この作品は雨雫の羽衣~無~の続きです。
雨が降り始めて約一時間、いまだに雨は止む事もなく降り続いていた。レミリアの安否は誰にも分からない。無事
博麗神社に着いたのか、それとも途中で雨宿りしているのか、それとも・・・・・死んだのか。そんな中、紅魔館で
は騒ぎなど一切なかった。その理由として、レミリアが出掛けたのを知る者がほとんどいないからだ。レミリアが出
掛けてる事を知っているのは四人いる。門番である美鈴・レミリアの友人で図書館の管理者でもあるパチュリー・レ
ミリアの妹フランドール。そして最後に、唯一レミリアの傍に仕える事を許されたメイド長、咲夜である。普通こん
な事が起これば間違いなく寝ているメイドなど叩き起こされてレミリアの探索が始まるだろう。
だから美鈴は焦っていた。なぜ何も起きないのかと。主であるレミリアが危機に晒されているのだから、普通なら
ば咲夜が先陣きって探索が始まっているはずだ。なのに何も起こらない。紅魔館全体は、まるで最初からレミリアと
言う名の少女はいなかったと言わんばかりだ。なぜ咲夜はこの状況をほっとくのか?それが分からない。美鈴の中に
ある咲夜像は、冷たかったり笑ったり怒ったり呆れたりする姿、そして何よりレミリアへ仕える事を最大の喜びと感
じている咲夜の姿だった。
「・・・・私はどうしたらいいんでしょうか」
咲夜さんがお嬢様を探しに行かない理由はやはりあの言いあいなんだろう。私はあの時に何も出来なかった自分を
悔いていた。たかが門番の発言が主に届くとは思わないが、それでも何もしないよりいい。ここまで後悔するはめに
なる事はなかっただろう。私は上を目指そうとは思ってなかった。紅魔館の門番と言う証を誇りに思っているからだ
。私は紅魔館全ての人が好きだし、特に咲夜さんやお嬢様の組み合わせは大好きだ。咲夜さんには『時間を操る程度
の能力』があるが、それ以上に仕事っぷりはすごかった。掃除・洗濯・食事、どれもこれもパーフェクトメイドには
相応しい仕事っぷりだった。そして彼女は異例のスピードでメイド長へと昇格した。彼女がメイド長になった時、文
句を言う輩なんているわけない。どこから見ても非の打ち所がない完璧さ。まさに他のメイドたちにとってこれほど
頼りになる存在はいない。もちろん私も咲夜さんのメイド長への昇格は心から祝福した。
だが、それを除いて私は咲夜さんがメイド長になった事に喜びを感じていた。それはお嬢様の咲夜さんといる時の
嬉しそうな顔だ。実は、咲夜さんが来る前、お嬢様は滅多に笑う事がなかった。妹様やパチュリー様といる時でもあ
そこまでの笑顔なんて今までになかっただろう。私は初めてお嬢様が咲夜さんを連れて来た時、何時も通りに振舞っ
ていたが、どこか嬉しそうなのは隠し切れていなかった。それを私は見抜いた。『気を使う程度の能力』を甘く見て
はいけない。気と言う言葉には心に感じられる周囲のようす、と言う意味を持っている。気一つで肉体を傷つける凶
器にもなるし、心理状態を調べる事も出来る。だから私は人一倍に周囲のようすを感じる事が出来る。
そして私はこの力で知ってしまった。此処の人たちがお嬢様をどのように思っているか。一言、『他人』。笑って
しまうがこれだけなのだ。主と従者と言う関係で、身体は預けても心までは預けていない。此処のメイドはまさにそ
れだった。主と言えども別にそれだけの存在。紅魔館は幻想郷でもかなりの名家。自分の生活が確保されるならへこ
へこ頭も下げる。だがそこが終点で、誰もお嬢様に気に入られようとはしない。理由は簡単、お嬢様が怖いからだ。
世間からはScarlet Devilと言う名で知れ渡っているし、その名に恥じぬ力『運命を操る程度の能力』を持っている。
これほどの力を持つ者はそれこそ数えるほどしかいないだろう。その力に誰もが恐怖を抱いている。だからみんなそ
れを恐れて自然と距離を取ろうとする。万が一発狂したら死ぬ事は自明の理。主と従者と言う関係で止めておくのが
一番負担も少なく危険もない。もし主が死んでも自分にとってそれは生きている中での些細な出来事の一つとして処
理される。死んだのなら新たな雇い主を探せばいい。だから『他人』。それがメイドたちにとって一番合理的かつシ
ンプルだから。だがそれが当てはまるのはメイドのみ。お嬢様にはそんな事当てはまらない。
お嬢様は何時も寂しそうだった。妹様やパチュリー様だっているが、何かがぽっかり欠けている。それはきっと、
自分を特別な存在として見てくれる人。心の契約を果たせるそんな人だろう。お嬢様は何時も気丈に振舞っていたが
きっと辛かったに違いない。お嬢様の心は硬い鎧で閉ざされていた為に、私でも読み取る事は出来なかった。きっと
常に脱出の出来ない雨の中にいるのだろう。そう、あの時までは。
咲夜さんが初めて紅魔館にお嬢様と一緒にやってきた日、お嬢様の心が本当に透けて見えていた。雨上がりの光り
輝く空のように美しく透き通った心。あれほど見えなかったお嬢様の心が透けていたのだ。咲夜さんの第一印象は、
内面が冷めていてちょっとおっかなそうだと思った。でも、だからこそ温かく優しい一面を心の中に感じる事が出来
た。間違いない、彼女がお嬢様の心に降る雨を晴らしたんだと、お嬢様の鎧を剥がしたんだと。そう感じたのはお嬢
様の笑顔だけだったが、証拠はそれで十分すぎるほどだった。
その時だった、私がお嬢様の心を覆っているのが鎧なんて頑丈な物ではないと思ったのは。それは羽衣、薄物でや
わらかい物なのではないかと。それがお嬢様の心を包んでいた正体なのかもしれない。周囲の人たちの感情により心
を閉ざしたのではなく、その状況のせいで心を閉ざされてしまったのだ。だったらそれは鎧なんて硬い物なんかじゃ
ない。お嬢様はただ待っていたのだ。自分の能力も恐れず、ただ一人の少女として接してくれる人を、自分の心を覆
っている羽衣を剥がしてくれるそんな人をずっと求め続けていた。そしてついに出会ったのだ。人間界からやって来
た、向こうの世界ではありえないはずの力を持った人が見つけてくれた。今日みたいな雨の日に。私は、お嬢様に心
から接しられるのは咲夜さんだけだと信じている。だから守りたい。目立たなくても、信頼されなくてもいい。ただ
お嬢様と咲夜さんの関係をずっと守り続けたい。それが私の門番を続ける事への意味だ。私は信じている。咲夜さん
のお嬢様に対する気持ちは変わらないと。たとえ今日のような出来事があったとして永久不変である事を。
だって、私の目にはちゃんと傘を持って廊下をうろうろしている咲夜さんが映っているんだから
「っで、先程から何をしてるんですか、咲夜さん」
「!!?」
それでようやく自分が誰かに見られている事に気付いたようだ。
「め、美鈴!?な、何であなたが此処に・・・」
「此処にって、門番である私が門前に居るのは当然じゃないですか」
「あ、ああそうだったわね。あなたの存在をすっかり完璧にざっくりと忘れてたわ」
・・・相当気が動転しているようですが、今のはいくらなんでもちょっと傷つきましたよ。
「それでこんな所でどうしたんですか?」
「う・・・え・・ええっと・・そう、見回りよ!あなたがちゃんと仕事してるかどうかの!」
私の存在忘れていたのではないのですか?
「・・・まあそれは置いといて、何で単なる見回りでそんな気が気でないような表情をされてるのですか?それに先
程からこの廊下を行ったり来たりして」
「え、わ・・私そんな事してた!?」
「ええ、この目で一部始終しかと見届けさせてもらいました」
もうすごかったですよ。10歩後ろに下がって11歩前に進むの繰り返しを振り子の原理よりも正確無比に。
「それで、どうしたんですか本当に。何か外に気がかりでも?」
「・・・別にそんなものないわよ」
私の一言で急に機嫌が悪くなる。何で咲夜さんがこんな所に居るのかも、何に悩んでいて何をしたいのかも分かり
きっている事。少しでいい、私一人でもやれるだけの事はやっておこう。それが誰でもなく、咲夜さんの為になる。
「迎えに行きたいのではないのですか?」
「!べ、別に私はお嬢様の迎えに行きたいとは思って・・・・」
「私はお嬢様、と言った覚えはありませんが」
「・・っぐ・・・」
あっさり口車に引っ掛かってるし。やはり相当この状況を気にしているのだろう、何時も冷静沈着な咲夜さんから
したらありえない事だ。まったく、心ではもう答えは出ているはずなのに、何を意地張っているのか。
「まあ、冗談はこれぐらいにしておいて、行かないんですか?お嬢様のお迎えに」
「・・・別に私は行きたいなんて」
「ならその手に持っている傘は何ですか?」
「こ、これは・・・あ・あなたが雨に濡れてるなら渡そうと・・・」
「それお嬢様専用の傘じゃないですか。私なんかが持ったら殺されちゃいますよ」
「・・・・・・・・・・」
とうとう発言する気力もなくなってしまったようですね。
「咲夜さん、正直さっきのお嬢様の発言は私だって幾らなんでも言いすぎだと思っています。でも、だからといって
何時までもこのままでいる訳にはいかないでしょう?」
「・・・・・・・・・・」
「早く行って上げてください。お嬢様だって咲夜さんの迎えを待っているはずです」
その一言で、紅魔館内に静寂が訪れる。
正直私はちょっと焦っていた。今こうして話している間にも、お嬢様が危険の状況に身を置いているというのは変
わらない。今の咲夜さんの為を思うと、少しずつ説得するべきなんだろうが、お嬢様の事を思うとそう時間はかけら
れない。ただでさえ時間が経ちすぎているというのに。
「・・・・ねえ美鈴」
「何ですか、咲夜さん?」
少しずつ咲夜さんの口が開かれていく。私は次の発言を待った。
「思ったんだけどさ、何で私がお嬢様の迎えに行かなきゃならないの?」
「・・・・・・ハイ?」
その一言はあまりにも予想外だったからか、それとも理解しようとしなかったからか、私は頭が混乱した。
「だってそうでしょ。別にお嬢様を迎えに行くのは私でなくても、他のメイドやあなたにだって出来る事じゃない」
「な、何を言って・・・」
「間違ってないでしょ?迎えに行くくらいなら誰だって出来ると言っているの。何も私だけに限定されている事じゃ
ないはずよ」
・・・聞きたくない。それ以上先を言ってはいけない。言えば私は自分が制御しきれない。
「・・・本気で言ってるんですか、咲夜さん」
「本気よ。間違ってないでしょ?考えてみれば、雨が降り始めたときあなたが他の者たちを呼び集めるという事も出
来たはず。私だけでなくあなたにも責任があるんじゃないの?お嬢様を守るのは、私の専売特許じゃないんだから」
その一言に、私は完璧に切れた。
あまりにも冷静すぎだった。咲夜さんの発言は冷たかったがそれ以上にそんな事を冷静に言われたのが頭にきた。
咲夜さんが動揺してそんな事を言ったのなら此処まで私も取り乱さなかっただろう。
気付いた時には頭よりも先に・・・・
「咲夜さん!!!」
ガッ!
身体が動いていた。
脳が指示を与える前に身体が反射して咲夜さんの頬を殴っていた。そのスピードは一瞬だった気もするがすごく長
かった気もする。殴られた咲夜さんは私の拳を受け、そのまんま壁にドカッ!と叩きつけられる。
「!!・・・ッ・・痛いわね!いきなり何をする・・・・・」
私に文句をつけようと咲夜さんが睨んできた。しかしなぜか私を見た瞬間、その視線も怒声も消えていた。
「・・・美鈴・・・・あなた・・泣いてるの・・・・・?」
ああ、そういう事か。なんで途中で途切れたのか分からなかったが、自分は今涙を流しているんだ。その事が咲夜
さんには理解不能だったのだろう。自分の頬を流れた涙はそのまま地面にぽたぽたと崩れ落ちていく。
「あなたは、・・・あなたは本気でそんな事を思っているんですか!!」
私は咲夜さんに歩み寄り、壁に叩きつけられて少々苦しそうな表情をする咲夜さんの襟を掴みそのまま腕を上げて
いく。そのまま咲夜さんの足が大地を離れ、宙吊りになる。
「ぅ・・げほ・・・くる・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」
息がしずらいのか。口をぱくぱくさせしきりに酸素を求めようとする。さすがにこの状態はまずいと思い、少々力
を緩めていき会話ぐらいは出来るような力加減にする。
「げほ・・げほ・・・・、美鈴、どういうつもり!こんな事をしてただですむと思ってるの!?」
「・・・・・・・・・・・・・」
「ッ・・・睨んでるだけじゃなく何か言ったらどうなの!それとも私の無様な姿を見て喜んでるのかしら!?」
「・・・・・・・・・・・・・」
何を言われようともう動じない。咲夜さんの目線を真っ直ぐ見据え、私は一つの質問をした。
「・・・咲夜さん、あなたにとってお嬢様とはどんな存在ですか?」
「・・・・・そんな事どうでもいいからその手を放して・・・」
「答えてください」
「・・・・・・だからこの手を・・」
「ただ自分が生きる為に必要だから一緒にいてお嬢様のご機嫌をとったりわがままを聞いたりする存在なのか、それ
ともそれとはまったく違う存在なのか」
「・・・・・・・・それは」
今までの咲夜さんにしたら、1+1よりも簡単な問題。しかし今の咲夜さんにとってはまさに難題であろう。でも
、それは咲夜さんの心に迷いがあるからだ。数学と同じ、やりかたが分かった瞬間今までの考えや疑問点があっさり
晴れて、すらすらと解ける。それさえ分かれば誰もが簡単に解ける問題も、たった一つの疑問(迷い)があるだけで
それは難題へと変わる。
「・・・私は咲夜さんが来るずっと前から此処で門番の仕事をしてきました」
「・・・何を一体・・・・」
「その間に色々な事がありました。時には新たな仲間がやってきたり、みんなで簡単なパーティーをやったり、そん
な楽しい事があっても侵入者がやってきて同胞の命が消えた事だってありました。そんな紅魔館の過去を私は咲夜さ
んよりも多く見ています。もちろんお嬢様の事も」
「・・・・・・・・・・・」
ならば解かなければ。私自身の力ではなく、咲夜さん本人が解かなければ意味をなさない問題。私が出来る事はた
だきっかけを作る事ぐらいしかない。だがそれで十分すぎるほどだ。私は決めたんだ、守ると。
「咲夜さんが来る前のお嬢様は何時も何処か寂しそうでした。咲夜さんだって気付いているでしょ?他のメイドたち
は何処かお嬢様に冷たく、深く関わりを持たないでおこうとしているのに」
「・・・・ええ」
「みんな怖いんですよ、お嬢様の力が。そもそも吸血鬼と言う種族は人間からも妖怪からも嫌われる存在なのに『運
命を操る程度の能力』と言った物騒な力がさらに嫌われる存在にしました。何時かその力のせいで殺されるんじゃな
いかと思って、みんなお嬢様とは深い関わりを持とうとしません。みんなその力に恐怖を抱いています。・・・・正
直私だって怖くないと言えば嘘になります」
此処での嘘は逆効果となる。自分の正直な思いと偽りのない感情、それを告げる。
「お嬢様にはパチュリー様だって妹様だっています。ですが、それでも何処か寂しそうでした。お嬢様にはどうして
も足りない存在がいたんです。それは家族でも友達でもなれない、自分だけを見てくれる人。それは自分の事を恐怖
も抱かず、一人の少女として見てくれる人。そう、特別な存在です」
それを言った瞬間、あの日の光景が思い出された。忘れもしない、忘れたくもない。自分が心の奥底から守りたい
と思ってしまったあの日の笑顔。お嬢様が初めて心から笑ったあの日、一人の女性がお嬢様の隣にいた。その人は人
間で、しかも人間界側から来たと言う人だった。でもそんな事どうだってよかった。だってその人こそ
「そしてお嬢様は見つけたんです。自分にとって特別な存在である人を。それが咲夜さん、あなたです」
お嬢様に笑顔をもたらした人なんだから。
「・・・・わたし・・・が・・」
「咲夜さんが初めて紅魔館に来た時のお嬢様の表情を見て分かりましたよ。この人がお嬢様の心の闇を取り除いてく
れたんだと。お嬢様にとって特別な存在なんだって」
これは確信、断定である。私以上にお嬢様と親しいパチュリー様や妹様ならもっと強く感じていただろう。
「私はその時思ってしまったんです、守りたいと。心から笑う事が出来るようになったお嬢様とそれをもたらしてく
れた咲夜さんを。もうあんな辛い思いをさせたくない、あの笑顔を失わせたくない。それが私が紅魔館の門番として
働く最大にしてたった一つの意味です」
その言葉が言い終わると私は咲夜さんを掴んでいた手を離した。
ドサ・・・・
突然の事だったからか、それとも長く地面を離れていたせいか、咲夜さんはまともに立つ事もなくただ地面に膝を
つき、壁に背を預けていた。私が出来るのは此処までだ。ここから先は全て咲夜さん自身の問題となる。
「今一度聞きます、咲夜さん。あなたにとってお嬢様とはどんな存在ですか?」
先程答えが返ってこなかった質問をもう一度する。
「私に・・・・とって・・・」
咲夜さんが重たい口を開く。
「私は・・・・あの時・・」
先程まで虚ろだった目に少しずつ光が取り戻される。
「・・・お嬢様・・・・私は・・・・ッ!!」
気が付いた時には、すでに私の目の前に咲夜さんの姿はなかった。まるで時間を止めたんじゃないかと思うくらい
の早さ。実際時間を止めたかどうかなど私に知る方法はない。一人、豪雨の中へと飛び込んでいく咲夜さんの後姿を
見ながら私は自然と微笑んでいた。
「ハア・・ハア・・ハア」
外の世界はひたすら暗く、闇と雨が私の視界を遮る。身体がどうしようもなく熱い。その為か、今はこの雨が有難
かった。今の私の熱を冷ましてくれ、仕打ちを与えてくれるからだ。
「ハア・・・ハア・・・ハア」
先程殴られた頬が痛い。一度治まりかけた痛みが此処に来てまたぶり返してきていた。だがそれよりも私にはもっ
と痛い所があった。それは心だ。あの時美鈴が見せた涙と言葉が頭を廻り廻って私を離そうとしない。
「あなたにとってお嬢様とはどんな存在ですか?」
何でこんな質問に答えられなかったのか?それは私自身に迷いがあったからに他ならない。一体何に苛々していた
のかようやく理解出来た。それは紛れもなく私自身への苛立ちだ。分かったいたはずだ。もし雨が降ればお嬢様に危
険が及ぶ事ぐらい。お嬢様が出掛けると言った時、なぜ私はその場に縛り付けてでも止めなかったのか。そんな事を
しなくても、後ろからこっそり後を付けるぐらいの事は絶対しなければならなかったのにそれすらも出来なかった。
私は臆病だ、弱虫だ、卑怯だ。私はお嬢様の事を理解していたつもりだったが、そんなの只の自惚れ、本当は何も
理解していなかった。私なんかよりも美鈴の方がずっとお嬢様の事を理解していた。彼女は門番だからこそあそこま
で紅魔館の事を見つめる事が出来、メイド長である私では気が付かない事に気付く事が出来た。お嬢様との喧嘩の苛
立ちは気にならない。それはなぜか?簡単な事だ。あれは紅魔館のメイド長、瀟洒な従者である十六夜 咲夜として
だからだ。だが今の私は違う。今の私は一人としての十六夜 咲夜だ。おそらく、美鈴の質問で聞かれていた事は二
つある。
1:私はお嬢様を他のメイドと同じように見ているか、特別な存在として見ているか。
私は最初これだけだと思っていた。しかし、この答えが後者だった時のみ、もう一つの質問が見えた。
2:特別な存在なのはメイド長だからか、それとも一人としてなのか。
この質問が見えたとたん、私は走っていた。自分がこれからも一緒にいたい、共に在り続けたいと思う人の下に。
迷いは消えた。私を引き止める物は何もない。元より迷う事が間違っていたのだ。私は心に誓っていたはずだ。あの
時、お嬢様と初めて会ったあの日から。その思いに偽りはない。だからこそ伝えに行く、私の全てを!
