「これは私がアリスから聞いた人間界での話なんだが……」
朝日が昇ってから余り時間の経たない博麗神社。先日ここに泊まった魔理沙が縁側で霊夢の隣でお茶を飲みつつ話し始めた。事の起こりは唐突に、ただ魔理沙が「こういう話を聞いたぜ」と言ったことが始まりであった。
――――――――――――
アリスの話だと14,5年ぐらい前かな。ある所に1人の男の子がいたんだ。まだ歳も10も行ってない子供でね、とにかく好奇心が旺盛な以外では何処にでもいる普通の子供だったんだ。
その子がある日―――調度今くらいの季節の夜、雲ひとつ無い空を見上げると凄く綺麗な満月が空を照らしてたんだ。で、その子はいきなり満月を手に入れられないかと思ってな、親に内緒で外に出たんだ。
満月を追って空を見上げつつ歩いてたけど、まあ当然のように満月との距離はいっこうに縮まない。で、諦めようと思って足を止め、帰ろうとして最後に満月を見た瞬間。
その満月をバックに人影のようなものが空を飛んでたんだよ。
一瞬何事かと思ってもう一度見るがもうその人影らしきものは見えず、ただ満月のみが空に昇っていたんだよ。
その男の子は目の錯覚かと思ったけどな、空を飛んでいた何かの姿は鳥の類のものではなく明らかに人間のそれだったらしいぜ。
まあ、それっきり晴れ渡った、特に満月の夜空を見上げてもその人影らしき物体は見えることは無かったらしいが、その姿はその子の頭の中にはっきりと残っているらしい。そんな話さ。
「ふーん……」
半信半疑に霊夢はお茶を飲みつつ聞いていた。だが魔理沙はこのあと意外な事を言った。
「で、だ。霊夢、今回はこの満月をバックに飛んでいた奴を探してみないか?」
…………
「はぁ?」
彼女が一瞬何を言ってるのか分からず霊夢は混乱する。だが魔理沙はそんなことお構い無しにさらに続けた。
「つまりだな、誰が何の理由で人間界にまで行って空を飛んでたか、探して聞いてみないか?」
「何でそうなるのよ?」
「いや、何となく。それにさ」
「それに?」
オウム返しに問う霊夢に魔理沙は
「最近あの満月の一件から面白いこと無いじゃないか。だからまあそういうのも面白いかなって思ってさ」
「……」
霊夢は黙る。確かに、あの永遠亭での一件から霊夢の周りで全くと言っていいほど騒動と言うものが起きた気がしない。魔理沙や知人が主犯と思われる騒動もここ最近はめっきり減っていた。というか無かった。
「まあそういうのもいいかも知れないけど……かなり大きな問題があるわね」
「あるな……」
「1つ目はたとえ14,5年前とはいえそんな事を今更覚えている奴がいるかって事。2つ目はそれは本当にこの幻想郷に住んでいる存在かって事。3つ目は私たちが知る妖怪や人間に博麗大結界を越えてまで人間界に言ってそんな些細な事をやった奴がいるかって事よ」
「まず2つ目はありえないと思うぜ。」
魔理沙は霊夢の問題の1つを否定する。
「人間界はもう既に科学なんていう不安定かつ自然にも優しくないものに頼り切っているからな。もし幻想の力を持った奴なんていたら、そいつは存在不適合者になるか一大スキャンダルになるかの2つに1つしか道は無いからな。だから2つ目は無いと思うぜ」
そこで言葉を切り、話題を元に戻した。
「でもまあ、それはそれでだ。もしいなくても暇潰し程度にはなるんじゃないか?」
まあ確かに暇潰しにはなると思うが……それは裏を返せば知り合いにその空を飛んでいた者がいなかった場合、若しくは既に死んでいたりした場合、完全な無駄足になると言う事になる。なるのだが……
「そうね」
霊夢は魔理沙の提案に賛成した。こういう無駄だらけな日も偶にはいいかもしれない。そう思ったのだ。
かくして霊夢、魔理沙の久しぶりなコンビは、ただアリスの話にあった空を飛んでいた何者かを突き止めると言うとてつもなく不毛かつ意味のなさそうな目的のために結成された。
――――――――――――
「さてと、まずは誰から聞いてみる?」
「博麗大結界を越えて人間界を飛び回るような奴なんだ。一番怪しいのはあのスキマ妖怪だな」
