【注意】オリキャラ、オリ設定が含まれています。
そういうのが許せないという方は『戻る』をしてください。
諏訪の地は今、戦の真っ最中だ。
「洩矢神、我らは死ぬまであなた様について行く所存です」
戦は負けている。
負けも負け。完敗だ。
「そんな命を粗末にするようなこと言うでない」
「いえっ。何と言われようともこの気持ちに変わりありません」
ふふっ。
嬉しいことを言ってくれるじゃないか。
目の前にいる物騒な格好をした男達を見やる。
完敗した敵に一矢報いようと最後の突撃をしようと言うのだ。
「今日はもう休め」
「我らが心意気を受け止めて貰えるのですか?」
「それはできん」
「ならば、休みませぬ」
……困ったものだ。
さっきからこうして頑固に聞きやしない。
「はぁ。私はちょっと外すぞ」
「はっ。ですが、洩矢神が認めてくださるまで我らはここを動きませぬ」
「好きにせよ」
外に出る。
なんとか説得できないものか。
難しい気がする。あいつらは筋金入りの頑固者だ。
敵の前に膝を屈することをよしとしない。私みたいなやつに忠誠を誓ってくれている。
バカな奴らだ。
でもそれも嬉く思う。
空を見る。
綺麗な夜空だ。
こんな夜はあの時を思い出す……
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
その日、私は人間でいえば10代前半の姿で川原に来ていた。
普段は20代後半くらいの姿をしている。
祭事やらなんやらが嫌になった時にこの姿になって抜け出すのだ。
普段の姿をそのまま幼くしただけであるが、私がこんなことできるなんて知ってる人はいないと思うし、実はこれが本来の姿だったりする。
本来のこの姿は子供っぽすぎて神としての威厳がない。それにこうして抜け出す時に便利だ。
ということで普段は大人な女性として過ごしている。
「おっ? 人間が居る」
ちょうど私の姿の年齢と同じ位の年齢の男の子がいた。
「何してるの?」
気になって声をかけてみる。
「釣りをしてるんだ」
「釣り?」
「そう。この川の魚はうまいんだ」
「ふーん」
入れ物を見てやると何にも入ってない。
「ぷっ。何にも釣れてないじゃん」
「こ、これから始めるところだっ!」
そういうことにしておいてあげよう。
「じゃあ私も一緒にやっていい?」
「えっ!?」
「……だめかな?」
「い、いや。だめじゃない」
庶民の暮らしを知るのも神の仕事だよね?
「そういえば名前はなんていうんだ?」
「へっ?」
やばい、洩矢って言ったらバレる。
……テキトーに今決めちゃえ。
「諏訪子だよ。諏訪に生まれたから諏訪子。単純でしょ?」
はは……。自分で言ってて悲しくなる。
「いい名前だな。まるで諏訪の地を守っているみたいだ」
まるでじゃなくてそうなんですよ。
「俺は竜信だ」
「そっか。竜信か、よろしくねー」
「ああ、よろしくな」
「それよりこれどうやってやるの?」
「ああ、それはだな……」
二人で竿をたらし始めてからしばらく経った。
「釣れないなー」
「そんなに簡単には釣れんだろ」
「そっちは結構釣れてるのに?」
「経験の差さ」
むう。なかなか難しいものだ。
そう思ってたら腕ごと持っていかれるような勢いで竿が引っ張られた。
「お? おお?」
「おい! なにしてんだよ! 早く竿を……ええい、貸せっ!」
「あ、ちょっと何すんのさ」
二人で竿を取り合っていると、
「「わわわわわわわ」」
バランスを崩して二人して川に落ちてしまった。
「ちょっとあんたねえ。なんてことしてくれるんだい」
「なっ!? お前がもたもたしてるからだろ」
「「……」」
「プッ。あははははははははは」
「な、なんだよ急に」
「だって、あんた髪の毛、お化けみたいになってる」
「げっ。み、見るなっ」
やばい笑いが止まらない。
「おっ、お前だって服が……」
「服?」
げっ。
す、透けてる~?
「こっち見んなー」
「それ、俺がさっき言った」
「うっさい、どうにかしろ!」
「あー、じゃあ火でも焚くか。服を乾かすついでに魚も焼こう」
「おー、いいねえ」
二人で火を焚き、魚を焼いた。
「おいしいね」
「そりゃな。俺が味付けしたんだからな」
「……」
「わかってるよ。大自然や神様に感謝ってな」
うむうむ。
「ねえ。よく此処に来るの?」
「おう。魚が食べたくなったら此処の来い。大抵はいるから」
「ふーん」
そろそろ暗くなってきた。
もう帰らないとなあ。
「じゃあ、私もう帰るね」
「おう、じゃあな」
これが彼との出会いだった。
それから数年が経った。
私達はあれから幾度となく会い、いつしか会う日が暗黙の了解で決まっていた。
色々なことを話したり、やったりした。主に釣りだったが、たまに武芸の稽古とかもした。
それはそれはとても楽しかった。
祭事やら戦やらで気がめげそうになった時に竜信に会うと元気がでた。
出会った当時は生意気そうにしか見えなかった竜信も立派な好青年になっていた。
私は年月が経つにしたがって容姿を成長させていく。
……この誤魔化しもそろそろきかなくなる。
容姿を変えているといっても普段人に見せている姿を若返らせただけなのだ。
このままでは確実にバレてしまう。
そうすると今までの関係が全て壊れてしまうだろう。
それは嫌だ。
……もしかしたらもう向こうは私が洩矢の神だということはわかっているかもしれない。
だとしたら何も言ってこないのは彼の優しさだろう。
もう言ってしまおうか?
するとどうなる?
彼は優しいから許してくれるかもしれないが、私が神だと知ったら私に対する態度も変わるだろう。
私は今の、対当な関係が好きなのだ。
でも、いずれバレてしまう……。
よしっ。今日は丁度、彼と会う日だし。
今日打ち明けることにしよう。
そう決心していつもの川原へ向かった。
「よ、よう」
「やっほー」
よし、なんとか普通に挨拶できた。
「……」
「??」
あれ? 彼の様子が変だ。
「どうしたの?」
言い出しずらいじゃないか。
……もしかして、私のことがバレたんじゃ。
「あ、あのさ。お前に渡したい物があるんだ」
「いや、あのそれは……へっ?」
「だから渡したい物があるんだ」
よかった。そんなことか。
……よくはないか。どうせ私が言わなくちゃいけないことだし。
でも今言うのはあれだよね? 空気読めてないよね?