「ハア・・ハア・お嬢様、今行きます!」
息を整え、右手に握った傘と自分の心に刻んだ思いを抱きしめて。
咲夜さんが外に飛び出たして行った。私の心は充実感で一杯だった。
「・・・これでやっと」
お嬢様は救われる、そう思わずにはいられなかった。・・・・まあそれにしても
「咲夜さんって結構意地っ張りと言うか何と言うか・・・・」
「本当ね。正直こっちもひやひやしたわ」
「良かった、行ってくれて」
いや~~、またくもってその通r・・・・・・・・・・・・ん?今なんか私の隣から声がっ・・・・・・・て
「ぱ、ぱぱ・・パチュリー様に妹様!?」
いきなりの事に叫ばずにはいられなかった。
「五月蝿いわね美鈴。もうちょっと声小さくしてよ」
「う~~~、耳がキンキンする」
「えああ、その、申し訳ございません」
何で私が謝ってるんだろう・・・・・。
「まあ、これでようやく作戦は成功しそうね。二人の仲は元に戻るでしょう」
「失敗したかと思ったけどね」
・・・・・ちょっと待った。何か今すっごい不吉に感じる単語を耳にしたんですけど。
「・・・・あの、パチュリー様、今作戦とか言いませんでした?どういう事でしょうか?それ以前に、咲夜さんとお
嬢様が喧嘩してるの知ってたんですか?」
「質問は一つずつにして欲しいわね。あの二人に何かあったのは咲夜の態度から分かったわ。ちょうど妹様とレミィ
を探していた時に咲夜と会ってね、その時にレミィが咲夜の忠告も聞かずに博麗神社に行ったとか、その他色々とあ
った事を聞いたの。それであの二人が喧嘩をしたのを知ったの」
「そうでしたか。それで作戦と言うのは?」
「咲夜とレミィの仲を修復する為の作戦よ。まずそうね・・・・・・実はこの雨私が降らしたの。本来なら雨は降ら
なかったはずなんだけど、私の力で降るのを早めたの」
「ああそうだったんですかっ・・・・・・てええええぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
今とんでもない事を仰られましたよ!この雨を降らしたのがパチュリー様!?
「普通ならこんな広範囲に雨を降らすのは不可能だけど、今日は自然の助けもあってちょっと雨雲に魔力を加えて活
を入れるだけで何とかなったわ」
「そんな事よりも何でそんな危険な事したんですか!?お嬢様は雨に濡れると死んでしまうんですよ!?」
「確かに危険な賭けだった。でもね美鈴、今回の事件はそれぐらいの危険がないと解決出来ないと思わなかった?」
「それは・・・・・」
確かにその通りだ。このまま何もきっかけがなければ、二人の仲にとてつもなくでかい溝を残していただろう。そ
れを考えれば、ちょっとぐらいの危険は覚悟しないと無理だと思った。でも流石にこれは・・・・
「私だって最初聞いた時は反対だったよ。でも、これぐらいはしないと無理だってパチュリーが言うし、私には何も
方法が思い浮かばなかったから・・・・」
「妹様・・・・」
お嬢様の家族である妹様にまでそんな事を言われては反論出来ない。
「まあ、咲夜があそこまで意地っ張りだったのは私だって予定外だったわ。最初のうちは動かないと予想していたん
だけど、雨を降らせた後ずっと咲夜を尾行しても、迎えに行く素振りみたいなものはあっても迎えに行きそうな気配
があまりなかったから、正直焦ったわね。その辺り美鈴には感謝しないと」
「いや、私はただ自分の出来る事をしようと思っただけで・・・・」
あれ?そういえばずっと咲夜さんの後を尾行していたって言いましたよね。・・・・まさか
「あの、まさか私が咲夜さんに言ったセリフとか全部・・・・」
「ばっちり聞かせてもらっちゃったよ~~」
ぼふっ!
うわ~~~本当ですか!?妹様ストレートに言いすぎですよ!!わ、私一体何を言ったっけ!?すっごい臭いセリ
フ言いまくっちゃった気が・・・・・・ああーーーーー思い出せない~~~~~~!!!
「あ~、美鈴顔真っ赤になってる。もうすごかったよ。咲夜は殴るし、すっごいシリアスな顔で『あなたにとってお
嬢様とはどんな存在ですか?』だって。きゃははははは!!」
「それ以上は言わないでくださいぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
うう、酷いです妹様。だってしょうがないじゃないですか。あの時は夢中だったんですから!
「まあまあ美鈴、あんまり気にする事ないわよ。妹様も苛めるのはそれぐらいにしておいてください。そんな美鈴の
おかげで作戦は成功に向かったんですから」
「えぇ~~、美鈴苛めるの楽しいのに・・・・」
シクシク、ありがとうございます、パチュリー様。しかしまさかこの雨を降らしたのがパチュリー様だったとは。
こんな危険な事をするなんてすごすぎる。
「まあこれで仲が元に戻るんですから良かったです」
「あら、まだ戻るとは確定してないわよ」
「ちょ、ちょっとちょっとパチュリー、それどういう事よ!!」
これには私だけでなく、妹様も敏感に反応してしまった。
「ねえ、これで咲夜とお姉様の仲は元に戻るんじゃないの!?だから私こんな危険な事にも承諾したんだよ!?」
「そうですよパチュリー様!此処まで来てそんな無責任な・・・」
「無責任・・・?」
よっぽど私の発言が癪に障ったのか、少々殺気まじりの目線が私に送られる。
「妹様、一つ聞きますが本当に私たちの力だけで二人の仲を修復出来ると思いますか?二人の絆をまた結ぶには二人
の意志が必要です。二人の意志まで私たちが関与出来るとでも?それは咲夜を説得した美鈴が一番よく分かってるは
ずです。どうかしら、美鈴?」
「それは・・・・」
確かにそうだ。私がしたのは咲夜さんの迷いを断ち切り意思を取り戻させる事のお手伝い。個人の意思がない限り
、何かを成し遂げようとする意志だって産まれない。つまり意志を産む為には意思がないといけない。それは個人の
問題であるがゆえ、誰にも関与する事など出来ない。
「意志の強さは意思の強さ。そこに私たちが入り込む隙間など存在しない。私たちが出来るのは咲夜にある意思の迷
いを取り除き、再び意志を呼び起こす事だけ。それが本来の作戦、私がしたかった事。少なくとも私たちは、今出来
る最高の事をするのに成功したんです。後は二人で決める事です。それも一つの運命ではありませんか?」
「うう・・・でも・・・・」
「妹様、運命には二つあるんです。一つは進む事によって決まる運命。もう一つは時間が経つにつれ偶然出会う運命
。レミィの持つ力は前者です。無数の未来の道から進む運命を自分の意思によって操る。または運命を変え決定する
事が出来る。ですが、偶然と言うのは決定ずけられるものではないし何時何処でどんな風に起こるかなんて分からな
い。そんな偶然によって産まれる運命までは、レミィにも操れない」
それは当然の事であろう。お嬢様が出来るのは何か対象になるものの運命を視て操るのだ。偶然と言うのはまだ対
象ともなっていない予測不可能な事柄。そんなものを操る事など出来るはずがない。
「でもそうしてレミィは咲夜に出会った。自分の中で感じ取れた運命の出会いと言うやつです。約五百年と言う時間
がくれた運命。ですが、これより先の未来はどのようになるかなど誰にも分かりません。後は二人の問題です。私た
ちに出来るのは、信じる事だけです」
このまま破局するのか、それともまた結ばれるのか。それは私たちが決める事ではなく二人の心と心が決める事。
確かに私たちが関与出来るはずがない。しちゃいけないんだ。例えどんな残酷な運命が待っていようとも。
だから私は
「大丈夫ですよ、妹様。咲夜さんとお嬢様ならきっと笑いながら一緒に帰ってきますよ。信じて上げてください。そ
れとも妹様は、御二人を信用できないのですか?」
「べ、別にそんなんじゃないよ!私だって信じてるもん!・・・ただ、ただお姉様が前みたいになるんじゃないかと
思うと、どうしても怖くて・・・・」
無理もない事だ。姉であるお嬢様を慕っている妹様は、おそらく人一倍お嬢様が幸せになって欲しいと思っている
だろう。私だって心配でしょうがない。でも、なぜかあの二人なら大丈夫だと思えてしまう。
「妹様、そんな顔じゃ咲夜とレミィが帰って来た時逆に心配されますよ。ちゃんと暖かい笑顔で迎えて上げないと」
「そうですよ、妹様だって信じているのなら、それ以外の不安な事なんて何のそのですよ」
「う、うん。そうだね。きっと咲夜とお姉様なら大丈夫だよね」
やっぱり不安なんだろうが、少しはその気持ちを和らげる事が出来たようだ。後は、帰りを信じて待つだけだ。
「ところで咲夜さんお嬢様が何処にいるのか分かるんですかね?」
「大丈夫よ。レミィの移動速度は咲夜の方が詳しいだろうし、雨を降らしたタイミングからして、間違いなくあそこ
に行くはず」
「あそこって何処ですか?」
「そう言えば私もまだ聞いてなかった。あそこって何処?」
「思い出の地ですよ。あそこは・・・・・・・・・・・
目を閉じればただの闇。何も見えず自分だけが取り残されたような世界観。頼れるのは自分の耳と鼻。そのせいか
、外から聞こえる雨から足音が聞こえてくる。最初は気のせいかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
――――――――――――――――――あら、どうやら先約者が居たみたいね。
声が聞こえてきた。雨にも負けない透き通った声にナイフのような鋭い口調。
――――――――――――――――――もしもし?もしかして死んでるの?
