最初は気紛れだったのだろう、食料という概念でしかなかった人間が
人間から外れた力をもっていた。私は運命を操るが、この人間は時を操る。
同じ『操作者』として、とてもとても興味が沸いた。殺すのは惜しい。ならば自分の手元に置いてみよう。
人間を自分の館に置いてから数週間がたった。私と殺しあって出来た傷も友人と使用人のお陰で随分よくなっている。
とある紅い満月の夜、意識を取り戻したようなのでとりあえずスキンシップといく。
「お目覚めかしら。気分はどう?」
「…結構最悪ね。身体中が痛いわ」
「当たり前よ。肉体の限界を超えた殺し合いだったもの。私はともかく、貴女はその辺り人間なんだから
注意しないとすぐ壊れてしまうわよ」
「物騒な話ね。注意しておくわ」
「ああ、そうだ。肝心な事を聞きたかったの。貴女の名前は?」
「………名乗る筋合いは無いわ」
「それは殺しあう前に聞いたわ。…そうね。だったら私が貴女に名前を付けてあげるわ」
「…。いいわ。でも変な名前だったら承知しないわよ」
「ううん、そうね。こんなにも紅い満月の夜だから、貴女は―――『十六夜 咲夜』ね。決めた」
「イザヨイ、サクヤ。…………素敵な名前ね。この夜にお似合いだわ」
「でしょう?さて、名前も決まったことだし、咲夜。貴女は私に仕えるのよ」
「また、唐突ね。自分を殺しに来た相手を生かしておいて自分に仕えろだなんて。正気の沙汰じゃないわ」
「レミリア」
「?」
「レミリア・スカーレット、よ。この紅魔館の当主。私。吸血姫。お嬢様。いいかしら?」
咲夜と名付けた人間は、自分の話をまるで聞かない私を呆気に取られて見ていたが、やがて緩やかに微笑んだ。
「―――はい。解りました。レミリアお嬢様」
咲夜は初めは私の世話役だったのだが、日がたちいつのまにかメイド長という役割を担っていた。
と、いうかこの紅魔館の顔役になっていた。まぁ私が館の事に興味を示さずほうっておいているのだけど。
この完全で瀟洒な人間は私が呼べばすぐに現れ、私の我侭にも文句を言うことなく即実にこなし、そして――私を怖れない。
不思議だ。食料でしかない人間が、私にあるはずのないモノを抱かせる。
私はいつしか、この人間を、咲夜とずっと一緒に居たいと思うようになっていた。
「人間って寿命が短いのねぇ。せいぜい100年生きられればいい方だわ」
「あら、110年生きた人間もいますよ」
「10年増しでも大差無いわ。ねえ咲夜。質問があるのだけど」
「なんでしょう?お嬢様」
「私と、ずっと一緒に居たい?」
「―――…そうですね。出切る事ならば、ずっとお仕えしたいですが。私は人間です。生きている間はお仕えしましょう」
「そう、残念ね」
言葉ではそっけ無く返したが、内心は酷く動揺していた。自分自身でも驚いている。
咲夜が、いなくなる。嫌だ。ずっと、ずっと傍に居て欲しい。咲夜が消えるのは、イヤダ―――。
咲夜を使えた日と同じような、紅い、紅い満月の夜。私はついに堪え切れなくなった。自分の気持ちに正直になろう。
咲夜を、咲夜を。私のモノに。ずっと、一緒に。
「……うん」
咲夜の寝室。紅い月に照らされ寝ている咲夜はとても美しかった。
さぁ、やってしまおう。この寝姿も、ずっと見ていられるように。
…
!?