「これだ」
「わー、かわいい」
渡されたのはくりっとした目玉のついた帽子だった。
「ほ、本当はもっと前に渡すつもりだったんだ。お前が蛙好きって知った時に作ったからな。でもなんかこう、恥ずかしくってなあ。また今度、また今度っていってるうちに今日になってしまったというわけさ」
「ふーん、ありがと。大事にするよ」
早速かぶってみる。
うむ、ぴったりだ。
「でもさ。私が蛙好きって知ったのって、随分前のことじゃない? 一月とかそんなんじゃなくて、一年や二年くらい前のことじゃない?」
「だーかーらー。恥ずかしかったんだよ」
「これ、もしかして手作り?」
「そ、そうだよ。悪いか!」
「ふふ。悪くないよ。むしろ嬉しいよ」
「じ、じゃあ文句言うな!」
「文句なんて一言も言ってないよ?」
「うるさい」
そう言うと竜彦は釣竿を掴んでとっとと行ってしまう。
「あっ、待ってよー」
まだ言わなくていいよね? 今日の別れ際に言えばいいよね?
その問いには誰も答えてくれなかった。
「妙に上機嫌だな」
「そう見える?」
「ああ。いつもならそろそろ俺にちょっかいかけてくるころだからな。釣果が全然よくないのにそんなことをしない時は機嫌がいい時か悪い時だ」
「じゃあ機嫌が悪いのかもしれないんじゃない?」
「む、そうなのか?」
「あのねぇ、そっちから言ってきたんでしょう」
こいつはたまによくわかんないことを言う。
「まっ。確かに機嫌はいいけどね」
嘘だ。
心の中では不安でいっぱいだ。
何も考えられないからボーっとしていただけだ。
「なんでまた?」
「誰かさんから予想だにしていなかった贈り物を貰ったからかしら」
「そいつはよかった」
「それより何か言うことあるんじゃない?」
「えっ!?」
「あのねぇ。自分から帽子を贈っておいて、せっかくかぶってあげたのに感想も何もなにの?」
「あーそうゆうことか」
こいつは……。
「なんというか。もともと子供っぽかったのにさらに子供っぽくなったな」
「なんじゃとー!」
こいつは一発殴らないと気が済まない。
というかそれが言いたいが為にこの帽子を持ってきたんじゃなかろうか?
「むが~」
「うわっ。ちょっ、暴れるなよ」
「わっ」
竜信に殴りかかろうとした私だったが、立っていた場所が滑りやすくなっていたようで、足を滑らせてしまった。
「だぁぁ」
……あれ? いつまでたっても衝撃がこない。
目をつぶっていた私は目を開けてみる。
「おいおい、だから暴れるなって言っただろ」
「え、あ……」
竜信に抱きかかえられていた。所謂、お姫様抱っこのかたちで。
「~~~~~っ!?」
「うーむ、しかしお前って意外と軽いんだな」
意外とだと? 失礼な奴だな。
っていうか近い。主に顔が近い。
あっ、こいつ近くで見ると美形かも……。
「って違うわっ!」
「な、なんだぁ?」
「おろせぇ~~」
「わかった、わかったから。暴れるな」
そう言うと降ろしてくれた。
……ちょっと名残惜しい気もするが。
「「……」」
なんか変な雰囲気だなぁ。
「あー、そろそろ魚焼かないか?」
「え? あ、うん。そうだね。そうしよう」
二人で薪などを集めて火をおこす。その火の周りに円を描くように串に刺した魚を置いていく。
「ふぅ。これでいいか」
「そうだね」
二人で魚が焼けるのを待っていると
「あのさ。ちょっと話があるんだけどさ」
「え?」
まさか、ついにあの話がくるんだろうか。
「今日でもう、ここで会うことはできなくなると思う」
「えっ!?」
それは、どういうことだろうか?
「話したかどうかは忘れてしまったが、俺は諏訪を守る為の兵隊になりたかったんだ。そして遂にそれが叶ったんだよ。でもそうすると訓練とか警備とか戦とかで忙しくなるだろうから、もう此処に来ることもできなくなるだろう。それを伝えたかったんだ。今日帽子を持ってきたのもそのためだ」
「……そっか」
それなら私のことも正直に今言ってしまおうか。
「それに、俺の祖父も父も諏訪を守るために命をかけていたし。俺もそういう生き方がしたい。俺がぬくぬくと生きていたら東風谷の名が廃ってしまう」
東風谷? 確か結構力のある一族だったような気がする。
でも、確か前の戦で……。
恨んでないだろうか。私の指揮のせいで大切な人の命が亡くなってしまったのに。
私があの話をするのを躊躇っていると
「そ、それでさ……。あのさ、その……」
「??」
「俺と共に生きてはくれないか?」
「っ!?」
とんでもないことを言い出した。
「そ、それは。ど、どういうことかな?」
頭が理解を受け付けない。
「あー、つまりだな。俺の。その、妻になってくれないか? ということなのだが」
「~~~~っ!?」
もうどうしたらいいかわからない。
「そ、そんな。えっと、私は、その……困る」
何も考えられなくなり、走り出す私。
「おいっ。ちょっと、待てよ」
何も考えられない。何も聞こえない。どうすればいいのかわからない。
「はあ、はあ」
どれだけ走ったかわからない。
私はいつしか丘の上まで来ていた。
空はいつのまにか満点の星空となっていた。
「うぅぅ」
私は何と答えればよかったのだろうか。
まさかこんなことになるなんて。
このままにしておいても竜信が兵となる以上、それの一番上に立つ私と目を合わせることもあるだろう。力のある一族なら尚更。
その時にバレてしまったらどうすればいいのか?
万が一バレなくても私は冷静に対応できるのだろうか?
わからない。わからないよ。
こんなことになるなら人間として生まれてくればよかった。
「やっと見つけた」
「え?」
急に後ろから声が聞こえたかと思って振り向くと、そこには息を切らせた竜信が立っていた。
「急に走り出したから驚いたぞ」
「ごめん……」
「俺の方こそ急に変な話をしてごめん。さっきのは忘れてくれ」
「そうじゃないっ!」
そうじゃないんだよ。
「?」
「竜信は何も悪くないよ。悪いのは……悪いのは全て私だよ」
「どういうことだよ?」
覚悟を決めろ! 私っ!