・・・・いきなり会ってそれはないだろう。苛立ちを通り越して笑ってしまう。私の姿を見てそんな事を言う奴な
んて初めて会った。世間ではScarlet Devilと言われ恐れられている私だと言うのに、何て命知らずなんだか。単なる
馬鹿か、それともよっぽど自分に自信があるのか。どちらにせよ、興味を持った。どんな人物なのか自分の目で確か
めてみたい。そして私はゆっくり目を開けていく。
「・・・・・・・・・」
「あら、生きているみたいね。それとも寝ていたのかしら?それなら悪い事をしたわね」
私の目の前には銀髪の女性が立っていた。血を吸っているせいか、その者が人間であるとすぐに分かった。なんと
もいえない綺麗な肌は私から見ても羨ましい。異性だけでなく、同性の者でさえ惚れてしまいそうな美しい顔。
「・・・・もしもし?私の声聞こえてる?」
だが、内面がとんでもないぐらい冷めている気がする。いや、それよりも
「・・・・あなた何者かしら?私の姿を見て恐れなかった者なんてそういないんだけど・・」
「なんだ、ちゃんと喋れるじゃない。でも質問をする前にちゃんと人の質問には答えた方がいいわよ。っで、何で私
があなたを恐れなくちゃならないの?私よりも背が小さくて子供じゃない」
・・・・・・子供とは言ってくれる。確かに背は小さいが約五百年は生きているのだ。それで子供とぬかしやがり
ますかこいつは。
「言ってくれるじゃない。背が小さいのは認めるけど、私はこれでも五百年生きているのよ?人間であるあなたがど
うやって吸血鬼である私より長く生きれるのかしら」
「・・・・あなた頭大丈夫?人が五百年も生きられるわけないじゃない。それに大分妄想が激しいみたいね。吸血鬼
は人間が作った架空の存在よ。そんな羽のついたコスプレ衣装を着てるからと言って、本物の吸血鬼になれるわけな
いでしょ」
随分酷い言われようだ。この羽は私の身体についている物で、けっしてコスプレではない。それに妄想だって激し
くない。・・・・・・多分。それ以前に彼女は本気で私を吸血鬼と思っていないようだ。吸血鬼が架空の存在?冗談
ではない。現に私は吸血鬼だし、私以外にも吸血鬼は幻想郷内で探せば他にも・・・・・待った。そうだ、私は一つ
見落としていた。もし私の予想が正しければ、全ての辻褄が合う。
「あなた、もしかして人間界側の人間なの?」
「?何言ってるの?人間界側の人間って何よ?」
やっぱりだ。間違いない、彼女は人間界側の人間で幻想郷に迷い込んできたんだ。なら、私を知らなくて当然だし
恐れるはずがない。彼女には吸血鬼が実在すると言う認識がないのだから。
「やっぱりね。やっと全てが分かったわ」
「・・・ちょっと、何一人で解決してるのよ。こっちは逆になぞが深まるばかりなんですけど?」
「そうね、まあ知らなくて当然なんだし、説明して上げるわ」
・・・・
・・・
・・
・
「・・・・という事よ」
「・・・・・・・・・」
取り合えず簡単に幻想郷の説明をした。今は頭の中で私の説明を整理しているところだろう。
「・・・・つまり、此処は幻想郷と言って、私が住んでいる世界とは違い、人間だけでなく妖怪や吸血鬼や幽霊と言
った様々な種族が住んでいる世界で、私が住んでいる世界とは結界によって遮断されている。本来は入る事が出来な
いんだけれど、なんかのはずみで結界が曖昧になり向こうの世界の者が迷い込んでくる可能性がある、と?」
「まあそんなところよ。納得いったかしら?」
「・・・・それは難しいわね」
やはりすぐに信じるのは無理のようだ。
「そんな世界、私たちにとっては異世界・魔界・冥界と言った人間の作った二次の世界よ。まさかそんな物が本当に
あるなんて夢にも思わないし・・・・・まあ、ありえないとは言いきれないけど。事実あなたたちの言う人間界では
まったく消息が掴めない行方不明者だっているし」
「遺体も見つかっていない者はこちらに迷い込んだ可能性が高いわね。幻想郷では、人間が妖怪を退治する者なら、
妖怪は人間を喰らう者。何の能力も無い人間が此方に来れば、間違いなく妖怪の餌ね。ここはそう言った世界よ。誰
もが能力を持っているのが当たり前で、能力なき者は生きる事すら出来ない」
弱肉強食、幻想郷はまさにそれを姿に表した世界だと思う。
「ふ~ん、妄想にしちゃ出来すぎている気がするけど、やっぱり納得しがたいはね。そもそも本当にあなた本当に吸
血鬼なの?それが本当なら信用出来るんだけど・・・」
なるほど、言葉よりも証拠を見せろという事か。確かに一度本当だと分からせれば、疑う事はない。
「そうね、ならあなたがさっきコスプレとか言ったこの羽なんかどうかしら?」
そう言って私は羽を少し大きめに羽ばたく。バサッ、と大きい音をたてて、羽ばたいた羽が風を起こし彼女の髪を
なびかせる。
「・・・・・・・・」
あ、ちょっとびっくりしてる。
「・・・・・触ってみていい?」
「どうぞ」
彼女が私に近づいてくる。羽を手に取ると、まじまじと見ながら感触を確かめる。私が振り向けば、彼女の横顔が
私の間近に・・・・・・・・・・美人・・・・・ハッ!いけない、私は何を考えているんだ。
「・・・・・・・本物・・・・」
「当たり前でしょ」
「・・・・・・・・・・・・・」
さわさわ なでなで
・・・・・何か変な気分。
すりすり つねつね むぎゅ~~!
って何か思いっきり引っ張られてるんですけど!?
「痛い痛い痛い、いた~~~~い!!」
私は急いで身を捩り、羽を握られてた手を振り解く。羽が取れるかと真剣に思ってしまった。
「ちょっと、幾らなんでも限度があるでしょ!」
「・・・・ちゃんと身体に繋がっている・・・・・・・」
「本物なんだからあたりまえでしょ!!」
まったく、頭逝ってるんじゃないだろうか?
「・・・で、これで信じてもらえたかしら?むしろここまで酷い目にあって信じてもらえないなんて処刑もんよ?」
「処刑は怖いわね。大丈夫、ちゃんと信じたわ。その羽はあなた自身の身体についているみたいだし。それにこの辺
りは人が開拓した後がまったく見られない。私の住んでいた世界とは別世界って感じはしないでもなかったわ」
ようやく信じてもらえたようだ。ここまでくるのり結構な道のりだった気がするのはなぜだろう。
「・・・でさ、あなた吸血鬼なのよね?」
「ええそうよ。さっきから言ってるじゃない」
「だったらさ、やっぱり吸うの、アレ?」
アレ?ちゃんと名詞で答えてもらいたいものね。多分吸うと言う表現と吸血鬼からして恐らく
「もしかして血の事?だとしたらもちろん吸うわよ。吸血鬼の御飯なんだから」
「ふ~ん。じゃあ私も血吸われちゃうのかしら?まいったわね。吸血鬼の弱点であるニンニクや十字架なんて持って
ないわ」
・・・結構余裕あるように聞こえるけど、まあ気にしないでおいて上げよう。
「大丈夫よ。私今あんまりお腹すいてないから。それに私は少食だから何時も残すの。だから襲われた人間は貧血を
起こすぐらいで死なないわ。ちなみに、ニンニクは弱点だけど十字架は大丈夫よ。迷信を信じちゃ駄目よ」
「(迷信だったのか)そうなんだ。じゃあ私が襲われても死ぬ事はないのね。取り合えず安心」
何が安心なんだか。別に血を吸わなくても殺す事など簡単な話なのに。考えてみれば、此処まで他の妖怪に出くわ
さなかったのは相当運が良い。夜中に活動している妖怪の方が人間を好んで襲う。人間界の人間がこんな時間に幻想
郷を歩くのは、まさに鬼門である。
「安心じゃないでしょ。さっきも言ったけど、妖怪は人間を喰らう者よ。能力を持つ幻想郷の人間ならまだしも、何
の能力も持っていない人間界側の人間であるあなたが此処まで生きて来れる確率は奇跡に等しいわ」
「それはどうも。お褒めの言葉として頂いておくわ」
・・・・・本当に私の話を理解しているのだろうか?私はほとんど死刑宣告に等しい事を言っているのに。実際、
私自身は血を吸うだけで殺生といった行為はあまり行わない。だが、他の妖怪たちは別だ。腹を空かしている妖怪な
ら、間違いなく速攻で襲うだろう。彼女に抗うすべは無い。だって彼女は人間界側の人間なんだから、能力を持って
いるはず・・・・
―――――――――――――――でもそれは、何の能力も持って無かったらの話でしょ―――――――――――――
一瞬だった。直感で危ないと感じたのは。私の背中に嫌な汗が垂れているのが分かる。私が震えている?寒気を感
じている?なぜ、ただの人間にこれほど威圧を感じるのだ。
「・・・・どういう事かしら?それ」
「言葉通りよ。あなたの説明からすると、何か能力を持っていれば生き残る可能性は出てくるんでしょ?だったら私
はまだ可能性がある方ね」
「・・・・分からないわね。もうちょっと詳しく説明してくれる?」
「そうね・・・・・論より証拠、これを見れば納得いくかしら」
そう言って彼女はポケットをごそごそと探り、手を出した時には一つの物体が握られていた。
「・・・・ナイフ」
私と殺るつもりか?いや、それにしては殺気をまったく感じない。
「今の人間界は普通にナイフを持ち運びする時代になったのかしら?結構物騒ね。っで、そのナイフがどう関係する
のかしら?まさかナイフ事態が曰く尽きだったり?」
「それは見てのお楽しみ。それ!」
掛け声と同時にナイフを斜方投射する。投げられた方向は彼女から見て斜め右。力なく投げ出されたナイフは少し
上に上がると下に落下していく。もうしばらくすればナイフは大地に落ち
――――――――――――止マレ
・・・・・ない
「・・・・これは」
ありえない光景だった。ナイフが空中に浮かんでいるのだ。本来重力の力によって下向きの力が働くはずなのに、
目の前の光景はその法則を完璧無視している。魔術の類か?だがそれにしては魔術の波動をまったく感じなかった。
なら一体これは・・・・・
「少しは驚いてくれたかしら?」
「!!?」
私は今度こそ驚いた。彼女がいる。いや、先程からいる事はいるのだが、それは話していた場所ではなく、ナイフ
が静止した場所に彼女がいたのだ。右手には先程投げたナイフが握られている。何時の間に・・・・・・。私の目で
追いきれなかった?違う、これはスピードの問題ではない。瞬間移動能力か異次元を渡る能力か、だがこれではナイ
フが空中に静止した理由に結びつかない。そう、あれはまるで時間が止まっているような・・・・時間?まさか・・
「まさかあなた、時間を操ったの?」
「ビンゴ、大正解」
どうやら私の推理はあっていたようだ。
「まず最初にナイフを投げて、手頃な所でナイフの時間を止める。これでナイフは空中に静止するわ。そして次にあ
なたが静止したナイフに注意が向いた所で今度はこの空間全体の時間を止める。その間に、私がナイフの所まで歩い
て全ての時間を元に戻す。これがトリックの答えよ」
「・・・・・・・・」
驚いた。まさか時間を操る能力を持っているなんて。
「驚いたわ。人間界側に能力を持つ者がいたという事ですら驚きなのに、これほどの能力を持っているなんて」
「そうね・・・・・私自身もびっくりよ・・・・・・」
彼女がとても悲しそうな表情をする。なぜだろう、彼女のその表情を見るのがとても辛い。
「きっと、こんな能力がなければ私は違う人生を歩んでいたんだろうな・・・・」
彼女の目に映っているものは諦めか、それとも願いか。
「私はこの能力のせいで向こうの世界では煙たがられてね、私に話しかけてくる人なんて誰もいなかったわ。代わり
に視線だけがおくられてきた。眼・眼・眼・眼・眼。異常・奇妙・変質・拒絶そして恐怖。私の能力を恐れ戦き誰も
が異常者としておくってくる視線。私に自分たちが思っている恐怖を贈りつけ、私を孤独に送る。親だってそうだっ
たんだから笑っちゃうわ」
「人間界では能力がなくて当たり前。それゆえ、特別な能力を持つ者を異常者としてみなし自分に危害がないよう遠
ざける。それは人の心理だもの、しかたがないわ」
「それは私も分かってる。だから私は今日家を飛び出してきたの。そんな周りの環境が嫌で逃げ出してきたわ。ほん
と、宛てもない逃避行。・・・でもね、目的はあるのよ」
「目的?何よそれ」
私にとってはどうでもいい事なのに、なぜか聞き返してしまった。
「・・・・本来なら恥ずかしくて言いたくないんだけどね、あなたにならなぜかいいと思っちゃったわ。私はね、探
しているの」
「探している?」
「ええ。私にはこんな力があるけどさ、もしかしたら世界を探せば私の能力を気にせず受け止めてくれるそんな人が
いるんじゃないかって。一人でもそんな人がいたら、そここそ私の本当の居場所なんだと。それが私の目的である探
し者よ」
その言葉を私は一字一句脳内に焼き付けていた。似ている。彼女と私は心のあり方が似すぎている。でも違う。私
は誰かに見つけて欲しいと思い待っているが、彼女は自分から探しに出ている。そんな彼女の強さが羨ましい。
「ねえ、そのナイフを私に当てる気で投げてみてくれる」
だから・・・・・試してみたいと思ったのかもしれない。
「・・・・はい?あなた何言って・・・」
「いいから」
彼女が自分から探しに出たのと同じように、私も自分から出てやろうと。
「いいって・・・・そんな事したら怪我しちゃうじゃない。当たり所が悪かったら死ぬ危険性だって・・・」
「それでいいの。むしろ殺す気で投げてくれた方が有難いわ」
「・・・・・でも」
「大丈夫。当たりはしないから。それに万が一当たったとしても、吸血鬼がそんな簡単に死んだりしないわ」
「・・・・・・・」
躊躇うのも無理はない。実際、当たり所が悪かったら確かに死ぬ可能性はある。だが当たりはしない。あの能力を
使えば。
「・・・・・・本当にいいの?」
「ええ、何時でもかまわないわよ」
「・・・・・・分かったわ」
意を決して、彼女がナイフを構える。だが私はそのままの体勢だった。
「・・・・・ハッ!!」
躊躇を振り切り、彼女がナイフを投げる。そのナイフは間違いなく私に向けられて投げられている。このままでは
間違いなく当たるだろう。それがナイフの運命。
―――――――――――――――だから私はナイフを視た
彼女とナイフが結んでいる糸、それを断線し私の糸と結びなおす。そうすると運命の文章が私の頭に流れ込んでく
る。今のナイフの運命は目の前の少女に当たる運命、つまり私に当たるという事。だがそれだけがそのナイフの未来
ではない。まだ無数に広がっている未来の道。その中から私に当たる運命ではなく、ナイフが私を逸れる運命を選び
、文章を書き直す。
カン カララララ・・・・・・――――――――
それで終了。私によって運命を操られたナイフは、彼女の意思とは関係なく私に当たる瞬間まったく別の方向に飛
んでいく。そして壁に当たり床に無残にも転がった。
「なっ・・・・・・・・」
彼女はありえない、と言った表情をする。無理もないだろう。誰が自分のナイフが意志を持っているかのように私
を逸れるなんて思う。
「だから言ったでしょ、当たらないって。そう言う運命にしたんだから」
「そう言う運命にした?それって一体・・・・」
分からないか。まあ当然だろう。
「あなたが投げたナイフ、あれは間違いなく私に当たるはずだった。それを当たらないようにするには、ナイフを避
けるか何か物で防ぐしかない。でも、それ以外にもう一つだけ方法があるの。それは投げられたナイフの運命を変え
る事よ。当たるはずのナイフを操って私を逸れるようにしたの」
「・・・・そんな事が・・・・・・・・」
「さっきも言ったけど、幻想郷に住んでいる者は誰もが特有の能力を持っている。その中でも私の能力は上位にラン
クインされるでしょうね。私の能力は『運命を操る程度の能力』。見ての通り、何か対象となるものの運命を読み取
って自分の思うがままに運命を決める事が出来るの」
「運命・・・・・」
それから彼女は黙りこくってしまった。私の見せた能力の凄さに唖然としてしまったのだろう。そして・・その凄
さが恐怖を呼び起こしてしまったんだろう。やっぱりしょうがない事なんだ。吸血鬼と『運命を操る程度の能力』こ
の二つを見て恐怖を抱かなかった者など今までに存在しない。そうさ、彼女だってきっと・・・・
――――――――――――――――じゃあさ、私が此処に来たのもあなたが操ったの?
