しとど降る雨を見上げ、私は傘をくるりと回した。
小さく弾ける水の弾幕。
歩く小径の脇に立つ樹々の幹は黒々と濡れて、冬支度と呼ぶにはいささか早くその葉を落とし始めている。
――それほど寒いわけでもないのに。
まるで、秋を忘れてしまったかのように。
「貴方の仕業なのかしら」
振り向きもせずに云う。
「なんのこと?」
背後で風が囁く。風に舞う小さな結晶がひとひら幻視(み)えた。
「冬にはまだ少し早いんじゃなくて?」
「そうね。まだ少し早いわ」
応えになっていない風の声を聞き流し、ゆるりと歩を進めつつ樹々の隙間を見やると、道に沿って流れる小川が見える。
雨で少し嵩を増した川面では、水鳥のつがいが一心に餌を求めてその首を潜らせていた。
――水鳥には、この雨も関係ないものね。
それでも、雨に濡れて餌を探すその姿は、雨に濡れまいと傘を差す私には、酷く寒々しく映った。
「雨の日は、水が乱れて餌が取りやすくなるのよ」
私の心を見透かしたように風が云った。
「博識ね」
「勿論、私はなんでも知っているわ」
「冬を過ぎれば全てを忘れてしまうのに?」
「忘れることなんて、大したことではないわ」
少し、雨足が強まったような気がする。地面に跳ねる水滴が、赤い生地の裾を黒く食んでいた。
「冬の訪れと共に全てを知り、そして全てを忘れる。平凡で楽しい営みよ、私にとっては」
それは、平凡ではないように聞こえたけれど、私には判らないのだろう。私に水鳥の営みが判らぬように。
「それでも、あの氷精は貴方のことを忘れていないわ」
それは、残酷な物言いだったろうか。風は、全てを忘れているというのに。
風の囁きが止まった。傘に当たる雨音だけが耳に響く。いつしか、私の足も止まっていた。
「――恋娘、ね」
しばしのち、風が云った。今知った、という風情に、ほんの少し哀しさが翳った。
「彼女は恋娘だから。忘れんとして忘れ得ぬのが恋心よ。でもね」
口にした恋を、抱き締めるように温もりが交ざる。
「彼女はまだ、恋に恋する恋娘。本当の恋を知れば判るわ。忘れることは、失うことではないと」
――それを知るにはあの娘はまだ幼いけれど。
「冬に向け樹が葉を落とすように、全てを忘れても、新たな芽が吹く。新たな春が来て、また冬を迎える」
そうして風は――彼女は、全てを知るのだろう。冬の寒さに、春の暖かさを知るように。
氷精の変わらぬ瞳に、過ぎ去りし冬に置いてきた自らの思いを知り、春が訪れるまでそれを優しく胸に抱くのだろう。
もう一度傘を回し、再び歩き始めた私に、少し気配の遠ざかった風が笑いかけた。
「あなたも、そうでしょう? 私の知らない博麗の巫女。あなたで何代目?」
――ああ、貴方の云う通りね。冬の忘れ物。
「そうね。忘れたわ」
もう肌寒いとすら感じる秋にぴったりとはまる雰囲気が良いです。
霊夢は博麗として生まれ、レティは冬として。それぞれ生まれた後で己の在り様を知り、それを抱えながら生きる。
死んで忘れて、生まれてそれの繰り返し。そんな輪廻転生のようなものを感じました。
雰囲気は出ているのだけど、テーマが短い文に濃縮されていて伝えたいことを読み取り辛い感覚も受けます。その分自分の解釈で読めるから楽しかったですけども。