「そ、それは、その。私は……」
「諏訪子が?」
「私はこの諏訪の地を治める洩矢の神なのよ」
「……」
「今まで黙っていてごめん」
「……」
「騙していたつもりはないんだけど、なんていうか言ってしまったらあなたとの関係が終わってしまうと思って。……でも、黙っていたんだったら騙していたのとおなじだよね」
「そんなことは……」
「だけど、結構嬉しかったなぁ。竜信があんなこと思っていたなんて。考えてみれば私もあなたのこと好きだったのかもね」
「諏訪子……」
「ふふっ、まだ諏訪子って呼んでくれるのね。でも、幻滅したでしょ? この諏訪の地を守っている神がこんなのだっていうのもあるけど、今まで騙していたこと」
「だから、そんなことないっ!」
「ありがと。でもっ」
「うるさいなっ! そんなことは俺は気にしないっ!」
そう叫ばれたかと思うと私は竜信に抱きしめられていた。
「ち、ちょっと」
「お前がどういう存在だろうと、お前がどう思っていようと、諏訪子は諏訪子だ。俺の愛した諏訪子なんだよっ!」
「で、でもっ!」
「まだわからないのか? こうすればわかるだろっ!」
そう言うと竜信の顔がどんどんと近づいてきて……
唇と唇が重なった。
どれくらいそのままの状態だったのだろうか。短かったような気もするし、長かった気もする。
「これでわかっただろ?」
「ばかっ」
本当にばかな奴だ。
「わかればよろしい」
その腕の中は温かかった。
それから数年が経った。
あの後、皆に私と竜信のことを話した。
反対されるだろうと思っていた私はどう説得するか考えていたので、盛大に歓迎されたことに少々拍子抜けもした。
それどころかからかわれる始末だ。
でも、嬉しかった。
なんだかこの諏訪の地の一員になれた気がした。
今まではこの地を統括する洩矢の神として祭り上げられ、人間達からは常に尊敬を浴び、信仰されてきた。
同じ神々には祟り神『ミシャグジ』を統括する土着神の頂点として畏れられてきた。
対当に接してくれるものはおらず、どことなくつまらない日々を送っていたものだ。
それが竜信とのことを発表してからというもの、人間の皆は親しく接してくれるようになった。他の神々は相変わらずだったが。
「物見から敵が迫ってきたいるとの報告が入りました」
またか。
近頃、中央の連中が頻繁に攻めて来るようになった。
前からちょくちょく攻めてきてはいたが、本当に最近は多い。
「数は?」
「はっ。二千から三千かと」
「じゃあ、いつもの手で」
「わかりました」
基本的に中央の連中と戦をする時にはこちらの方が数は少ない。
諏訪の戦力は精々五百、無理してかき集めてやっと千といったところだ。
それが二倍、三倍の敵に勝つ為に一番適した方法は策によって奇襲をかけることである。
もちろん、いつも同じ手を使っている訳ではない。
それに我らには最新の兵器、『鉄』がある。
さっきのは合い言葉みたいなもの。
他には『いつもと一緒で』や『いつも通りに』などで策を伝える。
敵に策がばれてはどうしよもない。
今回は盆地に誘い込み周りから一斉に攻撃をする策だ。
「むむむ、見てるだけっていうのも存外暇なものね」
いつもなら私が敵を誘い込む役をかってでているのだが、とある事情で今回は戦闘に参加できない。
代わりにその役は竜信がやることになっていた。
竜信はもともと武芸に秀でていたのだが、私が兵法や用兵術などを教えるとみるみるうちにその知識を吸い込んでいき、もう教えることはほとんどなくなっていた。
まさかここまで優秀だとは思わなかった。
今では皆から信頼される存在となっている。
彼を尊敬し、憧れている人をいるほどだ。
「まあ、それぐらいになってくれないとねぇ」
戦場となるであろう盆地が一望できる高台から眺めながらしみじみと思う。
まだまだ戦場は静かだ。
だが戦場特有の緊張感がピリピリと伝わってくる。
「……そろそろかね」
竜信が率いる誘い出すための部隊はここからは見えないが何度も戦場に出たからであろうか、なんとなくそんな雰囲気になってきていることが臭いでわかる。
まだか……。
戦なんて好きではないのに、いざ戦場に立つと体の血が昂ぶってくる。
「ふぅ。私はこの戦にはでることができないっていうのに」
「ウオオオオオオオオオッ!」
私が溜息をついたとほぼ同時くらいに凄まじい雄たけびが聞こえてきた。
始まったようである。
「大丈夫よね……?」
彼は普段は冷静沈着なのだが、結構熱くなりやすいところがあってちょっと心配だ。
そんな心配をよそに作戦は恙無く進んでいるようだ。
敵をうまく盆地にまで誘い込みつつある。
「ここまで来ればもう大丈夫でしょ。……ん?」
ちょっと我が軍が乱れた気もしたがそれも一瞬のことだったのであまり気にしないことにした。
誘い込み作戦はうまくいき、敵は盆地の中にいる。
ここで今まで隠れていた部隊が一斉に攻撃を仕掛ける。
今まで楽勝とばかりに逃げていた我が軍の追撃にばかり気をとられていた敵軍は完全に不意をつかれた形となり、動揺しているのがここからでもわかる。
しばらくすると敵軍の陣形は完全に崩れた形となり、蜘蛛の子をちらすように逃げ始めた。
我が軍は敵軍をきっちり包囲しているわけではない。
逃げ口ともいえる箇所をわざと空けてある。
こうしておけば敵の死にもの狂いの攻撃に晒されることもないし、逃げるであろう場所をこちらで決めることができる。
戦闘が始まってから数刻、勝敗は完全に着き我らの勝利であった。
「今夜は宴か……。楽しみだなぁ」
それにしても、中央でなにかあったのだろうか?
本当に最近はこれが多い。
「まぁ、私の知ったこっちゃないか」
中央のことは中央でなんとかするだろう。
「洩矢神。大変です」
「ん? どうかしたの?」
なんだか大層慌てている。
表情からするとあまりいいことではないようだ。
「それが……その……」
「??」
「東風谷様が、東風谷様が先の戦で重傷を負われました」
「はあっ!?」
「医師の話では助かる見込みはほとんどないかと」
「……もう一度言ってくれない? よく聞こえなかった」
本当は聞こえていた。
聞こえていたが、頭が理解することを拒否していた。
「ですから、東風谷様が戦場にて重傷を負われました」
「なっ、なんで? 戦は作戦通り完勝だったじゃない」
「そ、それは敵軍を誘い出している時にこうでもしないと敵は乗ってきてくれないと言われまして、お一人で……」
あの時、我が軍が少し乱れた時か……。
「今どこにいるの?」
「はぁ?」
「だから、竜信はどこにいるのかって聞いてるのっ!」
「はっ、おそらく神社かと」
「っ!」
竜信の居場所を聞いたとたん体が勝手に走り出していた。
一緒に生きようって言ったのは嘘だったのか?