「・・・・・へ?」
「だから、あなたは運命を操る事が出来るんでしょ?なら私が此処に来てあなたに会ったのも、全てはあなたが運命
を操っていたからなのか聞いてるの」
何を言ってるんだ、そんなわけない。私は何か対象となるものの運命を読み取って操るのだ。私は彼女と言う対象
はない。なぜなら此処で初めて会ったのだから対象にしようがない。それに彼女を知っていたとしても、私の視野に
入っていなければ運命を読み取る事など出来ない。
「まさか、あなたが此処に来て私に会ったのはまったくの偶然よ。誰かが来るなんて思ってもみなかったし、私は偶
然と言う運命まで操る事は出来ない」
「そっか、なら良かった」
そう言って彼女が微笑む。私にとってはまったく意味不明だ。だいたい、何が良かったのかさっぱり分からない。
「・・・・分からないわね、何が良かったと言うの?」
「だってさ、嫌じゃない、そんなの」
「嫌?」
「ええ、私が此処に来てあなたに会ったのが偶然ではなく全て操られてそうなる運命にさせられていたのだとしたら
あまりにも切ないじゃない。だって、こんなにも楽しいと思えたのに」
「楽しい?」
「ええ。私はこの能力のせいで向こうでは煙たがられてたって言ったでしょ。だから誰かとこんなに長く話した事な
んてないの。だから嬉しかった。例え種族が違えど、誰かとこんな風に会話が出来る事がこんなにすばらしい事なん
だって、こんなにも楽しい事だったんだって。だから怖かった。私の意思に関係なくただそうなる運命になるよう操
られていただけで、この気持ちも全部操られているだけなんじゃないかと思うと」
反則だった。いきなりそんな事言われるなんて思っても見なかった。彼女の言葉全てが私の心を鷲掴みにして離れ
ない。てっきり私はこの能力に彼女が恐怖を抱いたとばかり思っていた。だが、今の彼女の言葉の何処にそんな恐怖
を抱いていると言えるのか?そうか、私が試したかったのはこれなんだ。知らず知らずのうちに私は彼女に惹かれて
いって希望を託していたんだ。私の能力に恐怖を抱かず、一人として見てくれるんじゃないかと。
「でも、ただの杞憂で良かったわ」
「そ、そう。それは良かったわね・・・・・・」
彼女の顔をまともに見ることが出来ない。今見たらとても耐えられそうにない。ただでさえ涙が零れそうなのに。
・・・・・・もっと一緒にいたい。これからも、ずっと・・・・・。
「・・・・どうしたの?急に黙っちゃって」
「べ、別になんでもないわよ!」
あ~~もう!彼女が近くにいたら全然考えがまとまらない!どうしたらいい?どうやったらもっと彼女と一緒にい
られるだろう・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうだ!
「そう言えばあなた、家出して来たのよね?行く宛てもないって言ってたし、今日は何処に泊まるのよ?幾ら時間を
操れたって、寝ている所を襲われたらひとたまりもないわよ」
「そうだった、すっかり忘れてた。途中で雨が降ってきたから、何処か雨宿りも出来る寝所を探してたら此処に着い
たのよね。傘じゃ防ぐにも限界があるし」
なるほど、つまり今日彼女が泊まる場所ないという事か。私の思った通りだ。なら
「だったら私の家に来る?」
「・・・・あなたの家に?」
「ええそうよ。私これでも幻想郷じゃ相当名家のお嬢様なのよ。あなた一人ぐらい泊まる余裕は十分あるわ。それに
なんだったら、家で働いてくれてもかまわない。行く宛てもないならちょうどいいんじゃない?寝所に朝・昼・晩、
三食の食事つきだし」
働いてくれてもかまわないとか言ってしまったが、本音は働いて欲しい。
「・・・・そうだったの。名家のお嬢様だったなんてとんだ失礼をしてしまったわ。てっきり、此処があなたの家な
のかと思ってたのに」
「そんなわけないでしょ!!」
「くすっ、冗談よ」
冗談か本気なのかさっぱり分からない所が怖い。まったく、こっちは返答に心臓をばくばくさせて待っていると言
うのに。
「そうね、確かに断る理由もないし、幻想郷についてもちゃんと教えて欲しいから私で良かったぜひ」
やったー!と心の中だけで叫んでおく。
「・・・そう言えば、何で名家のお嬢様がこんな所にいるの?」
「吸血鬼は雨に打たれると死んじゃうの。出掛けてたら急に雨が降ってきて此処にかんずめ状態よ」
「なるほど・・・・・」
自分で言っていてとても惨めになってしまった。でも、悪くない。私だってこんな気持ち初めてなんだから。
「それじゃ雨が止むまで待ちますか?」
「あなた傘持ってるんでしょ?なら入れてくれる?当分止みそうにないし」
「わかりました。・・・・それで、お名前は?」
「へ?」
「だから名前です。これから私の主になるお方に何時までもあなた、なんて失礼でしょ?ちゃんと名前を教えてもら
わないと困ります」
ああそうか、考えてみればお互いまだ自己紹介もしていなかったんだ。すっかり忘れていた。そして気付いたら彼
女はすでに私に敬語で話している。なんともまあ律儀な事だ・・・・。
「名乗り遅れた事は謝らないとね、私はレミリア・スカーレットよ。よろしくね。それで、あなたの名前は?」
「今後よろしくお願いします、レミリアお嬢様。私の名前は・・・・・・・・
「・・・・うん・・?」
そこで私は目が覚めた。
「夢・・・・か」
懐かしい思い出だ。あんなに大事な思い出なのに、久しく忘れていたなんて信じられない。
「・・・・・・・・・」
周りをきょろきょろと見渡してみる。そこは何もなく誰もいなかった。そうだ、私は博麗神社に行く途中で雨が降
ってきたから此処に非難したんだった。本当に最悪だ。この状況が最悪なら私自身も最悪。ちゃんと忠告を聞いてい
ればこんな事にならなかったのに。ほんと、救いようもない馬鹿だ。こんな状況で、結局私は彼女を求めてしまうん
だ。なんであんな事を言ってしまったのか?それはきっと、彼女と長い間過ごしているうちに勝手に私の物だと思い
込んでしまったから、何をしても良いと思ったからだろう。私は彼女の苦しみを知っていたはずなのに、あんな事を
言ってしまった。きっともう許してくれないだろう。どうしようもなく夢の続きが見たい。確か・・・彼女が自己紹
介する所で終わったんだ。彼女の名前は
「・・・・咲夜・・」
呆然と吐き出された単語が辛い。幾ら後悔したって咲夜が迎えに来てくれるわけ・・・・
「どうかなされましたか?お嬢様」
「!!!?」
ないっって咲夜!?
「やはり此処におられたんですね。無事で良かったです」
いや、むしろ何で此処に咲夜が・・・・・まさに私以上の馬鹿としか思えない。
「信じられない。私の迎えに来るなんてどうかしてるんじゃないの?」
「なぜですか?」
「だって、私はあの時・・・・!」
私は、私はあんな酷い事を言ってしまったのに!
「お嬢様、私は別にあの時の事は気にして・・・」
「嘘よ!あの時の咲夜の表情は本気だった!」
迎えに来てくれた嬉しさは、あの時の事で全て消え失せてしまう。でもやっぱり嬉しい。その矛盾がたまらない。
「・・・・・お嬢様、私は正直あの時の言葉には苛立ちました」
それが当たり前だ。だったら・・・
「でも、その苛立ちは何より私に向けられました。あの時、もし雨が降ればお嬢様の命が危ないと分かっていながら
私はお嬢様に傘も持たせず出掛けさせてしまった」
「・・・違う。それは咲夜が気にする事じゃない。あれは私が命令したから・・・・・・」
「でも私は許せなかった!命令が何だと言うんですか?私はただお嬢様を守りたい。私の答えはそれだけです。そし
てそれは紅魔館のお嬢様ではありません」
「・・・・へ?」
意味不明だった。咲夜が何を言っているのか私にはまったく理解できない。
「私は紅魔館のメイド長である前に、十六夜 咲夜と言う一人の人間です。私は一人の人間として一人の少女である
レミリア・スカーレットと言う人物をお守りしたい。私は主と従者なんて関係なくお嬢様をお守りしたい、そして一
緒にいたいんです」
ぽたっ
気付いたら私の頬を熱い液体が流れている。咲夜の前で涙を流すなんて恥ずかしすぎる。私は急いで目を擦って涙
を拭き取った。
「お嬢様、覚えていますか?この場所を」
「・・あたりまえじゃない。忘れられるわけないでしょ・・・・。私と、咲夜が初めて会った場所なんだから」
私にとって運命に出会えた日だ。
「お嬢様と初めて会ったあの時、私は本当に充実してました。他愛もない会話。でも、それこそがあの時の私には一
番必要なんだなと思いました。誰もが極当然の行為でも、私にとっては思い出の品。そんな事がお嬢様と初めて出来
た時、私は本当に嬉しかった。だから私はもっとお嬢様と一緒にいたいとあの時思いました」
「それは私も同じよ。私だって・・・色々あったんだから」
そう言えば私は過去の事を咲夜に話していなかった。私の汚い部分を知られたくないから・・・・・。
「お嬢様の過去の事は美鈴から聞きました。お嬢様が過去、他のメイドからどんな風に思われていたかも」
・・・まったく、門番ごときが何をしてくれるんだか。おかげで私と咲夜の会話が減ってしまったじゃないか。
「美鈴と話して、自分がどれだけ愚かな存在かよく分かりました。私はまだまだ未熟で学ぶべき事が沢山あると気付
かされました」
「私だってそうよ。今日の出来事で自分の思い上がりがどれほどの物なのか良く分かったわ」
今日の出来事がなければきっとお互い一番大切な事に気付く事はなかっただろう。私たちが初めて会った時には持
っていたのに、時間が経つにつれて失ってしまった物。それを今日見つける事が出来た。
「だからお嬢様、また此処からやり直しませんか?もし私なんかでよければ、お嬢様の運命を私の時間と共に刻ませ
て欲しい」
今日の過ちを踏まえての再スタート。こんな事件があっても咲夜は私と共にありたいと言ってくれた。その気持ち
が嬉しく、とても痛い。今日の事からすると私にそんな権利はないと思う。でも、これは権利の問題ではなく意思の
、心の問題だ。だったら迷うはずがない。
「もちろんよ咲夜。私はあなたじゃないと嫌だからね。あなたの時間、私の運命と共に歩ませてちょうだい」
私たちはあの頃の、初めて出会った時の思いを取り戻す事が出来た。私たちを引き止める物は何もない。この思い
がある限り、どんな事だって二人で乗り越えて行ける自信だってある。やっと掴む事が出来た運命。思いっきり抱き
つきたい。・・・・・抱きつきたいんだけれども
「何でこんな時に服びしょ濡れなのよ」
「すいませんお嬢様。雨の中を走って来たもので」
こんな時にそれはないんじゃないの?
「大体、傘一本しかないじゃない。咲夜の分はどうしたの?」
「ええっと、慌てて出てきたものでお嬢様の傘しか持ってきてないんです」
・・・・やっぱ人間って使えないわね。
「まったく。ほら、ハンカチ。それで肌の濡れた部分ぐらい拭き取っときなさい」
「本当に申し訳ございません、お嬢様」
申し訳なさそうに咲夜がハンカチを受け取ると手や顔の部分を拭く。そのしぐさを一部始終見ていたが・・・・や
っぱり咲夜の肌は綺麗だ。羨ましい。
「・・・ふう、ありがとうございますお嬢様。このハンカチは濡れてしまったので、私が預かっときますね」
「ええ、お願いね」
「では、行きましょうか」
そう言って咲夜が傘の準備を始める。だけど・・・・・何か大事な事を忘れている気が・・・・あ
「ちょっと待って、咲夜」
そうだ、これを忘れていた。
「なんでしょうか、お嬢様?」
とてつもなく大事な事を忘れていた。これを忘れるなんてやはり私もまだまだ未熟のようだ。まったく、まだ私は
咲夜の告白に答えてないじゃないか。共に歩むとは決めても、咲夜個人の思いに対する返答をちゃんとしていない。
咲夜はちゃんと思いを伝えてくれたんだから、私も思いを伝えないと。
「悪いけど目、瞑ってくれる?」
「なぜですか?」
「いいから」
その言葉にしぶしぶ目を閉じる咲夜。正直めちゃめちゃ恥ずかしい。でもこれは紅魔館じゃ誰かに見られる危険性
だってあるし、思い出の場所でもある此処でしてしまいたい。私の精一杯の思いを込めて私は
―――――――――――――――咲夜の唇に自分の唇を重ねた
「!・・ん・・・」
突然の事に戸惑ったんだろう。咲夜の身体が一瞬硬直する。だが自然とその硬直もとれ、咲夜の方からも唇を求め
てくる。
―――――――――――――――甘い
何とも言えない味と感触。咲夜が時間を止めているわけでもないのに、時間が止まっているような感覚。唇を押し当
てる角度を少し変えるだけでまったく違う感触。私は今咲夜の味に完璧酔いしれっている。得体も知れない熱が身体
全体を駆け巡っていく。そんな時間がしばらく続いて
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
私たちはようやく唇が離れた。まだ自分の唇に咲夜の唇の感触が残っている。
「・・・・・え・っと」
「あの、・・・その・」
自分からやった事とはいえ、あまりの恥ずかしさにどうしたらいいのかさっぱり分からない。
「・・・あの・・・キス・・てやつですよね?」
「そ、そうよ。・・・・その・・嫌だった?」
「そ、そんな事ないです!ただ、いきなりだったから凄く恥ずかしくって・・・・・でも、嬉しかったです」
「そ、そう。なら良かったわ・・・・」
駄目だ、恥ずかしすぎてまともに喋れない。何か、何か話を逸らせる物は・・・・・・ん?