シーツを跳ね除けた瞬間、咲夜はそこに居らず、私の背後に回っていた。そうか、この従者は…。
「やはりきましたね。お嬢様」
「そう、貴女の能力をすっかり忘れていたわ。それで…いつ、私がこうすることに気づいていたのかしら?」
「あの日の質問からでしょうかね。お嬢様は解り易いですよ」
「そう………。咲夜、貴女の望んでいない事だとは解るわ。でもね、これ以上は私が耐えられそうにないわ」
「私は只のお嬢様の従者ですよ。従者にそこまで気を使ってはいけません」
「残念ね、咲夜。貴女は、もう…私の中では…只の従者ではなくなって…しまったわ。…貴女がいけないのよ。
私を、私をこんなに……こんなにも、辛い思いをさせて!!」
視界が滲む。気がつけば私は泣いていた。ああ、悪魔でも涙は流せるんだな。それも、人間に対して流している。
悪魔にあるはずのない―――暖かなモノをこの人間は私に与えてしまった。それを知ってしまった故に、
私は失うのがとても怖くなった。この暖かさを失う事が。
「お嬢様」
不意に、咲夜が背中にしな垂れてくる。私を抱きしめてくれた。
「咲夜…暖かいわ。でも、私は…この暖かさがとても怖い。いつか、貴女が居なくなってしまうのが…とても怖い」
「お嬢様。私はいつかは居なくなってしまうでしょう。ですけど……。私とお嬢様の過ごした『時』は無くなりませんわ」
「…貴女の力で?」
「えぇ。それはもう。お嬢様の時を存分に操っていつでも暖かくいられるようにしましょう」
「いうわね。運命操作と時操作では分が悪すぎよ」
…あぁ、いつもそうだ。この従者は、私の機嫌を構わず暖かさを振りまいてくれる。
いつのまにか涙も止まり、私と咲夜は笑っていた。
「あれから、100年あまりかしらね?」
紅魔館の庭にひっそりと佇む1つの墓石。そこには、かつて私を慕ってくれていた従者が眠っている。
「貴女が居なくなったあとでも、ここは相変わらずだわ。むしろ忙しくなったくらい。
まったく、当主に館の面倒見事を置いていくだなんて、従者失格よ。貴女」
微笑みつつ、私はもってきた花束を墓石に添える。一陣の風が吹き、少しだけ目を閉じた。
「じゃあ、またくるわね。咲夜」
―――大丈夫、いつも感じている暖かみが私を包む。寂しくないといえば嘘になるが。
貴女を感じていた暖かさが、それをかき消してくれる。そう。ずっと、ずっと一緒だよ。咲夜。
人間から外れた力をもっていた。私は運命を操るが、この人間は時を操る。
同じ『操作者』として、とてもとても興味が沸いた。殺すのは惜しい。ならば自分の手元に置いてみよう。
人間を自分の館に置いてから数週間がたった。私と殺しあって出来た傷も友人と使用人のお陰で随分よくなっている。
とある紅い満月の夜、意識を取り戻したようなのでとりあえずスキンシップといく。
「お目覚めかしら。気分はどう?」
「…結構最悪ね。身体中が痛いわ」
「当たり前よ。肉体の限界を超えた殺し合いだったもの。私はともかく、貴女はその辺り人間なんだから
注意しないとすぐ壊れてしまうわよ」
「物騒な話ね。注意しておくわ」
「ああ、そうだ。肝心な事を聞きたかったの。貴女の名前は?」
「………名乗る筋合いは無いわ」
「それは殺しあう前に聞いたわ。…そうね。だったら私が貴女に名前を付けてあげるわ」
「…。いいわ。でも変な名前だったら承知しないわよ」
「ううん、そうね。こんなにも紅い満月の夜だから、貴女は―――『十六夜 咲夜』ね。決めた」
「イザヨイ、サクヤ。…………素敵な名前ね。この夜にお似合いだわ」
「でしょう?さて、名前も決まったことだし、咲夜。貴女は私に仕えるのよ」
「また、唐突ね。自分を殺しに来た相手を生かしておいて自分に仕えろだなんて。正気の沙汰じゃないわ」
「レミリア」
「?」
「レミリア・スカーレット、よ。この紅魔館の当主。私。吸血姫。お嬢様。いいかしら?」
咲夜と名付けた人間は、自分の話をまるで聞かない私を呆気に取られて見ていたが、やがて緩やかに微笑んだ。
「―――はい。解りました。レミリアお嬢様」
咲夜は初めは私の世話役だったのだが、日がたちいつのまにかメイド長という役割を担っていた。
と、いうかこの紅魔館の顔役になっていた。まぁ私が館の事に興味を示さずほうっておいているのだけど。
この完全で瀟洒な人間は私が呼べばすぐに現れ、私の我侭にも文句を言うことなく即実にこなし、そして――私を怖れない。
不思議だ。食料でしかない人間が、私にあるはずのないモノを抱かせる。
私はいつしか、この人間を、咲夜とずっと一緒に居たいと思うようになっていた。
「人間って寿命が短いのねぇ。せいぜい100年生きられればいい方だわ」
「あら、110年生きた人間もいますよ」
「10年増しでも大差無いわ。ねえ咲夜。質問があるのだけど」
「なんでしょう?お嬢様」
「私と、ずっと一緒に居たい?」
「―――…そうですね。出切る事ならば、ずっとお仕えしたいですが。私は人間です。生きている間はお仕えしましょう」
「そう、残念ね」
言葉ではそっけ無く返したが、内心は酷く動揺していた。自分自身でも驚いている。
咲夜が、いなくなる。嫌だ。ずっと、ずっと傍に居て欲しい。咲夜が消えるのは、イヤダ―――。
咲夜を使えた日と同じような、紅い、紅い満月の夜。私はついに堪え切れなくなった。自分の気持ちに正直になろう。
咲夜を、咲夜を。私のモノに。ずっと、一緒に。
「……うん」
咲夜の寝室。紅い月に照らされ寝ている咲夜はとても美しかった。
さぁ、やってしまおう。この寝姿も、ずっと見ていられるように。
…
!?
