Coolier - 新生・東方創想話

優曇華は夜咲く

2004/10/22 10:12:22
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↓↓きっと先にあとがきを読んでからの方がよいです。




    
      優曇華は夜咲く






  あなたの目は、こっそりと私の心を盗む。泥棒!泥棒!泥棒!
                            ――モリエール「贋少女」







  0

 ――私たちは深い絶望にとらわれていた。月の民の大地はいまや穢い地上人が我が物顔で歩く場所に成り下がっているのだから。仲間の大部分は地上人排斥を力説するが、それが口先だけに過ぎないことは誰もが諒解している。奴らの持つ兵器はすさまじい火力ですべてを焼き払い、穢し、われわれの大地を殺してしまうのだ。その圧倒的な暴力。もはや月の民が頼れるものは月の魔力しかないことは明白である。人を狂わす満月の力――その力を操る月の兎“レイセン”、彼女をはじめ月の民は心を持たない兵器と、心を失いかけている地上人たちと戦っていたのだ。もちろん負け戦で――なにより地上人は数が多かった、ハイエナが獲物をとりころすように地上人はわれわれの仲間を屠っていった――今ではもうこれ以上下がるところはないというほどにまでわれわれは追い詰められている。レイセンが地上に墜ちてしまってからというものわれわれは完全に防戦一方である、もちろん最強の戦士であるレイセンが地上に墜ちていく際に彼女にひきつけられた地上人が多かったためわれわれとしてはその場はしのげたのだが――『或る月の民の男の日記より』



  1

 夜、満月が地上を皓々と照らす中、博麗神社に通じる小道の脇を結界の境界にそってこけつ転びつ這い歩く小さな影があった。
「この結界は……」
 月でも見ない強力な結界、博麗大結界は幻想郷にとっての異物を寄せ付けない。結界を前に、影は躊躇した。
「こんな強力な結界なら、地上人には感知することもできないはずだけど」
 そしてこの結界はけして地上人の仕業ではない、彼らの力はこういう類のものではないのだ。中に入り込んでしまえばきっと地上人に見つかることはない。逃げ切れるはず……と影は考えていた。だが問題はいかにして結界をくぐるのかということ、カウンタースペルの類は専門でもないうえにたとえその筋の達人であってもこれほどまでに強力な結界を越えるのは相当に骨が折れるに違いなかった。
「ああ、もう……」
 影の姿がさっと月明かりの下に顕になった。月光を反射して銀の絹糸が清流の水面のようにきらめく。頭のてっぺんから突き出たぎくしゃくした形の二本の耳は兎のそれのように見えた。
「どれくらい大きいのか分かんないけど…綻びを見つければいいんだ……どこかにある」
 兎はそう自分に言い聞かせ、よろよろと頼りない足取りで進んでいく。不安をどうにか抑えつけながら、一歩一歩。ボタンの弾け飛んだダークブラウンのブレザーには雨に濡れたような血の汚れがつき、その下のカッターシャツにも点々と紅い斑点がこびりついていた。ベージュのスカートはプリーツが乱れ、ともすれば大人びた女子高生とも思えるような外見は今では不自然極まりなかった。月の民の秘術だろうか傷は見当たらなかったが、体力の消耗は激しいらしく肩で大きく息をしながらゆっくりと足を運んでいる。
「特に追っ手は見当たんないし……結界の外側でもいいからとにかく……休みたい」
 どのくらい歩いたのだろうか、かなり歩いたはずなのに結界の周辺の空間はおかしくなっているのか兎はまた同じ場所に戻ってきていた。つぶやき声はかすれていて弱弱しい。博麗神社の鳥居の下にもう限界だという体で膝に手をついて、紅い瞳で見上げるようにして境内の方を見つめる。あ、と声がしたかと思うと、兎の大きな目がさらにまんまるに見開かれた。
「なんなのよこれ…この鳥居…入り口じゃない」
 これだけ強固な結界を築いていて、なんて無用心な。まるで灯台下暗しとでもいおうか。ぽかんと開いた口が笑みの形に変わる。彼女、レイセンは無造作に鳥居をくぐり、幻想郷に入門した。


