Coolier - 新生・東方創想話

幸せな少女の話

2009/02/23 04:54:34
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*オリジナル設定満載・原作設定との矛盾有りです。
*それでも読んでくださる方、楽しんでいただければ幸いです。
*設定・ネタ等他の作者様と被っていたらごめんなさい!!














と、まあこういうわけで、館へ乗り込んで破壊の限りを尽くした愚かな腋出し緑茶狂いの巫女は、カリスマ溢れる美しき吸血鬼レミリア☆スカーレットに
コテンパンにのされ、泣きながら逃げていきましたとさ。めでたしめでたし~。



…ちょっとなによ!!その可哀そうなものを見る目つきは!!あーもうわかったわよ!!

あの異変の結末は周知の通り。私から言うべきことは何もないわよ!!これで満足?フンッ!!



…で、聞きたいことはこれでお終いかしら?そう、じゃあ次はレミリア・スカーレットの華麗なる一日について……それは別にいい?あ、そう。
まあ、聞きたくなったらいつでもいらっしゃい?あなたみたいに礼儀正しい客人はいつでも歓迎するわ。…え?特に興味ない?
ふーん。前言撤回してもいい?





あら咲夜、相変わらずタイミングがいいのね。ちょうど今終わったところよ。お客さまを玄関までお見送りして頂戴。
……なんですって?雨?ああ本当だ。ねえ、あなた…阿求って言ったっけ?少し雨宿りしていったら?…遠慮しなくていいのよ。
人間だって、雨に濡れるのは嫌でしょう?ほら咲夜!お客様のお茶を入れ直して差し上げて!…私?そうねぇ…ブランデーがいいわ。そう、それそれ。



さてと、それじゃあ雨が止むまで少し面白い話をしてあげる。ああ咲夜、外さなくていいわ。あなたも聞いていきなさいよ。
……えっ?華麗なる一日についてはよく存じてます?ちーがーうーわーよっ!!ていうか聞いてたんじゃないさっきの話。まあいいけどね。








コホンッ!!……さて、今から始まるのは少し昔のお話。

昔…そうね、たぶん500年くらい前。私には…レミリア・スカーレットには家族がいた。
とても優しくて、透けるような青味がかった銀色の髪が綺麗なお母様と、太陽の様な明るい金色の髪の、優しいけれど怒るとちょっと怖いお父様。

家にはたくさんのメイドやコック、それに乳母に家庭教師に庭師に門番。

それから商人や楽団、時には流れの曲芸師なんかも。
とにかくたくさんの人が出入りしていて、毎日が本当に賑やかだった。

そうそう、専属の画家なんてのもいたのよ
事あるごとに家族の絵なんか描かせたりしてね。…まあ、そういう絵はこっちに来る時に全部燃やしちゃったんだけど。

あのころの私は親にも、家に仕えてる人達にも、出入りする人達にも可愛い可愛いってちやほやされててね…まぁ可愛いのは今もなんだけど。
そんなだから、絵本や物語に出てくるお姫様たちなんか見ても、ちっとも羨ましくなかった。
だって、どんなお姫様よりも自分の方がたくさんの人に愛されて、たくさんのモノに囲まれてるって思ってたから。


今考えると私の生まれた家は、特に王家の血を引くってわけでもない、ちょっとお金持ちな地方の一貴族ってとこだったから
記憶に残っている可愛いドレスや綺麗な髪飾りなんかも、そうたいしたものではなかったのかも。
子供の時にみたものって、結構誇張されて記憶に残るじゃない?
ま、それでも。社交界デビューなんかもまだまだ先の話だったし。そのときの私の世界は屋敷の中とその周辺ぐらいだったからね。
その中では私は確実に、世界一のお姫様だった。




しばらくすると、私には妹が生まれた。
金色の、フワフワした髪の可愛い女の子


まあ最初はね、ぜんっぜん!可愛いなんて思ってなかった。
だってね、その子が生まれてからお父様もお母様も家に来る人たちも皆妹ばっかりに構っちゃって
私はいつだって二番目。…こんな奴いなくなっちゃえばいいっていつも思ってた。
親の目を盗んでわざといじめて泣かせたりして…そのうち、泣いたらまた皆の注目がそっちへいって逆効果だって気づいて、いじめたりはしなくなったんだけど
やっぱり好きにはなれなかったわ。