勝手に一人で死んでいくなんて身勝手すぎる。
そりゃ、私は神であいつは人間なので向こうが先に居なくなることはわかっていたが、こんなに急なんてひどすぎる。
それに……、私のお腹には……。
「竜信っ!」
飛び込んだ先には血だらけになった竜信が寝ていた。
「な、な、な……」
うまく声が出せない。
「バ、バッカじゃないのっ!? 勝手に死ぬなんて許さないんだからね」
「す、すまん」
「あやまるくらいなら死ぬなぁぁ」
「……」
「うっうっうっ」
だめだ。
わかっている。
落ち着こう。
「ごめん。ちょっと、取り乱したわ」
私がこんなに取り乱していたら、竜信も言いたいことも言えない。
「ふっ。まあ、慌てている諏訪子なんて滅多に見れるもんじゃないし、いいさ。それにあやまるのはこっちだし」
「……」
「それにしても情けないな。諏訪の地に平穏が来るまでは死ねない。諏訪子と一緒にその時を見届けたいと思っていたのに」
「……じ、じゃあ生きればいいじゃない」
「それは無理だろう。諏訪子も……わかっているんじゃないか?」
「そ、それは……」
わかっている。
だけど、認めたくないものは認めたくない。
「ああ、残念だなぁ。生まれてくる子供の顔すら拝むことができないなんて」
「ホントだよ」
「す……わ……をまも……りたかっ……た」
急に声に元気がなくなった。
どうやら今まで無理をしていたようだ。
「わかった。わかったから。もうむりにしゃべらなくていいから」
もう目が霞んでよく見えない。
「そ……なに……なくな」
「泣かないわけないでしょ」
「そう……か。それは……うれし……な」
「だから、もうしゃべるなって!」
「おれ……はおまえを……しあわせにで……きたか?」
「うん。うん。あなたは私を十分に幸せにしてくれた。あなたと会ってから本当に楽しく過ごすことができるようになった。御礼がまだすんでないのよ。だからまだ死なないでよっ!」
「えが……お」
「えっ?」
「わらって……くれ……」
何言ってるんだこいつは。
まるで最後のお願いみたいじゃないか。
じっと私の顔を見てくる竜信。
やがてその視線に耐えられなくなり。
「わかったわよ」
笑顔を無理矢理つくる私。
ちゃんと笑えているだろうか?
この笑顔で竜信は満足してくれているのだろうか?
「すまん……ありがと……」
そう言うと竜彦はふっと笑い、そのまま動かなくなった。
「竜信? 竜信っ! うわぁぁぁぁぁぁぁ」
私は竜信に覆いかぶさって泣いた。
一晩中泣いていたらしく、気付いた時には一日が過ぎていた。
竜信が死んでから一週間後、彼はあの時私を追いかけて抱きしめてくれた丘の上に埋葬された。
私は今その場所に来ている。
あの夜と同じような満点の星空だ。
「ここに来るとあの夜のことを思い出すよね」
……誰も何も答えてくれない。
「あの時は本当に嬉しかったなぁ」
当然だ。
「それからというもの、私の生活は幸せそのものだったよ」
竜信はもう……。
「なのにっ。なのにっ。なんで」
もう……もう……。
「いなくなちゃうのよぉ」
私の隣には……いないのだから。
「うぅぅぅ。ばかぁ」
そうだ。こいつは大バカ野郎だ。
「見てなさいっ! 私がこの諏訪の地に平穏をもたらす様子をっ!」
そんな大バカ野郎には罰を与えてやる。
「そこで何もできずに指を咥えて見てるといいわ。あなたができなかったことを私がやってのける様を」
そこで『俺も見たかった』と悔しがってるがいいさ。
「本当、バカなんだから……。うぅぅ」
絶対に悔しがらせて見せる。
だから……
だから……
そこで見てなさいよっ!
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
あれから数年、私は幾度となく攻め寄せてくる中央の軍に立ち向かい、そのたびに追い払ってきた。
だけど何度勝っても奴らは攻めてきて諏訪の地はどんどん疲弊していった。
それでも私達は戦った。
皆私についてきてくれた。
いつしか平穏の時が訪れるのを信じて。
だけど今度の奴らは違った。
私達の最大の武器である『鉄』が効かない。
それに八坂とかいう神は軍略にも長けているようで私達の作戦も裏をかかれてばかりだ。
情けない。
あいつの墓の前で誓ったことは何だったのだろうか。
ねえ、竜信は今がっかりしているのかな?
『平和な諏訪が見たかった』って。
それとも笑ってる?
