかしら」などと言い出し、紅魔館の図書館や魔法の森の
古道具屋に足を運ぶ日々が続いた。紅魔館の住人たちも、このままお嬢様が大人しくしているのであれば問題なかろうと暫しの安息を得ていた―――はずだったのだが。
「・・・ぐっ!『また』だわ・・・また疼き始めたわ・・・」
ある夜、紅魔館当主・・・レミリア・スカーレットは自室にいた。体じゅうから汗を垂らし、左手で胸を掻き毟るかの様に掴み、苦しげに呻いて。
己の中の『何かが』昂ぶっている。それは何なのか彼女自身にも解らなかった。いや、ソレが何のかはひょっとしたら解っているのかもしれない。
ただ、ソレを認めてしまうと何かが壊れて、戻ってこれなくなるような。そんな予感がしたのだ。だから彼女は必死に耐え、否定し、あらん限り抑え付けた。
―――力への、渇望を。
「違う」
モット、ツヨクナリタイノデショウ?
「違う」
モット、皆ヲ恐レサセタイノデショウ?
「違う・・・」
モット、強大ナ者ニナッテ、異変ヲ起シタイノデショウ?
「・・・違う!」
モットモットモットモットモット、強クナッテ、恐レサセテ、強大ニナッテ、誰モ解決デキナイヨウナ異変ヲ起コシテ、総テヲ壊シタイノデショウ?
「チガウ!!」
レミリアは吼えた。
自分はそんなに愚かではない。力を持ったものは幻想郷には多く居る。中には自ら異変を起こす者もいるだろう。だが異変を起こす者は『解決できる術』を持たないと
いけない。異変を起こす者は、解決する者に『倒されなければ』いけない。そうでなければ、幻想郷はあっという間に崩壊の一途を辿るだろう。
だが、己の中に流れる高貴な血がソレを許さなくなっていった。力を持ちながらも、倒されなければいけないという屈辱的な現実を。
―――いつまで、我慢しているのだ、と。
「違う・・・私は・・・違う・・・」
レミリアは呪詛のように否定の言葉を繰り返していた。間が空いてしまえば、そこからバラバラに崩れていくような感覚に襲われ、眠りに付くまで、
ただただ否定の言葉を繰り返していた。
そして、その様子を遠くで見つめ、銀のナイフを右手に握り締めている、赤い目があった。
数日後・・・紅魔館の深夜。完全で瀟洒なメイド、十六夜咲夜は事態の解決を図る為に吸血鬼の友人である図書館の主の元へと足を運んでいた。ついでに紅茶を頼まれて。
「それで、レミィの様子はどうだったの?」
「以前にも増して深刻になりましたわ。昨夜は眠りに付かれるまで、ずっとうわ言を呟いていましたし・・・」
「ふうん。重症・・・というか末期・・・というか。同じ事か」
友人の危機であるにも関わらず、図書館の主――― パチュリー・ノーレッジは表情一つ変えず、魔道書に目を通しながら答えた。
「様子がおかしくなったのは、古道具屋から本を買って、しばらくたった頃ね。普段は読書のドの字もなかったレミィが・・・あっと、最近は此処にも足を運んでたわね。
まあ、すぐに飽きて放りだしていたけれど。でも買って次の日から自室に篭りきりだったわね」
「そして、最初の報告から四日後・・・お嬢様は更に変わられてしまった、というわけです。・・・・・・・・・パチュリー様、あの本には何か得体の知れない魔法の様なモノでも
込められていたのでしょうか?私は手品は得意ですが、魔法にはとんと疎いものですから」
咲夜なりのジョークだったのだろうか。貴女の力も魔法とさして変わらないモノでしょう、という突っ込みとともに紅茶を飲み込んだパチュリーは、
ふうとため息をついた。『おもしろい本が手に入ったよ!』レミリアが嬉々として見せびらかしていた本にはなんの魔力も感じられなかった。飽きっぽい友人がそれほど興味を持つ本を読ませて貰ったが、実に面白くない内容だったのでさっさと返したが。
「あの本はなんの力も無いわ。第一、魔力をもった本でしかも読んだ者が呪われるような禁書なんて、この図書館にも幻想郷にも無いでしょう。あの隙間妖怪が
そんな危ない代物を野放しにしておくわけないだろうし・・・。でも、原因はやはりその本にある」
