これは小さな夜雀のほんの少し寂しいお話。
幻想郷の外で起きた、人間と夜雀の少女とそれからちょっとだけ騒霊と半獣の少女のお話。
私は歌が好きだった。
私は歌を聞くのが好きだった。
私は彼女の歌を聞くのが好きだった。
ただ、ただそれだけだったんだ。
それは私がまだ幼かったころの話。
たどたどしくも空を飛べるようになったころの話。
お母さんが言っていた。
ニンゲンに見つかってはならないと。
見つかってしまったら、まだ能力のない私は退治されてしまうと。
ニンゲンとはいったいどんなものなのだろう。
夜の闇の中、好奇心にかられ人の里におりた私は、ニンゲンに見つからないように恐る恐る街の中を歩き回った。
暗い暗い闇の中、ほんの小さな物音に怯えながらも奥へ奥へと向かっていった。
耳をすませると聞こえてくる微かな歌声。
その音を辿り私は一軒の大きなお屋敷の前へと辿り着いた。
小さな声に導かれて。
悲しい歌に導かれて。
私はそのお屋敷へと辿り着いた。
小さな声は屋敷の上から聞こえてくる。
悲しい歌は屋敷の上から聞こえてくる。
私は歌を辿り屋根の上へと羽ばたいた。
そこには少女が一人、歌を歌っていた。
夜空を見上げ、悲しい眼をした少女が一人。
屋根の上に立ち、悲しみの歌を歌う少女が一人。
そこには存在していた。
少女の歌に惹かれて近付く私。
近付く私に気付いた少女。
気付いた少女と眼が合い慌てる私。
ニンゲンに見つかった!
どうしよう、速く逃げないと!
慌てて走り去ろうとする。
だけどもここは屋根の上。
走って行ける場所などどこにもない。
そう、羽根を広げて飛んで逃げよう。
だけども私は飛ぶことには慣れていない。
焦ってばかりで満足には飛び立てない。
後ろには近付いてくるニンゲンの足音。
どうしよう…どうしよう!
「ねぇ、どうして逃げるの?別に私はなにもしないよ。だから逃げないで。せっかくだからお話しましょ?」
かけられたその声があまりにも優しかったので――相手は恐ろしいニンゲンなのに――私は落ち着く事が出来た。
恐る恐る振り返ると、そこには先程まであんなにも悲しい歌を歌っていた少女とは思えない、やさしい笑みを浮かべた少女がいた。
恐ろしいと聞かされていたニンゲンの優しい笑みと声。
想像していたものとは全然違くて、きょとんとしてしまった。
「私はレイラ・プリズムリバー。あなたは?…ミスティア?そう、ミスティアっていうんだ。ねぇミスティア、よかったらお友達になりましょ?」
それが私と彼女、レイラ・プリズムリバーとの出会いだった。
次の日も私はレイラのところへと向かった。
あの後、私達は少しだけ話をした。彼女には姉が三人もいることとか、私が冒険気分で出歩いていたこと。そんな他愛もない話をした。奇麗な歌声に誘われてレイラの所に辿り着いたんだといったら、真っ赤になって照れていたっけ。そうして、ひとしきり話した後、私達は別れた、次に会う約束などもせず。
けれども私はこうして今日も彼女の所へと向かう。
どうして私はレイラのところへいくのだろう?ニンゲンは怖い存在のはずなのに。
多分、レイラは一言も私が妖怪であることに触れなかったからだろうな。
レイラは昨日と同じように、屋根の上に立ち歌を歌っていた。
その歌はとても悲しみに満ちていて、私は聞いているだけで涙が止まらなくなってしまった。
レイラはなんでこんなにも悲しい歌を歌っているのだろう。
歌が終り、レイラが振り向いた。
「あ、あれ?ミスティア?も、もしかしてずっと聞いてたりした?」
レイラの問いかけに私は頷いた。
「や、やだな~。黙って聞いてるなんて。声をかけてくれれば良かったのに。恥ずかしいな」
とてとてと、駆け足で近寄ってくるレイラ。お互いの顔がしっかりと見える距離まで近付いたとき、レイラは照れた表情から一転して驚きの表情へと顔を変えた。
「あれ?ミスティア?どうしたの。なんで泣いてるの。…なにか、あったの」
それは心底心配しているような声音だった。いや、ようななんて曖昧なものではなく、彼女は本当に心の底から心配していたのだと思う。彼女はそういうニンゲンだった。
「えっと。大丈夫?どこか痛いの。黙ってたらわからないよ」
なんで、こんなにも私は悲しんでいるのだろう。
レイラは泣きやまない私を一生懸命にあやそうとした。
レイラはいろいろな言葉を私にかけたが、依然泣き止まない。
やがてレイラの眼にも涙が浮かんでいた。
「そんなに泣いていたら私も泣きたくなってきちゃうよ」
二人して、抱き合って泣いていた。
互いの涙の意味すらも分からぬまま二人で泣いていた。
ひとしきり泣き続け、涙も涸れてきたころ、彼女はもう一度私に問いかけた。
