始まった戦いと、未だに双方向き合う、寸前で止まった戦い。
その両方を、上空から二人の女性が眺めていた。
片や、扇を口元にあて、楽しそうにその戦いを眺め
片や、その女性と眼下の戦いを交互に見比べ、深いため息をついて
しばらくの間、何を言うわけでもなく、ただ、じっと、眼下の戦いを眺めていたが――やがて、見比べていた女性が、ため息混じりに呟いた。
「・・・・・・高みの見物、というのは、どうも性に合わないのですが」
その言葉に、楽しそうに眺めていた女性は、微笑んだまま向き直る。
「なら、参加してみたらどう?弾幕勝負ではなく、最も原始的な、けれどあの四人にとっては、何よりも純粋で、何よりも変えがたい真剣勝負に」
「謹んで遠慮します。・・・・・・弾幕勝負ならともかく、私では数秒と持ちませんよ」
「そうね、私でも多分そうなるわ」
あっさりと同意され、女性は更に深いため息をつく。が、そこで何か思いついたのか、首をかしげながら聞いた。
「・・・・・・しかし何故ですか?」
「何故、とは?」
「もうすぐ冬眠の時期。それに備えて色々と準備をするはずです・・・・・・何故このようなことに協力をしたのですか?」
「勿論、面白そうだからよ」
「本当に、それだけですか、紫様?」
女性――八雲藍の、真剣な眼差しで問われて、八雲紫は扇を広げ、艶然と微笑んだ。
「・・・・・・時折、あなたはとても鋭くなるわね」
「となると、やはり?」
「面白そうだと思ったことは本当よ。けれど・・・・・・」
呟き、改めて眼下で繰り広げられている戦いに目をやる。
紅美鈴と、金陰の戦いを。そして未だに、双方向かい合う形で動かない妖夢と、よく似た女性を。
その眼差しが、どこか、焦点があっていないようにも――懐かしさが宿っているようにも見えて
「紫様?」
不審に思った藍が問いかけるが、紫はそれに対して返答しなかった。
ただただ、眼下の戦いをじっと眺めて、
隣にいる藍でさえも、集中しなければ聞こえないほど小さな声で、ポツリと呟いた。
「四緑火陽」
「七赤金陰」
そして、一陣の風が吹き、
「――――」
最後の名前は、風の音にかき消された。
それでも尚、紫は紡ぐように、語りかけるように囁く。
「今宵限りの幻闘を、存分に楽しみなさい・・・・・・あの時と同じように、私は見届けてあげるわ」
――死ぬことが分かっていて、尚立ち向かっていった時のように。
/広有射怪鳥事
金陰と相対し、何度か攻撃を仕掛けた美鈴だが、未だに決定打どころか攻撃を当てることができず、攻めあぐねていた。
攻めようと近づこうとした途端、金陰はどこに隠してあったのか、無数の苦無を飛ばしてきたのだ。
それは、毎日見ている人物のスペルに良く似た、けれどある部分が決定的に違う苦無の弾幕。
金陰の正面五方向に、ほぼ直線に放たれる苦無。それだけなら、隙間に入り込めば簡単にかわせる程単純なのだが、その後が問題だったのだ。
その隙間に入り込めば最後、美鈴の急所目掛けて、唐突に――本当に唐突に、数本の苦無が群れの中から現れるのだ。
隙間に入り込むたびにその応酬をくらい、避けられるものは避け、できないものは弾き飛ばすか、同じく苦無で返す。
だがそのせいで足が止まり、その間に距離を離される。
それが何度も続き、美鈴は苛立っていた。
「ああもう、まったく!」
自身も苦無を投げて牽制しつつも、わずかな隙を見逃さない、とばかりに金陰を睨みつける美鈴。だが、相手は感情の読み取れない瞳を美鈴に向けるだけである。
息を吐き、再び近づこうと腰を落としかけて、
「・・・・・・?」
そこでふと、美鈴は動きを止めた。
同時に、苦無を投げようとした金陰の動きも、止まる。
美鈴と金陰の距離は、約十メートル程。それを、金陰は先ほどからずっと守り続けている。
そこまで考えて、美鈴は違和感を覚えた。
つかず離れずの距離。弾幕勝負をするにも、真剣勝負をするにも、適さない距離を保ち続ける。
――何のために?