『結局お前にもできなかったじゃないか』って。
「うぅぅ。どうしたらいいの?」
私は胸に抱いているいつか竜信から貰った帽子に問いかける。
答えは……返ってこない。
当たり前だ。
それは竜信から貰った帽子であって、竜信ではないのだから。
「母上さま、ないてるの?」
ふと後ろから声がかかり振り返ると、まだまだ幼い我が娘がいた。
「どうしてないているの? かなしいことがあったの?」
心配そうに見上げてくる。
「なんでもないわよ」
いけない。
こんな小さな娘にも心配させるなんて。
「でも、母上さまないてるよ?」
「大丈夫よ」
そう言って頭を撫でてやる。
「あっ、そうだ。元気がでるおまじないをしてあげる」
「え?」
娘が手を上げると優しい風が起きて私達の周りを包み込んだ。
この子ってばいつの間にこんなことできるようになったんだか。
「ありがとう。元気がでたわ」
そう言って笑いかけてやる。
「えへへ~~」
娘も笑う。
ふとその笑顔が竜信の笑顔と重なった。
「っ!?」
「どうしたの? ってわふ」
気が付いた時には娘を抱きしめていた。
「苦しいよ~~」
守りたい。
この娘の笑顔も、この諏訪の皆も。
「まだ私にもできることがあるはずよね?」
再度、帽子に問いかける。
帽子の目が少し笑った気がした。
頑張ろう。
さしあたってまずすべきことはあの頑固者たちの説得か。
次にできるだけこちらに被害がでない条件で八坂の神に降伏を申し出よう。
いざとなったら私の命を捧げる覚悟で。
「あっ」
その時一陣の風が起き、帽子が空に舞った。
それはまるで私を、私達を応援するための舞のようだった。
「きっと、うまくいくよね?」
帽子は頷くように、フワリと地面に舞い降りた……。
そういうのが許せないという方は『戻る』をしてください。
諏訪の地は今、戦の真っ最中だ。
「洩矢神、我らは死ぬまであなた様について行く所存です」
戦は負けている。
負けも負け。完敗だ。
「そんな命を粗末にするようなこと言うでない」
「いえっ。何と言われようともこの気持ちに変わりありません」
ふふっ。
嬉しいことを言ってくれるじゃないか。
目の前にいる物騒な格好をした男達を見やる。
完敗した敵に一矢報いようと最後の突撃をしようと言うのだ。
「今日はもう休め」
「我らが心意気を受け止めて貰えるのですか?」
「それはできん」
「ならば、休みませぬ」
……困ったものだ。
さっきからこうして頑固に聞きやしない。
「はぁ。私はちょっと外すぞ」
「はっ。ですが、洩矢神が認めてくださるまで我らはここを動きませぬ」
「好きにせよ」
外に出る。
なんとか説得できないものか。
難しい気がする。あいつらは筋金入りの頑固者だ。
敵の前に膝を屈することをよしとしない。私みたいなやつに忠誠を誓ってくれている。
バカな奴らだ。
でもそれも嬉く思う。
空を見る。
綺麗な夜空だ。
こんな夜はあの時を思い出す……
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
その日、私は人間でいえば10代前半の姿で川原に来ていた。
普段は20代後半くらいの姿をしている。
祭事やらなんやらが嫌になった時にこの姿になって抜け出すのだ。
普段の姿をそのまま幼くしただけであるが、私がこんなことできるなんて知ってる人はいないと思うし、実はこれが本来の姿だったりする。
本来のこの姿は子供っぽすぎて神としての威厳がない。それにこうして抜け出す時に便利だ。
ということで普段は大人な女性として過ごしている。
「おっ? 人間が居る」
ちょうど私の姿の年齢と同じ位の年齢の男の子がいた。
「何してるの?」
気になって声をかけてみる。
「釣りをしてるんだ」
「釣り?」
「そう。この川の魚はうまいんだ」
「ふーん」
入れ物を見てやると何にも入ってない。
「ぷっ。何にも釣れてないじゃん」
「こ、これから始めるところだっ!」
そういうことにしておいてあげよう。
「じゃあ私も一緒にやっていい?」
「えっ!?」
「……だめかな?」
「い、いや。だめじゃない」
庶民の暮らしを知るのも神の仕事だよね?
「そういえば名前はなんていうんだ?」
「へっ?」
やばい、洩矢って言ったらバレる。
……テキトーに今決めちゃえ。
「諏訪子だよ。諏訪に生まれたから諏訪子。単純でしょ?」
はは……。自分で言ってて悲しくなる。
「いい名前だな。まるで諏訪の地を守っているみたいだ」
まるでじゃなくてそうなんですよ。
「俺は竜信だ」
「そっか。竜信か、よろしくねー」
「ああ、よろしくな」
「それよりこれどうやってやるの?」
「ああ、それはだな……」
二人で竿をたらし始めてからしばらく経った。
「釣れないなー」
「そんなに簡単には釣れんだろ」
「そっちは結構釣れてるのに?」
「経験の差さ」
むう。なかなか難しいものだ。
そう思ってたら腕ごと持っていかれるような勢いで竿が引っ張られた。
「お? おお?」
「おい! なにしてんだよ! 早く竿を……ええい、貸せっ!」
「あ、ちょっと何すんのさ」
二人で竿を取り合っていると、
「「わわわわわわわ」」
バランスを崩して二人して川に落ちてしまった。
「ちょっとあんたねえ。なんてことしてくれるんだい」
「なっ!? お前がもたもたしてるからだろ」
「「……」」
「プッ。あははははははははは」
「な、なんだよ急に」
「だって、あんた髪の毛、お化けみたいになってる」
「げっ。み、見るなっ」
やばい笑いが止まらない。
「おっ、お前だって服が……」
「服?」
げっ。
す、透けてる~?
「こっち見んなー」
「それ、俺がさっき言った」
「うっさい、どうにかしろ!」
「あー、じゃあ火でも焚くか。服を乾かすついでに魚も焼こう」
「おー、いいねえ」
二人で火を焚き、魚を焼いた。
「おいしいね」
「そりゃな。俺が味付けしたんだからな」
「……」
「わかってるよ。大自然や神様に感謝ってな」
うむうむ。
「ねえ。よく此処に来るの?」
「おう。魚が食べたくなったら此処の来い。大抵はいるから」
「ふーん」
そろそろ暗くなってきた。
もう帰らないとなあ。
「じゃあ、私もう帰るね」
「おう、じゃあな」
これが彼との出会いだった。
それから数年が経った。
私達はあれから幾度となく会い、いつしか会う日が暗黙の了解で決まっていた。
色々なことを話したり、やったりした。主に釣りだったが、たまに武芸の稽古とかもした。
それはそれはとても楽しかった。
祭事やら戦やらで気がめげそうになった時に竜信に会うと元気がでた。
出会った当時は生意気そうにしか見えなかった竜信も立派な好青年になっていた。
私は年月が経つにしたがって容姿を成長させていく。
……この誤魔化しもそろそろきかなくなる。
容姿を変えているといっても普段人に見せている姿を若返らせただけなのだ。
このままでは確実にバレてしまう。
そうすると今までの関係が全て壊れてしまうだろう。
それは嫌だ。
……もしかしたらもう向こうは私が洩矢の神だということはわかっているかもしれない。
だとしたら何も言ってこないのは彼の優しさだろう。
もう言ってしまおうか?
するとどうなる?
彼は優しいから許してくれるかもしれないが、私が神だと知ったら私に対する態度も変わるだろう。
私は今の、対当な関係が好きなのだ。
でも、いずれバレてしまう……。
よしっ。今日は丁度、彼と会う日だし。
今日打ち明けることにしよう。
そう決心していつもの川原へ向かった。
「よ、よう」
「やっほー」
よし、なんとか普通に挨拶できた。
「……」
「??」
あれ? 彼の様子が変だ。
「どうしたの?」
言い出しずらいじゃないか。
……もしかして、私のことがバレたんじゃ。
「あ、あのさ。お前に渡したい物があるんだ」
「いや、あのそれは……へっ?」
「だから渡したい物があるんだ」
よかった。そんなことか。
……よくはないか。どうせ私が言わなくちゃいけないことだし。
でも今言うのはあれだよね? 空気読めてないよね?
