「・・・どうして助けに来たの」
上空の風は涼しかった。涼しいと感じたのは箒に乗っているとは言え、久々に空を飛んで
いるからかもしれない。アリスは落ちないように後ろから魔理沙の服を握り締めていた。
前に居る魔理沙の顔を見なくて良い分、なんとなく話しやすかった。
「別に助けに来たわけじゃない。ただ、泥だらけで家を訪ねてきて」
魔理沙はごそごそと、エプロンのポケットに左手を突っ込む。そこから出てきたのは、ア
リスがパチュリーから借りた例の本だった。
「色んなことわめくだけわめいて、この本忘れて帰るなんて」
「・・・」
「普通じゃないと思うぜ」
箒の下には今まで必死に走っていた森が見えた。
「今の感じじゃ、箒から落ちたら死ぬかもな」
魔理沙は笑って言う。でも多分それは本当のことだ。そう思うと、自然に魔理沙の服を掴
む指に力が入った。魔理沙はそれを感じたのか、少し箒の速度を下げた。
思えば魔理沙の家に向かったのは今回のことを相談するためだった。そのためにプライ
ドも捨て、例の本まで持参した。しかし魔理沙は自分の研究に忙しいからと言って、アリ
スの言うことも聞かずに家に帰れと言ったのだった。その態度に腹が立ったアリスは、か
っとなって魔理沙にあたってしまった。続いて口論となり、嫌気が差したアリスは勢いに
任せて魔理沙の家を飛び出したのだった。
「何か用事があったんだろ?それも何か緊急の」
首を曲げ、横目で後ろのアリスを確認しながら魔理沙は尋ねた。アリスはそれに向かって
つぶやく様に言った。
「そう思うなら、最初からそう聞いてくれれば良かったじゃない」
魔理沙は何か決まりが悪そうな様子で答える。
「だって来るなりもじもじして何も言わないし、尋ねても何か言いづらそうにしているだ
けだし。その時はお前が何をいいたいのか分からなかったんだ」
魔理沙の言う通りだった。自分の家を出る前はちゃんと覚悟を決めて行ったのに、自分
が情けない状況にいるということが知られると思うと、やっぱりアリスは話せなくなって
しまうのだった。
だけど今なら話せた。先程までの事で疲れているというのに、心はやけに穏やかで静か
だった。アリスはゆっくりと口を開く。
「ねえ、さっきから分かってるんでしょう」
「ん、私の方が痩せてるってことか?」
いつものようにおどける魔理沙の返事を聞いて、アリスは少し面白いと感じてしまった。
今までに無いことだったかもしれない。
「私が、魔法を使えないことよ」
アリスは微笑みながら言った。けれど魔理沙からすぐに返答は返ってこなかった。そして
しばらく沈黙が続いた後、前の方からぼそっと聞こえた。
「何時からだ」
「大体2週間程前かしらね」
アリスは素直に答える。それに驚いたように魔理沙は言った。
「よく妖怪達に気づかれなかったな」
「あなたのところへ向かう途中気づかれたわ。もしかすると家にもきてるかもね」
ありえない話ではなかった。嗅覚の鋭い連中なら、アリスの匂いをたどって家を特定する
ことは容易だろう。
「クレアは大丈夫なのか?あいつは外見が似てるからな」
「大丈夫、まだ魔法は使えるはずよ」
アリスの言葉の響きに疑問を覚えたのか魔理沙が聞いてきた。
「まだ、というと?」
「そうね、近いうち、あの子も私みたいになるわ」
魔理沙はしばらく黙っていたが、やがて前方を向いたまま言った。
「・・・とりあえず分かり易く説明を頼むぜ」
その言葉を聞き、アリスはしばらくして重い口を開いた。
「―――あの子の体は成長してるの」
「この本を見て作ったんだろ?当たり前じゃないか」
魔理沙は再びポケットの中に入れた本を軽く叩いた。
「でもあの子が何か口にするのを見たことがあるかしら?」
その問いかけに魔理沙は、少し考えたような間を置いて答えた。
「要するに、あいつの成長は全部お前の魔力か」
アリスは答えなかったが、その沈黙が肯定を表していた。