時間稼ぎ、と言ってしまえばそれまでだ。金陰が言ったように、主が妖夢を目的としているのならば、二人が出会い、戦うのを邪魔させたくはない、ということなのだろう。
そう考えれば、距離を保ち続ける理由も、すんなり納得できる――筈、だった。
だが、美鈴の精神のどこかが「それだけではない」と告げている。
距離を一定に保つ金陰。そして美鈴の左右と、斜め左右後方に刺さった合計四本の苦無。そして、そこから発せられる、微弱な気の流れ。
――四本の、苦無?
それに気付き、美鈴は僅かに眉をしかめた。
もしこの時、美鈴に陰陽道の知識が少しでもあれば、意図はともかく、その配置に気付いたはずだ。
それは、美鈴の真正面にもう一本打ち込めば、陰陽道の五芒星となることに。
そして金陰はというと、その手に一本の苦無を持ち、投げる構えを見せていて
「っ!」
知識はなくとも、直感で気付いたのだろう。美鈴はそれを迎撃するために動こうとした。
ほとんど攻撃位置が分かる、一本の苦無を迎撃するだけである。それだけならば、美鈴には簡単なことだった。
そう。それだけならば。
踏み込んだ直後、美鈴も真正面を、上から下へ、何かがよぎった。
思わず下へと目を向けた美鈴が目にしたものは、地面に突き刺さった一本の苦無。
「はい?」
間抜けな声をあげた、瞬間――五芒星が光を帯びて浮かび上がり、一瞬遅れて、そこから無数の巨大な刃が突き出された。
回避する時間は、ない。
「――――――っ!」
美鈴は動かず、突き出された無数の刃に飲み込まれ、あっと言う間に姿が見えなくなった。
だが、五芒星は光を強めると共に、刃の数を更に増し、周囲の木々をも巻き込み始めた。
「・・・・・・やりすぎたか」
未だに周囲を破壊し続ける刃の山を眺めながら、結局投げなかった苦無を懐にしまいつつ、ポツリと呟く。
美鈴の正面を通過した苦無がどこから来たのか。それは、今まで放っていた苦無の中に、一本だけ、軌道を変えて上空に浮かぶよう設定した苦無を紛れ込ませていたのだ。
そして金陰は、五行では金を示し、その名の通り、彼女は金属を操る程度の力を持つ。そして、陰陽道で『土生金』があるように、土は金属を埋蔵している。彼女はそれを操り、攻撃を仕掛けたのだ。
とはいえ、その能力にも制限がある。原則的に、自分が触れているものしか操れない。離れている物、姿が見えない物に関しては、媒介を使わなければならないし、しかもそれで完全に操れるわけではない。
五芒星を描いたのは『地面に埋蔵されている金属を集めるため』という目的の他に『それを媒介として金属を操る』という目的もあった。そして集めた金属を刃として生み出し、突き出したのだ。
最も、本人も、ここまでやるつもりはなかったようだが。
「・・・・・・終わった、か」
目を閉じて息を吐く。
あの刃の山に飲まれ、生きていられる者などいない。生きていれば、それこそ人や妖といった次元を超えている。アレはそういうものなのだから。
そう結論づけ、踵を返しかけて、
「――破っ」
声が響くと同時に、刃の山が粉々に砕け散った。
「なっ」
驚き、動きが止まる金陰を尻目に、その山から現れたのは――
「もう、終わりですか」
服の所々が切り裂かれているものの、体自体にはかすり傷程度しか負っていない、美鈴の姿だった。
絶句し、完全に動きの止まっている金陰に、美鈴は獣のような笑みを浮かべた。
刃が突き出されたのを見て、回避する時間がないと悟った美鈴は、全身に気を張り巡らせた。