「ねえ。どうして泣いていたの」
レイラの歌が悲しかったから。
私はそう答えた。
「そっか、私の所為だったのか」
レイラは微笑もうとしたけど、眼に涙を浮かべたままだったので泣き笑いのような状態になっていた。
「実はね。少し前にお父さんが事故に会ったんだ。それでずっと眠ったままなんだ」
レイラの口調は世間話をしているかのように明るかった。
「お医者様は、もう目覚めないかもしれないっていってた」
それでもレイラの口調は明るかった。
「一番上の姉さんはいつも物静かでやさしい人だった、けど最近は物静かというよりもふさぎ込んでいる感じ。二番目の姉さんはいつもいつも、笑顔で笑っていたのに最近は全く笑ってくれないの。三番目の姉さんはいつもは私をからかって遊んでいるのに最近は全くからかってくれないの、むしろやさしくしてくれているの」
レイラの眼にはまた涙が浮かんできていたけど、それでもレイラの口調は明るくそして笑顔のままだった。
「いつもはね。この家はもっと騒がしいの。私と三番目の姉さんが騒がしくして、二番目の姉さんがそれを見て笑って、一番上の姉さんがたしなめて。真夜中までそれの繰返し。でも、最近は昼間からとっても静か。だから私はここで歌っていたのに。そっか、悲しい歌だったか」
立ち上がり、空を見つめて歌い始めるレイラ。
それはさきほどまでのような悲しさはなかったけど。
楽しそうに歌っているように聞こえるのだけど。
歌い終わり、こちらに顔を向けるレイラ。
「ねえ、悲しく聞こえたかな」
ううん。私は首をふった。
「それじゃあ、さっきの歌より良かったかな」
…ううん。少し考えた後、私は首をふった。
「そっかぁ、もしかしてミスティアは悲しい歌の方が好きなのかな」
ううん。今度は大きく首をふった。
レイラは力無く笑った。
「あはは、やっぱりか。だめだね私。楽しく歌えないよ」
腰を下ろし、俯いてそれでも笑顔をみせる。
「私は歌うのがとっても好きなんだ。私が歌うと一番上の姉さんは上手いねって微笑んでくれた。二番目の姉さんはいつも楽しそうに笑っているけど、さらに嬉しそうにしてくれた。三番目の姉さんは…あはは、歌っていようがいまいが、変わらなかったな。でも私の歌が好きだって言ってくれた事があったっけ。みんな私が歌うと楽しくしてくれた。だから、私は歌で姉さんたちを笑顔にしたいのに。でもだめだよね。こんな悲しい歌じゃ、笑ってなんてもらえるわけないよね」
レイラは終始笑顔で話していたけど、どこか悲しい顔をしていた。
その時はまだ幼かったから、どうしてレイラが悲しそうなのかがよく分からなかった。ただ、私が悲しい時にお母さんは抱きしめてくれていたことを思い出したので、悲しそうにしているレイラを抱きしめてみることにした。
レイラは一瞬びっくりしたようだけど、すぐに抱き返してくれた。
レイラの体はとっても暖かかった。
お母さんはニンゲンは恐いっていってたけど、レイラは全然恐くないよ。
「ごめんね。暗い話しかできなくて。悲しい歌しか歌えなくて。お父さんが事故にあってから、誰かと話すことなんてなかったから」
レイラは私を抱いていた手を離して、私の目を真っ直に見つめた。
「面白くないよね。こんな暗い話ばかりじゃ。つまらないよね。悲しい歌しか歌えないんじゃ。ごめんねミスティア、こんな私と居ても退屈だよね」
ううん!さっきよりも強く首を振る。
「私と居ても退屈…じゃないの?本当に?どうして?こんなに暗いのに」
だって、私はレイラが好きだから。
私がそう答えると、レイラはまずは驚き、そして赤面した。最後に笑顔になって。
「私もミスティアのことが大好きだよ!」
と答えてくれた。
それから少しの間のおはなし時間。お互い他愛もない話を繰り広げた。
レイラは姉の話を特にしていた。いつも冷静だけど、時々間が抜けている長女の話。笑顔がとても似合う、明るい次女の話。悪戯好きで、要領の良い三女の話。父親の話もしてくれた。私が話したのは外の話。レイラは身体が弱いらしく、屋敷の外にすらあまり出たことがないようで、東にある森の話や南にある大きな湖の話など、私にとってはなんの変哲もない話を目を輝かせて聞いてくれた。
そうして夜の闇がとびきり深くなったころ明日も来ることを告げて私は帰った。
約束通り次の日もレイラの元へと向かう。けれども屋敷の前へと辿り着いても歌声は聞こえてこない。
どうしたんだろう、今日はもう眠ってしまったのかな?
昨日、約束したのに?
そんな、小さな不安にかられながらも屋根の上へと飛び立つ。レイラは確かにその場所にいたが、今日のレイラは歌っている訳でもなく屋根の上に座り込んでいた。
どうしたのかな?なにかあったのかな?