「咲夜、何か頬がちょっと腫れてるわよ。どうしたの?」
「え、ああこれですか?これは美鈴に殴られた時の物です」
ほほう、私の咲夜を傷物にしてくれるとは良い度胸じゃない、美鈴。後でスカーレットフルコースD決定ね。
「でも、美鈴のおかげで私は自分の大切な事を思い出せましたから今はとてもありがたいです」
・・・・チッ、ならスカーレットフルコースBで許してやるか。
「そろそろ帰らないと美鈴やパチュリー様に妹様が心配されますね。ただでさえ遅くなってしまいましたし。行きま
しょうか」
「そうね。そろそろ帰りましょう。・・・・咲夜、これからもよろしくね」
「ええお嬢様、あなたとなら何処までも」
そして二人は、自分の思いを抱きながら思い出の地を後にした。新たな出会いと共に。
次の日
昨夜の事件は、結局レミリア・咲夜・美鈴・パチュリー・フランドールの中だけの事件として解決された。あの後
無事に紅魔館に辿り着いたレミリアと咲夜はそのまま床の間に着いた。昨日の雨はパチュリーが降らした物だという
事を二人は知らない。パチュリー曰く
「偶然こう言った運命が重なったと思わしといて上げるのが重要」
との事だ。実際は後でお仕置きされるのが怖いからだと美鈴とフランドールは思った。
廊下ではメイドたちがばたばたと忙しく働いている。パチュリーも何事もなかったように図書館に篭っているし、
フランドールは地下でお休み中。本日は美鈴の姿が見当たらない。話では体調不良という事になってるが、美鈴の部
屋から呻き声で
「もう無理です、お許しを~~~~・・・・・・」
と聞こえてくるらしい。怖いので誰も関わろうとしない。
ただ、何時もと違うのはもう一つある。美鈴に比べてとてつもなく重大な事だ。
「本当に人間って使えないわね」
レミリアが愚痴をこぼす。実は本日メイド長である十六夜 咲夜は風邪により寝込んでいた。理由は、溜まりにま
った仕事疲れと、昨日雨に当たった事が原因らしい。咲夜の欠番で、他のメイドたちは何時も以上に忙しい。とりあ
えず、ただいま咲夜は部屋で倒れているのだ。それが、自分のせいだとレミリアは理解している。だから
「今日はたっぷり咲夜を苛めてやろう」
と思っていた。滅多にない咲夜の風邪に、何時もと違う悪戯が出来ると喜ぶレミリアであった。
運命には時間が必要
それは偶然が引き起こし、誰もが待ち望むもの
時間が運命をみつけるものとしたら
運命は時間を待つもの
運命(レミリア)と時間(咲夜)に幸せあれ
雨が降り始めて約一時間、いまだに雨は止む事もなく降り続いていた。レミリアの安否は誰にも分からない。無事
博麗神社に着いたのか、それとも途中で雨宿りしているのか、それとも・・・・・死んだのか。そんな中、紅魔館で
は騒ぎなど一切なかった。その理由として、レミリアが出掛けたのを知る者がほとんどいないからだ。レミリアが出
掛けてる事を知っているのは四人いる。門番である美鈴・レミリアの友人で図書館の管理者でもあるパチュリー・レ
ミリアの妹フランドール。そして最後に、唯一レミリアの傍に仕える事を許されたメイド長、咲夜である。普通こん
な事が起これば間違いなく寝ているメイドなど叩き起こされてレミリアの探索が始まるだろう。
だから美鈴は焦っていた。なぜ何も起きないのかと。主であるレミリアが危機に晒されているのだから、普通なら
ば咲夜が先陣きって探索が始まっているはずだ。なのに何も起こらない。紅魔館全体は、まるで最初からレミリアと
言う名の少女はいなかったと言わんばかりだ。なぜ咲夜はこの状況をほっとくのか?それが分からない。美鈴の中に
ある咲夜像は、冷たかったり笑ったり怒ったり呆れたりする姿、そして何よりレミリアへ仕える事を最大の喜びと感
じている咲夜の姿だった。
「・・・・私はどうしたらいいんでしょうか」
咲夜さんがお嬢様を探しに行かない理由はやはりあの言いあいなんだろう。私はあの時に何も出来なかった自分を
悔いていた。たかが門番の発言が主に届くとは思わないが、それでも何もしないよりいい。ここまで後悔するはめに
なる事はなかっただろう。私は上を目指そうとは思ってなかった。紅魔館の門番と言う証を誇りに思っているからだ
。私は紅魔館全ての人が好きだし、特に咲夜さんやお嬢様の組み合わせは大好きだ。咲夜さんには『時間を操る程度
の能力』があるが、それ以上に仕事っぷりはすごかった。掃除・洗濯・食事、どれもこれもパーフェクトメイドには
相応しい仕事っぷりだった。そして彼女は異例のスピードでメイド長へと昇格した。彼女がメイド長になった時、文
句を言う輩なんているわけない。どこから見ても非の打ち所がない完璧さ。まさに他のメイドたちにとってこれほど
頼りになる存在はいない。もちろん私も咲夜さんのメイド長への昇格は心から祝福した。
だが、それを除いて私は咲夜さんがメイド長になった事に喜びを感じていた。それはお嬢様の咲夜さんといる時の
嬉しそうな顔だ。実は、咲夜さんが来る前、お嬢様は滅多に笑う事がなかった。妹様やパチュリー様といる時でもあ
そこまでの笑顔なんて今までになかっただろう。私は初めてお嬢様が咲夜さんを連れて来た時、何時も通りに振舞っ
ていたが、どこか嬉しそうなのは隠し切れていなかった。それを私は見抜いた。『気を使う程度の能力』を甘く見て
はいけない。気と言う言葉には心に感じられる周囲のようす、と言う意味を持っている。気一つで肉体を傷つける凶
器にもなるし、心理状態を調べる事も出来る。だから私は人一倍に周囲のようすを感じる事が出来る。
そして私はこの力で知ってしまった。此処の人たちがお嬢様をどのように思っているか。一言、『他人』。笑って
しまうがこれだけなのだ。主と従者と言う関係で、身体は預けても心までは預けていない。此処のメイドはまさにそ
れだった。主と言えども別にそれだけの存在。紅魔館は幻想郷でもかなりの名家。自分の生活が確保されるならへこ
へこ頭も下げる。だがそこが終点で、誰もお嬢様に気に入られようとはしない。理由は簡単、お嬢様が怖いからだ。
世間からはScarlet Devilと言う名で知れ渡っているし、その名に恥じぬ力『運命を操る程度の能力』を持っている。
これほどの力を持つ者はそれこそ数えるほどしかいないだろう。その力に誰もが恐怖を抱いている。だからみんなそ
れを恐れて自然と距離を取ろうとする。万が一発狂したら死ぬ事は自明の理。主と従者と言う関係で止めておくのが
一番負担も少なく危険もない。もし主が死んでも自分にとってそれは生きている中での些細な出来事の一つとして処
理される。死んだのなら新たな雇い主を探せばいい。だから『他人』。それがメイドたちにとって一番合理的かつシ
ンプルだから。だがそれが当てはまるのはメイドのみ。お嬢様にはそんな事当てはまらない。
お嬢様は何時も寂しそうだった。妹様やパチュリー様だっているが、何かがぽっかり欠けている。それはきっと、
自分を特別な存在として見てくれる人。心の契約を果たせるそんな人だろう。お嬢様は何時も気丈に振舞っていたが
きっと辛かったに違いない。お嬢様の心は硬い鎧で閉ざされていた為に、私でも読み取る事は出来なかった。きっと
常に脱出の出来ない雨の中にいるのだろう。そう、あの時までは。
咲夜さんが初めて紅魔館にお嬢様と一緒にやってきた日、お嬢様の心が本当に透けて見えていた。雨上がりの光り
輝く空のように美しく透き通った心。あれほど見えなかったお嬢様の心が透けていたのだ。咲夜さんの第一印象は、
内面が冷めていてちょっとおっかなそうだと思った。でも、だからこそ温かく優しい一面を心の中に感じる事が出来
た。間違いない、彼女がお嬢様の心に降る雨を晴らしたんだと、お嬢様の鎧を剥がしたんだと。そう感じたのはお嬢
様の笑顔だけだったが、証拠はそれで十分すぎるほどだった。
その時だった、私がお嬢様の心を覆っているのが鎧なんて頑丈な物ではないと思ったのは。それは羽衣、薄物でや
わらかい物なのではないかと。それがお嬢様の心を包んでいた正体なのかもしれない。周囲の人たちの感情により心
を閉ざしたのではなく、その状況のせいで心を閉ざされてしまったのだ。だったらそれは鎧なんて硬い物なんかじゃ
ない。お嬢様はただ待っていたのだ。自分の能力も恐れず、ただ一人の少女として接してくれる人を、自分の心を覆
っている羽衣を剥がしてくれるそんな人をずっと求め続けていた。そしてついに出会ったのだ。人間界からやって来
た、向こうの世界ではありえないはずの力を持った人が見つけてくれた。今日みたいな雨の日に。私は、お嬢様に心
から接しられるのは咲夜さんだけだと信じている。だから守りたい。目立たなくても、信頼されなくてもいい。ただ
お嬢様と咲夜さんの関係をずっと守り続けたい。それが私の門番を続ける事への意味だ。私は信じている。咲夜さん
のお嬢様に対する気持ちは変わらないと。たとえ今日のような出来事があったとして永久不変である事を。
だって、私の目にはちゃんと傘を持って廊下をうろうろしている咲夜さんが映っているんだから
「っで、先程から何をしてるんですか、咲夜さん」
「!!?」
それでようやく自分が誰かに見られている事に気付いたようだ。
「め、美鈴!?な、何であなたが此処に・・・」
「此処にって、門番である私が門前に居るのは当然じゃないですか」
「あ、ああそうだったわね。あなたの存在をすっかり完璧にざっくりと忘れてたわ」
・・・相当気が動転しているようですが、今のはいくらなんでもちょっと傷つきましたよ。
「それでこんな所でどうしたんですか?」
「う・・・え・・ええっと・・そう、見回りよ!あなたがちゃんと仕事してるかどうかの!」
私の存在忘れていたのではないのですか?
「・・・まあそれは置いといて、何で単なる見回りでそんな気が気でないような表情をされてるのですか?それに先
程からこの廊下を行ったり来たりして」
「え、わ・・私そんな事してた!?」
「ええ、この目で一部始終しかと見届けさせてもらいました」
もうすごかったですよ。10歩後ろに下がって11歩前に進むの繰り返しを振り子の原理よりも正確無比に。
「それで、どうしたんですか本当に。何か外に気がかりでも?」
「・・・別にそんなものないわよ」
私の一言で急に機嫌が悪くなる。何で咲夜さんがこんな所に居るのかも、何に悩んでいて何をしたいのかも分かり
きっている事。少しでいい、私一人でもやれるだけの事はやっておこう。それが誰でもなく、咲夜さんの為になる。
「迎えに行きたいのではないのですか?」
「!べ、別に私はお嬢様の迎えに行きたいとは思って・・・・」
「私はお嬢様、と言った覚えはありませんが」
「・・っぐ・・・」
あっさり口車に引っ掛かってるし。やはり相当この状況を気にしているのだろう、何時も冷静沈着な咲夜さんから
したらありえない事だ。まったく、心ではもう答えは出ているはずなのに、何を意地張っているのか。
「まあ、冗談はこれぐらいにしておいて、行かないんですか?お嬢様のお迎えに」
「・・・別に私は行きたいなんて」
「ならその手に持っている傘は何ですか?」
「こ、これは・・・あ・あなたが雨に濡れてるなら渡そうと・・・」
「それお嬢様専用の傘じゃないですか。私なんかが持ったら殺されちゃいますよ」
「・・・・・・・・・・」
とうとう発言する気力もなくなってしまったようですね。
「咲夜さん、正直さっきのお嬢様の発言は私だって幾らなんでも言いすぎだと思っています。でも、だからといって
何時までもこのままでいる訳にはいかないでしょう?」
「・・・・・・・・・・」
「早く行って上げてください。お嬢様だって咲夜さんの迎えを待っているはずです」
その一言で、紅魔館内に静寂が訪れる。
正直私はちょっと焦っていた。今こうして話している間にも、お嬢様が危険の状況に身を置いているというのは変
わらない。今の咲夜さんの為を思うと、少しずつ説得するべきなんだろうが、お嬢様の事を思うとそう時間はかけら
れない。ただでさえ時間が経ちすぎているというのに。
「・・・・ねえ美鈴」
「何ですか、咲夜さん?」
少しずつ咲夜さんの口が開かれていく。私は次の発言を待った。
「思ったんだけどさ、何で私がお嬢様の迎えに行かなきゃならないの?」
「・・・・・・ハイ?」
その一言はあまりにも予想外だったからか、それとも理解しようとしなかったからか、私は頭が混乱した。
「だってそうでしょ。別にお嬢様を迎えに行くのは私でなくても、他のメイドやあなたにだって出来る事じゃない」
「な、何を言って・・・」
「間違ってないでしょ?迎えに行くくらいなら誰だって出来ると言っているの。何も私だけに限定されている事じゃ
ないはずよ」
・・・聞きたくない。それ以上先を言ってはいけない。言えば私は自分が制御しきれない。
「・・・本気で言ってるんですか、咲夜さん」
「本気よ。間違ってないでしょ?考えてみれば、雨が降り始めたときあなたが他の者たちを呼び集めるという事も出
来たはず。私だけでなくあなたにも責任があるんじゃないの?お嬢様を守るのは、私の専売特許じゃないんだから」
その一言に、私は完璧に切れた。
あまりにも冷静すぎだった。咲夜さんの発言は冷たかったがそれ以上にそんな事を冷静に言われたのが頭にきた。
咲夜さんが動揺してそんな事を言ったのなら此処まで私も取り乱さなかっただろう。
気付いた時には頭よりも先に・・・・
「咲夜さん!!!」
ガッ!
身体が動いていた。
脳が指示を与える前に身体が反射して咲夜さんの頬を殴っていた。そのスピードは一瞬だった気もするがすごく長
かった気もする。殴られた咲夜さんは私の拳を受け、そのまんま壁にドカッ!と叩きつけられる。
「!!・・・ッ・・痛いわね!いきなり何をする・・・・・」
私に文句をつけようと咲夜さんが睨んできた。しかしなぜか私を見た瞬間、その視線も怒声も消えていた。
「・・・美鈴・・・・あなた・・泣いてるの・・・・・?」
ああ、そういう事か。なんで途中で途切れたのか分からなかったが、自分は今涙を流しているんだ。その事が咲夜
さんには理解不能だったのだろう。自分の頬を流れた涙はそのまま地面にぽたぽたと崩れ落ちていく。
「あなたは、・・・あなたは本気でそんな事を思っているんですか!!」
私は咲夜さんに歩み寄り、壁に叩きつけられて少々苦しそうな表情をする咲夜さんの襟を掴みそのまま腕を上げて
いく。そのまま咲夜さんの足が大地を離れ、宙吊りになる。
「ぅ・・げほ・・・くる・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」
息がしずらいのか。口をぱくぱくさせしきりに酸素を求めようとする。さすがにこの状態はまずいと思い、少々力
を緩めていき会話ぐらいは出来るような力加減にする。
「げほ・・げほ・・・・、美鈴、どういうつもり!こんな事をしてただですむと思ってるの!?」
「・・・・・・・・・・・・・」
「ッ・・・睨んでるだけじゃなく何か言ったらどうなの!それとも私の無様な姿を見て喜んでるのかしら!?」
「・・・・・・・・・・・・・」
何を言われようともう動じない。咲夜さんの目線を真っ直ぐ見据え、私は一つの質問をした。
「・・・咲夜さん、あなたにとってお嬢様とはどんな存在ですか?」
「・・・・・そんな事どうでもいいからその手を放して・・・」
「答えてください」
「・・・・・・だからこの手を・・」
「ただ自分が生きる為に必要だから一緒にいてお嬢様のご機嫌をとったりわがままを聞いたりする存在なのか、それ
ともそれとはまったく違う存在なのか」
「・・・・・・・・それは」
今までの咲夜さんにしたら、1+1よりも簡単な問題。しかし今の咲夜さんにとってはまさに難題であろう。でも
、それは咲夜さんの心に迷いがあるからだ。数学と同じ、やりかたが分かった瞬間今までの考えや疑問点があっさり
晴れて、すらすらと解ける。それさえ分かれば誰もが簡単に解ける問題も、たった一つの疑問(迷い)があるだけで
それは難題へと変わる。
「・・・私は咲夜さんが来るずっと前から此処で門番の仕事をしてきました」
「・・・何を一体・・・・」
「その間に色々な事がありました。時には新たな仲間がやってきたり、みんなで簡単なパーティーをやったり、そん
な楽しい事があっても侵入者がやってきて同胞の命が消えた事だってありました。そんな紅魔館の過去を私は咲夜さ
んよりも多く見ています。もちろんお嬢様の事も」
「・・・・・・・・・・・」
ならば解かなければ。私自身の力ではなく、咲夜さん本人が解かなければ意味をなさない問題。私が出来る事はた
だきっかけを作る事ぐらいしかない。だがそれで十分すぎるほどだ。私は決めたんだ、守ると。
「咲夜さんが来る前のお嬢様は何時も何処か寂しそうでした。咲夜さんだって気付いているでしょ?他のメイドたち
は何処かお嬢様に冷たく、深く関わりを持たないでおこうとしているのに」
「・・・・ええ」
「みんな怖いんですよ、お嬢様の力が。そもそも吸血鬼と言う種族は人間からも妖怪からも嫌われる存在なのに『運
命を操る程度の能力』と言った物騒な力がさらに嫌われる存在にしました。何時かその力のせいで殺されるんじゃな
いかと思って、みんなお嬢様とは深い関わりを持とうとしません。みんなその力に恐怖を抱いています。・・・・正
直私だって怖くないと言えば嘘になります」
此処での嘘は逆効果となる。自分の正直な思いと偽りのない感情、それを告げる。
「お嬢様にはパチュリー様だって妹様だっています。ですが、それでも何処か寂しそうでした。お嬢様にはどうして
も足りない存在がいたんです。それは家族でも友達でもなれない、自分だけを見てくれる人。それは自分の事を恐怖
も抱かず、一人の少女として見てくれる人。そう、特別な存在です」
それを言った瞬間、あの日の光景が思い出された。忘れもしない、忘れたくもない。自分が心の奥底から守りたい
と思ってしまったあの日の笑顔。お嬢様が初めて心から笑ったあの日、一人の女性がお嬢様の隣にいた。その人は人
間で、しかも人間界側から来たと言う人だった。でもそんな事どうだってよかった。だってその人こそ
「そしてお嬢様は見つけたんです。自分にとって特別な存在である人を。それが咲夜さん、あなたです」
お嬢様に笑顔をもたらした人なんだから。
「・・・・わたし・・・が・・」
「咲夜さんが初めて紅魔館に来た時のお嬢様の表情を見て分かりましたよ。この人がお嬢様の心の闇を取り除いてく
れたんだと。お嬢様にとって特別な存在なんだって」
これは確信、断定である。私以上にお嬢様と親しいパチュリー様や妹様ならもっと強く感じていただろう。
「私はその時思ってしまったんです、守りたいと。心から笑う事が出来るようになったお嬢様とそれをもたらしてく
れた咲夜さんを。もうあんな辛い思いをさせたくない、あの笑顔を失わせたくない。それが私が紅魔館の門番として
働く最大にしてたった一つの意味です」
その言葉が言い終わると私は咲夜さんを掴んでいた手を離した。
ドサ・・・・
突然の事だったからか、それとも長く地面を離れていたせいか、咲夜さんはまともに立つ事もなくただ地面に膝を
つき、壁に背を預けていた。私が出来るのは此処までだ。ここから先は全て咲夜さん自身の問題となる。
「今一度聞きます、咲夜さん。あなたにとってお嬢様とはどんな存在ですか?」
先程答えが返ってこなかった質問をもう一度する。
「私に・・・・とって・・・」
咲夜さんが重たい口を開く。
「私は・・・・あの時・・」
先程まで虚ろだった目に少しずつ光が取り戻される。
「・・・お嬢様・・・・私は・・・・ッ!!」
気が付いた時には、すでに私の目の前に咲夜さんの姿はなかった。まるで時間を止めたんじゃないかと思うくらい
の早さ。実際時間を止めたかどうかなど私に知る方法はない。一人、豪雨の中へと飛び込んでいく咲夜さんの後姿を
見ながら私は自然と微笑んでいた。
「ハア・・ハア・・ハア」
外の世界はひたすら暗く、闇と雨が私の視界を遮る。身体がどうしようもなく熱い。その為か、今はこの雨が有難
かった。今の私の熱を冷ましてくれ、仕打ちを与えてくれるからだ。
「ハア・・・ハア・・・ハア」
先程殴られた頬が痛い。一度治まりかけた痛みが此処に来てまたぶり返してきていた。だがそれよりも私にはもっ
と痛い所があった。それは心だ。あの時美鈴が見せた涙と言葉が頭を廻り廻って私を離そうとしない。
「あなたにとってお嬢様とはどんな存在ですか?」
何でこんな質問に答えられなかったのか?それは私自身に迷いがあったからに他ならない。一体何に苛々していた
のかようやく理解出来た。それは紛れもなく私自身への苛立ちだ。分かったいたはずだ。もし雨が降ればお嬢様に危
険が及ぶ事ぐらい。お嬢様が出掛けると言った時、なぜ私はその場に縛り付けてでも止めなかったのか。そんな事を
しなくても、後ろからこっそり後を付けるぐらいの事は絶対しなければならなかったのにそれすらも出来なかった。
私は臆病だ、弱虫だ、卑怯だ。私はお嬢様の事を理解していたつもりだったが、そんなの只の自惚れ、本当は何も
理解していなかった。私なんかよりも美鈴の方がずっとお嬢様の事を理解していた。彼女は門番だからこそあそこま
で紅魔館の事を見つめる事が出来、メイド長である私では気が付かない事に気付く事が出来た。お嬢様との喧嘩の苛
立ちは気にならない。それはなぜか?簡単な事だ。あれは紅魔館のメイド長、瀟洒な従者である十六夜 咲夜として
だからだ。だが今の私は違う。今の私は一人としての十六夜 咲夜だ。おそらく、美鈴の質問で聞かれていた事は二
つある。
1:私はお嬢様を他のメイドと同じように見ているか、特別な存在として見ているか。
私は最初これだけだと思っていた。しかし、この答えが後者だった時のみ、もう一つの質問が見えた。
2:特別な存在なのはメイド長だからか、それとも一人としてなのか。
この質問が見えたとたん、私は走っていた。自分がこれからも一緒にいたい、共に在り続けたいと思う人の下に。
迷いは消えた。私を引き止める物は何もない。元より迷う事が間違っていたのだ。私は心に誓っていたはずだ。あの
時、お嬢様と初めて会ったあの日から。その思いに偽りはない。だからこそ伝えに行く、私の全てを!