気とは、相手に打撃を与えるものもあれば、自身の体を巡らせ、その身体能力を向上させるものもある。そして後者の中には、全身の筋肉を金属のように硬くする能力も含まれている。
その例としては、少林寺拳法を見れば分かる。鋭い槍で喉を突いたり煉瓦を頭で割ったりする行為は、単に体を鍛えるだけではできない。気をその部分に集中させ、意図的に体を硬質化させているのだ。
集中して気を維持し続けなければならない性質上、使い手の精神状態さえ不安定にさせれば、ほとんど一般の人間と変わらぬ強度にまで落ち込む。だが、美鈴の能力は『気を使う』ものである。それはつまり、相手が放つ力でさえも、そこに『気』が関係していれば、それを操ることができる、ということであり、更に言えば、五行は五気とも呼ばれる。
即ち、金陰が使った力も『気』の一種であり、それを美鈴は逆に利用、自身の体を硬質化させたのだ。
だが、一口に「気の流れを読み、それを自身に取り込む」と言っても、そうするだけでは、己の気と反発しあい、生かせないどころか逆効果となる。その問題点を、美鈴は、己が持つ気の中で一番性質の近い部分に取り込ませることで解決した。
似た性質は助け合い、互いに増長する。五行で例えれば、水気は木を育み、その木は摩擦により火気を生む。火は燃焼することによって灰を生み土となり、その土には金属が埋蔵されている。そして金属は表面に水気を生み、その水気は――という具合に、延々と続く。
そこでもし――例えば、美鈴が金の力を増長させればどうなるか。
金気を高めれば、自ずと水気も高まる。後はほぼ自動的に全ての気が増長し合い、結果、美鈴の持つ気が、日常とは比べ物にならない程にまで高まったのだ。
昨日まではできなかった美鈴が、この土壇場でその活路を見出した。
だが、それを知らない金陰は、あまりに常軌を逸した光景に狼狽した。
「馬鹿な、あの刃の山に飲まれて、生きている、だと・・・・・・っ!?」
「言っておきますが」
美鈴は、右手首を軽く振りながら――恐らくその手でこの山を砕いたのだろう――言った。
「この程度の攻撃、咲夜さんのお仕置きに比べれば、大したことありませんよ」
特に三日前のあれは地獄だったなぁ、と遠い目でしみじみと語る美鈴。不完全だったとはいえ、気を利用して体を硬質化させてもそれを上回る拷問なのだから、確かに地獄なのだろう
その言葉に金陰は絶句していたが、すぐさま立ち直ると、再び苦無を構え、今度は直接、美鈴を狙って投げた。
「甘いですね」
それを、右手で弾く。
直後、その影からもう一本の苦無が現れる。だが、美鈴は体をわずかにひねることで難なく回避。
その僅かな時間の間に、金陰は警戒したのか、更に距離をとっていた。
その距離、実に三十メートル程。届く届かないの問題ではなく、接近戦に持ち込むのはほぼ不可能な距離。
それを目にして、しかし美鈴は微かに笑う。
「丁度いい機会ですし」
右半身を僅かに引き、浅く腰を落とす。
「今ならできそうな気がしますし・・・・・・試させてもらいますね」
そしてそのままの姿勢で、深い呼吸を繰り返す。
その様子を見て、金陰は戸惑った。
「・・・・・・まさか、な」
「行きます」
金陰が呟くのとほぼ同時に、美鈴が腰を落とし、駆け出す姿勢をとって
――何度も地面が爆発する音と、木々がなぎ倒される音が、ほぼ同時に響いた。
金陰は、全身に――特に鳩尾に走る激痛によって、自身が何をされたのか悟った。
悟ったが、信じられなかった。
「馬鹿な・・・・・・っ!」