昨日と違うレイラに戸惑い私は近付くことに躊躇した。レイラは私が来たことに気付き顔を綻ばせる。
今日は歌っていないの?
疑問に思った私は問いかける。
「うん。だって悲しい歌しか歌えないんだもの。そんなのミスティアに聞かれたくないよ。私の歌で悲しまれたくないよ。聞いてくれる人には楽しくなって欲しいんだよ」
だめだよ!レイラには歌っていて欲しいよ。
私は歌っているレイラが好きだった。歌は悲しかったけど、それでもレイラは歌っている姿が一番だと思う。
「で、でもまたミスティアを泣かせちゃうかもしれないし!私はそんなの嫌だよ」
それならもう泣かないよ。だからレイラには歌っていて欲しい。
そうだ!私もいっしょに歌うよ。それなら絶対悲しくなんかならないよ。
別に歌いたかったわけじゃなかった。ただそうすればレイラが歌ってくれそうだから。悲しくてもなんでもレイラの歌が聞きたかったから。
「…いっしょにうたう?…そうだ、ね。それなら悲しい歌になんてならないかも!ミスティアがいっしょに歌ってくれるのならきっと楽しい歌になるよ」
はじめ、戸惑ったような表情を見せたレイラだったけど、すぐに嬉しそうに笑ってくれた。
そうして私はレイラといっしょに歌い始めたのだった。
数日が過ぎ、初めはレイラの歌にあわせて「ラー」とか「アー」とか声を出すだけだった私も、なんとか歌を歌う事が出来るようになって来た。幼い私には歌詞の意味などはわからなかったけど、最初から最後まで歌う事が出来るようになった。
「本当はね、ずっとこうやって誰かと歌いたかったんだ。姉さんたちは私の歌を聞いてはくれるんだけど、いっしょに歌ってはくれなかった。…あはは、いっしょに歌って欲しいって、そう言えない私が悪いんだけどね。だから、ミスティアがいっしょに歌おうって言ってくれたの、とっても嬉しかった」
いつものように、歌を歌った後のおはなし時間、照れ笑いを浮かべて、レイラは語り始めた。
「私、また楽しく歌えるようになったかな?」
うん!私は力強く頷く。
「良かった。やっぱり一人で歌うより二人で歌ったほうがいいよね。もっといっぱいで歌ったらもっと楽しいよね」
少し複雑だけど頷いた。本当はレイラと二人が良かったけど、レイラが望んでいるのなら別にそれでも良かった。
「そうだよね!姉さんたちもいっしょだったらもっと楽しいよね。あ、でもみんなで歌っているよりは演奏とかあった方が面白いかも」
それからレイラは姉妹になんの楽器が似合うかを話し始めた。物静かな長女はヴァイオリンが似合いそうだとか、嬉しそうに話してくれた。
私はレイラが嬉しそうに話をしている事が嬉しかった。
そうやって、私は夜になると毎日レイラのところへと向かった。
しかし、さすがに我が子が毎日のように夜中に抜け出していることに気付かない親などいるはずがなく。
数日後、私はレイラの元へ向かう途中にお母さんに捕まり、家に拘束されることになった。
約束があるのに!レイラのところに行かないといけないのに!
…私はレイラのそばにいたいのに。
泣いても叫んでもお母さんは私を家から出してはくれなかった。
飛んでいこうが、闇夜にまぎれて進もうが、家からは抜け出せなかった。
いつまでたっても夜に抜け出そうとする私に根負けしたのかお母さんは一つの条件を私に出した。
「ニンゲンに見つかっても大丈夫だと思えるような能力を身に着けなさい。そうしたらお母さんも安心して送り出してあげるわ」
それならばと私は努力に努力を重ねた。能力なんて努力でどうにかなるものか不安だったけど、幸いにも私の努力は実ったらしく、まだ能力の弱い私でも十分にニンゲンを出し抜ける能力を得る事が出来た。
それはニンゲンを鳥目にすることだった。
それは夜雀であれば誰もが使えた能力ではあったけれど、ニンゲンから逃げるには十分な能力だった。
お母さんの許しも得て、久しぶりにレイラの元へと向かう。ここ何日かの努力のおかげで空を飛ぶことにも慣れた為、前のように人の里を歩き回るようなことはしない。飛んでいった方がニンゲンに見つかる可能性は低いし。
レイラの屋敷に辿りつく、しかし屋根の上にレイラの姿は見つからない。
そっか、そうだよね。もう何日も来ていないんだから、レイラがここで待っているわけはないんだよね。
ほんの少し落胆しながらもレイラを探して私は屋敷の窓を見て回った。
一際大きな窓を見つけ、近付いて中を覗いてみる。
そこには楽しそうに歌っているレイラと…三人の少女の姿があった。
ああ、あれがレイラの姉さんたちなのか。あんなにもレイラは楽しそうに歌っていて。姉さんたちもずっと楽しそう。お父さんが眠ったままだといっていたけど、多分もう大丈夫になったんだろうな。皆あんなに嬉しそうにしているのだし。
…あの中には私は入れないんだろうな。それは幼い私にも理解できた。他人の家族に割って入れるわけがない。
ここからではレイラの歌声は聞こえてこない。でも歌っているのはいつも歌っていたあの歌なんだろう。私といた時にはそれしか歌っていなかったし。
それなら、ここからいっしょに歌ってもいいよね。家族の団欒を邪魔するつもりはないから。
レイラと歌った歌を窓の外で口ずさむ。それはとてもか細く、屋敷の中にまで響き渡るはずなどないのに。
それでもなぜかレイラは窓の外に私を見つけた。
レイラは慌てて窓に近寄ったけど、私はすぐに姿を消した。だって今のレイラには会いたくなかったから。それはただの独占欲で、姉妹と仲良さそうにしているレイラを見るのが嫌だっただけだけど。
姿が見えなくなってもレイラは諦めないで、私を探すため外に出た。
一瞬しか見られなかったはずなのにどうしてそんなに必死で探してくれるのだろう?