そんなある日、私の気持ちが一変する時が訪れた。


それは、あの子が初めて言葉を話した日
あの子ね、なんていったと思う?
家族で庭でお茶を楽しんでいたとき、お母様に抱っこされていたその子は、目の前に憮然とした表情で座る私へ向かって手を伸ばしてニコニコしながら言ったの


「ねーちゃ」って


最初は気がつかなかった。抱っこしていたお母様と横に座っていたお父様に「今この子、あなたのことを呼んだわ!!」って言われるまで、それが自分を差す言葉だなんて全然。
呆然としている私に向かって、その子はもう一度、ニコニコしながら「おねーちゃ」っていった。
そのときね、今まで自分の中で渦を巻いていた不満がウソみたいに消えていった。

初めてその子のことを心から可愛いって、私の大事な妹だって、そう思えた。




その日から私の生活は一変
親もあきれるほどフランの側にぴったりくっついて話しかけたり、画家を呼びつけてフランの姿を何枚も描かせて部屋に飾ったり、ちょっとくしゃみをしただけで大変だっ!フランが死んじゃう!
なんて大騒ぎしたり
それまでは毎晩眠る前に神様へ向かって「あのうざったい乳臭いガキがさっさとどっかに消え去ってくれますように」ってお祈りしていたのが、
「もしフランを私から引き離すようなマネをしたら、あなたを天から引きずり落として口にするのも憚られるような拷問にかけてやりますから覚悟しとくように」って内容に変わったり

とにかくその日から、私の世界はそれまでよりずっと鮮やかで満ち足りたものになった。








………だけど、そんな日々も長くは続かなかった





フランがね、倒れたの。急に熱を出して。流行病だって


染るといけないからって、私は会わせてもらえなかったんだけど、こっそり覗いた寝室のベッドに横たわったフランは、
薔薇色だったほっぺが真っ青になって、元々小柄だった体がさらに、一回りも二回りも小さくなっていた

お母様はすぐによくなるって言ってたけど、そんなの嘘だって。子供の私にもわかった

それからは毎晩眠る前に神様へむかってこうお祈りするのが日課になった。

「神様神様、お願いします。フランを元気にして下さい。そのためならなんだってします。私が病気になっても構いません。だからフランだけは助けて下さい」ってね


数日して、私のお願いは叶えられたわ。半分だけだけどね。


私もフランと同じ病で床に就くことになったの

私のベッドはフランの横に置かれて、その時はちょっと嬉しかったわ。
何故って?だって、久し振りに妹の顔を見ることができたし、そのころは無邪気にも神様ってやつを信じていたから、
きっと神様フランの病気を半分にして私に分けて下さったんだって思ったのよ。本当に、何考えてたんだか

隣に寝かされる私を見て、フランは一瞬微笑んだんだけど、すぐに泣きそうな顔でこう呟いたわ


―――ごめんなさい…お姉さま…ごめんなさい


きっと、自分のせいで私が病気になったと思ったのね。まったく、自分が死にそうな時によく人の心配ができるわよね。…優しい子だったのよ。きっと、今もだけど。


そんなフランに私は、神様が見てて下さるから、きっと、きっと大丈夫よって、熱で朦朧としながらもずっと言い続けてた


でも、私たち姉妹の病状は日増しに悪くなる一方だった。

毎日代わる代わるお医者様が来たけれど、皆溜息をつきながら首を横に振るだけ。

そのうちお医者様の代わりに、教会の神父様や時には怪しげな祈祷師なんかがやってきて、枕元でお祈りしたり、ブツブツと魔術のようなものを唱えるようになった。

匙を投げられたってやつね

お父様とお母様も私たちの前で取り乱したりこそしなかったけど、眼はいつも真っ赤に腫れて、顔もげっそりとして、
まったく、これじゃあどっちが病人かわからないなんて、熱でぼぅっとしながら考えていたわ。


……そんな日が続いて、もういよいよ駄目かって時、私とフランが寝かされている部屋にある男が現れたの


灰色の、長いローブのような布を纏った男。

顔はよく見えなかったけど、薬と獣の臭いが混ざったような嫌な臭いのする男。

熱でよく働かない頭でも、この人は嫌だ。嫌な感じがするって、そう思った。

その男は赤い液体が入ったビンを2本取り出すと、それをお父様に渡して、代わりにたくさんのお金を受け取ると、何も喋らないまま部屋を出て行った

お母様はその男へ向かって頭を下げながらしきりに、ありがとうございますって何度も何度も。


その日の夜、お父様とお母様ががビンを持ってまた部屋へ来た。そして言ったの。


―――このお薬を飲みなさい。そうすればきっと、すぐに良くなる…って


フランはその頃はもう、言葉も発せないほどに弱っていたから、何の抵抗もなく水に混ぜられたそれを飲んでいたけど、
私はどうしても嫌だった
あんな気味の悪い、禍々しい空気の男が持ってきたものなんて絶対に口をつけたくないって
だけど、抵抗する私にお母様は…初めて私の前で涙を流しながら、お願い、お願いだから飲んでちょうだいって