「ハア・・ハア・お嬢様、今行きます!」
息を整え、右手に握った傘と自分の心に刻んだ思いを抱きしめて。
咲夜さんが外に飛び出たして行った。私の心は充実感で一杯だった。
「・・・これでやっと」
お嬢様は救われる、そう思わずにはいられなかった。・・・・まあそれにしても
「咲夜さんって結構意地っ張りと言うか何と言うか・・・・」
「本当ね。正直こっちもひやひやしたわ」
「良かった、行ってくれて」
いや~~、またくもってその通r・・・・・・・・・・・・ん?今なんか私の隣から声がっ・・・・・・・て
「ぱ、ぱぱ・・パチュリー様に妹様!?」
いきなりの事に叫ばずにはいられなかった。
「五月蝿いわね美鈴。もうちょっと声小さくしてよ」
「う~~~、耳がキンキンする」
「えああ、その、申し訳ございません」
何で私が謝ってるんだろう・・・・・。
「まあ、これでようやく作戦は成功しそうね。二人の仲は元に戻るでしょう」
「失敗したかと思ったけどね」
・・・・・ちょっと待った。何か今すっごい不吉に感じる単語を耳にしたんですけど。
「・・・・あの、パチュリー様、今作戦とか言いませんでした?どういう事でしょうか?それ以前に、咲夜さんとお
嬢様が喧嘩してるの知ってたんですか?」
「質問は一つずつにして欲しいわね。あの二人に何かあったのは咲夜の態度から分かったわ。ちょうど妹様とレミィ
を探していた時に咲夜と会ってね、その時にレミィが咲夜の忠告も聞かずに博麗神社に行ったとか、その他色々とあ
った事を聞いたの。それであの二人が喧嘩をしたのを知ったの」
「そうでしたか。それで作戦と言うのは?」
「咲夜とレミィの仲を修復する為の作戦よ。まずそうね・・・・・・実はこの雨私が降らしたの。本来なら雨は降ら
なかったはずなんだけど、私の力で降るのを早めたの」
「ああそうだったんですかっ・・・・・・てええええぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
今とんでもない事を仰られましたよ!この雨を降らしたのがパチュリー様!?
「普通ならこんな広範囲に雨を降らすのは不可能だけど、今日は自然の助けもあってちょっと雨雲に魔力を加えて活
を入れるだけで何とかなったわ」
「そんな事よりも何でそんな危険な事したんですか!?お嬢様は雨に濡れると死んでしまうんですよ!?」
「確かに危険な賭けだった。でもね美鈴、今回の事件はそれぐらいの危険がないと解決出来ないと思わなかった?」
「それは・・・・・」
確かにその通りだ。このまま何もきっかけがなければ、二人の仲にとてつもなくでかい溝を残していただろう。そ
れを考えれば、ちょっとぐらいの危険は覚悟しないと無理だと思った。でも流石にこれは・・・・
「私だって最初聞いた時は反対だったよ。でも、これぐらいはしないと無理だってパチュリーが言うし、私には何も
方法が思い浮かばなかったから・・・・」
「妹様・・・・」
お嬢様の家族である妹様にまでそんな事を言われては反論出来ない。
「まあ、咲夜があそこまで意地っ張りだったのは私だって予定外だったわ。最初のうちは動かないと予想していたん
だけど、雨を降らせた後ずっと咲夜を尾行しても、迎えに行く素振りみたいなものはあっても迎えに行きそうな気配
があまりなかったから、正直焦ったわね。その辺り美鈴には感謝しないと」
「いや、私はただ自分の出来る事をしようと思っただけで・・・・」
あれ?そういえばずっと咲夜さんの後を尾行していたって言いましたよね。・・・・まさか
「あの、まさか私が咲夜さんに言ったセリフとか全部・・・・」
「ばっちり聞かせてもらっちゃったよ~~」
ぼふっ!
うわ~~~本当ですか!?妹様ストレートに言いすぎですよ!!わ、私一体何を言ったっけ!?すっごい臭いセリ
フ言いまくっちゃった気が・・・・・・ああーーーーー思い出せない~~~~~~!!!
「あ~、美鈴顔真っ赤になってる。もうすごかったよ。咲夜は殴るし、すっごいシリアスな顔で『あなたにとってお
嬢様とはどんな存在ですか?』だって。きゃははははは!!」
「それ以上は言わないでくださいぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
うう、酷いです妹様。だってしょうがないじゃないですか。あの時は夢中だったんですから!
「まあまあ美鈴、あんまり気にする事ないわよ。妹様も苛めるのはそれぐらいにしておいてください。そんな美鈴の
おかげで作戦は成功に向かったんですから」
「えぇ~~、美鈴苛めるの楽しいのに・・・・」
シクシク、ありがとうございます、パチュリー様。しかしまさかこの雨を降らしたのがパチュリー様だったとは。
こんな危険な事をするなんてすごすぎる。
「まあこれで仲が元に戻るんですから良かったです」
「あら、まだ戻るとは確定してないわよ」
「ちょ、ちょっとちょっとパチュリー、それどういう事よ!!」
これには私だけでなく、妹様も敏感に反応してしまった。
「ねえ、これで咲夜とお姉様の仲は元に戻るんじゃないの!?だから私こんな危険な事にも承諾したんだよ!?」
「そうですよパチュリー様!此処まで来てそんな無責任な・・・」
「無責任・・・?」
よっぽど私の発言が癪に障ったのか、少々殺気まじりの目線が私に送られる。
「妹様、一つ聞きますが本当に私たちの力だけで二人の仲を修復出来ると思いますか?二人の絆をまた結ぶには二人
の意志が必要です。二人の意志まで私たちが関与出来るとでも?それは咲夜を説得した美鈴が一番よく分かってるは
ずです。どうかしら、美鈴?」
「それは・・・・」
確かにそうだ。私がしたのは咲夜さんの迷いを断ち切り意思を取り戻させる事のお手伝い。個人の意思がない限り
、何かを成し遂げようとする意志だって産まれない。つまり意志を産む為には意思がないといけない。それは個人の
問題であるがゆえ、誰にも関与する事など出来ない。
「意志の強さは意思の強さ。そこに私たちが入り込む隙間など存在しない。私たちが出来るのは咲夜にある意思の迷
いを取り除き、再び意志を呼び起こす事だけ。それが本来の作戦、私がしたかった事。少なくとも私たちは、今出来
る最高の事をするのに成功したんです。後は二人で決める事です。それも一つの運命ではありませんか?」
「うう・・・でも・・・・」
「妹様、運命には二つあるんです。一つは進む事によって決まる運命。もう一つは時間が経つにつれ偶然出会う運命
。レミィの持つ力は前者です。無数の未来の道から進む運命を自分の意思によって操る。または運命を変え決定する
事が出来る。ですが、偶然と言うのは決定ずけられるものではないし何時何処でどんな風に起こるかなんて分からな
い。そんな偶然によって産まれる運命までは、レミィにも操れない」
それは当然の事であろう。お嬢様が出来るのは何か対象になるものの運命を視て操るのだ。偶然と言うのはまだ対
象ともなっていない予測不可能な事柄。そんなものを操る事など出来るはずがない。
「でもそうしてレミィは咲夜に出会った。自分の中で感じ取れた運命の出会いと言うやつです。約五百年と言う時間
がくれた運命。ですが、これより先の未来はどのようになるかなど誰にも分かりません。後は二人の問題です。私た
ちに出来るのは、信じる事だけです」
このまま破局するのか、それともまた結ばれるのか。それは私たちが決める事ではなく二人の心と心が決める事。
確かに私たちが関与出来るはずがない。しちゃいけないんだ。例えどんな残酷な運命が待っていようとも。
だから私は
「大丈夫ですよ、妹様。咲夜さんとお嬢様ならきっと笑いながら一緒に帰ってきますよ。信じて上げてください。そ
れとも妹様は、御二人を信用できないのですか?」
「べ、別にそんなんじゃないよ!私だって信じてるもん!・・・ただ、ただお姉様が前みたいになるんじゃないかと
思うと、どうしても怖くて・・・・」
無理もない事だ。姉であるお嬢様を慕っている妹様は、おそらく人一倍お嬢様が幸せになって欲しいと思っている
だろう。私だって心配でしょうがない。でも、なぜかあの二人なら大丈夫だと思えてしまう。
「妹様、そんな顔じゃ咲夜とレミィが帰って来た時逆に心配されますよ。ちゃんと暖かい笑顔で迎えて上げないと」
「そうですよ、妹様だって信じているのなら、それ以外の不安な事なんて何のそのですよ」
「う、うん。そうだね。きっと咲夜とお姉様なら大丈夫だよね」
やっぱり不安なんだろうが、少しはその気持ちを和らげる事が出来たようだ。後は、帰りを信じて待つだけだ。
「ところで咲夜さんお嬢様が何処にいるのか分かるんですかね?」
「大丈夫よ。レミィの移動速度は咲夜の方が詳しいだろうし、雨を降らしたタイミングからして、間違いなくあそこ
に行くはず」
「あそこって何処ですか?」
「そう言えば私もまだ聞いてなかった。あそこって何処?」
「思い出の地ですよ。あそこは・・・・・・・・・・・
目を閉じればただの闇。何も見えず自分だけが取り残されたような世界観。頼れるのは自分の耳と鼻。そのせいか
、外から聞こえる雨から足音が聞こえてくる。最初は気のせいかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
――――――――――――――――――あら、どうやら先約者が居たみたいね。
声が聞こえてきた。雨にも負けない透き通った声にナイフのような鋭い口調。
――――――――――――――――――もしもし?もしかして死んでるの?