すぐに探しに出てくれたレイラ。お母さんよりも大好きなレイラ。何で私は隠れてしまったのだろう。さあ、今すぐにでも飛んでいこう。
けど、レイラの姉妹は私を見てどう思うのだろうか。妖怪である私を見て、レイラと同じように友達になってくれるだろうか。
そんな考えがふと頭をよぎり、レイラの元に近付くことを躊躇させた。そしてその小さなためらいが私とレイラを永遠に別れさせることになった。
「ミスティアーーーーーー!どこにいるのーーーーーーーー!出てきてよーーーーーー!ミスティアーーーーーーーー!」
一向に姿を見せない私を探すためにレイラは大声で呼びかけ始めた。
ああ!そんなに大声を出したら!
案の定、その声に反応して、そこら中の家からニンゲンが出てきてしまった。
お母さんからニンゲンに対する恐怖を植え付けられた私としては、そんな状況でレイラの元にいくことなんて出来なかった。レイラは何度も私の名前を叫んでいたけど、私は彼女の前に姿を現す事が出来ず闇夜にまぎれてその場から逃げ去った。
ごめんなさいレイラ。明日謝りに行くから。だから今日はごめんなさい。
けれど、次の日にレイラのところに行くことは叶わなかった。心配のあまり実はついてきていたお母さんに真夜中の喧騒を知られてしまったから。
別に見つかったわけじゃないと弁明しても全く聞いてくれない。私はまた家に拘束されることになった。
それでも数日後なんとかお母さんの監視をかいくぐって私はレイラの元へと向かった。
今度は大丈夫、レイラがお姉さんたちといっしょにいても平気でいる。
レイラが望むなら二人きりでなくても良い。
そんな小さな決心をして屋敷へと向かった。…向かったのに、はたから見れば小さいけど、私にとっては重大な決心をして向かったのに。
どうして!?どうしてレイラの屋敷がなくなっているの!?
それから幾年もの時が過ぎ去り、私は故郷を離れ、幻想郷に辿りついた。今でも私は歌を歌っている。レイラが歌っていた歌をずっと。
もうレイラに会う事はできない。
人間が生きる以上の時が過ぎてしまったから。
もうレイラが歌う歌を聴くことはできない。
私に残ったのはこの歌だけ。
もうこの歌しか聞こえない。
「………おい、おい!そこの夜雀!聞いているのか」
「と、なによ、うるさいな~、気持ちよく歌っている横で大きな声出さないでよ、このワーハクタク!」
「だからその歌を止めろといっているんだ!お前の歌は人を狂わせるんだろう?こんな人里近くで歌うな!」
「べっつに~、そんなのどうでも良いじゃない。所詮人間よ人間、狂おうが何しようが別に気にすることもないでしょ、歌ぐらいどこで歌ったって良いじゃない」
別に人間を狂わせるために歌っているわけじゃない。私が人里の近くで歌っているのは、レイラの歌を知っている人に会いたいから。こんな遠くまで来て会えるとはほとんど思っていないけど。それでも一縷の望みを託して私は歌っている。こんな所にまでレイラの歌が届いているのなら、そんなに嬉しいことはないから。
だから私は歌い続ける。
「だぁーーー、所詮人間とかいうな!というか、無視してまた歌い始めるな!」
果たしてここにはいてくれるのだろうか。番人のワーハクタクがこの上なくウザイけど、もうしばらくここで歌っていよう。
「はぁーー、全く人を狂わせるということさえなければ良い歌なんだがな、歌詞もやさしくて良いし。家族が仲良く暮らしている情景が眼に浮かんでくる。なんでこんな性悪夜雀が歌っているんだか」
レイラの歌っていた歌は家族が楽しく暮らす情景を綴った歌だった。
幻想郷の外で起きた、人間と夜雀の少女とそれからちょっとだけ騒霊と半獣の少女のお話。
私は歌が好きだった。
私は歌を聞くのが好きだった。
私は彼女の歌を聞くのが好きだった。
ただ、ただそれだけだったんだ。
それは私がまだ幼かったころの話。
たどたどしくも空を飛べるようになったころの話。
お母さんが言っていた。
ニンゲンに見つかってはならないと。
見つかってしまったら、まだ能力のない私は退治されてしまうと。
ニンゲンとはいったいどんなものなのだろう。
夜の闇の中、好奇心にかられ人の里におりた私は、ニンゲンに見つからないように恐る恐る街の中を歩き回った。
暗い暗い闇の中、ほんの小さな物音に怯えながらも奥へ奥へと向かっていった。
耳をすませると聞こえてくる微かな歌声。
その音を辿り私は一軒の大きなお屋敷の前へと辿り着いた。
小さな声に導かれて。
悲しい歌に導かれて。
私はそのお屋敷へと辿り着いた。
小さな声は屋敷の上から聞こえてくる。
悲しい歌は屋敷の上から聞こえてくる。
私は歌を辿り屋根の上へと羽ばたいた。
そこには少女が一人、歌を歌っていた。
夜空を見上げ、悲しい眼をした少女が一人。
屋根の上に立ち、悲しみの歌を歌う少女が一人。
そこには存在していた。
少女の歌に惹かれて近付く私。
近付く私に気付いた少女。
気付いた少女と眼が合い慌てる私。
ニンゲンに見つかった!
