―1―
空が、赤い。
錆びた銅のように赤黒い空が、地平線の彼方まで広がっている。
土色の雲。
青紫の太陽。陽光はどこか黒ずんでおり、世界全体が腐りかけているように見えた。
博麗神社。
去年の今頃は境内の桜並木が満開となった。薄ピンク色の花の下で、みんなで楽しく宴会をした。そのことを霊夢は昨日の出来事であるかのように思い出せる。
しかし、今年の春は、まだ桜は咲いていない。
桜の木々は花も葉も付けず、枯れ果て、やせ細っている。
桜の木だけではない。
全てだ。
当たり一面、生きた植物が一つも見当たらない。花も木も草も一切合切無い。
乾ききった地面は固くひび割れている。
さながら地獄の光景だった。
しかし、そこは確かに博麗神社であり、幻想郷であった。
狂った色調の捩れた世界。元の世界の歪んだオマージュ。あるいは狂人の見ている夢のような世界で、霊夢は今日も目を覚ました。
霊夢はどす赤い色の空を見上げ、
「今日もいい天気ね」
と言った。
『永遠に夢の中に』
―2―
味噌汁と菜物だけの簡素な朝食を用意し、私はそれを一人で食べた。
肉の無い食事は別に精進料理というわけではなく、単に私の和食嗜好によるものである。
その後、午前中いっぱい、およそ4時間ほどを全て修行に費やした。
昔の自分からは考えられないほどの熱心さだ。かつては日に4時間どころか週に40分も修行に時間など使ったことは無かった。
おおよそ朝の清涼な空気とは言い難い赤茶けた景色の中、私は精神と肉体に力を集中させ、高位の神霊を降ろす訓練をしたり、霊力を高めたりなどしていた。
やっていることは筋力トレーニングに近い。
力を出せるだけ出し、それに体を慣らす。
使った力の分だけ、体に宿っている霊力も少しずつ成長する。
とにかく、何事をするにしてもまずは力だ。私はそう考えていた。
技術や知識などは二の次だ。土台になる霊力の大きさ、含有量、瞬発力が最も重要である。そう考えての基礎練習だった。
体の限界近くまで霊力を放出し、少し休み、またやる。その繰り返し。
退屈であるし、きつい。
それでも毎日、ほとんど機械的にこの訓練をこなすようにしている。一日たりとも欠かすことは無かった。
そのお陰で、力はべらぼうに付いた。
「……ふぅ」
ふと息をつき、訓練の手を止めた。
額の汗を拭う。
私は自分の手を見た。掌の汗を握りつぶすように、ぎゅっと閉じる。ぱっと開く。また閉じる。また開く。
霊力を集中させると、手のひらが光を帯びた。そこに物凄い力の集中を感じる。自分でも驚くほどの。これだけの力が自分の中に眠っていたかと思うほどの。凄まじいパワー。
今なら全力の夢想封印で山の一つくらい削り取れるかもしれない。
ふふん。
奇妙な優越感を感じた。私は思わず口元に薄い笑みを浮かべた。
だが自分の目標はここではない。
そうだ。
自分がしたいことは、そんなことではない。
物を壊すためでもない。誰かに勝つためでもない。
自分がこうして力を付ける目的は…………
「よう霊夢。またよく飽きずにやってるな」
とん、と軽く地面を叩く音。
続いて、べちゃべちゃべちゃ、と液体が跳ねる音。
振り向くと、ちょうど空から降り立った『それ』が、スカートの端を風になびかせていた。
「おはよう魔理沙」
私は言った。
言いながら、私は私の口の中がどんどん乾いていくのを感じた。
汗がねとりと背中をつたう。修行でかいた汗ではない。もっと冷たい汗だった。
そして、目の前の『それ』を見て思う。
何だ。
これは何だ。
魔理沙?
魔理沙なの?
これが魔理沙でいいの?