魔力を例えるなら、浴槽に溜まっている湯みたいなものだ。浴槽の限界を超えて湯をた
めることは出来ない。同じように魔力も自分の限界を超えて扱うことは出来ない。そして
人が入ったりすると湯は溢れるように、魔力も使った分だけ減る。だがどちらも減り続け
るわけではない。湯が少なくなると足していくように、減った魔力も時間とともに回復し
ていくのだ。
だがもしも浴槽の栓を抜いたら湯はどうなるだろうか。結果は目に見えている。湯は注
ぎ足される量よりも多く流れてゆくだろう。
今がそのような状態だった。アリスに貯えられるはずの魔力はクレアに流れる。流れた
魔力はクレアに留まり、そして消費されてゆく。魔理沙の言う成長だけでなく、日常生活
に必要なエネルギーも全部流れたアリスの魔力が補っているのだ。魔理沙と遊んでいる時
も、食事を作っている時も、クレアが寝ている時でさえ消費されているのだった。
「でもおかしいぜ。人造ではあるが生命体なんだろ。自分で活動エネルギーとか摂取でき
るようになってるんじゃないのか?」
「確かにその作り方も書かれていたわ。でもね、その時私が作りたかったのは、命じゃな
くて人形だったの。とても性能のいい人形を、ね」
だが作られたとは言え、やはり命は命だった。人形のような擬似人格を持ち、アリスの
意思で行動を制御されるわけではなかった。彼女は彼女の行動原理で考えて行動し、日常
のちょっとしたことにさえ心を動かす。精神も体も時間が経つにつれて成長する。アリス
から見るその姿は、まるで人間だった。
「つまりあいつはその器官を持っていないわけだ。なら話は簡単じゃないか、その部分を
作って取り付ければいい」
「それが簡単に出来れば、あなたに相談しに行くわけがないじゃない」
「何か問題があるのか?」
不思議な顔で魔理沙は尋ねた。
「・・・作成不可能なのよ。それにもう起動させたから、取り付けられないの」
魔理沙はそれを聞くと、魔法で前方に光球を出現させた。小さな光が魔理沙の手元を照ら
しだす。それを見たアリスがページの数字を言うと、魔理沙は左手で器用に本を開いた。
しばらく難しい顔で眺めていたが、やがて諦めに似た雰囲気で本を閉じた。
「なあ、あいつの魔力が切れたらどうなる?」
「活動停止よ、人形と違って再起動のきかない」
「・・・そんなところまで人間に似てるのか」
アリスは何も言えなかった。ただ、認めたくない現実がそこにあった。
「何時、止まるんだ?」
「・・・早くて明日、遅くて三日後よ」
クレアの目の前には、悲惨とも言える庭の風景があった。芝は剥げ、花壇は踏み荒らさ
れ、クレアが手入れしていた時の面影もなかった。さらにいたるところに悪臭を放つ液体
や肉塊が散乱しており、異常な雰囲気を作り出している。魔理沙と遊んでいた綺麗な庭は、
たった数分の間に姿を変えた。その中央に涼しげな顔をして立つクレアは、おおよそ場違
いに見えた。
そして今彼女の前には一匹の妖怪がうずくまっていた。いたるところから血液を流し、
満身創痍という言葉が相応しかった。それとは対照的に、クレアの青いワンピースには返
り血一滴もついていなかった。クレアを恐れてか、逃げれるものなら逃げたいと言った様
子だった。
「何故襲ったのか、教えてくれない?」
クレアは努めて優しく言った。しかし逆効果だったのか、人型のそれはさらにその薄汚れ
た体を震わせる。
「おっ、俺はやめようって言ったんだ。だ、だけどあいつらが、魔法が使えなくなってる
から、今がチャンスだって」
クレアはふとその言葉に不吉なものを感じた。
「誰が?魔法を使えないって?」
「お、お前じゃないのか?」
余り聞きたくない言葉だった。クレアはその言葉を聞いた瞬間、心臓を掴まれる思いが
した。クレアの知っている自分そっくりの人物は、たった一人しか居なかった。
「・・・そう、ありがと。もうあなたに用はないわ」
そう言って右の手のひらをそれに向けてかざした。それに合わせて普段より大きめの白い
