Coolier - 新生・東方創想話

守りし者、護られし者

2004/10/31 11:22:14
最終更新
サイズ
16.54KB
ページ数
1
閲覧数
801
評価数
1/36
POINT
1450
Rate
7.97
「剣よ!全てを切り裂く力となれ!」

 少女の頭上に光が現れ、刃の形をとる。
 光の刃は少女の敵へと一直線に飛び、敵を斬り裂く。
 しかし敵の数は多く一体一体斬っていったのでは、先に力尽きてしまうだろう。
 少女は光の刃を消し去り、新たな力を用いる。

「勾玉よ!全てを薙ぎ払う力となれ!」

 少女の手から青と赤の光が現れ、弧を描き飛んでいく。
 光は少女の敵に向かって疾走り、敵をかき消していく。
 青と赤の光は少女の手から幾度となく放たれ、その場が青と赤の二色に染め上げられる。
 二色の光による蹂躙の後、立っていた者は半数ほどになっていた。
 残された者は目の前の光景に怯え、呆然と立ちすくんでいる。
 その様子に少女は一瞬気を緩める。
 気の緩みは少女に油断を生じさせた。
 少女の横を通り過ぎる疾風、微かな痛み、そして頬に流れる血。
 それは恐怖に駆られた者の愚かな一撃。
 油断した少女に向けたそれは起死回生の一撃ではなく、感情を発露させただけのもの。
 しかし、恐怖に怯えた者にはそれで十分だった。
 少女の頬に流れる赤き血は、その者たちを恐怖から解放するには十分のものだった。
 恐怖から解放された者たちは、我先にと一人の少女に襲い掛かる。
 少女に向けて放たれる数々の純然たる力の奔流。
 しかし、少女にはもう油断などというものは存在しない。
 
「鏡よ!全てを撥ね返す力となれ!」

 少女の手から純白の光が現れ、少女の前方を覆う。
 その光は少女へと向かう力の全てを受け止める。
 光にぶつかった力は光に込められた力を吸収し、強大な力となりて元の場所へと返る。
 自己の力によって蹂躙される者どもの阿鼻叫喚の叫びが響く。
 その叫びが収まるころ、この場に立っていたのは光を操る少女のみだった。

 少女の名は上白沢慧音、人の里を守りし者。



 「これで終わりか、さすがに疲れたな」

 慧音はつぶやきながら腰を落した。さすがに疲れているのか肩で息をしている。それもそのはず、この連日彼女は満足に睡眠を得る事もできないほどの時間を戦いに費やしていた。いつまでこんなことを続けるのか。暗い闇の中、妖しく光る月を見つめ慧音はため息をついた。

 月に異変が起きている。

 決して満月にならない月、それは多くの妖怪に危機感をもたらした。満月の力は妖怪にとって絶大だ。それがないということは低級の妖怪にとっては滅びよといわれているようなものである。危機に陥った妖怪は満月から得ていたものを別の存在から確保しようとするわけだ。

 つまりは人間を喰らうこととなる。

「全く。とんだ事をしてくれたものだな月の民め」

 月に異変を起こした犯人の目星はついている。けれども今の慧音ではどうする事もできない。慧音は通常の妖怪よりも満月の力に依っている部分が大きく、満月の日でなければ本来の力の半分も出すことはできないのだ。ましてや今この場を離れてしまえば愛しい人間たちが妖怪に蹂躙されてしまう。それだけは絶対に避けなければならない。慧音はどうすることもできない無力な自分に歯噛みした。

 ガサッ!

「ッ!?なにものだ!」

 すぐ近くで草を揺らす音。
 しまった。考え事に気をとられていて周囲の気配を探ることを怠ってしまった。
 軽く舌打ちし音のした方向を睨みつける。

 まだ妖怪が残っていたのか?

 音の大きさから考えれば相手との間合いは一撃必殺の距離。弾幕を操るものであれば決して侵しえない接近戦の領域。この距離では技などは必要ない。必要なものは力のみだ。

 今の私の全力を持ってするしかないか。

 慧音の決意は辺りの空気を震わせる。そして張り詰めた空気は辺りの風景さえも狂わせた。空に浮かぶ無数の歯車。それは歴史という名の運命の集合を意味するのだろうか。

 そう慧音の力は歴史の力だ。過去から未来へと向かう希望と絶望の力、両の手のひらに集まるは二色の光。青き光が表すは延々と続く支配の系譜。永遠に変わらぬ一つの血脈。赤き光が表すは延々と受け継がれる思いの記憶。今も変わり続ける無限の物語。希望と絶望、青と赤。そして変化と恒常。相反する二つの光、今ここに合わさりて彼の敵を撃ち滅ぼさん。
 