「お昼まだだろ? 一緒に食べようぜ。ほら、森で採れたキノコだ。ちゃんと食べられるぜ。アリスで試したから間違いない」
おおよそ私の記憶にある魔理沙の声とはあまりにかけ離れた、低く、ひび割れた、壊れかけのテープレコーダーのような声がそう言った。
違う。
これは魔理沙じゃない。
でも。
魔理沙でいい。
そう。
これは魔理沙なんだ。
今は、これが魔理沙だ。
「お茶入れるわ。入って」
そう言うと、魔理沙は「おう。邪魔するぜ」と言って、ぬるぬる、べちゃんべちゃん、と足音を立てながら歩き出した。
どろどろのぐちゃぐちゃだ。
吐き気をもよおすような酷い姿の生き物。
あまりにも不完全な魔理沙がそこにいた。
―3―
一日が終わった。
日が沈んでいく。
どこまでも続く不毛の大地の果てに、青紫色の太陽が沈んでいく。
替わりに現れるのは赤黒い月。
世界はどこまでもいつも通り。いつも通りに狂ったままだった。
「寝よう」
私は一人ごちた。
魔理沙は、一緒に食事をした後、少し話をして去っていった。
畳がひどく汚れている。
魔理沙である『それ』が体中から撒き散らした汚液で、部屋中がひどい有様だった。
私は構うことなくその上に布団を敷き、横になった。
酷く疲れていた。
あれから、また修行をした。
昼過ぎから宵の口まで修行を追加した。
体を動かすことは午前中に限界までやったから、本を読んだ。
西洋の魔術や日本の妖術や呪術に関する知識を仕入れた。
役に立つか立たないかは分からないが、しないよりマシだ。
努力がしたかった。
努力をするのはつらい。
私は努力が実ることを信じない。
ずっとそうだった。今も変わらない。
でも、努力以外にすることがなかった。
魔理沙を見たからだ。
魔理沙を見て、あまりに辛かったからだ。
私のせいで彼女はあんな風になっているんだ。
魔理沙だけじゃない。
みんなだ。
みんなああなった。
みんなみんなみんな。
みんな私のせいだ。
「……ぅ……くっ…………」
私は歯で歯を噛み締めた。
自分の無力に怒りを覚える。
力が欲しい。
欲しい物を手に入れられるだけの、力が、欲しかった。
全てを元に戻すことが出来るだけの、力が。
「ハロー」
明るく、軽い声が部屋に響いた。
見ると、どこから現れたのか、紫が部屋の中にいた。
「どう霊夢。生きてるかしら?」
「……何がはろーよ。もう夜じゃない」
「いいえ。もう朝よ。ほら」
紫が言う通り、外が明るかった。
太陽が出ていた。
しかも、太陽が笑っていた。
サングラスを掛けた太陽が、ニカッと奥歯まで見えるほど口を吊り上げて笑っていた。
カートゥーンじみた光景だった。だが少なくとも昨日の汚泥のような色の太陽に比べれば、あらゆる意味で明るいことは確かだった。
「時間の概念すらも滅茶苦茶ですのね。ここは」
「仕方ないじゃない」
むくり、と私は起き上がる。
紫がいた。相変わらずの服の趣味に、うさんくさい笑みを浮かべた顔もそのまま。
ぐちゃぐちゃでも、どろどろでもない。あの頃と変わらない紫だ。
「時間だけじゃないわ。外見た? 昨日はぺんぺん草一本たりとも生えてなかったんだけど……」
「今日はまるでサバナの密林よ。木がわさわさと生い茂ってあたり一面ジャングルのようだったわ」
「道理で。さっきから暑いと思った」
「水着を持ってくれば良かったかしら」
「いいえ。水着を取ってきたら次はいきなりアラスカか北極並みの極寒地帯になっているわ」
「霊夢」
「何よ」
「一緒に行きましょう」
「嫌よ」
紫は少し寂しそうな顔をしていた。
「どうして?」
「どうして、じゃないわ。私は博麗の巫女。そしてここは幻想郷。それだけが理由よ」
「まだ、夢を見ているの?」
「悪夢だけどね」
「そうね」
「でもいつかは、また元通りの夢を見るわ」
「…………無理よ」
冷たく凍るような声で、紫が言った。
「霊夢。あなたに何が出来るというの。あなたに、じゃない。誰にも出来やしない。終わった夢を元に戻すことなんて、誰にも出来ない。私でさえも」
「誰にも出来なくても、私はやるわ」
「不可能よ」
紫は吐き捨てるように言った。
それを私はひどく不快に感じた。
紫の言葉、佇まい、風体全てに苛立ちを覚えた。
「今の私ならあんただって殺せる」
「変わったわね霊夢」