  2

 紅い満月をバックに空を往く人間の姿が一つ。幻想郷において奇異な格好などという概念は存在していないが、おそらく彼女が人の里に出たならばその姿は奇異なものとして人々の眼に移るだろう。藍色のワンピースに白いエプロンドレス、フリルがついたカチューシャ。大正ロマンそのままのメイド服という奴である。メイド服を着た少女が夜空を優雅に駆ける姿はあまりに幻想的だった。ただ、瀟洒なメイドは今宵あまりご機嫌がよろしくないようだ。
「B型の血を、と仰せつかってきたものの」
 注文の多い紅魔館、お嬢様いわくB型の血が特においしいらしい。
「そもそも人間の姿さえ見当たらない…」
 どうやらメイド――咲夜はB型の人間を探しているのがそもそも人間が見つからず困っているらしい。ここは幻想郷、結界に囲まれた土地に人間はあまりいない。どうしようもなしに咲夜がやってきたのは結界の端、博麗神社。このあたりで獲物を探していると霊夢がうるさいというわけで普段はあまり神社周辺をうろうろはしないのだが、今夜ばかりはいたしかたない。いちおう、幻想郷の正式な入り口であるが、実際は普通の人間は幻想郷には入れない。結界の間の二重空間に迷い込み、そのへんの山林に吐き出されるだけだ。しかし結界の元締めがいる割りにここが一番結界が薄く、はずみで人間が迷い込みやすいというのも事実。要するに格好の狩場というわけだ。地面すれすれの空間をねじまげながら鳥居の真下に着地する。
(あの能天気巫女は掃除もまともにしてないのかしら)
 足元に立つ砂埃にメイドの秀麗な眉が寄る。これではエプロンがまた埃っぽくなるじゃないか、わざわざ時間を止めて掃除してる意味がない…だいいちお嬢様はきれい好きなのだ、ときどきお食事の血をこぼしたりはするけれども。
 あたりには人間の気配などかけらもなく、幻想郷をさまよう野良妖怪の気配がかすかに感じ取れるばかりだった。
(あー、もうここまで来て無駄足なんてねえ、お嬢様がおなかをすかせて待っていらっしゃるのに…今日は献血かしら)
 乱れたエプロンの裾を無造作に捌くしぐさはまさに完全で瀟洒なと形容されるにふさわしい。完全たるゆえんである鋭敏知覚は、鳥居の横の雑木林にひそむレイセンの弱弱しい気配をもその持ち主の大脳皮質連合野に伝えていた。その気配は弱弱しくはあっても、どこか獲物を狙う動物のような緊張を維持していた。
(手負いの妖怪か?結界を踏み越えたところで私に出くわしたってところかしらね)
 捨て置いても問題はあるまいが、こんな人間のなりでそこらじゅうを飛び回っていると、餌と勘違いした妖怪がしばしば襲ってくるものなのだ。そっと、ポケットの懐中時計を手に取る。狂った時間を指したままとまった懐中時計。
(腹を空かせてるとこにちょうどやってきた獲物だとでも思われてるのでしょうね)
 咲夜の周りの空間がかすかにざわついた。来るなら来いといわんばかりに、踝を反して背を向ける。どうやら完全で瀟洒なメイド、十六夜咲夜といえど虫の居所が悪いような夜があるらしかった。