どうしよう、速く逃げないと!
慌てて走り去ろうとする。
だけどもここは屋根の上。
走って行ける場所などどこにもない。
そう、羽根を広げて飛んで逃げよう。
だけども私は飛ぶことには慣れていない。
焦ってばかりで満足には飛び立てない。
後ろには近付いてくるニンゲンの足音。
どうしよう…どうしよう!
「ねぇ、どうして逃げるの?別に私はなにもしないよ。だから逃げないで。せっかくだからお話しましょ?」
かけられたその声があまりにも優しかったので――相手は恐ろしいニンゲンなのに――私は落ち着く事が出来た。
恐る恐る振り返ると、そこには先程まであんなにも悲しい歌を歌っていた少女とは思えない、やさしい笑みを浮かべた少女がいた。
恐ろしいと聞かされていたニンゲンの優しい笑みと声。
想像していたものとは全然違くて、きょとんとしてしまった。
「私はレイラ・プリズムリバー。あなたは?…ミスティア?そう、ミスティアっていうんだ。ねぇミスティア、よかったらお友達になりましょ?」
それが私と彼女、レイラ・プリズムリバーとの出会いだった。
次の日も私はレイラのところへと向かった。
あの後、私達は少しだけ話をした。彼女には姉が三人もいることとか、私が冒険気分で出歩いていたこと。そんな他愛もない話をした。奇麗な歌声に誘われてレイラの所に辿り着いたんだといったら、真っ赤になって照れていたっけ。そうして、ひとしきり話した後、私達は別れた、次に会う約束などもせず。
けれども私はこうして今日も彼女の所へと向かう。
どうして私はレイラのところへいくのだろう?ニンゲンは怖い存在のはずなのに。
多分、レイラは一言も私が妖怪であることに触れなかったからだろうな。
レイラは昨日と同じように、屋根の上に立ち歌を歌っていた。
その歌はとても悲しみに満ちていて、私は聞いているだけで涙が止まらなくなってしまった。
レイラはなんでこんなにも悲しい歌を歌っているのだろう。
歌が終り、レイラが振り向いた。
「あ、あれ?ミスティア?も、もしかしてずっと聞いてたりした?」
レイラの問いかけに私は頷いた。
「や、やだな~。黙って聞いてるなんて。声をかけてくれれば良かったのに。恥ずかしいな」
とてとてと、駆け足で近寄ってくるレイラ。お互いの顔がしっかりと見える距離まで近付いたとき、レイラは照れた表情から一転して驚きの表情へと顔を変えた。
「あれ?ミスティア?どうしたの。なんで泣いてるの。…なにか、あったの」
それは心底心配しているような声音だった。いや、ようななんて曖昧なものではなく、彼女は本当に心の底から心配していたのだと思う。彼女はそういうニンゲンだった。
「えっと。大丈夫?どこか痛いの。黙ってたらわからないよ」
なんで、こんなにも私は悲しんでいるのだろう。
レイラは泣きやまない私を一生懸命にあやそうとした。
レイラはいろいろな言葉を私にかけたが、依然泣き止まない。
やがてレイラの眼にも涙が浮かんでいた。
「そんなに泣いていたら私も泣きたくなってきちゃうよ」
二人して、抱き合って泣いていた。
互いの涙の意味すらも分からぬまま二人で泣いていた。
ひとしきり泣き続け、涙も涸れてきたころ、彼女はもう一度私に問いかけた。
「ねえ。どうして泣いていたの」
レイラの歌が悲しかったから。
私はそう答えた。
「そっか、私の所為だったのか」
レイラは微笑もうとしたけど、眼に涙を浮かべたままだったので泣き笑いのような状態になっていた。
「実はね。少し前にお父さんが事故に会ったんだ。それでずっと眠ったままなんだ」
レイラの口調は世間話をしているかのように明るかった。
「お医者様は、もう目覚めないかもしれないっていってた」
それでもレイラの口調は明るかった。
「一番上の姉さんはいつも物静かでやさしい人だった、けど最近は物静かというよりもふさぎ込んでいる感じ。二番目の姉さんはいつもいつも、笑顔で笑っていたのに最近は全く笑ってくれないの。三番目の姉さんはいつもは私をからかって遊んでいるのに最近は全くからかってくれないの、むしろやさしくしてくれているの」