魔法陣が展開される。
「ひっ・・・」
その魔法陣を見て、目の前の妖怪は弾かれたように逃げ出した。自分の命がかかっている
せいか、ものすごい速さで森に向かって走ってゆく。クレアは冷静にその姿に標準を合わ
せ、頭の中で逃げてゆく妖怪が消し飛ぶ場面を想像する。出来ればこの根拠のない不安も
消し飛ばしてくれるような、白く力強い光の奔流のようなやつがいい。
だが次の瞬間に見えたのは、森に逃げ込むことに成功した妖怪の姿だった。それは暗い
闇に隠れてすぐに見えなくなった。しばらくクレアは不思議な感覚に囚われた。前方の白
い円はクレアの制御を離れて、勝手に消えた。その様子を眺めて、クレアは右手を下ろし
た。
ひどく混乱する頭で一つ分かったことは、レーザーは出なかった、ということであった。
それから間もなくして、空に飛んでいる魔理沙の姿を見つけた。暗くて最初はよく分か
らなかったが、後ろにはアリスが乗っているようだった。家の上空まで来ると、魔理沙は
高度を落として庭に下りてきた。
二人とも変わり果てた庭の様子に驚いていたが、クレアが無事なのを確認すると安堵の
表情を浮かべた。とりあえず庭の片付けを始めようとするクレアに、今日はもう遅いから
とアリスは言って止めさせた。魔理沙はアリスと何やら小声で喋っていたが、何か思いつ
めた表情で箒に乗ると、用があると言って帰ってしまった。何か祈るような面持ちで飛ん
で帰っていく魔理沙を見送ると、アリスは家に入った。クレアもそれに続いた。
よく見ると、アリスの服は泥や苔のようなものでひどく汚れていた。さらに手足のあち
こちに擦り傷のようなものが見えた。クレアがそれを言うと、早くお風呂にはいらなきゃ
ね、とアリスは慌てて笑って言うのだった。
クレアは直感で気づいた。自分のマスターは楽をする為に魔理沙に送ってもらったので
はないのだ。ただ単純に、空を飛べなくなかったからなのだ。
深夜、クレアは自分のベッドで仰向けになって、天上に向かって指を回していた。くる
くると円を描き、何も起きないことが分かると黙って腕を下ろす。そしてまた何分か経つ
と、前よりもゆっくりと回しては様子をみる。だが目の前には光る円は現れなかった。
ただひたすらにそれを何度も繰り返すクレアを、子犬は黙って見つめていた。それに気
付いたのか、クレアは手を止めて子犬の方に向かって呟いた。
「ねぇ、ぽち。私って結局、マスターの役にたったのかな」
子犬はクレアに向けて、くうんとただ鼻を鳴らすだけであった。
開いた窓から吹き込む風はやけに涼しく感じた。そろそろ、夏も終わろうとしているの
かもしれなかった。
翌朝クレアが起きると、アリスは既に起きてキッチンに立っていた。自分のマスターが
自らキッチンに立つなんて初めてのことだった。
クレアがそれを見て、とんでもないから自分が代わると言ってもアリスは代わろうとし
なかった。いいのよ、久しぶりに料理がしたくなったの、そう言って聞かなかった。クレ
アも自分のマスターの性格を知っており、一度言い出したら聞かないことは分かっていた。
だからというわけではないが、昨日のこともあったしその言葉に甘えさせてもらった。
昼頃には魔理沙がやってきた。余り睡眠していないのか、目の下には隈が見えた。しか
しそんなこと関係ない、と言うように張り切って二人の庭の掃除を手伝うのであった。
アリスもクレアも魔法を使ってさっさと掃除しようとしなかった。ただひたすら箒で干
からびてしまった肉片や、千切れた芝の一部などをかき集めていた。魔理沙もそれに合わ
せて、予備の箒を取り出すと乱雑に動かし始めた。その行為は逆にゴミを散らかしている
ようにも思えた。すぐにアリスが魔理沙に注意すると、魔理沙は面白くないと言った表情
でしぶしぶ手を止めた。だが集められた肉片を見て、これを花壇に埋めたら面白い花が咲
くぜ、などと半分本気の冗談を飛ばしては、アリスの反応を楽しんでいた。またアリスも