  3

 背を向けた咲夜と叢にひそむレイセンの距離はおおよそ10m、レイセンの「弾丸」なら相手が気づく暇も与えずに射抜いてしまえる距離である。どんな能力を持っているかも、どの程度の力があるのかも分からない相手なら、その能力を発現させる前に倒してしまうのがもっとも得策。微かな躊躇いがレイセンの頭の中によぎるが、この結界の内側にまで人間はいるのか?それともこの結界の中に侵入するような人間、もはや人外ということか?しかし、咲夜が背を向けた瞬間レイセンの頭にはただ一つの考えが残った。もっとも明瞭で劇的な、すなわち、あいつ気づいて挑発している、撃ち抜いてくれといわんばかりに!
 瞬間、押し殺されていたレイセンの魔力が月光を圧して広がった。神速の戦いの幕開けである。
(射程距離内!とった!!)
 幻想郷の常識を超えた速度の弾丸が、レイセンの魔力に乗って咲夜を捉える。
(時よ――)
 間に合わない方がおかしいというくらいの反応速度。
(止まれっ!)
 しかし、咲夜の世界が広がったのは一刹那遅れていた。
 ――カチッ 
 いつの間にやら懐中時計の鎖が咲夜の左手にあり、とまっていた懐中時計がその時を刻み始めていた。
 ――カチッ 
 メイドと懐中時計の世界、すべてが静止した世界で弾丸が切り傷をつけた咲夜の頬に血がにじんでいた。そのすぐ横には裂かれた銀髪が空中で凍っている。身に纏った空間のひずみにかろうじて絡め取られ頬を翳めるだけであらん方にはじかれた弾丸は、レイセンのコントロールを離れたところで爆ぜていた。
 ――カチッ
(非力だけど…迅い!)
 ナイフをありったけばら撒きながら、すかさずレイセンとの距離をとる。弾丸の射程距離内では、捻じ曲がった空間を切り裂いて突進してくる弾丸を避わせない。
 ――カチッ
「なっ」
 レイセンの時間が動き出したとき、傷ついた彼女には回避不能な数のナイフが四方八方から迫っていた。
「あなたの非力な弾丸ではけして撃ち落とせない」
 けたたましいナイフのぶつかりあう音と、咲夜の声、弾丸が空を迅る音。
「おまえが何者かしらないけど」
 誰にも捉え切れない速度で咲夜の眼前まで跳び、射程距離を超えたところでレイセンの魔力の庇護を失った弾丸がひずんだ空間に爆ぜる。
「このナイフより“みさいる”とかいう武器の方が頑丈だったな!」
 紅が、レミリアの魔力の深紅とは違う紅が禍々しく咲夜の視界を染める。
(月の魔力…!?)
 レイセンの瞳からほとばしる狂気の波動が咲夜の世界を揺らせた。
「くらえっ」
 無数の弾丸が咲夜の世界を侵していく。
(時よ――)
 レイセンの紅い魔力の波動が咲夜の凍れる世界を溶かし、弾丸が歪んだの中を突進する。
(月の兎である私の瞳に宿る狂気の力がいかほどのものか、思い知れ!)
(止まれっ!)
 ――カチッ
 停止する月光、弾丸。
 ――カチッ
 レイセンの周りに降り注ぐたくさんのナイフ、ナイフ、ナイフ。
(――そして時は動き出す)
 360度全方位からレイセンを取り囲むナイフが殺到する。弾ききれなかった何本かが彼女の体に新たな傷を作った。
(そんな馬鹿があるものか!)焦りと傷の痛みに顔をゆがめながら、なお魔力を集中させる。世界がいっそう狂気に染まっていった。
(おかしい、何かが。幻世の世界は確実にあの兎を包んでいたはずなのにっ)さらに大量のナイフが咲夜の周りを舞い、刹那の空白にレイセンを狙い撃った。