「これだ」
「わー、かわいい」
渡されたのはくりっとした目玉のついた帽子だった。
「ほ、本当はもっと前に渡すつもりだったんだ。お前が蛙好きって知った時に作ったからな。でもなんかこう、恥ずかしくってなあ。また今度、また今度っていってるうちに今日になってしまったというわけさ」
「ふーん、ありがと。大事にするよ」
早速かぶってみる。
うむ、ぴったりだ。
「でもさ。私が蛙好きって知ったのって、随分前のことじゃない? 一月とかそんなんじゃなくて、一年や二年くらい前のことじゃない?」
「だーかーらー。恥ずかしかったんだよ」
「これ、もしかして手作り?」
「そ、そうだよ。悪いか!」
「ふふ。悪くないよ。むしろ嬉しいよ」
「じ、じゃあ文句言うな!」
「文句なんて一言も言ってないよ?」
「うるさい」
そう言うと竜彦は釣竿を掴んでとっとと行ってしまう。
「あっ、待ってよー」
まだ言わなくていいよね? 今日の別れ際に言えばいいよね?
その問いには誰も答えてくれなかった。
「妙に上機嫌だな」
「そう見える?」
「ああ。いつもならそろそろ俺にちょっかいかけてくるころだからな。釣果が全然よくないのにそんなことをしない時は機嫌がいい時か悪い時だ」
「じゃあ機嫌が悪いのかもしれないんじゃない?」
「む、そうなのか?」
「あのねぇ、そっちから言ってきたんでしょう」
こいつはたまによくわかんないことを言う。
「まっ。確かに機嫌はいいけどね」
嘘だ。
心の中では不安でいっぱいだ。
何も考えられないからボーっとしていただけだ。
「なんでまた?」
「誰かさんから予想だにしていなかった贈り物を貰ったからかしら」
「そいつはよかった」
「それより何か言うことあるんじゃない?」
「えっ!?」
「あのねぇ。自分から帽子を贈っておいて、せっかくかぶってあげたのに感想も何もなにの?」
「あーそうゆうことか」
こいつは……。
「なんというか。もともと子供っぽかったのにさらに子供っぽくなったな」
「なんじゃとー!」
こいつは一発殴らないと気が済まない。
というかそれが言いたいが為にこの帽子を持ってきたんじゃなかろうか?
「むが~」
「うわっ。ちょっ、暴れるなよ」
「わっ」
竜信に殴りかかろうとした私だったが、立っていた場所が滑りやすくなっていたようで、足を滑らせてしまった。
「だぁぁ」
……あれ? いつまでたっても衝撃がこない。
目をつぶっていた私は目を開けてみる。
「おいおい、だから暴れるなって言っただろ」
「え、あ……」
竜信に抱きかかえられていた。所謂、お姫様抱っこのかたちで。
「~~~~~っ!?」
「うーむ、しかしお前って意外と軽いんだな」
意外とだと? 失礼な奴だな。
っていうか近い。主に顔が近い。
あっ、こいつ近くで見ると美形かも……。
「って違うわっ!」
「な、なんだぁ?」
「おろせぇ~~」
「わかった、わかったから。暴れるな」
そう言うと降ろしてくれた。
……ちょっと名残惜しい気もするが。
「「……」」
なんか変な雰囲気だなぁ。
「あー、そろそろ魚焼かないか?」
「え? あ、うん。そうだね。そうしよう」
二人で薪などを集めて火をおこす。その火の周りに円を描くように串に刺した魚を置いていく。
「ふぅ。これでいいか」
「そうだね」
二人で魚が焼けるのを待っていると
「あのさ。ちょっと話があるんだけどさ」
「え?」
まさか、ついにあの話がくるんだろうか。
「今日でもう、ここで会うことはできなくなると思う」
「えっ!?」
それは、どういうことだろうか?
「話したかどうかは忘れてしまったが、俺は諏訪を守る為の兵隊になりたかったんだ。そして遂にそれが叶ったんだよ。でもそうすると訓練とか警備とか戦とかで忙しくなるだろうから、もう此処に来ることもできなくなるだろう。それを伝えたかったんだ。今日帽子を持ってきたのもそのためだ」
「……そっか」
それなら私のことも正直に今言ってしまおうか。
「それに、俺の祖父も父も諏訪を守るために命をかけていたし。俺もそういう生き方がしたい。俺がぬくぬくと生きていたら東風谷の名が廃ってしまう」
東風谷? 確か結構力のある一族だったような気がする。
でも、確か前の戦で……。
恨んでないだろうか。私の指揮のせいで大切な人の命が亡くなってしまったのに。
私があの話をするのを躊躇っていると
「そ、それでさ……。あのさ、その……」
「??」
「俺と共に生きてはくれないか?」
「っ!?」
とんでもないことを言い出した。
「そ、それは。ど、どういうことかな?」
頭が理解を受け付けない。
「あー、つまりだな。俺の。その、妻になってくれないか? ということなのだが」
「~~~~っ!?」
もうどうしたらいいかわからない。
「そ、そんな。えっと、私は、その……困る」
何も考えられなくなり、走り出す私。
「おいっ。ちょっと、待てよ」
何も考えられない。何も聞こえない。どうすればいいのかわからない。
「はあ、はあ」
どれだけ走ったかわからない。
私はいつしか丘の上まで来ていた。
空はいつのまにか満点の星空となっていた。
「うぅぅ」
私は何と答えればよかったのだろうか。
まさかこんなことになるなんて。
このままにしておいても竜信が兵となる以上、それの一番上に立つ私と目を合わせることもあるだろう。力のある一族なら尚更。
その時にバレてしまったらどうすればいいのか?
万が一バレなくても私は冷静に対応できるのだろうか?
わからない。わからないよ。
こんなことになるなら人間として生まれてくればよかった。
「やっと見つけた」
「え?」
急に後ろから声が聞こえたかと思って振り向くと、そこには息を切らせた竜信が立っていた。
「急に走り出したから驚いたぞ」
「ごめん……」
「俺の方こそ急に変な話をしてごめん。さっきのは忘れてくれ」
「そうじゃないっ!」
そうじゃないんだよ。
「?」
「竜信は何も悪くないよ。悪いのは……悪いのは全て私だよ」
「どういうことだよ?」
覚悟を決めろ! 私っ!