「呼んだかしら?」
魔理沙の提案に答えたのは霊夢ではなかった。いきなりなことに驚きながら2人はその声のした境内の方を向く。
「えっ……?」
「紫……あんた、何でここに?」
「もうそろそろ寝る時間だけどね、最後に何となくで寄ってみたけど、なにやら面白そうなこと言ってるわね」
いきなり何も無い空間が割れて、そこから境界の妖怪で先の魔理沙の言葉に挙がった境目の妖怪八雲紫が表れ、そう言った。
「いやぁ……なあ」
「ねぇ」
「とりあえず、話を聞いてもいいかしら?」
「……わかったぜ。但し、条件がある」
「条件?」
問う紫に魔理沙は一旦言葉を区切り
「とりあえずこの話を聞いたら私が言う問いに覚えてたらでいいから答えてくれ」
「私が覚えてる範囲でならいいわよ」
「OK、じゃ……これは私がアリスから聞いた話でな」
――――――――――――
「ふぅん……そういう話ね」
先に霊夢に話したものを紫にも話すと彼女は意味有り気に言った。何かを隠しているのかそれとも何も知らないのかは、霊夢も魔理沙もその表情から読み取ることは出来なかったが……
「で、質問だ。単刀直入に言うが、その時に人間界に寄った記憶とかあるか?」
「まさかその人影らしきものが私だと思ってるなら、答えは「違う」ね」
「うあ……」
何故か魔理沙は絶句する。まさか紫がこの人影らしきものの正体だと思っていたのだろうか。
「因みに言うと藍や橙ちゃんも外れよ。その時期の藍は私の世話と、ようやく空を飛べるようになった橙ちゃんに簡単なスペルカードを教えることで手一杯だったから」
「ふむ……分かった」
「このくらいならね。じゃ、そろそろ迷い家に帰って寝るとするわ」
「日更かしするんじゃないわよ」
霊夢の言葉にただ笑顔で手を振って、紫は隙間を使い神社から去って行った。
「さてと……いきなり本命が外れたわけだが……どうしようか……」
メモ帳を取り出して何かを書きつつ魔理沙は言う。
「とりあえず、行き当たりばったり感があるけど適当に当たってみる?」
「そうだな。それが一番いいか」
「というか今それに何を書いたの?」
霊夢が問いつつメモ帳を見て……絶句した。
「これか?一応今回の件で回る予定の場所と連中を書いたぜ」
魔理沙の言葉も何処か遠い場所での木霊に聞こえるくらいに驚愕の内容であった。
まず、一番上に書いてあったのは八雲家。そしてその右にバツ印が書いてあり、八雲家の下に書いてあるのが紅魔館。これは別に構わない。紅魔館はどっち道飛んで1時間もかかるか否かといった程度の距離であるが問題はその後。
ルートを矢印で示していくと。
紅魔館→白玉楼→永遠亭→魔界
問題なのは白玉楼から永遠亭、そして魔界である。ここから紅魔館、そして白玉楼へは邪魔が無ければ今から順路通りに行っても、昼には到着するぐらいの距離である。だが永遠亭は白玉楼からかなり離れており、さらには魔界まで行くとなると最悪、丸1日でも回りきれない可能性が濃厚だ。
「おっと、あと慧音と妹紅の集落も忘れてたぜ」
さらに白玉楼と永遠亭の間に「集落」と付け加える魔理沙。
「……流石にこれは一日で回るには無理があるんじゃないの?というかなんで魔界まで?」
「あのヘタレ魔界神の可能性も考えてるからな。それに」
「それに?」
「……やめた。これは永遠亭まで回ってから言うぜ」
「なによそれ。まあいいわ」
どうせ後で教えてくれるのなら今聞き出さなくてもいいだろうと思い、霊夢は口を閉じた。魔理沙はというとメモ帳をしまい、縁側の側に立てかけてた愛用の箒を取りに行っていた。
「じゃあ、行くとしますかね」
「はいはい」
いつも持ち歩いている陰陽玉を懐に入れて霊夢は魔理沙の言葉に適当に返し、そのまま空へと飛翔した。魔理沙も箒に跨り魔力を展開させて空を飛ぶ。
――――――――――――
大きな湖を一望できる場所に建てられている1つの大きな―――否、巨大なと言っても過言ではないかもしれない―――館。赤い、紅いその館はある紅なる吸血鬼の姉妹とその従者達の住まう場所であった。