半分楽しそうに対応しているように見えた。
魔理沙がテラスで帽子を顔にかぶせて寝始めた頃、ほぼ庭の掃除は終わった。
夜は夜で騒がしかった。十分睡眠欲を満たした魔理沙は、今度は食欲を満たそうとして
お代わりを連発した。
夕食の準備までアリスにされると自分の使い魔としての立場が危ういので、なんとかア
リスに納得させて、結果二人で用意することになったのだった。メニューはシチューから
パスタまで、副食主食お構いないしに作られた。まるでアリスとクレアが競って作ってい
るみたいだった。ただ、魔理沙だけは嬉しそうな顔をしてそれが出来るのを待っているの
だった。
この夜も、クレアはアリスにピアノを教わった。部屋の隅では魔理沙も演奏に耳を傾け
ていた。余り上手に引けないのでクレアは恥ずかしかったが、それでも魔理沙だけは上手
いと言ってくれた。
魔理沙はこのまま家に泊まってゆくみたいだった。もしかするとアリスがそう頼んだの
かも知れなかった。昨日のこともあるし、魔砲を使える魔理沙が一緒に居てくれるのは、
今となってはとても心強かった。しかし、逆に使い魔としてマスターを守れない自分自身
が情けなかった。
深夜、アリスの部屋に三人で寄り添って寝る姿があった。昼間の疲れからか、三人とも
熟睡しているように見えた。
ただ一人、なぜかクレアは途中で目を覚ました。目を覚ました時には、側で寝ていたは
ずのアリスは居なかった。胸騒ぎを覚えて急いで廊下に出ると、キッチンの方に灯りがつ
いているのが見えた。
キッチンに入ると、椅子に座ってうなだれるアリスの姿があった。とりあえず異常は無
いみたいで安心した。誰か入ってきたのに気付いたのか、アリスは顔を上げてクレアの方
を向いた。
「あら、どうしたの?」
アリスは努めて明るい声で言った。なんだか、辛そうな笑顔だった。
「キッチンに灯りが付いていたものでして」
クレアはそう答えると、アリスの傍の椅子に腰を下ろした。
しかし二人の会話はそれっきり止まってしまった。とても話しを切り出し辛い雰囲気だ
った。クレアも聞きたい事は多くあったのだが、それを聞くのはなんだかためらわれた。
聞いてしまったら、後悔しそうな気がしたのも確かだった。
やっぱり部屋に戻って寝ようか、そんなことをクレアが思っていた時だった。
「ごめんなさい」
クレアが思わず耳を疑うような言葉が聞こえた。驚いて隣のアリスを見ると、何かをこら
えている表情だった。そして、次の瞬間にはアリスの双眸から涙が落ちるのが見えた。
「・・・マ、マスター?」
クレアはうろたえることしか出来なかった。いつも気品があって、冷静で優雅なアリスは
そこには居なかった。ただそこに居たのは、何でもかんでも自分で背負い込んでしまった
挙句、寂しさと辛さに泣き出してしまったように見える少女の姿だった。
アリスはクレアに今までのことを全て話した。クレアを作ったきっかけ、中途半端に作
ってしまったこと。魔法が使えなくなったこと、また使えなくなった理由。最後まで解決
策を講じていたこと、魔理沙はそのせいで寝不足だったこと。
クレアの飲み込みが早くてとても嬉しかったこと、魔理沙にいいようにされるクレアを
見て悔しかったこと。自分が持っていないような素直な心に感心したこと、子犬を拾って
きたことを必死に隠そうとする姿が楽しかったこと。
そして、クレアは後三日も生きられないだろうという事。
「ごめんなさい。あなたには本当に悪いことをしたと思ってるわ」
泣いて謝り続けるアリスに、クレアは笑って答えた。
「顔を上げてください、マスター。マスターに泣いてる顔なんて似合いませんよ」
「でも・・・」
猶も赤く目を腫らした顔で謝ろうとするアリスにクレアは言った。
「じゃあなんですか、私を作らなければ良かったとでも言うおつもりですか?大体もしも
完璧に作ろうとしたなら材料不足で作成不可能じゃなかったですか。マスターは全部一人