レイラの眼にはまた涙が浮かんできていたけど、それでもレイラの口調は明るくそして笑顔のままだった。
「いつもはね。この家はもっと騒がしいの。私と三番目の姉さんが騒がしくして、二番目の姉さんがそれを見て笑って、一番上の姉さんがたしなめて。真夜中までそれの繰返し。でも、最近は昼間からとっても静か。だから私はここで歌っていたのに。そっか、悲しい歌だったか」
立ち上がり、空を見つめて歌い始めるレイラ。
それはさきほどまでのような悲しさはなかったけど。
楽しそうに歌っているように聞こえるのだけど。
歌い終わり、こちらに顔を向けるレイラ。
「ねえ、悲しく聞こえたかな」
ううん。私は首をふった。
「それじゃあ、さっきの歌より良かったかな」
…ううん。少し考えた後、私は首をふった。
「そっかぁ、もしかしてミスティアは悲しい歌の方が好きなのかな」
ううん。今度は大きく首をふった。
レイラは力無く笑った。
「あはは、やっぱりか。だめだね私。楽しく歌えないよ」
腰を下ろし、俯いてそれでも笑顔をみせる。
「私は歌うのがとっても好きなんだ。私が歌うと一番上の姉さんは上手いねって微笑んでくれた。二番目の姉さんはいつも楽しそうに笑っているけど、さらに嬉しそうにしてくれた。三番目の姉さんは…あはは、歌っていようがいまいが、変わらなかったな。でも私の歌が好きだって言ってくれた事があったっけ。みんな私が歌うと楽しくしてくれた。だから、私は歌で姉さんたちを笑顔にしたいのに。でもだめだよね。こんな悲しい歌じゃ、笑ってなんてもらえるわけないよね」
レイラは終始笑顔で話していたけど、どこか悲しい顔をしていた。
その時はまだ幼かったから、どうしてレイラが悲しそうなのかがよく分からなかった。ただ、私が悲しい時にお母さんは抱きしめてくれていたことを思い出したので、悲しそうにしているレイラを抱きしめてみることにした。
レイラは一瞬びっくりしたようだけど、すぐに抱き返してくれた。
レイラの体はとっても暖かかった。
お母さんはニンゲンは恐いっていってたけど、レイラは全然恐くないよ。
「ごめんね。暗い話しかできなくて。悲しい歌しか歌えなくて。お父さんが事故にあってから、誰かと話すことなんてなかったから」
レイラは私を抱いていた手を離して、私の目を真っ直に見つめた。
「面白くないよね。こんな暗い話ばかりじゃ。つまらないよね。悲しい歌しか歌えないんじゃ。ごめんねミスティア、こんな私と居ても退屈だよね」
ううん!さっきよりも強く首を振る。
「私と居ても退屈…じゃないの?本当に?どうして?こんなに暗いのに」
だって、私はレイラが好きだから。
私がそう答えると、レイラはまずは驚き、そして赤面した。最後に笑顔になって。
「私もミスティアのことが大好きだよ!」
と答えてくれた。
それから少しの間のおはなし時間。お互い他愛もない話を繰り広げた。
レイラは姉の話を特にしていた。いつも冷静だけど、時々間が抜けている長女の話。笑顔がとても似合う、明るい次女の話。悪戯好きで、要領の良い三女の話。父親の話もしてくれた。私が話したのは外の話。レイラは身体が弱いらしく、屋敷の外にすらあまり出たことがないようで、東にある森の話や南にある大きな湖の話など、私にとってはなんの変哲もない話を目を輝かせて聞いてくれた。
そうして夜の闇がとびきり深くなったころ明日も来ることを告げて私は帰った。
約束通り次の日もレイラの元へと向かう。けれども屋敷の前へと辿り着いても歌声は聞こえてこない。
どうしたんだろう、今日はもう眠ってしまったのかな?
昨日、約束したのに?
そんな、小さな不安にかられながらも屋根の上へと飛び立つ。レイラは確かにその場所にいたが、今日のレイラは歌っている訳でもなく屋根の上に座り込んでいた。
どうしたのかな?なにかあったのかな?
昨日と違うレイラに戸惑い私は近付くことに躊躇した。レイラは私が来たことに気付き顔を綻ばせる。
今日は歌っていないの?
