あるとき、この僕リグル・ナイトバグはふとしたことから同族の妖怪少女と出会った。その娘と仲良くなり、蛍の舞を見せてあげたら、そのお礼をさせてほしいと言われた。
「朝焼けを一緒に見ましょう」
明け方になると彼女はそういって、僕の手を不意につかんだ、そして、たんっ、と地面をひと蹴りして宙に踊る、そのまま僕の体重をものともせず意外なほどの速さで飛んでいく。あわてて僕も揚力を発生させる。少し眠かったが、そもそも相手を本来眠るべき時分に連れ出したのは僕のほうだったから、これくらいの我慢は仕方が無い。
「もうちょっと、あと少しで着くからしっかり飛んで。それじゃ落ちちゃうわ」
飛ぶ姿勢がどこかふらついているのは、決して睡眠不足の所為のみではない。何度か蜂をけしかけてひとをからかったことがあったけど、ここまで僕に関わってくれる誰かに今まで逢ったことが無かった。戸惑いが無いといえばウソになる、けれどいやじゃない、なんていうか、もっと言葉を知ってさえいれば・・・。
やがて、幻想郷でもひときわ高い山に着いた。その頂上に陣取ってしばらく待っていると、東の空が黒一色から紫に変わり、オレンジに染まっていく、そしみたこともない一筋の光条が僕らを照らす。
「ひええ、にげて!」
一瞬あのマスタースパークを喰らったかと勘違いして彼女をかばうようにしてふせた。そして間違いに気づき、また咄嗟のこととはいえ彼女に密着してしまった。顔が林檎みたいに赤くなる。
「ごごごごめんなさいすみませんこここれはべつにやましいこととととかじゃなくて・・・」
恥ずかしさのあまりあさっての方向に飛んで逃げようとし、さらに気が動転していたのだろう、マント(はね)
がそこら辺の木の枝に引っかかり、空中で回転しながら地面に激突、今シーズン2度目の墜落と相成りました。願わくば他の蟲たちに見られていませんように。
「ううう、情けないです。せっかく一日の始まりをみせてもらったのに」
「ふふっ、なにも落ち込まなくていいわ、私だって、あの蛍さんたちのダンスを見て一瞬弾幕ごっこかと思ったし。それよりこの景色をみてごらんなさいな」
再び東の空を見る。
絶句。
太陽が眼下に目いっぱい広がる森を照らし、悠々と昇っていく、それはまさにこの幻想郷中のスペルカードと弾幕を集めたよりも美しく輝き、遠くのひとびとの集落、小さな神社、魔法使いの森、湖に浮かぶ紅の館、あらゆる場所を分け隔てなくその光で包んでゆく。その光は熱く、激しく、前に進む力をこの僕にさえ与えてくれるかのようだ。月の明かり、蛍の瞬きとはまったく異質の、生きとしいけるものを力強く励ます不朽の炎。
僕はしばらくただただ光景をみつめるしかなかった。
「どう、昨夜のお代程度にはなったかしら」
「十分すぎるくらいに」
その日から、時々僕らはお互いの活動時間に顔を出してはいろいろなところを飛び回った、そして、記念に弾幕ごっこも挑んでみた、実力はほぼ互角、彼女のスペルカードはそれはそれは洗練されていて、しばしば予想外の角度から僕を窮地に追い込んでくれる、ぼくもお返しにとびきりの弾幕をお見舞いする。最後は二人とも疲れて引き分けになった。心地よい疲労感だった。彼女が笑顔で、それではまた明日、と飛び去っていく。蝉の妖怪、僕の大切ななひと。いや蟲か。
夏の日差しも一段落したある日の夕方、いつものように彼女のいる森へ足を運んだ。おかしい、いつもならこの辺で会えるはずなのにどこにも見当たらない。それになんだかいつもと違う雰囲気がする。急に胸騒ぎがして僕はあちこちを探し回る。
小さな神社
「え、蝉の女の子?しらないわ、それより魔理沙が新しいお茶くれたの、飲んでかない」
「いえ、いいです。どうもありがとう」
魔法使いの家
「悪いな、オリキャラのことはよく知らん」
「そんな言い方ってないでしょ」
深紅の洋館の正門
「昆虫に興味は、無いの。虫苦手だから」
「まあ、仕方ないよね」
幽霊の集う屋敷
「今年やけに毛虫が大量発生すると思ったら、黒幕はお前か!」
「ち、違うよ~、斬らないで」
道に迷い、気がついたら目の前にある家
「にゃっ、にゃっ、にゃっ」
「痛い痛い、ひっかかないでやめてお願い誰か~」
「おーい橙、やめなさい。ははっ、すまんね客人、でも虫を殺すのも猫の本能、大目に見てやってはくれまいか」
「大目にって、死んじゃうよ」
どこにも彼女の姿は見当たらない。この寂しさは何だろう、前は一人でいてもこんなことは無かったのに。
ふと、なんとなく感じていた違和感の正体に気づく。蝉の鳴き声が聞こえなくなっていたのだ、その瞬間、足元で何かがうごめいているのが見えた。目を凝らしてその物体を見つめる。力が急に抜け、僕はその場に崩れ落ちた。
死にかけの蝉だった。
「ごめん、僕が早く来ればこんなことには・・・」
ち ち ち と蝉が力なく鳴いた。僕に話しかけるように。
「あなただって分かっているはずよ、いつかこうなるのが生き物の宿命。でも季節が巡り、また夏が来ればもう一度あなたに会える。そのときまでお別れね」
「でも僕、まだ君と話し足りないことがいっぱいあるよ。」
「悲しまないで、あなたを愛している蟲はたくさんいるから、げんき出して、ね」
「でも、君がいなくなるなんていやだよ」
「・・・・・・」
「ねえ、返事してよ」
「・・・・・・」
涙は出なかった、出せなかった。僕の友達である蛍もこのようにして死んでいくのだ。一匹の蟲に過ぎない彼女にだけ大粒の涙を出すなんてことをしたら、他の仲間がかわいそうだから。
僕は蛍たちの心が形をとって現われた妖怪、いずれ僕も最後の蛍の死とともに、その存在を消す。また次の世代の蛍が卵から孵れば、蛍たちの心が具現化し、僕は再びこの世に現われる。そしてあの娘もまた再生するだろう。しかし今年の記憶はなく、たとえ出会ってもお互いの事を覚えてはいないはず。でも、この宇宙が無限回の膨張と収縮をくりかえし、無限分の1の確率でまた同じ意識を持った僕らが偶然世に生まれ、もう一度二人で笑いあい、貴重な時間を過せる日が必ずくるに違いない。賭けてもいい。
だからそのときまで、さようなら、ごきげんよう。
えっ、虫にそんな風に想ったり感じたりするような高度な精神活動があるわけないって?じゃあ聞くけど、君は蟲語で聞いてみたわけでもないのに、どうしてそんなことが言えるのかい?君に想ったり感じたりできる心があるか、といわれて証明できるの?全く遺伝子のプログラムどうりにしか動いていないように見える昆虫が、僕にも説明しがたいランダムな動きを見せることがある。ひとだって、自由意志で動いているように見えて、実は単純なプログラムが何パターンも組み合わさっただけなのかも知れない。
そう考えれば、僕のような蟲が、好きな相手に逢えなくて胸が切なくなってもおかしくないじゃないか。
それだけに後半の魔理沙の一言があれなのは勿体無いと感じる