で責任を背負おうとしすぎなんです」
その言葉で我にかえったようにアリスは顔を上げた。クレアは微笑みながら言葉を続けた。
「それに、私は楽しかったです」
そのたった一言に、アリスは救われた気がした。何か抑えがたい暖かい感覚が、胸に激
しく迫ってくるのが分かった。今度は逆にその感覚で涙が溢れそうだった。
「短い間でしたが、魔理沙さんというライバルも出来ましたしね。それにピアノなんて普
通の使い魔じゃ習いませんよね?とすると私は結構幸運な使い魔だったわけですよ。それ
もマスターがとても知的だったからですし――――」
気が付くと、目の前には折角泣き止んだと思ったのに、また目から涙をこぼすアリスの姿
があった。クレアはなぜか嬉しさと悲しさの入り混じった気持ちで胸が切なくなった。
「・・・こんなに泣き虫だって魔理沙さんに知られたら大変ですね」
クレアは目を擦りながらそう呟いた。アリスの流す涙に影響されたのか、クレアもなんだ
か泣きそうだった。
その翌日、クレアが気だるい体を引っ張ってキッチンまで行くと、前日と同じようにキ
ッチンに立つアリスの姿が見えた。昨夜と同じようにクレアも隣に立って朝食の準備を手
伝い始める。
遅れてきた魔理沙はテーブルに載った料理の数々を見ると、驚いたように言った。
「今日は朝から豪勢だな」
二人は何も言わずに笑った。魔理沙はそれを見て何か感じ取ったようだが、今朝もいつも
通りがつがつと朝食を食べ始めた。
お昼ご飯を済ませると、三人は庭に出た。
家を出るとすぐに、良いものを持ってくるぜ、と言って魔理沙は箒に乗り物凄い勢いで
森の上空を飛んでいった。
いい天気だった。いつの間にかすっかり秋の気配がしており、頭上にある太陽からの日
差しは心地よかった。
クレアは子犬を外に出してやろうと、家のドアを開けた。するとそこには既に子犬が座
っており、ドアが開いた瞬間に駆け出していった。子犬はあっという間に庭を走りぬけ、
森の方へ向かっていった。
二人はそれを見て急いで捕まえようと、同じように走って追いかけた。しかし、子犬の
方が足は速く、今にも森に入って行きそうな所まで逃げていた。それを確認した二人が必
死に追いかけ続けると、子犬は急に足を止めた。これはチャンスだと思い、二人は急いだ。
しかし、二人の足も急に止まった。二人の前には森に向かって嬉しそうに尻尾を振って
吠える子犬の姿が見えた。子犬の吠えるその奥には、二人の身長を合わせた程の背丈をし
た、白銀の毛をまとう青い瞳の狼がこちらを向いていた。
二人は境符で体が強張るのを感じた。だが、その巨大な狼が危害を加えようとしている
わけではないことが分かると安心した。その青い目は何か優しい感じがした。
子犬はやがてその狼の方に向かって走っていった。魔理沙のいう事は本当だったのね、
隣でアリスが呟くのが聞こえた。クレアは子犬がどこか自分の手を離れていってしまうの
だ、ということがなんとなく分かると少し悲しかった。しばらくすると巨大な狼は木々の
間に姿を消した。子犬も、クレアに向かって一声吠えると、奥に向かって走っていってし
まった。
アリスは右手で少し高くなったクレアの頭を優しく撫でた。
「きっと、あれが母親なのよ」
そう言って微笑むアリスはどこか優しかった。クレアは自分が母親じゃだめなのかと少し
思ったが、自分の場合に当てはめて考えると納得した。
アリス以外のマスターなんて考えられなかった。
しばらくして魔理沙が戻ってきた。二人はテラスの日陰で休んでいた。庭に下りて近づ
いてきた魔理沙の手に握られていたのは、小さな長方形の箱だった。
「なによ、トランプじゃない」
「まあ、そう言うな。紅魔館からとってきた年代物だぜ」
それって犯罪、そう思ったがクレアは言わないでおいた。
「いつものことなのよ。昔から泥棒と考古学者は手癖が悪いって言うしね」