疑問に思った私は問いかける。
「うん。だって悲しい歌しか歌えないんだもの。そんなのミスティアに聞かれたくないよ。私の歌で悲しまれたくないよ。聞いてくれる人には楽しくなって欲しいんだよ」
だめだよ!レイラには歌っていて欲しいよ。
私は歌っているレイラが好きだった。歌は悲しかったけど、それでもレイラは歌っている姿が一番だと思う。
「で、でもまたミスティアを泣かせちゃうかもしれないし!私はそんなの嫌だよ」
それならもう泣かないよ。だからレイラには歌っていて欲しい。
そうだ!私もいっしょに歌うよ。それなら絶対悲しくなんかならないよ。
別に歌いたかったわけじゃなかった。ただそうすればレイラが歌ってくれそうだから。悲しくてもなんでもレイラの歌が聞きたかったから。
「…いっしょにうたう?…そうだ、ね。それなら悲しい歌になんてならないかも!ミスティアがいっしょに歌ってくれるのならきっと楽しい歌になるよ」
はじめ、戸惑ったような表情を見せたレイラだったけど、すぐに嬉しそうに笑ってくれた。
そうして私はレイラといっしょに歌い始めたのだった。
数日が過ぎ、初めはレイラの歌にあわせて「ラー」とか「アー」とか声を出すだけだった私も、なんとか歌を歌う事が出来るようになって来た。幼い私には歌詞の意味などはわからなかったけど、最初から最後まで歌う事が出来るようになった。
「本当はね、ずっとこうやって誰かと歌いたかったんだ。姉さんたちは私の歌を聞いてはくれるんだけど、いっしょに歌ってはくれなかった。…あはは、いっしょに歌って欲しいって、そう言えない私が悪いんだけどね。だから、ミスティアがいっしょに歌おうって言ってくれたの、とっても嬉しかった」
いつものように、歌を歌った後のおはなし時間、照れ笑いを浮かべて、レイラは語り始めた。
「私、また楽しく歌えるようになったかな?」
うん!私は力強く頷く。
「良かった。やっぱり一人で歌うより二人で歌ったほうがいいよね。もっといっぱいで歌ったらもっと楽しいよね」
少し複雑だけど頷いた。本当はレイラと二人が良かったけど、レイラが望んでいるのなら別にそれでも良かった。
「そうだよね!姉さんたちもいっしょだったらもっと楽しいよね。あ、でもみんなで歌っているよりは演奏とかあった方が面白いかも」
それからレイラは姉妹になんの楽器が似合うかを話し始めた。物静かな長女はヴァイオリンが似合いそうだとか、嬉しそうに話してくれた。
私はレイラが嬉しそうに話をしている事が嬉しかった。
そうやって、私は夜になると毎日レイラのところへと向かった。
しかし、さすがに我が子が毎日のように夜中に抜け出していることに気付かない親などいるはずがなく。
数日後、私はレイラの元へ向かう途中にお母さんに捕まり、家に拘束されることになった。
約束があるのに!レイラのところに行かないといけないのに!
…私はレイラのそばにいたいのに。
泣いても叫んでもお母さんは私を家から出してはくれなかった。
飛んでいこうが、闇夜にまぎれて進もうが、家からは抜け出せなかった。
いつまでたっても夜に抜け出そうとする私に根負けしたのかお母さんは一つの条件を私に出した。
「ニンゲンに見つかっても大丈夫だと思えるような能力を身に着けなさい。そうしたらお母さんも安心して送り出してあげるわ」
それならばと私は努力に努力を重ねた。能力なんて努力でどうにかなるものか不安だったけど、幸いにも私の努力は実ったらしく、まだ能力の弱い私でも十分にニンゲンを出し抜ける能力を得る事が出来た。
それはニンゲンを鳥目にすることだった。
それは夜雀であれば誰もが使えた能力ではあったけれど、ニンゲンから逃げるには十分な能力だった。
お母さんの許しも得て、久しぶりにレイラの元へと向かう。ここ何日かの努力のおかげで空を飛ぶことにも慣れた為、前のように人の里を歩き回るようなことはしない。飛んでいった方がニンゲンに見つかる可能性は低いし。
レイラの屋敷に辿りつく、しかし屋根の上にレイラの姿は見つからない。
そっか、そうだよね。もう何日も来ていないんだから、レイラがここで待っているわけはないんだよね。
ほんの少し落胆しながらもレイラを探して私は屋敷の窓を見て回った。
一際大きな窓を見つけ、近付いて中を覗いてみる。
そこには楽しそうに歌っているレイラと…三人の少女の姿があった。
ああ、あれがレイラの姉さんたちなのか。あんなにもレイラは楽しそうに歌っていて。姉さんたちもずっと楽しそう。お父さんが眠ったままだといっていたけど、多分もう大丈夫になったんだろうな。皆あんなに嬉しそうにしているのだし。
…あの中には私は入れないんだろうな。それは幼い私にも理解できた。他人の家族に割って入れるわけがない。
ここからではレイラの歌声は聞こえてこない。でも歌っているのはいつも歌っていたあの歌なんだろう。私といた時にはそれしか歌っていなかったし。
それなら、ここからいっしょに歌ってもいいよね。家族の団欒を邪魔するつもりはないから。
レイラと歌った歌を窓の外で口ずさむ。それはとてもか細く、屋敷の中にまで響き渡るはずなどないのに。
それでもなぜかレイラは窓の外に私を見つけた。
レイラは慌てて窓に近寄ったけど、私はすぐに姿を消した。だって今のレイラには会いたくなかったから。それはただの独占欲で、姉妹と仲良さそうにしているレイラを見るのが嫌だっただけだけど。
姿が見えなくなってもレイラは諦めないで、私を探すため外に出た。
一瞬しか見られなかったはずなのにどうしてそんなに必死で探してくれるのだろう?