「堂々巡りですわね・・・」
今度は咲夜がふうとため息をつく。この問答もレミリアの異変から交わされてきたものだ。主の様子を報告、解決策を練る。原因が判明しているのに解決策がない。
袋小路に迷い込んだかのようだ。一体いつまでこの様な異変が続くのだろう?変わりゆく主を何も出来ずに只見つめるだけの日々が。
「いっそ、神社の巫女か隙間妖怪に頼っては―――」
「それは駄目」
パチュリーが咲夜の口を噤む。しかもジト目で見つめている。魔道書から顔を覗かせながら。
「事態が余計ややこしくなるだけ。それに、彼女らを巻き込んだらそれこそレミィの思う壺よ」
「はい?」
おや、この図書館の主は実は異変を解決する術を持っているのではないか?でなければ、「お嬢様の思う壷」なんて言わない筈だ。しかも今回は隙間妖怪や神社の巫女を
巻き込みたく・・・というか、介入させたくないようだし。咲夜は自分だけが解決方法がわからず、ただ徒に奔走しているだけではないのかという疎外感に囚われて、
少しだけ不機嫌そうに呟いた。
「・・・紅茶葉、少し節約しようかしら・・・少し薄めにしてもバレないわよね」
「聞こえてるわよ」
「失礼致しましたわ」
絶対わざとだ、このメイドは。レミィの教育がなっていないようだ。猫度をさらに減点しようと思ったが、確かに咲夜はここ数日奔走していたし
寝る間も惜しんでいる(かもしれない)様であった。このままでは心労で倒れてしまうかもしれない。ありえないことだが、主の事を思っての行動だ。
―――なら、そろそろこの異変も終わらせていいか。パチュリーは読んでいた魔道書をパタ、としまい本日二度目のため息をついた。
「ま、確かにこのまま放っておいたらロクな結果にならないね。それに、レミィにも少しお灸を据えないといけない様だし」
「あら、パチュリー様自らが出向くので?」
目を丸くしたメイド長に、図書館の主は顔を向けるでもなく動き出した。
「貴女もついてらっしゃい。あと、ある『呪文』を教えてあげるわ。それで全て解決するから」
「はあ。そんなモノで解決するのですか・・・魔法というのは便利ですね」
「今回のはちょっと強烈だからね。二人分だしレミィも死にはしないと思うけど・・・いや、ある意味死んじゃうか」
今さらっと問題を発言をしなかったか、この吸血鬼の友人は。
「しかしパチュリー様、私は魔法が扱えないのですが・・・」
「大丈夫、その呪文は言葉自体に魔力が宿っているわ。それに私がいるからそもそも問題ないしね」
じゃあ、自分が一緒にいる意味はなんなんだ。ふと自分の存在意義について考え出したが、答えの出ない疑問を考えても仕方が無いので思考を止めた。
と、同時に主人の部屋の前までついていた。時には別のコトも考えながら行動するのも悪くは無いな、と咲夜は一人納得していた。
「レミィ、おきてる?返事が無くても開けるけど」
今日のパチュリー様は押せ押せモードなのだろう。そういえば、この図書館の主は顔は無表情だが、行動時はどこか嬉しそうな雰囲気を醸し出している・・・気がする。
強引に扉を開け、明りの灯っていない主の部屋をこれまた強引に入っていく主の友人。親しき仲にも礼儀は・・・無かった。
「そう、来たのねパチェ。・・・・・・・・・咲夜も一緒か」
主には変化が無いようにも見受けられたが、紅い目は淀んでおり、まるで生気が無い。
「お嬢様。異変を解決しに来ましたわ」
「魅入られた力への渇望はもう終わりよ、レミィ」
咲夜がパチュリーの前に立ち、ナイフを構える。
それと同時にパチュリーは一冊の魔道書らしき物を宙に浮かべ速読する。
「異変・・・?解決?くっ・・・あははははははははは!無理無理、無理よあんた達には無理!もう遅い、遅すぎたわよ咲夜、パチェ!だって、私にはこんな素晴らしい
『力』があるんだもの!これさえあれば何も怖くない、もう私は幻想郷の仕来りなんかに縛られない!全てを服従させてやる!!」