驚愕に彩られた言葉は、しかし苦痛によって遮られる。
美鈴が行ったこと。三十メートルの距離を刹那の間に消失させているというのに、やったことは、ただ単に走って殴った。それだけである。
日常の行為。それを極限にまで高めた走行法。――『縮地』
本来は、仙術によって土地を縮め、距離を近くする法であるが、美鈴は自身の気の高まりを、一時的に足に集中、それを利用して極限まで力を蓄え、一気に爆発させて走る方法へと変えた。
地面が何度も爆発したのは、美鈴が走った跡である。その加速をそのまま拳に乗せ、金陰の鳩尾を殴り――恐ろしいことに、放射線すら描かずに殴り飛ばされたのだ。木々が倒れる音は、殴り飛ばされ、その勢いのままに幹に激突、それをへし折ったものである。
一際大きな木に激突してようやく止まった金陰は、それを理解できているのに、どこかで受け付けない。
「貴様、本当に、人間か・・・・・・っ!」
「何を言ってるんですか」
その呟きに、地面が爆ぜる音と共に目の前に現れた美鈴が、答える。
「私は、妖怪ですよ」
そして勢いをそのままに、踵回し蹴り。
それは、人間の体では成しえぬ光景を生み出した。辛うじて頭を低くした金陰の頭上を、美鈴の足が掠め――木の幹が、鋭い刃で斬られたかのような断面で、滑り落ちた。
絶句する金陰に、美鈴は普段の調子からは考えられない、徹底的に感情を排した声で問う。
「私の、勝ち・・・・・・ですね?」
金陰は、認めるしかなかった。
少し時間を遡り、西行妖周辺。
妖夢は刀を手に油断なく構えているのに対し、女性は、柄に手をかけることもなく、ただ悠然と立っていた。
それが余裕にも見えて、緊迫した面持ちの中、妖夢は微かな苛立ちを覚えていた。
「あなたは、誰ですか?」
その苛立ちを隠し、慎重に問いかける妖夢に、女性は微かに笑って答えた。
「名前を聞いているのなら、まあ、どう呼んでくれてもいいわ。今の私に、かつてあった名前は意味を成さない。この場では特に」
「?」
「正体を聞いているのなら、残念だけど、教えるわけにはいかないわね。ただ、魂魄妖忌を知る者、とだけ言っておくわ」
「祖父を、知っているんですか?」
「ええ」
祖父の名前を出され、思わず目を白黒させた妖夢に、女性は頷いた。
「剣客でありながら西行寺家の庭仕事を任され、けれどそれを完璧にこなす。呆れるくらい頑固で、忠義に厚く、決して信頼を裏切らない」
「・・・・・・」
「剣の道に関しては、自分にも他人にも厳しい性格だったわね。どんな時でも自分の信念を貫き、引くことを知らない」
「詳しいですね」
「ええ。しばらく会っていないけれど、元気に・・・・・・していたら、あなたがその刀を持っているわけはないわね。死んだの?」
「・・・・・・いえ、随分昔に、突然いなくなりました」
「そう」
眉を寄せてため息をつく女性に、妖夢は微かな違和感を覚え――だが、すぐにはっ、となり、目を鋭く細めた。
思いがけない人物の名前を聞いて緊張が解けたが、自分が何をしにここへ来たのかを思い出したのだ。
目の前の相手は、幽々子を連れ出した賊の一人であることは、ほぼ間違いない。恐らくこの女性がそのリーダー格であると、妖夢は感じていた。
「・・・・・・幽々子様を攫った理由を、教えてもらいます」
「ああ、簡単なことよ。あなたに用事があった、ただそれだけ。無礼を働いたことはお詫びするわ」
あっさりと語って頭を下げられ、妖夢の頭の中は混乱した。
混乱を収めようと、しきりに頭を振る妖夢を見て、女性は可笑しそうに笑う。