その紅い魔の住まう館に霊夢と魔理沙は向かっていた。
下はあのいっぱいいっぱいな氷精を筆頭に水の精霊達が生息する湖。そして湖の周りは木々が群生していた。
「で、何でいきなり紅魔館なの?」
「別に、ただ何となくだぜ」
霊夢は少し前を飛ぶ魔理沙に問うが返ってきた答えはそれだけであった。霊夢は「まあいいけど」と言って追求を諦め、再び前方の紅魔館に目をやる。
段々と近付いていき、正門前で2人は降りる、のだが何故か2人は違和感を感じていた。いつもなら必ず門番が出迎える筈なのに今日に限りそれが無いのだ。
「どういうことかしら?」
「中国の奴、とうとうクビになったか?」
「十分ありえるわね」
が、その2人の予想は正門の壁に寄り添う一人の女性を見て瓦解した。
紅魔館の門番頭にしてその実咲夜のお仕置きを口実にしたストレス発散の最大の犠牲者である紅美鈴が、立ったまま寝ていたのだ。
「うわ、立ったまま寝てる奴なんてはじめて見たわ」
「しかも私達の気配に気付くことなく寝てるなんて……流石は中国といった所だな」
双方、共に感嘆の声を上げる。だがまあ別に美鈴が出迎えてくれなくとも2人は構わないので立ったまま熟睡している彼女を無視して紅魔館内部へ向かって行った。
――――――――――――
「ふぅん……そんな事をねぇ」
紅魔館の主の部屋にて紅茶を片手にレミリア・スカーレットはテーブルの向かいに座る霊夢と魔理沙にただそんな事を言うだけであった。
「ま、とりあえずは14,5年前の今頃の満月の晩に空を飛んだことってないかなーと思って聞きに来たんだが」
「無いわよ。その当時はまだ咲夜もいなかったし、私は私でこうやって変わらず紅茶を飲んでたからね。それに今みたいに人間とか外の世界とかに興味なんて示すことは無かったから」
あっさりと言い返されたので魔理沙はハァと溜め息を吐く。
「じゃあフランは……っと、あいつは無理か。パチュリーもその頃は本ばっかり読んでただろうし」
「中国は?」
「あいつはありえない」
霊夢の言葉を即座に魔理沙は否定した。さらにレミリアが続く。
「そうね。彼女もここの仕事で手一杯だったから無理ね」
「今もだけどね」と付け加えて再び紅茶を一口。
「じゃあメイド長、その時にそんなことやってたか?」
魔理沙はレミリアの左後方で待機していた咲夜に聞いてみる。が、咲夜は少し悲しげな瞳を見せた後
「悪いけど……その時の話はしないで欲しいの」
「珍しいな」
「昔は……あまりいい思い出が無かったからね」
と言ってすぐに元の表情に戻る。なにやら思い出したくないものがある様だ。それ以上追求するのは野暮だと思い魔理沙は聞くのをやめた。そして持っていたティーカップを置いてメモ帳を取り出し、紅魔館の右にレミリア、メイド長、パチェ、フランと書いてその右にバツ印を書く。
美鈴が入ってないのはわざとか、それとも完全に忘れていたのか……後者の可能性が濃厚だが。
「じゃあここはアウトっと。ご馳走様」
「さて、次は白玉楼ね」
「あのさ、霊夢」
紅茶を飲み干し、外に出ようと立ち上がったところでレミリアに止められる。
「何?」
「面白そうだし、私も付いて行っていいかしら?」
「別に構わないわよ」
どうせ1人増えても何ら変わらないしと付け加えるとレミリアは表情を変え
「霊夢~~~大好き~~~」
いきなり猫なで声でテーブルを飛び越えて抱き付いて来た。が、霊夢はそれ横に移動して躱す。レミリアは何事も無く着地するといきなりがっくりと項垂れて
「うう……躱すなんて酷い……私は貴女に全部捧げたのに」
「阿呆なこと言ってないで、さっさと行くわよ」
「私との関係は遊びだったのね!?」
「だから何誤解の招くこと言ってるのよ!!」
泣き出したレミリアに、霊夢はいつもと変わらず突っ込みを入れる。因みに魔理沙と咲夜はというと、魔理沙のほうはニヤニヤと嫌な笑みで傍観者を気取っており、咲夜はいつの間にか両手にナイフを持っており、とてつもない殺気を纏って霊夢を睨んでいる。レミリアがいなかったら今にも飛び出してきそうな勢いでだ……