「えーと、もしかしてそれは私に向けられているのかしら?」

 その場にはとてもじゃないが似つかわしくない声が響き、真っ白な服に身を包んだ少女が笑顔を浮かべながら現れた。慧音は思い出す、目の前の少女のことを。その少女は慧音が守る里に住んでいた。憶えている、どんなことがあっても笑顔を絶やさない少女だ。

 慧音は盛大に溜め息をつき、張り詰めていた力を消しさった。

「まったく。里の外に出るなとあれほど言ったのに、なんでこんな所まで来てるんだ」

 半ば諦めた口調で詰問する。こんなことをいっても聞く娘ではないことを慧音は知っているからだ。少女が生まれてすぐのころから知っているのだ。帰れといって聞くような娘ではない。

「妹がちょっと風邪を拗らせてしまったみたいなの。それで薬草を探しに」

「あいつが?それは間違いなく仮病だと思うんだがな。昨日も元気そうだったぞ」

 妹についてもよく知っている。慧音にとって里に住むもの全てが愛すべき者たちであり、知らないものなど一人として存在はしない。

「あはは、私もそうじゃないかな~とか思ったんだけどね。でもやっぱり心配だしね。元気なら元気で良いじゃない」

「らしい考え方だな。そういう考え方は嫌いじゃないが、今、里の外に出るのは危険なんだ。早く屋敷に戻り…」

 ゾクッ!

 突然襲い掛かる悪寒。遠くから感じられる気持ちの悪い妖怪の気配。

「慧音?どうしたの?」

「あ、いやすまん。ちょっと用事を思い出したんだ。急ぎだからこれで失礼するよ。お前も早く屋敷に戻るんだ」

 そう言うや否や、慧音は夜の闇の中へと飛び出した。先ほどの疲れも抜けきっていないというのに全力で飛ぶ、少女が決して追いつけないように全力で飛ぶ。

 目的地にたどり着いた慧音はその場所に現われた光景に絶句する。その場所に現われた妖怪の数、先ほどの襲撃よりも大幅に数が多い。しかしそれでも低級妖怪であればそんなものはいくら数が多かろうとただの烏合の衆だ。恐るるには及ばない。

 けれども今、里を目指しこちらに向かってくる妖怪どもは明らかにそれよりも格上の者。先の戦いのように小さな力ではとても一撃で倒せそうにもない。そう、慧音の力は歴史の力。歴史を力に変えるには過去から連なる歴史を紐解かなければならない。それはつまり、巨大な力を操るには時間がかかるということ。低級の妖怪相手なら偶像めいた贋作の力で十分だったのだが。

 幸いまだ敵はこちらに気付いていない。それならば隠れながらのゲリラ戦ということも考えられる。

 いや、そんなことはできない。

 慧音は先程の少女のことを思い出す。彼女のことだ、慧音を追いかけてやってきてしまうに違いない。そうだ、少女がここに辿り着く前に終わらせなければならない。ならば一撃の元に彼の妖怪どもを倒すしかない。

「剣よ、其は戦争の歴史。望みのために他者を切り捨てる単純明解な生命の歴史」

 静かに響き渡る詠唱。一斉に慧音に向かう妖怪どもの二つの眼、慧音の右手に浮かぶは光の剣。

「勾玉よ、其は弾圧の歴史。望みのために他者を踏みつける弱肉強食な社会の歴史」

 詠唱とともに左手にあらわるは光の珠。妖怪どもは気付く、空気が変わるほどの強大な力の奔流を。気付いたならばどうするか。そんなものは決っている、目の前の存在を叩き潰すのだ。

「鏡よ、其は謀略の歴史。望みのために他者を蹴落とす厚顔無恥な人間の歴史」

 慧音に襲いかかるは無数の弾丸。されども決して怯むことなかれ。ただ敵を倒すことにのみ集中せよ。たとえ満身創痍になろうとも、敵が全て朽ちるまでは倒れるわけにはいかぬのだ。そして慧音の頭上に光の壁が現れる。