あの人達も辛かったんでしょうね。自分の娘たちが苦しんでいるのに何もしてやれないことが。
それこそ、怪しい呪術師の薬にまですがってしまうほどに。

母親の涙を見て、私もその薬…はたして薬と呼べるのかも疑わしかったけど
とにかくその液体に口を付けた

それは妙に温かくて、生臭くて、鉄臭くて…そう、まるで血のような味

吐き出しそうになるのを我慢して、私はそれを飲み干した

途端、体の中がカッと熱くなって、急速に意識が遠のいていった

意識が途切れる寸前目にしたのは、私を心配そうに見つめる両親の姿。そして、私が彼らの姿を見たのは、それが最後になった。










どの位眠っていたかはわからないけど、目を覚ました時、あれだけ体に染みついていた熱はすっかり消え去っていて、むしろ、体はヒンヤリと冷え切っていた
それでも不思議と寒さは感じなくて、…まぁ、その時は不思議だなんて思わないで、ああ、熱が下がったんだなぁって暢気に考えていたんだけどね

そして横を見ると、隣にいた筈のフランの姿みえなくなっていた。

きっとあの子も熱が下がって、退屈なベッドの上から早々に抜け出したんだわってそう思ったの

窓の外はとっくに日が落ちていて、真っ赤な月だけが煌々と輝いていた。
紅い月なんて初めて見たけど、普通なら少し怖く感じるであろうそれがとにかく綺麗に、ひどく魅力的に感じられて、しばらく魅入ってしまっていた。


しばらくそうしてから、お父様とお母様はどこへいったんだろう?って急に気になり始めてね。二人を探そうとベッドから降りて廊下へ出てみたの


お屋敷の中はシンと静まり返って、誰の気配もしなかった。

おかしいな、みんなどこへ行ったんだろうって思いながら廊下を進んでいたとき、妙な違和感を感じたの

普段は夜になるとね、廊下の端に並んだ燭台に火が灯されるんだけど、その日は一本の明かりもなかった。

でもね、違和感の正体はそれじゃなくって、その明りの無い夜の廊下を、私は何の不自由も感じずにスイスイと進んでいたのよ?


そのことに気が付いた瞬間、背筋がゾクリとした。


急に恐ろしくなった私は、とにかく両親とフランを探そうと夢中で廊下を駆け抜けて、ある部屋の前まできて立ち止まった


そこは食事のための部屋で、お客様をここでおもてなしすることもよくあったから他の部屋よりもずっと豪勢に造られていて、
扉だってもちろん華やかな彫刻が彫られていた。そしてしっかりとした頑丈で分厚い木材で造られていた。


その部屋の前で立ち止まったのは何となく。よくわからないけれどこの部屋で何か起っている、そんな気がしたから。
もしかしたら吸血鬼化したことで、感覚が鋭敏になっていたのかもしれない。
ま、自分が吸血鬼になったって知ったのはもう少し後なんだけどね。


分厚いドアにそっと手をかけると、普段は体重をかけても一人じゃ開けられない重たい扉が簡単に開いて、少し吃驚した。


おそるおそる中を覗くと、そこにいたのは探していた両親と可愛い妹の姿

……ただし、お父様とお母様は2人揃って手足が色んな方向へねじ曲がって、千切れかけいるところも。
頭部に至っては完全に切り離されていて、お父様のそれはキチンとテーブルの上に。お母様のは妹の腕の中にあった。


妹は床にぺたりと座りこんだ状態でお母様を抱えて、滴り落ちてくる血を小さな舌で受け止めながら、一心不乱に飲み込んでいた。

その表情は今まで見せたどの顔よりも生き生きとして、可愛らしくて、綺麗で、残酷だった。
変わっていたのは表情だけではなかった。
小さな口にそぐわない異様に尖った牙、真っ赤に染まって長く伸びた爪。そして、背中に生えた七色の光を放つ歪な翼。