魔理沙は二人のついているテーブルに自分も座ると、おもむろに箱を開けて、カードを
配り始めた。
「三人で出来るゲームなんて、たかが知れてるわよ?」
「ふん、そう言うか。するとお前はまだジジ抜きの恐ろしさを知らないと見える」
いつの間にかカードは配り終えられていた。魔理沙は不敵な笑みを浮かべて両手のカード
を眺めている。
「たかが、カードゲームじゃない。結局は頭を使った方が勝つのよ」
どうやらジジ抜きをやることが暗黙の了解で決まっていたようだった。アリスと魔理沙が
同じ数字をペアでテーブルの中央に投げるのを見て、クレアもそれに続く。
「ちょっと、なんであんたのカードがなくなってるのよ!」
アリスが指摘するように、魔理沙の手元には既にカードが無かった。
「言ったろ。ジジ抜きは恐ろしい」
「単なるイカサマって言うのよ!」
クレアはそのやり取りを見て笑った。多分このやり取りは形を変えて何時までも続いてい
くんだろう、そういう確信があった。そしてそれを思うと、なんだか嬉しくなるのだった。
それから何十分か経ち、流石に三人でのトランプに飽きてきた頃だった。
「ほら、早く引きなさいよ」
アリスが片手に持ったトランプを広げて、魔理沙の目の前に突き出す。
「まあ、待て」
こめかみを中指で叩きながら、魔理沙はしばらく考える振りをする。もしかしたら本当に
考えているのかもしれない。
「今日の私の運勢によると、左から二番目がスペードの3だ」
そう言って、魔理沙はアリスから見て右から二番目のカードをつまんだ。言ったとおり、
それはスペードの3だった。
「・・・魔法使ってないでしょうね」
「使ってもいいのか?」
にやにやと笑いながら魔理沙は同じ数字の3のカードを二枚中央に投げた。これで魔理沙
の残りは一枚になった。
「さあ、私の為に引いてくれ」
魔理沙は残り一枚を大げさにクレアの前に突き出した。
だが、何時まで立ってもそのカードは引かれることは無かった。
魔理沙は残ったダイヤの4を中央に投げると、帽子を深く被りなおして呟いた。
「全く。そんなところで寝たら、日射病になるぜ」
やがてクレアの手から一枚カードが落ちた。しかし、彼女はそれを拾おうとはしなかった。
椅子の背にもたれ、眠っているようなクレアの顔は、穏やかに、ただ微笑んでいた。
さらりさらりと流れていくような文の調子に、
童話のような物語性を強く感じました。
冷たくて、暖かい。焦らずに、ただゆっくりと。
この優しさのバランス感覚。ああ、お見事。
結末は何となく最初の時点で予測できましたが、
それでも最後まで読ませる構成力・文章力は高いものがあると思います。
本当に本当に…
最後が微笑みでなんだかうれしいです
あと細かいところで
魔理沙が帽子を深くかぶりなおしたのは涙を見られたくなかったからでしょうか
オリキャラを自作に出すのは、私は嫌いな人間です。
その理由は……私ではどんなに頑張っても魅力的な子にならないから、です。
本当に。本当に一年ぶりくらいに見ました、これだけ魅力的な子を。出だしの時点で『大丈夫かなぁ、これ……』と思ったりして申し訳ございません。
難点もあるにはあるんですよ。改行不足でちょっと読み辛いかなとか、シーン割をもう少し検討すると良さそうだとか。
……でも。そんな事、もうどうでも良くなりました。あまり長く語ってると悲しくなりますので、私はこれで。
この話のアリスが好きです。もちろん魔理沙も好きです。
そして……クレアが大好きでした。
いい物語を読ませて頂いてありがとうございます。
何かを残したわけでも、何かをしたわけでもないけれど、
きっとクレアはすごく幸せだったんだろうなと、しみじみしました。
アリスや魔理沙は長い時間と労力を費やしたけど結果的には最後には何も残らなかった。
でも、2人の心にはきっと何かが残ったかもしれませんね。クレアにとっても二人の心にあることは何よりの幸福なのかも。
クレアの安らかな寝顔に永遠な幸福を…