・・・・いきなり会ってそれはないだろう。苛立ちを通り越して笑ってしまう。私の姿を見てそんな事を言う奴な
んて初めて会った。世間ではScarlet Devilと言われ恐れられている私だと言うのに、何て命知らずなんだか。単なる
馬鹿か、それともよっぽど自分に自信があるのか。どちらにせよ、興味を持った。どんな人物なのか自分の目で確か
めてみたい。そして私はゆっくり目を開けていく。
「・・・・・・・・・」
「あら、生きているみたいね。それとも寝ていたのかしら?それなら悪い事をしたわね」
私の目の前には銀髪の女性が立っていた。血を吸っているせいか、その者が人間であるとすぐに分かった。なんと
もいえない綺麗な肌は私から見ても羨ましい。異性だけでなく、同性の者でさえ惚れてしまいそうな美しい顔。
「・・・・もしもし?私の声聞こえてる?」
だが、内面がとんでもないぐらい冷めている気がする。いや、それよりも
「・・・・あなた何者かしら?私の姿を見て恐れなかった者なんてそういないんだけど・・」
「なんだ、ちゃんと喋れるじゃない。でも質問をする前にちゃんと人の質問には答えた方がいいわよ。っで、何で私
があなたを恐れなくちゃならないの?私よりも背が小さくて子供じゃない」
・・・・・・子供とは言ってくれる。確かに背は小さいが約五百年は生きているのだ。それで子供とぬかしやがり
ますかこいつは。
「言ってくれるじゃない。背が小さいのは認めるけど、私はこれでも五百年生きているのよ?人間であるあなたがど
うやって吸血鬼である私より長く生きれるのかしら」
「・・・・あなた頭大丈夫?人が五百年も生きられるわけないじゃない。それに大分妄想が激しいみたいね。吸血鬼
は人間が作った架空の存在よ。そんな羽のついたコスプレ衣装を着てるからと言って、本物の吸血鬼になれるわけな
いでしょ」
随分酷い言われようだ。この羽は私の身体についている物で、けっしてコスプレではない。それに妄想だって激し
くない。・・・・・・多分。それ以前に彼女は本気で私を吸血鬼と思っていないようだ。吸血鬼が架空の存在?冗談
ではない。現に私は吸血鬼だし、私以外にも吸血鬼は幻想郷内で探せば他にも・・・・・待った。そうだ、私は一つ
見落としていた。もし私の予想が正しければ、全ての辻褄が合う。
「あなた、もしかして人間界側の人間なの?」
「?何言ってるの?人間界側の人間って何よ?」
やっぱりだ。間違いない、彼女は人間界側の人間で幻想郷に迷い込んできたんだ。なら、私を知らなくて当然だし
恐れるはずがない。彼女には吸血鬼が実在すると言う認識がないのだから。
「やっぱりね。やっと全てが分かったわ」
「・・・ちょっと、何一人で解決してるのよ。こっちは逆になぞが深まるばかりなんですけど?」
「そうね、まあ知らなくて当然なんだし、説明して上げるわ」
・・・・
・・・
・・
・
「・・・・という事よ」
「・・・・・・・・・」
取り合えず簡単に幻想郷の説明をした。今は頭の中で私の説明を整理しているところだろう。
「・・・・つまり、此処は幻想郷と言って、私が住んでいる世界とは違い、人間だけでなく妖怪や吸血鬼や幽霊と言
った様々な種族が住んでいる世界で、私が住んでいる世界とは結界によって遮断されている。本来は入る事が出来な
いんだけれど、なんかのはずみで結界が曖昧になり向こうの世界の者が迷い込んでくる可能性がある、と?」
「まあそんなところよ。納得いったかしら?」
「・・・・それは難しいわね」
やはりすぐに信じるのは無理のようだ。
「そんな世界、私たちにとっては異世界・魔界・冥界と言った人間の作った二次の世界よ。まさかそんな物が本当に
あるなんて夢にも思わないし・・・・・まあ、ありえないとは言いきれないけど。事実あなたたちの言う人間界では
まったく消息が掴めない行方不明者だっているし」
「遺体も見つかっていない者はこちらに迷い込んだ可能性が高いわね。幻想郷では、人間が妖怪を退治する者なら、
妖怪は人間を喰らう者。何の能力も無い人間が此方に来れば、間違いなく妖怪の餌ね。ここはそう言った世界よ。誰
もが能力を持っているのが当たり前で、能力なき者は生きる事すら出来ない」
弱肉強食、幻想郷はまさにそれを姿に表した世界だと思う。
「ふ~ん、妄想にしちゃ出来すぎている気がするけど、やっぱり納得しがたいはね。そもそも本当にあなた本当に吸
血鬼なの?それが本当なら信用出来るんだけど・・・」
なるほど、言葉よりも証拠を見せろという事か。確かに一度本当だと分からせれば、疑う事はない。
「そうね、ならあなたがさっきコスプレとか言ったこの羽なんかどうかしら?」
そう言って私は羽を少し大きめに羽ばたく。バサッ、と大きい音をたてて、羽ばたいた羽が風を起こし彼女の髪を
なびかせる。
「・・・・・・・・」
あ、ちょっとびっくりしてる。
「・・・・・触ってみていい?」
「どうぞ」
彼女が私に近づいてくる。羽を手に取ると、まじまじと見ながら感触を確かめる。私が振り向けば、彼女の横顔が
私の間近に・・・・・・・・・・美人・・・・・ハッ!いけない、私は何を考えているんだ。
「・・・・・・・本物・・・・」
「当たり前でしょ」
「・・・・・・・・・・・・・」
さわさわ なでなで
・・・・・何か変な気分。
すりすり つねつね むぎゅ~~!
って何か思いっきり引っ張られてるんですけど!?
「痛い痛い痛い、いた~~~~い!!」
私は急いで身を捩り、羽を握られてた手を振り解く。羽が取れるかと真剣に思ってしまった。
「ちょっと、幾らなんでも限度があるでしょ!」
「・・・・ちゃんと身体に繋がっている・・・・・・・」
「本物なんだからあたりまえでしょ!!」
まったく、頭逝ってるんじゃないだろうか?
「・・・で、これで信じてもらえたかしら?むしろここまで酷い目にあって信じてもらえないなんて処刑もんよ?」
「処刑は怖いわね。大丈夫、ちゃんと信じたわ。その羽はあなた自身の身体についているみたいだし。それにこの辺
りは人が開拓した後がまったく見られない。私の住んでいた世界とは別世界って感じはしないでもなかったわ」
ようやく信じてもらえたようだ。ここまでくるのり結構な道のりだった気がするのはなぜだろう。
「・・・でさ、あなた吸血鬼なのよね?」
「ええそうよ。さっきから言ってるじゃない」
「だったらさ、やっぱり吸うの、アレ?」
アレ?ちゃんと名詞で答えてもらいたいものね。多分吸うと言う表現と吸血鬼からして恐らく
「もしかして血の事?だとしたらもちろん吸うわよ。吸血鬼の御飯なんだから」
「ふ~ん。じゃあ私も血吸われちゃうのかしら?まいったわね。吸血鬼の弱点であるニンニクや十字架なんて持って
ないわ」
・・・結構余裕あるように聞こえるけど、まあ気にしないでおいて上げよう。
「大丈夫よ。私今あんまりお腹すいてないから。それに私は少食だから何時も残すの。だから襲われた人間は貧血を
起こすぐらいで死なないわ。ちなみに、ニンニクは弱点だけど十字架は大丈夫よ。迷信を信じちゃ駄目よ」
「(迷信だったのか)そうなんだ。じゃあ私が襲われても死ぬ事はないのね。取り合えず安心」
何が安心なんだか。別に血を吸わなくても殺す事など簡単な話なのに。考えてみれば、此処まで他の妖怪に出くわ
さなかったのは相当運が良い。夜中に活動している妖怪の方が人間を好んで襲う。人間界の人間がこんな時間に幻想
郷を歩くのは、まさに鬼門である。
「安心じゃないでしょ。さっきも言ったけど、妖怪は人間を喰らう者よ。能力を持つ幻想郷の人間ならまだしも、何
の能力も持っていない人間界側の人間であるあなたが此処まで生きて来れる確率は奇跡に等しいわ」
「それはどうも。お褒めの言葉として頂いておくわ」
・・・・・本当に私の話を理解しているのだろうか?私はほとんど死刑宣告に等しい事を言っているのに。実際、
私自身は血を吸うだけで殺生といった行為はあまり行わない。だが、他の妖怪たちは別だ。腹を空かしている妖怪な
ら、間違いなく速攻で襲うだろう。彼女に抗うすべは無い。だって彼女は人間界側の人間なんだから、能力を持って
いるはず・・・・
―――――――――――――――でもそれは、何の能力も持って無かったらの話でしょ―――――――――――――
一瞬だった。直感で危ないと感じたのは。私の背中に嫌な汗が垂れているのが分かる。私が震えている?寒気を感
じている?なぜ、ただの人間にこれほど威圧を感じるのだ。
「・・・・どういう事かしら?それ」
「言葉通りよ。あなたの説明からすると、何か能力を持っていれば生き残る可能性は出てくるんでしょ?だったら私
はまだ可能性がある方ね」
「・・・・分からないわね。もうちょっと詳しく説明してくれる?」
「そうね・・・・・論より証拠、これを見れば納得いくかしら」
そう言って彼女はポケットをごそごそと探り、手を出した時には一つの物体が握られていた。
「・・・・ナイフ」
私と殺るつもりか?いや、それにしては殺気をまったく感じない。
「今の人間界は普通にナイフを持ち運びする時代になったのかしら?結構物騒ね。っで、そのナイフがどう関係する
のかしら?まさかナイフ事態が曰く尽きだったり?」
「それは見てのお楽しみ。それ!」
掛け声と同時にナイフを斜方投射する。投げられた方向は彼女から見て斜め右。力なく投げ出されたナイフは少し
上に上がると下に落下していく。もうしばらくすればナイフは大地に落ち
――――――――――――止マレ
・・・・・ない
「・・・・これは」
ありえない光景だった。ナイフが空中に浮かんでいるのだ。本来重力の力によって下向きの力が働くはずなのに、
目の前の光景はその法則を完璧無視している。魔術の類か?だがそれにしては魔術の波動をまったく感じなかった。
なら一体これは・・・・・
「少しは驚いてくれたかしら?」
「!!?」
私は今度こそ驚いた。彼女がいる。いや、先程からいる事はいるのだが、それは話していた場所ではなく、ナイフ
が静止した場所に彼女がいたのだ。右手には先程投げたナイフが握られている。何時の間に・・・・・・。私の目で
追いきれなかった?違う、これはスピードの問題ではない。瞬間移動能力か異次元を渡る能力か、だがこれではナイ
フが空中に静止した理由に結びつかない。そう、あれはまるで時間が止まっているような・・・・時間?まさか・・
「まさかあなた、時間を操ったの?」
「ビンゴ、大正解」
どうやら私の推理はあっていたようだ。
「まず最初にナイフを投げて、手頃な所でナイフの時間を止める。これでナイフは空中に静止するわ。そして次にあ
なたが静止したナイフに注意が向いた所で今度はこの空間全体の時間を止める。その間に、私がナイフの所まで歩い
て全ての時間を元に戻す。これがトリックの答えよ」
「・・・・・・・・」
驚いた。まさか時間を操る能力を持っているなんて。
「驚いたわ。人間界側に能力を持つ者がいたという事ですら驚きなのに、これほどの能力を持っているなんて」
「そうね・・・・・私自身もびっくりよ・・・・・・」
彼女がとても悲しそうな表情をする。なぜだろう、彼女のその表情を見るのがとても辛い。
「きっと、こんな能力がなければ私は違う人生を歩んでいたんだろうな・・・・」
彼女の目に映っているものは諦めか、それとも願いか。
「私はこの能力のせいで向こうの世界では煙たがられてね、私に話しかけてくる人なんて誰もいなかったわ。代わり
に視線だけがおくられてきた。眼・眼・眼・眼・眼。異常・奇妙・変質・拒絶そして恐怖。私の能力を恐れ戦き誰も
が異常者としておくってくる視線。私に自分たちが思っている恐怖を贈りつけ、私を孤独に送る。親だってそうだっ
たんだから笑っちゃうわ」
「人間界では能力がなくて当たり前。それゆえ、特別な能力を持つ者を異常者としてみなし自分に危害がないよう遠
ざける。それは人の心理だもの、しかたがないわ」
「それは私も分かってる。だから私は今日家を飛び出してきたの。そんな周りの環境が嫌で逃げ出してきたわ。ほん
と、宛てもない逃避行。・・・でもね、目的はあるのよ」
「目的?何よそれ」
私にとってはどうでもいい事なのに、なぜか聞き返してしまった。
「・・・・本来なら恥ずかしくて言いたくないんだけどね、あなたにならなぜかいいと思っちゃったわ。私はね、探
しているの」
「探している?」
「ええ。私にはこんな力があるけどさ、もしかしたら世界を探せば私の能力を気にせず受け止めてくれるそんな人が
いるんじゃないかって。一人でもそんな人がいたら、そここそ私の本当の居場所なんだと。それが私の目的である探
し者よ」
その言葉を私は一字一句脳内に焼き付けていた。似ている。彼女と私は心のあり方が似すぎている。でも違う。私
は誰かに見つけて欲しいと思い待っているが、彼女は自分から探しに出ている。そんな彼女の強さが羨ましい。
「ねえ、そのナイフを私に当てる気で投げてみてくれる」
だから・・・・・試してみたいと思ったのかもしれない。
「・・・・はい?あなた何言って・・・」
「いいから」
彼女が自分から探しに出たのと同じように、私も自分から出てやろうと。
「いいって・・・・そんな事したら怪我しちゃうじゃない。当たり所が悪かったら死ぬ危険性だって・・・」
「それでいいの。むしろ殺す気で投げてくれた方が有難いわ」
「・・・・・でも」
「大丈夫。当たりはしないから。それに万が一当たったとしても、吸血鬼がそんな簡単に死んだりしないわ」
「・・・・・・・」
躊躇うのも無理はない。実際、当たり所が悪かったら確かに死ぬ可能性はある。だが当たりはしない。あの能力を
使えば。
「・・・・・・本当にいいの?」
「ええ、何時でもかまわないわよ」
「・・・・・・分かったわ」
意を決して、彼女がナイフを構える。だが私はそのままの体勢だった。
「・・・・・ハッ!!」
躊躇を振り切り、彼女がナイフを投げる。そのナイフは間違いなく私に向けられて投げられている。このままでは
間違いなく当たるだろう。それがナイフの運命。
―――――――――――――――だから私はナイフを視た
彼女とナイフが結んでいる糸、それを断線し私の糸と結びなおす。そうすると運命の文章が私の頭に流れ込んでく
る。今のナイフの運命は目の前の少女に当たる運命、つまり私に当たるという事。だがそれだけがそのナイフの未来
ではない。まだ無数に広がっている未来の道。その中から私に当たる運命ではなく、ナイフが私を逸れる運命を選び
、文章を書き直す。
カン カララララ・・・・・・――――――――
それで終了。私によって運命を操られたナイフは、彼女の意思とは関係なく私に当たる瞬間まったく別の方向に飛
んでいく。そして壁に当たり床に無残にも転がった。
「なっ・・・・・・・・」
彼女はありえない、と言った表情をする。無理もないだろう。誰が自分のナイフが意志を持っているかのように私
を逸れるなんて思う。
「だから言ったでしょ、当たらないって。そう言う運命にしたんだから」
「そう言う運命にした?それって一体・・・・」
分からないか。まあ当然だろう。
「あなたが投げたナイフ、あれは間違いなく私に当たるはずだった。それを当たらないようにするには、ナイフを避
けるか何か物で防ぐしかない。でも、それ以外にもう一つだけ方法があるの。それは投げられたナイフの運命を変え
る事よ。当たるはずのナイフを操って私を逸れるようにしたの」
「・・・・そんな事が・・・・・・・・」
「さっきも言ったけど、幻想郷に住んでいる者は誰もが特有の能力を持っている。その中でも私の能力は上位にラン
クインされるでしょうね。私の能力は『運命を操る程度の能力』。見ての通り、何か対象となるものの運命を読み取
って自分の思うがままに運命を決める事が出来るの」
「運命・・・・・」
それから彼女は黙りこくってしまった。私の見せた能力の凄さに唖然としてしまったのだろう。そして・・その凄
さが恐怖を呼び起こしてしまったんだろう。やっぱりしょうがない事なんだ。吸血鬼と『運命を操る程度の能力』こ
の二つを見て恐怖を抱かなかった者など今までに存在しない。そうさ、彼女だってきっと・・・・
――――――――――――――――じゃあさ、私が此処に来たのもあなたが操ったの?
「・・・・・へ?」
「だから、あなたは運命を操る事が出来るんでしょ?なら私が此処に来てあなたに会ったのも、全てはあなたが運命
を操っていたからなのか聞いてるの」
何を言ってるんだ、そんなわけない。私は何か対象となるものの運命を読み取って操るのだ。私は彼女と言う対象
はない。なぜなら此処で初めて会ったのだから対象にしようがない。それに彼女を知っていたとしても、私の視野に
入っていなければ運命を読み取る事など出来ない。
「まさか、あなたが此処に来て私に会ったのはまったくの偶然よ。誰かが来るなんて思ってもみなかったし、私は偶
然と言う運命まで操る事は出来ない」
「そっか、なら良かった」
そう言って彼女が微笑む。私にとってはまったく意味不明だ。だいたい、何が良かったのかさっぱり分からない。
「・・・・分からないわね、何が良かったと言うの?」
「だってさ、嫌じゃない、そんなの」
「嫌?」
「ええ、私が此処に来てあなたに会ったのが偶然ではなく全て操られてそうなる運命にさせられていたのだとしたら
あまりにも切ないじゃない。だって、こんなにも楽しいと思えたのに」
「楽しい?」
「ええ。私はこの能力のせいで向こうでは煙たがられてたって言ったでしょ。だから誰かとこんなに長く話した事な
んてないの。だから嬉しかった。例え種族が違えど、誰かとこんな風に会話が出来る事がこんなにすばらしい事なん
だって、こんなにも楽しい事だったんだって。だから怖かった。私の意思に関係なくただそうなる運命になるよう操
られていただけで、この気持ちも全部操られているだけなんじゃないかと思うと」
反則だった。いきなりそんな事言われるなんて思っても見なかった。彼女の言葉全てが私の心を鷲掴みにして離れ
ない。てっきり私はこの能力に彼女が恐怖を抱いたとばかり思っていた。だが、今の彼女の言葉の何処にそんな恐怖
を抱いていると言えるのか?そうか、私が試したかったのはこれなんだ。知らず知らずのうちに私は彼女に惹かれて
いって希望を託していたんだ。私の能力に恐怖を抱かず、一人として見てくれるんじゃないかと。
「でも、ただの杞憂で良かったわ」
「そ、そう。それは良かったわね・・・・・・」
彼女の顔をまともに見ることが出来ない。今見たらとても耐えられそうにない。ただでさえ涙が零れそうなのに。
・・・・・・もっと一緒にいたい。これからも、ずっと・・・・・。
「・・・・どうしたの?急に黙っちゃって」
「べ、別になんでもないわよ!」
あ~~もう!彼女が近くにいたら全然考えがまとまらない!どうしたらいい?どうやったらもっと彼女と一緒にい
られるだろう・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうだ!