想像もしていなかった光景に私はただ立ち尽くしていたわ。
その時、食事に夢中だったあの子が私の姿に気がついて、嬉しそうにこう話しかけてきたの




―――お姉さま!今目が覚めましたの?お寝坊さんなのね。ねえ、私の    翼、素敵でしょう?キラキラとして、いつか見たステンドグラ   スっていうのにそっくりだと思わない?
    あら?お姉さまのは真っ黒なのね!フランのとは違うけど、と   ても素敵よ!!まるで、夜の闇みたい…ああ、そうだ。あんまり   遅いから、先にお食事を頂いてしまいましてよ?
    …あら?どうしてそんなお顔をなさるの?ああ、お腹が空いて   らっしゃるのね!!大丈夫!お姉さまの分もちゃんととってあり   ますわ。
    ほら、そこに。テーブルの上にあるでしょう?
   初めてだから上手く力加減が出来なくって、ちょっとバラバラに   なってしまったのだけど…とっても美味しいのよ?はい、どう    ぞ!!


無邪気に笑いながら、テーブルの上に載せられた『お父様』をフランは指差した。

私は促されるまま、『お父様』の所へ近づいたわ。その時はそれを食べるなんて微塵も考えていなかった。
ただ…ただ…何もかもが突然で、訳がわからなくて、誰かに助けを求めたかったんだと思う。

震える指で『お父様』に触れようとしたその時、そばに置いてあった銀製のティーポットに写り込んだ自分の姿に、私は思わず悲鳴を上げてしまった。


そこにいたのは、鋭い牙、長い爪、そして蝙蝠の様な大きな翼を持った気味の悪い生き物。

悲鳴に驚いたのか、フランはいつの間にか私の横にいて、心配そうに顔を覗き込んでいたわ。

その血に塗れた体をぼんやり見ながら、私はフランに話しかけた。



―――何故…こんなことをしたの……


―――なぜ…って…?


―――お父様とお母様を…何で…殺したの………?


―――いってる意味がわからないわお姉さま?獲物を狩るのは当たり前   でしょう?


フランはクスクス笑いながら「変なお姉さま」って言っていた。本当に、おかしそうにね。
それから「もうお腹いっぱい」なんて言いながら、腕の中の『お母様』を床に放り投げた。
ゴロリと転がったそれの、悲しみと苦痛に歪んだ顔を見た瞬間、私の中に蟠っていた感情が、一気に弾け飛んだ。










しばらくたって我に帰った私の眼前には引き裂かれたテーブルクロスに、脚の折れたテーブル、ただの木屑と化したイス


そして、体中から血を流して、震えながら蹲っているフランドール


頭に血が登った私はフランに一方的な暴力をふるっていた

鋭利に尖った爪で、柔らかな肌を削り、肉を抉る
それだけでは収まらず、今度は椅子を掴み、それで滅茶苦茶に殴り続ける
彼女にとっては理不尽であるはずの私の行為に抵抗もせず、ただ目に涙を一杯に浮かべながらわけもわからず許しを乞いていた。


―――どうしたの?なんでこんなことするの?痛いよお姉さま!やめてっやめて!!痛いよっ!!  
   フランが…フランが…悪いことをしたならあやまります!!だから…もうやめて!!やだっ!痛いのはやだよぅ!!!
   ごめんなさい…っごめんな…やだっ!いやああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!





嵐が治まってからも、フランドールは顔を上げずひたすらに『ごめんなさい』と呟いていた


そんな妹の腕を掴み引きずるように立たせると、私は血に塗れた部屋を出てある場所に向かった
そこは、地下のある一室。今は使われていない物置
その立てつけの悪い扉をこじ開けると、私はその中へまだ泣きやまない妹を乱暴に突き飛ばして、縋りつくような視線無視し、閂を閉めたわ。


中からはドンドンとドアを叩く音と、震えた叫び声


―――開けて!!ここから出して!!こんなところやだよ!!お姉さまっ!お姉さまぁぁっっ!!!!

―――うるさい…うるさい!!!絶対に出してなどやるものか!!いいか?もし…無理やりにでも出てくることがあれば…
   今度は殺してやる…絶対に…殺してやるっ!!!!!!!!!!!




