―Finding 終論「書き手を俯瞰する語り手 - Phantasm」―
ヒガシノカタ、つまり彼岸の物語は語られた。
語るべきことを語り終えた後に、
語られなかった語られるべきでないことを騙る。
これは、物語に関わりの無い一幕、いや、幕一つ使うまでも無き紙片であり、
大体にしてエピローグの後に何かを語るべきではない。
だが、軽率な彼女は己の行動が及ぼす影響に関して何らの策も持っていなかったのだから、
どちらにしろ始末は必要で、殊に外部へのそれにはあのヴァイオレットが最適であり、
その始末の一端には俯瞰者の持つ疑問に対しての回答の提示も無論含まれているわけであった。
俯瞰者とはつまり、読み手たるあなた方のことだ。
だが、書き手には皆様がこの解答を得て理解納得に至るのか、
はたまた更なる困惑の森に迷わされるのかが皆目見当が付かない。
そも、これが回答としての役割を持った短編なのかがわからないのだが、
作士にできるありったけは、あの紫色の始末と希薄の行方を述べる事に尽きるのである。
・・・では、夜空を見上げて騙ろう。
― ♪ヴォヤージュ2369 ~ Faraway-Dream
或いは、華胥の亡霊は遥けき昔日を夢見るか? ―
“桜華”は、ただひたすらに考えていた。
その日、観測用自遊型衛星モジュール『ひもろぎ』のユニット・AIである彼は、
母星の環境データを諜報局へと送信する業務の最中にいくつかの異常を観測した。
はじめに観測されたのは、異質かつ極微小な物体の地表面への亜光速降下。
それに前後して起こった、物体の降下地点付近の位相変異。
そして、純度トリプルSのクオリティで造られた彼の『瞳』に映し出された像。
それは人間が肉眼で確認できるほどに、降下地点より均一の半径を置いた距離から
円周状に広がっている“桜色”。
『何だ・・・!? 何が起こっている・・・!?』
広がりつつある異常を高速でデータ化しつつも、“桜華”は凄まじい速度で思考した。
VIP人工生命クラスの自律回路から成る己の『脳』で。
やがて異常事態は収束の様相を呈し、旧世代地球人類原子時間における一日が経過した後、
彼は現在時点での母星地球の観測データが異常感知以前のそれと99.9%の精度で同一と確認した。
だがその無機組織脳が『厳重機密指定、レベル5』の結論に達し、
汎銀河最高統治府のブラックボックスへと送信を試みた瞬間、更なる異常事態が彼を襲った。
彼の『目の前』に、突如として地球人類タイプの天然生命が姿を現したのだ。
音波の入出力を不必要としてシャットされているはずの“桜華”は、
宇宙空間に『ひもろぎ』と同速度同軌道で“浮かんでいる”その生命を目の当たりにし、
無意識の内に驚愕の声を発した。
そしてその聞こえる筈の無い叫びを目前の生命は首肯して聞き届け、
あまつさえ彼へ向けて優しげながら厳しくも感じられる双眸を顕して、
「お忘れなさい、人の型捨てた人。今更宇宙人に楽園を差し出すつもりは無いわ」
とだけ告げ、それをどのような手段をもってか聴き取ってしまった“桜華”は、
今まで知った事の無い感覚、『眠気』という名の欲望を与えられ、
形無い瞳を、そっと閉じてしまった。
眠りにつく一瞬前、彼の実質上の『耳』にあたるところの全天波動チェッカは、
彼に問題の地点から先刻の物体が真逆のコースを取り再び登場し、
真空空間の闇を貫く閃光となって瞬時に遥か星雲の彼方へと跳躍していったことを知らせたが、
冬眠槽では得られぬ抗い難い程の心地良さに飲まれ、
いつしか彼は、生まれてはじめての夢を見ていた。
* * *
『あれは、幽々子お嬢様だったのかな』
酒師は、真空を極光となって駆ける。
『どうして、今も生きているのだろう。
私と同じように、妖に変成したのだろうか』
駆けるように飛ぶ。
『御髪の色が桜色だった。
でも、それだけで決め付けられるものかな?』
飛ぶように流れる。
『そうだ、桜の雲。あの時、私が一度死んだ夜と同じだった。
西行妖。幽々子お嬢様が好きだった、皆には嫌われていた桜』
流れるように往く。
『私はいつから人ではなくなったのかな。
色んなお酒を呑んだけれど、どれのせいだったのかな』
往くように夢見る。
『昔の事、すぐに忘れちゃう。
大好きだった人たちのこと、忘れちゃう』
夢見るように走る。
『でも、遠くに行ったら、忘れても、いいのかな?