「戦争、弾圧、謀略こそが歴史の真実か。否、それならば幻想郷など存在しない」

 妖怪の攻撃はさらに激しさを増す。服は破れ、肌は傷つき、されども慧音は一歩も退くことはない。

「ならば歴史よ真実の姿を見せよ。戦争、弾圧、謀略の歴史は偽りの姿。守護、自由、理解こそが歴史の真の姿」

 慧音が作り出した光はさらに輝きを増し、三つの光が一つとなり天高く舞い上がる。

「さあ、今こそここに幻想郷を顕現せよ」

 燦然と輝く光。そこから降り注ぐ無数の弾丸。光が消えた時、慧音以外の全てが消え去っていた。



 力尽きその場に倒れこむ慧音。そして駆けつけるは一つの影。それは先程の少女、急いで駆けつけて来たのか息があがっている。

「だ、大丈夫!?」

 傷だらけで倒れている慧音を見つけ慌てる少女。慧音は少女が近付く前に起き上がり、罰の悪そうな顔をして少女の側を向く。

「お前の笑顔以外の顔を見るのは久し振りだな」

 なんでもないとでも言うように軽口をたたく。しかし少女にはそれが気に触ったらしい。

「そんな傷だらけになってなにを言っているの!?」

「別にこの位なんともないさ。少し休めばなんとかなる」

 確かに少しの間休めば重傷をおったとしても慧音は治すことができる。しかしそれは満月の場合であり、現在は不可能である。少女は慧音の強がりにほとほと呆れ果てた様子で、長いため息をついた。

 少し心が痛むけど、弱味を見せるわけにはいかない。私は里を護る者、これしきのことで里の者に心配をかけるわけにはいかない。

 慧音は決意を新たにし少女に向き直る。訪れる妖怪が日増しに強くなっている、このままでは少女を守りながら戦うことはできないだろう。

「~~~~~~~~~~」

 はやく屋敷に帰るよう促そうとしたところ、突如夜空に響き渡る怪しい歌声。慧音は知っている、それが最近この里の近くに住み着いた夜雀の歌声だということを。

「…この歌は?」

 少女は歌が聞こえる側を向き、その歌に耳を澄ませた。そして歌に惹かれているのかふらふらと歩き始める。その様子を見て慌てて引き止める慧音。

「行っては駄目だ!」

 いきなり強く引かれた腕に目を丸くする少女。

「え?どうしたの急に」

「惑わされては駄目だ。この歌は妖怪の歌、聞く者を狂わせる悪魔の歌だ」

「そんな感じはしないのだけれど…」

 ますます響く夜雀の歌。聞く者を惹き付ける美しい音色。

「ちっ!里の周りで歌うなとあれほど言ったのに夜雀め」

 そう口に出して夜空へと飛び立とうとする慧音。けれどもそれを引き止める一本の腕。

「まって!そんな傷だらけの身体でなにをしようとしているの!」

「そんなこと決っている。この歌を歌っている妖怪を退治してくるのさ」

「別にこの距離なら里にいる人間には聞こえないわ。放っておいても大丈夫よ!…それとも私がここにいるから!?それなら気にする必要はないわ。あなたは知っているでしょう、私が人間…」

 慧音は人差し指を少女の唇に合わせ、少女の言葉を止めた。

「それ以上は言うな。私にとってはお前も人間であり、護るべき存在だメルラン・プリズムリバー」

 そう残して慧音は夜空へと飛び去った。



「さて、その歌をやめてもらおうか」

「現れた途端、いきなりそれ?余裕がないじゃないか。上白沢慧音」

 歌を止め慧音に向き直る夜雀、ミスティア・ローレライ。すでに傷だらけになっている慧音に気付き、呆れ顔をする。

「いい恰好になってるじゃないか。そんな状態でどうするつもり?」

「それはお前の態度によるさ。そのまま歌い続けるのならば容赦はしない。歌を止めて、ここから離れるというのなら別になにもしないさ」

「あなたの言うことは代わり映えがないね。いつもいつも出ていけ、出ていけ。もうそんな問答はあきあきだよ」

 夜雀はけらけらと笑う。

「そうか、それなら容赦はしない。今ここでお前の歴史を消しさってやる」

「本気?そんな身体で私に勝てるつもりでいるの?」

「私は護る者。人間に危険をもたらすものを放っておくわけにはいかない」

「ふぅ。代わり映えがしないっていったけど前言撤回。今日のあなたは余裕がなさすぎだよ」

「余裕なんてものは初めからないんだ。今この時間にも新たな妖怪がここに押し寄せて来ているのかもしれないんだ。こんな所で問答をしている暇はない。やるならはやく始めるぞ」