その笑みに、妖夢はムッ、ときた。
「何故、私と?」
「それも、簡単なこと」
微笑みながら答える女性。
だが妖夢は、その微笑みに違和感を覚えた。
微笑みの表情。だが、そこに微かな――
「魂魄妖夢」
名前を呼ばれた直後、その違和感が、如実に現れた。
叩きつけるようでもなく、突きつけるわけでもなく。静かに、静かに。周囲に浸透するかのように、じわりと広がる気配。
その気配に押されたのか。風もないのに、桜の枝がざわり、と揺れる。
冥界の空気をも侵食し、恐れおののくそれは――
――後ろから首元に刃を当てられているかのような、殺気。
「妖忌の孫であるあなたが、どれほどの腕前か――見せてもらうわよ」
女性は、柄に手をかけていない。にも関わらず、刃を向けられているかのような錯覚に陥り、妖夢は無意識のうちに後ろへ下がりかけた。
それを、歯を食いしばって耐え、気丈にも言い返す。
「言われなくても・・・・・・幽々子様に狼藉を働いた罪、償わせてあげます・・・・・・!」
「そう、そうこなくちゃね」
二人は、ほとんど同時に、半身である幽霊に目で合図をした。「離れていろ」ということだ。
逆らわず、幽霊は離れていく。真剣勝負で、武器も身を守る術もほとんどもたない幽霊がまともに戦えるはずがなく、むしろ足手まといになりかねないのだ。
十分に離れたのを確認し、妖夢は、深く息を吐いて、楼観剣の切っ先を女性に向けて
女性は、柄に手を添えて、本当に楽しそうに笑って
そして、遠くで木々が倒れる音がするのと、ほぼ同時に
「この楼観剣に斬れぬものなど、ほとんどない!!」
「あなたの太刀が通じるかどうか、試してみなさい!!」
二人は、ほぼ同時に駆けた。
ほぼ四足程で間合いに届く距離を、しかし先手を打つべく、妖夢は最も得意とする技を繰り出した。
「獄界剣『二百由旬の一閃』!」
踏み込み、一拍の間を置いて空を駆ける。
音とほぼ同速で駆けるこの技に反応できたものは、今まで数える程でしかいない。妖夢は一気に決着をつけようとした。
だが、女性は鞘から刀身を僅かに出し、踏み込んで、
「獄界剣『二百由旬の一閃』」
「なっ!?」
一拍の間を置いて地を蹴り、まったく同じ技を繰り出してきた。
驚き、ほんの一瞬だけ、刀を振る動きが止まった妖夢目掛けて、女性は容赦なくその白刃を振るい
鮮血が、空を舞う。
「っ!」
咄嗟に体をひねったおかげで深い傷は避けられたが、それでも二の腕に裂傷を負う。
だが今の妖夢は、女性が同じ技を使ってきたことのほうに驚いていた。
太刀筋も、初動も、踏み込みから空を駆けるタイミングも、すべてが同じだったのだ。
「何故・・・・・・」
「考えれば簡単なことよ。魂魄妖忌の名前がでてきたことで気付かなかった?」
女性は、口元だけで微かに笑みの形を作って、言葉を続けた。
「私も、魂魄妖忌を師として剣を学んでいたのよ。太刀筋が同じで当然」
「なっ!?」
「驚くことができる、その余裕が、はたしてこれからいつまで続くかしらね?」
大太刀の切っ先を妖夢に向け、不敵な笑みを浮かべる女性。
だが、妖夢とて負けてはいない。深く息を吐き、射抜くような瞳で両刀を構えなおす。
「太刀筋が同じならば、返し方も、避ける方法も分かります」
「そうね。けれど、それはあなたも同じ。あなたが繰り出した技のすべてを、私は返せるし、避けられる」
「・・・・・・」
「その先にあるのは、私とあなた、どちらがより純然な太刀を振るえるかどうか。迷いを抱えたままでは、私には届かないわよ?」