すぐに探しに出てくれたレイラ。お母さんよりも大好きなレイラ。何で私は隠れてしまったのだろう。さあ、今すぐにでも飛んでいこう。
けど、レイラの姉妹は私を見てどう思うのだろうか。妖怪である私を見て、レイラと同じように友達になってくれるだろうか。
そんな考えがふと頭をよぎり、レイラの元に近付くことを躊躇させた。そしてその小さなためらいが私とレイラを永遠に別れさせることになった。
「ミスティアーーーーーー!どこにいるのーーーーーーーー!出てきてよーーーーーー!ミスティアーーーーーーーー!」
一向に姿を見せない私を探すためにレイラは大声で呼びかけ始めた。
ああ!そんなに大声を出したら!
案の定、その声に反応して、そこら中の家からニンゲンが出てきてしまった。
お母さんからニンゲンに対する恐怖を植え付けられた私としては、そんな状況でレイラの元にいくことなんて出来なかった。レイラは何度も私の名前を叫んでいたけど、私は彼女の前に姿を現す事が出来ず闇夜にまぎれてその場から逃げ去った。
ごめんなさいレイラ。明日謝りに行くから。だから今日はごめんなさい。
けれど、次の日にレイラのところに行くことは叶わなかった。心配のあまり実はついてきていたお母さんに真夜中の喧騒を知られてしまったから。
別に見つかったわけじゃないと弁明しても全く聞いてくれない。私はまた家に拘束されることになった。
それでも数日後なんとかお母さんの監視をかいくぐって私はレイラの元へと向かった。
今度は大丈夫、レイラがお姉さんたちといっしょにいても平気でいる。
レイラが望むなら二人きりでなくても良い。
そんな小さな決心をして屋敷へと向かった。…向かったのに、はたから見れば小さいけど、私にとっては重大な決心をして向かったのに。
どうして!?どうしてレイラの屋敷がなくなっているの!?
それから幾年もの時が過ぎ去り、私は故郷を離れ、幻想郷に辿りついた。今でも私は歌を歌っている。レイラが歌っていた歌をずっと。
もうレイラに会う事はできない。
人間が生きる以上の時が過ぎてしまったから。
もうレイラが歌う歌を聴くことはできない。
私に残ったのはこの歌だけ。
もうこの歌しか聞こえない。
「………おい、おい!そこの夜雀!聞いているのか」
「と、なによ、うるさいな~、気持ちよく歌っている横で大きな声出さないでよ、このワーハクタク!」
「だからその歌を止めろといっているんだ!お前の歌は人を狂わせるんだろう?こんな人里近くで歌うな!」
「べっつに~、そんなのどうでも良いじゃない。所詮人間よ人間、狂おうが何しようが別に気にすることもないでしょ、歌ぐらいどこで歌ったって良いじゃない」
別に人間を狂わせるために歌っているわけじゃない。私が人里の近くで歌っているのは、レイラの歌を知っている人に会いたいから。こんな遠くまで来て会えるとはほとんど思っていないけど。それでも一縷の望みを託して私は歌っている。こんな所にまでレイラの歌が届いているのなら、そんなに嬉しいことはないから。
だから私は歌い続ける。
「だぁーーー、所詮人間とかいうな!というか、無視してまた歌い始めるな!」
果たしてここにはいてくれるのだろうか。番人のワーハクタクがこの上なくウザイけど、もうしばらくここで歌っていよう。
「はぁーー、全く人を狂わせるということさえなければ良い歌なんだがな、歌詞もやさしくて良いし。家族が仲良く暮らしている情景が眼に浮かんでくる。なんでこんな性悪夜雀が歌っているんだか」
レイラの歌っていた歌は家族が楽しく暮らす情景を綴った歌だった。
レイラが幻想郷に遺した騒霊三姉妹と、ミスティアに委ねた家族の歌が、いつか出会える日が来るのかも――なんて事を考えてしまいます。
それがある限りきっと消えないものがあるから、大丈夫。
きっといつか出会えるでしょう、彼女たちは。歌が引き寄せてくれるから。
ストーリーも切なくて良いものでした