「努力したからね」
「無駄な努力を、ね」
憐れむように紫が言った。
不意に、怒りが私の全身を支配した。
視界が白むほどの強い感情の奔流。
体じゅうの血液が沸騰したように熱を帯びた。
あるいは、それは恐怖だったのかもしれない。恐怖に体が凍りついた、それを私が怒りに湧いた熱だと勘違いしたのかもしれない。
努力しても無駄。幻想郷を元に戻すことは不可能。私の願いが叶わない。
その事実に対する、恐怖だったのかもしれない。
私は胸元から、数十枚の霊府を乱暴に鷲掴みにして取り出した。
夢想封印。唱えた瞬間、府が虹色の光球へ変わる。その一つひとつが並の妖怪千匹は殺せる破壊力を持った光弾。私はそれを全て紫に向けて撃ち放った。
しかし、光は蝋燭の火を吹き消したかのように、音も無くかき消えた。
あたりには何の破壊も起きていなかった。紫も傷一つ負っていない。
「ほら。無駄だった」
「どうして!?」
私は叫んだ。叫びながら、紫に飛びついた。
殴りつけるような勢いで紫の胸ぐらを掴んだ。
「ねえ! どうしてなの!?」
「人間にしては凄い霊力。本当に凄い。長い間生きてきたけど、今ほどの力を人間が出すのを見たのは初めてよ」
「当たり前よ! 私がどれだけの事をしてきたと思ってるの!? 頑張ったのよ! すごく頑張った! 誰もやらないくらい厳しい修行を毎日、毎日、毎日!!」
「霊力の使役方法が単純すぎる。ただ力を込めてぶっ放しただけ。下手なのよ。だから、ほんの少しこちらから因果律を調整してやれば簡単にかき消せる」
「じゃあ、知識なの!? それとも技術なの!? もっと霊力の使い方を勉強すればいいの!?」
「…………単純な霊力値も全然駄目。いくら強くても『人間にしては』というだけ。私には敵わない。まして、私にも出来なかったことをするなんて……、『幻想郷を元の姿に戻す』なんて、一生かけたって到底できやしないわ」
「何でよ!! 何で!? 何で!! 私は……、私は頑張ったのに!!」
「努力は無駄だって、霊夢はいつも言ってたじゃない。その通りだった。それだけよ」
ずるずる、と紫の服を掴んでいた私の手が力なく垂れ下がっていった。
私は紫の胸元に倒れこむように寄りかかった。
紫の腰に抱きつくようにして、腹元に顔をうずめた。
そして、泣いた。
「ああああああああああああああああああああああ!!!」
声を上げて泣いた。
幼児のような声で、あるいは全てに絶望した亡者の断末魔のような声で、ただあらん限りの声を尽くして泣き叫んだ。
涙がとまらない。次から次へと溢れてくる。
まるで血のように、涙は流れ続けた。
―4―
「私と来て頂戴。お願いよ霊夢」
「頼まれたって、嫌なモンは嫌」
私は二人分の食事を作って配膳した。
白米と味噌汁と菜物だけの簡素な朝食だ。
「あ、私ほうれんそう苦手なんだけど」
「勝手に残せば」
「気の利かない霊夢ねえ。藍はいつも私の嫌いな物は最初から出さなかったわよ」
「ああそう」
「あとお肉は無いのかしら? 出来れば巫女の肉がいいわ」
食事をとった後、いつもの修行はしなかった。
紫と二人、縁側に座って猫のようにただぼーっと時間を過ごした。
「何もする気が起きないわ」
「あら? 霊夢はいつだってそうだったじゃない」
「そういえばそうね」
「また元に戻りたいと思ってるの?」
「そればかり考えて生きてきたわ」
「昔に戻るために、頑張ってきたの?」
「そうよ」
そうだ。
私は全てを元に戻したかった。
紫でさえ成しえなかった、幻想郷の完全修復を、私が私の全てを賭けてやると決めた。
でも、無理だった。
諦めた。
諦め、その結論を私の心は乾いた布が水を吸うようにあっけなく受け入れた。
これまでやってきた修行の全てが嘘みたいだった。
何一つ望む物は手に入らず、真空のようなむなしさだけが残った。
「ねえ紫」
「何?」
「あんた今、どこに住んでるの?」
―5―
紫は昔と同じように、この世でもあの世でもないところに、適当な家を構えていた。
たまに妖怪や幽霊などが迷い込んでくることもあるらしい。
確かに、家の周りには妖精や霊などがふよふよしている。
あと、なぜか家の前にゴミの山があった。