「全く。私と戦うどころか、まだまだ戦うつもりなんだ。そんな身体で。そんなことしてたらあなた、間違いなく死ぬよ。慧音、どうしてそこまでして人間の味方をするんだ?」

「それは人間が好きだからだ。好きだから側に居て護りたい。あの里に住むものたちみんな大好きなんだ。それ以外に理由なんてない」

 夜雀の問いに間髪を入れず答える慧音。答えてから自分の回答がどれだけ恥ずかしいものか気付いて赤面する。夜雀は慧音の答えに一瞬きょとんとしたが、次の瞬間弾けるように笑い始めた。

「あはははっ。恥ずかしい奴だな、慧音は。そっか、好きだからか。それならしょうがないな。ははっ、面白すぎて涙が出てきたよ」

 涙が出てくるほど大笑いをする夜雀に憮然とする慧音。

「はぁー、面白すぎて笑い疲れたよ。うん。今日は気分がいいからこっちが引いてあげる。今日のところは歌わないよ。それじゃね。…ふふっ、好きだから、か」

 そう残して、どこぞへと飛び去る夜雀。気配が消えてもなお、夜雀の笑い声が響いていた。

「逃げられた?…いや見逃してくれた、か」

 夜雀がいなくなり気が抜けた慧音は落下するかのように地面に落ちる。疲れきった慧音は起き上がることすらままならない。このままここで疲れを癒そうかと眼を閉じる。しかしその場所には先客がいた。

「お帰りなさい慧音」

 突然かけられた声に驚き起き上がろうとする。

「ああ!そのまま横になっていて。無理に疲れることはないわ」

 声の主はメルラン・プリズムリバー。先程の少女。里に住む騒霊の次女。

「私だって戦えるのに慧音は一人で戦おうとするのね。守られるだけってのは私は嫌だわ。必要とされてないって思っちゃう」

「そんなことはな…」

「いいから黙って聞いていて」

 起き上がり、弁明を試みる慧音の肩を押さえつけ、メルランは上からのぞき込むような形で言葉を続ける。

「私は、慧音がお前は人間だっていってくれたときとってもうれしかった。私達は昔そうあろうとしてできなかったから。だから人間だって肯定してもらえて嬉しかった。だから私はそれに応えたかった。でも慧音は私が戦うことを好まない」

「当たり前だ。私は好きな奴が傷つくところなんて見たくない」

「はぁ、それはこっちだって同じ。私だって慧音が傷つくところは見たくない。…でもね、そんな問答はどうだっていいの。どうせなにを言ってもあなたは聞かないんだし。それならそれで私は私にできることをするわ」

 メルランはどこからか取り出したトランペットに口をつけ、音を奏でる。それはいつもメルランが姉妹と演奏をしている騒々しい音楽と違い、緩やかな優しい音楽。その優しい音色は疲れ果てた身体に染み渡り、慧音を夢見心地にさせる。このまま眠りについてしまおうか。そう思わせるのに十分なほどの美しい音色。

 そんな中、トランペットの音に重なる一つの歌声。驚き慌てて飛び起きる慧音。微かに感じられる夜雀の妖気。

 あいつめ、今日はもう歌わないっていったじゃないか!

 メルランも突如流れた歌声に驚きトランペットの演奏を止めている。それに伴って夜雀の歌声も止まる。数秒の沈黙、訪れる気まずい雰囲気。先程の心地よさなど嘘のようだ。

 メルランと慧音は顔を見合わせる。二人とも微妙な表情。そして再び流れる歌声、夜雀の歌。あの夜雀め、約束しておいて破るのか。

 しかし慧音は気付く、その歌声が先程と違うことを。その歌は妖気が感じられない、ただ純粋な歌だった。

 歌声のする先を睨む慧音。そんな慧音に遠慮して手にしたトランペットを持て余しているメルラン。そして流れ続ける一つの寂しい歌声。

 そんな微妙な空気を打ち破ったのはバイオリンの音色。それは流れる歌声に重なるようにして響く。そしてさらに重なる音が一つ。その音は大人しめの歌にあわせるのが苦手なのか少し不安定。慧音とメルラン、重なった三つの音を聞いて微笑み合う。流れる三つの音に重なるトランペットの音色。夜空に響く四重の音色。

 ああ、どうしてこんなにも暖かいのか。私は戦うことでしか他者を護ることができない。けれどそれはただ守るだけ。所詮それだけのこと。今流れている音、この音は心が安らぐ。際限なく現れる妖怪に、挫けそうだった心が落ち着いてゆく。今、私は護られていることが実感できる。本当なら私が護りたいのに。私は護られている。ああ、心地よい。これで私は戦える。守ることしかできないけれど、守ることならまだできる。