レミリアは狂ったように笑い続け、二人に向かっていく―――
『紅月に夜に吼えろ、銀の剣と魔導く者!』
『紅月に夜に吼えろ、力に溺れた吸血姫!』
レミリアは目にも留まらぬ速さで部屋中を翔け回り、やがて壁に張り付く。刹那、ギラリとした笑みを浮かべ高らかに叫んだ。
「バッドレディスクランブル!!」
「―――咲夜、いくよ」
パチュリーが魔法の詠唱を開始する。
「―――いつでもどうぞ、パチュリー様」
咲夜がナイフを前に構え、唇を噛み締める。
「耐えるつもり?・・・あっははははははははは!!いいわ、貴女達がバラバラの細切れになるまで抉ってあげるわ!!」
レミリアが赤い螺旋を描きながら恐ろしい勢いで突進しはじめる。さながら赤くて巨大な氷柱が回転しながらこちらに落ちてくるような、そんな感覚。
「レミィ、貴女の負けよ」
詠唱を終えたパチュリーは小さく呟いて、大きく息を吸い込み・・・そして、二人は両手をあげ叫んだ。
「「終符・エターナルフォースブリザード!!」」
・・・
「パチェったらずるいわよー。あの魔法使わないって言ってたじゃないのよー」
お嬢様異変から数日、満月の夜で照らされたテラスで、友人と紅茶を啜っている紅魔館の当主はぶーたれながら友人に愚痴っていた。
本は悪影響が出すぎるとの事で、燃やされてしまった。
「『一人じゃ』使わないって言ったわ。咲夜となら構わないでしょう」
友人の愚痴を適当に聞き流しつつ、パチュリー読書に耽っていた。
「それにしても、あの本は結局なんだったのですか?」
主に紅茶の御代りを催促され、ひょいと現れた完全で瀟洒なメイドは二人に問うた。解決当時に聞いても秘密にされてしまった。
また自分を除け者にされたくなかったので、気になることは解消させておかなければならない。
「あぁアレ?外の世界から流れてきた珍しい本よ」
「それは何度もお聞きしましたわ」
「・・・力の無い人間が力を欲して、妄想を抱いて綴ったモノよ。あまりにも陳腐な内容だから、私はすぐに閉じたけど」
「あら?私は結構楽しめたわよ。ただの人間にしちゃ凝ってる内容だったしね。力を抑制するために手に包帯を巻いて行動するとか、
絶大な威力をもつ魔法を『それらしい』 詠唱で唱えるとかね。あ、そうだ今度美鈴にやらせましょうよ、右手に包帯」
「はあ」
生返事しか出てこなかった。主は人間の書いた妄想本に影響されて『それらしい』行動をしていたのだ。結局は、またお嬢様の我侭に付き合わされていただけなのだと
解った咲夜は、心の中で大きなため息をついたが、安堵していた。異変など最初から無かったのだ。
「それにしてもさあ。随分と早かったじゃない。遊びの終わり言葉を『エターナルフォースブリザード』にしようって決めたその次の日に来るなんて」
「・・・?私はその日から四日ほど間を置いて咲夜と来たのだけれど。ずっと部屋に篭ってたから日にちの感覚が無くなってたんじゃないの?」
パチュリーは怪訝そうな目でレミリアをじっと見つめた。レミリアは信じられないといった様子で、口をポカンとあけながら言った。
「まさか!だってあの日から寝て、おきたのはパチェ達が来た日よ?」
「「・・・」」
パチュリーは本に顔を埋めて、押し黙ってしまった。
咲夜も、明後日の方向に目をそらして押し黙ってしまった。
二人とも、心なしか冷や汗を書いているようにも見えた。
「ねえ、レミィ」
「何よ」
「・・・あの本、やはり燃やして正解だったわ」
この世界には、決して触れてはいけない物がある。それは個人の妄想が書き綴られた本だ。力を持たないものが書いても、呪文を宿す。
力のあるものが持てば本物になってしまうかもしれない。だから、もしこれを読んだとしても決して持ち帰らず、元のある場所にしまい、
存在を忘れ去るように願う。
パチュリー・ノーレッジの日記より抜粋
確かにおぜうさまやパチェさんだとほんとに使えそうだから困る…
だって幻想が実現するんだもの
むしろ危ないのは早苗さんのポエムノートだ