外の世界のよく分からない物が、勝手に流れ着くのだという。型遅れの二窓冷蔵庫やアンテナテレビ、さらに機械や道具に混ざって大型のトラックが地面に突き刺さっていた。これも気づいたらいつの間にかそこに刺さってたのだという。
家の中は、比較的物の少ない普通の家だった。
「ようこそ霊夢。遠慮なくくつろいで頂いて結構よ」
「そう」
「テレビゲームでもする? 何でもあるわよ」
「窃盗はほどほどにしておきなさい」
「窃盗じゃないわ。神隠し」
「……寝る。疲れてるの」
私は適当な部屋に適当に布団を敷いて、寝た。
少し寝て起きたら、私の目と鼻のすぐ先に紫の顔があった。
私の真横で紫が寝ていた。
勝手に布団に潜り込んで眠ったものらしい。
蹴り出そうかとも思ったが、すぅすぅと気持ちよさそうに寝息を立てていたのでやめておいてやった。
私もそのままもう一度眠りについた。
私は、心身共に余程疲れていたのだろう。二度寝にも関わらずどっぷりと深く眠れた。
私は夢も見れないほどの深い場所でまどろんだ。
―6―
「ねえ紫」
焼きたてのトーストを噛む。しゃく、と音がなり、香ばしい匂いが鼻腔をついた。
「あんた、私のこと好きなの?」
私がそう尋ねると、紫はトーストにマーガリンを塗りながら答えた。
「ええ」
「どこが」
「どこが?」
紫がおうむ返しに尋ねた。
「だから、どこが好きなのかって聞いてるの。私の」
「どうして、そんなことを聞くのかしら?」
「だって……」
口ごもる。
それは、不安だからだ。
もし紫が、私の顔が可愛いのが好きだと言ったら、それはつまり顔が可愛くなくなれば好きじゃなくなるということになる。
もし私の強い力が好きだというなら、もうあと二十年もすれば老いと共に力は失われ、好きである理由もなくなる。
それがたまらなく不安だったのだ。
しかし、紫は。
「全部」
そう答えた。
「私はね、霊夢。あなたの全てを愛してる。あなたの全てを受け入れ、全てを愛するわ」
「そんな、馬鹿なこと……」
「ええ。馬鹿なことよ。でもね霊夢、愛ってそういうものよ」
何でもないことのように言って、紫はトーストを口に運んだ。
私は、思わず押し黙った。
紫が本気なのか、いつもみたく冗談を言っているのか、わからなかった。
「自分が益するための愛は愛じゃない。それは便利だから利用したいだけ。愛するってのは、もっと愚かしい物よ」
「よくわかんない。もういいわ」
「あら? 私はまだ霊夢の返事を聞いてないんだけど」
私は何もいわずまたパンを口に運んだ。
そして、出しかけた言葉と一緒に飲みこんだ。
―7―
夜になって、寝支度が整ったところだった。
「霊夢ぅ。えっちなことしましょっ☆」
正気を疑うような事を突然言い出した紫だが、もともと私はこいつに一切の正気も常識も期待してはいない。
「殴るわよ」
「あら。痛いのは嫌だわー」
「抱きつくな!」
「痛い! ほんとにぶった!」
頭を抑えて痛がる紫だが、この程度でどうにかなる妖怪じゃないので放っておく。
「昨日は一緒に寝てくれてたのに」
「あれは、いつの間にかあんたが勝手に布団に入ってきてたんでしょうが。別の部屋で寝てちょうだい」
「ちぇー」
ネグリジェ姿の紫はくちびるを尖らせて、部屋を出ていった。
念のため結界を張って寝ようかとも思ったが、そもそもこの家自体が紫の結界の中にあるのでやるだけ無駄だろう。
私は観念してそのまま布団に入った。
眠りはすぐに訪れた。そして…………
―8―
昔の夢を見た。
―9―
目を覚ましたら、まだ夜中だった。
暗い部屋の風景が、突然じわりと滲んだ。
涙が出ていた。
「……ぅぐっ……ひくっ……ぁぁぁ…………」
私の瞳はあっというまにずぶぬれになり、それでもとめどなく涙は溢れ、ぼろぼろと零れ落ちた。
泣いてしまったのは、夢のせいだ。
あまりにも楽しい夢だった。
楽しかった。
あの頃は、本当に全てが楽しかった。
あの時、あの場所は、私にとっての素敵な楽園だった。
楽しい日々がずっと続くと信じていた。
でも全て終わってしまった。
私が大好きだったものは、何もかも無くなった。
もうこの世のどこに行っても、あの頃の知り合いの誰にも会えない。
「や……あ……ぅぁぁ……」
どうして。
どうして自分だけ生き残ってしまったのだ。
私もみんなと一緒に、消えてなくなりたかった。
みんなあの世にも行けなかった。消えてしまった。