もう誰も、私に会いに来れないもの』
走るように翔ける。
『そうしよう。だって、幽々子お嬢様、私のこと、覚えてたみたい。
私が忘れた分、幽々子お嬢様が覚えていてくれればいい』
翔けるように詠う。
『きっと、お嬢様もそのつもりだったんだ。
だから、あの“私”を貰ってくれた。欲しがって、くれた』
詠うように見舞う。
『ああ、そうか。私は全部を忘れようって、決めたんだ。
あの時。あの“私”を創ってから、ずっとそう思って』
見舞うように謂う。
『死に体で創ったもう一人の私を、
酒蓋のお爺さんで封印して、お嬢様に逆恨みして』
謂うように出でる。
『私が死んでも、お嬢様も殺せるように、って。
なのに、私いつまでも死ななくて』
出でるように汲む。
『お嬢様を恨んでた事も忘れて、あの私を作ったことも忘れて。
全部、全部を忘れて、お酒だけ創って毎日、毎日』
汲むように果てる。
『その事に何にも疑問も持たずに。
生きている事に疑問も持たずに』
果てるように―――着く。
『着いたこの星が、こんなじゃなければ。
ずっとずっと、本当に全部を忘れてしまっていたかも』
その先は、青く光る星。
名も知らぬ、知らない人たちの世界。
だけど、その輝きは、彼女の忘却に歯止めを欠けるのに充分で。
『何も知らなければ、何も忘れなくて済むと思っても』
彼女は、その青い大地に、ひっそりとただ一人で暮らし。
『忘れていたものを追いかけるのも、たまにはいいな』
今もまだ、酒を創りつづけている。
いつまでも、世が終わるまで。
どこまでも、人の行く道を追って。
『うん。たまには』
道を誤った人々を追って、
全てを忘れながら、
全てを思い出していく。
その生き方は、華胥に生きる亡霊と、
異なるながらも、とても似て見える。
もしかしたら、彼女も無意識のうちに。
彼女の大好きな人を真似していたのかもしれない。
* * *
“桜華”は無い首を傾げ、ちょっと不思議に思っていた。
局に登録してある個体用行動メモリベースの、太陽系第三基準歴のこの周期、この日に、
何故だかはわからないのだが、データの空白が存在している。
おかしい、自分は毎日休み無くタスクをこなしているし、
己の記憶野の無限螺旋テンポラリベースにはその日の活動が綿密に記されているのに。
時たま仕事を離れて、並んで見えた星々の配置が美しい、
と思えた瞬間を静止画データとして保存しファイリングする趣味はあるが、
業務を丸一日すっぽかすなんて不手際を行った覚えはなかった。
『うーん・・・疲れてんのかな、どーも』
妙に人間くさい思考で悩みをさて置き、
再び彼は観測データ採取業務の続きに取り掛かった。
『次の仕事、第七環状コロニー群の哨戒にしよう。
テラなんてしみったれた星の近くにいたら、気が詰まってしょうがない』
なんて思いながら。
***
人類の心はとっくの昔に、地球から遠く離れた所へ旅立っていたのだ。
「住めば都」の心を捻じ曲げて覚えた彼らは、
まだ見ぬ辺境、最果ての真空に夢を掲げ、ありもしない都を探し続けて幾星霜。
新たな夢を見るには旧き夢を捨てすぎた。
月人を、銀の小人を、火の星の民を、それこそありもしない幻想と打ち捨て、
自ずから盲いることを望んでいるのにも気付かないまま、
その遥かな深淵に昔見ていたロマンを子供騙しの虚偽と決め付けた。
彼らにとっての永遠の都を見つけること、それはまさに永遠に成し得ない幻想なのだ。
彼らの求めた楽土は、その捨て去った幻想にあったのだから。
***
そして、どれだけの時を経た後であっても、
「幽々子様、ほら、あれ!」
「んー? どうかしたの?流れ星?」
「逆ですって、逆」
人々の母なる星地球、そこには確かに、夢の結界に覆われた幻想の楽園が、
「ほら早く、あ・・・もう見えなくなっちゃいました」
「ああ、彼女?ほんと、速いわね」
「って、幽々子様、見てなかったじゃないですか」
「それより妖夢、もっと面白いものが沢山見えるわ」
「え、星しか見えませんけど・・・変わった星とか?」
本当に、真実永遠だけをウリにしながら、毎日を楽しく生きる彼女達のために存在し続けるのだ。
「いいえ、この星全部よ。星座も知らないの、妖夢?」
「また、そういうことを仰る・・・」
「冗談は置いといて、本当にわからない?」
「ええと・・・すみません、何か変な所あるんですか?」
遠く離れてしまった幻想は、手の届く妄想よりも儚く、
「あるわよ、この星全部」
「最近、真剣に怒るって素敵な事かなって思い始めたんですけど」
「冗句じゃないわ。でも、妖夢には判らないかもね」
「え」
「ここから見える星には、愚か者しかいないわ」
最早遥かな妄想にも届かなくなった彼らの手が彼らのための都を掴む事は、
「幽々子様?」
「夢見る事を忘れ、虚ろな境界にのみ生の価値を求める徒。
愚か者よ、あの星の人々はみんなそう」
「・・・」
「まあ、私がこんな事言っても説得力無いけど」
「ゆゆこ、さま」
未来永劫、絶対に叶わぬユメと成り果てた。
「私もね、妖夢。ずっと昔、遥かな昔日を夢見る力を失った亡霊なの。
だから、此間見た夢の一つ一つは、久し振りの昔だったわ」
彼女が見た昔日のように。
彼らを種の童心に帰らせる救世の夢の民が現れるだろうか?