結局、霊夢と魔理沙、そして新たに加わったレミリアが紅魔館を出るのはこれから30分ぐらい後のことである。
――――――――――――
「ああ、久しぶりの日の光だわ……」
「吸血鬼の癖に日が恋しいのか?というか日に当たるとお前灰になるだろ?」
「吸血鬼の中には日光を克服してる者もいるわよ。まあ私はまだそこまで行ってないけど」
正門を抜けた霊夢達はそのまま飛ぼうとする。が、ふとレミリア―――ちゃんと日傘も差している―――が後ろを振り向き……沈黙した。
「?」
「どした?トイレか?」
霊夢と魔理沙の問いにも答えず、一箇所を見……否、睨んでいる。そしてレミリアの視線の先にはあの立ったまま寝ている美鈴がいた。レミリア自身かなりの殺気を出していると言うのに眠ったままとは……紅美鈴、「別の意味で」恐るべしである。
「霊夢、魔理沙」
冷ややかな―――咲夜のあの絶対零度レベルまでに感情を殺した表情と声に勝るとも劣らない声で言った。流石は十六夜咲夜の主にして永遠に紅い幼き月といったところか……そして彼女は美鈴を指差し
「好きなようにやっていいわ」
お互いの顔を見合わせる霊夢と魔理沙。そして2人はニヤリと笑い
「そういうことなら」
「取って置きのスペルカードを使わせてもらうぜ」
霊夢は懐からスペルカードを取り出しつつ、魔理沙は指を鳴らしながら美鈴の数メートルほど前に立つ。
「神霊「夢想封印 瞬」!!」
「光符「レイストーム」!!」
「きゃああああぁぁぁぁぁぁぁ………」
大量のレーザーと光の玉が現れて美鈴を直撃し、豪快に空高く吹っ飛ばした。主の目の前で気配どころか存在にすら気付かず眠っていた美鈴。自業自得、因果応報と言ってもいいのだが、この後咲夜のお仕置きが待っているであろう彼女の悲惨な運命に、合掌。
まあこの後の美鈴の運命はレミリアが操作したので確定事項ではあるが、どんなのかは操作した彼女とその運命を宣告された美鈴以外に知る由は無い。
続く
朝日が昇ってから余り時間の経たない博麗神社。先日ここに泊まった魔理沙が縁側で霊夢の隣でお茶を飲みつつ話し始めた。事の起こりは唐突に、ただ魔理沙が「こういう話を聞いたぜ」と言ったことが始まりであった。
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アリスの話だと14,5年ぐらい前かな。ある所に1人の男の子がいたんだ。まだ歳も10も行ってない子供でね、とにかく好奇心が旺盛な以外では何処にでもいる普通の子供だったんだ。
その子がある日―――調度今くらいの季節の夜、雲ひとつ無い空を見上げると凄く綺麗な満月が空を照らしてたんだ。で、その子はいきなり満月を手に入れられないかと思ってな、親に内緒で外に出たんだ。
満月を追って空を見上げつつ歩いてたけど、まあ当然のように満月との距離はいっこうに縮まない。で、諦めようと思って足を止め、帰ろうとして最後に満月を見た瞬間。
その満月をバックに人影のようなものが空を飛んでたんだよ。
一瞬何事かと思ってもう一度見るがもうその人影らしきものは見えず、ただ満月のみが空に昇っていたんだよ。
その男の子は目の錯覚かと思ったけどな、空を飛んでいた何かの姿は鳥の類のものではなく明らかに人間のそれだったらしいぜ。
まあ、それっきり晴れ渡った、特に満月の夜空を見上げてもその人影らしき物体は見えることは無かったらしいが、その姿はその子の頭の中にはっきりと残っているらしい。そんな話さ。
「ふーん……」
半信半疑に霊夢はお茶を飲みつつ聞いていた。だが魔理沙はこのあと意外な事を言った。
「で、だ。霊夢、今回はこの満月をバックに飛んでいた奴を探してみないか?」
…………
「はぁ?」
彼女が一瞬何を言ってるのか分からず霊夢は混乱する。だが魔理沙はそんなことお構い無しにさらに続けた。
「つまりだな、誰が何の理由で人間界にまで行って空を飛んでたか、探して聞いてみないか?」
「何でそうなるのよ?」
「いや、何となく。それにさ」