シーツを跳ね除けた瞬間、咲夜はそこに居らず、私の背後に回っていた。そうか、この従者は…。
「やはりきましたね。お嬢様」
「そう、貴女の能力をすっかり忘れていたわ。それで…いつ、私がこうすることに気づいていたのかしら?」
「あの日の質問からでしょうかね。お嬢様は解り易いですよ」
「そう………。咲夜、貴女の望んでいない事だとは解るわ。でもね、これ以上は私が耐えられそうにないわ」
「私は只のお嬢様の従者ですよ。従者にそこまで気を使ってはいけません」
「残念ね、咲夜。貴女は、もう…私の中では…只の従者ではなくなって…しまったわ。…貴女がいけないのよ。
私を、私をこんなに……こんなにも、辛い思いをさせて!!」
視界が滲む。気がつけば私は泣いていた。ああ、悪魔でも涙は流せるんだな。それも、人間に対して流している。
悪魔にあるはずのない―――暖かなモノをこの人間は私に与えてしまった。それを知ってしまった故に、
私は失うのがとても怖くなった。この暖かさを失う事が。
「お嬢様」
不意に、咲夜が背中にしな垂れてくる。私を抱きしめてくれた。
「咲夜…暖かいわ。でも、私は…この暖かさがとても怖い。いつか、貴女が居なくなってしまうのが…とても怖い」
「お嬢様。私はいつかは居なくなってしまうでしょう。ですけど……。私とお嬢様の過ごした『時』は無くなりませんわ」
「…貴女の力で?」
「えぇ。それはもう。お嬢様の時を存分に操っていつでも暖かくいられるようにしましょう」
「いうわね。運命操作と時操作では分が悪すぎよ」
…あぁ、いつもそうだ。この従者は、私の機嫌を構わず暖かさを振りまいてくれる。
いつのまにか涙も止まり、私と咲夜は笑っていた。
「あれから、100年あまりかしらね?」
紅魔館の庭にひっそりと佇む1つの墓石。そこには、かつて私を慕ってくれていた従者が眠っている。
「貴女が居なくなったあとでも、ここは相変わらずだわ。むしろ忙しくなったくらい。
まったく、当主に館の面倒見事を置いていくだなんて、従者失格よ。貴女」
微笑みつつ、私はもってきた花束を墓石に添える。一陣の風が吹き、少しだけ目を閉じた。
「じゃあ、またくるわね。咲夜」
―――大丈夫、いつも感じている暖かみが私を包む。寂しくないといえば嘘になるが。
貴女を感じていた暖かさが、それをかき消してくれる。そう。ずっと、ずっと一緒だよ。咲夜。
極力描写を抑えながらも、訴えかけるものが非常に力強い。
こう言う主題のはっきりした話は好きです。
咲夜とレミリアお嬢様の運命と時が何時までも続くことを・・
永遠を生きるということは、ずっと過去を背負っていく事なんだなぁ…
想いは残るんですね
お見事。
これだけ短く簡潔にまとめた上で、ここまで人をひきつけるとは
感服しました
いつかこういった時が来たとしても、このような素敵なものになればいいなあ