…いや、言いたいコトがもう先述されきっちゃってて
素晴らしい作品をありがとうございます。
起承転結がしっかりしていて、先を読みたいと思わせる内容。
落ちもこうなるだろうとは予想していたのに、自然に涙が溢れて…止まりませんでした。
アリスと人形という良く語られている作品群の中でも
今まで読んだ中では一番完成度が高いと思います。
アリスと魔理沙、二人はクレアから何を感じ、何を受け取ったのでしょうか。
二人のその後を想像するのも面白いですね。
素晴らしい作品をありがとうございました。
個人的に、オリキャラは世界観を壊してしまう可能性を秘めているので、あまり好きではなかったのですが・・・クレア最高です(つД`)
最後まで読み終わったあと、切なさで胸がいっぱいになり、涙が溢れそうでした。
そして私は思ったのです。
彼女は確かに幻想郷に存在したのだと。
久しぶりに心にくるお話だった。
ありがとう。
切なくて、でもどこまでも綺麗で、どこまでも優しくて・・・
心を震わせる作品に、久しぶりに会えた気がしました。
何を言ってもこの心は言い表せそうにないので、ただ一言。
『ありがとう』と言いたいです。この素晴らしい作品を生み出した州乃さんに。そして、クレアとアリス、魔理沙の3人に。
静かな、しかし確実に訪れる彼女の結末。
最後になるであろう一日の、緩やかな時の流れ。
そして終わりの一文は、余韻を残すほどに切なくなりました。
この気持ちは言葉では表現できませんです。
そしてぷつりと途切れる幕の引き方。
読み終わった後に涙が止まりませんでした。
三人の優しさで胸がいっぱいです。
百万回泣いた。
今までこんな良い作品を見逃していたなんて…!
小気味良い文章に、一気に読んでしまいました。
短い「人生」の中で確かに何かを残していったクレアの魂に幸あれ。
ありがとうございました。
現時点で『もしも彼女が二人なら』は最高の作品です。
感動を、ありがとうございました。
このラストシーンは物語が終わった後にジワジワ来ます。
ありがとうございました。
良いですね、この二人。終わり方も少し切なすぎて・・・
いい話でした。本当にいい話でした。
始まりから、道中から、終りまで。
ストライクゾーンを三人の魔法使いがぶち抜いていってくれました。
ステキなお話です。どこまでも
幕の引き方がとても良かったと思います。
後日談的なものも読んでみたいです。
もうなんていうか、最高。
台風の晩に読むのにうってつけでした。感謝!
今、とても澄んだ気持ちでいっぱいです。
もう少し、この気持ちを味わっていたいので…
では。
クレアと州乃さんにありがとう。
これからもがんばってください。
命尽きるまで君を心に留めておこう。
魔里沙とアリスも君と過ごした日々をを永遠に忘れないから。
だから、安心してくれな?
儚く、切なく、だけど心の暖まるssに、永遠の誓いを以て。
(´;ω;`)ブワッ
曲とシンクロしちゃって涙が止まらない。・゚・(ノд`)・゚・。
良い作品をありがとうございました。
クレアの人柄がとてもよかった。そしてこの3人の関係がとても素敵だった
最後はやはり悲しかったですが、終わり方が本当に綺麗だった
これほど心を打たれた作品は久しぶりです
本当にありがとうございました
悲しい話ながらも後味も悪くない。構成も良かったと思います。
アリス、魔理沙もかなり自然な雰囲気で書かれていたと思います
そしてもちろん彼女、さほど台詞は無いにも関わらず良いキャラを表現されています
終わり方が特にわたし好みに美しい。
今日はいい日だ
私もアリスはいいお母さんになると思います>後書き
今更ながら、誤字の報告…
>二人は境符で体が
この作品を読むことができてうれしく思います
ありがとうございました
こんな素晴らしい作品を読めてほんとに感激です。
停止してしまうロボットの話を思い出した。
あと、ピアノを弾くアリスが美しすぎて惚れた。