「それに?」
オウム返しに問う霊夢に魔理沙は
「最近あの満月の一件から面白いこと無いじゃないか。だからまあそういうのも面白いかなって思ってさ」
「……」
霊夢は黙る。確かに、あの永遠亭での一件から霊夢の周りで全くと言っていいほど騒動と言うものが起きた気がしない。魔理沙や知人が主犯と思われる騒動もここ最近はめっきり減っていた。というか無かった。
「まあそういうのもいいかも知れないけど……かなり大きな問題があるわね」
「あるな……」
「1つ目はたとえ14,5年前とはいえそんな事を今更覚えている奴がいるかって事。2つ目はそれは本当にこの幻想郷に住んでいる存在かって事。3つ目は私たちが知る妖怪や人間に博麗大結界を越えてまで人間界に言ってそんな些細な事をやった奴がいるかって事よ」
「まず2つ目はありえないと思うぜ。」
魔理沙は霊夢の問題の1つを否定する。
「人間界はもう既に科学なんていう不安定かつ自然にも優しくないものに頼り切っているからな。もし幻想の力を持った奴なんていたら、そいつは存在不適合者になるか一大スキャンダルになるかの2つに1つしか道は無いからな。だから2つ目は無いと思うぜ」
そこで言葉を切り、話題を元に戻した。
「でもまあ、それはそれでだ。もしいなくても暇潰し程度にはなるんじゃないか?」
まあ確かに暇潰しにはなると思うが……それは裏を返せば知り合いにその空を飛んでいた者がいなかった場合、若しくは既に死んでいたりした場合、完全な無駄足になると言う事になる。なるのだが……
「そうね」
霊夢は魔理沙の提案に賛成した。こういう無駄だらけな日も偶にはいいかもしれない。そう思ったのだ。
かくして霊夢、魔理沙の久しぶりなコンビは、ただアリスの話にあった空を飛んでいた何者かを突き止めると言うとてつもなく不毛かつ意味のなさそうな目的のために結成された。
――――――――――――
「さてと、まずは誰から聞いてみる?」
「博麗大結界を越えて人間界を飛び回るような奴なんだ。一番怪しいのはあのスキマ妖怪だな」
「呼んだかしら?」
魔理沙の提案に答えたのは霊夢ではなかった。いきなりなことに驚きながら2人はその声のした境内の方を向く。
「えっ……?」
「紫……あんた、何でここに?」
「もうそろそろ寝る時間だけどね、最後に何となくで寄ってみたけど、なにやら面白そうなこと言ってるわね」
いきなり何も無い空間が割れて、そこから境界の妖怪で先の魔理沙の言葉に挙がった境目の妖怪八雲紫が表れ、そう言った。
「いやぁ……なあ」
「ねぇ」
「とりあえず、話を聞いてもいいかしら?」
「……わかったぜ。但し、条件がある」
「条件?」
問う紫に魔理沙は一旦言葉を区切り
「とりあえずこの話を聞いたら私が言う問いに覚えてたらでいいから答えてくれ」
「私が覚えてる範囲でならいいわよ」
「OK、じゃ……これは私がアリスから聞いた話でな」
――――――――――――
「ふぅん……そういう話ね」
先に霊夢に話したものを紫にも話すと彼女は意味有り気に言った。何かを隠しているのかそれとも何も知らないのかは、霊夢も魔理沙もその表情から読み取ることは出来なかったが……
「で、質問だ。単刀直入に言うが、その時に人間界に寄った記憶とかあるか?」
「まさかその人影らしきものが私だと思ってるなら、答えは「違う」ね」
「うあ……」
何故か魔理沙は絶句する。まさか紫がこの人影らしきものの正体だと思っていたのだろうか。
「因みに言うと藍や橙ちゃんも外れよ。その時期の藍は私の世話と、ようやく空を飛べるようになった橙ちゃんに簡単なスペルカードを教えることで手一杯だったから」
「ふむ……分かった」
「このくらいならね。じゃ、そろそろ迷い家に帰って寝るとするわ」
「日更かしするんじゃないわよ」
霊夢の言葉にただ笑顔で手を振って、紫は隙間を使い神社から去って行った。
「さてと……いきなり本命が外れたわけだが……どうしようか……」
メモ帳を取り出して何かを書きつつ魔理沙は言う。