  4

 紅に染まった空間に対峙する二人。紅のもっとも濃いところに佇むレイセンと、凍った世界に血で染まったエプロンドレスを纏って立つ咲夜。レイセンの狂気と咲夜の世界がせめぎ合い、蹂躙し合っていた。そこはすでに人間が正気を保っていられるような段階はとうのとっくに超えていて、3000年に一度だけ開くという優曇華の花が二人の戦いの傍らで美しくも狂った姿を曝していた。
(もしかして狂っているのは私なのか?あのメイドはいったい…反射魔術を使う地上人など聞いたこともないがな)
(あれはぜったい、月の魔力…月の兎なら、私の世界に入門するなんてこともあるかもしれないわね)
「名前くらい聞いとこうかな?」
 レイセンが不適に微笑んでみせた。失血の量からして、もう限界が程近いはずだった。咲夜に微笑みかけウインクしながら片耳をぱたっと折ってみせるしぐさが今は痛々しい。
「たずねるほうから名乗ることね。兎」
 紅い月をバックに背負ったレイセンの瞳をまともに睨み付けながら返す咲夜だったが、狂気の瞳に彼女の世界が揺らぐことはなかった。
「…ふん。私はレイセン、見てのとおり月の兎だ」
「咲夜、ただのメイドよ」
(仮に私に狂気の術を反射したとして、私が月の魔力で狂うことはない…だったらどうして)
(だけどレイセンには私の世界を完全に破壊することはできないのよ…あるいは空蝉の類かもしれないわ)
「最近のメイドはナイフ投げも嗜むというのは初めて知ったわ」
「このあたりは物騒なのよ、妖怪兎もいるくらいだし」
「月の兎。口のきき方も知らないメイドでは主人の器量のほども知れるんじゃない?」
「あらお生憎、私のところのお嬢様とお会いになれないあんたがかわいそうだわ」
「月の魔力はこんなもんじゃない、満月の狂気に堕ちろ!」
 レイセンの周りに、いっそう濃い紅が沈んでいく。
「いいわ、今宵私は殺人人形。紅い月はあなたの専売特許じゃない。踊りきれるかしら!」
 二たび、咲夜の周りをナイフが舞う。さっきよりずっと大量のナイフ、ナイフ、ナイフが。
 距離にして15m、紅い狂気がレイセンと咲夜の間を埋め、咲夜の世界を彼女の間近で剥ぐ。もう動くこともままならないレイセンに紙一重の位置で咲夜のナイフが踊る。ゆがんだ空間と凍った時に撃ち落される弾丸と、狂った旋律に踊る殺人ドール。
(そうか、そりゃ私の弾丸も当たらないわけだ)
(私が狙っていたのは幻影、あるいは私の感覚が狂っていたと)
 互いに必殺の一撃がはずれ、相手を窺うように硬直する。ごぅっと突風がレイセンの銀髪を流し、咲夜のエプロンドレスをなぶる。
「なるほど、狂気の瞳ね」
「これが、あんたの世界というわけだ」
 もう“力”に形すら与えず大量召喚する咲夜と、渾身の魔力を纏い紅い瞳を輝かせたレイセン。血塗られた懐中時計が狂ったように針を進める。
「私が狂っているのなら、狙いをつけてもはずれるのは当たり前」
「幻世を支配するのなら、どんなに感覚が狂っても弾丸は避わせるわけだ」
 そう、ならば――
「あなたのすべて、撃ち抜いてさしあげるわ、狂気の瞳!」
「おまえの世界の支配、撃ち貫いてくれよう、月時計!」
 一息に、レイセンが咲夜との距離を詰める。ありったけの魔力を込めた一撃必殺の弾幕と、極大加速を加えた最密弾幕。
 二人の弾幕が正面からぶつかり合い、衝突で生まれた衝撃波が博麗大結界を揺るがせた。


  5

「だから、あなたの弾丸は非力だといったのよ」
 吹き飛ばされ、意識を失って林の中で転がっているレイセンの耳には間違いなくとどいていないだろう、いくら兎の耳といえども。それは誰にいったでもないつぶやきだった。
(あ~、これはお嬢様に叱られるな。月の兎の血じゃあ許してもらえないだろうなあ)
 こんなになってまでお嬢様の心配をしている自分を可笑しむ間もなく、どさっと叢に倒れこんだきり咲夜の意識は深い闇に沈んだ。彼女の世界を染め上げる紅い月光は、狂気の光ではなく、幻想郷を畏怖させる紅に満ちていた。