「――っ!?」
己の心のうちを見透かされ、妖夢は絶句した。
それを見て、女性は呆れの表情を浮かべてため息。
「分からないとでも思った?」
「・・・・・・」
「あなたの太刀を見ればすぐ分かったわ。・・・・・・何に迷っているかは知らないけど、その程度の心構えで私に勝とうなんて――笑止!」
踏み込みと共に太刀を振るい――妖夢の真横を、何かが通り過ぎた。
その何かは、妖夢の頬を浅く切り、ずっと後ろにあった木に斜めの断面を浮かび上がらせ
「・・・・・・これを、あなたはかわせた?」
木が地面に倒れる重々しい音と、妖夢が頬を切られた、ということに気付いたのは、ほとんど同時だった。
妖夢がその攻撃をかわせたのは、偶然ではない。相手がわざと外してくれたからにすぎないのだ。もし、女性が狙って攻撃していたのならば、妖夢は致命傷を負っていただろう。
動けなかった妖夢に、女性は感情を徹底的に排した表情と、氷のような声で言う。
「迷いを断てない半人前が、図に乗るな」
だがその言葉に、妖夢は毅然と言い返した。
「迷いを持つというのなら――断つまでです」
「あら、どうやって?」
「こうやって」
言うが早いか、妖夢は白楼剣を逆手に持ち
――肉を切る音が、響いた。
目の前で繰り広げられた光景に、女性は目を白黒させた。
「・・・・・・あなたも、随分無茶をするわね」
呆れ半分、感嘆半分で呟く女性に、妖夢は額に汗を浮かべながら、無理やり笑うことで答えた。
服の左腰あたりを染める、赤い染み。それが、妖夢の行動を示している。
妖夢は、人間の迷いを断つ白楼剣で、自らを突き刺したのだ。本来ならば俗世に未練を持つ者に対して振るうその刃を、自身に向けたのである。
自身でつけたせいか、それは致命傷とは言わないが、決して浅くはない。時間が経てば経つ程血が流れ、それが妖夢にとって不利になるだろう。
だがその行為は、劇的な効果を生んだ。
痛みのためか、剣の持つ力のためか。いずれにせよ、妖夢の目の中から、迷いが消える。
そこにいるのは、一人の少女ではない。
生と死の狭間に身をおく者。殺す覚悟も、殺される覚悟をも持つ、古の時代の侍。
その目を見て、女性は笑う。
「一時的なものかどうかは判断しづらいけれど・・・・・・いい目ね・・・・・・なら、私も答えなくちゃいけないわね」
大太刀を正眼に、小太刀を真一文字に構える。
妖夢は楼観剣を正眼に、白楼剣を脇構えとする。
「次の太刀で決めにいくわよ。・・・・・・異存は?」
「望むところです」
「そう。なら、お互いが持つ最高の技で」
言うなり、二人は構えたまま、微塵も動かなくなる。
僅かな隙も見逃さないよう、緊張感は極限にまで高まる。
数秒が、数分にも感じられる程の時間が流れて――
「妖夢ちゃん!」
美鈴の声が響くのと、女性が踏み込んだのは、同時だった。
「人符『現世斬』!」
七つの太刀筋が、空を走る。
空間をも断ち斬るその技を前に、対する妖夢は、目を閉じていた。
目を閉じた上で、妖夢は自分自身に言い聞かせる。
――余計な感覚は、排除しろ。
自分に命じる。
――何も考えるな。
無の境地へと。
――ただ純粋に、生きる意志を示せ。
それこそが、あらゆる剣術の源流。
――生きて、己の信念を、示せ――!!
相手を殺すためではなく、相手を生かすためでもなく。ただ己が生きるために――
「――――――――――――――っ!!!!」
目を開くと同時に、獣の咆哮のごとき叫び声を上げて踏み込み
どちらのものとも言えぬ白刃が、冥界の空に煌いた。