「霊夢。霊夢」
すぐ近くで声がした。
見ると、紫の顔が私を覗き込んでいた。
心配そうな顔で、まるで子どもが泣いているのを見た親のような表情で、紫が私を見ていた。
部屋に入ってくるなって言ったはずよ。その言葉は喉まで出掛かって、しかし嗚咽となって飛散した。
「霊夢」
紫が憂うように言った。
やめて。
そんな顔しないで。
そんな声で私の名前を呼ばないで。
今、寂しいの。
我慢できないの。
「出て行って」
行かないで。
「一人にしてよ」
一人にしないで。
「霊夢」
すぅ、と頬に紫の手が触れた。
びくっ、と体が震えた。
暖かかった。
紫が暖かかった。
紫と触れた部分から、私の体の中に蟠っていた寂しさが、ゆっくりと溶けていくようだった。
次の日、目覚めた時、すぐ横に紫の顔があった。
それを見て私が得た感覚は、ため息すら漏らす程の、安心感だった。
「…………約束だからね」
死ぬまでずっと、一緒にいてよ。
眠ったままの紫が、小さく頷いてくれた気がした。
―10―
「ねえ紫。このゴミの山、そろそろ何とかしない?」
家の外の粗大ゴミは、見るたびにいつの間にか新しい物が増えている。
月日が流れて、家の回りの様態はさらに混沌を極めていた。
一番の大物であった大型トラックは、私がここに住むようになった次の日に夢想封印で粉々にしておいたのだが、今はもっとでかいものがある。
たしか、外の世界で新幹線と呼ばれる物だったと思う。青と白の車体が地面に見事に突き刺さっていた。
「ゴミだけじゃないわねぇ、最近、妖怪が増えたわ」
紫にその言葉で気づいた。確かにその通りだった。
家の周りに、幽霊や妖精が増えており、さらに妖怪まで住み着くようになっていた。
ずっと向こうに山も見えるが、あそこにも妖怪が何匹か住み着き、家を構えている者もあるそうだった。
山の向こうには湖がある。そこもすっかり妖精たちの遊び場所となっているそうだ。
「たぶん、霊夢が来たからでしょうね」
紫の言うには、私は妖怪を集める体質のようなものを持っているらしい。
心当たりは山ほどある。昔から私の周りには妖怪が集まってきた。力の強い妖怪が、自然と周りに寄ってくるのだった。
「物も増えるし、妖怪も増える。もう少し敷地を増やさないといけないわね」
紫はめんどくさそうにそう言った。
家の周りに建造物は無い。紫の家、周りのゴミ山、あとはただただ自然が広がるのみだ。
その自然の中を、小さな妖精や霊魂の類がふよふよと浮かんでいる。
ずっと昔、いつも見ていた景色に、よく似ていた。
「あまり結界を広げすぎると、維持するのが大変なのよねぇ。そのうちまた、昔みたいに神社を作って、あなたに管理をお願いしないといけなくなるわ」
紫は言った、
「力の強い妖怪が増えたら、問題も出るでしょうね」
私は言った、
「異変の解決屋が必要ね」
「そうね」
新しい夢の始まりを眺めながら。私たちは空を見上げた。
雲ひとつない蒼空。
明るい日差しが、生まれたばかりの幻想の世界を照らしていた。
完
――ウィンストン・チャーチル
―――人の世の栄光は草の花のごとし
―――何となれば、草は枯れ、花は散るものなれば
―――されど主の言葉は永久に変わることなし
―――《アーメン》
そこがすなわち幻想郷ですな
紫が優しくてイイ。
トラックまで幻想入りするんだな。今の世界は。
でもただ欝なだけの話ではなくて良かったです。
本当霊夢と紫っていい関係だなあ
ゆかれいむは良かった
幻想郷に何があったのか気になります。
面白かった。
幻想郷から元の姿のまま脱出することが出来たのは紫と霊夢だけだったんでしょうか?
バッピーエンドの読後感が好きです
面白かったんだけど、少し引っかかったのが、紫の割り切りの良さです
紫が一番幻想郷に対して執着を持っていそうだから・・・また同じような
状況になったらやどかりのように住処を変えるだけなんでしょうかね・・・
どうにもならない幻想郷よりも霊夢の幸せを取ったのだと思うことで自己完結しておきます
ほんのりと浮かび上がる、霊夢と紫の淫靡とも
思えるやりとりが光っていました。
次の幻想郷を感じさせるラストも良かったです。
説明が少ないですが、こういう想像のしがいがある作品はけっこう好きです。