  6

「咲夜の運命をひけば、私の運命までひっぱる羽目になるなんて…月の兎が知るはずもないわね」
 紅い月を背に、悪魔が独りごちる。満月の光を浴びる彼女の周りには濃密な紅が堆積している。咲夜の隣にひざまずくレミリアだが、視線はレイセンの転がる林の方を向いている。
(――しかしおもしろい娘だ、手負いで咲夜と互角に弾幕っていたなんて)
 そのときレミリアはレイセンの運命がはるか遠方で再び自分たちと絡み合うのを感じていたが、敢えて何も考えないことにしていた。レイセンは――虫の息だったが、月の兎はそれほどヤワじゃないようだった――捨て置いてエプロンを赤く染めて横たわる咲夜を抱え起こす。悪魔は無慈悲というけれど、レミリアにとって咲夜は大切な存在だ。
 だから(しかし?)おなかが空いているからではなく、ただそうやって眠っている咲夜の顔を見ていると、むしょうに欲しくなった。牙を立てないように首筋を、頬を、目蓋を薄い舌で撫で上げていく。
(これは危ないわ、病み付きになりそうね)
 わずかな逡巡の後、吸血鬼はメイドの唇に吸い付いた。
(薄味だわ……)
 すっと上げた顔は月光と血で濡れ、わずかに開いた唇は笑みの形に綻んでいた。
(もう我慢できないっ)
 再び頭を垂れた悪魔の唇が銀髪の少女の唇と重ねられ、不吉な音をもって少女の口内にその舌が差し入れられた。
「あら、お楽しみのところをお邪魔しちゃったかしら?」
 魔女の声が背中から聞こえたのはそのときだった。
「遅いわ、パチェ。危うく咲夜が今日のディナーに上がるところだった」
 いつの間に顔を上げたのだろう、平然と言い放つ。
「あなたが運命の糸をつかみ損ねるなんて、よっぽど夢中だったのね」
 厭味と呆れが半々にまじっている。友人だから許される言動だ。
「まだ死んでないはずだから、治癒してやって」
「ふふ、メイド長に貸し一つね。図書館の整理でもやってもらおうかしら」
 さほど表情も変えずに言いながら手元のグリモアを検索し、治癒の法を探し出す。表情を読んでみても魔女の考えていることは分からない。旧い友人ともなれば別かもしれないが。
「あなたはちょっとむこうを向いといた方がいいわね」
 治癒の光は吸血鬼にとっては太陽の光よりも痛いはずだ。満月の魔力を纏っているレミリアには効かないだろうが、さすがに直視しては目も焼けよう。吸血鬼の少女は素直に背中を向けた。パチュリーがものの二分とたたぬ間に治癒の法を施す。
「向こうでのびてる兎はいいのかしら?」
「さあ、いいんじゃない?」
「相変わらずね、あなたは。500年も生きているのに子どもっぽいところは変わらない」
「ふん、パチェの忍耐強さには負けるわ……」
 パチュリーは軽く鼻をならして、もう一度メイド長に軽い治癒の法を施した。二人はしばらくけが人を見守っていたが、傷が重すぎるらしくすぐに目覚めるほどではなさそうだった。
「とにかく、紅白が来ないうちに帰る」
 レミリアは軽々と咲夜を担ぎ上げ傍らの魔女に言い放った。それに答える代わりに転移の法を執ろうとする魔女を片手で制する。
「待った、こんなに月が紅いのに、散歩もせずに帰るなんてないわ」
「……邪魔ものは消えていた方がいいかしら?」
 本気か冗談か、嫉妬か呆れかもわからないパチュリーに、悪魔は先ほど彼女に言われたように子どものような顔になってくすくすと笑う。
「何いってるの、たまに外に出たんだからパチェも一緒にくるのよ」
「……ま、いいけど」
 答える魔女の顔がまんざらでもなさそうなのは言うまでもない。そうして三人は空に舞った。
 あとにはレイセンと、狂い咲く優曇華の花だけが月光の中に残された。