「とりあえず、行き当たりばったり感があるけど適当に当たってみる?」
「そうだな。それが一番いいか」
「というか今それに何を書いたの?」
霊夢が問いつつメモ帳を見て……絶句した。
「これか?一応今回の件で回る予定の場所と連中を書いたぜ」
魔理沙の言葉も何処か遠い場所での木霊に聞こえるくらいに驚愕の内容であった。
まず、一番上に書いてあったのは八雲家。そしてその右にバツ印が書いてあり、八雲家の下に書いてあるのが紅魔館。これは別に構わない。紅魔館はどっち道飛んで1時間もかかるか否かといった程度の距離であるが問題はその後。
ルートを矢印で示していくと。
紅魔館→白玉楼→永遠亭→魔界
問題なのは白玉楼から永遠亭、そして魔界である。ここから紅魔館、そして白玉楼へは邪魔が無ければ今から順路通りに行っても、昼には到着するぐらいの距離である。だが永遠亭は白玉楼からかなり離れており、さらには魔界まで行くとなると最悪、丸1日でも回りきれない可能性が濃厚だ。
「おっと、あと慧音と妹紅の集落も忘れてたぜ」
さらに白玉楼と永遠亭の間に「集落」と付け加える魔理沙。
「……流石にこれは一日で回るには無理があるんじゃないの?というかなんで魔界まで?」
「あのヘタレ魔界神の可能性も考えてるからな。それに」
「それに?」
「……やめた。これは永遠亭まで回ってから言うぜ」
「なによそれ。まあいいわ」
どうせ後で教えてくれるのなら今聞き出さなくてもいいだろうと思い、霊夢は口を閉じた。魔理沙はというとメモ帳をしまい、縁側の側に立てかけてた愛用の箒を取りに行っていた。
「じゃあ、行くとしますかね」
「はいはい」
いつも持ち歩いている陰陽玉を懐に入れて霊夢は魔理沙の言葉に適当に返し、そのまま空へと飛翔した。魔理沙も箒に跨り魔力を展開させて空を飛ぶ。
――――――――――――
大きな湖を一望できる場所に建てられている1つの大きな―――否、巨大なと言っても過言ではないかもしれない―――館。赤い、紅いその館はある紅なる吸血鬼の姉妹とその従者達の住まう場所であった。
その紅い魔の住まう館に霊夢と魔理沙は向かっていた。
下はあのいっぱいいっぱいな氷精を筆頭に水の精霊達が生息する湖。そして湖の周りは木々が群生していた。
「で、何でいきなり紅魔館なの?」
「別に、ただ何となくだぜ」
霊夢は少し前を飛ぶ魔理沙に問うが返ってきた答えはそれだけであった。霊夢は「まあいいけど」と言って追求を諦め、再び前方の紅魔館に目をやる。
段々と近付いていき、正門前で2人は降りる、のだが何故か2人は違和感を感じていた。いつもなら必ず門番が出迎える筈なのに今日に限りそれが無いのだ。
「どういうことかしら?」
「中国の奴、とうとうクビになったか?」
「十分ありえるわね」
が、その2人の予想は正門の壁に寄り添う一人の女性を見て瓦解した。
紅魔館の門番頭にしてその実咲夜のお仕置きを口実にしたストレス発散の最大の犠牲者である紅美鈴が、立ったまま寝ていたのだ。
「うわ、立ったまま寝てる奴なんてはじめて見たわ」
「しかも私達の気配に気付くことなく寝てるなんて……流石は中国といった所だな」
双方、共に感嘆の声を上げる。だがまあ別に美鈴が出迎えてくれなくとも2人は構わないので立ったまま熟睡している彼女を無視して紅魔館内部へ向かって行った。
――――――――――――
「ふぅん……そんな事をねぇ」
紅魔館の主の部屋にて紅茶を片手にレミリア・スカーレットはテーブルの向かいに座る霊夢と魔理沙にただそんな事を言うだけであった。
「ま、とりあえずは14,5年前の今頃の満月の晩に空を飛んだことってないかなーと思って聞きに来たんだが」
「無いわよ。その当時はまだ咲夜もいなかったし、私は私でこうやって変わらず紅茶を飲んでたからね。それに今みたいに人間とか外の世界とかに興味なんて示すことは無かったから」
あっさりと言い返されたので魔理沙はハァと溜め息を吐く。
「じゃあフランは……っと、あいつは無理か。パチュリーもその頃は本ばっかり読んでただろうし」
「中国は?」