「そう言えばあなた、家出して来たのよね?行く宛てもないって言ってたし、今日は何処に泊まるのよ?幾ら時間を
操れたって、寝ている所を襲われたらひとたまりもないわよ」
「そうだった、すっかり忘れてた。途中で雨が降ってきたから、何処か雨宿りも出来る寝所を探してたら此処に着い
たのよね。傘じゃ防ぐにも限界があるし」
なるほど、つまり今日彼女が泊まる場所ないという事か。私の思った通りだ。なら
「だったら私の家に来る?」
「・・・・あなたの家に?」
「ええそうよ。私これでも幻想郷じゃ相当名家のお嬢様なのよ。あなた一人ぐらい泊まる余裕は十分あるわ。それに
なんだったら、家で働いてくれてもかまわない。行く宛てもないならちょうどいいんじゃない?寝所に朝・昼・晩、
三食の食事つきだし」
働いてくれてもかまわないとか言ってしまったが、本音は働いて欲しい。
「・・・・そうだったの。名家のお嬢様だったなんてとんだ失礼をしてしまったわ。てっきり、此処があなたの家な
のかと思ってたのに」
「そんなわけないでしょ!!」
「くすっ、冗談よ」
冗談か本気なのかさっぱり分からない所が怖い。まったく、こっちは返答に心臓をばくばくさせて待っていると言
うのに。
「そうね、確かに断る理由もないし、幻想郷についてもちゃんと教えて欲しいから私で良かったぜひ」
やったー!と心の中だけで叫んでおく。
「・・・そう言えば、何で名家のお嬢様がこんな所にいるの?」
「吸血鬼は雨に打たれると死んじゃうの。出掛けてたら急に雨が降ってきて此処にかんずめ状態よ」
「なるほど・・・・・」
自分で言っていてとても惨めになってしまった。でも、悪くない。私だってこんな気持ち初めてなんだから。
「それじゃ雨が止むまで待ちますか?」
「あなた傘持ってるんでしょ?なら入れてくれる?当分止みそうにないし」
「わかりました。・・・・それで、お名前は?」
「へ?」
「だから名前です。これから私の主になるお方に何時までもあなた、なんて失礼でしょ?ちゃんと名前を教えてもら
わないと困ります」
ああそうか、考えてみればお互いまだ自己紹介もしていなかったんだ。すっかり忘れていた。そして気付いたら彼
女はすでに私に敬語で話している。なんともまあ律儀な事だ・・・・。
「名乗り遅れた事は謝らないとね、私はレミリア・スカーレットよ。よろしくね。それで、あなたの名前は?」
「今後よろしくお願いします、レミリアお嬢様。私の名前は・・・・・・・・
「・・・・うん・・?」
そこで私は目が覚めた。
「夢・・・・か」
懐かしい思い出だ。あんなに大事な思い出なのに、久しく忘れていたなんて信じられない。
「・・・・・・・・・」
周りをきょろきょろと見渡してみる。そこは何もなく誰もいなかった。そうだ、私は博麗神社に行く途中で雨が降
ってきたから此処に非難したんだった。本当に最悪だ。この状況が最悪なら私自身も最悪。ちゃんと忠告を聞いてい
ればこんな事にならなかったのに。ほんと、救いようもない馬鹿だ。こんな状況で、結局私は彼女を求めてしまうん
だ。なんであんな事を言ってしまったのか?それはきっと、彼女と長い間過ごしているうちに勝手に私の物だと思い
込んでしまったから、何をしても良いと思ったからだろう。私は彼女の苦しみを知っていたはずなのに、あんな事を
言ってしまった。きっともう許してくれないだろう。どうしようもなく夢の続きが見たい。確か・・・彼女が自己紹
介する所で終わったんだ。彼女の名前は
「・・・・咲夜・・」
呆然と吐き出された単語が辛い。幾ら後悔したって咲夜が迎えに来てくれるわけ・・・・
「どうかなされましたか?お嬢様」
「!!!?」
ないっって咲夜!?
「やはり此処におられたんですね。無事で良かったです」
いや、むしろ何で此処に咲夜が・・・・・まさに私以上の馬鹿としか思えない。
「信じられない。私の迎えに来るなんてどうかしてるんじゃないの?」
「なぜですか?」
「だって、私はあの時・・・・!」
私は、私はあんな酷い事を言ってしまったのに!
「お嬢様、私は別にあの時の事は気にして・・・」
「嘘よ!あの時の咲夜の表情は本気だった!」
迎えに来てくれた嬉しさは、あの時の事で全て消え失せてしまう。でもやっぱり嬉しい。その矛盾がたまらない。
「・・・・・お嬢様、私は正直あの時の言葉には苛立ちました」
それが当たり前だ。だったら・・・
「でも、その苛立ちは何より私に向けられました。あの時、もし雨が降ればお嬢様の命が危ないと分かっていながら
私はお嬢様に傘も持たせず出掛けさせてしまった」
「・・・違う。それは咲夜が気にする事じゃない。あれは私が命令したから・・・・・・」
「でも私は許せなかった!命令が何だと言うんですか?私はただお嬢様を守りたい。私の答えはそれだけです。そし
てそれは紅魔館のお嬢様ではありません」
「・・・・へ?」
意味不明だった。咲夜が何を言っているのか私にはまったく理解できない。
「私は紅魔館のメイド長である前に、十六夜 咲夜と言う一人の人間です。私は一人の人間として一人の少女である
レミリア・スカーレットと言う人物をお守りしたい。私は主と従者なんて関係なくお嬢様をお守りしたい、そして一
緒にいたいんです」
ぽたっ
気付いたら私の頬を熱い液体が流れている。咲夜の前で涙を流すなんて恥ずかしすぎる。私は急いで目を擦って涙
を拭き取った。
「お嬢様、覚えていますか?この場所を」
「・・あたりまえじゃない。忘れられるわけないでしょ・・・・。私と、咲夜が初めて会った場所なんだから」
私にとって運命に出会えた日だ。
「お嬢様と初めて会ったあの時、私は本当に充実してました。他愛もない会話。でも、それこそがあの時の私には一
番必要なんだなと思いました。誰もが極当然の行為でも、私にとっては思い出の品。そんな事がお嬢様と初めて出来
た時、私は本当に嬉しかった。だから私はもっとお嬢様と一緒にいたいとあの時思いました」
「それは私も同じよ。私だって・・・色々あったんだから」
そう言えば私は過去の事を咲夜に話していなかった。私の汚い部分を知られたくないから・・・・・。
「お嬢様の過去の事は美鈴から聞きました。お嬢様が過去、他のメイドからどんな風に思われていたかも」
・・・まったく、門番ごときが何をしてくれるんだか。おかげで私と咲夜の会話が減ってしまったじゃないか。
「美鈴と話して、自分がどれだけ愚かな存在かよく分かりました。私はまだまだ未熟で学ぶべき事が沢山あると気付
かされました」
「私だってそうよ。今日の出来事で自分の思い上がりがどれほどの物なのか良く分かったわ」
今日の出来事がなければきっとお互い一番大切な事に気付く事はなかっただろう。私たちが初めて会った時には持
っていたのに、時間が経つにつれて失ってしまった物。それを今日見つける事が出来た。
「だからお嬢様、また此処からやり直しませんか?もし私なんかでよければ、お嬢様の運命を私の時間と共に刻ませ
て欲しい」
今日の過ちを踏まえての再スタート。こんな事件があっても咲夜は私と共にありたいと言ってくれた。その気持ち
が嬉しく、とても痛い。今日の事からすると私にそんな権利はないと思う。でも、これは権利の問題ではなく意思の
、心の問題だ。だったら迷うはずがない。
「もちろんよ咲夜。私はあなたじゃないと嫌だからね。あなたの時間、私の運命と共に歩ませてちょうだい」
私たちはあの頃の、初めて出会った時の思いを取り戻す事が出来た。私たちを引き止める物は何もない。この思い
がある限り、どんな事だって二人で乗り越えて行ける自信だってある。やっと掴む事が出来た運命。思いっきり抱き
つきたい。・・・・・抱きつきたいんだけれども
「何でこんな時に服びしょ濡れなのよ」
「すいませんお嬢様。雨の中を走って来たもので」
こんな時にそれはないんじゃないの?
「大体、傘一本しかないじゃない。咲夜の分はどうしたの?」
「ええっと、慌てて出てきたものでお嬢様の傘しか持ってきてないんです」
・・・・やっぱ人間って使えないわね。
「まったく。ほら、ハンカチ。それで肌の濡れた部分ぐらい拭き取っときなさい」
「本当に申し訳ございません、お嬢様」
申し訳なさそうに咲夜がハンカチを受け取ると手や顔の部分を拭く。そのしぐさを一部始終見ていたが・・・・や
っぱり咲夜の肌は綺麗だ。羨ましい。
「・・・ふう、ありがとうございますお嬢様。このハンカチは濡れてしまったので、私が預かっときますね」
「ええ、お願いね」
「では、行きましょうか」
そう言って咲夜が傘の準備を始める。だけど・・・・・何か大事な事を忘れている気が・・・・あ
「ちょっと待って、咲夜」
そうだ、これを忘れていた。
「なんでしょうか、お嬢様?」
とてつもなく大事な事を忘れていた。これを忘れるなんてやはり私もまだまだ未熟のようだ。まったく、まだ私は
咲夜の告白に答えてないじゃないか。共に歩むとは決めても、咲夜個人の思いに対する返答をちゃんとしていない。
咲夜はちゃんと思いを伝えてくれたんだから、私も思いを伝えないと。
「悪いけど目、瞑ってくれる?」
「なぜですか?」
「いいから」
その言葉にしぶしぶ目を閉じる咲夜。正直めちゃめちゃ恥ずかしい。でもこれは紅魔館じゃ誰かに見られる危険性
だってあるし、思い出の場所でもある此処でしてしまいたい。私の精一杯の思いを込めて私は
―――――――――――――――咲夜の唇に自分の唇を重ねた
「!・・ん・・・」
突然の事に戸惑ったんだろう。咲夜の身体が一瞬硬直する。だが自然とその硬直もとれ、咲夜の方からも唇を求め
てくる。
―――――――――――――――甘い
何とも言えない味と感触。咲夜が時間を止めているわけでもないのに、時間が止まっているような感覚。唇を押し当
てる角度を少し変えるだけでまったく違う感触。私は今咲夜の味に完璧酔いしれっている。得体も知れない熱が身体
全体を駆け巡っていく。そんな時間がしばらく続いて
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
私たちはようやく唇が離れた。まだ自分の唇に咲夜の唇の感触が残っている。
「・・・・・え・っと」
「あの、・・・その・」
自分からやった事とはいえ、あまりの恥ずかしさにどうしたらいいのかさっぱり分からない。
「・・・あの・・・キス・・てやつですよね?」
「そ、そうよ。・・・・その・・嫌だった?」
「そ、そんな事ないです!ただ、いきなりだったから凄く恥ずかしくって・・・・・でも、嬉しかったです」
「そ、そう。なら良かったわ・・・・」
駄目だ、恥ずかしすぎてまともに喋れない。何か、何か話を逸らせる物は・・・・・・ん?
「咲夜、何か頬がちょっと腫れてるわよ。どうしたの?」
「え、ああこれですか?これは美鈴に殴られた時の物です」
ほほう、私の咲夜を傷物にしてくれるとは良い度胸じゃない、美鈴。後でスカーレットフルコースD決定ね。
「でも、美鈴のおかげで私は自分の大切な事を思い出せましたから今はとてもありがたいです」
・・・・チッ、ならスカーレットフルコースBで許してやるか。
「そろそろ帰らないと美鈴やパチュリー様に妹様が心配されますね。ただでさえ遅くなってしまいましたし。行きま
しょうか」
「そうね。そろそろ帰りましょう。・・・・咲夜、これからもよろしくね」
「ええお嬢様、あなたとなら何処までも」
そして二人は、自分の思いを抱きながら思い出の地を後にした。新たな出会いと共に。
次の日
昨夜の事件は、結局レミリア・咲夜・美鈴・パチュリー・フランドールの中だけの事件として解決された。あの後
無事に紅魔館に辿り着いたレミリアと咲夜はそのまま床の間に着いた。昨日の雨はパチュリーが降らした物だという
事を二人は知らない。パチュリー曰く
「偶然こう言った運命が重なったと思わしといて上げるのが重要」
との事だ。実際は後でお仕置きされるのが怖いからだと美鈴とフランドールは思った。
廊下ではメイドたちがばたばたと忙しく働いている。パチュリーも何事もなかったように図書館に篭っているし、
フランドールは地下でお休み中。本日は美鈴の姿が見当たらない。話では体調不良という事になってるが、美鈴の部
屋から呻き声で
「もう無理です、お許しを~~~~・・・・・・」
と聞こえてくるらしい。怖いので誰も関わろうとしない。
ただ、何時もと違うのはもう一つある。美鈴に比べてとてつもなく重大な事だ。
「本当に人間って使えないわね」
レミリアが愚痴をこぼす。実は本日メイド長である十六夜 咲夜は風邪により寝込んでいた。理由は、溜まりにま
った仕事疲れと、昨日雨に当たった事が原因らしい。咲夜の欠番で、他のメイドたちは何時も以上に忙しい。とりあ
えず、ただいま咲夜は部屋で倒れているのだ。それが、自分のせいだとレミリアは理解している。だから
「今日はたっぷり咲夜を苛めてやろう」
と思っていた。滅多にない咲夜の風邪に、何時もと違う悪戯が出来ると喜ぶレミリアであった。
運命には時間が必要
それは偶然が引き起こし、誰もが待ち望むもの
時間が運命をみつけるものとしたら
運命は時間を待つもの
運命(レミリア)と時間(咲夜)に幸せあれ
ちょっと文章が冗長でちょっと粗があるかなと感じたりもしましたが(誤字等)
キャラの動きは文句無しにいいですね。
咲夜とレミリアの対話が素敵過ぎ…落ちも文句無し。
そして中gじゃなくて、美鈴の問い詰め辺りはしびれました。
良い脇役ってのはこういうものなんですよね(苦笑
中国と咲夜のやり取り、なんとも青春ドラマっぽくてよかったですw
ところでいつもと違ういたずらってなn(殺人ドール
というわけで入れます、すみません。
待ってましたよ~
最高です泣きますた。咲夜さんもお嬢様もすばらしい
百合ちゃんユリユリ! 青天井???
美鈴の歯の浮くようなセリフにこれが本当に中国か!!!と思ったり。
レミリアと咲夜の会話でのレミリアにとても好感触。会話分以外でも楽しめました。
どんな所でも落ちをつけられる中国にある意味感服。「スカーレットフルコースB」のBってどのくらい凄いのやら…
誤字かなっと思ったのは
「そ、そすよ。・・・・その → 「そ、そうよ。・・・・その
かなと。もっとあったような気が…
ところでスカーレットフルコースってのはアレですか、レミリア様の難度別全スペルカードご馳走とかってヤツですか。
あれ? でもEASYはないから・・・あぁ「DEATH」のDなのか。
そんなことよりも(ヒデェ)咲夜さんが風邪で寝込んでる方が重要でスよ。
そんなときに出来る悪戯はおそらk(フルコースD
なんて素晴らしいお嬢様と咲夜
中国