  7

 夜明けのころ、雑木林に倒れていたレイセンの耳が突然ぴょこっと伸びた。
「う……」
 血は止まっているとはいえ、満身創痍であることに変わりはない。痛みに起き上がることもできず、レイセンは意識は取り戻したものの横たわったままだった。
(こんなところ、もし追手に見つかったら終わりだな)
 そう思いながらも、今のレイセンには余裕があった。なぜだかこの空間――幻想郷――は安心できるのだ。
(夜が明ける……でも私は、眠い)
 一度開いた目を閉じ、レイセンは再び長い眠りに落ちた、遊びつかれた子供が見せるようなあどけない表情で。ほどなく、寝息を立て始めたレイセンの頬に東雲の曙光が射しかけた。その暖かな光の下で涙が一筋流れ落ちる。あるいは彼女にはわかっていたのかもしれない、もう彼女が月に戻ることはないということ、自分が未だ月に残る愛する仲間たちを裏切ろうとしていることを。たとえ幻想郷の夜が止まったとしても、その暗闇は月世界の絶望に比べれば遥かに明るいのだ。そうして彼女は明るく穢い地上で独りぼっちになった。


  8

「……あら?」
 まだ朝靄も晴れぬ明け方のころ、昨晩の激闘にもついぞ気づかず眠っていた巫女はいつもの紅い袴に白い千早で境内を清めていた。彼女の疑問符の先には見慣れない花があった。
「なんだか妙にきれいな花ね」
 遠目には蓬莱の珠の枝と見まごうばかりの美しい花が、境内のはずれ――昨夜の激闘から少し離れた叢――に咲いていた。
「今日は何かいいことでもあるのかしら」
 うきうきとして竹箒を進める霊夢だったが、もしいいことがあるとしたら彼女の幸運はそこですでに使い果たされているに違いなかった。3000年に一度しか咲かない花を拝めたのだから。
 しかし月の光が狂わせるのは人間だけじゃないなんて知識の少女も知らぬことを、神社の巫女が知る由もなかった。


※10/23 0時ごろ改訂しました。

 どうも、お初にお目にかかります。このSSは久しぶりに、とあるSSを読んでみたところ触発されて書いたものなので…読む人が読めばなんじゃこりゃああああ!!とお怒りになられることもあろうかと思います。怒りのボルテージが上がってきた場合には速やかにIEのもどるを押すことをお勧めいたします。あ、あと「6」が微妙にR指定なのでご了承ください。基本的にはウドンゲと咲夜の話で、永夜抄にくっついてきたテキストに書いてあった「ウドンゲは月の民を裏切って地球に云々」ってところを曲解して過去の話をでっち上げました。全体的に文章が下手っぴなのでその辺は暖かい目で見守ってやってください。。。筋がアレで読むに耐えない場合はもうスルーしてくださるとありがたいです。。。
 なお、読む時には永夜抄のBGM、あるいは紅魔郷5面のBGMなどをかけるとともに咲夜とウドンゲの弾幕を想像しながら読むとよりいっそうお楽しみになれます。
 ではでは、乱文乱筆申し訳ございませんでした。

※追記
 読み返してみたら粗が目立ったのでいろいろ変更しちゃいました。余計変になってるなんてのは気のせいです…。
 なにか反応があるととてもとてもうれしいので感想などいただけたら幸いです。
うさうさメイド
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コメント



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5.40shinsokku削除
スピーディビューティ。
どうもレイセンは咲夜・妖夢と比べて格下に思われている節がありまして、
どうにかならないものかなぁと思っていたところへ、良い仕事が。
狂気の表現、些か難読ながらも格好よく仕上がっていると思います。グレート。
21.50MUI削除
ウドンゲの弾幕避けられません(笑)。人気投票は頑張りましたよね。

ゲーム中は咲夜同様に不思議な主従関係の下にあるのですが、このお話のレイセンは酷く寂しげに感じます。
守るべきものがある咲夜と違って、まだそれを持たぬレイセンは、死闘のさなかに何を感じていたのかと思いを馳せました。

作中、やや改行した方が読み易いのでは?と思わせる箇所が多く、3と4に比すると1と2は、少し文字が詰まっていて読み辛いかもです。
漢字については、私は全体の緊張感を引き立てていてそのままでいいと思いますよ。