「そ、それは、その。私は……」
「諏訪子が?」
「私はこの諏訪の地を治める洩矢の神なのよ」
「……」
「今まで黙っていてごめん」
「……」
「騙していたつもりはないんだけど、なんていうか言ってしまったらあなたとの関係が終わってしまうと思って。……でも、黙っていたんだったら騙していたのとおなじだよね」
「そんなことは……」
「だけど、結構嬉しかったなぁ。竜信があんなこと思っていたなんて。考えてみれば私もあなたのこと好きだったのかもね」
「諏訪子……」
「ふふっ、まだ諏訪子って呼んでくれるのね。でも、幻滅したでしょ? この諏訪の地を守っている神がこんなのだっていうのもあるけど、今まで騙していたこと」
「だから、そんなことないっ!」
「ありがと。でもっ」
「うるさいなっ! そんなことは俺は気にしないっ!」
そう叫ばれたかと思うと私は竜信に抱きしめられていた。
「ち、ちょっと」
「お前がどういう存在だろうと、お前がどう思っていようと、諏訪子は諏訪子だ。俺の愛した諏訪子なんだよっ!」
「で、でもっ!」
「まだわからないのか? こうすればわかるだろっ!」
そう言うと竜信の顔がどんどんと近づいてきて……
唇と唇が重なった。
どれくらいそのままの状態だったのだろうか。短かったような気もするし、長かった気もする。
「これでわかっただろ?」
「ばかっ」
本当にばかな奴だ。
「わかればよろしい」
その腕の中は温かかった。
それから数年が経った。
あの後、皆に私と竜信のことを話した。
反対されるだろうと思っていた私はどう説得するか考えていたので、盛大に歓迎されたことに少々拍子抜けもした。
それどころかからかわれる始末だ。
でも、嬉しかった。
なんだかこの諏訪の地の一員になれた気がした。
今まではこの地を統括する洩矢の神として祭り上げられ、人間達からは常に尊敬を浴び、信仰されてきた。
同じ神々には祟り神『ミシャグジ』を統括する土着神の頂点として畏れられてきた。
対当に接してくれるものはおらず、どことなくつまらない日々を送っていたものだ。
それが竜信とのことを発表してからというもの、人間の皆は親しく接してくれるようになった。他の神々は相変わらずだったが。
「物見から敵が迫ってきたいるとの報告が入りました」
またか。
近頃、中央の連中が頻繁に攻めて来るようになった。
前からちょくちょく攻めてきてはいたが、本当に最近は多い。
「数は?」
「はっ。二千から三千かと」
「じゃあ、いつもの手で」
「わかりました」
基本的に中央の連中と戦をする時にはこちらの方が数は少ない。
諏訪の戦力は精々五百、無理してかき集めてやっと千といったところだ。
それが二倍、三倍の敵に勝つ為に一番適した方法は策によって奇襲をかけることである。
もちろん、いつも同じ手を使っている訳ではない。
それに我らには最新の兵器、『鉄』がある。
さっきのは合い言葉みたいなもの。
他には『いつもと一緒で』や『いつも通りに』などで策を伝える。
敵に策がばれてはどうしよもない。
今回は盆地に誘い込み周りから一斉に攻撃をする策だ。
「むむむ、見てるだけっていうのも存外暇なものね」
いつもなら私が敵を誘い込む役をかってでているのだが、とある事情で今回は戦闘に参加できない。
代わりにその役は竜信がやることになっていた。
竜信はもともと武芸に秀でていたのだが、私が兵法や用兵術などを教えるとみるみるうちにその知識を吸い込んでいき、もう教えることはほとんどなくなっていた。
まさかここまで優秀だとは思わなかった。
今では皆から信頼される存在となっている。
彼を尊敬し、憧れている人をいるほどだ。
「まあ、それぐらいになってくれないとねぇ」
戦場となるであろう盆地が一望できる高台から眺めながらしみじみと思う。
まだまだ戦場は静かだ。
だが戦場特有の緊張感がピリピリと伝わってくる。
「……そろそろかね」
竜信が率いる誘い出すための部隊はここからは見えないが何度も戦場に出たからであろうか、なんとなくそんな雰囲気になってきていることが臭いでわかる。
まだか……。
戦なんて好きではないのに、いざ戦場に立つと体の血が昂ぶってくる。
「ふぅ。私はこの戦にはでることができないっていうのに」
「ウオオオオオオオオオッ!」
私が溜息をついたとほぼ同時くらいに凄まじい雄たけびが聞こえてきた。
始まったようである。
「大丈夫よね……?」
彼は普段は冷静沈着なのだが、結構熱くなりやすいところがあってちょっと心配だ。
そんな心配をよそに作戦は恙無く進んでいるようだ。
敵をうまく盆地にまで誘い込みつつある。
「ここまで来ればもう大丈夫でしょ。……ん?」
ちょっと我が軍が乱れた気もしたがそれも一瞬のことだったのであまり気にしないことにした。
誘い込み作戦はうまくいき、敵は盆地の中にいる。
ここで今まで隠れていた部隊が一斉に攻撃を仕掛ける。
今まで楽勝とばかりに逃げていた我が軍の追撃にばかり気をとられていた敵軍は完全に不意をつかれた形となり、動揺しているのがここからでもわかる。
しばらくすると敵軍の陣形は完全に崩れた形となり、蜘蛛の子をちらすように逃げ始めた。
我が軍は敵軍をきっちり包囲しているわけではない。
逃げ口ともいえる箇所をわざと空けてある。
こうしておけば敵の死にもの狂いの攻撃に晒されることもないし、逃げるであろう場所をこちらで決めることができる。
戦闘が始まってから数刻、勝敗は完全に着き我らの勝利であった。
「今夜は宴か……。楽しみだなぁ」
それにしても、中央でなにかあったのだろうか?
本当に最近はこれが多い。
「まぁ、私の知ったこっちゃないか」
中央のことは中央でなんとかするだろう。
「洩矢神。大変です」
「ん? どうかしたの?」
なんだか大層慌てている。
表情からするとあまりいいことではないようだ。
「それが……その……」
「??」
「東風谷様が、東風谷様が先の戦で重傷を負われました」
「はあっ!?」
「医師の話では助かる見込みはほとんどないかと」
「……もう一度言ってくれない? よく聞こえなかった」
本当は聞こえていた。
聞こえていたが、頭が理解することを拒否していた。
「ですから、東風谷様が戦場にて重傷を負われました」
「なっ、なんで? 戦は作戦通り完勝だったじゃない」
「そ、それは敵軍を誘い出している時にこうでもしないと敵は乗ってきてくれないと言われまして、お一人で……」
あの時、我が軍が少し乱れた時か……。
「今どこにいるの?」
「はぁ?」
「だから、竜信はどこにいるのかって聞いてるのっ!」
「はっ、おそらく神社かと」
「っ!」
竜信の居場所を聞いたとたん体が勝手に走り出していた。
一緒に生きようって言ったのは嘘だったのか?