『殺す』という言葉に恐れを感じたのか、それっきりドアを叩く音は止んで、中から聞こえるのは小さな啜り泣きだけになったわ。

そのまま私は地下室を後にした。



…何故同じ薬を飲んだのに私とフランの精神にこうも違いが出たのか。
これは推測でしかないけれど、フランはまだ幼くて、その上体もずっと弱っていた。だから、薬の強さに耐えきれなかったんじゃないかと思うの。
あの時私は、両親を殺したフランを、すぐにでも殺してやりたいと思っていた。
実際、地下室のカギを簡単なものにしたのはその為でもあったの。大体、その時は封印なんかももちろん無いから、その気になればすぐに出てこれたでしょうし。
でもあの子は出てこなかった。それだけ私にボロボロにされたことがショックだったのかもね。

…けどね、最近思うの。私、あの子のことを気が触れてるって言ってたでしょう?
だけど、本当に気が触れていたのは私の方だったのかもしれない。あの子のやったことは吸血鬼としては当然のこと。
捕食者が獲物を狩るっていう当たり前の行い。だから私が何故あそこまで怒ったのかわからなかったんでしょうね。
フランにしてみれば、私の方が気が触れているように見えたのかもしれない。
今こんなことを考えてもどうにもならないんだけどね。




…話を戻しましょう。


フランを閉じ込めた後、私は屋敷の中を彷徨っていた。誰か生き残っている人間はいないかってね。
望みは薄かった。屋敷の中は人気がなくって、ただあちこちにバラバラの肉片やドス黒い血の染みが残るばかり。
おそらく、あの子の狩りによって作られたものだったんでしょう。

諦めかけたその時、ガシャンっていう金属が床に落ちる音が聞こえた。
ちょうど炊事場の前を通り過ぎようとした時よ。

中へ入って音のした方をみると、食器棚の陰で使用人が一人震えていた。
メイド用のエプロンを着た、皿洗いの女の子。
年が近かったから、遊び相手にと外へ出かけるときにお供として連れだしたことある子。

見知った顔に嬉しくなった私はすぐに傍へ駆け寄って言ったの。「大丈夫?」って。
そしたらその子はガタガタ震えながらこう返してきた。



―――化け物…この化け物!!!あんたなんか…あんたなんか…死んでしまえ!!!!



そう言いながら握りしめていた十字架をこちらへ投げつけてきた。
胸にぶつけられたそれに少し嫌な感じはしたものの、特にダメージなんかにはならなかったわ。
それ以上に突き刺さったのが、その子の言った言葉。
自分で自覚していても、改めて指摘されるとつらいものよね。その時はまだ不安定だったし。今は全然、なんともないけど。

とにかく、化け物って言われた瞬間私は悲しさと怒りでカッなって、反射的にその子の首筋を爪で切り裂いていた。
悲鳴を挙げることもなく動かなくなったそれを、しばらくはただ眺めていた。
不思議と罪悪感は感じなかったわ。吸血鬼の本能が目覚めてたのかしらね?

そんなことをしていたら急に、喉の奥が焼けるように熱くなって、それを癒すために、辺りに飛び散った血をすすり始めていた。

その時の…初めての食事の時のことは今でもよく覚えているわ。

嬉しいような悲しいような複雑な気分。初めて飲む血の味に溺れながら、「ああ、私、化け物なんだなぁ」って実感していた。





それからの日々は単調そのもの。



屋敷の異変に気がついて訪ねてくる人間たちを殺したり、暗示をかけて使用人として働かせたり。



血を吸うたびに、私の体からは人間としてのレミリア・スカーレットが消えて、吸血鬼の血が体も心も支配していった。

それを辛いとは思わなかったわ。むしろ嬉しかった。苦しみから解放されていくようでね。

最初のころ抱いていた薬を持ってきた男に対する憎しみも、家族を失った悲しみも、段々とどうでもよくなっていったわ。

ただ、フランへの感情だけはどうにも…ね…



そのうちに私の屋敷に近づく人間はいなくなって、周りの村からも人が消えていった。

その内に風の噂でこんなことを聞いたわ。「あの赤い屋敷には恐ろしい吸血鬼がいる。あれはきっとドラキュラ伯爵の末裔に違いない」ってね。

それを聞いた時は、ちょっと笑っちゃったわね。私の親戚にそんな名前の人いたっけなぁ?なんて思ったりして。

まあ誇り高い伯爵様の末裔なんて言われるなら光栄ってことで、その後屋敷に来た神父とか牧師とかあと自称・吸血鬼ハンターなんかに
『我はツェペシュの末裔である!た~べちゃ~うぞ~』なんてふざけてやったりしてね。
あんまり本気にされるからしばらくして止めたけど。







さて、随分長話になっちゃったわね。雨も止んだみたいだしこの辺で終りにしましょうか?