「ああ、本当に楽しかった」
時に二十四世紀半ば。その問いへの回答者はまだ、現れない。
星を越え宙を駆けた彼らを遥かに超越し、
忘却者の中でたった一人、昔日への解答を得た彼女は。
「さて、妖夢。後片付け、お願いね」
さも満足げに、そう言って瞼を閉じるのだ。
* * *
彼女の見る夢にはきっと、彼女の大好きな人たちがみんないる。
死に別れた家族も、消えた老剣士も、絢爛たる千年桜花も、
星界に跳んだ酒師も、儚く憎らしい純白も、矍鑠たる酒蓋も、
永遠の紅白も、恋星の魔女も、瀟洒な従者も―――亜麻色の髪の、見知らぬ少女も。
みんなみんな、肩を並べて笑っているだろう。
その夢こそが華胥。
行ったり来たり、此方も彼方も、
彼女の周りにはいつだって宴がある。
其々が其々に楽しい。其々で其々を想う。
だから。
春が来て、
夏を過ぎ、
秋を越え、
冬が去って、
春が来る。
四季は絶えず巡るけれど、
宴を開けない季節など無いのだから。
毎日が宴会でも、いいじゃない。
そうして、西行寺幽々子は今宵の床に就き。
華胥の亡霊は、遥かな昔日を夢見る―――。
― 華胥の亡霊は遥けき昔日を夢見るか? 了 ―
good bye dream good bye people
正直終わってしまうのも悲しいのですけど、始まるから終わる。終わらないものは始まることも出来ない。長き過程を結論を称すのは容易い事ではないですが、これからも終わらぬ過程を夢見て今後の作品に期待しています。
(本音。)幽々子様カッコイイですwカリスマが無いといわれていますが、妖々夢で何度も死蝶を受けた身としては十分怖いと思いますw是非これからも頑張って欲しいです。
最初から最後まで、心地よいノリで読ませて頂きました。
幽々子さんの描写とか、本当にらしい感じで上手いと思いました。
独自解釈を上手く生かした演出も読んでてすっぽりと入ってくる感じで。
なんだか悲しい気持ちになる締めでしたけど、それもまた良しって感じですね。
独特の雰囲気がある素晴らしい文章に心をすっかり奪われてしまいました。
これほどの作品に出会えたことに運命さえ感じています。
いくつも心に残る言葉があって、どれも大切に胸にしまっています。
本当に、完結おめでとうございます。
語り調でも散文でも、はたまた別の形を取るものであっても。
あなたの作品をいつも楽しみにしております。
これからも影ながら応援させてください。
最初から最後まで読み通し、改めて文章のすごさに驚き、すっかり虜に。
特にEとFを読むたびに、しんみりと、そして胸が締め付けられる想いがしました。
次回作も(勝手に)期待して待っています。
ただただ絶句です。
読み終わってしまうのが寂しい位、読んでいて楽しかったです。
ええと、完結お疲れ様です。
独白シリーズもそうですが、
氏のSSには作品への愛と文学性が詰まっている、と私は感じます。
私も東方(幻想郷)の世界観に関しては氏と同意見です。
漠然であるが故の万能性(万能・・・はちょっと適切ではない気もしますが)。
それを活かしきる氏の手腕。
その両方が合わさって、これだけのSSが出来たのだと思うんです。
今後も期待してます。頑張って下さい。
構成、文章力、テンポ、キャラのたて方といい完成度のとても高い作品だと思います。特に氏の表現力に到っては、本当に頭の下がる思いです。
幻想郷という夢の中、氏の世界で見せてもらった夢は美しかった。
夢は覚めるけど、無くなることはない。夢見る誰かがいる限り、それはそれとして存在する。だから、自分達は夢を見続ける、この幻想郷と言う儚い夢がなくならないように。自分達の好きな人が、なくならないように。
久々に心が震えました。お見事です。
私自身が長編を書こうとすると、文章の複雑骨折を起す性質なので尚更。
一本、透明で確かな筋が入っているような、しっかりとした印象を、どの話からも受けました。
大人なようでいて子どもな、桜と弾幕を絢爛とちりばめた幽々子様、まさに眼福でした!
幻想的魅力溢るる花咲かす酒蓋、純白の徒花、そして酒造仙。
小気味良い語り口、桜花と妖蝶の弾幕、昔日に過ぎ去りし思ひ出。
それら独自の幻想郷観を余すところなく伝え得る筆力。
…………堪能させていただきました。
やっとテンションとか時間とか天啓とかお酒とかその他諸々が合致して、一気に読む決心がつきました。
ああ、読めて良かった――
何が良い、何処が良いと語るのも野暮なくらい、この『世界』に魅せられました。
また次なる『世界』を魅せてくれることを期待しつつ、心地よい眠りにつきたいと思います。
昔日ではなく、今この手の中にある確かなものを抱きつつ。
では。