勝手に一人で死んでいくなんて身勝手すぎる。
そりゃ、私は神であいつは人間なので向こうが先に居なくなることはわかっていたが、こんなに急なんてひどすぎる。
それに……、私のお腹には……。
「竜信っ!」
飛び込んだ先には血だらけになった竜信が寝ていた。
「な、な、な……」
うまく声が出せない。
「バ、バッカじゃないのっ!? 勝手に死ぬなんて許さないんだからね」
「す、すまん」
「あやまるくらいなら死ぬなぁぁ」
「……」
「うっうっうっ」
だめだ。
わかっている。
落ち着こう。
「ごめん。ちょっと、取り乱したわ」
私がこんなに取り乱していたら、竜信も言いたいことも言えない。
「ふっ。まあ、慌てている諏訪子なんて滅多に見れるもんじゃないし、いいさ。それにあやまるのはこっちだし」
「……」
「それにしても情けないな。諏訪の地に平穏が来るまでは死ねない。諏訪子と一緒にその時を見届けたいと思っていたのに」
「……じ、じゃあ生きればいいじゃない」
「それは無理だろう。諏訪子も……わかっているんじゃないか?」
「そ、それは……」
わかっている。
だけど、認めたくないものは認めたくない。
「ああ、残念だなぁ。生まれてくる子供の顔すら拝むことができないなんて」
「ホントだよ」
「す……わ……をまも……りたかっ……た」
急に声に元気がなくなった。
どうやら今まで無理をしていたようだ。
「わかった。わかったから。もうむりにしゃべらなくていいから」
もう目が霞んでよく見えない。
「そ……なに……なくな」
「泣かないわけないでしょ」
「そう……か。それは……うれし……な」
「だから、もうしゃべるなって!」
「おれ……はおまえを……しあわせにで……きたか?」
「うん。うん。あなたは私を十分に幸せにしてくれた。あなたと会ってから本当に楽しく過ごすことができるようになった。御礼がまだすんでないのよ。だからまだ死なないでよっ!」
「えが……お」
「えっ?」
「わらって……くれ……」
何言ってるんだこいつは。
まるで最後のお願いみたいじゃないか。
じっと私の顔を見てくる竜信。
やがてその視線に耐えられなくなり。
「わかったわよ」
笑顔を無理矢理つくる私。
ちゃんと笑えているだろうか?
この笑顔で竜信は満足してくれているのだろうか?
「すまん……ありがと……」
そう言うと竜彦はふっと笑い、そのまま動かなくなった。
「竜信? 竜信っ! うわぁぁぁぁぁぁぁ」
私は竜信に覆いかぶさって泣いた。
一晩中泣いていたらしく、気付いた時には一日が過ぎていた。
竜信が死んでから一週間後、彼はあの時私を追いかけて抱きしめてくれた丘の上に埋葬された。
私は今その場所に来ている。
あの夜と同じような満点の星空だ。
「ここに来るとあの夜のことを思い出すよね」
……誰も何も答えてくれない。
「あの時は本当に嬉しかったなぁ」
当然だ。
「それからというもの、私の生活は幸せそのものだったよ」
竜信はもう……。
「なのにっ。なのにっ。なんで」
もう……もう……。
「いなくなちゃうのよぉ」
私の隣には……いないのだから。
「うぅぅぅ。ばかぁ」
そうだ。こいつは大バカ野郎だ。
「見てなさいっ! 私がこの諏訪の地に平穏をもたらす様子をっ!」
そんな大バカ野郎には罰を与えてやる。
「そこで何もできずに指を咥えて見てるといいわ。あなたができなかったことを私がやってのける様を」
そこで『俺も見たかった』と悔しがってるがいいさ。
「本当、バカなんだから……。うぅぅ」
絶対に悔しがらせて見せる。
だから……
だから……
そこで見てなさいよっ!
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
あれから数年、私は幾度となく攻め寄せてくる中央の軍に立ち向かい、そのたびに追い払ってきた。
だけど何度勝っても奴らは攻めてきて諏訪の地はどんどん疲弊していった。
それでも私達は戦った。
皆私についてきてくれた。
いつしか平穏の時が訪れるのを信じて。
だけど今度の奴らは違った。
私達の最大の武器である『鉄』が効かない。
それに八坂とかいう神は軍略にも長けているようで私達の作戦も裏をかかれてばかりだ。
情けない。
あいつの墓の前で誓ったことは何だったのだろうか。
ねえ、竜信は今がっかりしているのかな?
『平和な諏訪が見たかった』って。
それとも笑ってる?
『結局お前にもできなかったじゃないか』って。
「うぅぅ。どうしたらいいの?」
私は胸に抱いているいつか竜信から貰った帽子に問いかける。
答えは……返ってこない。
当たり前だ。
それは竜信から貰った帽子であって、竜信ではないのだから。
「母上さま、ないてるの?」
ふと後ろから声がかかり振り返ると、まだまだ幼い我が娘がいた。
「どうしてないているの? かなしいことがあったの?」
心配そうに見上げてくる。
「なんでもないわよ」
いけない。
こんな小さな娘にも心配させるなんて。
「でも、母上さまないてるよ?」
「大丈夫よ」
そう言って頭を撫でてやる。
「あっ、そうだ。元気がでるおまじないをしてあげる」
「え?」
娘が手を上げると優しい風が起きて私達の周りを包み込んだ。
この子ってばいつの間にこんなことできるようになったんだか。
「ありがとう。元気がでたわ」
そう言って笑いかけてやる。
「えへへ~~」
娘も笑う。
ふとその笑顔が竜信の笑顔と重なった。
「っ!?」
「どうしたの? ってわふ」
気が付いた時には娘を抱きしめていた。
「苦しいよ~~」
守りたい。
この娘の笑顔も、この諏訪の皆も。
「まだ私にもできることがあるはずよね?」
再度、帽子に問いかける。
帽子の目が少し笑った気がした。
頑張ろう。
さしあたってまずすべきことはあの頑固者たちの説得か。
次にできるだけこちらに被害がでない条件で八坂の神に降伏を申し出よう。
いざとなったら私の命を捧げる覚悟で。
「あっ」
その時一陣の風が起き、帽子が空に舞った。
それはまるで私を、私達を応援するための舞のようだった。
「きっと、うまくいくよね?」
帽子は頷くように、フワリと地面に舞い降りた……。
口調にやられましたw