ま、簡潔に言えば『幸せに暮らしていた女の子は、吸血鬼になって引き続き幸せにくらしましたとさ』ってとこね。

だからさー、2人ともそんな辛気臭い顔しないでよ?


…ん?なんでこの話をあなたにしたかって?

……別に深い意味はないわよ。雨の日ってメランコリックになってつい昔話をしたくなるのよ。そういうものでしょう?

ああそうだ。わかってると思うけど今の話、オフレコにしといてよ?
特に理由は無いけど…ま、何となくよ。何となく。

んーでも、何百年か後のあなたに私の伝記本でも書いてもらうかもしれないから、その時は使っていいわよ?
え?覚えてない?ふーん、意外と不便なのね。転生って。

まあいいわ。その時はまた話してあげる。ついでに『紫もやしがいつのまにか根を張っていた話』とか、『謎の銀髪美少女にナイフ片手に夜這いかけられた話』
なんかもつけてあげるわ。


……えっ?なに、咲夜?それは嫌ですって?いいじゃない別に。あの時の貴女は本当に……ちょっ!!わかったから!ナイフしまいなさいって!!!



…ふぅ、じゃ、またお茶でも飲みにいらっしゃいね。今度は私の華麗な一日を存分に……ん?別にいい?
あっそ!!もうさっさと帰りなさい!!














……はぁ。昔話をするのも結構疲れるものねぇ…。あら咲夜どうしたの?お見送りは?



…あはは!何言ってるのよ?『私は命ある限りお嬢様の側にいます』って!…そんなの当たり前じゃない?今更何いってんのよ。
ほら!お客様を待たせてるんでしょう?紅魔館のメイド長がそんなんでどうするのよ?







……まったく、あの子の天然ぶりには泣けてくるわね。




あーあ、雨の日って嫌だわ。本当にね。
こんな過去もあったのではないかなぁと。
瀬の岩紀由
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コメント



0.760簡易評価
3.100名前が無い程度の能力削除
おぜうさま・・・うう;
フランとの現在の仲が気になります・・・・
6.100煉獄削除
こんな過去もあったのかもしれませんねぇ……。
最初はほのぼのとしてたけど、それが一変して、
でもそれほど微グロとも思いませんでしたね。
過去のお話のうえでは、良い引き立てになっていたと思います。
面白かったですよ。

誤字?の報告
>雨の日ってメランコリックになったつい昔話をしたくなるのよ。
「なった」ではなく「なって」ではないでしょうか?
7.100名前が無い程度の能力削除
現在のレミリアがあっけらかんと語っているだけに、
より切なさを感じるお話ですね…
13.100名前が無い程度の能力削除
「もしフランを私から引き離すようなマネをしたら、あなたを天から引きずり落として口にするのも憚られるような拷問にかけてやりますから覚悟しとくように」
これを読んで盛大に吹いた後にあの展開でしょう!
娘を救うためなら悪魔とだって取引をするお父さんとお母さんも、
疑問を抱く間さえ与えられず吸血鬼と化したフランドールも
自分自身に対する慄きを抱きつつ変化せざるを得なかったレミリアも
‥みんな切ないです。
いかにも単なる世間話然としたレミリアの語り口が、
メランコリックな雨の音と匂いさえイメージさせて、よい効果を出していると思いました。
19.80三文字削除
おぜうさま、そんな昔からモケーレムベンベに……
にしてもなんてことないように語るお嬢様が切ねぇ。
20.無評価瀬の岩紀由削除
コメント、点数ありがとうございます!!大変遅くなりましたが返信させていただきます。

>3様
私としては紅霧異変をきっかけに良くなっているのではないかなと。
昔の関係とは異なっても、新しい形の姉妹愛が形成されているのだろうなと思います。

>煉獄様

誤字に関してはご指摘の通りです。修正致しました。
微グロタグに関しても、確かに読み返してみると自分でも当てはまらないように感じたので外してみました。
本当は多少のグロさ、血生臭さを感じさせる描写をしたかったのですが、中々自分の力がそこまで無かったようです。
末筆ですが、温かいコメント、誤字・内容指摘本当にありがとうございました!!

>7様
切なさというのはこの作品のテーマでしたので、それを感じて頂けたのは非常に嬉しいです!
レミリアは辛くても何でもないように振舞うような気がします。

>13様
嬉しいお言葉ありがとうございます!
イメージの浮かぶ作品を目指していたので、非常に嬉しいです。

>三文字様
初めてモケーレムベンべという単語を聞いた時の衝撃は今でも忘れられません。