「あれ?眠っちゃったの」

「ええぐっすりと、それはもう気持ち良さそうに。…ところであなた、風邪じゃなかったのかしら」

「えへへ~、でも姉さんは気付いてたんでしょ。薬草なんて摘んでないし。…そんなに気になってたの慧音のこと」

「まあ、ね。だって慧音を見ると思い出すもの。自分一人で抱え込んで、どんだけ辛そうにしていてもなんでもないって笑って。他人のことばかり心配する癖に人一倍寂しがりやで。…あの娘のために私達はなにができたのかしら」

「さあね~。でも慧音のためにはなれたと思うよ。だってこんなに嬉しそうな顔して眠っているもの」

「ふふ、久しぶりに吹いた甲斐があったというところかしら。あなたも久しぶりに弾いてみたらどう」

「面倒だよ~。楽器なんて鳴らせりゃそれでいいよ」

「…とかいいながらお前もしっかりと弾いてたじゃないか」

「うわっ。ルナサ姉さん、それはばらしちゃだめだってば~」






 眼を覚まし起き上がる。辺りはなにも変わっていない。周りにはメルランが一人。

「私はどれだけ眠ってたんだ」

「ほんの少し。ほら月も動いていないわ」

 頭上に輝く月、確かに眠る前と場所も形も変わらない。けれど慧音は知っている。あの月は毎日同じ形で昇っていることを。そもそももっとわかりやすいものがある、ぼろぼろに破けたメルランの白い服。ばればれの嘘、だけどそれを指摘することなどできはしない。それは昨日の自分を否定することだから。全く意地の悪いことだ。でもそれも今は心地よい。

「さてと、少し眠ったことだしもう大丈夫だ。メルランはもう帰ったほうがいい。二人にもお礼を言っておいてくれ。素晴らしい演奏だったよ」

 夜雀…いやミスティアにもいつか礼を言わなければ。

「もう。結局一人で戦おうとするのは変わらないのね。…慧音、無茶はしないでね」

「ああ、わかってる」

 メルランが去った後、慧音は一つの決意を固める。このままでは埓があかない。たとえ勝ち目などなくとも、月を元へと戻す。そのためには里に妖怪が来ないようにしなければならない。

「この術は使いたくなかったんだがな」

 それは里を歴史から葬りさること。そうすれば余程の強力な力を持つ者でなければ、そこに里があったことすら気付かない。気付かれなければ襲われる心配もない。安心してあいつを倒しにいける。

 上空へと飛び上がり、意識を里へと集中させる。少しずつ闇に染まっていく人間の里、やがて全てが闇に覆われその場所は歴史から消し去られた。

「これで、もう妖怪に襲われる心配はないか」

 歴史から消し去られた里に気付く程の妖怪などはわざわざこんな所まで人間を襲いに来ることなどはしないだろう。もし来たとしても問題はない。幸い目的地はこの近く、それほどの力を持つ妖怪が来たのなら存分に気が付ける。ただ一つの懸念はこの術を解除すること、解除できなければ里は歴史から消し去られたままになってしまう。解除には満月の力が必要だ。それも当然のこと、消し去ったものを創り出さなければならないのだ。今の慧音がそれを行うには命をかける必要が…、いやそんなことを考えることはよそう。メルランと約束をした、無茶はしない。絶対に月を元に戻し、里も元通りにしてみせる。それが出来なければ、人の守護者など名乗れるものか。

 上白沢慧音。人の里を守りし者、人に護られし者。そして人を護りし者を目指す者。
どうも二度目です、青色れんです。

前作の話とリンクさせてみましたが、
上手くいっているのか全然自信がないです。
リンクさせる関係上、一週間以内に出したかったのですが、出せませんでした。

前作とのリンクは自分なりの最適解のつもりですが前作を気に入って頂けた方々に台無しにされた~とか思われたらどうしましょう。

今回の話も気に入っていただけたら幸いです。

それではまた、よろしくお願いいたします。
青色れん
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.1390簡易評価
21.60名前がない程度の能力削除
メルランと慧音ってペアが凄い新鮮でした。
メルランスキーなので何度か読ませていただきました。
>「あはは、私もそうじゃないかな~とか思ったんだけどね。でもやっぱり心配だしね。元気なら元気で良いじゃない」
この件がいかにもメルランっぽくて良いです・・・