「あいつはありえない」
霊夢の言葉を即座に魔理沙は否定した。さらにレミリアが続く。
「そうね。彼女もここの仕事で手一杯だったから無理ね」
「今もだけどね」と付け加えて再び紅茶を一口。
「じゃあメイド長、その時にそんなことやってたか?」
魔理沙はレミリアの左後方で待機していた咲夜に聞いてみる。が、咲夜は少し悲しげな瞳を見せた後
「悪いけど……その時の話はしないで欲しいの」
「珍しいな」
「昔は……あまりいい思い出が無かったからね」
と言ってすぐに元の表情に戻る。なにやら思い出したくないものがある様だ。それ以上追求するのは野暮だと思い魔理沙は聞くのをやめた。そして持っていたティーカップを置いてメモ帳を取り出し、紅魔館の右にレミリア、メイド長、パチェ、フランと書いてその右にバツ印を書く。
美鈴が入ってないのはわざとか、それとも完全に忘れていたのか……後者の可能性が濃厚だが。
「じゃあここはアウトっと。ご馳走様」
「さて、次は白玉楼ね」
「あのさ、霊夢」
紅茶を飲み干し、外に出ようと立ち上がったところでレミリアに止められる。
「何?」
「面白そうだし、私も付いて行っていいかしら?」
「別に構わないわよ」
どうせ1人増えても何ら変わらないしと付け加えるとレミリアは表情を変え
「霊夢~~~大好き~~~」
いきなり猫なで声でテーブルを飛び越えて抱き付いて来た。が、霊夢はそれ横に移動して躱す。レミリアは何事も無く着地するといきなりがっくりと項垂れて
「うう……躱すなんて酷い……私は貴女に全部捧げたのに」
「阿呆なこと言ってないで、さっさと行くわよ」
「私との関係は遊びだったのね!?」
「だから何誤解の招くこと言ってるのよ!!」
泣き出したレミリアに、霊夢はいつもと変わらず突っ込みを入れる。因みに魔理沙と咲夜はというと、魔理沙のほうはニヤニヤと嫌な笑みで傍観者を気取っており、咲夜はいつの間にか両手にナイフを持っており、とてつもない殺気を纏って霊夢を睨んでいる。レミリアがいなかったら今にも飛び出してきそうな勢いでだ……
結局、霊夢と魔理沙、そして新たに加わったレミリアが紅魔館を出るのはこれから30分ぐらい後のことである。
――――――――――――
「ああ、久しぶりの日の光だわ……」
「吸血鬼の癖に日が恋しいのか?というか日に当たるとお前灰になるだろ?」
「吸血鬼の中には日光を克服してる者もいるわよ。まあ私はまだそこまで行ってないけど」
正門を抜けた霊夢達はそのまま飛ぼうとする。が、ふとレミリア―――ちゃんと日傘も差している―――が後ろを振り向き……沈黙した。
「?」
「どした?トイレか?」
霊夢と魔理沙の問いにも答えず、一箇所を見……否、睨んでいる。そしてレミリアの視線の先にはあの立ったまま寝ている美鈴がいた。レミリア自身かなりの殺気を出していると言うのに眠ったままとは……紅美鈴、「別の意味で」恐るべしである。
「霊夢、魔理沙」
冷ややかな―――咲夜のあの絶対零度レベルまでに感情を殺した表情と声に勝るとも劣らない声で言った。流石は十六夜咲夜の主にして永遠に紅い幼き月といったところか……そして彼女は美鈴を指差し
「好きなようにやっていいわ」
お互いの顔を見合わせる霊夢と魔理沙。そして2人はニヤリと笑い
「そういうことなら」
「取って置きのスペルカードを使わせてもらうぜ」
霊夢は懐からスペルカードを取り出しつつ、魔理沙は指を鳴らしながら美鈴の数メートルほど前に立つ。
「神霊「夢想封印 瞬」!!」
「光符「レイストーム」!!」
「きゃああああぁぁぁぁぁぁぁ………」
大量のレーザーと光の玉が現れて美鈴を直撃し、豪快に空高く吹っ飛ばした。主の目の前で気配どころか存在にすら気付かず眠っていた美鈴。自業自得、因果応報と言ってもいいのだが、この後咲夜のお仕置きが待っているであろう彼女の悲惨な運命に、合掌。
まあこの後の美鈴の運命はレミリアが操作したので確定事項ではあるが、どんなのかは操作した彼女とその運命を宣告された美鈴以外に知る由は無い。
続く